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2016-08-30

DVD 「彼女と彼女の猫」

テーマ:DVD ・ アニメ

基本、劇場で見た作品をメインに執筆しているブログなんですが、

 

「君の名は。」の記事のついでに、これも紹介しておきましょう。

 

 

2000年に新海監督が製作したショートフィルム(モノクロ作品)を、

 

今年の春に若手がリメイクしてTVかなんかで放映されたアニメーション。

 

 

これも、なかなかいいんです~

 

もともと、「ほしのこえ」のDVDに特典映像として収録されていたのを見たのが

 

最初なんですが、今回の新作に出会えて、またもう一回見ました。

 

 

「ルドルフとイッパイアッテナ」を見た効果もあって、

 

自分の職場に野良猫がいっぱいいることもあって、

 

何だか、ジーンときます。

 

 

俺は、ペットを飼ったことがないので、よくわからないのですが、

 

飼い主とペットって、独特のコミュニケーションがあると思うんですよね。

 

 

猫が語り部というと、「吾輩は猫である」が有名ですが、

 

本作もまた、ロマンがあってなかなかよろしい。

 

 

 

「君の名は。」で新海監督のファンになった方は、

 

ぜひこれもチェックしてみて下さい。

 

(たしか、オリジナルだと、新海監督ご自身が声優もやっていたように記憶しています)

 

 

 

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2016-08-29

映画 「君の名は。」

テーマ:アニメ・特撮

好きな人の名前を、愛情を込めて呼んであげて下さい。

 

 

新海誠監督の最新作。

 

今までに製作された数々の名作の要素を全てぶち込んだような、

 

彼の集大成とも言える力作が誕生しました。

 

 

「君の名は」といえば、佐田啓二(中井貴一のお父さん)と岸恵子のメロドラマですが、

 

本作は、それのリメイクではないので、まず、それを申し上げておきます。

 

でも、リスペクトした部分もいくつかあるような気がするので、

 

監督ご自身がそれを意識していたのかどうかは、興味深いところですね。

 

 

本作は、できるだけ予備知識を持たずに見ることをおススメします。

 

できれば、予告編も見ない方がいいでしょう。

 

だから、俺のブログ記事なんか、絶対読まない方がよろしい(笑)

 

 

差しさわりのない程度で教えておくとしたら、

 

日本特有の「和の情景」が、丁寧に美しく描かれている点に注目して欲しい。

 

色彩にこだわる新海ビジュアルは、芸術の域に達していると思います。

 

 

人と人とが出会って、最初に覚えることは、相手の名前。

 

「君の名は」では、お互いに名前を明かさなかった。

 

「君の名は。」(○がある方が本作)でも、名前が重要なポイント。

 

どうしてこのタイトルにしたのか、考えると、実に楽しい。

 

 

人は、覚えなきゃいけないことを、すぐに忘れてしまい、

 

覚えなくてもいいようなどうでもいいことを、いつまでも覚えている。

 

これって、どうしてなんでしょうね。

 

 

俺みたいなおっさんになると、パッと出てこない名前がたくさんあります。

 

でも、時間をかければ、思い出せるのです。

 

決して、忘れてしまったわけじゃない。

 

大切にしまい過ぎて、見つけにくくなってしまったのかもしれない。

 

めったに思い出せないからこそ、貴重な思い出なのかもしれない。

 

 

記憶というのは、脳細胞にインプットされる情報だけじゃない。

 

心の奥に刻んだ、魂のパスワードで封印されているものなのだ。

 

 

 

出会いのきっかけは、軽いものでいい。

 

変な奴、と最初は思うかもしれない。

 

ありえないバカ、とイメージしたっていい。

 

 

だけど、時間が経つにつれ、その人のことが、だんだん気になってくる。

 

その瞬間は、本人が自覚するよりも、はるか前に、すでに始まっている。

 

気がついたら、好きになっていた。

 

恋というのは、そういうものだと思う。

 

 

観客(第三者)は、何で惹かれ合ったのか、理由を探そうとするもの。

 

でも、その答えは、惹かれ合った二人の心の中にしか、ない。

 

 

ありえない状況だからこそ、

 

決して出会うはずのない相手だったからこそ、

 

もう会えないかもしれない、と感じるからこそ、

 

考えるだけで、切なくなってしまう。

 

 

会おうと思えば、いつでも会える。

 

会いたくないのに、また会ってしまう。

 

会っているようで、実際はまだ会っていない。

 

会っていないのに、友達以上の親しみを感じている。

 

会いたくて仕方ないのに、どうしても会うことができない。

 

会えるはずなのに、会うことを恐れてしまう自分がいる。

 

 

会えなくなってしまってから、後悔するくらいなら、

 

会った時に、精一杯その人の心を感じ取っておけばいい。

 

 

だから、俺はいつも思うんです。

 

今日、この人と会えるのは、今日が最後かもしれない、と。

 

 

昨日の自分と、今日の自分と、明日の自分は、違う存在。

 

昨日のあの人と、今日のあの人と、明日のあの人は、別の存在。

 

 

過去の記憶は、薄らいでいく。

 

未来の期待は、かなえられない夢かもしれない。

 

 

だから、今この瞬間に、目の前にいるその人を、しっかり見て欲しい。

 

お互いに感じ取っている「生きた手ごたえ」を、心に刻んで欲しい。

 

 

 

「真知子巻き」は、「赤い組紐」に進化したようです。

 

「結ぶ」という行為の、深い意味を、本作でかみしめて下さい。

 

 

楽しくて、深くて、大切なことを教えてくれる、いい映画です。

 

ぜひ、劇場でご覧下さい。

 

 

 

…恋って、いいものですよ。

 

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2016-08-29

映画 「ルドルフとイッパイアッテナ」

テーマ:アニメ・特撮

生きていると、いろんなことがいっぱいあるものです。

 

 

妻と娘ががんばってくれたので、ショッピングモールに連れて行って家族サービス。

 

その時、別行動の時間帯があったので、さて、どうしようかと。

 

いつもなら、ロッテリアの喫煙ルームで、

 

タバコとコーヒーと文庫本で時間をつぶすんですが、

 

その日は何だか、明るい場所の人混みがどうも嫌だったんです。

 

 

で、映画館の上映時間スケジュールを確認したら、時間がちょうどいいのが。

 

よし、これを見ることにしよう、と。

 

 

何の予備知識もないまま、ただ、何でもいいから見たかった、というのが本音。

 

暗闇のあの座席に座れるだけで、落ち着けるような気がしたんです。

 

 

 

さて、映画ですが、シンプルで心にしみる、良質の作品に仕上がりました。

 

原作は、有名な児童文学だそうで、子供になった視点で楽しめました。

 

心が迷子になってしまって、行き場がないと思う人に見て欲しい。

 

 

ルドルフは、飼い猫の名前。

 

名前からして、生意気で、育ちがよさそうなイメージ。

 

 

彼は、大切に飼われていましたが、いつも家から出られないので、

 

ある日、飼い主の隙を狙って、思い切って外に飛び出します。

 

初めて歩いた家の外、とっても気持ちがいいもんだ。

 

人や車にぶつかりそうになりながら、夢中であちこち走り回った挙句、

 

あるトラックの荷台の中に入ってしまいました。

 

走り出すトラック。

 

彼は、どんどん遠くに連れていかれてしまいます…

 

 

 

着いたのは、東京の街。

 

そこで彼は、ある野良猫に出会います。

 

僕の名前はルドルフ。君は?

 

野良猫は、イッパイアッテナ、と答えます。

 

 

それは、「名前がいっぱいあってな。」という意味なんだろうけど、

 

「今まで、いろんなことがいっぱいあってな。」という意味にも取れます。

 

 

お前はどこから来たんだ?聞かれても、

 

ルドルフは、答えることができません。

 

自分が住んでいたところがわからないから、帰りようがない…

 

 

イッパイアッテナは、しょうがねえなあ、という素振りで、

 

ルドルフに、野良猫として生きるための知恵を、伝授してくれます。

 

 

…果たして、ルドルフは、無事におうちに帰れるのでしょうか?

 

 

 

 

名前というのは、基本的には、1つです。

 

自分が生まれた時に、親がつけてくれたもの。

 

あるいは、親代わりになってくれた人が、与えてくれたもの。

 

 

その他に、あだ名というものがあります。

 

それは、その人の特徴を覚えやすくしたものが多いです。

 

侮辱した言葉だったり、尊敬の念を込めたり。

 

 

後は、自分で「こう呼んでくれ」という意味で、名乗る名前もあります。

 

SNSのハンドルネームなんかが、これに当たりますね。

 

 

 

どんな名前でも、呼びやすければ、定着するものです。

 

 

例えば、娘は俺のことを、幼い頃は「パパ」と呼んでいました。

 

それは、俺が妻を「ママ」と呼んでいたこともあるので、

 

そう呼びなさい、と教えられて覚えたからでしょう。

 

娘が中学生になると、呼び方が変わりました。

 

普通は「お父さん」とかなんでしょうが、

 

いつの間にか「パピイ」になりました。(俺は遊星少年か!)

 

で、高校生になってからは、「パピャー」です。

 

ちなみに妻は、「パパさん」を経て、今では「パパやん」になっています。

 

まるで、フィリピン人ホステスのパトロンですな。

 

 

俺的には、呼びやすければ、何だっていい、と思っています。

 

それがきっと、相手のとっての俺のイメージなんでしょう。

 

そういうのって、何だか素敵なことかもしれないですね。

 

 

 

名前がいっぱいあるからこそ、それだけ仲間がいる。

 

いろんな出来事があったからこそ、深い思考力が身に付く。

 

 

出会いがあり、別れがあって、人は変わっていく。

 

強くなっていく部分もあれば、弱くなっていく部分もある…

 

 

 

初対面の人に、答えにくい質問をされたら、

 

「…いっぱいあってな。」

 

うん、これは使えますね。

 

 

俺は、映画をいっぱい見てきました。

 

音楽も、いっぱい聴いてきました。

 

本も、いっぱい読んできました。

 

そして、人ともいっぱい出会って、いっぱいお別れしました。

 

 

 

心の中に、残るもの。

 

なくしては、いけないもの。

 

決して、なくならないもの。

 

 

どう呼ばれるかは、その人自身のイメージが生み出すもの。

 

その人が変われば、呼ばれ方も変わっていく。

 

同じ言葉でも、言い方が変わっていく。

 

親しみを込めて呼ぶか、憎しみや妬みを込めて蔑んで呼ぶか。

 

 

それは、呼ばれてみれば、わかること。

 

それは、呼んでみれば、わかること。

 

 

 

「イッパイアッテナ」は、当初、名前ではありませんでした。

 

ルドルフの質問に対して、彼がそう答えたから、

 

ルドルフは、それが名前なんだと思い込んだのです。

 

だから、「イッパイアッテナ」は、ルドルフがつけた名前なんですね。

 

 

変てこな名前でも、

 

そう呼びたいから、そう呼ぶ。

 

そう呼ばれて、嬉しいから、返事をする。

 

 

それは、気持ちのいい、やり取り。

 

 

 

映画「用心棒」で、主人公が名前を聞かれます。

 

名前?そんなものはねえ。

 

いやいや、名前がねえってのも困りますんで…

 

そうか、それもそうだな。

 

目の前には、桑畑が広がっていた。

 

…桑畑三十郎。もうすぐ四十郎になるがな。あっはっは。

 

 

俺は、名前なんて、呼びやすければ、何でもいいと思います。

 

自分でつけた名前は、自分のイメージ。

 

人がつけてくれた名前は、人のイメージ。

 

 

…どうぞ、お好きな名前で呼んで下さい。

 

イッパイアッテナは、

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2016-08-23

U-NOTE Ⅱ 「月」

テーマ:ケガ・病気

お袋の葬儀は、何とか滞りなく終わったそうです。

 

「そうです」と言うのは、妻から聞いた話だから。

 

 

俺は結局、お通夜にも葬式にも、行きませんでした。

 

というか、行くことが不可能でした。

 

無理矢理行けば、親父と口論になって、

 

みんなの前で頸動脈をブチ切ったと思います。

 

 

親父なんか、簡単に殺せる。

 

ただ、殺人犯の家族になってしまう妻と娘が不憫だった。

 

だから、殺すなら、離婚届けを出してからと決めていました。

 

 

怖いのは、自分が何をするかわからないということ。

 

最悪の事態を考えて、そうなることを極力避けるために、

 

葬儀に行かなかったんです。

 

(どうせ、誰にも理解してもらえないことだけど)

 

 

 

通夜の日から、妻と娘は、手伝いに行きました。

 

2人とも、「お母さんが好きだった」から。

 

妻曰く、「お母さんのためには色々してあげたいと思うけれど、

 

あのお父さんの面倒を見るのは絶対に嫌」だそうです。

 

 

親父に嫌味を言われながらも、文句を浴びせられながらも、

 

2人とも、よくやってくれました。

 

 

通夜の日は泊まりだったので、俺は、ひとりで夜を過ごしました。

 

しらふではいられなかったので、飲んでました。

 

 

時々、タバコを吸いに、外に出ました。

 

 

月が、きれい。

 

 

お袋が死んだ日の月は、薄ぼんやりと光っていました。

 

次の夜は、光が強かったように思います。

 

お通夜の日は、曇っていて、よく見えなかったような…

 

葬式の日は、月を見ていません。

 

妻と娘を駅まで迎えに行って、帰って来てから、

 

ずっと、2人の話を聞いていたから…

 

 

太陽は、それ自体が、強烈な光で輝いています。

 

しかし、強過ぎて、直視すると目が壊れます。

 

そこで、月が、クッションの役割をします。

 

 

やんわりとした光。

 

いっぱいに愛されている光。

 

優しい光。

 

物悲しい光。

 

おぼろげな光。

 

赤みがかかって、ただれているような光。

 

今にも、泣き出しそうな光。

 

 

色んな光が、満ち欠けの形状が、見る者の情感を刺激します。

 

 

 

 

葬式の日は、午前中仕事してました。

 

お昼で上がって、まっすぐ家に帰ってもよかったんですが、

 

スナックHのママさんに、背中を押されるように、

 

葬儀会場の近くまで、車で走ってみたんです。

 

正午に出棺で、午後2時には収骨。

 

 

行けないけど、行けるところまで行って、手を合わせよう。

 

息苦しくなり、動悸が激しくなり、めまいがして、吐き気がして、

 

これ以上行くと、事故を起こしてしまいそうになる限界まで近づいて、

 

遠回りをして、かなり遠くのコンビニで、車を停めました。

 

 

 

全身汗ビッショリになり、息絶え絶えになって、ハンドルを握ったまま、

 

静かに、ゆっくり、深呼吸。

 

お袋、ごめん。これで、精一杯だった。

 

 

エンジンを切って、外に出て、

 

線香代わりに、タバコに火をつける。

 

お袋の骸があるであろう方向を向いて。

 

 

呼吸が乱れていたのに、不思議と、むせなかった。

 

静かに手を合わせて、一礼。

 

傍から見たら、異様なおっさんだっただろうな。

 

 

 

できることと、できないことは、やっぱりある。

 

やらなきゃいけないことでも、それをやって死んでしまったら、

 

そこまでやらなくてもよかったのに、って言われる。

 

何をしても、しなくても、文句をつける人は、必ずいる。

 

 

49年生きてきて、それが身にしみているし、

 

ネットを11年やって、それがさらに身にしみている。

 

 

俺が書く文章なんて、俺が語る世界なんて、

 

世の中にとって、ほとんど無価値であることは、わかっている。

 

俺がどうなろうが、生きようが死のうが、世の中は、何にも変わらない。

 

それで、いい。

 

そう思う方が、気が楽になるから。

 

 

 

葬儀が終わって、形見分けも終わって、

 

これで一応、妻と娘の役目は、終わりました。

 

向こうから連絡が来なければ、もう、親子の縁が切れる。

 

今は、行方不明の兄がどうなったかが、懸案事項ですが…

 

 

明日は、午後から休みをもらって、保健師と面談の予約をしてあります。

 

警察に行くべきかどうか、相談をするつもりです。

 

 

俺はもう、死にかけている人間。

 

背負える荷物と、背負えない荷物がある。

 

 

やれることは、全部やってきた。

 

でも、無理なことは、やっぱり無理。

 

命と引き換えにやる価値のあることは、人生の中で、そう多くない。

 

 

自分の意志や、夢や、大切なものを捨ててまで、

 

犠牲にする価値のあるものは、そう多くない。

 

 

今、強く、そう思う。

 

 

20日の夜、散歩がてら、外をひたすら歩きました。

 

 

月は、薄い雲の中に隠れたり、時たま、現れたりしていました。

 

 

笑っているような、泣いているような…

 

切ない気持ちになるような、感慨深い情景でした。

 

 

今となっては、お袋と、意思の疎通は不可能です。

 

だけど、もともと、まともな会話もできていなかった家族。

 

親は、子供の話をほとんど聞かず、

 

子供も、親の身勝手な話を、ほとんど理解できない…

 

 

罵声と、怒鳴り声と、言い争う声が絶えない、恐怖の食卓。

 

団らんという時間が、果たしてあったんだろうか、という家庭。

 

嵐の前の静けさ。

 

どうせ次の瞬間には、また言い争いが始まる。

 

それがわかっているからこそ、一時的な平穏が、怖い。

 

 

いつも、襲い掛かってくる恐怖と戦い続けた、少年時代。

 

俺の心が安らぐことは、たぶん、一生、来ないかもしれない。

 

 

それは、仕方のないこと。

 

 

お袋だって、あんな男に嫁がなかければ、

 

こんなバカ息子を生むこともなかったろうに。

 

 

もし、次に生まれ変われるならば、もっと愛情のある、優しい男を選べ。

 

 

 

俺は、もう、こんな年になってしまった。

 

縁があって、妻と娘がいてくれて、一応の家族を構成しているけれど、

 

俺自身がもし、親父のような暴君になりそうな予兆があれば、

 

即座に離婚し、潔くこの世から消える覚悟はできているから。

 

 

 

今は、ほんのしばらくでいい。

 

平穏な時間が、欲しい。

 

 

今まで生きてきて、緊張と不安と恐怖の連続だった。

 

親父という悪魔が、この世に生きている間、それは永遠に続く。

 

 

たぶん、親父よりも、俺の方が、先に死ぬと思います。

 

 

あいつは、自分が生き残るためなら、何でもする男。

 

俺はもう、すでに、人生の終盤に入っている男。

 

 

せめて、奴の魔の手が、妻と娘を脅かすことがないように、

 

やれるだけのことを、最後の力を振り絞って、やり抜く所存です。

 

 

俺にあと、どれくらいの時間が残されているのかわかりませんが、

 

この世に生まれた以上、精一杯生きなきゃならないし、

 

結婚して家庭を築いた以上、守り抜かなければならないこともある。

 

 

 

 

お袋の人生は、幸せだったんだろうか。

 

それは、お袋にしか、わからない。

 

 

最期に話していたことは、兄の話題だったという。

 

最期まで心配していたのは、兄のことだった。

 

 

俺は、早くに親離れしていたので、

 

俺は俺で、何とかやっていけるだろうと思ってくれていたのかも。

 

 

親は、できるだけ、早く「子離れ」してあげた方がいいと思う。

 

(もちろん、その子のタイプによるだろうけど)

 

 

俺は、18歳で上京した時点で、親離れしたかった。

 

でも、才能と運がなくて、努力が足りなくて、映画の仕事に就けなかった。

 

だから俺は、観客としてのプロになろう、と思って、ブログを始めた。

 

 

心を病んで、世捨て人になっても、映画ブログの看板は下ろさなかった。

 

往生際が悪い、と思うでしょ。

 

 

 

お袋が死んで、実家とのつながりは、いっそう薄くなりました。

 

親父も兄貴も、死のうが生きようが、もうどうでもいいです。

 

 

みんな、自分勝手。

 

みんな、好き勝手に文句ばかり言う。

 

 

俺は、家族の中で、一番弱い立場だった。

 

みんなが「自分が正しい」と言えば、「悪い」のは自動的に俺になる。

 

幼い頃から、言葉の暴力に晒され、悪いことをしていないのに、

 

謝ることを強要され、バカでアホで役に立たない奴、と決めつけられ、

 

独裁者たちが言い争う声を聞きながら、味のしない食事を続け、

 

殺意と恨みと戦いながら、受験勉強をした思春期…

 

 

全ては、お袋をこれ以上、苦しめたくなかったから、なのかもしれない。

 

今となっては、自分でもわからないし、誰にも理解してもらえない。

 

 

両親に愛された実感のある子供は、幸いである。

 

彼らは、正しい生き方を学ぶであろう。

 

 

 

俺は、生まれてきてよかった人間なのかどうか、未だにわかりません。

 

 

毎日、月を見上げながら、ぼんやりと、考えています。

 

 

今夜は、曇っていて、月が見えません。

 

 

 

月は、何も言いません。

 

恥ずかしがり屋で、すぐに隠れてしまいます。

 

 

でも、

 

きっと、

 

何かを、語りかけているんじゃないかと思います。

 

 

 

わかる人には、ちゃんと伝わる。

 

 

 

あと、どれくらい生きたら、安らぎを感じることができるだろうか。

 

 

 

誰にもわからないし、誰にも答えられない。

 

 

 

運が悪けりゃ、生き残るし、

 

運がよけりゃ、まもなく死ねる。

 

 

 

いいなあ、お袋、いい死に方をして。

 

俺が死んだ時は、葬儀はしないで欲しいです。

 

無縁仏で、充分。

 

俺が生きた証も、全部なくしたいから、このブログも消滅させます。

 

 

ただ、

 

今このブログを読んでくれた人たちの、

 

心の中に、生き続けることを許されれば、それで充分だから。

 

 

 

ああ、生きることは、しんどいなあ。

 

早く、俺の命も終わりますように。

 

 

 

見えない月に、合掌。

 

 

 

 

 

 

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2016-08-18

U-NOTE Ⅱ 「親不孝者」

テーマ:ケガ・病気

桑畑は、親不孝者です。

 

生まれたこと自体が親不孝であり、

 

今後も一切、親孝行することがない、薄情者です。

 

 

今夜、まもなく、母の通夜が行われます。

 

俺は、行きません。というか、行くことが不可能です。

 

無理矢理行けば、死んでしまうから。

 

 

読者の99%は、俺のことを薄情者の息子だと言うでしょう。

 

世間的にも、人道的にも、許されないことですから。

 

 

でも、仕方がないんです。

 

こうするより他に、方法がないんです。

 

俺に生きてて欲しい、と言う人がいる限り、

 

俺は、勝手に死ぬことを許してもらえないんです。

 

 

 

今日は、午前中だけ、仕事に行きました。

 

朝7時から、大事な出荷があったから。

 

みんなが熱中症で倒れないために、ひとりでも多く人手があった方がいい。

 

俺は、出荷頭数を数える、重要なポジションにいるから。

 

朝から、全身汗まみれになって、働きました。

 

これから、殺されて食肉にされる豚たちを、送り出しました。

 

 

母を、送り出すような気持ちで…

 

 

 

母は、最期の最期まで、人を気遣う言葉を言っていたそうです。

 

妻は、母のために、涙をたくさん流してくれました。

 

今、妻と娘が、会場で、手伝いをしてくれています。

 

俺の親友2人も、受付をやってくれています。

 

 

大丈夫、まかせておいて。心配いらないから。ゆっくり静かに休め、と。

 

 

 

今日の午後、妻と娘を車で送ってから、保健師さんと面談をしました。

 

今、抱えている不安と恐怖を打ち明けて、

 

警察に早く相談した方がいいでしょうか、と聞くと、

 

まだ、何も惨事は起きていないから、焦って行動しなくて大丈夫、だと。

 

今、無理して行動を起こすと、かえって面倒になるから、と。

 

 

話を丁寧に聞いてくれて、俺を落ち着かせてくれようとしているのがわかりました。

 

ああ、俺は、いつも、最悪の事態を予測して、生きてきたんだなあ。

 

ひとりでグルグル考えてばかりいると、自分の中で、迷子になってしまう。

 

俺の、悪い癖ですね。

 

 

保健師さんは、今日の午後は、子供の検診があったらしく、

 

俺は、来週でも構わないと言ったんですが、

 

いや、早い方がいいでしょう、と言われ、

 

急遽、時間を作って下さいました。

 

 

保健センターの閉館時間までの、数十分でしたが、

 

話せて、よかったです。

 

このまま、不安な週末を過ごすよりも、ずっといい。

 

4時半ギリギリまで、可能な限り、話し続けました。

 

 

まだ、焦らなくていい。

 

この状態で、もうしばらく、様子を見た方がいい。

 

次に起きるかもしれないことを予測して、あれこれ心配しても、

 

それが実際に起きるかどうかは、誰にもわからないんだから。

 

今は、通夜と葬儀が、滞りなく行われるように、最善を尽くすべき。

 

 

 

保健センターを出て、何となく、行きつけのカフェに向かいました。

 

ここは、5時閉店なので、少しだけ立ち寄ろうかと。

 

 

久しぶりに顔を出したので、店長さんは喜んでくれました。

 

カウンターには、古参のスナックHのママさんがいて、俺を大歓迎。

 

桑ちゃん、久しぶりだったね~、と。

 

嘘をついてもしょうがないので、今抱えている状況を話すと、

 

ママさんは、真剣に、聞いてくれました。

 

 

母親の通夜と葬式に行かないなんて言ったら、

 

世間のほとんどの人は、俺を非難するでしょう。

 

でも、2人とも、静かに、俺の話に耳を傾けてくれました。

 

 

きっと、こんな話をしたら、色んな人から怒られて、人でなしと言われ、

 

この店には、出入り禁止になるんじゃないか、と思ったんです。

 

 

でも、そうじゃなかった。

 

 

店長さんは、

 

みんな、桑畑さんが元気でいてくれることを願っていますよ、と。

 

 

この街に住んで、25年。

 

人生の半分以上を過ごした、第2の故郷。

 

 

この街の人たちが、俺を育ててくれた。

 

この街のぬくもりが、俺を生かしてくれた。

 

 

だから、俺には、居場所が、ある。

 

支えてくれる家族が、いる。

 

協力してくれる友達が、いる。

 

理解してくれる職場が、ある。

 

楽しく飲める店が、ある。

 

 

それで、充分。

 

 

 

お袋は、俺を恨んでなんて、いないと思う。

 

全くこの子はしょうがないわねえ、くらいに思ってくれているかも。

 

好きな世界で、好きなことをやりなさい、と言ってくれているかもしれない。

 

 

映画の道に進めなかった俺を、ずっと気遣ってくれていた人だったから。

 

 

 

俺は、親不孝者で、薄情者。

 

ちくしょう、

 

それが、どうした。

 

 

 

お袋は、間違いなく、天国に行けると思います。

 

好きな景色の中で、好きな人たちと楽しく語り合って、

 

いつまでも笑顔で、笑い続ける姿が、大好きでした。

 

 

俺に、明るさと、やさしさを教えてくれた人。

 

 

お母さん、今まで、ありがとう。

 

何も恩返しできなくて、ごめんなさい。

 

俺は、もう少しだけ、がんばって生きてみます。

 

 

どうか、楽しい世界へ、旅立って下さい。

 

さようなら。

 

 

 

 

 

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2016-08-17

U-NOTE Ⅱ 「母親が死にました。」

テーマ:ケガ・病気

昨日のお昼過ぎに、お袋が亡くなりました。

 

一昨日までは、比較的落ち着いていたらしいんですが、

 

昨日の午前11時過ぎに、容態が急変。

 

帰らぬ人になりました。

 

 

昨日の午後と、今日はあらかじめお盆の休みをもらっていたので、

 

俺は昼12半過ぎに帰宅。留守電の赤いボタンが点滅しているのを見つけました。

 

最初は無視しようかと思ったんですが、何だか嫌な予感がして、確認。

 

案の定、あの親父の嫌な声を聞き、(さすがに怒鳴り声ではありませんでしたが)

 

妻の携帯にかけても、仕事中なのでつながらず、

 

職場に直接かけて何とか伝え、病院へ行ってもらいました。

 

 

妻が駆けつける直前に、息をひきとったそうです。

 

妻の涙声を聞いただけで、俺は胸がいっぱいになりました。

 

義理の母親のために、直前まで尽くしてくれた気持ちが、身にしみます。

 

 

本来なら、俺が車で妻を職場に迎えに行って、

 

病院へ駆け付けるべきなんですが、

 

心が、体が、全身全霊が、それを拒んでいました。

 

 

妻は、「あたしが行くからいい」と言ってくれて、

 

部活の合宿に行っている娘に連絡することを、俺が引き受けました。

 

 

 

妻が病院で親父に会うと、来なくていい、帰れという態度だったそうですが、

 

案の定、兄が失踪したらしく、また行方不明…

 

病院から実家に運ぶのに、手が足りないからと、結局妻が手伝うことに。

 

お袋の亡骸とともに、妻が実家に同行してくれました。

 

 

 

俺の心臓は爆発しそうなくらいに、大きく波を打ちます。

 

まずは、落ち着かなくちゃ。

 

頓服薬を飲み、座椅子におっかかって、しばらく、静かに呼吸をする。

 

15分くらいは、全く行動不能でした。

 

 

手のふるえが小さくなってくるのを待って、携帯を手にします。

 

俺はいまだにガラケーを使っているので、打ち間違いの心配が少ない。

 

慎重に、ボタンを押して、部活の顧問の先生の緊急連絡先にかける。

 

10回以上コールしても、出ない。

 

 

俺の親父だったら、ここで怒り狂うんだろうな。

 

せっかく大事な用事で電話してるのに、何で出ないんだ、と。

 

俺は、違う。

 

相手には、「都合」というものがある。

 

携帯電話とはいえ、いつもすぐにつながるとは限らない。

 

世の中の人は、基本、みんな忙しいのだから。

 

すぐにつながる時もあれば、なかなかつながらない時もある。

 

 

俺は、もう少し時間をおいてまたかけようと思い、

 

先日、ライフサポートセンターから聞いた、地元の保険センターにかけてみた。

 

ここを紹介されてかけてみたんですけど…と切り出し、

 

今、とても切羽詰まった状況にあります、と。

 

事情を手短に話し、今無理して動くと、恐ろしいことが起きる可能性があること。

 

7月10日にもう少しで自殺するところだったこと。

 

家族に危害を加えられる状況になった時に、殺人を犯す可能性があること。

 

その「最悪の事態」を避けるために、必死でがんばっていること。

 

 

センターの人は、冷静に対処してくれて、保健師に連絡すると約束してくれました。

 

まずは、主治医に相談するのが第一なんですが、あいにく、16日まで休診。

 

17日の朝イチで受診するということで、センターの保健師には、

 

昼過ぎに面談を受けられるように手配してくれる、とのこと。

 

何とか、一日だけもちこたえられるようにがんばってみます、

 

と俺は言って、いったん電話を切る。

 

 

手足が、汗でベタベタしている。

 

口の中が、強烈に乾く。

 

手を洗って、新しい天然水(常温)のペットボトルを開け、少し喉を潤す。

 

 

さて、もう一度、顧問の先生の携帯に電話だ。

 

今度は、5回目のコールでつながった。

 

自分が父親であることを告げ、祖母が亡くなったと伝えて下さい、と。

 

娘は、すぐに帰る、と言いました。

 

 

これで、役目の1つは果たした。

 

 

次に、もう1つ。

 

妻からメールが来ていて、

お通夜の時に、受付をしてくれる人を、俺の友達に頼めないか、と。

親父は、俺をバカ扱いするくせに、当然のごとく要求だけはしてきます。

「頼み」ではなく、「命令」なんですよね。

 

お通夜にも葬式にも出られない、と、妻が言うと、

『…親子の縁を切る!』と激怒したそうです。

 

それは…かえってありがたいかも。

あのクソ野郎と縁が切れるなら、それに越したことはない。

お袋がいなくなった以上、もう、あの悪魔とは接点を持ちたくない。

 

 

でも今は、

お袋のためなので、何とか連絡を取って頼んでみる、と妻にメール。

 

実は、お盆前に、古い付き合いの同級生と、一緒に飲んだんですよね。

その時、今の俺が大変な状況にいること、自殺しそうになったこと、

お袋が死にかけていることなど、少し話を聞いてもらっていたんです。

 

ほんの2週間前くらいに会ったばかりなので、

電話して、この間は付き合ってくれてありがとうな、と言い、

実は、お袋が死んだんだ、と打ち明けました。

 

その上で、申し訳ないんだけど、頼みがある…と。

 

人にものを頼む時というのは、順序や礼儀というものがある。

親父は、人にはそういうことを強く要求するくせに、自分は横柄。

自分の頼み(命令)は、聞いてもらって当たり前だと思っているのです。

そんな態度だから、いつまでたっても、人と信頼関係が築けない。

あいつは気に食わんから、と、付き合いを断ってしまう。

だから、いざという時に、協力してくれる人がいなくなるんですよね。

怒鳴ってばっかりの人なんて、誰もが距離を置きたくなるというもの。

 

 

俺も、人望なんて、まるでないけれど、

頼めるとしたら、彼らしかいないと思ったので、

急で悪いけど、何とか誠心誠意、頼んでみました。

 

 

2人とも、快く、2つ返事で、引き受けてくれました。

俺は、あまりのありがたさに、涙が出ました。

俺自身が、お通夜にも葬儀にも出席できない「薄情者」なのに、

『…オレらに任せておけばいいから、お前は無理するな』と言ってくれたんです。

 

妻にメールで知らせて、親父に伝えてもらいました。

親父は、絶対に俺になんか、感謝してくれないだろうけど、

とりあえず、助かった、くらいには思ってくれたかも。

誰もいないから、って、誰かを雇ったら、余計に金がかかっちゃうもんね。

 

金がかかるかどうかだけで子供を評価しているような親って、いるんだろうなあ。

お金をたくさん稼いでくれる子供だったら、親孝行してくれたと思ってくれるのかなあ。

 

 

とにかく俺は、一生、貧乏な男で終わるんだと思います。

どうせ、そこそこ稼げるようになったところで、親父に全部だまし取られるだけだから。

 

 

 

 

疲れています。

 

もう、早く死んでしまいたい気持ちでいっぱいです。

 

 

 

でも、今は、お袋が旅立ったばかり。

 

親父から、いじめ抜かれたひとりの女が、寿命をまっとうしたのです。

お袋は、間違いなく、天国に行けると思います。

(俺は、間違いなく、地獄行きが決まっています)

 

 

ああ、俺は、何でこの世に生まれてきたのか、わかりません。

生まれてきたこと自体が、罪悪なんだと思います。

 

 

でも、ここまで生きてこられたのは、誰かが愛情を注いでくれたから。

お袋のおかげかもしれません。

 

家が嫌で、18歳で上京して、大人になってから出会った人たちのおかげかも。

25年(人生の半分以上)住んだ、今いる街で出会った人たちのおかげかも。

 

 

今は、毎日を生きるだけで、精一杯。

たぶん、今の俺は、人間としても、父親としても、失格。

生きる資格もないような、ダメ男。

 

言われなくても、わかっているんです。

そういう「教育」を受けて育ってきたから。

 

 

豚の仕事をしていると、命のはかなさを実感します。

生き残る奴がいれば、あっけなく死んでしまう奴もいる。

それは、仕方のないことなんだと思う。

 

生きる奴は、生きる。

死ぬ奴は、死ぬ。

 

誰かがいくら望んでも、死ぬ時は死ぬし、生きられれば、死なない。

 

 

だから、

 

だからこそ、

 

 

今、生きている時間が、大切に思えるんです。

 

 

 

今夜一緒に飲んだ人には、二度と会えないかもしれない。

今日、楽しく会話した人とは、もう話せないかもしれない。

 

 

そう思ったら、時間をおろそかにはできないんです。

 

 

いつも、今日が、人生の最期。

そういう気持ちで、毎日を生き抜いているんです。

 

 

お袋が死んだ夜は、月の輝きがやんわりとしていて、儚さを感じた。

今夜の月は、まんまるで、とてもあたたかい感じがした。

 

ただの、気のせいかもしれません。

 

 

でも俺は、お袋が微笑んでくれているように感じました。

 

 

 

今日は、納棺でした。

妻と娘が、行って来てくれました。

 

明日は、お通夜。

親友たちが、受付をしてくれます。

会社の社長と上司が、お焼香をしに行ってくれるそうです。

 

 

俺は、行けませんが、裏方的な雑用で、小さなお手伝いをします。

それが、精一杯。

 

棺に入れる娘の手紙やら、お袋お気に入りのキティのぬいぐるみやら、

好きだった桃とか、たくさん用意しました。

 

俺は、世界一の親不孝者です。

親を、一度も喜ばせることなく、一生を終えます。

 

 

ただ、お袋に、静かに手を合わせて、ありがとうと言います。

伝わらなくてもいい。

今となっては、死に際に駆け付けなかった、恩知らずですから。

 

 

兄が生まれた後、お袋は、2人の子供を流産しました。

俺は、正確には、4人目の子供なんです。

3人分の命を背負って生まれた、最後の赤ん坊。

 

 

自分が、この世に生まれてきてよかったのか、未だによくわかりません。

 

「お前は、何の役にも立たない」と言われ続け、

「お前さえ生まれてこなければ」と言われ続け、

「お前のせいで金がかかってしょうがない」と、今でも言われ続け、

 

こうしている現在でも、親から憎まれて、まだ生き恥をさらしています。

 

 

 

だけど、

俺が今日まで生きてこられたのは、

母のやさしさがあったから。

母のあたたかさが、救ってくれたから。

母の明るさが、俺の心の闇を、照らしてくれたから。

 

 

俺が、思春期にグレなかったのは、

病気を抱えた母を、これ以上苦しめたくなかったから。

 

家を出た後も、実家に足しげく通ったのは、母が心配だったから。

 

 

母は、今、どうしているだろう。

明るい場所で、優しい人たちに囲まれて、笑っているだろうか。

 

そうであって欲しい。

 

あなたはもう、充分に苦しんだ。

あなたはもう、充分に悩み抜いた。

あなたはもう、充分に夫に尽くした。

 

あなたを責められる人なんか、どこにもいない。

 

だから、いいところに行って、幸せな気分に満たされて欲しい。

 

 

俺は、最後まで、親不孝者だったけど、

あなたから学んだことを、決して無駄にはしないから。

 

 

明るくて、たくましい、妻と娘を見ていると、

俺が育った家庭とは、違う環境だと思う。

 

悲しい連鎖は、俺の代で、終わりにしたい。

家族がいがみ合い、憎しみ合うのは、俺で最後にしたい。

 

 

娘は、俺とは違う、明るい人生を生きてくれると思う。

 

それは、妻ががんばってくれたから。

それは、妻のご両親が、愛情を注いでくれたから。

そして、母が、妻と娘をかわいがってくれたから。

 

 

俺は、残された命をフルに使って、娘が大人になれるまで、がんばりたい。

それしか、できることがない。

娘の結婚とか、孫とか、それはもう、どうでもいい。

彼女が、自分で選択して、自分の好きに生きてくれたら、それでいい。

 

 

 

 

明日、妻と娘は、お通夜のお手伝いに行きます。

俺は、午前中だけ仕事して、午後からは送り迎え程度の手伝いをします。

出荷作業を、お袋を送り出す気持ちで、しっかり努めたいと思います。

 

 

考えれば考えるほど、怖いことがたくさん。

でも今は、お袋のために、静かに、時間を過ごしたい。

 

 

まあるいお月さま。

お袋の魂を、やさしく包んであげて下さいね。

 

 

 

 

 

 

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2016-08-14

映画 「インデペンデンス・デイ リサージェンス」

テーマ:アニメ・特撮
あんなにデカい宇宙船が浮かんでたら、いい日陰になりますな。



映画の記事を書いていると、何だか少し調子にのってしまいます。

最近は、塞ぎ込んでいた時間が長かったから、たまにはいいでしょう。

そうそう、深刻な時間ばかり過ごしていると、心が死んでしまうから。



さて、SF映画の傑作が、今頃になって続編。

う~ん、これは、コケる気満々といった感じがしますなあ。


イヤな予感がしたので、「シン・ゴジラ」を先に見たかったんですね。

もうすでに、各シネコンでも上映回数が少なくなってきた頃なので、

案の定、ガラガラでした。


まさに、地球滅亡感が漂う、いい雰囲気です。



あのエイリアンが攻めて来たおかげで、地球の人口はかなり減って、

アメリカが事実上の支配国になりました。

せっかくなので、奴らの技術をもらっちゃおうということで、

メイドインエイリアンのノウハウを応用した、地球防衛軍ができてました。



エイリアンも全員殺さずに、ちょっと生かしておいて、囚人サンプルに。

その奴らが、騒ぎ始めます。

どうやら、母星から助けが来るらしい。


歓喜する囚人エイリアン。


仲間を助けたいのか、よっぽど地球大好きなのか。

まるで、バルタン星人みたいですね(笑)


そんなに好きなら、友好的に接すればいいものを、

攻撃して滅ぼして制服してしまおうという発想が、ショッカーレベル。


さあ、迎え撃つ地球防衛軍は…


“ハエ男”ジェフ・ゴールドブラムを筆頭に、

かつての英雄やら、フレッシュな若造やら、賑やかで楽しそう。




極め付きは、宇宙船です。


デカい。

とてつもなく、デカい。



デカ過ぎて、地球の半分くらい覆ってしまいそうです。




猛暑だから、あれ、いいなあ。

ぜひ、ウチの農場の上に浮かんで下され。



たぶん、重力バランス失って、墜落するだろうけど。





ずっとずっと、心苦しい日々を過ごしてきた俺にとって、

眠気がくるくらい、癒しの映画になりました。




ローランド・エメリッヒ監督。

マグロを食うゴジラを生み出した、神ヒトエの天才。




たぶん、ハリウッドゴジラの仕事が来ないから、慌てて作ったのかも。

まさに「地球防衛軍」で、「シン・ゴジラ」の前座にふさわしく…ないかな。


…だったら、次はモゲラをゲスト出演させてね。また見に行くから!
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2016-08-14

映画 「ロスト・バケーション」

テーマ:洋画
サメが間抜け過ぎて、笑えます。



何だか、トレンディドラマみたいなタイトルですが、

れっきとした“人食い鮫”映画です。


いやあ、これはアイディアが優れていますね~

シンプルな題材で、時間も86分とお手頃。

カップルでデートするには、ちょうどいいでしょう。


俺も、つらい現実を一時だけ忘れたかったので、ちょうどよかった。


あまり期待して見ると、物足りないかもしれませんので、

どうせ大したことないだろうと思って見て下さい。


そうすれば、そこそこ楽しめますから。




若いおねーちゃんが、友達と2人で、メキシコの海に来ました。

ところが、昨夜飲み過ぎて、連れは二日酔いでダウン。

仕方なくひとりで、“秘境のビーチ”に向かいます。

そこは、亡くなった母が、サーフィンを楽しんだ、記念のビーチでした。



アメリカの若い女が、露出度高い恰好で単独行動というだけで、

災難に巻き込まれそうなフラグが立ちまくり。

チャラい若造、酔っ払いオヤジ、トラックで送ってくれるおっちゃん…


いやいや、そんな小物たちよりも、もっとすごいのが待ち受けてました!




さて、もうこれ以上説明しようがないので、

詳しくは、本編をご覧下さい。



何もない状況で、あるもので何とかしようというスタイルは、

「シン・ゴジラ」に通じるものがあります。



俺は個人的に、マカロニ・ウエスタン的な要素があると感じました。

おねえちゃん、なかなかカッコいいです☆



そんなバカな、と思うシーンの連続ですが、

そういうベタベタ感が、何だか気持ちいい。



いじめられっ子とか、虐げられている人は、ぜひこの映画を楽しんで下さいね☆



…強そうな奴って、案外マヌケなんですよ(笑)



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2016-08-14

映画 「FAKE」

テーマ:邦画
何もかもなくしたからこそ、新しいものが生まれるのだ。



「シン・ゴジラ」が大ヒットしているようで、喜ばしい限りです。

あの後、休日になるとどうしても落ち着かなくて、

逃げるように、映画館を渡り歩いていました。



正直言って、今の俺は、まともな視点で映画が見られないんですが、

だからこそ余計に、心の奥底にしみてくるものがあるのです。



「fake」とは、「偽物、詐欺師」という意味。


佐村河内守氏は、聴覚障害を持ちながらも、名曲を次々と生み出し、

「現代のベートーベン」と称賛されていたそうな。

しかし、「週刊文春」で、音楽家の新垣隆氏が、彼のゴーストライターとして

18年にわたって作曲をしていたことを暴露。

さらに、佐村河内氏は楽譜を書けない、耳が聞こえると語ったことにより、

状況は一変してしまった…



音楽界のことには疎いので、俺は、彼の存在すら知らなかったんですが、

報道されるイメージで、“そういう人”と認識していました。



その彼を、森達也監督が、ドキュメンタリー映画の題材に選んだ。

これは何やら、すごいものが見れそうだという好奇心で、映画館に行きました。




どうせ空いているだろうと思って行ってみたら、超満員でびっくり。

聞けば、この回は、上映終了後に監督の舞台挨拶があるんだそうな。


うひゃ~ うつ持ちにとっては苦しい。

でも、せっかく見に来たんだから、ここは逃げるわけにいかんでしょう。

逃げるために映画館に来たのに、そこから逃げたくなるってのも変な話ですが。


(20代の頃に見た「ウルフ」で、女300人に立ち向かったことを思い出す)





この映画、かなりすごいです。

森監督にサインしてもらった時にも、直接お伝えしたんですが、

「シン・ゴジラ」と同様に、“痛みを感じる映画”でした。



佐村河内氏という人物を、どういうイメージで捉えるかは、

見る者の感じ方次第だと思います。


ドキュメンタリー映画というのは、素材をありのまま見せて、

強引な誘導やイメージ操作を極力しないのが良作だと、ずっと思っていました。


しかし、舞台挨拶で、森監督が仰るには、

『…ドキュメンタリーというのは、どうしても誘導が入るものなんです。』


なるほど、映画を見るとわかるけど、

途中から、森監督が進行の主導権を握ってしまったようにも感じられます。


でもそれは、映画を見ている観客たちの意識を代表しているのかもしれない。



佐村河内氏は、基本、物静かな男のようです。


それはまさに、大切な音を聞き逃さないように、いつも耳をすませているような…



彼は、全く音が聞こえないわけではなく、

聞こえる音と、聞こえない音があるようです。

もっと厳密に言えば、聞こえやすい音と、聞こえにくい音がある、といった感じ。


例えば、奥さんの声は、聞き取りやすい。

しかし、森監督の声や、来訪客たちの声は、聞き取りにくい。


でも、振動やリズムは、伝わるという。

誰かが何か言ったな、と気づく瞬間もあれば、

全く気づかなくて、返答が来ない時もある。


健常者だって、人の話なんかまるで聞いていない輩がいっぱいいる。

聞こうとして聞いているのか、

できれば聞きたくないのか、

そもそも、関心がなくて耳に入らないとか、

人間の脳は、音を選んで微調整しているのだから。



初対面のイメージというのは、いつまでも残ると思う。


疑いの目で見れば、そういう視点でしか、物事を見なくなる。

好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いなのである。


ここで問題なのは、「自分で考えない」人たち。


みんながいいと言っているから、いいに違いない。

TVでいいと言っていたから、いいものに違いない。

あの人が言うから、この人がおススメだと言うから…


それらはあくまでも、実際に出会うまでの「情報」に過ぎない。

自分で味わって、咀嚼して、感じたことを自分で考えてこそ、

初めて、感性が磨かれるというもの。



人生観が変わる映画というのは、たしかにある。

しかし、厳密には、映画の力を感じ取る能力が自分に備わっているからなんだと思う。


これを見れば、自動的にお手軽に感動できますよ。

そんなインスタントな感動なんて、いらない。



結論から言いますと、

俺は、佐村河内氏が、どんな人なのか、わかりません。

そもそも、本物と偽物の境界線が、わかりません。


ただ、普通の人にはない、何かを持っていること。

普通の人には感じられない、面白い感性を持っていること。

集中力があり、言葉を慎重に選んで発言していること。

人をだまして喜んでいるような、悪人には見えないこと。


それくらいは、わかります。



でも、新垣氏との意思の疎通は、うまくいっていなかったような…

もともとダメだったのか、途中からおかしくなってしまったのか…


映画だって、多くのスタッフがいてこそ、作れるもの。

マンガだって、原作者と絵描きがいる場合はあるし、

音楽の世界だって、レノン&マッカートニーのような共作がある。


どこまでが佐村河内ブランドで、どこからが新垣ブランドなのか。

その境界線が、もともと曖昧だったのか。



例えば、教師と生徒がいたとしましょう。

生徒は大人になって、有名になりました。

教師は、素直に喜ぶでしょうか。

生徒は、教師のおかげだと感謝するでしょうか。


そこを左右するのは、信頼関係だと俺は思うんです。


教師が、「オレのおかげで有名になれた」と言えば、台無しですよね。

生徒が、「もともとオレに才能があった」と言えば、台無しですよね。


だから、イチロー選手の、仰木監督に寄せたコメントが、美しいのです。

潤んだ瞳の向こうに、彼の人柄と、師匠との信頼関係が感じられます。




俺は、思うんです。


共同作業である以上、一緒に仕事をする人との信頼関係は大事。

ましてや、作曲などというデリケートな仕事なら、なおさらのこと。


最初から、うまくいってなかったのか。

途中から、すれ違いが起きてしまったのか。


もともと、連携がうまくいってなかったのか。



映画を見ていると、色んな情景が浮かんでくるんです。

ドキュメンタリーって、“考える時間”がたっぷりありますから。



佐村河内氏ばかりが表に出て、称賛されてばかりでは、

新垣氏が、くそう、面白くねえなあと思うかもしれない。


ゴーストライターという職業をしている友達が東京にいるので、

今度会った時に聞いてみようと思うんですが、

筆者として名前が世に出てる人の中にも、色んなタイプがいるみたいで。



俺が佐村河内氏の立場だったら、共同作業のパートナーとして、

2人で一緒に称賛された方が、気持ちいいように思うのですが、いかがでしょう。


彼の存在なくして、私は作曲活動はできなかった。

今回の曲は、彼のインスピレーションに助けられた部分が大きいので、

ほとんど新垣氏のオリジナルと言っていいと思います。


そのくらいの太っ腹な発言くらい、しちゃっても問題ないんじゃないのかな…なんて。



まあそこは、会社との契約とか、立場とかの都合があるんでしょう。



個人的には、佐村河内氏は、

人を騙すタイプではなく、騙されるタイプのようにも見えました。

(あくまでも、個人的な感想ですよ~)




終盤には、かなりすごいことになります。

内容はお教えできませんが、しっかりと確認して欲しいです。




俺のハンドルネームは、映画「用心棒」の主役から拝借しています。

(ちなみにアイコンの写真は、三船敏郎のフィギュア)


つまり、俺は、ニセモノの侍。

でも、映画の中で名乗ったシーンもまた、嘘の名前っぽかった。


名乗るほどの者じゃないから、適当な名前でごまかす。

名前なんて、そんなに大切なもんじゃないから。



人の名前を覚えるよりも、その人のキャラを覚える方が、俺は得意です。

スナックのおねーちゃんの名前や年齢よりも、

どんな話で盛り上がったかを覚えている方が、気持ちのいい会話ができるから。

(飲み屋では基本、にいさん、ねえさんで話が通じるから問題ない)




本物って、何だろう。

どこからが本物で、どこからが偽物なんだろう。

真実って、何だろう。

どこからが、嘘なんだろう。


小さな嘘をたくさんついて、大きな嘘をごまかす技術がある。

人の評判なんて、噂なんて、そうそうあてになるもんじゃない。



疑うのが好きな人は、一生、誰かを疑い続ける。

信じるのが好きな人は、一生、誰かを信じ続ける。


得をするとか、損をするとか、そういうことじゃない。

自分が感じたことに対して、嘘をついてごまかすのか。

自分の気持ちを素直に言って、ひんしゅくをかってスッキリするか。



俺は、“みんな”に合わせて、嘘の感想を言うのが苦手。

人の話も、反対意見もちゃんと聞くけど、

自分が感じたことを前面否定してまで、“みんな”に迎合することはない。



自分の好きな世界だから、そのスタイルでいい。



この映画でわかることは、そんなに多くない。

しかし、今まで考えてこなかったことを、考え始めるきっかけになる。



わかる人には、ちゃんとわかる。

わからない人は、一生かかってもわからない。

人の気持ちに関心がない人は、人の話なんかちゃんと聞いてないから。



彼は、聞こうとしている。

きっといつも、耳をすませている。


自分の心から響いてくる音を、聴こうとしているのだ。



余計な荷物は、思い切って捨てた方が、スッキリするもの。

何もかも失うと、新しい何かが見つかる。




…迷った時は、心の声に従うべし。








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2016-08-14

U-NOTE Ⅱ 「戦い」

テーマ:ケガ・病気
恐れていたことが、現実になりつつあります。

もはや、猶予はほとんど残されていません。


入院中の母の容態は、日に日に悪化の一途をたどり、

あと数日の命か、もってもせいぜい一週間か…



まだ76歳なのに、骨と皮ばかりになってしまった痛々しい姿。

親父から言葉の暴力を受け続け、いじめ殺されていく情景が浮かびます。


俺に、もっと力があれば、

もっともっと、勇気ある反撃を試みていたら、

あの時、親父を殺してしまっていたら…


そんな「たられば」論を語っても、今更しょうがないのですが、

考えずにはいられないのが、今の状況。



親父からの電話攻撃は、ますます激しさを増し、

先週は、妻と娘にまで暴言を吐く始末。

自分の孫にまで、八つ当たりをするようになるとは…




今の俺には、「安心して安らげる場所」が、なくなってしまいました。



実家周辺には、近づくこともできません。

母が入院している病院にも、行くことができません。

絶えず、親父の怒鳴り声が耳元で24時間大音量で響き続け、

360度の方向から、睨みつけられている心理状態になっています。


朝起きると、逃げるように職場に行き、

夜になって、こっそりと帰宅します。


年寄が眠るであろう、夜9時からが、唯一、力を抜けるひととき。


そんな状態が、もうかなり長く続いています。



心療内科の先生からは、抗うつ剤を処方しようかと言われましたが、

それは断って、安定剤と睡眠導入剤だけで、何とかしのいでいます。

抗うつ剤を飲んでしまうと、動きが鈍くなって仕事ができなくなっちゃう。




今日は、6勤のあとの、唯一の休日。

お盆休みは、2日取れることになっているんですが、

今週は、あえて取りませんでした。


自宅にいると、襲撃に怯えないといけない。

墓参りとか、お見舞いとか、した方がいいのは、わかっている。

しかし、それをしようとすると、激しい発作が始まってしまう。



実家が大変な時に、何もできないバカ息子。

母親が死んでも、葬儀にも行けない、何の役にも立たない薄情者。

親父は今、葬式の段取りをしながら、俺の悪口を吹聴しているでしょう。

そのやり取りが、詳細に想像できてしまうのが、悔しい。




俺は、勇気を出して、2回、お見舞いに行きました。

震える体を押さえつけ、重い足を引きずって、母に会いに行きました。

1回目の時よりも、2回目の方が、確実に衰弱していました。

これはもう、回復できないかもしれない、と感じました。


最後に手を握って、来てくれてありがとね、と言われた時に、

俺はもう、お別れをした気分になりました。



母はまだ、生きています。

どのくらい、時間が残されているのか、わかりません。



親父は、俺が見舞いに行ったことに対して、感謝なんかしてくれません。

不平不満の塊りを限りなくぶつけ、無茶な要求ばかりしてきます。


そして、二言目には、『…お前は何の役にも立たん!バカヤロウ!』です。

まるで、俺のせいで何もかもが悪くなったような言い方。



7月10日の、6時間半の惨劇があった時、俺は死のうと思いました。

でも、薬が効いて寝ていたところだったので、体が動かなくて、

カッターナイフが入っている工具箱があるところまで、行けませんでした。


暴言の留守電メッセージを、延々と聞かされる、悪夢のような6時間半でした。


夕方、妻が帰って来て、親父の暴言の数々を聞いた時、

さすがに、これは異常だと思ったそうです。



俺が、何とか話をつけに行かなきゃ、と言うと、止められました。

バイトから帰って来た娘と2人で、俺の親父に直談判しに行ってくれたのです。


門前払いみたいな雰囲気だったし、手土産も持って来ないと不満を言われたけど、

言うべきことは言ったし、これからは妻と娘を通して連絡して欲しいと伝え、

俺はその日、直接親父と話すことはありませんでした。



父親と対峙した時に、何が起きるかを考えると、恐ろしいです。

今までは、親父の暴言に対して、うまく受け流して、

落ち着くのを辛抱強く待って、怒りをおさめてもらっていました。


しかし、今の俺は、そういう芸当がもはや、できなくなってしまったのです。


きっと、攻撃されれば、反撃するでしょう。間違いなく。

去年の11月に、初めて言い合いになり、俺が反論した途端に、

『…もういい、お前にはもう頼まん!このバカヤロウ!』

そう言われて、絶縁状態になったのに、自分からそう言ったのに、

相変わらず、金を都合しろとか、至急来いとか、要求だけはしてきます。


息子とはいえ、人にものを頼む時って、言い方があるだろうに…

この間は悪かったとか、この間は助かったとか、元気にしてるか、とか。

そういう言葉って、普通の家族なら、自然に出てくるもんじゃないのかなあ。



親父の口からは、命令と罵倒しか出てきません。

99回、いいことをしても、1回でも失敗すれば、劣化のごとく怒鳴ります。

そしてそれを、一生涯、言い続けるのです。

相手を攻撃する材料を、常に探しているのです。



親父は、会話する時に、相手の顔を見ません。

いつも、そっぽを向きながら、相手の話を聞くんです。

親父が相手の目を見るのは、自分が怒る時だけ。


だから、父親のイメージは、いつも鬼の形相でした。


酔っぱらうと、自分の父親(俺にとっては祖父)の悪口を言いました。

あのクソジジイを殺してやりたい、といつも言っていました。


母に対しては、こんな女と結婚したのが間違いだ、と言ってました。

兄と俺には、お前らが生まれたせいで、金がかかってしょうがない、と言いました。

ケガの治療費や、学費や、いくらかかったと思ってるんだ、と責められました。


お前らなんか、生まれてこなければよかった。

何の役にも立たんバカども。早く死んでくれた方がせいせいする。



俺が、親父と言い合いになった時、

俺が死ねば金が入るかもしれないから、それで工面しようか?と言ったら、

死なれたら困る、言いました。

でもその真意は、自分が死んだ時に、喪主をしてもらう予定だから、と。


兄は、すでに奴隷以下の扱い。

「使えそうな弟を、自分の喪主にしよう」と、生前から決めていたというのです。


母には、「誰のおかげで暮らしていられるか」を強調し、

自分に尽くすことを強要し、逆らうことは一切許さなかった。




俺は、高校3年の時に、進路指導の先生から、一流企業を目指せと言われ、

映画学校に行きたいと言ったのに、担任からも親からも猛反対され、

結局、就職ということになり、寮がある東京の企業に採用されました。


この地獄のような家から出られたら、それでよかったんです。

親元を離れた俺は、みるみる元気になり、

生まれて初めて、自由を感じることができました。


そこから色々あって、ホントは映画の道に行きたかったんですが、

夢は断念し、5年後に新潟に戻りました。

しかしやっぱり、実家にいると、落ち着かない。

再就職して3ヶ月後に、ひとり暮らしを始めました。



俺は、父親から離れると、元気を回復します。

父親と関わると、生命力を消耗します。



それでも最初は、週イチのペースで顔を出し、

お盆や正月、誕生日、結婚記念日、父の日、母の日には、まめに行きました。


少なくとも、「怒られる材料」を減らそうと思ったのです。

俺は決して、人から褒められるような人間じゃないけど、

最低限のことはちゃんとやって、怒鳴られることだけは減らそう、と。



結婚して娘が生まれ、初孫をかわいがってくれて、

あの鬼のような顔が、嬉しそうに笑うのを、初めて見て驚いたものです。



しかし、俺がうつ病になり、母が脳梗塞で倒れ、

親父の不満を一気にぶつけられた兄が行方不明になり、

また、地獄が再開されることになりました。



俺が発病した原因は、上司のパワハラが長期にわたって続いたことなんですが、

その根っこにあるものは、父親から受けた「言葉の暴力」だったんです。


会社は、やめてしまえば、無関係になって、そのストレスは消えます。

しかし、家族は、そういうわけにはいかない。



親父から暴言を吐かれる度に、症状が重くなるのを感じました。

体調がよくないのを理由に、俺は、実家に行く回数を減らしました。

自分の家族もあるのに、他の家族の面倒もみる余裕がなくなったのです。



それでも、お袋が退院して、2度目の奇跡の回復をし、兄も見つかって、

しばらくの間は、平穏な日々が続きました。



その時点で、親父が何かを学び取り、いたわってあげればよかったんです。

しかし、お袋は、以前のように活発には動けなくなったために、

当たり前にできていたことが、少しずつできなくなっていったんですね。



そこから、親父の悪い癖が爆発。

何でこんなことができねえんだ、と、怒鳴る、怒鳴る、怒鳴り散らす。



『…離婚しようと思う。』という電話が入り、妻が慌てて俺に連絡。

俺は、仕事帰りにそのまま実家に向かいました。

7時半過ぎくらいに着いた時、第一声は『…遅いぞバカヤロウ!』

これでも早く行ったつもりなんですが、すでに興奮状態。

(兄はすでに外に逃げていて、不在)


そこから、約2時間にわたって、母や兄の不満を俺にぶつけました。

そして、話し続けて眠くなった頃、『…よし、今日はもう帰れ。』

すっ飛んで来た俺に、お礼なんか言いません。

何でもっと早く来なかったとか、これだから企業はダメなんだとか、

終いには、俺の悪口まで言う。



母の実家に行って、何でこんな奴を嫁によこしたんだ、と文句を言うつもりだったらしい。

つくづく、この男は頭がおかしい、と思ったものです。


家に帰ったのは、10時過ぎ。

遅い夕食をとりながら、病人を虐待している情景が浮かびました。


興奮状態にある人と言い争うのは、火に油を注ぐことになるし、

俺自体、そういう気力がありません。

だからその日は、とにかく落ち着かせて、心を鎮めてもらおうと思ったんです。



それが木曜日の夜だったので、休日の日曜に、手土産を持参してもう一度行きました。

幸い、離婚は思いとどまったと言ったので、少し安心。

(今思うと、離婚できるものならしとけばよかったんじゃないか、と思いますが)


俺だって忙しいし、体も疲れていて、熱もあったので、がんばって行ったんです。

ところが今度は、怒りの矛先が、俺に向かったのです。


親父は、俺が普段からバカでどうしようもない人間だったことを言い続け、

お前のせいでみんなが迷惑しているとか、何にも役に立たんとか、

せっかく心配して様子を見に来たのに、この有様…



そこでまた2時間くらい説教を続け、

自分は5時半から夕食をとるから、邪魔だからもう帰れ、と言います。



感謝して欲しいとは思わなかったけど、まさか怒られるとは思わなかった。

忙しい時に来やがって、人の迷惑も考えろ、と言わんばかり。



俺は、回復してきた心が、いっきに崩壊していくのを感じました。


そして、そのとどめが、去年の11月のある日曜日の午後。

携帯にダイレクトに電話がかかってきて、金を貸せと言われたのです。

あの声を聞いた途端に、体中の血液が逆流していくようでした。



大金を要求され、まだ療養中の借金も返し終わってないし、

娘の学費だって必要だから、そんな余裕はない、と言うと、

『…なんだダメなのか、じゃあもういい!お前はあてにならん!このバカヤロウ!』

電話はぶっつりと切られました。



その時、いつものカフェにいたんですが、後から店長さんに聞いたら、

俺の顔色がみるみる悪くなっていくのを感じたそうです。


あちこちを放浪し、逃げるように映画館に行き、適当に選んだ映画を見て…

(お叱りコメントを書き込まれて、嫌になって削除した、あのひどい記事です)



あの日を生き抜いたことは、今となっては奇跡だったと思います。

ずっと、ずっと、ずっと、どこで死のうかと考えて、歩いていたから…


あの時死んでいれば、こうしてブログ書いていることもないんだよなあ。

我ながら、しぶといというか、悪運が強いというか…



俺が今死んで、お袋が元気になるなら、喜んで死のうと思います。

でも、疲れ切ったお袋の姿を見たら、それはかえって酷かもしれない。


静かに、ゆっくりと、休ませてあげたいと思うのです。


さすがに病院なら、親父から怒鳴られる可能性も低いでしょう。

最後くらい、静かな時間を過ごして欲しい、と俺は思うんです。



親父はきっと、お袋がこうなったのはあいつらのせいだ、と、

誰かの悪口を言って、自分をごまかしていることでしょう。

その「あいつら」には、俺も入っていると思います。



俺みたいなダメな人間が生まれたおかげで、母親が死ぬ。

そんなことを平気で言う親って、人としてどうなんでしょうね。




あの残虐な血が、俺にも流れているかと思うと、恐ろしくなります。


頭にくれば、見境がない。

自分を怒らせる存在は、全部敵。



親父の口癖は、この2つ。

「もっとオレを尊敬しろ」

「もっとオレを立てろ」



そんなことを強要する奴が、信頼される筈がない。


いざという時に協力するのが、家族というものですが、

今の俺は、何の役にも立たない、本当のバカになってしまいました。

ある意味、親父の予言通りなのかも。


俺は、生まれた時から、きっと、呪われていたんです。








しかし、

妻と娘が、辛抱強く、がんばって動いてくれています。

俺みたいなしょうもない男なんて、早く見捨てればいいのに。

そこまでして、俺を守ろうとしなくていいのに…



心療内科の先生は、「とにかく、父親と接点を持たないように」と言います。

そして、「あなたが楽になれる方向に、行動してみたらいい」と言います。



新潟県精神保健センターの相談員は、

「警察に相談してみるという手段があります」とアドバイスしてくれました。

事件はまだ起きていないけど、危険な状態になる可能性があれば、

あらかじめ相談して、案件として登録しておけば、

いざとなった時に、助けを求められるから、と。

俺だけならまだしも、家族に危害を加えるのは防がないといけない。



新潟県ライフサポートセンターの相談員は、

「あなたがしてきたこと、考えていることは、間違っていません。

 むしろ、正しいことだと思います。」と言ってくれました。

「たとえ葬儀に行けなくても、お母さんはあなたを恨んだりしません。

 今は、あなたの命を守ることが最優先ですから。

 ご家族があなたのためにがんばってくれているのは、

 あなたの命が、守るに値する大切なものだからですよ。」と。



色々なところに電話をかけ続けて、やっとつながった。

「いのちの電話」は全然つながらないけど、どこか、つながるところがあるもんです。



お盆の直前になって、2件、電話がつながって、

俺の消えそうな命が、少しだけ、息を吹き返しました。



俺の住んでいるところから一番近い相談窓口を教えてもらったので、

来週もらう予定の休日に、訪ねてみようかと思います。

警察にも、近いうちに行ってみようと思います。




自殺は、最後の手段。

それは、一度しか使えない切り札。



まだ、やれることがあるなら、やれるだけやってからでも、決して遅くない。


俺の戦いは、まだ続きます。






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