FUJITA'S BAR
2016-06-28

映画熱11周年特別企画 歴代映画ランキング ~自殺映画編~

テーマ:ランキング
「追憶の森」を見た記念に、自殺をテーマにした作品をピックアップしてみました。



一般的にはタブーとされているジャンルかもしれませんが、

自殺についてオープンに会話することで、救われるきっかけになることもあります。


俺も、自殺志願者の端くれとして、ずっと考えてきたひとりの人間として、

このタイミングで、ブログ記事として書いてみたくなったのです。



語り合うための素材として、思考を整理するツールとして、

参考にしていただければ、幸いです。



もう自殺するしかない、と思っている人ほど、見て欲しい。

追いつめられた心が、ほんの少し、変化するかもしれません。


映画を見るのが生きがいである男の、ささやかなメッセージ。


人の命って、何なんでしょうね。



では、ど~んと22本、ご紹介します!






1.「イリヤ」(2000年日本 39分)



自殺映画の金字塔といえば、やっぱりコレでしょう。

タイトルは、フランス語で「存在」という意味。

近未来、自殺はアートになりました。

これから自殺する人を撮影する、アーティストの女性が、主人公。

淡々とインタビューしていく彼女には、恋人がいました。

しかし彼女は、彼氏の苦悩に気づかないまま…


マニアックな短編映画です。時間は短いけど、インパクトは絶大。

人の命は、あっという間に終わってしまうんですから。


どういう終わり方をするか、自分で選ぶ権利があってもいいんじゃないかな。





2.「生きない」(1998年日本 100分)



たけし軍団のダンカンが脚本・主演して、ロカルノ映画祭でアキュメニカル賞を受賞。

何やら、怪しいバスツアーが出発。

実は、多額の借金を抱えた男たちの、保険金目当ての自殺ツアーなのであった!


しかし、父親の代わりに参加した少女の存在が、ツアー客の心に変化をもたらしていく…


この作品に登場する人たちは、“できることなら、死にたくない”と思っています。

でも、もう死ぬしかない。ああ、どうしよう?


シュールなギャグが炸裂する、なかなかの秀作だと思います。




3.「ブリッジ」(2006年アメリカ 94分)



これは、本物の自殺映画です。

ゴールデンゲートブリッジは、観光地として有名ですが、

毎年、多くの人がここから飛び降りて死んでいます。


固定カメラを設置し、2004年から2005年の1年間を撮影。

カメラが捕らえた7名の自殺者は、本当に死んでいます。


遺族や友人のインタビューを通して、色んな情景が浮かんでくる。

66メートルの高さから、海面に激突する瞬間って、どんななんだろう。


この映画を製作した、エリック・スティールに敬意を表します。

社会派ドキュメンタリーの、稀有な傑作です。




4.「カミハテ商店」(2012年日本 104分)



高橋恵子が、23年ぶりに映画で主演した作品。

山陰地方の小さな港町、上終(かみはて)には、自殺の名所で有名な断崖絶壁がある。

その近くで商店を経営する、初老の女性が主人公。

訪れる客は、彼女が焼いたコッペパンを食べ、牛乳を飲んだ後に、静かにいなくなる…


この映画を見て、イライラする人は多いでしょう。

自殺は、止められるものなら、止めた方がいいのかもしれない。


しかし、止めようがないものも、確かに、ある。

止めようとしたばっかりに、かえって拍車をかけてしまうことも、ある。


それは、止める側の自己満足で、言っているだけかもしれない。

自分はできるだけのことはやったから、後は勝手にしろ、と。


善意の言葉が、人を殺すことは、よくある。

主人公の表情を見ていると、色んな人を見送ってきたんだなあ…と思う。


どうにか、なること。

どうにも、ならないこと。



情報量が少ない映画なので、感性で味わって下さい。

本当の意味で、人の気持ちに寄り添うってどういうことなのか、考えてみて欲しいです。




5.「迷宮カフェ」(2015年日本 112分)



これは、わかりやすいヒューマンドラマです。

今まで紹介した作品は、濃過ぎて見られない、一般の人にオススメ。


主演は、関めぐみ。彼女は、隠れ家的なカフェを経営しています。

実はここには、“ある特別なメニュー”があるらしい。


『…季節のメニューを。』という合い言葉で、その“コース”を受けられます。



この映画、予告編で内容が99%ネタバレしているので、

劇場には行きませんでした。できるだけ、予備知識なしでご覧下さい。


さて、色んな人がやって来ます。

死にたいと思う人には、人に言えない秘密がある。


そういう人たちの、「受け皿」「駆け込み寺」は、絶対あった方がいい。

ただ、それをやれる人は少なく、理解が得られる可能性も低い。


物語的にはベタベタですが、題材はとても貴重。

彼女がすることにイチャモンをつける権利のある奴なんて、絶対にいない。


人の気持ちと向き合うことは、自分と向き合うことでもあるのだ。





6.「スーサイドショップ」(2012年フランス・ベルギー・カナダ合作 79分)



パトリス・ルコント監督の、異色アニメーション作品。

このお店では、様々な自殺ツールを扱っています。

首吊り用ロープ、各種毒薬、切れ味抜群の刃物…


この店、楽しそうだ。ぜひ、行ってみたい。

近所にあったら、間違いなく通っちゃうなあ、きっと。


苦悩は、シュールなギャグで笑い飛ばすのが一番カッコいい。


ぜひ、カミハテ商店の隣りにオープンしていただきたいですね☆






7.「ブラックジャックⅣ 拒食、ふたりの黒い医者」(1995年 51分)



ユルい劇場版でなく、OVA版の方です。


安楽死を扱った作品として、俺がよく話のネタにする作品。

ブラック・ジャックのライバルとも言うべき存在、ドクター・キリコ。

どんなにお金があっても、逃れられない苦痛というものがある。


命を得ようと、必死に医療にすがる者もいれば、

命を捨ててでも、苦痛から解放されようとする者もいる。


お金がなくて、医療を受けられない貧乏人と、

最高の医療をいつでも受けられる人と、どっちが幸せなんでしょうね。


「痛み」って、つくづく、不思議な感覚だと思います。





8.「幻の光」(1995年日本 110分)



たしか、江角マキコのデビュー作だったように思います。

是枝監督も、これがデビュー作で、ヴェネチア映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。


主人公ゆみ子は、12歳の時に、祖母が失踪。

結婚して息子が生まれた後に、夫が自殺をしてしまう。


何故、2人を止めることができなかったのか。

どうして、自分の前から、大切な人が次々と消えていってしまうのか。


残された者の気持ちを、この映画で考えてもらえたら…と思って、ランクイン。





9.「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(2012年日本 119分)



三島由紀夫といえば、割腹自殺で有名ですが、イメージは、骨太。

彼を、ARATAが演じるというので、すごく興味を持って映画館へ行きました。

彼は、この映画から、名前を「井浦新」に変更しました。

三島由紀夫を演じるのに、ふざけたアルファベットじゃ失礼だ、と思ったらしい。


彼が演じると、三島が苦悩しながら、自分のやるべきことを模索していたと感じます。

心が強い人がいれば、脆い人もいる。

でも、弱いからこそ、死ぬ勇気がなくて、この世に居続けることもできるのかもしれない。


彼が自殺しないで済んだら、どんな人生を送ったでしょうね。




10.「人間失格」(2010年日本 134分)



やっぱり、これも外せない1本でしょう。太宰治の代表作です。

主人公は、天才的な魅力を放つプロ作家ですが、

酒と女に溺れるヘタレでもあります。

河村隆一が演じた「ピカレスク 人間失格」もありますが、

俺としては、生田斗真が演じたこちらの方がよろしいかと。

(同時期に公開された「源氏物語」とキャラはおんなじですが)


う~ん、こういう男は、モテるんでしょうなあ。


こんなイケメンに、一緒に死んでくれないか、なんていって口説かれたら、

世の女性たちは、キュンとしてしまうのかもしれませんね。



しかしまあ、豪華キャストだこと。

色んな女優さんが登場しますが、俺が一番オイシイと感じたのは、

ズバリ、室井滋さんです☆

薬局の女店長なんですが、実にいい。

太宰斗真が迫るシーンは、爆笑でした。


これから死のうとしている男性諸君は、

せっかくだから、死ぬ前に、物語の1本でも書き残してみませんか。





11.「自殺サークル」(2002年日本 99分 R15)




園子温監督の、有名な伝説の映画です。


新宿駅のホームから、54人の女子高生が一斉に飛び込みます。

『…いっせーの!』という掛け声が、何ともかわいらしい。



何で?と誰もが思うでしょう。

自殺する理由を説明しろ、なんて聞く方がヤボってもんだ。

本気で死のうとする奴は、黙ってひとりで死ぬ。


この映画は、世の中の人をたくさん怒らせたんじゃないかと思います。

酷評する人も、実に多い。


だから、この映画は面白いのです。


わからんと言う人は、続編と言われる「紀子の食卓」も、合わせてご覧下さい。






12.「宵闇せまれば」(1969年日本 43分)



さあ、超マニアックな映画です。ちなみに、モノクロ作品。


大島渚脚本で、実相寺昭雄監督。すげえ!

DVD「青い沼の女」(火サス)に収録されています。


内容は、“自殺ゲーム”でモメる若者たちの物語。


ガスの元栓を開き、締め切った部屋で、どれだけ我慢できるか。

こんなアホな“遊び”をやってしまう奴らって一体…


最初は、バカだなあ、こいつらという気分で見ていたんですが、

中盤から、次第に熱を帯びていくんですね~


主役(であろう)ジュンの、これでもかドアップが、妙になまめかしい。

口から流れ出る唾液の、エロティシズム… ああ、たまらん。


死を目の前にした人間の言葉は、真実そのものなのだ。





13.「ドニー・ダーコ」(2001年アメリカ 113分)



この映画、知ってる人はそこそこ多いでしょう。

今をときめく、ジェイク・ギレンホールの出世作です。

精神科医の役で、キャサリン・ロスが出演しているのも、ちょっと嬉しい。

そして、製作総指揮も務めたドリュー・バリモアは、教師役☆



え~と、あと28日と6時間42分12秒後に、世界が滅びますよ~

そんなこと言われたら、君はどうする?


無視するか、がんばっちゃうか。


これは、はっきり言って、面白いです。

俺は、どうせなら、こういう方面でがんばってみたい男です。


え?これがどうして自殺映画なのかって?

それを言ったら、ネタバレになっちゃうじゃん!


人の運命は、わかんないからこそ、深い意味を持つのです。





14.「運命に逆らったシチリアの少女」(2008年イタリア・フランス 110分)



これは、撮り方はアレなんですが、内容はとても深いです。

父親を暗殺された娘さんが、復讐を誓う物語。

実話だったかどうか忘れましたが、こんなことって、あるような気がします。


強い意志を持った女性は、世の中にたくさんいますが、

純粋な誇りを感じさせる人は、ある種の魅力を放つ。


思わず、協力したくなる…?

さあ、それは、好みかもしれませんね。


ラストまで、きっちりとご覧下さい。





15.「4分間のピアニスト」(2006年ドイツ 111分)




俺のブログでは、何度も紹介した作品ですが、やっぱりランクイン。


本作は、正確には「自殺映画」ではなく、「自殺行為映画」かと。

まあ、冒頭で、自殺した女のポケットからタバコをくすねるシーンから始まるので、

ある意味、「自殺映画」に入れちゃってもいいと思います。


女子刑務所で、抑圧された生活をする、受刑者が主人公。

彼女には、ピアノの才能があります。

しかし、性格は捻じ曲がりきっています。


ある音楽家のバアさんが、彼女の才能を見抜きます。

あんた、ピアノのコンクールに出てみない?

はん?イヤなこった!


ピアノ版「あしたのジョー」と言われる、伝説の映画。


どうせ、みんな、いつ死ぬかわかんないんだ。

今のこの瞬間を、本気で生きられたら、それで後悔はない。


才能を認めてくれた人と出会えるのは、とても幸せなこと。


ドイツ映画って、カッコいいですね☆




16.「226」(1989年日本 114分)



五社英雄監督。

これはもう、説明するまでもなく、「自殺映画」です。

「三島由紀夫」と一緒に、お楽しみ下さい。


命をかけて、やり遂げたいと思えることに出会えるのは、幸せなこと。

歴史の上では、結果論だけが取りざたされますが、

彼らが情熱を注いだ「真実」に、俺は注目したい。


我、狂か愚か知らず。一路遂に奔走するのみ。


同志に出会えた、幸運。

同志と運命を共にできる、幸福。


音楽も、素晴らしい。


ちなみに、2月26日は、我が家の結婚記念日です(笑)





17.「リリイ・シュシュのすべて」(2001年日本 146分)




これも超有名ですが、内容はあまり知られていないような…


でも、俺的には、インパクト絶大な作品でした。


岩井俊二監督は、残酷でグロな対象も、美しく撮ってしまう。

そこがかえって、悲しいまでに心に突き刺さるんですよね。


中学生。

いじめ。

万引き。

カツアゲ。

援助交際。

レイプ。


そして… 自殺。


救いようのない現実の中に、生きる意味を見い出そうとして、もがく。


子供とか、大人とかは、関係ない。


生きることは、傷つくことであり、痛みに耐えることである。

戦うリスクよりも、逃げる狡猾さを選んでしまっても、それは、仕方のないこと。


誰もが、何かに怯えながら、必死に毎日を生きているのだ。


蒼井優と、伊藤歩の、役者魂の熱演が、とても素晴らしい。



醜悪な世界の中にあるからこそ、ピュアなものが際立つのかもしれないですね。


この映画は、深読みすればするほど、面白くなっていきます。







18.「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」(1978年日本 151分)



え~ 今更、説明するまでもないでしょう。

「永遠の0」で、三浦春馬が、

『…テロと特攻は、全然違うんだよ!』と激怒する場面が、微笑ましかった。


この映画に、理屈は不要だと思います。


俺たちには、まだ残っているじゃないか。

戦うための「武器」が。






19.「BROTHER」(2001年日本 114分)




北野武監督の、超有名な映画です。


日本人と黒人って、何だか気が合いそうな気がして、面白い。


ここで注目して欲しいのは、寺島進の名演です。


…おおっと、それ以上は、言えねえ!(汗)




20.「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(2005年日本 107分)




青山真治監督の、超有名な…というか、カルトな映画かな。


タイトルは、イエス・キリストが処刑される直前に残した言葉です。


またしても、自殺が大流行。

「レミング病」に感染すると、自殺したくなるんだそうな。

病気による自殺なのか、自分の意志で自殺するのか、その境界線は…?


浅野忠信&中原昌也が奏でる不思議な音楽。

この音を聞くと、病気の進行を食い止めることができるらしい。


映画は、視覚と聴覚を融合した、総合文化芸術。

普段、視覚ばかりに頼っている人ほど、いい刺激になるかも。


世の中って、ノイズ(雑音)に満ちていますよね。

自分にとって、有益な要素を選択することが、生命力の根源なのかな…と。




21.「機動警察パトレイバー劇場版」(1989年日本 120分)



冒頭でいきなり、“犯人”が自殺します。

薄笑いを浮かべて、飛び降りる男…


ああ、今思い出しても、すごいインパクト。

全てを確信して、自らの死を選ぶ。

自分のプログラムに、絶大な自信を持っているからなのか。


特車2課後藤隊長は、彼の真意を探求していく。

知れば知るほど、自らもまた、深い闇にとらわれていく…


ケータイがまだ普及していなかった時代に、

よくぞここまでクオリティの高い作品が生み出せたものだと思います。



人間、やることがなくなると、あっさり死んじゃうものなのかも。







22.「素晴らしき哉、人生!」(1946年アメリカ 130分)




最後は、まともな映画を紹介しましょう。不朽の名作です。(ちなみにモノクロ)


時期的には、クリスマスに見ることをオススメします。


ある男性が、人生を悲観して、死んでしまいます。

しかし、彼の死を惜しんだ天使が登場。

彼の亡き後、世界がどうなったかを、特別に見せてくれます。


自分なんて、いなくなった方がいい。

そう思っている人は、この映画を見てから、もう一度考えて欲しい。


世の中は、ひどいことだらけだけど、悪いことばっかりじゃない。

人生は、つらいことだらけだけど、楽しいことも、確かに、ある。


…自分がもし、この世に生まれてこなかったら?

あの人との、出会いもない。

最愛の人は、

無二の親友は、

愛する家族は、

親切にしてもらった「忘れられない記憶」があれば、

親切にしてあげた「忘れてしまった記憶」もある。




自分が死ぬのを喜ぶ人がいるのなら、

自分が死ぬのを悲しむ人も、必ず、いる。


冷静によく考えれば、わかることも、

追いつめられてしまうと、見えなくなってしまう。


この映画、「グレムリン」で使われてたような気がするけど、もう忘れちゃった。

でも、20代の時に見て、生きる勇気が湧いてきた記憶が、たしかにある。



生きることに疲れたら、何でもいいから、映画を見てみよう。

この映画を見終わるまでの時間はせめて、死ぬことを忘れてみよう。



人から「死ぬな」と命令されると、死にたくなってしまうかもしれない。

「お前なんか死んでしまえ」と言われると、なにくそ、と思うかもしれない。



人は、自分が生きたいと感じれば、生きられる。


話を聞くなら、その人の「本当の声」を、聞いてあげて欲しい。

話をするなら、自分が本当に言いたいことを、本気で聞いてくれる人に、話して欲しい。


生命力というものは、いつか消えてなくなってしまう。

早いか遅いかは、誰にも決められない。



生きる人は、生きる。

死ぬ人は、死ぬ。


生きられる人は、がんばって生きる。

死に行く人も、最後の瞬間まで、がんばって生きようとしている。


自分も人も、自分の思い通りにはならない。

運がいいのか悪いのかなんて、誰にもわからないし、決められない。




でも、これだけは、強い気持ちを込めて言おう。


誰もが、必死に、自分の人生を生き抜こうとしているのだ。



自殺志願者諸君。

死ぬのは、いつでもできる。


俺が紹介した20本の中で、気になる1本があったら、

それを見てからでも、遅くはないですよ。



騙されたと思って、映画を見てみよう。



…もしかしたら、人生を変える1本に、出会えるかも。






(アップした当初は20本でしたが、後で2本思い出して追記しました)
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2016-06-26

11周年。

テーマ:ごあいさつ
気がついたら、映画熱は、11年も経ってました。

これが、いいことなのか、悪いこなのか、俺には、わかりません。


実は今、プライベートで、ゴタゴタが起きています。

もともと、問題をたくさん抱えている男なので(汗)



思えば、アメーバでブログを始めた頃は、

すごく能天気な時代だったと思います。


…ああ、懐かしい。




あの頃は、何だかわかんないけど、パワフルでした。

きっと、人生で一番、エネルギッシュだったような気がします。



今は、

もう、

「元気」という状態には、戻れない。



おっさんという世代は、

基本「くたびれて」います。


「疲れている」か、

「すっごく疲れている」かの、どちらかです。



それを認めたくないという気持ちが、「イラつき」を生み出します。


イライラは、伝染する。

自分でも気づかないうちに、周囲の人たちに、ストレスを与えていく。





俺は、幼少の頃から、イラつく大人たちに囲まれて、生きて来ました。

ヤワな神経だったら、とっくに死んでいたかもしんない。




だから、人が「怒っている」状態に、敏感なのです。

あ、この人、イラついているな…ってのが、すぐにわかるんです。


その「怒り」が、大きくならないうちに、うまくフォローしなくちゃ、

そんな風に考えて、目立たないように行動する癖がついちゃった。


だから、怒られるのは、いつも俺。



そこで、俺が怒ってしまったら、台無しじゃん。


それで、いいんです。



非難されようが、罵倒されようが、

俺が辛抱することによって、誰かが助かれば、それでいい。



俺は決して、誰からも褒められることはありません。

だから、川上未映子の、ゴッホの文章で、涙が出たんです。



ちゃんと見てくれている人は、どこかにいる。

そう思えるだけで、生きる力が、湧いてくるのです。





最初は、「映画の面白さ」を、誰かに伝えたい、という思いでした。

アメーバブログには、すでに、映画ブロガーがたくさんいました。


みんなと同じことをしても、面白くないじゃん。

みんなができることなら、誰がやったっていいじゃん。


俺がやるからには、俺にしかできないことをやりたいじゃん。



そこが、出発点。





いつだったか、「映画熱」というブログが、乱立した時期があったっけ。

偽物と区別するために、ブログタイトルを変えた時もあったっけ。


でも、それはすぐにサーッといなくなっちゃって、また元に戻したっけ。




試しに、「映画熱」というキーワードで、検索してみて下さい。

俺のブログは、すぐに見つかります。



未だに。





何度も、

何度も、


もう、ブログを終わりにしようかと思いました。


でも、やめなかった。

というか、やめられなかった…



何で?

それは、俺にも、わからない。



生きていると、誰かに何かを伝えずにはいられないのかも。



人間って、不思議な生き物ですね。




さあ、映画熱は、あとどれくらい、続くんでしょう。

それは、書いている俺本人にも、わからない。


今日で、終わりかもしれないし、明日かもしれないし、

一週間後かもしれないし、一ヵ月後かもしれない。


少なくとも、「桑畑五十郎」になるまでは、続かないかもしれない。

それもいいじゃん、永遠の四十郎で(笑)





始めたものは、いずれ、終わりが来るんです。

このブログが、ここまで続いたのが、奇跡なんだと思います。



…俺って、すげえ(笑)





ここまで、応援して下さった皆様に、感謝申し上げます。


桑畑は、もう少しだけ、がんばってみます。





皆様から頂いた、

貴重なお言葉を、


ずっと、

ずっと、


いつまでも、


忘れません。

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2016-06-17

最近読んだ本

テーマ:
メンタル的にパワーダウンすると、読書のペースが落ちますが、

それでも、いつも必ず、読みかけの本が2冊くらいあります。


あまりためてしまうと、記憶が薄れてしまうので、小出しですが、3冊ご紹介。






「ヘヴン」(川上未映子著 講談社文庫)




彼女の表現力に感銘を受けたので、他のも読みたくなって購入。

これは、いじめの物語です。


主人公は、毎日学校でいじめを受けている少年。

彼は、ある少女から、手紙をもらう。

孤独な者同士の、水面下の交流が始まります。


川上節と言ってもいいかと思います。

彼女の文章力は、とても鋭くて、心に刺さります。

ハイパー放射ミサイルのように、じわ~っと広がるんですね。



孤独な世界で、ひたむきに戦う者たちの姿が、浮かび上がる。

そしてそれは、自分の身近で、今も起きている「事実」なのだ。



いじめる側の、勝手な理屈があり、

いじめを耐えている側の、切実な思いがあり、

それは、人の数だけ「真実」が膨らんでいく、得体の知れない世界。



矢面に立って、猛攻撃に耐え続けた経験のある人なら、

ひとりも味方がいない状況で、たったひとりで戦い抜いた人なら、

どんなに否定されても、非難されても、大切なことを失わなかった人なら、


きっと「何か」を感じるはず。



思春期特有の、ピュアな魂の叫びは、

おっさんになってしまった俺の心を動かしました。



現実の世界には、ヒーローなんか、登場しない。

だから、自分のできることを、精一杯やって切り抜けるしかない。



弱くて、勇気がなくて、心が脆い。


それは決して、「悪いこと」じゃない。


自分が、自分であり続けること。

より、自分らしくなっていくこと。



すごく深い世界を、教えてくれる物語です。






「そら、頭はでかいです、世界がすこんと入ります」(川上未映子著 講談社文庫)



川上未映子の、エッセイ集です。


基本、ダラダラと色んなことが書いてありますが、

俺が感銘を受けたのは、「私はゴッホにゆうたりたい」という文章。


これ、「ヘヴン」で主張したことに通じていますね。


ゴッホは、死んでから、作品が高く評価されたらしい。

もし、彼が生きているうちに、その賞賛を少しでも受けられたなら、

彼もきっと、幸せな人生の最期を迎えられたかもしれない…


ああ、切ない。

川上未映子の言葉は、何て切ないんだろう。


そこが、文学の醍醐味なのかもしれませんね。




「沈黙入門」(小池龍之介著 幻冬舎文庫)



ご存知、小池センセイの本を、また性懲りもなく、読みました。


彼の言葉は最初、相当ムカついたものですが、

何冊も読んでいくと、だんだん面白くなっていっている自分に気づきました。


(だからといって、今更僧侶になるつもりはありませんが)



彼の言っていることは、根っこはとてもシンプル。


それができれば苦労しないよ、と言いたくなりますが、

それを実践している人が言うのだから、説得力があるのです。


頭でっかちな桑畑の文章なんて、ただのヘタレ小僧のひがみですから(笑)



うつで苦しんでいた時は、しょっちゅう過呼吸になったものです。

呼吸を楽にすることで、体の力を抜く技術は、とても参考になります。


「耐え抜く強さ」があれば、困難な状況を突破できるでしょう。


俺は、彼のような生き方はできませんが、

彼の言わんとするところは、少しずつ理解しているつもりです。



この本は、彼のデビュー作だそうな。

青くさい文章って、やっぱり魅力的ですよね。






俺の趣味は、映画、音楽、美術、読書、そして、飲み屋通い。

この5つをまんべんなく、心の中で転がしていると、生きる力が湧く。

どれも、俺を構成する、大切な要素。



新鮮な要素を取り入れることにより、心が浄化されていく。

淀んだ毒素が中和され、生命力が活性化していく。



いい作品との出会いは、一生の宝物。


感性が生きているうちは、色んな世界に出会いたい。


そんな風に、思います。









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2016-06-16

U-NOTE Ⅱ 「暗い性格」

テーマ:ケガ・病気
最近、リアルな友達に、よく言われます。

『…ブログが暗い』と。


う~ん、俺の文章って、やっぱり暗いのかなあ。

でもそれって、余計なお世話ですよね(笑)


俺の年代には、流行語で「根暗(ネクラ)」というものがありました。

ちなみに反対語は、「ネアカ」になります。


でもねえ、いつも明るかったら、かえって俺が心配になっちゃいますよ。



人間、心が晴れている時もあれば、曇っている時もある。

それは、自然なことであって、決して悪いことなんかじゃない。


そんな簡単なことがわからない大人が多いから、子供が苦悩するんだって。



俺は、自分自身が「暗い」か「明るい」かと聞かれれば、

何の迷いもなく「暗い」と答えることにしています。


今どきだと、「ネガティブ思考」ということになりますかね。

反対語は、「ポジティブ思考」でいいのかな。

俺の世代だと、「プラス発想」と「マイナス発想」でした。

いかにも、「世の中全て損得勘定」の考え方ですな。





俺は、「暗い」けれど、「真っ暗」じゃない。

明るい世界に、縁がないだけ。

だから、眩しすぎる世界は、居心地が悪いんです。


ほどほどに、薄暗い方が落ち着く。

だから、映画館や、飲み屋の暗がりが好き。



それって、別に悪いことじゃないと思うんです。



人はそれぞれ、自分の居心地のいい場所を好むもの。

置かれた環境によって、性格やキャラなんて、まるで変わってくるんだから。




例えば、クラスで一番明るい人気者の少年がいたとしましょう。

彼は、親の都合で、遠くの学校へ転校しました。

転入したクラスの男子は、自分より明るい人ばっかりでした。

そこでは、彼は「暗い奴」と言われてしまいました…


その反対もあります。

「性格が暗い」といじめられた少年が、転校したら、

みんな、自分より暗い人ばっかりだったので、

彼は「明るい男」として認知されました…



俺は、置かれた環境によって、自分のキャラを使い分けます。

飲み屋なら、お店によって、居合わせた人によって、千変万化。

店主やスタッフも、俺のそういうところが面白い、と言ってくれます。




どこにいても、誰に対しても「同じ態度」「同じキャラ」なんて、あり得ない。

誰もが、自分を「微調整」して、相手に合わせているものなんです。


もちろん、無意識の領域だから、自覚していない範囲だと思う。

だから、知らないうちに「誤解」を与えているんですね。


気にしない人は、気にならない。

鈍感だから、気がつかないし、相手の気持ちなんて、どうでもいい。


ただ、自分が見て、「明るい」か「暗い」かだけが気になるのである。

ただ、自分のものさしで測って、「いい」か「悪い」かだけで判断するのである。



ああ、うらやましい。

そういう生き方がサラッとできる人が、うらやましい。


俺には、はっきり言って、無理です。




「暗さ」は、「明るさ」の裏返し。

その境界線は、一体どこにある?



人の心を、わかったふりをしているだけの人は、たくさんいる。

人の心なんて、そう簡単に理解できるはずがない。


全部は、無理。

でも、一部は理解できる。努力すれば。




『…お前、最近暗いよ。』

そういう言葉が、かつて流行した。


自分は「明るい領域」にいるつもりらしい。

そういう視点で、人を見下しているんだろうか。



はいはい、悪かったね。

暗くて、悪うござんしたね。


でも、それが俺だから。


おかしくもないのに、笑えるか。

命令されるのは、上司や親だけで、たくさんだ。



単純な言葉で人を分類し、単純な思考で世の中を上手に渡り歩く。

それができたら、どんなに生きるのが楽だろう。



最初からそれができれば、心を病んだりなんかしない。

抑圧されて、不安と恐怖のどん底に長時間耐えて、耐えて、耐え抜いて。

今も、ドス黒い毒素にまみれながら生きている男の気持ちなんか、誰にもわからない。



わかってもらえなくて、当たり前。

ほんの少しでも、かけらでも理解してもらえたら、すごく嬉しい。


俺の抱えている「暗さ」というのは、そういうレベル。



「太っていますね。何でそんなに太っているの?」

「ブサイクですね。何でそんなにブサイクなの?」

「貧乏ですね。何でそんなに貧乏なの?」

「ハゲてますね。何でそんなにハゲてるの?」

「洋服がダサいですね。何でそんなにセンスないの?」



こういうことを臆面もなく言える人。



「性格が暗いね。何でそんなに暗いの?」




冒頭で言ったことを、もう一度言います。



…余計なお世話だっつーの!





俺は、「居場所」によって、キャラを使い分けているのです。


ひとり飲みしている時の、俺。

家族と一緒にいる時の、俺。

職場にいる時の、俺。


10年以上通っているお店と、数回しか行ったことがないお店では、

キャラが微妙に違って当たり前。


長年の飲み仲間と一緒に飲む時と、

初対面の異性とカウンターで酌み交わす時は、絶対違うと思いません?



俺は、ちゃんと使い分けます。


だから、ブログを書く時は、ブロガーの俺になります。

「普段リアルに話しているキャラと違う」のは、当たり前だっつーの。


リアルな世界では話しきれないことをここで書くからこそ、

俺の精神的なバランスが取れるのです。



言いたいことを好きなだけ誰にでも言えるような人は、たぶんいないでしょう。

人のことを単純に考えて、一言で批判するようなことは、危険だと思います。



特に、精神疾患を患った人に対しては。




俺のブログは、かつて、もっと明るかったかもしれない。

でも、今思うと、無理をしていたのかもしれない。

心を病んで、「こちら側」の領域に来て、初めてわかったことがたくさんある。


本来なら、発病した時点で、ブログをやめるべきだったかもしれない。

でも、俺は、やめなかった。

満身創痍になりながら、恥をさらして、心の内をさらけ出してきた。


それが、いいことなのか、悪いことなのか、自分ではわからない。




『…お前は暗いから、そんな変な病気になるんだ。』

俺には、そう聞こえます。勘違いでしょうか。

そんな言葉を平気で言う人には、絶対理解できない気持ちですね、きっと。



暗くて、悪かったね。

病気になって、悪かったね。


人を「暗い」と言えば、自分は「明るい」領域にいられるの?

人を「病人」と言えば、自分は「健康」だと言えるの?



まあ、どうでもいいか。


俺は俺。

人は人。



俺はかつて「お人よし」だったので、

たくさん、苦い思いをした。


反論や、自己主張は、許されなかった。

俺が怒りをあらわにすると、周りがシラケた。


どうして、俺だけが、言いたいことを言っちゃいけないのか。

どうして、俺だけが、いつも回りを笑わせないといけないのか。



自分のダークな部分を、ずっとずっと、封印したままでいいのか。



「暗い」と言うなら、好きなだけ言うがいい。


もっともっともっと、暗い文章を書きたくなっていくから。


暗い部分を吐き出すことで、デトックス効果が起こり、

明日を生き抜く力を得ることができるから。



俺は今、人のために、ブログ書いてないから。

今は、自分のことで、精一杯だから。


人の機嫌を取っている余裕など、ないから。





暗い性格、大いに結構。


そう思う奴が、世界にひとりくらい、いてもいいでしょ。


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2016-06-08

モネ展に行きました。

テーマ:美術
最近は、土日が仕事になることが多いので、専ら、休日は平日。

でも、月曜日は美術館が休みなので、いつ行こうかな~と思っていたら、

水曜日が休みになりました。


これは、モネ展に行くチャンス。

さっそく今日、行って参りました。




2015年9月に東京で始まり、福岡、京都を経て、

6月4日から新潟県立近代美術館でいよいよ開催。



映画は、映画館で見るのが一番いいように、

絵画は、現物を見るのが一番いいですね。



今、画集を開きながらこの記事を書いていますが、

何だか、まるで違うもののように感じられます。


「ポリーの肖像」の青い服の色調は、

実際はもっと漁師らしく、潮の香りが漂うブルーだったような気が…


まあ、俺は絵画を見るのが好きだけど、詳しいわけじゃないので、

あくまでも、素人目線で語っているもんで、そこはご了承下さい。



モネといえば、「睡蓮」が有名ですが、

「睡蓮」って、いっぱいあるんですねえ~


俺が一番釘付けになったのが、画集69ページにある《睡蓮》。

青と紫の中間色のような色彩で、縦長で、

中央に、鋭い黄色の花が浮かんでいます。


この絵の奥行き感が、実にダイナミックです。


まるで、見ている俺自身も睡蓮の一部になって、漂っている気分になりました。



宇宙を漂流しているかのような…いやいや、

これは、正確には、「佇んでいる」と表現すべきかな。


水の上に、バランスよく身なりを整えて、佇む。

その、凜とした美しさが、とても際立っていますね。




それから、いくつかあった《しだれ柳》の、75ページのやつ。

すげえ~ 霊とか、物の怪とか、いっぱいいそうな雰囲気。


モネは、庭に日本の橋を架けたり、しだれ柳を植えたりして、

浮世絵とともに、日本をとても愛して下さっていたらしい。


いいですね~ フランスにも日本の妖怪がいたら楽しいな。



極めつけは、101ページの《小舟》。


右上に浮かぶ小舟を描いているので、左下の水草たちが生き物のようで、

(まあ、植物だから生き物なんだけど)

何だか、蠢いているようで、

(まあ、水の流れがあるから、蠢くんだろうけど)

いいじゃん、絵全体が生き物なんだから!




睡蓮も、しだれ柳も、小舟も、しっかりとそこに「存在」していました。




地球が自転している以上、この世に静止している物体などないんでしょうが、

そこに、居続けている力。つまり、位置エネルギーみたいな存在感。


俺みたいなちっぽけな存在だって、そういう心持ちで背筋を伸ばせば、

この睡蓮やしだれ柳のように、気持ちよく佇むことができるのかなあ、なんて。




人は、基本的に、「わかりやすいもの」を好む。

だから、異形のものを見ると、まず、嫌悪感を抱くことが多い。


それを、新鮮と感じるか、変なものと感じるか。

そこは、感性と好みなんでしょうね。




最近、行きつけのCLUBで若者の歌を聞く機会が増えたこともあって、

変わったスタイルのものほど、面白いと感じる自分に気づきました。



人気が出て、有名になってから飛びつくのは、誰にでもできる。


映画でも、美術でも、音楽でも、自分自身が「面白い」と思えるかどうかが大事。



モネ展で面白かったのは、風刺画がたくさん見られたこと。

2頭身キャラが、何だかかわいい(笑)


彼の絵を見て、プロを目指したらいいと勧めてくれた人って、カッコいいですね。



才能は、それを見抜いてくれる人がいてこそ、世に出るものだから。



クロード・モネ。

クロードといえば、ジャン・クロード・ヴァンダム。

映画「その男、ヴァンダム」の中で、彼がひとりで語るシーンが好きです。


自分よりも才能を持ちながら、埋もれていった友人たちを思い、涙を流す…

この映画を見て、彼は偉大なスターだなんだなあ、って、

俺、「初めて」認めたものです。

(だから、「エクスペンダブルズ2」は、かわいそう過ぎて涙が出た)



横道ヨノスケにそれましたが、クロードは、いい名前ですねえ。

俺、モネの名前がクロードだってこと、全然知りませんでした。

おかげで、今日、覚えました。



ルノワールとは親友だったらしく、よく一緒に絵を描いたそうな。

ルノワールが描いたモネの肖像画が、一番最初に飾ってあったので、

彼にとって、とても大きな存在だったことがわかります。



映画「ルノワール」は、映画記事でも紹介しましたが、

晩年、手の痛みに耐えながら、手に筆を包帯で巻きつけて描いていたけど、

麗しい女たちに囲まれて、楽しんで描いていたように感じました。



モネは、晩年、白内障に苦しんだらしい。

画家にとっては、致命傷のような病気であり、

耳が聞こえなくなったベートーベンのような苦しみだったことでしょう。



しかし、輪郭がはっきりしなくなることによって、

より深みのある「向こう側の世界」が描けたようにも感じられるのです。



それは、絵を越えた領域だったのかもしれない。

一般的にはわかりにくいだろうけど、

彼自身が、本当に描きたかったものに近づいていたとしたら、嬉しい。



それは、本人にしかわからないんだろうけどね。


ルノワールは、痛みと戦いながらも、最後まで絵を描くことを楽しんだ。

モネもまた、自分の描きたい世界を表現することを楽しんだと思いたいです。






若い時の、エネルギッシュな美しさがあるように、

年を重ねてからにじみ出る、円熟した美しさも、確かに存在する。


まるで、熟成されたウイスキーのように、王者の風格が漂うのだ。


それは、さながら、凜として佇む、睡蓮であり、小舟であり、しだれ柳のよう。



モネじいさんは、86歳まで生きました。


「印象・日の出」という作品は、「印象派」というジャンルの原点となったそうです。




俺は、老眼鏡を、途中から外しました。

その方が、「よく見える」と感じたからです。



素晴らしい作品がたくさんあって、興奮しました。

モネ展は、8月21日まで、新潟県立近代美術館で開催中です。

ちなみに、6月18日は、AKBの総選挙で新潟県全体がごった返すので、

県外からのお客様は、その日以外にお越しになられた方がよろしいかと。




やっぱり、絵画も、いいものですね。


今日この日に、見られたことが、すごく意味のあることに思えました。

視力は衰えたけど、感性は、まだ生きている。



貴重な休日のひとときを、有意義に過ごすことができました。

明日から、またお仕事がんばります。


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2016-06-08

映画 「殺されたミンジュ」

テーマ:洋画
湧き上がってくる「怒り」は、ぶつける「相手」を常に探している。



キム・ギドク監督最新作が、1週間限定で上映。

公開されて3ヶ月にして、ようやく新潟でも殺されました。



韓国には、ポン・ジュノ、キム・ジウン、パク・チャヌクといった有名監督がいますが、

中でも、キム・ギドクほど、長く心を鷲掴みする映画を作れる男はいません。


彼の映画に共通するテーマは、「痛み」。

こめかみを突き刺すような、胃がキリキリするような、

胃液が逆流するような、激しい下痢が続くような、

そのくらい「強烈な作品」が多いんですね。



物語としてはシンプルなんですが、奥が深い。深い。深い。


映像や描写はチープなんですが、セリフの向こう側にある「怒り」が、すごい。



見ていて不思議だったんですが、

時間が経つ毎に、キャラやセリフが次々と劣化しているように感じるんです。


まるで、「今、生きている瞬間こそが真実」みたいな。



途中からもうすでに映画が破綻しているようにも思えるんですが、

ここまで来て、今更やめられるか、最期まで突っ走る!みたいな。





「メビウス」は、かなりヘビーな物語だったんですが、

修羅場がギャグにもなっていて、破滅的な面白さがありました。



今回も、変なところで笑いを取ってましたねえ~


それ、物語と関係あるの? 意図があるの? とツッコミたくなっちゃう。


きっと、あるんでしょう。

何ていったって、キム・ギドクですから(笑)



彼のユーモアセンスもまた、実に独特だと思います。

それは、一生懸命真面目に正しく生きようとしている者の滑稽さだったり、

狙ってやっていないのに、周りが勝手に面白がったり、

そういう意味での、「世の中の不条理さ」を風刺している…とか。



観客に、考える時間を与えてくれるところが、王者の風格ですな。

見終わってからも、痛みと疲労がいつまでも残ります。





ミンジュさんは、冒頭しか出てきません。

だって、すぐに殺されちゃうから(笑)

タイトルからしてすでにネタバレしてるんだから、言っちゃっていいですよね。



本作は、謎解きうんぬんがメインではないので、

全容は、中盤までに大体わかってしまいます。


そこで、退屈になってしまう人もいるかもしれませんが、

静かに怒りを燃やしていく「温度」は、だんだん上がっていきます。



“チーム”に、紅一点の女がいます。

決して、若くて美人のいかにもな韓流サイボーグ女優ではありません。

きっと、わざとこういう役者さんを起用したんでしょう。


後半の、彼女の“切ない熱演”が、心に刺さりました。

「そこのみにて光輝く」の池脇千鶴を思い出しましたね。



「悪い男」もそうでしたが、泥くさい状況の中でこそ、

女が美しく輝く瞬間があるんですね、きっと。




ああ、痛い。痛い。

痛くて、たまらない。




痛みを感じるのは、生きている証し。


痛みをやわらげるために、もがく。

痛みを忘れようとして、何かに没頭する。


一時は、忘れられるかもしれない。

でも、またすぐに、「それ」はやって来る。


さらに、「激しい痛み」を伴って…



体の痛みは、後遺症として残る。

心の痛みは、いつまでも新鮮なまま残留し、増幅されて、痛めつける。

「嘆き」や「怒り」や「恨み」が、「強烈なスパイス」となって、絡みつく。



痛みを感じなくなったら、心も体も死ぬ時なんだろうか。

死んでからも、心の痛みは続くのだろうか。


だから、生きているうちに、解決しなくてはならないんだろうか、なんて思う。



ただ、耐えられる痛みと、耐えられない痛みというものが、絶対、ある。

そういう意味では、心が鈍感で図太い人が、俺は羨ましい。


キム・ギドク監督は、心が繊細な人なんだと思う。

そうだからこそ、「作品を生み出す時の痛み」も、相当なものなんだろうな。



生きることは、痛みに耐えることなんだろうか。

痛みを感じるからこそ、人の痛みを理解できるのかもしれないし…ね。


たくさん痛がった人ほど、多くの人の心を救えたりするんだろうか。

でもそれは、痛みを自分なりに乗り越えた人じゃないと、無理なのかも…ね。



自分が苦しんだ分だけ、誰かを同じ目に遭わせよう、なんて考える人は、

知らず知らずのうちに、勝手に「増幅アレンジ」しちゃっているもんだからね。



痛むのは、自分だけでたくさんだ。

誰かを同じ目に遭わせたくない。


それは、建前かもしれない。

本音としては、誰かに味合わせて、わかって欲しいのかもしれない。




キム・ギドク監督にとって、映画は最良の手段だと思う。

映画を生み出すことによって、多くの人たちの共感を得て、理解が深まっていく。


そして、「ある痛み」が解消すれば、

新たに「別の痛み」が発生する。



痛みを、映画によって昇華させていく。

彼は、「アリラン」の如く、修行僧であり、求道者であり続ける存在なのだ。




彼の映画との出会いがあったからこそ、

俺は、自分の痛みと向き合えたのかもしれない。




怖いのは、「怒り」の感情である。

俺はずっと、長い間、「怒り」を心の中に閉じ込めて、封印してきた。

自分をうまく律することができていたつもりだったが、

発病とともに、その力もエネルギーも、一気に失ってしまった。


剥き出しになった、ケロイド状の魂に、無数の刃が突き刺さる…

古傷がえぐられ、肉が引きちぎられる痛みを、誰がわかってくれようか。



立ち直れば立ち直るほど、自信がつけばつくほど、弱点は、際立つ。

何気ない一言が、軽い気持ちでからかった言葉が、急所を容赦なく攻撃する。



もはや、「健常者」には戻れない身なのだ。

だから、この心で、この体で、残りの生を全うするしかない。



キム・ギドク監督も、心を病んでいたんだと思う。

それを彼は、生きるための推進力に変えた。


素晴らしい業績である。




痛みを知ることは、己を知ること。

己を知ることは、人を知ること。

人を知ることは、人の痛みを知ること。



人の痛みがわかった分だけ、自分の痛みも一緒に解消されていく。

それが、俺のイメージ。




「怒り」は、痛みと嘆きの「暴走」である。

正体不明の「怒り」は、「標的」を探して、いつまでも彷徨う。



「怒り」の正体を、曖昧にするなかれ。

「痛み」の本質を、曖昧にするなかれ。

「嘆き」の本質を、おろそかにせず、丁寧に、静かに、向き合うべし。




ブレーキをかけるのは、自分か。

それとも、第三者か。



キム・ギドク作品は、いつも問いかけている。


…痛みを越えたところに存在する、美しい景色を。
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2016-06-08

映画 「神様メール」

テーマ:洋画
人間がこんなもんだから、神様もきっと、こんなもんかもしれない。



タイトルがメルヘンチックなのに、PG12なのは何故だろう?

そんな素朴な疑問が、映画館に足を運ぶきっかけになりました。


ユルいコメディかと思いきや、かなりブラックでシュールな作品です。

気をつけないと、地獄のどん底に叩き落されるかもしれないので、ご注意下さい。



主人公は、神様の娘。(設定は一応、10歳程度)

なので、正確にはタイトルは、「神様の娘が送ったメール」ということになります。



さて、神様は何と、ベルギーのブリュッセルに、普通に住んでいた!

妻は女神。(ダンナが暴言ばかり吐くので、しゃべらなくなった)

息子はイエス。(普段はインテリア像だけど、たまにしゃべる)


そんな家(たぶんアパート)に、10年間監禁されていた娘がおりました。

「ルーム」は5年だったから、倍の期間ですね。


神様は相当なクソジジイで、性格も悪く、DVも日常茶飯事。


娘は、とうとうガマンができなくなって、家出をします。

ある“いたずら”をして。

しかも、神様愛用のパソコン(!)をフリーズさせて。



怒った神様は、娘を追いかけます。

さあ、どうなる? 神様親子は? 人類の運命は?




娘は、全人類に、メールを一斉送信します。

どんなメールかは、予告編を見ればわかるので、ここでは明かしません。


でも、そんなメールもらったら、困っちゃうでしょうねえ…

あ、でも俺だったら、相当喜ぶと思います。

その後の人生が、ずっと楽になるでしょう。



さて、娘は、初めて世の中に出て、6人の“使徒”を探します。

聖書の知識が少しでもあれば、結構すんなりいけるネタばっかり。



ストーリーのひねり方や、音楽の絶妙な使い方、

そして、映像のセンスの美しさが、とても新鮮でした。


ヘンデルのあの名曲が流れるシーンは、心に焼き付きましたね。



娘には、少しばかり、奇跡を起こす力が備わっています。

子供なので、まだ未熟なレベルなんですけどね。



彼女には、できないことがたくさんある。

そこが、大事なんだと思う。



彼女は言います。

『…神なんて、ひとりじゃ何もできないのよ。』


何でもできる万能な人って、案外、孤独かもしれない。

何でも持っている裕福な人って、案外、不幸せかもしれない。



誰かに助けてもらわなきゃ生きていけない存在って、

それだけで、何か意味があるのかもしれませんね。



本作は、大雑把に風呂敷を広げますが、あまり細かいことは語らない。

そこが、いいと思います。



いつも苦悩の中にあって、死にたいくらいつらい時間を生きて、

逃げ場も無く、ただひたすら、耐え続けてきた人ほど、

この映画を見て、何か感じることがあるような気がします。



世の中は、理不尽でいっぱい。

いじめや暴力はなくならないし、真面目に生きても、決して報われない。



苦しくて苦しくて、限界が来て、たまらなくなって、

誰かに、話を聞いて欲しい時がある。


しかし、話す相手を間違うと、苦しみはさらに増えてってしまう…

だから、話すことをやめてしまう。あきらめてしまう。

思考することを拒み、自分の心の時計を、自ら止めてしまう。


嘆かわしいけど、これが現実です。



けれども、時たま、ほんの時たま、ちょっとした「出会い」が、それを覆します。


街角で、心がほっとするような出来事を目撃する。

小さな幸運で、心がほんの少し、楽になる。

偶然の思いがけない出会いによって、話に夢中になる。



どんなきっかけでもいい。

食い縛っていた心の力を、ちょっぴり緩めることができれば、

それは、幸せな瞬間だと思うのです。



その「些細な出来事」を、俺は「奇跡」と呼びたい。


思い悩む人は、思い込む力も大きいもの。

その「長所」を生かして、心を思う存分遊ばせてみるといい。



何十年で終わる人生の中での、ほんの一日だけでもいい。

24時間で終わる一日の中での、ほんの一瞬だけでいい。



「幸せなひととき」って、心にいつまでも残るものだから。





映画館を出てから、お得意の妄想が始まりました。

神様親子は、これからこんな風になっていくんじゃないかな。

使徒たちは、こんな感じになっていくんじゃないかな。




ジョン・デンバーが主演した「オー!ゴッド」の神様は、

車の中にだけ雨を降らせるという、粋な悪戯をしたっけ。


ジョン・トラボルタが主演した「マイケル」の天使ミカエルは、

普段はテンションが低くて、楽しい気分の時だけ、すっげえ騒ぐ。


やっぱり、長く生きていると、くたびれてくるし、疲れちゃうんでしょうね。


本作の神様がああなった原因も、きっと何かあるんだろうけど、

基本、無邪気で悪戯好きなんだろうな、ってのはわかります。



俺は、この年ですでに疲れ切っていますが、

早いとこ、寿命が尽きて欲しいと願っていますが、

こうして今日も生きているのは、神様の陰謀なんでしょう、きっと。



自分が生きようが死のうが、幸福になろうが不幸になろうが、

神様の知ったこっちゃない。


その方が、楽に生きられるような気がします。

正しく生きよ、とか、変てこなプレッシャーをかけられるより、

勝手に生きて、勝手に死ねばよろしい、と言われる方が、身軽になれる。



人は、いつ死ぬかわからない。

だったら、今のこの瞬間を、大切に味わっておきたい。


感性が鈍っていると、奇跡を感じ取る能力も劣化していく。

新しい、新鮮な感覚を、常に敏感に察知できるようにしておきたい。




神様は、嫌な奴でいい。

だから、人間はもっと、愚かな存在でよろしい。



普段はダメダメだけど、たまに、いいことをする程度でいい。

普段は周りに迷惑をかけっぱなしでも、たまに、役に立てばいい。



いい加減で、卑怯で、怒りっぽくて、自分勝手。


神様はきっと、人間たちを見て、イライラしてるでしょうな。



…だって、自分とそっくりなんだから。











(エンドロール終了後に、オマケ映像があります)









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2016-06-04

U-NOTE Ⅱ 「勤続3年。」

テーマ:ケガ・病気
今の仕事に就いて、3年が経ちました。


社会復帰をして、3年が経ったということですね。



よくもまあ、ここまで生きてこられたものです。

自分でも、びっくり。



養豚場での仕事は、最初は刺激的で新鮮で面白くて、

毎日がワクワクドキドキでしたが、

経験を積んだ分だけ責任やプレッシャーも大きくなり、

今では、ヒイヒイ言いながら、何とか仕事をこなしています。


過去の仕事の大半が、機械部品の製造だったから、

こんなに特殊な「製造業」は、初めてのこと。



きっとそのうちに、この仕事もAIに取って替わられる時が来るんだろうけど、

今現在において、自分が経験していることは、すごく意味があるように思う。



大変ですけどね。



生き物というのは、電源をOFFにできない。

1日24時間、1年365日、面倒をみないといけない。


だから、休みが少ない。(経営者家族は年中無休)

給料も、決して多くはもらえない。(前の仕事の7割程度)

いつも危険と隣り合わせで、ケガは絶えない。(両足はいつも痣だらけ)


そして何よりも、動物の獣臭と、糞尿に耐えられるか、が大事。




俺の場合、一番心配だったのが、体力的な面でした。

療養が長引いたせいで87キロまで太っていた体を、

まず、ジム通いで7キロ落としてから入社したんですが、

毎日汗ダラダラで、常に脱水症状のような過酷な状態…


着替えのTシャツを5枚持って行って、

全部、ビチャビチャになって、搾れるほどだったっけ。


気がつくと、63キロ台にまで体重が落ちていました。

今でも、この体型をキープしています。


健康的になった一番の理由は、「よく歩く」ことだと思います。


1日15000~20000歩くらい歩くので、

下半身が強くなり、酒の抜けも早くなっちゃった。



心は相変わらず病んでいるし、薬もまだ飲んでいるけど、

入社時の状態に比べれば、格段に回復しているような気がします。


ただ、急激なショックを受けると、パニックになりますが…



それでも、こうして毎日、休まずに仕事に行けるだけで、ありがたいと思う。


「仕事がある」のは、幸運なこと。

「仕事をしている」というのは、「世の中の役に立っている」ということ。

だから、「仕事を持っている」うちは、「役立たず」では決してない。


そう思いきかせて、毎朝起きた時に、自分を奮い立たせています。



うつの症状は、人の数だけバリエーションがあると思う。


俺と同じことをしても、社会復帰できない人はいるだろうし、

誰かの真似をしても、俺はここまで来れなかっただろうと思う。



人は、感じ方も考え方も、みんな違うから。


ただ、同じような部分を持っているから、感覚を共有できるんだし、

一部でも深くわかり合えれば、そこに絆が生まれる。


全部を理解してくれる人なんていないし、人のことだって全部なんてわからない。

もし、そういう人がいるなら、絶対無理をしていると思う。


自分か、もしくは相手が、すでに病んでいるのかもしれない。




「U-NOTE」は、純粋な闘病記でした。

「U-NOTE Ⅱ」は、社会復帰してからの、心の葛藤の記録です。


こんなことを書き残したところで、誰の役にも立たないってわかっているんですが、

たまに、誰かの心にヒットすることがあるらしくて、

半年に1回くらいは、好意的なお言葉を頂戴することがあります。


そういう時、書き続けてよかった、なんて思うんですね。



一般人のおっさんのうつの文章など、社会的には全く価値はありませんが、

書いている俺本人が、書くことで気持ちを整理していくことができる、という点で、

このブログは、意味を持つのです。



俺は、「負け組」の男かもしれないけれど、

まだ、負け切ってはいない、と思っています。


倒れそうで、なかなか倒れない。

死にそうで、なかなか死なない。


生命力って、どこから湧いてくるのかな。




幼少の頃から存在を否定されて育ったので、

ほとんど褒められることもないまま、大人になってしまったので、

実に、打たれ弱い。

いつまで経っても、自分に自信が持てない。

いい大人なのに、堂々とできない…



豚たちを見ていると、強いなあ、と思います。


生まれて半年経たずに命を終えてしまう奴らの姿が、

何かを教えてくれようとしている。



それが何なのかは、よくわからない。(頭悪いもんで)

わからないことは、わかるようになりたいと思うのが人情。


頭でわかったつもりでも、心から納得できるかは、別。



就職が決まった時は、『…豚のスペシャリストを目指します。』なんて、

すげえ偉そうなことを言った俺ですが、今思うと、実に恥ずかしい(汗)


この仕事は、できる人とできない人がいるらしいんですね。


俺は今、どっち側にいるんだろう。

考えてみても、よくわからない。



ただ、この年齢で雇ってもらえて、使ってもらえるのは、実に幸運なこと。

苦しくてつらいことも多いけど、まだ、がんばれる。



世の中には、簡単に理解できることと、

一生考えても、わからないことがあるんだと思う。




今週の土日は、仕事です。

明日までがんばれば、月曜が代休になる予定。


傷の痛みに耐えながら湯船に浸かり、

風呂上がりのビールを喉に流し込むと、

ああ、今日も奇跡的に生き残った、と実感する。


今夜の晩酌のスコッチは、シーバスリーガル。

見かけはごついけど、意外と軽くて、するっと飲めるから、ロックで。




男は、心が熟成されてこそ、生き様を語れるようになれるのかもしれない。

樽の中で、ゆっくり時間をかけて、深みを増していく。



今は、じっくりと、心を磨く時間なのだ。




明日は、75頭出荷。

気合入れて行くぜ。



…いざ、4年目に突入!
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