FUJITA'S BAR
1 | 2 次ページ >> ▼ /
2016-03-29

映画 「知らない、ふたり」

テーマ:邦画
「好きになる」気持ちが、人を動かすのだ。



今泉力哉監督最新作を、幸運にも劇場で見ることができました。

俺のブログでも、「nico」「サッドティー」で紹介したので、お馴染みですね。



彼は、やっぱり天才だと思います。

俺はあまり恋愛映画は見ないんですが、たまに見たくなる時があります。

普通は、いかにもな「飾りつけ」がわざとらしく感じられて、

おいおい、それはちょっと出来過ぎだろ~とツッコミを入れたくなるものですが、

彼の作風は、視点が面白いんです。



最大の魅力は、「台詞のリアルさ」にあると思います。

全然芝居がかっていなくて、普段の生活感があるような、飾り気のない言葉。

まるで、そこで本当にその人が考えて話していると「錯覚」してしまいそう。


これって、舞台劇みたいなスタイルなのかもしれませんが、

細かい表情や仕草や、ちょっとした「間」が、実に可笑しい。


わかりやすい表現をすれば、「恋愛あるある」ってところですね。


絵に描いたようなわかりやすい面白さではないので、

キラキラしたような恋愛映画が好きな人は、見ない方がいいかも。

熱愛中のカップルのデートにも、向かないかも。


ケンカ中のカップルなら、もしかしたら仲直りのきっかけになるかも。

恋で悩んでいる親友の相談にのっている人は、何かヒントがつかめるかも。


人を好きになったことがない人にとっては、滑稽なだけかもしれない。

だけど、俺の知る限り、「恋愛」に憧れを抱かない人はいないんです。


そうでなかったら、カップルを見て「羨ましい」とは感じないはずだから。





「人を好きになる」のは、能力だと俺は思います。


一度も恋をしないまま、一生を終える人もいるでしょう。

その人がそれでいいなら、それもまたよし。


でもね、一度でも人を好きになると、人生観が変わるんです。


大恋愛とか、しなくていい。

断られるのが怖いなら、告白しなくてもいい。


「思い」だけで、充分なんです。

「ほのかに憧れる恋心」だけで、上等。


その人をことを考えるだけで、幸せな気分になれる…

そういう人に出会っただけで、今まで生きた価値があるというもの。



映画は、たくさんの男女が登場します。

誰かが誰かを思い、その誰かは、他の誰かを愛していて…

愛されているのをわかっているのに、本人はそれどころじゃなくて、

本当の気持ちがうまく言えなくて、もどかしくて、

ちゃんと伝わらなくて、言い合いになって、そんな自分が嫌になって…


何だか、「ハチミツとクローバー」状態ですね。

しかしこの映画は、あんなにキレイにまとまっていないし、地味なんです。


そこが、いいんだなあ。

何と言うか、味わい深くて。



俺が驚いたのは、木南晴夏の演技。

彼女を初めて見たのは、「勇者ヨシヒコの冒険」だったと思う。

色んな作品やバラエティにもたくさん出ていて、最近、顔を覚えました。

彼女、いい役者さんですね~


彼氏をじっと見つめる「鋭い視線」が、たまらなくセクシーでした。

あの目で迫られたら、ヤバイですね(笑)


「らせん」で貞子を演じた、佐伯日菜子。

「呪怨」でフライパンショットをかました藤井かほり。

「怨霊写真」で謎の同級生を演じた彼女…ああ名前忘れた。


上の3人にひけを取らない、不思議な魅力を持った女優です。

彼女の演技をもっと見てみたいと思いました。


もちろん、青柳文子も、普通にかわいかったですよ。

韓英恵のイライラした演技も、何だかいじらしい。



俺は、彼らの中には絶対入れないキャラだけど、いや、そうだからこそ、

彼らの生きている世界に、「憧れ」を感じてしまいました。


暗くて殺伐とした青春時代を過ごした身にとっては、実に素敵な空間。

だからこそ、主人公の青年に、つい同調してしまうのかも。



今年見た映画の中では、ダントツに気に入ってます。

でも、この映画の良さは、人にうまく説明しにくい…


そこが、「恋愛」の深さを物語っているようにも思えるんですね。


単純なようで、複雑。

簡単なようで、難しい。

意味があるようで、無意味にも思えて…

楽しいはずなのに、苦しくなったり、切なかったり。



人は、恋なんかしなくても、生きていける。

人は、恋を知らなくてたって、色々感動できる。


でも、恋を知った方が、楽しい気分を味わえます。



恋をしている人は、いざとなると強い。

どうしてかは、俺にもよくわかりません。



「nico」も「サッドティー」も、苦悩のカラーが目立った。

でも、本作は、何だか、明るいのです。



物事は、簡単には解決しないことが多い。

物事は、単純に割り切れない部分が多い。


わかりやすい恋愛は、薄っぺらかもしれないけど、楽しい。

複雑な恋愛は、苦しいかもしれないけど、深い。


それって、「顔つき」に出るんですよ。

飲み屋のカウンターで語る「恋バナ」は、ホントに面白いんだから(笑)



恋が素敵な理由は何でしょう?

それは、恋をしている人を見れば、すぐにわかること。


…だって、誰よりも、輝いて見えるじゃん。








AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
同じテーマ 「邦画」 の記事
2016-03-27

最近読んだ本

テーマ:
映画に行けてないので、本の話題を。4冊ご紹介します。




「楽器の科学」(柳田益造/編 サイエンス・アイ新書)



前回に引き続いてのシリーズです。

ジャズライブに行き始めたので、楽器のことを少し勉強するつもりで購入。


サックスって、木管楽器に分類されるんですね~

ヴィオラとヴァイオリンって、大きさが微妙に違うんですね~

ピアノは、弦を叩く楽器で、オルガンは、空気を送っているんですね~


わかったようでわからなかったことを、わかりやすく解説してくれます。


人間の声のメカニズムも載っていたりして、なかなか面白い本です。

これは、売らずに、資料として保存しておこうと思います。





「光とは何か」(江馬一弘著 宝島新書)



最近、色について考えるようになって、

眼鏡屋で働いている親友と一緒に飲んで色々話をして、

自分でも勉強してみたくなって購入。


色というのは、光の見え方を脳が判断して見せるものなんだそうです。

赤いものは、赤い光だけを反射するから、そう見える。

赤以外の光は、物質に吸収されてしまうらしいんですね。


光線が見えるのは、空気中の塵や埃に反射しているから、見えるけど、

真空の宇宙空間では、横から見ることはできないんだそうです。

そうすると、「宇宙戦艦ヤマト」の波動砲とか、

「機動戦士ガンダム」のソーラレイとかって、嘘になっちゃうのかな。


宇宙では、光源から真っ直ぐに向かって来る光だけが「見える」んだとか。


光の速度は、秒速約30万キロメートル。(正確には、29万9792.458)

「1秒間に地球を7回半回る速さ」だというのは、中学生で習ったっけ。


視細胞には2種類あって、光の明暗を感じ取るものと、色を感じ取るものがある。

虹というのは必ずしも7色ではなく、国によっても捉え方は様々。

空が青く見えたり、夕焼けが見えるメカニズムなども、ちゃんと教えてくれます。


「見える」って、不思議なこと。

「見える」って、ありがたいこと。


そして、「色を味わえる」って、楽しいことなんですね。




「エスパー小林の霊についての100の質問」(王様文庫)



霊能力者であるエスパー小林が、素朴な質問に答えてくれる、お手軽な本です。

なかなか、面白いですね~


ひとえに霊能力者といっても、人間としての能力の差異はあるはずだから、

見え方も、聞こえ方も、感じ方も、考え方も、かなり違うと思います。


でも、こうやって具体的に書いてくれると、勉強になりますね。


俺も、若い頃は色々体験がありましたが、おっさんになるにつれて、なくなりました。

この本を読むと、自分が感じていたことで答えが出なかった記憶が、蘇ります。

あの時のアレは、相当ヤバイ状態だったのかも…

あの時に味わったあの感覚は、そういうことだったのか…


もちろん、全然わからんことも多いし、

それはちょっと違うかも、と思うこともありますが、

現役のプロの霊能者が言うんだから、たぶんそうなんでしょう。



人間の魂については、わからないことだらけだし、

死後の世界なんて、実際死んでみなきゃわかんない。


それでも、生きているうちに、学べるところは学んでおきたいと思う。


天国に行くか、地獄に行くかは、日頃の行いで決まるそうです。

ふ~ん、俺は間違いなく、地獄行きですね。

天国なんて行ったら、きっと気持ち悪くて吐き気がするだろうから、

俺は絶対、地獄の方が居心地がいいと思う。

そこで魂を可能な限り暴走させて、燃え尽きて消滅してやる。






「すべて真夜中の恋人たち」(川上未映子著 講談社文庫)



久しぶりに、小説を読みました。

川上未映子は、映画「「パンドラの匣」に出演したので覚えていたんですが、

彼女の本を読むのは、これが初めて。


主人公は、大人しくてあまり自己主張しない女性。

彼女の周りには、人生を謳歌しているような、様々な「友人」が登場します。

表向きの「建前」と、心の中にある「本音」が、彼女の心を交錯していく。


彼女は、「何か」がしたくなった。

「何か」をやりたくて、ある行動に出る。

しかし、引っ込み思案の性格のせいか、一歩踏み出す前に大失態…


そんな時に出会ったのが「彼」だった。


人を好きになるのは、「自然な感情」なんだけど、

人を好きになると、自分の中に「不自然な感情」が生まれる。

人なんか好きにならなければ、もっと楽に生きられるのに。

あの人のことを忘れてしまえば、もっと自由に振る舞えるのに。


彼女の周りの女たちが、彼女に「自分の生き方」を語る。語る。語りまくる。

最初は黙って頷いて聞いていたのに、

普通に、受け流していたのに、

ある日突然、「何か」を言い返したくなる自分を感じる…



小さな、小さな、恋物語です。

恋愛と言っていいのかどうかもよくわからない、地味~なお話です。


でも、深い。

そして、味わいがある。


人の心は、そんなに単純じゃないんだよ、ということを、教えてくれる本です。



AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-27

UNOTEⅡ「伝えにくいことと、伝わりにくいこと」

テーマ:ケガ・病気
桑畑です。何とか生きております。


読者と対話しなくなってしばらく経ちますが、

このスタイルにもだんだん慣れてきたので、

基本、「独り言」のような文章になってしまいますが、

それはそれで気楽だし、「誰にも非難されない安全さと自由さ」があります。


書くペースも、自分の好きな状態に合わせればいいから、

人の顔色をうかがう必要もない。

しばらくは、この感じでやってみようと思います。



今週は6日勤務ということで、さらに大きな行事もあって、

映画に行く体力も気力もありませんでした。

ただ、水曜日の夜にジャズライブを聴きに行って、

サックスプレイヤーの兄ちゃんとウイスキーを交わしながら楽しく飲めたので、

後半のハードな日々も、何とか乗り切ることができました。


俺のリクエストを取り入れてくれたのは、嬉しかったな~




人間、やっぱりどこかに「楽しみ」がないと生きるのがキツい。

毎日毎日、ヘトヘトになるまで働いて、疲れ切って寝るだけの生活は、つらい。



俺は、映画と音楽と読書が、一応の趣味ですが、

やっぱり一番心にいいのが、人とのコミュニケーションなんです。


いい会話をすると、気持ちがいい。

淀んだ会話をしていると、心も濁ってきてしまう。


その「いい会話」をするためのアイテムが、俺の場合は、

映画だったり、音楽だったり、本だったり、お酒だったりするんです。




ここからが、本題。


うまく伝わると、気分がいいものです。

歪んで伝わると、不穏な空気になるものです。


誤解、曲解、偏見、嫉妬、怒り、恨み、言い合い、喧嘩…

飲み屋のカウンターでは、様々な人間模様があります。



「伝える」という字は、「人に云う」と書きます。

自分が思っていることを、正確に相手に伝えることは、なかなか難しい。


言葉は、「生き物」です。

それを発する人間が「生き物」だから。


こう言えば、すぐに理解してくれるだろう。

このくらいのことは、ちょっと話せばわかってくれるだろう。


ところが、相手もまた、「生き物」なんです。

気分によって、虫の居所によって、受け取り方は、千差万別。


これは、言う側の「言い方」と、

聞く側の「聞き方」に、大きな差異が、ギャップが、ズレがあるために起きます。



何気なく言った言葉が、相手を激怒させることもある。

面白がってくれるだろうと思って話したのに、全然ウケなかった。

共感してもらえるだろうと思って愚痴を言ったら、説教されてしまった。

同意してくれるだろうと思って誘ったら、あっさり断られてしまった。


よくあることです。



俺は、同じ失敗を、できるだけしたくない男です。

だから、失敗したことを、自分の中で、納得いくまで考えます。

「失敗は成功のもと」という言葉がありますが、

それは、失敗という「経験」を、自分の思考や行動に生かした結果なんです。


何となく、無意識でうまくいくこともある。

毎回ちゃんとやっているつもりなのに、どうしてもうまくいかないことがある。



「学習能力」というのは、そういう時のために発揮させるものなんですね。



例えば、食べ物の話をする時は、相手の好みを知らないと、会話が弾みません。

甘い物が苦手な人に、スイーツの話をしてもあまり盛り上がらない。

ギャンブルが好きな人に、パチンコの話をしても、盛り上がらない。

映画が好きでも、ある特定のジャンルだけに詳しい人だと、話題を選ばないといけない。

音楽好きでも、ジャズが好きなのか、クラシックなのか、ロックがいいのか。


そして、何よりも重要なのは、「今、どんな精神状態でいるのか」ということ。



忙しそうにしている相手に、時間のかかりそうな話をすると、あしらわれる。

子供がお母さんに相談事があると言っても、お母さんはイライラしている状態で、

「今、時間がないから、後にして!」と、話をぶった切ってしまう。

で、後から改めて話を聞こうとすると、「もういい。」となっちゃう。


そういうところで、子供の「大事なサイン」を見逃してしまうんですね。



親しい友達なら、この前はゴメンね、あの時いっぱいいっぱいだったから、と。

次に会った時に取り繕うこともできるでしょう。

話しかけた方も、いやいや、忙しい時に悪かった、と言って、会話が再開。



でも、それができる関係と、できない関係がいるんです。確実に。



飲み屋のカウンターで出会う人たちには、色んなタイプがいます。


気さくな人、気難しい人、女好きがいれば、女が苦手な人も。

俺の場合は、映画や音楽の話から始まることが多いんですが、

相手によって、会話の内容は千差万別です。

むしろ、全く知らない世界を、その人の感性を通して楽しんじゃう。



会話を始める第一歩として重要なのは、「耳ができるまで待つ」ということ。


例えば、電話で話す時に、「もしもし」って言いますよね。

あれは、あちらが発する声の聞こえ方に対して、こちらが「微調整」するためなんです。

時間でいうと、ほんの数秒。


声が大きければ大きいなりに、小さければ小さいなりに、

声色によっては、相手が急いでいるのか、落ち込んでいるのか、

イライラしているのか、泣いているのか、瞬時に読み取ることができる。


その「数秒」で、両者が「話す体勢」「聞く体勢」になれるわけです。


話すのが上手な人は、聞く側に合わせて、聞きやすいように展開していく。

聞くのが上手な人は、話す側に合わせて、話しやすいように相槌を打っていく。


それは、傍から見ていても、気持ちがいい光景。


楽しい会話というのは、お店の雰囲気もよくしていくんですね。




話というのは、面白くて興味が湧くものがあれば、

つまらなくて全く興味が湧かないものもある。



でも、俺の経験上、面白いはずの話が、つまらなくなってスベってしまったり、

つまらないはずの話が、聞き手の力によって面白くなったりすりこともあるんです。


それって、素敵だと思いません?


相手がどんな人かも知らないのに、初対面で会話が盛り上がっちゃう。

名前も職業も住所も知らない。ただ、会話の内容と、相手のキャラだけ覚えている。

俺には、そういう「飲み仲間」が、たくさんいます。

相手もまた、俺のことをちゃんと覚えていないでしょう。

またこの店で会った時も、最初はわからないかもしれない。

でも、話しているうちに、突然思い出しちゃう。


『…もしかして、前に会ったっけ?』


俺の中では、「飲み屋あるある」といったところです。






人は、見たいものを見るし、聞きたいものを聞く。

「好き」か「嫌い」か、「どっちでもいい」

「肯定」か「否定」か、「傍観」

「歓迎」か「拒絶」か、「スルー」

「大事」か「不要」か、「無視」

「楽しい」か「不快」か、「面倒くさい」

「ベタ褒め」か「ダメ出し」か、「ROM」


相談にも、3種類あります。

①最初から結論が決まっていて、それを聞いて肯定してくれればいい。

②どうしていいかわからなくて、純粋に助言を求めている。

③結論が出ないことはわかっているけど、苦しいから、話を聞いて欲しい。


「正しい」とか「間違っている」とか、「いい」か「悪い」かを論じるよりも、

そのことを「どう感じたか」を、自由に話せる関係がいい。




このことを、この人にどう話したら、どう伝わるのか。

それは、やってみなければわからない。

相手のことをよく観察して、声のトーンを読み取って、

どんな精神状態なのか、気持ちはどこに向いているのか、

目の前の女の子と話したがっているのか、手持ち無沙汰なのか、

気分はいいのか、悪いのか、だいぶ酔っているのか、シラフなのか。


ほんの2~3言話しただけで、大体、すぐにわかっちゃう。


「話しかけるなオーラ」を出している人には、それ以上、話さない。

逆に「話しかけて欲しいオーラ」を出している人だったら、会話は続く。


そこが、飲み屋の面白さなんです。



また会えるよ、約束しなくても。

これは映画「ハチミツとクローバー」の主題歌、スピッツの「魔法のコトバ」の歌詞。



うまく伝わる時もあれば、うまく伝わらない時もある。

伝えたつもりだったけど、ちゃんと伝わっていなかった時もある。

逆に、うまく伝わらなかったと思っていたら、実は伝わっていた…ということもある。



伝えたいことを、

伝わりやすい形で、

相手が理解しやすいように工夫して、

しっかりと、最後まで心に届ける。


言いっ放しではなく、相手がどのように受け取ったかを確認して、

「会話の手応え」を、じっくりと味わう。


この「余韻に浸る」数秒の時間がまた、いいのです。


うまいお酒が、体中に優しく、しみ込んでくる時間。




俺は、発病するまでは、お酒が一番の「安定剤」だった。

決して「乱用」はしない。だから、「ヤケ酒」は好きじゃない。

人に八つ当たりする「悪酒」も、危害を加える「暴酒」も嫌い。


酒は、しみじみと、楽しく飲むもの。

酒は、男を磨く水。心のけがれを落とす水。



「酔った勢い」でしか話せない人は、酒を「侮辱」していると思う。

そんな失礼な奴は、飲む資格なし。酒に謝れ。


酒を愛する男なら、酒に好かれる男であれ。


適量で、適度な距離をおいて付き合えば、一生の友。




うまい酒を生み出すには、いい「作り手」が必要。

美味い料理を生み出すには、いい「素材」も必要。


会話にもまた、「素材」があって、「ダシ」があって、「火加減」があって、

「正しい手順」があって、「味付け」があって、「かくし味」もある。


ただ、乱暴に鍋に素材だけを突っ込んでも、おいしくはならないのだ。



お腹が減るから、ご飯が食べたくなる。

どうせ食べるなら、おいしいものがいいと思う。

おいしいものを、おいしくするための努力。

おいしいものを、おいしく食べるための工夫。


そして、おいしいものを、相手にも喜んで食べてもらうための、心遣い。




俺が子供の頃、食卓は、楽しい空間ではありませんでした。

恐怖におびえながらの、拷問の時間でした。



でも、大人になって、違う世界を色々体験して、

食事や飲酒の素晴らしさを知りました。




俺が、ひとりで飲みに行くのには、ちゃんとした理由があります。


ネット上での会話は、どうも苦手になっちゃいましたが、

リアルな会話術は、まだまだ健在です。



俺の存在を認めてくれる人たちに、いつも感謝しています。


仕事は、苦悩しながらも、休まないで何とか勤務できています。


映画館で、いい映画に出会う。

いい音楽に出会って、口ずさむ。

いい酒を飲んで、いい仲間たちと語り合う。



まだ、もう少し、生きられるような気がすると思える瞬間です。














AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-20

U-NOTE Ⅱ 「見えないことの大切さ」

テーマ:ケガ・病気
また、おっさんの愚痴ですので、聞き流して下さい。



昨日、今日と、久しぶりの2連休でした。


日曜出勤が2週連続で、平日に代休をもらったものの、

曜日感覚がおかしくなっちゃって、疲れがどどっと押し寄せてきた感じ。


最低限の用事を済ます以外は、基本、おとなしくしていました。

土曜日に病院に行って薬をもらえたので、しばらくもたせられます。



読書をしたり、うたた寝をしたり、DVDを見たり、ぼーっとしたり…


俺は、別に「働き者」というわけじゃなく、

何かしていないと、落ち着かないところがあります。

何もしないでいると、よく怒られたからです。

『…ボケッとしてんじゃねえ、このバカヤロウ!』

『…どうしてそんなにダメなんだお前は、このバカヤロウ!』

鬼のような鋭い怒鳴り声が、子供の頃から耳にこびりついているからです。



思えば、物心つく前は、のんびりした子供だったらしい。

物事に動じないというか、いわゆる「鈍感」だったんですね、きっと。

それが、いつの間にか、神経をピリピリさせる性格になってしまった。

誰かと一緒にいるといつも緊張し、手足にたっぷり汗をかいた。

周囲の人に、いつも悪口を言われている気分になって、吐き気がした。


だから、人と一緒に食事を取るのが、苦手だった。

食べるのが遅く、お腹の調子もいつもよくなかった。


小6の頃になると、ガリガリにやせてきたものです。

今思うと、その頃からうつが始まっていたように思います。



記憶を遡ってみると、幼稚園くらいの時は、そんなに「不安」じゃなかった。

おとなしくて弱虫だったけど、世の中や家族に「脅威」を感じていなかった。



できれば、そのまんま、大人になりたかったな。



わからないことが、わかるようになって、

聞こえなかったことが、聞こえるようになって、

見えなかったものが、見えるようになって、

食べられなかったものが、食べられるようになって、

考えなかったことを、考えるようになる。



それって、果たして、「幸せなこと」なんだろうか。



去年、ずっと使っていたアナログTVがついに壊れて、

我が家に初めて、薄型TVが登場しました。


あまりにきれいに映るので、すげえびっくり。

しかし、何と言うか、きれい過ぎて落ち着かないのです。



昔の「ウルトラQ」を見ると、解像度が格段にアップしていて、

何だか、別の物に見えてしまいます。


懐かしい映画も何本か見たけど、もう記憶とは「違うもの」になっている。

色も、鮮やか過ぎるので、何だか、気持ち悪い。


たぶん、慣れるまでの一時的な状態なんでしょうが、

クリアな画質って、どうも未だに落ち着かないんです。




アナログレコードが、CDの登場でデジタル信号に変換され、

「余計な音」がカットされるようになったように、

画像においても、「見苦しいもの」はカットされちゃうんでしょうね。


あれが、いいのに…


「雑音」「ノイズ」といったものは、

「生命」の「息づかい」みたいなものだと思っています。



清潔過ぎる空間は、気持ち悪い。

除菌とか、芳香剤とか、すごく「無防備」な感じがするんですね。



何でも「よく見える」ようになって、

何でも「よく聞き取れる」ようになって、

何でも「わかりやすく」なって、

誰でも簡単に、好きなことを楽々できるようになると、

かえって、「埋もれた何か」が浮き上がってくるような気がします。


人の心も、「ぼんやりした、不確かな部分」があるからこそ、感じ取れるような…



そんなことを考えてるのは、俺だけかもしれないけど。

精神病だから、普通の思考ができなくなっているのかもしれないけど。


でも、感じるものは感じるし、見えるものは見えてしまう。

苦しいからといって、その機能を「オフ」にはできないのです。

できるとしたら、それは、眠っている時だけ。


うつ病は、「睡眠障害」を伴う病気なので、

俺みたいな男は、24時間緊張しっ放しの状態になっちゃう。


一時の地獄なら、我慢もできましょう。

でも、それが延々と続くと、「拷問を受けている状態」になります。



これが「過去の出来事」で、「すでに終わったこと」なら、

「トラウマを克服する」ことに専念するのも可能でしょうが、

今現在も「進行形」で続いているから、厄介なのです。

いつ、爆弾の導火線に火がつくかもしれない。

いつ、地雷を踏んで爆発するかもしれない。

「その時」が、明日来るのか。1年後なのか、それとも1分後なのか…


こうしている間にも、「惨劇へのカウントダウン」が続いている。



それを考えると、落ち着いて生活などできないのです。

それを終わらせるためには、相手の命を消すか、俺が消えてなくなるしかない。

両者がこの世に生きている間は、血の雨が降る危険性が、常にあるんですから。



考えると、気が滅入ってしまいます。

だから、どこかで考えることをやめないと、身がもたないのです。


すでにもう、もたなくなっているのかもしれませんが…


もちろん、そうならないために、最大限の努力はしています。

だけど、相手は、「話し合い」が通用する奴じゃない。

「自分に刃向かう奴は、みんな敵」思考なんですから。



病院の先生も、職場の人たちも、妻も、

「しばらく、距離をおいた方がいい」と言ってくれます。

今、やみくもに行動すると、取り返しのつかない事態になるから。


そんなわけで、11月の「あの日」から、実家には行ってません。

連絡も取っていないし、極力接触を避けています。

(年賀状だけは、何とか出しましたが)




本来なら、お彼岸だから、墓参りに行かないといけない。

でも、今の俺は、そんな気になれません。


発病する前は、きちんと家族で墓参りして、実家に顔を出して、

仏壇にお供えもして、親の愚痴を聞いてあげたものです。

でも、それも全部、「無駄なこと」でした。

自分の親を呪い、お世話になっている人の陰口を言い、家族に暴言を吐き、

「弱い者いじめ」を生きがいにしている男が、権力を握って君臨している…


そういう人間を生み出した先祖なんて、誰が尊敬するものか!



俺が死んだら、無縁仏として扱ってもらいたい。

ちゃんと葬らなくていいから。

供養もしなくていいから。

戒名もいらない。

俺が生きていたことを、みんなの記憶から消してもらいたいから。


そんなことを考えている人間が、ブログなんか書いているんだから、笑っちゃいますよね。

当然ながら、俺が死んだら、このブログも抹殺する予定です。

俺が書いた文章は、俺の命の終焉とともに消滅する運命なんです。


ここが残っているということは、俺がまだしぶとく生きているということの証し。


人は、「完全な孤独」では生きられない。

娘をまだ養わないといけないし、借金もまだ残っているから、

もう少しだけ、俺は生きる必要があるのです。


だからまだ、このブログは「かろうじて」続いているんです。


もう、批判的なコメントに立ち向かう力がなくなってしまった…

映画ブロガーとしては、終わっている身。



俺の文章を読んで、楽しんでくれた人たちがいたことが、懐かしいです。

今はただ、必死で生きているだけの男ですから…



症状は、一進一退。

動きを止めると、不安が一気に襲ってくるので、心が休まりません。



家にいると、電話がかかってくるんじゃないか、とか、

突然「襲撃」してくるんじゃないかと、怯えることになります。


だから、職場に行っている方が、安全だったりします。

家にいる方が、落ち着かないこともあるのです。


変ですよね、家って、安息の場であるはずなのに…



「発病」する前は、まだ「体力」があったので、

「他の何か」をすることで、「普段使っている部分」を休ませることができました。

仕事するか、映画見てるか、本を読むか、飲みに行くか。

眠る時間を削って、何とかうまく「循環」させていたように思います。


しかし、そんな「パワフルな状態」を、いつまでも維持できるはずがない。


俺は、壊れました。

幸い、療養できた期間があったので、ある程度回復しました。

でも、いつまでもそうしてはいられない。


今は、倒れない程度に働くことで精一杯。

映画館に行ったり、飲みに出たりもするけど、

以前ほどには、楽しめなくなったような気がします。


楽しんじゃうと、後から「引き潮」が来て、余計に落ち込むことになるから。

ほどほどに、適当に、「安らいだような気分」になるだけで充分。



見たくないのに、見えてしまうストレス。

聞きたくないのに、聞こえてしまうストレス。

知らんぷりしてればいいのに、気がついてしまうストレス。

余計な心配なんかしなければいいのに、悪い方に考えなければいいのに、

いつも「最悪な状況」を考えてしまうストレス。



いつもそんな状態で生きているから、

トラブルの対処能力はある程度身についているんですが、

予想外の出来事が起きると、最近は、「立ち向かう力」が低下したように思います。



それは即ち、「生命力の低下」につながります。



ああ、もっと、鈍感になりたい。

もっともっと、鈍い男になりたい。

人の気持ちなんか、一切考えない男になりたい。



でも、そうなったら、映画を見ても、つまんなくなっちゃうだろうか。

人の話を、ちゃんと聞いてあげられない人間になっちゃうだろうか。




今の俺だからこそ、感じ取れる世界が、あるような気もします。

せっかくここまで病んだんだから、逃げないで、直視しなくちゃ。



自分を、うまく騙しながら、うまく丸め込みながら、

時間を極力稼いで、少しでも安定した心を保てるように、努力します。



まだ、俺を必要としてくれる人が、ゼロにはなっていないから。





俺にとって、「贅沢」な2連休が終わりました。

明日から、また仕事をがんばります。




このくらいの時間になると、心が安定してきます。

だって、年寄りはそろそろ「寝る」時間だから。


たぶん、今夜は「襲ってこない」でしょう。

明日の朝まで、しばしのインターバル。



この「束の間の、静かな時間」を味わえるのが、今日を生きた「ささやかな報酬」。



これから安定剤と眠剤を飲んで、横になります。



ここまで読んで下さった、心優しい読者の皆様、いい夜を。








いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-18

映画 「オデッセイ」

テーマ:アニメ・特撮
火星って、何だか居心地よさそうですね。



「オデッセイ」というタイトルが、よくわからん。

ギリシャの詩人ホメロスが書いたと言われる英雄叙事詩で、

「2001年宇宙の旅」のタイトルにも使われたので、

一般的には、「長旅」みたいな意味なのかな。


原題は、「The Martian」。

辞書で引くと「火星人」という意味ですが、

原作の日本語タイトルが「火星の人」らしい。


そっちの方がいいじゃん。

「オデッセイ」って、何だか聞いただけで疲れてきそう。



どうしても見たいとは思わなかったんですが、

リドリー・スコット監督だし、マット・デイモン主演だし、

たまたま仕事が早く終わって、タイミングがよかったので、レイトショーで観賞。



いやあ~ これはヒドいですね~


もう、公開されてからだいぶ経っているので、賞味期限ギリギリだから、

少しネタバレ気味にお話ししましょう。



火星って、地球より重力が弱いはずですよね。

彼は、「普通に」ふうふう言いながら、作業してましたよ~

そうかあ、きっと非力なんだ… いやいや、冒頭にマッチョな肉体美が(笑)



俺、たぶんこれって、実は火星じゃなくて地球でした、なんてオチかと思いました。

でも、がっつり「火星」なんだそうです!


…すげえ、火星って、こんなに居心地いいんだ。



科学に詳しい人が見ると、かなりムカつくかもしれません。

一般人には難しい専門知識をさり気なくひけらかしながら、

実は、アホみたいな展開になって暴走していくのが、涙を誘います。


俺、途中から口をぽかーんと開けて、思考を切り替えました。


…そうか、これ、ギャグ映画なんだ!



「ミッション・トゥ・マーズ」

「レッド・プラネット」

「宇宙戦争」

「マーズ・アタック」



火星ネタのSF映画は、たくさんあります。

金星よりも、火星の方がロマンがあるのかなあ。


ちなみに「金星人地球を征服」は、マイフェイバリット・トラウマ・ムービー。

ジョージ・パルの「宇宙戦争」は、レーザーディスクで持ってます(笑)

(トム・クルーズ主演のアレは、ヒドかったけど)




で、マット・デイモン。

彼は、よくがんばりました。


「レイジング・ブル」の、ロバート・デ・ニーロ。

「マシニスト」の、クリスチャン・ベール。

「キャスト・アウェイ」の、トム・ハンクス。

そして、「百円の恋」の、安藤サクラ。



ここに、「オデッセイ」のマット・デイモンを加えましょう。


よく、がんばった。

でも、映画はヒドかった。


彼の、役者魂を評価しましょう。


でも、これでアカデミー主演男優賞は…ムリでしょうなあ。




これは、ディカプリオの「レヴェナント」が、楽しみになってきましたね☆






「ゼロ・グラビティ」は、サンドラ・ブロックの短パンが悔しかった。

「エイリアン」のシガニー・ウィーバーみたいな露出度なら、オイシかったのに…


ジョージ・クルーニーのアレは、「アルマゲドン」のロシア人みたいで笑えましたが。



宇宙空間という描写って、一歩間違うと、「お笑い」になってしまうんですね。



「アイアン・スカイ」は、あれでいいのです。

「スターシップ・トルーパーズ」も、あれでいいのです。

「スペース・キャンプ」も、あのドタバタがかわいらしいのです。



じゃあ、本作は…?



正直、どのジャンルに入れようか、迷ってます(汗)


マット・デイモンが、もっとユルく演じてたら、お笑いに入れます。

でも、あんなに「熱演」してたので、シリアス系に入れたいのですが…


う~む…


そこは、見た人の基準で、決めるのがいいでしょう。




映画は、誰が見ても、同じ物語ですが、

見る人によって、「心に残るもの」は、違うんです。




「火星」には、ロマンがある。


「月」とは異なる、何かがある。




…不思議ですね。



俺は、夜空を見上げるのが、好きです。


農場は、日が沈むと、真っ暗になります。


冬の星空は、それはそれは、美しいものです。

最後の巡回をしている最中とか、

つい、見とれてしまう時があります。



飲み屋で飲んで、歩いて帰る時に、信号待ちかなんかで、ふと、立ち止まる。

見上げた空に、満点の星…


吸い込まれそうな、鋭い瞬きの中にいると、

自分が苦悩している状況を、ほんの一瞬だけ、忘れることができます。



光が届くのに、長い時間がかかっているはずだから、

俺が見ているあの星の光は、もうすでに存在していないのかもしれない。



今自分がいるこの地球上には、酸素も食料もあって、住む場所もある。

当たり前にあるものが、「あちら側」には存在しない…


「ここ」にいる時は、「あそこ」に憧れて、行ってみたいと思う。

しかし、いざ行ってみると、今度は「ここ」に帰って来たくなっちゃう。


自分がいる場所の「ありがたみ」って、なかなか実感できなかったりする。

外側から見て、初めてわかる世界があるような気がするんですね。




俺は、色んな「苦痛」から、逃げてきたのかもしれない。

追いつめられて、立ち向かって、戦いに破れて、ボロボロになって…



生きる意味を見出せず、死にたくてもなかなか死に切れず、

今もこうして、「生き恥」をさらしている状態。



本作のマット・デイモンは、カッコいい。

男として、憧れを抱いてしまいます。



俺がもし、彼みたいな境遇だったら…?


きっと、彼とは違う行動を取ると思います。

きっと、すぐに死んでしまうでしょう。


しかし、彼とは違う「何か」を残すかもしれない。



「問題」は、生きていると、必ず起こるものです。

しかし、「乗り越え方」は、人によって違うものです。



俺は、彼のような「カッコいい」ことはできません。

でも、何かやると思います。



そういうことを考えながら映画を見ると、楽しめるかも。


2時間20分くらいある長編なので、せっかくだから、楽しんじゃいましょう。




傍から見たら、「火星の人」。

本人の視点で捉えたら、「オデッセイ」。



見方にとって、思考の方向性によって、色んな形に変化していくのが、

映画を見る「醍醐味」というものでしょう。



リドリー・スコット監督は、トニー・スコット監督のお兄さんです。

トニーは、亡くなりました。

本作では、デヴィッド・ボウイのあの歌が使用されています。

彼も、亡くなりました。



命が存在しているのは、それだけで「奇跡」なのです。

一歩間違えば、違う選択をすれば、一瞬の判断が遅れたら、

人は、簡単に死んでしまうのです。



予告編が「いかにも」だったので、

99%ネタバレしている感じだったので、

正直言って、「やっつけ仕事」みたいな感覚で劇場に行きました。



結果は、笑い飛ばすことで、しばしの「安らぎ」を得ました。



追いつめられている人。

いっぱいいっぱいの人。

悩み過ぎて、前が見えなくなっている人。



…この映画を見ると、何かヒントが掴めるかもしれませんね。







いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-14

U-NOTE Ⅱ 「苦手になってきたこと」

テーマ:ケガ・病気
最近、苦手というか、億劫になってきたことがあります。



それは、「みんなで楽しく何かをする」ということ。


少し前までは、飲み会の幹事とか、喜んで引き受けていたものですが、

最近は、3人以上の飲み会を企画するのが、何だか面倒くさく感じてしまうような…

何というか、「人に気を遣う」のが、しんどいのかもしれない。



もちろん、仲のいい人たちと過ごす時間は楽しいんですが、

終わった後に、どっと疲れが出てしまう…


ここ半年ばかり、そんなことを考えるようになりました。



うつを経験した人の性格にもよると思うんですが、

発病前なら「当たり前」にできたことが、

発病後になると「すごく大変な作業」になってしまうことがあるんです。


こんなことを言うと、

『…桑ちゃん、それはね、老化っていうんだよ。』という声が聞こえそう。


確かに、それもあるんですが、俺の見解は、ちょっと違う。


もともと、その行為自体に、無理があったということ。




うつになると、本来「好き」だったものに、興味を示さなくなる、と言います。

「好き」にも、色々あるんです。


何事にも本気モードな人ほど、がんばり過ぎる傾向があるもの。

なんちゃってモドキ程度のレベルなら、気分転換として問題ないでしょう。

しかし、つい「本気で夢中」になってしまうと、逆に疲労が増すんです。


そこが、リハビリ段階での、落とし穴。



ちょっと元気になった時に、久しぶりに趣味を始めると、

最初はいいけど、気がつくとヘトヘトになっちゃう。


趣味がたくさんある人なら、3番目か4番目くらいのものを選んだ方がいいです。

くれぐれも、1番と2番は、比重を少なくした方がよろしい。



俺の場合は、映画を見ても、以前と同じ視点で見られなくなりました。

(今は、「新しい視点」を獲得できて、見る世界が広がりましたが)


音楽も、以前と同じようには、楽しめなくなりました。

(その分、今は、新しい領域の音楽を楽しめるようになりましたが)



うつが回復してくると、

「あの頃よ、もう一度」的な感情が湧き上がってくるものです。


でも、

悲しいかな、もう「元の自分」には戻れないんです。


それは、健常者でも同じこと。



失ったものを取り戻すことは、ほぼ不可能…



それよりは、新しい何かを探す方が、ずっと進歩的。



言葉で書くと、何でもないようなことですが、

それを「実感の世界」で理解できるようになるまでには、かなりの時間が必要。




ああ、おっさんって、面倒くさい。

ああ、人間って、面倒くさい。



だけど、

「面倒くさい」ことを理解して、受け入れることから、

自分の「本当の人生」が始まるのかもしれませんね。




俺は今、とても不安定です。


だから、自分の生命力を断ち切るような「危険性」の高いことを避けているのかも。


おかしいですね。「死にたがり」なのに(笑)


ただ、死ぬなら、あっさりがっつり死にたい。

じわじわと、殺されていくのは、耐えられない。



自分が抱えている「不安と恐怖の正体」を突き止めることは、

とても勇気のいることだし、誰もやりたがらない領域。


どうせ死ぬなら、できる限りのことをやってからにしたい。



「その日暮らし」という言葉がありますが、

俺にとっては、「今日で人生が終わる」という思いで、毎日を生きることなんです。

だから、朝、目が覚めると、まず落胆するんです。

あ~あ、また今日も、生きなければならない…


でも、迎えたからには、今日という日を、精一杯生きる。

職場でいくら否定されても、家族に無視されても、

誰にも話を聞いてもらえなくても…



仕事を終えて、一杯やって「力が抜ける」と、

がんばった分だけ得られる「夜の自分の時間」を、少しだけ楽しみます。


今は、熱燗をチビチビやることが、一番の安定剤。





体調によりますが、最近は、少しずつまた「ひとり飲み」できるようになりました。


月がきれいな時、星空がきれいな時が、外に出るゴーサイン。


「今日で人生が終わる」と思えば、飲み方のスタイルも変わりますよね。




そう思うと、もう「余計な力」を使いたくないのかもしれません。


残された時間を、自分の好きなように使いたいだけなのかもしれません。





だから、ひとり飲みが一番、気楽なんです。


揉め事とか、ケンカとか、泥酔した人に絡まれて面倒みるとか、もう、うんざり。



自分が好きなスタイルで、自分の時間を楽しみたい。

それが、本音。



今まで、人に対して、気を遣い過ぎた。

だから、これからは、「いい人」をやめて、「嫌な奴」になろう。



好かれると、それがプレッシャーになって、自分の首を絞めることになっちゃう。

進んで嫌われて、疎まれて、避けられる方が、ずっと気楽。



まあ、ジジイになるまで生きるつもりはないので、

今しばらく、娘が成人するまで、ちゃんと働いて学費を稼ごうと思います。


俺の人生で、やらないといけないことは、もうそれだけ。

あとは、もうどうでもいい。




ただ、がんばって働いた分だけ、

少しだけ、自分の時間に酔いたい。


余分な力はもうないから、人とは、可能な限り、距離をおいて。



誰にも、迷惑をかけない範囲で。






日曜に仕事をしたので、今日は、束の間の休息。


明日、生きて目覚めたら、またきっと仕事に行くと思います。



コメント欄を閉じたから、熱心に読んでくれる読者は、たぶんゼロになったことでしょう。

それでいい。


こんな世捨て人のおっさんに付き合ってくれなくていいから。

みんな、自分の人生を最優先に考えて欲しいから。


今まで応援してくれた人たちに、いつも感謝しています。


桑畑は、思い上がっておりました。



今は、このスタイルで、しばらくいこうと思っています。



更新がとぎれがちですが、たまに気が向けば、こうして書いていますので。


いちいち心配してくれなくてもいいですが、

たまに、思い出して下さると、嬉しいです。




飲み仲間とも、常連のお店の人たちも、

いつも、「これが最後」というつもりでお話しさせていただいています。



何気ない一言で、深く傷つくこともあるけれど、

何気ない一言で、勇気づけられることもあります。




可能なら、

もう少しだけ、

生きてみようかと思っていますが、

それは、誰にも決められないし、誰にもわからない。



では、そろそろ、眠剤飲んで、読書しながら横になります。



映画記事を書くのは、俺が生きている証拠。

以前より面白くないかもしれませんが、見た分だけは、ちゃんと残しておきたい。




ああ、またつまんないこと書いちゃった。

くたびれたおっさんの愚痴だと思って、聞き流して下さい。




では、おやすみなさい。



いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-14

映画 「女が眠る時」

テーマ:邦画
「眠る」って、こんなにセクシーなことだったんだ。



この映画を見に行ったのは、忽那汐里が出演していたから。

「家政婦のミタ」で初めて見た彼女は、普通のお嬢さんという感じだったけど、

「つやのよる」の演技がすごく好印象だったので、ずっと気になっていた女優でした。


「許されざる者」の彼女は、全然娼婦に見えなかったし、

「海難1890」の演技も、普通だったから、俺の思い過ごしかな…と思っていたら、

本作では、一段と色気がアップしていました。



冒頭でいきなり白いビキニで登場した時は、目のやり場に困りました(笑)

もう、これで充分です。それ以上脱がなくてよろしい。


いやあ、脱がなくてもエロい女優さんというのは、ホントに貴重です。

彼女は脱ぎませんが、脱いでる姿を想像できる映画なので、それはそれでオイシイ。

(ダイレクトなヌードは、西島君の奥様役の女優さんで堪能して下さい)




この映画は、妄想力と感性でお楽しみ下さい。

真面目にストーリーを追っていると、肩透かしを食らいます。

俺は途中から、そんなのどうでもよくなっていきました。


白昼夢のような、夢と現実と妄想の狭間で悶絶していくのを、ひたすら楽しむ。



悪夢というのは、早く終わって欲しいと思う反面と、

その向こうには何があるんだろうという好奇心とが、同居している感じ。



1つだけ言うなら、撮り方が面白い。

照明の当て方や、カメラワークにすっかり魅了されてしまいました。

人物の内面までも表現しようとしているような、不思議な気分になります。


映画という媒体が、もともと「覗き」みたいなもんですから(笑)



汐里ちゃんの演技は、青々しくてまだ健全だけど、

どことなく、怪しい領域に足を踏み入れようとしている「危うさ」がある。


もしかして、すでにそういうことをたくさん知っている女なのかもしれないし、

純粋に、監督の望む演技をこなしているだけなのかもしれない。


だけど、どこかミステリアスで、妖艶な雰囲気があるんですよね。



二階堂ふみの「あどけないお色気」とは、カラーが違う。

杉野希妃の「大人の女のお色気」とも、カラーが違う。

安藤サクラの「気だるいお色気」とも、全然異質のもの。


汐里ちゃんにはぜひ、新しい領域を開拓してもらいたいと思います。




男が、もともと狂っているのか。

女が、男を狂わせるのか。

男という存在が、女を縛るのか。

女という存在が、男を振り回すのか。



リリー・フランキーの台詞が、印象的である。

新井浩文の何でもない普通の言葉が、いやに残る。



この映画、実に不思議な魅力を放っている、と思う。


言葉にしてしまうと、途端に輝きを失ってしまうものが、確かにある。



人はやっぱり、感性の生き物である。


同じものを見ても、感じ方は、人それぞれ。

俺が感じたものは、きっと、俺にしかわからないんだと思う。



「ピンクとグレー」で感じたものと、根っこはおんなじ。

しかし、形や色が違う。伝え方も全く違う。



人は、自分が見たいものを見て、聞きたいものを聞く。

正解は、自分の中にあって、他人の中にはない。

期待を裏切られると、否定しないと気が済まない。

思い込んでしまうと、視野がどんどん狭くなっていってしまう。



この映画は、感性の領域を広げてくれる、いい素材である。

そして、深さも追求していくと、2倍3倍楽しめると思う。



はっきり見せたら、かえってスケールがショボくなってしまうこともあるのだ。




映画は、TVドラマの延長ではない。

映画だからこそ、表現できる領域がある。


それを確認できたから、やはり本作を見に行ってよかった。





「眠る」のは、人間にとってとても大切なこと。

発病する前は、あまり深く考えなかった世界である。



「寝る」と「眠る」は、違う。

横になる。

時間をおく。

休息を取る。



「眠りにつく」のは、深い領域に足を踏み出すことでもある。

「夢を見る」のは、得体の知れない世界を冒険することでもある。



汐里ちゃんの寝顔を見ていると、

「眠る」という行為が、とてもセクシーに感じてしまう。



きっと、アンジェリカよりも、汐里ちゃんの方が、俺にはぐっとくる。



夢の中で、妖艶な女が誘いに来る。

誰にも見せなかったような、美しい笑顔に魅了されて、一緒に旅をする…




ああ、映画の新しい楽しみ方を、また覚えてしまった。


今夜の「眠り」が、少しだけ待ち遠しくなってきた。




…夢の中だけは、自由な心で飛び回っていたいなあ。

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-14

映画 「ヘイトフル・エイト」

テーマ:洋画
比べる能力は、プラスにマイナスにも作用する。



タランティーノ監督最新作というよりも、

ジェニファー・ジェイソン・リーが出演すると聞いて、

これは、見ねば!と思いました。



『…嫌なものは、嫌なのじゃ!』

これは、「のぼうの城」で野村万斎が吐き出した台詞ですが、

人間には、多からず「好き」と「嫌い」があるものです。



「hatehul」は、「嫌な、憎むべき、不愉快な」という意味。

 (アドバンストフェイバリット英和辞典より)

なので、「ヘイトフル8」は、「8人の嫌な奴」と訳していいでしょう。



なるほど、全員、イヤな連中です(笑)

こりゃあ、誰が先に死んでも問題ないですな。



我らがジェニファーは、紅一点。

といっても、かなり小汚いオバチャンのようですが。


彼女を初めて見たのは、「ルームメイト」だったと思います。

演技が素晴らしく、主演のブリジット・フォンダが普通の女優に見えたもんです。


タラ監督の「ジャッキー・ブラウン」に出演したブリジット・フォンダは、

実にもったいない使い方をされていましたので、ジェニファーの運命やいかに?



ちなみに、ジェニファーが一番美しかったのは、「黙秘」だと思います。

「マシニスト」では、カフェのくたびれた店員かなんかを演じてましたが、

彼女の情感あふれる演技は、ずっと不滅ですね。



この映画、誰にも感情移入とか、できないと思います。

もし誰かの肩を持とうものなら、次の瞬間には裏切られちゃう。


そして、サスペンスかと思いきや、何じゃそりゃ~な展開。

このノリは、ロドリゲスと組んだ「フロダス」を思い出しますな。


「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」のダラダラ感と、

マカロニ・ウエスタンのようなきな臭い画面と、

ラース・フォン・トリアー監督の「ドッグウィル」のような舞台劇作風が、

3時間という長さで、観客の脳を疲弊させていきます。



…もう疲れた、さっさと早く誰かブチ殺されてしまえ!



そう思った頃には、何かが起きますので、

観客もまた、殺人をした気分で楽しめる、いい映画です。(いいのか)




密室とか、閉じ込められた者たちの脱出劇とか、昔からある題材ですが、

そこは、タランティーノ。


男たちの生き様というか、死に様をとくとご覧下さい。


いいなあ、俺がこの中にいたら、真っ先に殺されちゃうでしょうが、

この連中に殺されるなら、恨みなんかないです。

(でもたぶん、ひとりくらいは巻き添えにして死ぬだろうけど)




人間というのは、どうしても、何かと何かを比べてしまうところがある。


スーパーで同じ物を買うなら、新鮮でおいしそうな方を選ぶ、とか。

本屋で本を買う時は、2~3冊下から取る、とか。

ファミレスのメニューを見る時に、値段が安くておいしそうなものを探す、とか。



自分よりも安い値段で同じ服を買った友達に、イラッとくるとか。

自分の彼氏よりも、友達の彼氏の方がカッコよく見える、とか。

同じ仕事をしているはずなのに、あいつの方が待遇がいい、とか。



肌の色や、家柄や、裕福か貧乏か、成績の良し悪し、損得勘定…



誰もが「自分は違う」と思い込んでいるけど、実際はそんなもの。

俺もきっと、無意識のうちに、そういう言動をしているんだと思う。

気をつけても、心に染み付いているものは、にじみ出てしまうものなんだから。



そういう意味では、俺は、連中が羨ましい。

全員が、自分の言いたいことを言って、好きなように振る舞っている。

拘束された閉鎖空間にいても、心が自由なのだ。



スティーブ・マックィーンの「パピヨン」

ロベルト・ベニーニの「ライフ・イズ・ビューティフル」

苦しい状況の中で、自分なりの楽しみ方を見出す男たちは、カッコいい。


バカにされても、暴言を吐かれようと、彼らの心は、揺るがない。

そして、機を待って、渾身の反撃をするのだ。




音楽が、エンニオ・モリコーネなのも、実にいい。

セルジオ・レオーネ監督の作品は、2時間半以上のものがたくさんあったもんね。



かなり、歯ごたえのある映画です。

そして、血の匂いが漂ってくる映画。



退屈だと言う奴らは、さっさと寝てしまえ。

ガキどもには、わからん世界があるのだ。




…ジェニファーは、汚ねえ女を演じても、やっぱり美しい。



いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-13

映画 「アンジェリカの微笑み」

テーマ:洋画
ひ・と・め・ぼ・れ!



出会った途端に、恋に落ちることが、時たまある。

好みのタイプとか、見た目がかわいいとか、そういう次元じゃない。



恋をする瞬間って、美しい。

人生の中でも、稀有なクライマックス。



「ときめく心 もしもなくしたら 見えないのさ 今はもう何も」

たしか、「未来警察ウラシマン」の主題歌だったと思いますが、

いくつになっても、恋心というのは、大切だと俺は主張したい。




ひとつだけ、教えましょう。

マノエル・ド・オリヴェイラ監督は、2015年に、106歳で他界しました。

本作は、彼が101歳の時に監督・脚本で製作された、貴重な1本。



ジイさんの、マスターベーション映画でございます。



俺みたいな年代が見ると、気恥ずかしいことこの上ない(汗)

でも、これくらい、ストレートに表現させてもらえる、彼の身分が羨ましい。





わかりやすく説明すると、死者に恋をする青年の物語です。

日本でいうと、「牡丹燈籠」でしょうか。


主人公は、写真家の青年。

ある晩、死んだ娘の写真を撮って欲しい、という依頼を受けます。



その死体の、美しいこと。

デヴィッド・リンチ監督の「ツイン・ピークス」を思い出しますな。



俺は、美しい女性の死体を見たことがないので、よくわかりませんが、

死に顔というのは、その人の生き様が表れるそうですね。



保存状態がいいミイラだと、まるで生きているような感じがありますが、

やっぱり、「死に立て」が一番美しいのではないかと思います。



本作の「死体」は、そりゃあもう、美しいですよ~


うっすらと「微笑み」を浮かべ、

気持ちよさそうに「眠っている」かのよう。


こりゃあ、恋もしたくなりますなあ。




できることなら、生きている女ならまだよかったんですが、

こりゃあ、相手が悪かった…



でも、好きになっちゃったものは、しょうがない。




この映画、実にストレートな展開です。



若造が監督したら、もっとひねりを効かせて、複雑にもっていくんでしょうが、

そこはさすがに年季の入ったジイさん。

恥ずかしくなるような、直球勝負で展開していきます。




恋というのは、シンプルに最短距離を行くのが一番いいんですが、

プライドとか戸惑いといか恐怖心とか、色んなハードルがあって、

なかなか「素直に伝える」のが難しい側面があるものです。




俺が思うに、オリヴェイラじいさんは、

ご自身の色んな「思い」を、この映画に込めているような感じを受けるんです。



若い頃に、燃えるような恋を経験する人もいれば、

今まで一度も人を好きになったことがなくて、晩年に初恋を経験する人もいます。



恋愛というのは、傍から見ると滑稽なものですが、

当人にとっては、真剣勝負なのです。



俺は、劇的な恋愛を経験した男の一人として、

実らなかった恋を経験した人にこそ、この映画を見て欲しいと思います。




たまたま好きになった人が、「好きになってはいけない人」だった…

そういうことは、よくある。



実らない恋だからこそ、

禁断の関係だと思うからこそ、

許されない関係だからこそ、

かえって、燃え上がる恋の炎…



ああ、人間って、何て罪深い存在なのでしょう。





…ジイさん、あの世で、極上のいい女と、思う存分楽しんで下さいな。

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-03-13

映画 「傷物語」

テーマ:アニメ・特撮
人は、生まれながらのヴァンパイア。



娘が、「一緒に見に行ってくれる友達がいない」と言うので、

仕方なく、付き合ってあげました。



「化物語」は見ていたので、エピソード0みたいな内容であるのと、

80分くらいしかないので見やすいかな、と思って、見に行ったんですが、


騙されました~




これ、3部作なんですね。

思いっきり、いいところでブツン、という感じでした。

恭しく、映画の最後に予告編が…あ~あ。


ちくしょう、気になるじゃね~か。



血ィ吸われたら、ヴァンパイアになってしまう連鎖のように、

俺の中に、毒が回っていくような、妙な気分に…



まあ、みんな、赤ん坊の頃に、母親のおっぱい吸って生きてたんだから。

母乳って、もともとは血液だっていうらしいから、

生まれながらに、みんな「吸血鬼」なんだよね。



血の味って、鉄くさい。

貧血って、鉄分が不足すると起きるんですよね。


あ~

やっぱり、血が足りねえんだわ。


プルーン。

レバー。

ほうれん草。



自分がどうすれば元気が出るのか、ちゃんと知っておいた方がいいですね。




人間という種族は、進化の最先端であると同時に、

今まで淘汰されてきた、太古の生物の記憶と恨みが集結された生物。


だから、色んな要素が含まれた、多様性のある存在なのだ。




肉食系。

草食系。

雑食系。


そして、吸血系男子と、吸血性女子。



いいねえ~


ダイレクトに体液を吸うのって、蜘蛛みたいで面白い。





岩井俊二の「ヴァンパイア」も、

デヴィッド・ボウイ主演の「ハンガー」も、

ジョージ・A・ロメロ監督の「マーティン」も、

ヴィンセント・ギャロ主演の「カーゴイル」も、

菊池秀行原作の「ヴァンパイアハンターD」も、

どこか悲しくて、セクシーな物語だった。



いつ終わるかわからない、儚い命。

誰かを犠牲ににして、誰かの命を奪って、存在する、卑怯な魂。




人はもちろん、

生物は全て、

他者を殺して、食らって生きる存在なのだ。


そのことを噛み締めて、この映画を見て欲しい。




日本のアニメーションは、極上の文化である。


クオリティの高い映像と、

プロの声優からほとばしる、躍動感あふれる言霊に、心を委ねよ。




…己の魂が、真に欲している領域を、見失うなかれ。


いいね!した人  |  リブログ(0)
1 | 2 次ページ >> ▼ /

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。