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2015-04-26

メンタルコラム 「愛とお金と時間」

テーマ:メンタルコラム
「少女革命ウテナ」の主題歌に、こんなフレーズがあります。

『…愛はお金では買えないって知っているけど、愛でお金は買えるの?』


ことわざには、「時は金なり」とあります。


今日は、「愛」と「お金」と「時間」について考えてみましょう。



人を、好きになる。

大切な友達がいる。

愛する家族がいる。


その「かげがえのない」相手のためなら、

愛情を惜しみなく注ぐ。

お金を惜しみなく使う。

時間をたっぷりとかける。


それは、その相手が、「価値ある対象」だから。


人は、価値あるものには、時間とお金をかけても惜しくないと思うものなんです。

無料のイベントに行くのにも、交通費や時間を費やすでしょう。

それだけの価値があると思うからこそ、手間ひまかけて、出かけるんですね。



俺はお金持ちではないので、使えるお金は限られています。

でも、できるだけ、生きたお金を使えるように、心掛けているつもりです。

『…映画なんて、TVやレンタルDVDで充分。劇場に行くなんてもったいない。』

『…お酒なんて、家で飲めば充分。外で高い金払って飲んで何が面白いの?』

そういう人には、俺が「価値あるもの」と思っていることが、理解できません。


俺は、お金の使い方に対して、人に説教したりしません。

パチンコに行こうが、高給スイーツやファッションにお金をかけようが、問題ない。

だって、世の中は、お金で回っているんですから。


みんながお金を気持ちよく使えば、絶対、景気はよくなると思う。

金銭感覚をうるさく言い過ぎると、みんなケチって使わなくなる。

お金持ちがお金を使わなくなると、デフレスパイラルが加速していく。

お金が入ってこないから、出るものも少なくなっていく。

個人資産からすれば、日本の経済はすごいのに、庶民はいつもビンボー。


俺はお金持ちになったことがないから、彼らの気持ちはわかりません。

でも、大金になればなるほど、使い方が難しいんだろうな、とは思います。



愛情にあふれている人は、惜しみなく人に注ぐもの。

だけど、注ぐ相手を間違うと、大変なことになっちゃう。

愛情って、目には見えないけど、いつかは枯れてしまうものなんです。

ちゃんとどこかで補充しないと、心がだんだん歪んでしまうものなんです。

純粋な心を持った新社会人が、早々につまづいてしまう気持ち、よくわかります。

ピュアであればあるほど、真っ直ぐであればあるほど、傷つきやすいものだから。



「お金」はどうも、人によって不平等のようなものですな。

それなら、「時間」はどうでしょうね。


「時間」なら、1日24時間、みんなが平等に持っているもの。

だけど、そうじゃないんです。

1日で考えればそうなんだけど、「寿命」はみんな違うから。

10代で死んでしまう人と、60歳で死ぬ人と、100歳まで生きる人がいる。

彼らにとっての24時間は、みんな価値が異なるんじゃないでしょうか。


さらに、人には「心」というものがあるので、「時間の経ち方」がみんな違う。

せかせか動いている人と、のんびりぶらぶらしている人とでは、流れ方が絶対違う。

同じ時間を過ごしても、人はみんな違うことを考えて、違う世界で生きているのですから。




「お金」と「時間」と「愛情(心)」を結び付ける、重要なキーワードがあります。


それは、「約束」という言葉。



「お金」は、それ自体はただの紙切れか金属片ですが、

そこに込められた「約束(ルール)」があるからこそ、価値があるんです。

「お金」を払うことで、別の対価を手に入れることができるから、成り立つんですね。


「時間」は、それ単独だと、ただ流れていくだけですが、

誰かと「約束」して共有するからこそ、「生きた時間」になるんですね。


「お金」でものを買う「喜び」があって、ものを売って「お金」をもらう「喜び」がある。

その好循環があるからこそ、経済は成り立っているんだと思います。

欲しいものを買うために、お金を貯める。

我慢は苦しいけど、それだけの「結果」を得た時の「喜び」は大きい。



友達や恋人と同じ時間を過ごし、お互いにハッピーになれる。

忙しい人ほど、時間は貴重なものだけど、それを使うだけの価値がある。

そう思うからこそ、お金や時間を工面しようという気持ちが生まれるんですね。



このブログだって、読むのは無料だけど、読者様は、俺のために時間を割いて下さっています。

貴重な時間をかけてお読み下さっているのに、つまんなかったら申し訳ないと思っています。

リアルな友達も、ネットの友達も、大切だからこそ、時間が許す限り付き合いたい。


「約束」には、「時間」と「お金」に価値を与えるための、「心のツール」なのかも。



「時間」も「お金」も重要。

そこに「愛情」や「心」があれば、上手に使いこなせるはずなんです。


「仕事」は、「時間」を単位にして、「お金」に還元します。

その間に、こういう結果を出すということを前提として、対価が支払われるのです。

時間だけ会社内にいれば、自動的に支払われるものでもありません。

その人の「能力」に見合った金額が「給料」になるのです。


これだけがんばったのに、たったこれだけかよ。

こんなに愛しているのに、何でそんなに冷たい態度なんだ。

こんなに時間を割いて会ってあげてるのに、どうして心を許してくれないの。


そう感じる人は、相手にちゃんと「愛情」や「真心」が伝わっているのか、ご再考を。


「お金」は、なくなったらまた稼げばいい。

「物」は、失ったらまた作ればいい。


「時間」は、またもうければいいけど、その時の「気持ち」は、その時だけのもの。

「心」は、一度失ってしまうと、なかなか取り戻せない。

「愛」は、簡単に切り替えられるほど、単純なシロモノじゃない。


「約束」を守れない人は、「信頼」を得られない。

「気持ち」を大切にしない人は、「人の心」を軽んじてしまう。


「与えない」のに「得よう」とする人は、根本的に何かが歪んでいる。

「欲しい」から「与える」人は、「出力」を減らして「入力」を大きくしようとする。


「愛」は、惜しみなく「与える」もの。

「愛情を注ぐ」という行為は、本来、とても気持ちがいい。

面倒に感じたり、出し惜しみしたりすると、「愛情不足」になっちゃう。

そこから暴走して「愛を奪い取る」ような行動に出てしまう。


経験していないことは、わからない。

経験しても考えない人は、同じことを何度も繰り返す。

自分が成長しないから、すっと同じところでグルグル回って、心が淀んでいく。

そして、悪いことを全て「人のせい」にする人間になっていく。


「お金」も「時間」も、有効に使わないと、淀んだものになっていく。

「愛情」や「心」は、人の間で流れてこそ、「生命力」を帯びていく。



生き生きとした「お金」を、気持ちよく使ってみませんか。

生き生きとした「時間」を、気持ちよく費やしてみませんか。



お会計の時に、「ごちそうさま」とお礼を言って、気持ちよく支払う。

給料をもらう時に、「ありがとうございます」と言って、気持ちよくもらう。


堂々と使い、堂々ともらう。


楽しいから、嬉しいから、また食べに来ようと思う。

この気持ちをまた味わいたいから、がんばって働こうと思う。



人が集まるところには、お金も集まって来る。

心も集まるから、みんな、時間を割いてやって来る。

そこで新たな「約束」と「信頼」が生まれ、新しい空間が誕生する。



俺が通っている飲み屋は、そういうお店ばっかり。


「酔っ払う時間」もまた、楽しいことこの上なし。




…あなたが一番楽しいと感じる、お金と時間の使い方を、考えてみませんか。










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2015-04-26

映画 「バードマン あるいは (無知がもたらす予期せぬ奇跡)」

テーマ:洋画
無様で滑稽な行動こそが、人を大きく変えていくのだ。


アカデミー賞を4部門受賞した話題の映画を、ようやく見ることができました。

監督は、メキシコ出身のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ。

「21グラム」と「ビューティフル」がよかったので、俺的には巨匠です。

(「バベル」だけはクソつまらんかったけど)


この長いタイトルは、原題そのまんまなのかな。

映画の中身は、まさにこの通りなんですね(笑)

見る前は、変てこなタイトルだなあと思ったんですが、見れば納得です。




マイケル・キートン、がんばりましたなあ~

オスカーはホーキング博士に持っていかれたけど、いい演技してますよ。

彼はもともと、コメディアンとしてスタートしたので、ブルース・ウィリスと似ている。

どんなにシリアスに演じても、コミカルでユーモアな雰囲気が滲み出てしまうんですね。


俺が初めて彼を見たのは、「ガン・ホー」でした。

日系企業で働くビジネスマンという役柄で、すげえ爆笑でした♪

その後に「ビートルジュース」「バットマン」でブレイクしたんですが、

ティム・バートン監督が降板するのに合わせて、役をヴァル・キルマーに譲りました。


この辺の、作品の質にこだわる姿勢が、本作のキャラにも出ていますね。


その後、「クローンズ」で天才コメディアンぶりを発揮し、

タランティーノの「ジャッキー・ブラウン」、最近の「ロボコップ」では、

大人のシブい演技も披露して、円熟味を増しています。


その彼が、大きな賭けに出た。


この映画、徹底して、人間を滑稽に描いています。

カッコつけて飄々と生きている人間は、ひとりも出てきません。

みんな、悩みながら苦しみながら、必死で戦って生きているんですね。


その切なさが、不思議な味付けとなって、映画に彩りを与えています。


笑えるのに、切ない。笑えるから、余計に切ない。

そして、切ないからこそ、笑うしかないんです。



イニャリトゥ監督の描く人物は、いたって普通のイメージ。

ひたむきで、真面目な男が、しっかり生きようとするが、うまくいかない。

社会の不条理に巻き込まれて、予想外のトラブルに巻き込まれて、脱線してしまう。

でも、その行き着く先には、何かがちゃんとあるのだ。


マイケル・キートンを起用したイニャリトゥ監督のセンスは抜群である。

マイケルは、自分をカッコよく見せようとしていない。

彼の存在そのものが、彼の息づかいが、人の心に何かを語ってくれるのだ。


いい仕事しましたね~


この映画がアカデミー作品賞を受賞したことは、とても意味があります。

「アメリカン・ビューティー」以来の、キワモノ受賞じゃないかな。

カンヌやベルリン、ベネチアとはカラーが違う、アメリカのアカデミーも、

何か「新しいカラー」を求め始めているのかも。

(大抵の場合、作品賞受賞の映画って、どうってことない映画が多いから)



監督賞はもちろん、脚本賞を受賞したことも大きい。

「ビューティフル」と同様、アルゼンチンの脚本家を2人採用しています。

そして、撮影賞を獲得したのは、エマニュエル・ルベツキ。(彼もメキシコ)

「ゼロ・グラビティ」の無重力画面は、酔いそうになりましたね(笑)

今回も、ワンショットにこだわるスゴい撮影方法で、なかなか見せてくれます。


そして、俺的に一番驚いたのが、音楽なんです。

ずーっと、ドラムスコアなんですよね~

メキシコのジャズドラマー、アントニオ・サンチェスが演奏しています。

何だか、人間の心臓の鼓動音みたいで、とってもスリリングな効果がありました。



いやはや、この映画、随所にこだわりが入っていますね。




映画の内容は、売れなくなった俳優が、心機一転を賭けて、舞台に挑戦する物語。

レイモンド・カーヴァーの短編「愛について語るときに我々の語ること」を原作とし、

主人公が脚本を書いて演出し、自分で主演する…

イニャリトゥ監督の話では、「とんでもなく無謀な挑戦」なんだそうです。



才能があるのかどうかわからない男が、無謀な挑戦をする。

うまくいかないことばかりで、演じている者も観客も、ヘトヘトになっちゃう。

映画は2時間ちょうどくらいなんだけど、かなり疲れますよ~




本作を見て、真っ先に思い出したのは、「その男、ヴァンダム」。

それと、最近見たベン・スティラーの「LIFE!」かな。

セルフパロディって、自分を笑うことで、新しい何かが見えてくるジャンル。

暑苦しいおっさんに付き合ってくれる観客のみなさんは、素敵です☆




人は誰でも、「妄想」というものを持っている。

「理想」と「現実」のバランスを取るために存在するのが「妄想」なのだ。


映画では、「バードマン」(バットマンそっくり!)という背後霊のようなものが、

主人公に常につきまといます。(まるで、「デスノート」のアレみたい)

もう、冒頭からして、あ、これは変な映画だと思いました。

もしかして本格SF…?と思いきや、どんどんおかしな方向に行きます。


カメラワークと絶妙なドラムミュージックで、夢と幻想の世界へ行ったり来たり。

人は、現実だけで生きているわけではないし、妄想の中だけでも生きられない。

どちらも、否定すればするほど、リアルに生き生きしてくるものなのだ。



主人公は、ネットやSNSを強烈に否定する。

しかし、彼の娘の存在によって、その恩恵を受けることになる。

この矛盾。このいまいましさ。


イニャリトゥ監督は、語ります。

『…ソーシャルメディアの即効性は、人の現実世界を簡単に捻じ曲げてしまう。』

人との距離感や、人との直接の触れ合いからしか得られないもの。

そういう世界を瞬時に超えて、一気に爆発するネット・バーニング。

便利なものは、使い方を誤ると、恐ろしい狂気を誘発してしまうのだ。

そういう皮肉も、本作の中に入っていますね。



この映画は、わかりにくいかもしれない。

どちらにも取れるような、絶妙なさじ加減で、物語は終了します。

このラストシーン、いいですね~


俺は、映画館を出てから、色んなことを想像しました。



今回は、親友YD君と一緒に見ました。

彼と初めて一緒に行った映画が、「バットマン フォーエバー」(1995年)でした。

あれから、20年。

お互いに、映画の情熱を語り合った仲です。


親友とのいい時間を過ごすことができた、思い出深い映画になりました。




心の殻を破る時は、苦悩と苦痛がつきまとう。

常識という鎧を脱ぎ捨て、先入観という色メガネを捨て、

本来の自分ありのままの姿をさらすことは、勇気がいる。

誰だって怖いし、余計なリスクは負いたくない。


だけど、ある瞬間、「それ」はやって来る。

突然、目の前に現れる。


それは、「時が来た」と教えてくれる。



…自分が本当の意味で、羽ばたく時を。









【作品データ】

監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ

脚本:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ ニコラス・ヒアコボーテ

   アレクサンダー・ディネラリス アルマンド・ポー

撮影:エマニュエル・ルベツキ 音楽:アントニオ・サンチェス

出演:マイケル・キートン ザック・ガリフィナーキス

   エマ・ストーン エドワード・ノートン ナオミ・ワッツ

   アンドレア・ライズブロー エイミー・ライアン


 (2014年アメリカ 上映時間:119分)





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2015-04-20

48歳になりました。

テーマ:ごあいさつ
桑畑は、今日で48歳になりました。

ここまで生きられたのも、読者の皆様のおかげだと思っております。

応援して下さった皆様に、心から感謝申し上げます。



昨夜は、バーのマスターと一緒に、カウントダウンしながら飲んでいました。

今日は、土曜日出勤の代休で、ゆっくりすることができました。

今夜はこれから、家族でお祝いです。

外がカリカリのから揚げをリクエストしました。今、いい音が聞こえています。


誕生日は、祝ってもらえると、嬉しい。

自分が生まれたことを、肯定してもらえるのは、すごく幸せなこと。


家族に、友達に、読者の皆さん、どうもありがとう。


今宵は、しみじみと好きなお酒を飲みたいと思います。
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2015-04-20

映画 「ジヌよさらば ~かむらば村へ~」

テーマ:邦画
エログロ暴力の向こうに、すごく当たり前で不思議な世界がある。


予告編がえらく健全な雰囲気だったので、これは怪しいと思い、劇場に行きました。

案の定、松尾スズキワールド全開な、キワモノ映画でした。

エロが、芳しい。グロが、えげつない。暴力が、気持ちいい。

観客は、かなりのレベルで、清濁併せ呑むことを強いられます。

のほほんとした素朴な映画を期待した人は、地獄のドン底に落とされるでしょう(笑)



ある青年が、東京から東北の小さな村にやって来る。

どうやら彼は、「お金恐怖症」らしい。

お金を使わずに生きていくつもりで、この村に引越してきたそうな。


「ジヌ」というのは、東北の方言で「銭」を意味します。

果たして彼は、まともな生活ができるのでしょうか…?



題材から連想すると、素朴で純粋なハートフル映画になりそうなんですが、

本作は、そう単純じゃないんですよね~



過疎が進み、絶滅寸前の村。全体の4割が高齢者。

警察や病院や学校はなく、ほぼ無法地帯。

村長の阿部サダヲは、送迎バスを毎日運転して、村民を街の病院や郵便局までお連れする。


そこへ、都会から、心を病んだ若者がやって来る…


彼は、古い家を買って、田んぼを借りて、自給自足の生活をひっそりとしようとします。

しかし、農作業をやるのに、長靴すら用意していない。

『…あ、裸足でやるからいいです。』

『…お前、農業ナメとんのか!』

村民たちは、無邪気で変てこな人ばっかり。

その人それぞれに、色んな物語があるみたいで、見ていて面白い。


今やっているNHKの朝ドラ「まれ」が全然面白くないので、俺はこっちに食いつきました。

だって、金田一耕助みたいで笑えるんだもん~



ヤクザの荒川良々、神様の西田敏行、お色気女子高生の二階堂ふみ、

そして、ゴロツキの悪党役で、松尾スズキご本人も楽しそうに出演なさっております。


各々が強烈なキャラで、演技がぶつかり合って火花が炸裂。

まるで、舞台劇のような熱さを感じました。

「こういうのは苦手」という人も多いでしょうが、俺、すぐに適応しましたよ。

本作はたぶん、DVDで見ても面白いと思いますよ。




人間というのは、清潔な生き物じゃない。

いつもムラムラしていて、いつもイライラしていて、いつもドロドロしているもの。

集団の中で生きていくために、色んなルールを守ってはいるけれど、

一皮むけば、野獣のように心が暴走してしまう、危うい生き物なんです。


この村はきっと、居心地がいい気がする。

実際こんなんだったら、やっていけないだろうけど、ここはすごく楽しい。


都会人が田舎で癒やされる映画は数あれど、田舎でヒドい目に遭う映画は数あれど、

本作は、その中間を行くポジションかと思われます。



人間をリアルに描くと、気持ち悪くなるもの。

しかし、真摯に暴走すれば、それはそれで、独特の美しさというものが生まれる。

キム・ギドクしかり、園子温しかり、松尾スズキしかり。

人間というものをよく観察し、人間というものをこよなく愛する男だからこそ、

誰にも思いつかないような角度から、アプローチできるのである。




男は女を求め、女は男を選ぶ。

バカにされれば頭にくるし、暴力をふるえば血の雨が降る。

考えてみれば、当たり前のことである。


強がる時もあれば、己の弱さに怯える時もある。

嫌なものは嫌だ、痛い時は痛い、悔しい時は悔しい。

感情というものに素直になれるのは、幸せなことなのだ。


人間はいつもバカをやって初めて、自分の愚かさに気づくもの。

それをわかっているのに、またやってしまう。

それもまた、人間の面白さなのである。



気がついたら、お金はすっかり脇役になっていましたね(笑)








【作品データ】

監督・脚本:松尾スズキ 原作:いがらしみきお

撮影:月永雄太 音楽:佐橋佳幸 主題歌:OKAMOTO’S

出演:松田龍平 阿部サダヲ 松たか子 二階堂ふみ

   西田敏行 モロ師岡 荒川良々 松尾スズキ


 (2015年 上映時間:121分)



☆家族揃って見るような健全な映画ではありませんが、ちょっと壊れた家族なら、

 この映画を見ることによって、面白い空気が流れるかも。





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2015-04-20

映画 「イミテーション・ゲーム」

テーマ:洋画
苦悩する人は、常に開拓者である。



アカデミー脚色賞を受賞した話題の映画が、やっと新潟でも公開。

初日の1回目を狙って、見に行って参りました。


この映画、泣けますね~

理解されない悔しさをたくさん味わってきた人は、ぜひご覧下さい。



主演は、ベネディクト・カンバーバッチ。

「スタートレック イントゥ・ザ・ダークネス」で、カーンを演じた彼ですね。

いやあ、いい演技するなあ… すごい俳優さんです。

「ビューティフル・マインド」のラッセル・クロウと同じくらいよかった。

心に残る名演、いつまでも記憶しておきたいと思います。


(カンバーバッチの特製ポストカードがあるらしいですが、

 どうせなら缶バッチにすればいいのにねえ。カンバーバッチ缶バッチ♪)



ヒロインは、キーラ・ナイトレイ。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」が有名ですが、

俺的には、「スター・ウォーズ エピソード1」のアミダラ姫の影武者役が印象深い。

「ドミノ」とかテキトーな映画しか見ていないので、彼女の演技をちゃんと見ていない。

「ビューティフル・マインド」のヒロインはジェニファー・コネリーだったし、

どうも、数学者の妻はやたらと美しいのが引っ掛かるんですねえ。

キーラの演技は普通によかったけど、キレイ過ぎて個人的にはちょっとなあ。

でも、怒る場面で主人公を睨みつける表情はぐっときましたね。


(ちなみに、「つぐない」でカンバーバッチと共演しているみたいです)



この映画に出演している俳優は、みんな英国出身なんですね。

イギリスという国を理解する上でも、すごく貴重な作品と言えるでしょう。




2009年に、英国のブラウン首相が、政府を代表し、1人の男に謝罪しました。

第二次大戦後のアラン・チューリングの扱いに対するお詫び、ということでした。


アランがどういう人物かというと、世界初の電子計算機を作った男なんです。

そのきっかけは、「エニグマ」と呼ばれる、ドイツの暗号マシンでした。

解読不可能といわれたこの強敵に、果敢に挑むプロジェクトが発足。


暗号の解読には、膨大な人手と手間と時間がかかってしまう。

相手がマシンなら、こっちもマシンで対抗すればいいじゃん。


そこで、世界初の電子計算機を誕生させることになったんですね。




俺は最初、SF映画かと思っていたんですが、実話だったんで驚きました。

彼の偉業があればこそ、パソコンやスマホも生まれたんですね。

まさに、「コンピュータの父」と言える人物。



「imitation」というのは、「現実の人間を、技術で再現すること」

人間の思考と、マシンの思考にまつわる、主人公と刑事の会話が面白い。

これって、「ブレードランナー」の世界ですよね☆




機械は、効率よく、最短距離で仕事をしてくれる。

人間は、タイプによって思考の仕方が色々。

だから、なかなかうまく伝わらないことが多い。


アランがよく言う言葉は、『…あなたには理解できない。』

自分が説明したところで、相手はわかってくれない、という思いが込められています。

彼は、子供の頃から「人と違っていた」ことで、ひどいいじめを受けていました。

今で言うところの「コミュニケーション障害」といったところでしょうか、

意思の疎通が、なかなかうまくいかなかったんですね。


その気持ち、俺、すっげえわかるんです。


孤独な分だけ、友達への感情が過剰だったりすると、さらに不安定になっちゃう。

煩わしい付き合いをして心が疲弊するくらいなら、孤独の状態の方が楽。


でも、好きなことには、何もかも忘れて夢中になれるんですね。



カンバーバッチのナイーブな演技が、心にバシバシ入り込んできます。

切なくて苦しくて、でも、どうすることもできない…

ある部分の能力が突出している人は、それ以外の能力が乏かったりするもの。

だからこそ、「誰かの助け」が必要になってくるんですよね。


偉業というものは、1人ではなかなか実現しないもの。

仲間がいて、協力者がいてこそ、形になっていくもの。


天才という存在は、幸福なのか、不幸なのか。


でも俺は、思うんです。

その人の才能で、誰かを幸せにすることができれば、それでいいんじゃないか…と。

そうしたら、その人が、この世に生まれた意味があるってもんです。



普通であることは、悪いことじゃない。

普通じゃないことも、悪いことじゃない。


普通じゃないからこそ、普通の人にはできない発想があるんだし、

そのすごさを理解して評価してくれるのは、普通の人たちなのだから。



「イミテーション・ゲーム」は、アランが書いた論文のタイトルだそうです。

彼は、クロスワードパズルが得意でした。

大きな仕事をしながら、彼は、楽しく遊んでいたんですね、きっと。


男の子は、面白い遊びに夢中になるもの。

大きなおもちゃを作って、それをうまく使いこなして、戦争を早く終わらせる。



彼の「素敵な人生」に、大きな拍手を贈ります。




風穴をあける時は、キリの先端に一番負担がかかる。

一点を突破すれば、後の者たちが続く。



俺が今、苦しんでいること。

あなたが今、苦悩していること。



それには、きっと何か、意味がある。












【作品データ】

監督:モルテン・ティルドゥム 脚本:グレアム・ムーア

撮影:オスカル・ファウラ 音楽:アレクサンドル・デプラ

出演:ベネディクト・カンバーバッチ キーラ・ナイトレイ

   マシュー・グッド マーク・ストロング

   チャールズ・ダンス ロリー・ギニア



 (2014年イギリス・アメリカ合作 上映時間:115分)



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2015-04-17

第13回 のあのあシアター開催のお知らせ

テーマ:酒&タバコ
今月はお休みをいただいたので、来月よりのあのあシアターを再開します。


第3シーズンの最初は、格闘アクションの世界でお楽しみ下さい。

テーマは、「純情・愛情・ド根性」でいきましょう。




上映作品は、以下の2本。



①「少林寺木人拳」(1976年香港 106分)

ジャッキー・チェンが整形をする前に主演した、伝説のカンフー映画です。

当時まだ22歳くらいの、あどけないジャッキーが見られます。

香港ではさほどヒットしなかったんですが、日本で大ヒット。

日本版のオリジナル主題歌「ミラクル・ガイ」は、知る人ぞ知る名曲ですね♪

俺が中学生の時に味わった興奮を大切にしたいので、

今回は、字幕と吹替混在バージョンでご覧いただきます。

「木人」のスバラシ過ぎるビジュアルにもご注目下さい(笑)



②「トム・ヤム・クン!」(2005年タイ 110分)

ご存知「マッハ!」の大ヒットにより、製作されたムエタイアクション第2弾。

CGやワイヤーを一切使わずに、直接当てるフルコンタクトのド迫力!

象を愛する男の、体を張ったアクションを堪能せよ。

俺は個人的に、チャウ・シンチーよりも、トニー・ジャーの方が好きなんですね~

カンフー、カポエイラ、剣術、プロレスとの異種格闘技戦もお見逃しなく。



ご来場のお客様方は、ぜひ、中学生になった気分でお楽しみ下さい。



開催日は、5月10日(日) PM3:00スタート。

ワンドリンク付きで、1500円。

上映の合間に、桑畑の短いトークが入ります。


素朴でわかりやすい映画なので、お気軽にお越し下さい☆



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2015-04-15

メンタルコラム 「奪い取る会話」

テーマ:メンタルコラム
会話をすればするほど、ストレスがたまってしまうことがある。


本来、人と話すことは、心がやわらいだり、安心できたりするものなんだけど、

どういうわけか、その人と話せば話すほど、イライラしてしまうのだ。


そういうタイプの人、周囲にいませんか?



多くの場合、その人自身は、そういう自覚がありません。

自分は普通に会話しているつもりだし、相手の話をちゃんと聞いている、と思っています。


しかし、その人には、致命的な悪い癖があるんです。


大きな特徴として、「全部、自分の話に持って行く」というスタイルがあります。

相手の話は、自分がこれから話す内容の「前フリ」でしかありません。



例えば、こんな調子です。


『…最近、キックボクシングのジムに通ってるんだけど、先週行った時…』

『…あ~ オレそういうのできないなあ。忙しいし、時間ねえから。』


『…病気してたって言ってたけど、どんな病気?』

『…実は、うつ病になっちゃったんだよね…』

『…あ~、オレなんか忙しくて、うつ病になんかなってるヒマねえよ。』


『…映画なんて誰でも見てるじゃん。そんなの趣味って言わねえだろ。』

『…年に60回くらい映画館に行ってる程度だから、レベルは低いけどね。』

『…はあ? お前よくそんなヒマあるなあ。オレは絶対無理だわ~』


ネットの会話ではよくあることだし、飲み屋のカウンターでも言われます。

俺はどうも、こういう人に、話を合わせるのが苦手なんですよね(汗)



彼らと会話すると、会話そのものが、すぐに終わってしまいます。

で、相手は一方的に、自分の話を延々と続けるわけですな。

「話を聞く」と言っておきながら、実際に聞くのは、最初の1分くらいだけ。

自分が話すきっかけをつかめば、後は好きなことをいつまでも話し続けます。

相手の話を聞く気なんて、最初からないんです。


彼らは今までの人生、それでうまくいっていたのかもしれません。

人の話なんて聞いても、ただ疲れるだけ。

自分が話すことこそが全てであって、自分の話はみんな面白がってくれる。

まさに、そういう口ぶりですな。



こういう人が飲み会に参加すると、時間が経つにつれて、

その人の周りは誰もいなくなり、気がつくと、1人になっていることが多い。

さあ、どうしてなんでしょうね~?


さらに時間が進むと、今度は独り言で愚痴を言い始めます。

『…オレ様の高尚な話がわからんとは、かわいそうな奴らだ!』

もう、こうなると、手がつけられませんな。





俺が理想とする会話は、お互いが気持ちよく話せて、新しい発見がある会話です。

だから、話せば話すほど、刺激的で面白くて、もっと話したくなるんです。

いい会話をした後は、心にいい栄養が蓄えられます。

その人とまた会いたい、また話をしたい、と思えるような関係って、素敵ですよね☆


それはまさしく、「与え合う会話」なんです。


その対極にあるのが、「奪い取る会話」なんですね。



いいものを、相手から吸収したり、与えたりするのが、好循環をもたらす会話。

ひたすら自分だけがいい思いをしたいというエゴが、悪循環をもたらす会話。


これは、多かれ少なかれ、みんなの心の中にあるものなんです。

俺の中にもあるし、あなたの中にも存在します。


俺は、会話をする時に、いつも気をつけています。

相手が面白くなさそうに聞いていたら、きっと、俺の話し方に問題がある。

あるいは、相手が「そういう気分じゃない」という時もある。

そういう時は、発想と視点を変えるんですね。

話題や切り口を変えて、お互いが楽しむことができる領域を探していくのです。

会話そのものがうまくいかなくても、その思いが伝われば、次はもっとうまくいくから。


少なくとも、相手の人格を無視した会話よりは、マシだと思いませんか。




いつも、最小限の力で、大きな結果を求めようとする。

いつも、オイシイところだけゲットしようとしている。

いつも、自分さえよければ、他人はどうでもいいと思っている。

人のことなんか気にしていたら、何もできなくなると思っている。

人の会話も話題も、うまく盗んで「自分のもの」にしようと思っている。

いいことは全て「自分発」であって、悪い事は「他人発」である。

自分に利益を与えてくれる人とだけ仲良くしたい、と思っている…


あ~ 書いているだけで、嫌な気分になってしまいますね。




賢明な読者の皆様は、すでにお気づきのことと思いますが、

これは、俺自身を戒める意味も込めて、書いています。

「ブログ」という媒体は、一歩間違うと、そういう性質を帯びやすいので、

そういう方向に行かないように、細心の注意を払っているつもりです。


まあ、最近はほとんどお叱りも受けなくなったので、心配しなくてもよさそうですが(笑)



親しい友達との会話とか、家族の会話とか、職場仲間や飲み友達との会話とか…

立場や内容は異なっても、根底にあるものはおんなじだと思うんですよね。



「もらう」のは、有難い。

「奪う」のは、気持ち悪い。

「与える」のは、気持ちいい。

「喜んでもらう」のは、最高の気分。



「共感する」と、ホッとします。

「共鳴する」と、嬉しくなります。


「奪われる」方が、「奪う」よりはまし。

「殴られる」方が、「殴る」よりはまし。

「殺される」方が、「殺す」よりはまし。



「言葉を奪う」のは、「心を奪う」のとおんなじなんです。


人の心は、とってもデリケート。

些細なことで、元気を失うし、ちょっとしたことで、元気になっちゃう。



この時期は、心が不安定になりやすい。

それだからこそ、自分の心を見失わないようにしたいです。




奪い取って、得をしていると思っている人は、どうぞご注意下さい。


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2015-04-12

メンタルコラム 「言いにくいこと」

テーマ:メンタルコラム
アメリカのTVドラマ「コンバット」に、こんな話があります。


小隊の1人が、何か大きな失敗をしました。

それを、軍曹にすぐに報告できなくて、時間が経ってしまいました。

言えば、すごく怒られたでしょうが、なかなか言えなかった…


この話、タイトルも、モノクロ版だったかカラー版だったかも忘れたんですが、

夕方の再放送で見ていて、とても記憶に残っているんです。


彼の気持ち、すごくよくわかるんですよね…


きっと彼は、心の中に何か問題を抱えていたんだと思います。

自分のせいで、みんなに負担がかかっていることで、彼は悩みます。

時間が経てば経つほど、彼の罪悪感は、大きくなっていきます。


俺は、固唾を飲んで、画面を見つめていました。


その話は、どちらかといえば地味な内容で、面白くなかったかもしれません。

でも、俺にとっては、とても重要な内容でした。

全身で、彼のキャラと同化している自分を感じていたんです。






終盤、1つの任務が終了して、一段落したところで、彼が軍曹に言います。


『…実は、自分は重大な過失を犯してしまって…』


軍曹は、彼の目を見て、こう言いました。



『…よく、話してくれた。』



俺は、号泣しました。

ひたすら、声を上げて、泣きました。

嗚咽して、しゃくり上げて、いつまでも泣きました…



「本物の優しさ」を学んだ、大切な瞬間でした。




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2015-04-12

U-NOTEⅡ 「忘れる=恐怖」

テーマ:ケガ・病気
子供の頃から、忘れ物が多かったように思います。


大事なことを忘れるので、メモを貼ったり、手帳を持ち歩いたり…

書くと覚えていたりするんですが、書いた紙を無くしてしまったり…

肝心なことを忘れる度に、ショックで塞ぎ込んでしまったものです。


親や先生からは、いつも怒られていました。

みんなが覚えていられることが覚えられなくて、恥ずかしい思いをたくさんしました。


自分は、みんなより無能なんだ、といつも感じていたんです。



「忘れる」ということは、俺にとって「恐怖」の対象でした。

だからいつも、「何か大切なことを忘れているような気がする」と思い込んでしまう。

俺の、落ち着かない性格は、こういうところに原因の一端があるのかもしれません。


俺は、長生きするつもりはありませんが、何かの間違いで生き長らえてしまって、

認知症になってしまったら、きっと周りの人に迷惑をかけてしまうことは必至です。

だから、そうなってしまう前に、自分の命は始末するつもりです。


今、自分に優しくしてくれる人たちを、苦しめたくないから。




でも、「忘れる能力に長けている」ということは、悪いことばかりじゃないんです。


嫌なことをされたとか、恨みとかも、時間が経てば、いつの間にか忘れてしまう。

(もちろん、生涯にわたって恨みきれないくらい、殺したい奴もいますが)


トラウマは人一倍ありますが、何かに熱中していると、一時的に忘れられます。

思い出した時の苦痛は計り知れないものがありますが、

もともと集中力はあるので、一瞬でも忘れられると、心を休めることができます。



同じことをずっと覚えていられるほど、人間は器用ではないし、

何でも忘れてしまうほど、人間は不器用じゃない。


覚えていなきゃならないことを、いつの間にか忘れてしまい、

忘れなきゃいけないことを、いつまでも覚えている…


そういう人って、結構いるみたいなんですよね。



世の中に出るまでは、忘れることは罪悪、みたいに思っていたんですが、

同じようなことで悩んでいる人に出会う度に、許されている自分を感じたものです。


「世の中は厳しい」ということは、身にしみてわかっているつもりですが、

同じくらい、「世の中は優しい」という事実も、人一倍体験していますので。


映画で人生を学び、飲み屋で癒やされて、俺というキャラができているんですな。



いつから心を病んでいたんだろうって、時々考えます。

物心ついた時からなのか、生まれつきなのか。


「ソロモンの偽証」の転落死した少年のことを考えると、

俺も思春期の頃は、こんなことを考えていたかもしれない、と思うんです。


彼は、いじめを受けていて、自分でもその理由がよくわかっていた。

不登校になり、引き篭もることによって、周囲を悪く言うことによって、

かろうじて、自分という存在を保っていたのかもしれない。


心の部分って、きれいごとだけでまとめられるようなシロモノじゃない。

上から目線の説教じみた言葉では、永遠に氷解することはないのだ。



「忘れる」ということは、自分の心を守るための能力なのかもしれない。


あまりのショックを受けると、記憶喪失になってしまうことがあります。

それは無意識のうちに、己の命を守るための、脳の機能なのかもしれない。

だからこそ、そういう強烈な記憶は、思い出さない方が幸せなのかも。


俺は、人から褒められたことは、すぐに忘れてしまいます。

反対に、人に迷惑をかけたり、失敗してしまったことは、いつまでも覚えています。

それが、それをずっと覚えていなきゃいけない「責任」があるからです。


犯した罪は、簡単に償うことはできない。

それをずっと忘れずに、一生背負って生きていくことこそが、償いだと思うのです。


罪の重さを知っている者は、同じことを他者にさせたくないと思うもの。

飲み屋で絡まれる度に、中傷コメントを書き込まれる度に、考えてしまうのです。



人を簡単に責められるほど、俺はいい人間じゃない。

「ソロモンの偽証」という映画が、それを思い出させてくれたんです。



「忘れること」は「恐怖」だけど、「思い出す」と「安心」することもある。


病気がひどかった時は、常に、「何か恐ろしいことを思い出す恐怖」に怯えたものです。

だけど、世の中、そんなに悪いことばかりじゃない。

あたたかい言葉をかけてもらう度に、救われた気分になったものです。

一時的に話し相手になってくれた人も、怒っていなくなった人も、

今となっては、懐かしい思い出です。



俺は、子供の頃から、自己主張が苦手な男でした。

はっきりしない男子は、同性からも異性からも嫌われます。

親や先生からも嫌味を言われ、ますます「かわいくない子供」になっていく…

怒られるから、怒られないように努力しても、その卑屈さがまた嫌われてしまう。

本当に、救いようのない存在だったんだなあ。



心の病気というのは、人によって、捉え方が全く違います。

「単なる気のせい」という人は、その人が自殺してもそう言います。

世の中は弱肉強食だから、弱い者は淘汰されていくんだと、本気で思いました。

病気で命を落とした人がいれば、運よく生還できた人もいます。


俺は、もしかしたらすでにこの世にいなかったかもしれない男です。

でも、どういうわけか、生き残ってしまった。

この偶然を、運命のいたずらを、どう捉えていいかわからない自分が未だにいます。



一般的には、「嫌なことは、忘れてしまえばいい」と言います。

簡単に忘れられることなら、こんなに苦労はしないし、病気にもならない。

そういう、人の心を軽んじる気持ちが、かえって人を追い詰めてしまうのです。


うつ病は、面倒くさい病気です。

でもある意味、実に単純な一面もあるのです。


俺はもともと、心を病みやすい性格だったのかもしれません。

同じことを経験しても、強く生きられる人は多いでしょう。

でも俺は、こういう性格で、こういう人生を生きて来てしまった。


それは、1つの大きな「実績」だと思うんですね。


誰にも理解されなくても、いつか誰かに、自分の人生を語る時のために、

今生きているこの時間を、この気持ちを大切に覚えておきたいんです。


いつも、「これが最後かもしれない」という気持ちで、ブログを書いています。

運よく「明日」を迎えられたら、そこには「明日の自分」がいます。

でも、「今日の自分」は、今日だけの俺。

「今、この一瞬の自分」は、今だけの俺。


こんなくたびれた中年男の文章でも、未だに読んでくれる人たちがいます。

実に、ありがたいことです。


自分の命は、自分のものだけじゃない。

わかっているのに、それを時々忘れてしまうことがあります。


忘れてしまいたいこと。

忘れたくないこと。

忘れられないこと。

忘れてもいいこと。


覚えていたくないこと。

覚えておきたいこと。

覚えなくてもいいこと。

何となく、覚えていること。


それぞれに、何かきっと、意味がある。


そういう風に考えて、自分の心と向き合っていこうと思います。





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2015-04-12

映画コラム 「自分にとってのオリジナル」

テーマ:映画コラム
前回の映画コラム「先入観」の延長で、もう少しお話をします。


音楽業界では、「カバー曲」というジャンルがあります。

最近では「トリビュートアルバム」なんていうCDも増えてまいりました。

「カバー」に対して、「オリジナル」があります。

もちろん、理屈では「オリジナル」が音楽的に一番優れていると思います。


しかし、聴く側の立場で、どのアレンジが好みか、そこが大事なんですね。


すっとオリジナルだと思っていた曲が、実はカバーだったということもあります。

昨年見た映画「ジャージー・ボーイズ」を見るまでは、

「君の瞳に恋してる」は、ボーイズ・タウン・ギャングのオリジナルかと思っていました。

しかし、フランキー・ヴァリのオリジナルを聴いたら、ぶっ飛びました。

これは絶対、オリジナルの方がいい!


だけど、「スタンド・バイ・ミー」は、ベン・E・キングよりも、

ジョン・レノンがカバーしたアレンジが好きです。


セブン・イレブンのCMで使われた「デイドリーム・ビリーバー」は、

忌野清志郎のユニット、タイマーズのバージョンが有名ですが、

俺的にはやっぱり、モンキーズの方がカッコいいです。


そんな風に、その人の好みによって、「自分のオリジナル」を決めてよろしい。

自分が一番、そのメロディラインを楽しめるかが、大事なんですね。



映画でも、同様のことが言えます。


「スピード」の元ネタは、日本の「新幹線大爆破」ですが、

俺は個人的に「スピード」の方が面白いと思いました。


「ファイトクラブ」の元ネタは塚本監督の「東京フィスト」ですが、

俺は個人的に「東京フィスト」の方が好きです。


これは、どちらを先に見たかどうかということじゃなく、

どれを最初に気に入ったか、ということなんですね。



例えば、「昔話」とか「おとぎ話」というのは、人から人に伝わっていくもの。

「落語」も、師匠から受け継いだ「語る技術」によって、受け継がれていくもの。


まんまコピーしても、他の人が手がけると、全然違うものになっていくんですね。

その作品の「肝」をしっかり捉えていれば、その人だけのいい味になっていくんです。



だから、パクリ映画、便乗映画、パロディ映画は、すごく大事なジャンルと言えます。




恋人にも、元カレとか今カレとか、複数の男を経験した女性がいれば、

ひとりの男をずっと生涯愛し続ける女性もいます。

男は、みんな同じじゃない。

イケメン俳優に似ているからカッコいいとか、そういうことじゃなく、

その人そのものの心を愛することこそが、自分のオリジナルの恋愛になるんですね。




入り口やきっかけは、何でもいい。

自分が魅力を感じたものに対して、自分の心が正直に反応すればよろしい。


それが、「自分にとってのオリジナル」になります。


見方が正しいとか、間違っているとか、そういうことではないんですね。

その感じ方が「自分発」であれば、自由に評価していいんです。

自分の正直な感じ方というのは、絶対的な真実だから。


そういうものをしっかり持っている人は、少々のことでは揺るぎません。

土台がちゃんとしている分だけ、いざとなった時に強いんですね。


しっかりしていないということは、その領域がまだ未開拓だということです。

その部分を刺激してくれるものとの出会いを、ワクワクして待ちましょう。



俺は、今までに映画を何本見たのか、数えたことがありません。

でも、未だに言えるのは、これからも新しい映画をたくさん見たいということ。

「映画なんて所詮こんなもの」という発想が湧かないんですね。


人は、興味を失った時点で、思考をやめてしまうもの。

いつか俺にも、そういう時が来るのかもしれません。


でもまだ、俺の「映画熱」は生きています。



「自分にとってのオリジナル」は、俺の宝物。

その安定した土台の上で、新しい映画を楽しんでいます。


今年はすでに、21本の劇場映画を見ました。


これからも、見まくるぞ~



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