FUJITA'S BAR
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2014-06-29

オフ会開催。

テーマ:酒&タバコ
昨夜、新潟のアメブロ仲間で、オフ会を開催しました。


かれこれ、もう5回目くらいになるのかな。

今回は俺が幹事で、俺の地元でやりました。

男性3名、女性2名が参加してくれて、大変盛り上がりました~


回を重ねる毎に、みんながさらに親しくなり、身内みたいな感覚になってきます。

こういう絆も、大切にしたいものですね。


俺の行きつけのお店で食事をして、伝説のスイーツ「炎の焼きプリン」が登場。

マスターがお客の目の前で、ガスバーナーで焼く姿は、ちょっとしたショータイム。


お腹がいっぱいになったところで、ショットバーに移動。

おいしいカクテルを飲みながら、濃ゆい会話に花が咲きました。


やっぱり、この面子は面白いです~


3軒目はカラオケスナックに行って、朝まで熱唱。

楽しいひとときを過ごすことができました。



参加して下さった皆様、ありがとうございました。


また、お会いしましょう☆

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2014-06-26

ブログ9周年。

テーマ:ごあいさつ
今日で、「映画熱」を始めて9年が経ちました。

早いもんですね~


始めたばかりの頃は、ハンドルネームが「桑畑三十郎」だったし、

NC旋盤のオペレータとして、第一線で仕事をバリバリしていたし、

娘もまだ6歳だったし、

映画記事以外は、基本、書かなかったし、

人間として、とてもパワフルに生きていたように思います。


今は、見る影もなくボロボロですが、

挫折や恐怖と戦いながらも、多くのことを学び、

9年前とは、かなり違う場所にいるような気がします。


文章の書き方も、以前とはだいぶ変わったかもしれません。

「攻め」の文章を書く時もあれば、「守り」の文章の時もある。

文章って、その人の心象風景がモロに出るんですよね。



最近はあんまり、自分の文章を読み返すことがなくなりました。

そんなに心の余裕がないし、面倒くさいから(笑)

だから、『…前に言ってたことと違う!』と指摘されても、

その時はそう思ったから書いたわけだし、

人の心が永久不滅だなんてことはないわけだから、

いちいち目くじら立てて批判するほどのことじゃないでしょ。


心は、生き物だし、時間が経てば、感じ方も変わってきて当たり前。

だからこそ、その時に感じた気持ちを、大切にしたいんですね。


そのためにこそ、俺のブログは存在するんです。


見た時には「面白い」と思った映画が、よく考えたらそうでもなかったり、

見た時には「面白くない」と思った映画が、頭の中で長く転がしていたら、

実は「すごい傑作」だと、後から感じたり。

そういうことって、絶対あると思うんですよね。


「旬」という言葉があります。

映画は、公開された時に見るのが、一番面白いんですよね。

俺が、劇場にこだわる理由は、そこにあります。


DVDでレンタルして見るよりも、映画館で見た方がずっと新鮮。

TV放送で見るよりも、映画館で見た方がはるかに刺激的。


俺的には、DVDやTVで見るのって、「レンジでチン」みたいな感覚なんですよね。

CDで歌を聴くのと、生ライブで聴くのとでは、全然違うでしょう。

まさに、それに近い感覚と言えます。


映画に関しては、9年間、色んな角度から書いてきました。

一般常識的にはNGなことでも、果敢に挑戦したものです。


書けば書くほど「熱」が出る。

読めば読むほど「熱」が上がる。

冷めないうちに書くからこそ、「熱」が伝わるんです。

新鮮なうちに表現するからこそ、「熱」が失われないのです。


後から見よう。

後から伝えよう。

時間のある時に、ゆっくり見よう。


それでは、間に合わない。

時間ができた頃には、「熱」が冷めてしまうんです。


人に何かを伝える時は、できるだけ早い方がいい。

恋の告白とおんなじです。

気持ちが新鮮なうちに、ちゃんと伝えた方がいい。

秘めた恋をあたためているうちに、相手の心がどんどん先に行ってしまうから。


映画で「感動」したこと。

映画で「怒り」を感じたこと。

映画で「切なさ」を感じたこと。

映画で「心が迷子」になったこと。

映画で「心がかきむしられた」こと。

映画で「わけのわからない涙が止まらなかった」こと。


その時の感情を、できるだけ、そのままの形で文章化する。

それが、俺のスタイルなんです。


なかなか理解されにくいことだけれど、それが俺の「自分ルール」なんですよね。


俺の発言が「一般的に見ておかしい」と感じる人は、

どうか、俺が何度も主張する「立体的な捉え方」を学習して欲しい。

「一般的な尺度」での映画評を読みたいのなら、ここに来なくてよろしい。

映画ブロガーなんて、山ほどいるんだから、好きな文章を書く人の所に行きなさい。


俺は、9年もやっているけど、未だに「不人気ブロガー」ですから(笑)


アクセス数が上がり過ぎると、俺はちょっと「微調整」します。

だって、あんまり人気が出ると困るんだもん。


「知る人ぞ知る、闇のブロガー」というポジションが、性に合っているんですよね。



中途半端に好かれるよりは、露骨に嫌われた方が楽です。


今はまだ、病み上がりで、本調子になれませんが、

そのうち、調子が出てきたら、またブチかますつもりでいます(笑)


もう、最初から読んでくれている読者はいなくなりましたが、

一生懸命に俺の文章を読んでくれている人がいてくれるのは、ありがたいことです。


こんなわがままでどうしようもない男の文章に付き合って下さり、

心優しい読者の皆様に、心から感謝申し上げます。


どんなに挫折しても、どんなに地獄を味わっても、

桑畑は、このブログをやめませんでした。


それは、とても幸運だったことだと思います。



俺の心が、どこに行こうとしているのか、誰にもわかりません。

俺の命が、どこに行こうとしているのか、誰にもわかりません。


心が燃え続ける限り、映画を見ます。

命が欲している限り、ブログを続けます。


「理由」なんて、ありません。

ただ、「そうしたい」と思うから、こうして続いているんですね。



いつも、応援して下さる方々。

時々、応援して下さる方々。

影で、応援し続けて下さる方々。


皆様に、厚く御礼申し上げます。


桑畑は、まだこうして生きております。

きっと、皆様のおかげで、生きていられるんだと思います。


これからも、精進して参りますので、「映画熱」をよろしくお願いします。






                   2014年6月26日   桑畑四十郎



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2014-06-24

映画コラム 「思い出のマーニー」の予告編が素晴らしい

テーマ:映画コラム
スタジオジブリ最新作「思い出のマーニー」の予告編が、劇場で流れています。

すでに5回くらい見たんですが、これがなかなかいい出来なんですね~


主題歌が流れる背景で、映像が流れる、シンプルなスタイル。

セリフも効果音もなく、ただただ、美しいメロディが続く。


歌うのは、アメリカ出身のシンガーソングライター、プリシラ・アーン。

1984年生まれだというから、現在30歳ですね。

映画に使用される「Fire On The Outside」は、

彼女が高校生の時に作った曲だそうです。


これが、何とも、いい感じの歌なんですね~


Aメロ、Bメロが流れて、サビに行こうとするタイミングで、

主人公の2人が、手を重ねる場面になるのが、とても素敵に感じました。


最近稀にみる、いい予告編だと思いました。

これを見て、俺は、この映画を見に行こうと決めました。



行きつけのバーで、たまたまカウンターで一緒になって話した女性が、

『…音楽と絵だけで、さっぱりわかんない』と言っていましたが、

やっぱり、一般の女性には、理解が難しいスタイルなのかなあ。


最近になって、セリフ入りの予告編も出ましたが、

俺としては、音楽だけの予告編がとても気に入っています。



こういう、感性に訴えるような映像って、すごく好きなんですよね。



ちょっぴり期待して、劇場に行こうと思います。




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2014-06-24

メモリアル傑作選 「雪の女王」

テーマ:DVD ・ アニメ
「アナと雪の女王」が大ヒット中だそうで、喜ばしいことです。

映画産業が儲かれば、俺が見るショボい映画も作ってもらえる余地が出るから(笑)


せっかくなので、この時期に、ソ連(ロシア)版のアニメ映画にも触れておきましょう。


原作は、デンマークのハンス・クリスチャン・アンデルセン。

ソ連の「雪の女王」が公開されたのは、1957年。

監督は、レフ・アタマーノフ。



日本では、1960年にNHKでTV放送されました。

宮崎駿監督が、この映画を見て感銘を受けた話は有名ですね。

三鷹の森ジブリ美術館の配給で、2007年にリバイバル公開したことで、
「ジブリがいっぱいコレクション」シリーズで、DVDが出ています。

俺は、このDVDでようやく鑑賞することができました。



「アナと雪の女王」では、姉妹が登場して、お姉さんが雪の女王で、
妹ががんばって、お姉さんを助けようとするお話でした。

この映画では、カップルが登場して、彼氏に呪いがかかってしまい、
彼女が一生懸命にがんばって、恋人を救おうとするお話なんですね。


この彼氏が、かなりチャラいのが笑えます。

余計な一言が、雪の女王の逆鱗に触れるんですね~


うひゃあ、本人がいないところで、悪口を言うものではありませんな。



彼氏は、全く活躍せず、ただひたすら、ダラダラしているだけ。

その間、彼女がすっとがんばるんですね。


その彼女の、行動力がものすごいんです(笑)


年代を考えると、女性がここまでカッコよく活躍する物語も珍しいかと…

彼女は決して、マッチョなキャラではありません。

ただ、真っ直ぐなんですね。


その辺の輪郭が、宮崎キャラの原型なのかもしれないなあって思うんです。


この映画を見ていると、過去のジブリ作品のヒロインに共通するような
イメージやキーワードが、色々と出てくるんです。

鳥と話ができるところなんか、「未来少年コナン」のラナちゃんですよね☆


ひたむきにがんばることで、周囲の人々が協力してくれたりするのも、
ジブリのヒロインに共通するポイントだと思うんです。


そういう意味では、ジブリファンなら必見の名作と言えますね。


絵柄的には、好みもあるでしょうが、ところどころに、
宮崎キャラとの共通点を見出して、妙にニンマリする場面があると思います。



これを知ってから、再度「アナと雪の女王」を見ると、楽しさも倍増かと。

男性諸君は、おねーちゃんと会話が弾むこと間違いないでしょう。


ロシアのアニメーションは、歴史が深い。

ユーリ・ノルシュテインの作品を、高畑勲が解説した本は有名ですよね。


アニメーションは、作り手の繊細な感覚が、にじみ出る文化である。


ロシアが生み出した「雪の女王」は、世界のアニメーション映画史上、
突出した才能が爆発した、エネルギッシュな傑作なんです。


宮崎駿が表現しようと思うヒロインの、原点にあるもの。

ディズニーが、ジブリ作品に影響を受けて、新たに開拓しようとしているもの。


「いいものを作りたい」と思っている、クリエイターたちの底力。


そういうものを、この映画から感じ取っていただきたいのです。



若い世代の人たちは、この映画を「面白い」と感じなくてもいい。

ただ、宮崎監督の心に、少しでも近づきたいと思うなら、
勉強するつもりで、しっかりと見て欲しい。



「行動力」の「原点」には、必ず「感動」というものがあるのだから。




「アナと雪の女王」が作られた背景を考えると、色んなことが想像できます。

それもまた、新たなロマンを生むのです。


いいものは、語りつがれていくもの。

いい物語は、時代によって進化していくもの。



古い作品は、時代遅れかもしれないけど、

そこに込められた、「不変のテーマ」がある。



古いものでも、新しいものでも、いいものはいい。


若者たちよ、感性が豊かな年代の時に、いいものを吸収すべし。

それが、一生の宝物になるから。



頭が固くなる前に、

心が凍り付いてしまう前に、


…Let it Go!





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2014-06-22

絵本 「おしいれのぼうけん」 古田足日氏死去

テーマ:死・お悔やみ
古田足日(ふるたたるひ)さんが、亡くなりました。


俺が小学校1年生の時に読んだ絵本「おしいれのぼうけん」は、
今でも鮮明な記憶として残っています。


子供は、暗闇を怖がるものです。

俺も、子供の頃は、かなりの臆病で、夜中にトイレに行くのが
怖くて怖くてたまりませんでした。


物語の舞台は、さくら保育園。

さとし君とあきら君は、お昼寝の時間に、ミニカーの取り合いをして、
周りのお友達の手足を踏んだりして、水野先生に叱られてしまいます。

この、水野先生のイラストが、ムッチリしていていいんですな~


先生に手をむんずと掴まれて、2人は押入れに入れられてしまいます。

『…ごめんなさいと言うまで、出してあげないわ。』

さとし君とあきら君は、真っ暗闇の中で怯えます。

(この、9ページ目のイラストが、何ともいい感じなんですよね)


『…僕たちは、悪くない。だから、ごめんなさいなんて言うもんか。』

2人は、暗闇の中で、汗ばんだ手を握り合って、一緒にがんばろうと誓います。


押入れの扉には、よく見ると、小さな穴が開いていました。

上の段にはさとし君、下の段にはあきら君がいたので、
2人は、その穴から外を覗きました。

昼寝の体制になっているみんなの姿が見えて、2人は少し楽しくなりました。


さて、水野先生は、首をかしげています。

『…おかしいわ、2人とも、全然泣かない…』

見ると、扉の小さな穴から、2人のおめめが覗いています。

先生は、慌てて、両手でその穴をふさぎました。

(25ページのイラストの、先生のあられもないポーズが好きです)


2人は、穴に指を突っ込んで、先生の手のひらをくすぐります。

『…きゃ~っ!』

水野先生はびっくりして、手を離しました。

2人は、また面白がって、穴から覗きます。

先生は、ガムテープを張りました(笑)


『…ちくしょう!』

2人は、押入れの扉をガンガン蹴飛ばします。

扉が外れそうになり、必死で押さえる水野先生。ローキックをかますガキども。

う~ん、素晴らしいなあ、この世界。



そこから、おしいれのぼうけんが始まるのです。



暗闇に目が慣れてくると、色んなものが見えてきます。

木目が大きなトンネルに見えたり、壁のしみが人の顔に見えたり…


さとし君とあきら君は、手を握り合って、幻想的な世界を旅するのです。




俺は、この絵本に魅了され、毎日毎日、学校で読みました。

水野先生のムッチリした手で、腕を掴まれてみたい…とか。

先生の声や表情を想像して、自分独自の世界に浸ったりしました。


桑畑少年の心は、「おしいれのぼうけん」の世界をぼうけんしていたのです。



この本に出会ってから、俺は、以前ほど暗闇が怖くなくなりました。

むしろ、ちょっぴりわくわくするようになったのです(笑)



映画館の暗闇は、俺にとって、大きな「おしいれ」なんです。

暗闇で心細くなったら、水野先生のむっちりした手が、俺の心を包んでくれます。


あ~ 水野先生、大好き☆ (74ページのイラスト参照)



そんなこんなで、おませなガキは、男の子として少し成長できたのです。



絶体絶命のピンチを、視点の角度を変えることによって、上手に乗り越える。

そして、未知の世界を、わくわくしながら冒険する。


そういう楽しさを、最初に教えてくれたのが、この絵本でした。



古田先生は、ずっとずっと、「おしいれ」の中を冒険し続けているんだと思います。

だから、俺もまた、自分独自の「おしいれ」を探求していきたいと思います。



「おしいれ」は、「男のロマン」である。


古田先生、ありがとうございました。

あの時のおませなガキは、今も居心地のいい「おしいれ」を探して旅をしています。



「おしいれのぼうけん」よ、永遠なれ。


 …合掌。


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2014-06-21

映画 「ノア 約束の舟」

テーマ:洋画
「信じる」よりも、「信じたかった」んだと思います。


旧約聖書「創世記」第5章から第9章に登場する「ノアの箱舟の物語」が、
大胆な解釈を加えて映画化されました。

ちょうど梅雨の時期でもあるので、タイムリーな公開ですね。
(ちなみに、昨年のこの時期には、「言ノ葉の庭」が公開されました)


主人公ノアを演じるのは、ラッセル・クロウ。
ノアの妻を演じるのは、ジェニファー・コネリー。

うは~ この組み合わせって、「ビューティフル・マインド」ですね。


ノアの父親レメクを演じるのは、アンソニー・ホプキンス。

そして、エマ・ワトソン、レイ・ウィンストンが、それぞれ重要な役を演じています。
(役柄は、本編を見て確認して下さい)



さて、映画ですが、かなりトンデモな作品に仕上がりました。

解釈とアレンジが大胆過ぎて、俺は唖然としてしまい、
申し訳ないけど、感動するヒマがありませんでした(笑)


これは、大コケする可能性が高いですね~



ストーリーには触れませんが、1つだけ教えましょう。

この映画には、何と「モンスター」が登場します(!)


神から遣わされた天使の成れの果てのような存在で、役名は「番人」だそうな。

物語前半から、ゴツゴツした岩男みたいな怪物がいっぱい出てくるので、
何だかとってもファンタジーしてるなあ…って感じで、
最初の緊張感はすっかり吹き飛んでしまいました。

つまり、彼らが箱舟を建造してくれるんですね(笑)

ノアの家族だけで、あんなにデカい舟を作るのは無理だろうと思っていたんですが、
まさか、力仕事をしてくれる「土建屋」が登場するとは驚きでした。


まあ、真面目に製作したら、かなり退屈な映画になったかもしれないし…ね。

現代的にウケるように「加工」するには、色んな要素を入れたかったんでしょう。



何しろ、「聖書」という本は、世界中で一番多くの人が読んでいるんだから、
いくら内容にヒドものがあっても、決して無視できない存在なんですね。

以前にも何度かお話ししましたが、俺は20代の頃に、キリスト教の団体に
お世話になっていた時期があって、そこで仕事もしていた関係上、
聖書は一通り読んでいたんです。

だから、全く知らない人よりは、少しは知っているけれど、
そんなに詳しいってわけではないので、そこだけご理解下さい。


考えてみれば、「ノアの箱舟」を映像化したのって、
1966年のアメリカ・イタリア合作「天地創造」くらいだったような気がします。

この時は、監督のジョン・ヒューストンご自身が、ノアを演じていたんですよね。
(ちなみに、吹き替えはボヤッキー八奈見乗児さんでした)

それ以外だと、1992年の「ドラえもん のび太と雲の王国」くらいですかね…


とにかく、そういう意味でも、本作が製作された意義は大きいと思うのです。


話を聞く限りでは、賛同的な声よりも、批判的な声が大きいとか。

それ、何となくわかるような気がします(笑)


宣伝費もいっぱいかけて、鳴り物入りで公開されているから、
ひょっとすると、「ゴールデンラズベリー賞」の最有力候補になっちゃうかも。



じゃあ、俺的にはどうかと言いますと、

本作は、「お笑い映画」としては、優れていると思います。


聖書には、こう記述されています。

『…ノアは、その時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。』(創6.9)

ほほう、それでキャスティングがラッセル・クロウですか(笑)
俺は、彼が主役と聞いて、かなりワイルドなノアを勝手に想像してしまいました。

でも、本作の彼は、普通にノアでしたね(汗)


聖書をよく読むと、すごいことがいっぱい書いてあるので、
これをそのまんま映画化したら、きっとR指定になっちゃいますね(笑)

やっぱり、「聖なる書」を映画化するには、
真面目な物語にしないといけないんでしょう。


ちなみに、登場した時のノアの年齢は、500歳です。
洪水が起こるのは、その100年後だから、後半の彼は600歳。

彼が500歳の時に生まれた息子が、セム、ハム、ヤペテの3人。
洪水の時にすでに100歳ってことになりますね(笑)

ノアの寿命は950歳だっていうから、100歳でも思春期くらいなんでしょうか。

アンソニー・ホプキンスの寿命は777歳だっていうんだから、
親よりも長生きした孝行息子なんですね。


まあ、当時の時間の解釈がどうなのかはわかりませんが、
とにかく、聖書に記述されている言葉をそのまんま鵜呑みにすると、
絶対とんでもないことになると思うんですよね。

いい表現はそのままに、おかしな表現は、適当に解釈を付けて、上手に読み取る。
それが、聖書の教えを生活に生かすコツであるような気がします。


だって、何ていったって、原作は「神様」なんですから(笑)


その「受け止め方」の違いで、争い事が起きちゃうんです。

神様も、もっと丁寧に解説して下さればよかったのにね。


せっかく作ったものを、壊してしまうのって、つらいことだと思う。

だから、全部壊すのはやめて、一部だけ残してみようかと思うのは、人情というもの。

最近流行った「断舎利」という言葉のような心情が、神様にもあったのかもしれませんね。



しかしながら、命令をする方はいいとしても、
その命令を「受けた者」の気持ちの葛藤は、計り知れないものがあると思うんです。


聖書には、こうも記述されています。

『…ノアはすべて神の命じられたようにした。』(創6.22)

きっと、神様のおっしゃることだから、何か意味があるのだろう、と、
余計な口出しはしなかったんでしょうね。

しかし、演じるのはラッセル兄さんだから、イライラがかなり伝わってきます(笑)

そのイライラの感情は、家族にぶつけられていくのであった…(涙)


大事な仕事を任されている者の、苦悩と孤独。

それを家族に理解してもらえず、文句ばかり言われてしまう現実…


う~む、そう考えると、今を生きる現代人の心にも、
何か深く訴えてくるものがあるのではないでしょうか。


ラッセル・クロウは、名優だと思う。

やんちゃな役から、ナイーブな役まで、自由自在に演じられる、稀有な男。

どんなヒドい映画でも、彼が演じていると、許せるような気がするんです。


そう思うと、本作の主演は、やっぱり彼でよかったんじゃないかな。



責任を背負う「覚悟」のある男は、「王者の風格」がある。

己が信じるもののために、命を懸けられる男は、なかなかいない。

暴走しようと、狂気に走ろうと、行動は一貫している。

周りの人間は、振り回されながらも、彼に従っていく。


その「限界」を、観客たちは、目の前にするのだ。


なかなか、こういう題材は、自分のこととして考えにくいと思う。

しかし、あえて、考えて欲しいのである。


自分だったら、どうするか。

この場面で、どういう行動を取るのか。


それが明確に言えないのなら、ノアを批判する資格はない。


多くの歴史書に記述されている人物というのは、「何かを成し遂げた者」である。

人として、どう生きたか、どう行動したか。

それに多くの人が、心を動かされたからこそ、歴史に名前が残るのである。


映画自体は、トンデモな作品ですが、笑いを楽しみながらも、

この物語の根底にある、重要なテーマを覚えていて欲しいんですね。



「虹」を見た時に、誰でも感じるものがありますよね。

それを、誰よりも感じていたのは、ノアとその家族だったんだと思います。



美しいものは、生まれるまでに「闇」と「苦痛」を乗り越えるもの。

大きくジャンプするためには、しゃがまないといけないもの。


時間をかけて、じっくりと熟成されたものは、限りなく美しい。

地球の歴史の一場面に立ち会ったつもりで、この映画をお楽しみ下さい。



「恵み」は、多過ぎれば「災い」となる。

だから、たくさんあればいいというものでもなく、少な過ぎてもいけない。


この物語から得られる「教訓」は、無限にあるのです。



ノアは、信じて、信じて、信じ抜いた。

彼の行動を見て、一番感動したのは、もしかしたら「神」だったのかもしれない。


「神をも動かした男」

ノアは、永遠のヒーローなのかもしれないですね。



「信じた」のは、「信じたかった」からだと思う。

そうすることで、「神」と「自分」を肯定したかったのかもしれない。



…突き進む男の「本当の強さ」を、劇場で確認せよ。







【作品データ】

監督:ダーレン・アロノフスキー 原作:神
脚本:ダーレン・アロノフスキー アリ・ハンデル
撮影:マシュー・リバティーク 音楽:クリント・マンセル
出演:ラッセル・クロウ ジェニファー・コネリー
   アンソニー・ホプキンス ダグラス・ブース
   ローガン・ラーマン レオ・マクヒュー・キャロル
   エマ・ワトソン レイ・ウィンストン

 (2014年アメリカ 上映時間:138分)


☆聖書の記述では、3人の息子の妻がそれぞれ出てきますが、
 映画では思いっきりなかったことになってます(笑)
 映画って、何かを削って、何かを足す作業なんですね☆



 

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2014-06-19

映画 「私の男」

テーマ:邦画
そうやって、生きるしかなかった。 …俺は、そう思います。


タイトルがシンプルなだけに、とても強烈な印象を残します。

甘っちょろいヒューマニズムでもなく、ブラックユーモアでもない。
ただただ、出会ったこと自体が罪だったのかもしれない。

単純な言葉では語れない、深いテーマだと思います。


浅野忠信と二階堂ふみが共演するというだけで、俺はもう行きたくなりました。

しかも、内容がスゴ過ぎる~


舞台は、北海道の寒~い海岸の町。
津波によって、家族を失ってしまった9歳の少女が、親戚の男に引き取られます。

この時点で、観客は「ヤバイ」と感じます。

ある意味、非常にわかりやすい物語なんですが、
別の意味では、難解な展開になっていきます。


わかりやすく言うと、「○○○○」なんですが、
それを言っちゃうと、映画が軽くなってしまう気がするので、あえて言いません。

俺は、この映画の中に、何か深いものを感じるんですね。


二階堂ふみを初めて見たのは、「ヒミズ」だったと思います。
生意気なマシンガントークが、すごく印象的でした。

アクティブな女の子かと思えば、「ほとりの朔子」では、普通の女子を好演。

パッと見が、宮崎あおいの若い頃に似ているかな…と思ったんですが、
女としての色気は、こっちの方が優れているように感じました。

彼女は、決して「清純派」なんていうつまんないジャンルの女優さんではなく、
どんな役柄でも果敢にチャレンジできる、個性派女優として羽ばたいていただきたい。

俺が思うに、満島ひかりといい勝負くらいのポジションで評価したいです。


本作では、彼女は脱ぎませんが、演技力で「色気」を表現しています。

真っ赤な血に染まった「濡れ場」は、映画史上に残る名シーンになるでしょう。


ちなみに、俺としては、河井青葉の熱演が響きました。

申し訳ないけど、個人的にはこっちの女が魅力的です~

だからこそ、彼女の演技が、ふみちゃんを立てたんですね☆




この映画は、細かく「説明」してくれません。

説明くさい映画ばかり見てきた人にとっては、イライラする映画かもしれませんね。


俺が、この映画をすごいと思った理由のひとつに、
「見ている者の感覚を刺激する演出」をすることが挙げられます。

一見、意味不明に見える場面にも、何かが感じ取れるんです。

こういう行動をするということは、もしかして、こういう理由があるのかもしれない…
そういうイマジネーションを働かせると、奥行きのある鑑賞ができると思います。


その「感じたこと」が、後半になって、生きてくるんですね~




この世には、「タブー」と言われる世界があります。

それは、「正常な人」が、「正常であること」を保つために、
違和感を覚えることを全て排除した姿勢から生まれた言葉なのかもしれません。

自分は「正常」。相手は「異常」だと思うことで、精神の均衡を保っているんですね。


それって、「健全」なようで、実は「不健全」なんじゃないかな…って俺は思います。


「くさいものには蓋」という言葉がありますが、
頭ごなしに何でもかんでも否定していると、心が狭くなってしまう恐れがあるんです。

あれはダメ、これもダメでは、ひよわな心のまま、大人になってしまうかも。


俺自身、子供から思春期にかけて、色んな感情を抱いて、
あらゆる発想や、ダークサイドの世界に浸って、自分の何たるかを考えてきたことで、
今思うと、幅広い思考ができるようになったような気がするんです。


本人は真面目にがんばっているのに、世間的には「おかしい」ことってありますよね。


『…お前は、何を考えているのかわからない。』

『…どうして、みんなと同じようにできないんだ。』

『…お前のせいで、みんなが迷惑している。』

『…バカなお前がいるから、優秀な者たちの足を引っ張っている。』

俺は、こういうことを平然と言い放つ奴が、大嫌いです。



自分は、安全な場所にいて、人を見下して、自分のポジションを保っている。

自分は、「まともな神経の持ち主」で「高級な人間」だと思うから、
「低級」だと思う人間を否定して、自分の立ち位置を確保しようとする。

そういう種類の人には、この映画は、オススメできません。



人は、必ずしも、「健全」に育った者ばかりではない。

何不自由なく育って、大人になった人。

家族とのしがらみを乗り越えて、がんばって大人になった人。

身寄りがなく、孤独に耐えて、かろうじて大人になった人。

浴びるように恋をして、溺れながら大人になった人。


苦労せずに得たものは、いずれ、苦労して返さねばならない時が来る。

安易に得たものは、いずれ、苦痛とともに自分に返ってくるものである。

簡単に手に入ったものは、いずれ、手の届かないところに行ってしまうものである。



本作の2人は、出合うべくして出合ったのかもしれない。

あるいは、出会わなければよかった2人だったのかもしれない。


しかし、2人は、出会ってしまった。

出会うことによって、お互いに「生命力」を得た。

それが、よかったことなのか、悪かったことなのかは、誰にもわからない。


出会いをどう解釈して、どう生かすかは、その人の自由なんだから。






この世に生まれたこと。

この家族に生まれたこと。

この時代を生きたこと。


仲間に出会えたこと。

友達に恵まれたこと。


うまくいったこと。

失敗してしまったこと。


この映画には、「いい人」が出てきます。

しかしながら、「いい人」を演じるのにも、理由があるんですね。


だから、考えて欲しいんです。


「いい人」は、本当に「いい人」なんだろうか。

「悪い人」は、本当にその通りなんだろうか。



9歳の女の子は、「何か」を感じていたんです。

冒頭の彼女を見て、何を感じるかは、観客の自由です。


俺は、冒頭のシーンだけで、充分でした。


彼女は、こうするしかなかったんです。

選択の余地は、なかったんです。


しかし、俺は、彼女を「あわれな女」だとは思いません。

それは、二階堂ふみの、濃厚な演技を見ていれば、ちゃんとわかります。



彼女は、「かわいそうな女」じゃない。

自分の意志で、自分の人生を切り開いて行こうとする女です。



俺は、本作を見て、「ソフィーの選択」のメリル・ストリープを思い出しました。


出会いは、運命を変える。

運命の出会いは、人の心を変える。


いや、「変える」んじゃない。

その人の「本来の姿になっていく」のかもしれない。


人は、他者のことを、「憶測」で考える。

しかしそれは、自分本位の身勝手かもしれない。


映画を、よく見て欲しい。

画面の彼女の表情を、しぐさを、よく見て欲しい。


彼女は、「そうする以外になかった」のかもしれない。

彼女は、「そうすることで生きられた」のかもしれない。


逆に言えば、「そうしなかった」ら、彼女は死んでいたかもしれない。

生きるために、彼女はがんばったのである。


彼女が「不幸」なのか、「幸福」なのかは、映画を見ればわかります。


二階堂ふみの、渾身の演技が光る「代表作」を、どうかお見逃しなく。




…そうやって、生きるしかなかった。

…そうやって生きることで、彼女は、輝く女になった。


男たちよ、彼女の愛くるしさに、何かを学べ。

女たちよ、彼女のひたむきさに、何かを学べ。



…貴方は今、男として幸せですか?

…貴女は今、女として幸せですか?


気になったら、この映画を見て下さい。

必ず何か、掴めるものがあると思います。


何も感じなかったら、それだけの人生。

何かを感じたら、そこからの人生が楽しくなっていきます。


俺は、ダメな男だからこそ、この映画の価値がよくわかる。

そんな気が、するんです(笑)







【作品データ】

監督:熊切和嘉 原作:桜庭一樹 脚本:宇治田隆夫
撮影:近藤龍人 音楽:ジム・オルーク
出演:浅野忠信 二階堂ふみ 藤竜也 山田望叶 河井青葉
   モロ師岡 高良健吾 大賀 三浦貴大 安藤玉恵 竹原ピストル

 (2014年日活 R15 上映時間:129分)

☆原作小説は、第138回直木賞を受賞。
 別冊文芸春秋に、2006~2007年まで連載しました。





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2014-06-18

映画 「女子ーズ」

テーマ:アニメ・特撮
言いたいことをグダグダ吐き出した後は、きっちりいい仕事をします。


戦隊ヒーロー5人組が、何と全て女性。

今まで、女性が1人とか2人とかはあったけど、
5人全部が女性というのは、初めてかもしれない。

それって「セーラームーン」とか「プリキュア」じゃねえの?
という声が聞こえてきそうですが、それとはまた違うんだなあ。

あくまでも「戦隊モノ」にこだわっているところが、素敵だと思いま。


監督・脚本は、福田雄一。
「変態仮面」「コドモ警察」「勇者ヨシヒコの冒険」の兄ちゃんですね。

コスチュームデザインは、島本和彦。
さすがは福田監督。「逆境ナイン」の脚本も書いていたから、コネがあったんですね☆

女子だけあって、顔が丸見えのヘルメットスタイルは、少年ボウイみたいでした(笑)



しかしまあ、見事にまとまんないですね~


5人がなかなか揃わなくて、必殺技が出せない。

来れない理由が、バイトだったり、恋愛だったり、ヤボ用だったり…

う~む、女子ってやっぱり忙しいんですね。


そもそも、召集された理由がヒドい。

前任者が、任期満了で引退したので、名前に色がある女が集められた…そうな。

個人の能力とか、適正とか、一切関係ないんですね~

…こりゃあ、男子でもやる気出んわ(笑)


しかしそこは、適応能力が高い女子の本領発揮です。

彼女たちの、立ち直りの早さ、発想の転換のしなやかさ、
そして、土壇場の粘り強さなどが、見ていて実に気持ちがいいんですね。


こういう能力って、女子なら誰でも持っているものなのかもしれない。


最初は笑いながら見ていたんですが、だんだんと彼女たちを応援している自分がいました。


屁理屈をこねたり、思ったことをストレートに言って場を乱したり、
協調性がなさそうで、自分の都合を優先するようなキャラに見えましたが、
実は、見えないところで、すごくがんばっているんですね。

女子は、言いたいことを率直に言う。
しかし、言うだけ言ったら、ちゃんとやるべきことをやる。

女子は、一見バラバラに思考しているようにも見える。
しかし、自分の役割を、バランス感覚を駆使して実行しているのだ。


男子には、男子のよさがあり、女子には、女子のよさがある。

男子同士ではわからない、男子の魅力があり、
女子同士ではわからない、女子の魅力もあると思う。


しかし、男子同士だからわかることもあり、女子同士だからわかることもある。

この映画は、女子が演じて、男子が監督した映画。

女子のみなさんは、どういう風に感じたかが気になりますね。


チャールズ司令官を演じた佐藤二朗が素晴らしい。

「勇者ヨシヒコ」の時の仏様とほとんどおんなじですが、
彼って、実にうまく若者を動かしますね(笑)

女子社員の上に立つ男性上司って、こんな風にやればうまくいくのかも。



変に力が入ると、かえって伝わらないことがある。

力が抜け過ぎてもダメだけど、ほどよい弛緩はあった方がいい。


張り詰めていると、いざという時に力が発揮できないし、
心にわだかまりを抱えていると、集中力が続かない。


女子ーズのみなさんは、それぞれが、強烈な個性の持ち主。

彼女らの掛け合いや絡みが、実に面白いのです。

ぶつかっていく度に、役割分担が明確になっていくんですね。


真面目なレッド。

はみ出し者のブルー。

クールなツッコミを入れるイエロー。

情熱的で暑苦しいグリーン。

恋に暴走するネイビー。


女が5人もいるのに、ピンクがいないんですね(笑)



やりたくて志願したわけでもなく、特別に訓練を受けたわけでもない。

いきなり呼ばれて、わけのわからないままに怪人と戦わされ、

仕事やバイトを抜け出して、無報酬でがんばる女たち…


う~む、何てカッコいいんだ!

彼女らの最大の武器はきっと、「女子であること」だと思います。



揃うのに時間がかかるから、戦いがなかなか始まらない。

その間、ちゃんと待っていてくれる怪人たちはエラい。

いい悪者に恵まれて、幸運だったねえ、君たち。


ユルいけど、熱い女たち。

グダグダだけど、何とかする女たち。

仲間としょっちゅうモメるけど、やる時はしっかりやる女たち。


この映画、「ガッチャマン」よりも「ハーロック」よりも、
「キカイダー」よりも面白かったです。

俺的には、「電人ザボーガー」といい勝負ですね☆



女子たちよ、この映画で熱くなれ。

女子たちよ、この映画にツッコミを入れよ。

女子たちよ、彼女たちにダメ出しをせよ。


『…あたしなら、もっとうまくやるわ。』

そう思った貴女は、明日の女子ーズのリーダーになるべし。


…女の底力を、ナメんなよ!







【作品データ】

監督・脚本:福田雄一
撮影:吉沢和晃 工藤哲也 主題歌:E-girls
出演:桐谷美玲 藤井美菜 高畑充希 有村架純 山本美月
   佐藤二朗 きたろう 岡田義徳 黄川田将也

 (2014年キングレコード 上映時間:97分)



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2014-06-15

メンタルコラム その9 「久しぶりの2連休」

テーマ:メンタルコラム
この土日は、実に、4週間ぶりの2連休でした。


でも俺、ずっと休まずに勤務できたんですよ~

かつての状態を考えたら、自分でもよくがんばったと思います。


昨日は、午前中は寝坊をして、午後から髪を切って、

久しぶりにヘアカラーも入れて、ちょっぴりおしゃれをして、

夜は、友達と一緒に食事をして、映画を見に行きました。


今日は、ひとりで映画館に行って、2本見て参りました。

今夜は、しみじみ、家飲みをしています。


今週末は、飲みには行かなかったけど、

映画を3本見られたことで、自分らしく過ごせたように思います。



ふう~

深呼吸…っと。



以前なら、映画を見たその日にすぐに記事を書いたものですが、

今の俺は、少しばかり時間がかかるみたいです(笑)


今夜は、晩酌のウイスキーを飲みながら、

ゆっくりと、

ゆっくりと、

ゆっくりと…


頭の中で、

心の中で、

転がしています。


栄養というのは、

よく味わって、

よく吸収して、

だんだんと、自分のものになっていくんですね。


慌てて、走り書きのような文章でいいなら、すぐに書けますが、

最近は、そんなことができなくなってきました。


どうせ書くなら、ちゃんと書きたいと思うので、

今夜は、まだ書かないでおきますね。


昨日と今日で、映画を3本見ました。

何を見たかは、まだ秘密です(笑)


明日以降、順番にアップしていきますので、

あまり期待せずに、待っていて下さいね。



俺はやっぱり、映画を見て、ナンボの男です。

明日からまた、がんばって働いて、

映画とお酒を楽しみたいと思います。



今日もこうして、生きていられることに感謝。

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2014-06-12

メンタルコラム その8 「続・心は生き物である」

テーマ:メンタルコラム
色んな会話がある。


たわいのない会話から、本質的な会話まで、

日常生活の中で、多種多様な会話が存在します。


『…こういうことは、あの人になら話せる』

『…こういうことは、あの人に言ってもわからない』

『…こういうことは、あの人じゃないとダメだ』


そういう風に、会話を使い分けていませんか。

そういう風に、話す相手を選んでいませんか。

そういう風に、話す内容を選んでいませんか。


それって、とても大事なことなんです。



「人によって態度が変わる」のは、悪いことだと思われがちですが、

俺は、それが「当たり前」だと思っています。


誰にでも同じ態度で接したら、人間関係が破綻してしまいますから。


その人に「ふさわしい態度」で接すれば、それがベストだと俺は思います。



「言えること」と、「言えない」ことがある。

「話したい」のに、「話せない」ことがある。


相手が聞く耳を持っていれば、容易に話せるけど、

この人にこんなことを言えば、必ず怒ると思ったら、

そう簡単には話せないのではないでしょうか。


俺は、基本的に、気持ちよく会話したいと思っている人間です。

しかしながら、世の中、そうたやすくうまくはいかないもの。


よかれと思って話しても、逆効果になってしまうことがある。

ちゃんと話したいのに、うまく話せないことがある。

ちゃんと聞いてあげたいのに、相手を追いつめてしまうことがある。


自分が「ちゃんと聞きたい」から、

「自分がわかるように、うまく話せ」と要求する人がいる。

自分が「上手に聞く」ために「努力」することよりも、

相手が「上手に話す」ことを優先させる人がいる。


悲しいことだけれど、これが現実なのである。



『…お前の言うことは、さっぱりわけがわからない。』

この言葉は、「考えることを拒否」しているという意味になります。



会話って、「気持ちを伝える」ために存在するものだと俺は思います。


「話す」ことで、「今感じていること」が「生きる」んです。

「話したい時」に「話せない」と、「心が死んでしまう」んです。


何を大げさな、と軽く考える人もいるでしょう。

だけど、そういう人は、大切な人の「サイン」を見逃すかもしれない。



俺は、数限りない「失敗」を積み重ねてきた男だからこそ、

大切な「瞬間」を見逃したくないと思っているんです。


それを、「病的」だと思うのなら、それはそれでOK。

俺のことを「狂っている」「気にしすぎ」と言うのなら、それもOK。


日常会話の中でも、飲み屋のカウンターでも、ネットの会話でも、

そういう感覚というのは、とても大切なんです。



うまく伝わらない「もどかしさ」

歪んで解釈されてしまう「悔しさ」

逆効果になってしまう「無念さ」


そういうことから、何かを学ぶことができる人こそが、誰かの心を救うのです。


わかってもらえないのは、苦しいけれど、

わかってもらえた時は、たまらなく嬉しい。


気持ちが伝わらないつらさを知っているからこそ、

気持ちが伝わった時の喜びの価値も、よくわかっている。


うまく伝える力がなくても、

受け手がしっかりしていれば、ちゃんと伝わることもある。


気持ちが伝わった体験を持つ人は、心が健全に育っていくもの。

その「心地よさ」を知っているからこそ、人に優しくなれる。



無条件で話を聞いてもらえるほど、世の中は優しくない。

しかしながら、話をちゃんと聞いて欲しい人は、無数に存在している。

「話を聞いてあげられる人」と、「ちゃんと伝えられる人」が増えれば、

世の中はもっと、話しやすい雰囲気ができると思う。


「話したいのに、うまく話せない人」には、無限のエネルギーがある。

少しずつでも、ほんの一部でも話せたら、そこから「思考」が生まれる。


俺は、初対面の人と打ち解ける度に、

新しい友達が増える度に、自分の新たな可能性を感じるんです。


出会いは、「縁」と「運」と「タイミング」。


「去る者追わず、来る者拒まず」という言葉がありますが、

それは、俺流に言うと、

「去る者は、ある程度まで追うが、去り過ぎたらもう追わない」

「来る者は、ちゃんと選ぶ」という風になります。



俺の話って、わかる人にはわかるみたいだけど、

あまりものを考えない人には、何が言いたいのかさっぱりわからんらしい。


それで、いいと思います。


誰にでもわかる言葉で話すなんて、俺にはとてもできない芸当だから。


俺は、みんなに愛される人間じゃない。

一部には好かれても、一方では激しく嫌悪されている存在。


それで、いいと思います。

だって、俺の文章のスタイルは、俺だけのものだもん。


精神のバランスが崩れたら、こういう記事を書いたっていい。

俺の中にある「自分ルール」なんだから、これでいいのだ。


人間の心には、ムラがあるもの。


理屈通りに、わかりやすい人間になんて、俺は一生なれない。

いつまでも、面倒くさい男でいたいと思います。


「会話をすればするほど、元気が出る」

「話せば話すほど、もっと話したくなる」

「聞けば聞くほど、もっと聞きたくなる」


そして、「会う度に、お互いに新しい発見がある」


これって、素晴らしい関係だと思いませんか。


心は、「生き物」です。

「生き生きする」ことによって、命を与えられるものなんです。


「死んだ会話」ではなく、「生きた会話」がしたいと俺は思います。


そのためには、何が大切なのか。

それを、これからもずっと、考えていくつもりです。


俺の心が、生きている限り。

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