FUJITA'S BAR
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2014-05-25

映画 「キカイダー REBOOT」

テーマ:アニメ・特撮
「不完全である」ことは、「完全である」ことよりも価値が大きいかもしれない。


俺が幼稚園児だった頃に熱狂した「人造人間キカイダー」が、
装いも新たに劇場映画として甦りました。

うは~ 何だかよくわからんが、やたらと「熱い」です~


気のせいかもしれませんが、最近の男の子のヒーローって、
飛び道具ばかりが目立って、肉弾戦が乏しいイメージがありました。

むしろ、女の子向きの「プリキュア」の方が、マッチョな感じがするんですねえ(笑)


しかしながら、今回の「キカイダー」は、なかなか気合が入っていました。

出来はともかく、「戦うのって疲れるんだよ感」がよく出ていたように思います。



ロボット工学の権威、光明寺博士が生み出した「ジロー」は、
「良心回路」を搭載した、「人間らしい心」を持ったアンドロイドであった。

本来、震災復興とか、平和利用のために動き出した国家プロジェクトなのに、
いつしか、「兵器」としての可能性を追求されるようになってしまう。

あくまでも「人の心」を優先しようとする光明寺博士に対して、
野心むき出しのギルバート神崎博士との間に、火花がバチバチ…

防衛大臣の「黒い陰謀」も絡み、自体は思わぬ方向に行ってしまうのであった。



監督は、ビジュアルにこだわりを持つものの、中身が薄い作品を生み出すことで
定評のある、下山天。

本作も、コケる気満々な感じだったんですが、キカイダーファンとしては、
どうコケるかを見届けねばならんという思いで、劇場に足を運びました。


ええと… まずはっきり言えるのは、子供には退屈な映画だということです。

じゃあ、大人向きかと言えば、う~ん、どうかなあ(笑)

ダラダラしているし、モタモタしているし、イライラ感満載です。


こりゃあ、まともに見たら、つまんない映画で終わっちゃうかな…と思って、
俺は、途中から、見る視点を少し「修正」しました。

おかげさまで、楽しむことができましたよ~


ギターは、さすがに背負っていませんでした(笑)

エレキギターをケースに入れて、持ち歩いているんですね。

でも、演奏するのは、懐かしいあの曲でした~


登場するのは、キカイダーとハカイダー、
そして、ビジンダーを思わせる「マリ」という名の女もいます。

いずれにせよ、続編作る気満々の終わり方だったので、
2作目以降の展開にも期待したいところですね☆



主役の入江甚儀は、演技力がゼロに近くて、まさに「機械」そのものでした。
そこは、感情が全くない役柄なので、まあ問題はないでしょう。

むしろ、キカイダーに変身した時の方が、感情を感じたように思います(笑)

今回は、スーツアクターもちゃんといたんですが、
場面によっては、彼本人が中に入って演じていたそうな。

次回作があるなら、彼の演技力が磨かれた分だけ、作品もグレードアップしていくかも。



脇役陣も、なかなか笑えます。

総理大臣を演じるのは、“イカでビール”“そうさのう”石橋蓮司。
ああ、「アウトレイジ2」みたいに、すぐに殺されてしまうような雰囲気タップリですね。

光明寺博士を演じるのは、長嶋一茂。うわあ、頭悪そう~
隣の県までチャリこいで配達した熱血郵便局員みたいに、ムチャしそうですね。

ギルバート神崎を演じるのは、鶴見辰吾。
ううむ… マッドサイエンティストというよりは、チンピラヤクザ風ですね。

服部はんぺんを演じるのは、原田龍二。
彼のキャラは、少し新鮮な感じがしたので、これから可能性を膨らませていけばいいかも。

マリを演じるのは、高橋メアリージュン。
彼女、なかなかキレのいいアクションをします。
「ターミネーター3」のクリスタナ・ローケンよりいいかも☆


しかし、一番のヒットは、ミツコ役の佐津川愛美ちゃんでしょう。

「電人ザボーガー」で巨大少女を演じ、「忍道」でくの一を演じた彼女は、
最初からすっげえ強そうなんですが、かよわく逃げ惑うところが、
何だか嘘っぽくて笑えました。

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」や「NUDE」でもそうでしたが、
彼女は、怒りをため込んでイライラする役柄が非常にうまいんですね。

佐津川ちゃんの大きな瞳で泣かれたら、俺もきっと奮い立っちゃうだろうなあ(笑)


そして、特筆すべきは、オリジナルのジローを演じた伴大介が、
心理学者として出演していることです。

久しぶりだなあ~
最後に見たのは、「リング」で貞子嬢を井戸に突き落とした役だったっけな(笑)


これはぜひ、2作目には池田駿介も呼んで欲しいですね~






「キカイダー」の面白さというのは、「不完全」な存在を「肯定」しているところ。

「仮面ライダー」は、「改造人間」にされてしまった「悲しみ」がありましたが、

「キカイダー」は、最初から「作り物」なんですね。

「仮面ライダー」には、「元人間」だからこその苦悩があり、

「キカイダー」には、「中途半端な機械」としての苦悩があるんです。



「自分の中にある、混沌としたもの」に対して悩むのと、

「他者の中にある、理解できないもの」に対して悩むのとでは、スタイルが違う。


いずれにしても、「自分にとって大切な人」との関わりによって、

自分という存在を認識して、自分を自ら育てていく作業だと思うんですね。



本作の「キカイダー」は、あんまり強くない。

格闘しても、とどめを刺せなくて、すぐに反撃されてしまう。

それは、「弱い」こととは違う気がするんです。


きっと、小学生が見たら、「弱っちいヒーローだな」と思うかもしれない。

でも、俺はそうは思わない。

俺が子供の頃、ケンカが弱かったのは、ケンカの仕方がわからなかったから。

相手をケガさせる「禁じ手」を封印することに忙しくて、いつのまにか負けていた。

相手は、俺を「弱い奴」と認識すれば、それで満足していたんだから。


やっていいことと、悪いことがある。

言っていいことと、悪いことがある。

相手を攻撃することに生きがいを感じる人の中には、

自分の言動に対して無責任な輩もいる。


男は、自分のしたことに対して、逃げずに、真正面から向き合う生き物なのだ。


ジローは、悩む。悩む。悩む。

機械でありながら、矛盾に悩む。

機械にとって、「非論理的な負荷」は、「回路の暴走」を意味する。


合理的に考えれば、サラッと受け流せば、苦労はないのかもしれない。

しかし、簡単に流せないことがある。

気になって、仕方がないことが、確かにある。


それをクリアしないと、先に進めないからである。



ジローが本当に「弱い」存在なのかどうかは、自分の目で確認して欲しい。

俺は、彼と一緒に、長い尺をかけて、色々と考えてみた。


この映画で言おうとしていたことと、

先日見た「ロボコップ」で言おうとしていたことは、同じなのかもしれない。

しかしながら、俺は、「キカイダー」の方が、より深く掘り下げて、

色んなメッセージを伝えることができる、優れた題材だと思う。



俺は、本作に、とても熱いものを感じました。



「自分が強い」と思っている人には、「致命的な弱点」があるかもしれない。

「自分が完璧」だと思っている人には、「致命的な欠陥」があるかもしれない。


「自分が弱い」と自覚している人は、

「自分が不完全」だとわかっている人は、

自分の「いいところ」も、よく理解しているはずだと思う。


何かが足りないからこそ、誰かの助けが必要なのである。

自分を否定してばかりでは、いい仕事はできない。

他者を否定してばかりでは、いい協力関係は築けない。


打算とか、利益とか、恐怖とかでなく、

自然に「そうしたい」と思って行動することが、一番大切なのだ。


「キカイダー」だから、できること。

「生身の人間」だから、できること。


未来の世界で、人間とロボットが共存できる世の中がやってくるなら、

その時こそ、人間という存在について、正面から考えて欲しいと思う。



人が、人としてしっかり立ってこそ、

機械もまた、機械として、一番いい仕事ができるはずなのだから。








【作品データ】

監督:下山天 原作:石ノ森章太郎 脚本:下山健人
撮影:小林元 音楽:吉川清之 主題歌:ザ・コレクターズ
出演:入江甚儀 佐津川愛美 原田龍二 本田博太郎
   鶴見辰吾 高橋メアリージュン 石橋蓮司 伴大介

 (2014年東映 上映時間:110分)



☆エンドロールで、懐かしい写真が見られます。
☆来場者プレゼントで、絵が変わるオリジナルしおりがもらえます。

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2014-05-22

豚コラム その71 「続々・浪人」

テーマ:豚コラム
出荷の印には、2種類あります。

1つは、「明日出荷」の印。

もう1つは、「次回出荷」の印。


コワモテについたのは、「次回出荷」でした。


この印がついた背中を見て、何だか誇らしく思いました。

ずっと認められなかったのが、初めて評価されたような気分です。


肉豚には、出荷できる「適正体重」というものがあります。

これが、多過ぎても少な過ぎても、おいしい肉にならない…

ベストの状態のタイミングで出荷するのが理想なんですが、

この状態に育てるのが、なかなか難しいんですね。


コワモテは、何度も回り道をして、ようやくここまでたどり着きました。


『…よかったなあ、いよいよ出陣だぞ。』

俺の姿を認めると、奴が久しぶりに寄って来ました。


ゆっくり、ゆっくり、寄って来ます。

鼻を触ろうとしたら、あらら、かわされてしまいました(笑)


下を向いて、奴が「お辞儀」をするんです。


俺は、両手で、奴の背中を、たくさん撫で撫でしてあげました。

奴は、俺の長靴をカミカミします。


撫で撫で…

カミカミ…


何ともいえない時間が、流れていきました。




同じ豚房の仲間が、どんどん出荷されていきます。

奴は、見送る立場を長いこと続け、いつも「居残り組」でした。

だけど、もう、そんな思いはしなくていい。


奴が、「悔しさ」を感じているかどうかは、俺にはわからない。

生き残って「喜び」を感じているのかどうかも、俺にはわからない。

ただ、仲間がどんどん旅立って行くのを、どう感じているんだろうか。

自分だけが、いつまでもここに残っていることに、疑問を感じているだろうか。


人間は、豚の気持ちは、わからない。

豚も、人間の気持ちは、わからないと思う。

わからない者同士が、協力関係にある、この不思議…

豚の恩恵を受けている人間が、精一杯してあげられること…


豚に、快適な空間を用意して、温度管理をして、餌の面倒を見て、

健康状態を管理して、気持ちよく肥ってもらって、やがて出荷する。

「安さ」と「効率」を重視すれば、豚の「寿命」は、どんどん短くなる。



俺は思う。

人生は、長ければいいというものではない。

短くても、充実していれば、それはそれでありだと思う。


細く、長く。

太く、短く。

色んな一生があっていい。


「いい」か「悪い」かは、他人が決めることじゃない。

本人がよければ、それで「いい」のだ。

自分の大切な「感覚」を、人に委ねるな。

「権力」に逆らえなくても、「運命」は逆らえなくても、

「己が生きた証し」を残すことはできる。


豚は、豚なりに、考えているのかもしれない。

人間の方が、自分のことをちゃんとできていないかもしれない。

豚の方が、ずっと偉いのかもしれない。

人間なんて、ちっとも偉くないのかもしれない。


だけど、縁があって、こういう関係になった。

だから、立場上、俺は豚の世話をしている。

豚は、立場上、俺の世話になっている。


ただ、それだけのことなのだ。


俺は、俺のやるべきことをやり、

豚は、自分のすべきことをやる。


豚は、人間に「恩恵」を与えてくれる存在だから、

人間は、豚に「できる限りのこと」をしてやる。


俺の仕事は、お客様に、安全でおいしい豚肉を提供すること。

そのために、今日もこうしてがんばっている。


コワモテは、多くの豚の中の1頭に過ぎないのかもしれない。

コワモテにとって俺は、多くの中の人間の1人に過ぎないのかもしれない。


でも、こうして出会った。

だから、こうして、「交流」の真似事をしている。


それもまた、いいんじゃないかと思うのです。







コワモテに、「もう1つの印」がつきました。

明日、いよいよ出荷です。(つづく)


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2014-05-20

豚コラム その70 「続・浪人」

テーマ:豚コラム
さて、コワモテは、どうやら俺を「認識」したようです。


その豚房には、奴1頭しかいないので、毎日俺が餌を運んでいます。

俺が行くと、餌の匂いがするのか、走って寄って来るんです。


鼻を撫でると、口を開けて手を噛もうとします。

しかし、奴は、噛み付きません。

口の中に手を入れても、噛まないんです。

俺は、豚の口の裏側を触ることができます。


まるで、映画「フリー・ウィリー」のシャチ君みたいですね(笑)


コミュニケーションは、どんどんエスカレートしていって、

頭を触ってマッサージしたり、背中を撫でたりできるようになりました。

触ってもらうと気持ちがいいのか、

俺が行くと、「お辞儀」をするようになってきました。


最初から「背中を触って」アピールをするから、

背中をなでなでしてあげると、奴は、俺の長靴をカミカミします。


最初は、左手で触っていたんですが、俺もだんだん面白くなってきて、

両手で触り始めたら、奴はびっくりして、キョロキョロするんですね。

どうやら、右手と左手を、「違う生き物」として認識しているみたい(笑)


ブホブホ言いながら、右手をクンクン、左手をクンクン。

舐めるわ、噛むわ、背中を出すわ、なかなかこいつ、忙しいです。



仕事をしていて、嫌な気分になったり、落ち込んだりしていても、

奴に会うと、何だか俺は、とても癒やされていたように思います。



同期の仲間は、次々と出荷されて行き、

奴は「1浪」し、「2浪」していきます。


もう少しで、「適正体重」になるんですが、出荷までもう一歩…

そういう状態が、長く続きました。

「引越し」を2回して、新しい仲間の中に入っても、

その仲間たちの方が、早く旅立っていくんです。



引っ越す度に、奴は、「新しい洗礼」を受け、

傷だらけになって、「新しい環境」に適応していく。


俺になついていた頃とは、だいぶ変わってきました。

もう、俺を見ても、反応しなくなってきました。


それでいい。

俺のことなど、思い出さなくていい。


しっかり、餌を食え。

しっかり、体重を増やせ。

しっかり、お前の進むべき道を行け。



やがて、奴に、上司がマークを付けました。

いよいよ、「出荷」が近いようです。 (つづく)
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2014-05-19

ボサコルデオンのライブに行きました。

テーマ:ライブ
昨夜、行きつけのバー「のあのあ」で、ボサノヴァのライブを聴いて参りました。


2003年に結成された、2人組の音楽ユニットで、

ボーカル&ギターのおねえさんと、アコーディオンのお兄さんです。


アコーディオンの生演奏って、初めて聴いたんですが、

何とも言えない、いい音を奏でるんですね~

鍵盤式じゃなくて、ボタン式なので、演奏の仕方が面白かったです☆


アコーディオンとギターの演奏に、おねえさんの歌声が重なります。

ジントニックを飲みながら、心が美しい世界に誘われて行きます。


気持ちええ~


明るいような、物悲しいような、不思議な音色に、すっかり魅了されてしまいました。

ボサノヴァを基調として、ブラジル音楽やシャンソンなど、

世界中の色々なジャンルの音楽要素を取り入れて、

オリジナルなスタイルを追求している、意欲的なお二人でした。


今年の4月にファーストアルバム「Ave…Maria」が発売されたということなので、

せっかくだから、俺、CD買っちゃいました(笑)

お二人がCDにサインして下さったので、すごく嬉しかったです☆


春のさわやかな陽気の中で、洒落た大人の時間を過ごすことができました。


出勤時の車の中で、ボサコルデオンの世界に浸っています。

世の中には、俺が知らないジャンルの音楽が、いっぱいあるんですね。


いいものをたくさん聴いて、心の幅を広げようと思います。



…音楽を奏でる人って、すごくカッコいいですね!



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2014-05-18

映画 「オール・イズ・ロスト」

テーマ:洋画
追い込まれた時、絶対絶命の時にこそ、本当の力が湧きあがる。


タイトルは、「全て失った」という意味です。

何もかも失った時、一体どうなるのかは、なってみないとわからんもんですな。


この映画は、はっきり言ってすごいです。

何がすごいかといえば、出演者が1人しかいないんです(!)


主演は、名優・ロバート・レッドフォード。

彼はもう70代後半ですが、やっぱり、いつまでたっても凛々しい男です。

普通は、ジイさんが延々と映っているだけの映画なら、退屈極まりないでしょう。


しかし俺は、画面の彼に、釘付けになってしまいました。




ヨットで単独航行していた男が、思わぬ事故に遭遇し、

孤独や絶望と戦いながら、ただひたすら、海上を延々と漂流する…


「キャスト・アウェイ」は、トム・ハンクスのユーモアキャラに救いがありました。

「オープン・ウォーター」は、夫婦のやり取りに、ときたまホッとしました。

「ライフ・オブ・パイ」は、トラと少年の駆け引きに笑いました。

「救命艇」は、曲者の男同士のサスペンスが魅力でした。

「老人と海」は、サメくんに話しかけていたような気がします。


しかし、完全にたったひとりで海をさまよう映画って、俺の記憶にはなかったんです。



これは、記事を書くのが、なかなか難しいと思います。

慎重に言葉を選ばないと、映画のよさを台無しにしてしまう恐れがあるから。


状況を説明するのは、いたって簡単です。

この映画で何が起きたかを話せば、1分くらいで説明できてしまいます。

ただ、それをあっさり書いてしまうと、すごく安っぽい印象になってしまう。

そういう意味では、「手強い映画」かもしれませんね。



この映画には、セリフがほとんどありません。

そりゃそうだ、独り言を延々とやれるのは、トム・ハンクスくらいだから。

「ブレードランナー」では、寡黙なハリソン・フォードのキャラを、

シブいモノローグが補っていたようにも思います。


しかしながら、レッドフォードは、そんなチャラいことはしません。

ただひたすら、表情と動作で、追い込まれた男の危機を演じていくのです。


「許されざる者」のクリント・イーストウッドは、老体にムチ打つような動作が、

観客の失笑を買うとともに、必死で動こうとする男意気を伝えたものです。


だから、本作のレッドフォードは、堂々と「老い」を前面に出しているんですね。

華麗で華やかだった頃の彼が好きだという人には、酷な映画かもしれません。

だけど俺は、ありのままの自分を正々堂々とさらけ出す彼に、魅力を感じました。


…ジイさん、かっけえ。





「演技力」の本質って、一体何だろう。

「表現力」の可能性って、どこまであるんだろう。


役者としては、これほどやりがいのある仕事もないんじゃないでしょうか。


大変な役柄だけど、俺は、彼がすごく生き生きしているように感じられました。



この映画は、俺好みです。


余計なものを、極力そぎ落として、観客の想像力を刺激している。

説明くさい部分を極限までカットして、臨場感を盛り上げている。


こういう「生きている映画」が、俺は好きなんですね。


彼の表情や、一挙手一投足に、何かを感じます。

それは、言葉として頭には浮かんでこないけど、

主人公の人間性を、垣間見ることができる瞬間なんです。


言葉の洪水のような映画もあれば、

言葉をあえて封印して、何かを効果的に表現する映画もある。


この映画を見て思ったのは、「人間って、深いなあ」ということです。


レッドフォードには、役名がありません。

クレジットにあるのは、「Our Man」という表記だけ。


これはきっと、「われらがレッドフォード」というくくりにして、

彼の背中に、観客が自分自身を重ねるためなのかもしれませんね。


70代後半の彼が、全編水上という過酷な撮影に挑んだだけでも、充分すごい。

その年齢だからこそ、反応も動作も、そこそこ鈍い。

そんな状況においても、彼はやっぱり「カッコいい」です。

たとえカッコ悪くても、彼だから、「カッコいい」のです。



極めてシンプルだけど、どこか新しいスタイル。

クラシカルな題材だけど、心に迫るダイナミックな場面の連続。


あえて「時代に挑戦」した、男たちの熱い思いがこもっています。

この映画を、劇場で見られた幸運を、素直に感謝したいと思います。




生きていると、色んなことがある。

うまくいく時もあれば、うまくいかないこともある。

難なく切り抜ける時もあれば、何度やってもダメな時もある。


運がよかったり、悪かったり。

たまたま成功する時もあるし、たまたま失敗する時もある。


有頂天になったり、ひどく後悔したり…


ピンチを切り抜けた事実を人に話しても、

「それは出来過ぎだろ」と一笑にふされる時もある。


シンプルな真実よりも、面白い嘘を喜ぶ人もいる。

そういう意味でも、本作は、「余計」なものを一切排除しているように感じるんです。


極限状況を味わったことがない人にとっては、退屈な映画なのかもしれない。

だけど、俺にとっては、とても重要な要素を含んだ1本でした。


まさに、俺が「今」見るべき映画だったように思うんです。



ここ最近、なかなか映画館に行くことができませんでした。

それは、ある意味、方向を見失って漂流しているような状態だったのかもしれません。


桑畑は、やっぱり、映画を見てナンボの男です。

水を得た魚のように、俺の心は躍りました。


もがいてももがいても、ダメな時はある。

しかし、がんばるべき時には、ついがんばってしまう。

がんばることで、自分を「肯定」できるのかどうかは、わからない。


でも、がんばらずにはいられないのだ。



「理由」なんて、どうもいい。

「人を納得させる」よりも、「自分を奮い立たせる」ことが優先する時がある。

「人目」を気にせずに、「己の心と向き合う」時間は、何よりも大切なのだ。


考えるべき時は、しっかり考えよ。

行動すべき時は、しっかり行動せよ。

思考が間に合わない時は、直感で動くべし。



長く生きていると、あらゆる状況に、自分らしく対処できるようになるんだろうか。

いや、たぶん、人は、いつまで経っても、迷ってばかりいて、

ちっぽけな自分の心と、ずっと葛藤を続けるのかもしれませんね。


人間の脳は、水に浮いているようなもの。

人間の心も、いつもふわふわしているようなもの。


固定されずに、固執せずに、自由に、気ままに生きていきたいと思うもの。



それがきっと、人としての「本質」なのかもしれませんね。







【作品データ】

監督・J・C・チャンダー
撮影:フランク・G・デマルコ ピーター・ズッカリーニ
音楽:アレックス・エバート
出演:ロバート・レッドフォード


 (2013年アメリカ 上映時間:106分)


☆レッドフォードは、撮影時に耳をケガしたそうな。ますますカッコいいですね☆







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2014-05-16

豚コラム その69 「浪人」

テーマ:豚コラム
その顔は、一度見たら忘れられないような印象でした。

ひとりぼっちで豚房にいるそいつは、「かわいい姿」ではありませんでした。



豚は、生まれてから出荷するまでに、約半年くらいかかります。

「同期」の豚たちが育って、次々と旅立って行く傍らで、

死んでいく豚がいれば、出荷できる体重にならずに残る豚もいます。


その豚は、発育状態が今ひとつで、仲間たちがみんな出荷されても、

なかなか規定の体重に満たなくて、現在まで、豚舎の引越しが2回。


最初は、仲間がそれなりにいたのに、だんだんとひとりぼっちになっていく…


自動餌供給装置は、豚房に豚がたくさんいれば使用しますが、

豚が少なくなると、餌の品質が劣化しやすいので、

自動供給を止めて、減った分だけ人間が足してやるのです。


第2肥育舎で「居残り組」になり、第3肥育舎に引っ越した豚。

その顔は、すごくインパクトのある風貌でした。

見た目が、はっきり言ってコワいです(笑)



俺が毎日餌を運んでやると、息をはずませて寄って来ます。

鼻を撫でてやると、口を開けて、俺の手を噛もうとします。

おっと、そうはいくか、と、俺は、上手に奴の口をすり抜けます。

奴は、執拗に俺の手を噛もうとして、追いかけてきます。

そのやり取りが、ちょっとした「遊び」みたいになっちゃいました。



一番奥にある、狭い豚房に、たったひとりで過ごす奴は、

俺の足音を聞いただけで、ブホッ!っという声を発して走って来ます。


顔はコワいけど、なんだか、仕草がかわいい。

俺は、奴をいつしか「コワモテ」と呼ぶようになりました。


コワモテは、俺の姿を見ると、突進して来ます。

普通の人だったら、怖くて逃げ出してしまうでしょう。

俺は、普通の人間ではないので、ウマが合うのかもしれません。



正規のルートから、外れた者同士。

居場所がなくて、放浪している身。

一応「所属」していながらも、「所在」がはっきりしない立場の者。


俺たち、まさに「浪人」だね。


仕事的にも、メンタル的にも、苦しい時期だっただけに、

この「小さな関係」は、俺にとって、しばしの安らぎを与えてくれました。


コワモテは、がんばって餌を食っています。

俺も、しっかりご飯を食べようっと。


コワモテと遊びながら、俺はいつしか、笑っている自分に気づきました。(つづく)





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2014-05-14

映画 「ほとりの朔子」

テーマ:邦画
「大人」から見た「子供」と、「子供」から見た「大人」は違うのだ。


はっきり言います。

驚きました。

こんな手法があるんだなあ、と、ひたすら感嘆しました。


やっぱり、映画って、魔法みたいな文化ですね。


この映画の何がどういいのか、俺の文章力ではうまく表現できません。

でも、これ、すごくいい映画だと思います。



「ほとり」というのは、広辞苑によれば、「水際」「際限」という意味。

もう少しであちら側に行くかどうかという、境界線のことなんだと思います。


主人公の朔子(さくこ)は、大学受験に失敗して、浪人生という身の上。

叔母さんのもとで夏休みのひとときを過ごすために、海辺の家にやって来ました。

そこでの様々な出会いを通して、彼女は色んな感情を体験していきます。


これだけ書くと、「よくある思春期の青春物語ですか…」と思うでしょう。

確かに、スタイルとしてはそうです。

しかし、本作は、「撮り方」がいいんですね~


「日常」と「非日常」の違いって、何だと思いますか?

それらの「境界線」って、どこにあると思いますか?

「ありふれたもの」と「特別なもの」の違いって、何だと思いますか?

両者の「境界線」って、どこにあると思いますか…?


目に見えるものを、ありのままに捉える人がいれば、

それ以上のものに「増幅」して捉える人がいて、

それ以下のものに「歪曲」して処理してしまう人もいます。


「何気ないもの」を、「価値のないもの」として受け流すか、

「自分にとっては意味のあるもの」として、命を吹き込むか。



主演の二階堂ふみは、文句なく素晴らしい。

しかし、俺としては、杉野希妃が強烈な印象を残しました。

彼女は一体、何者なんでしょうか~?

どうやら彼女は、プロデューサーでもあり、劇中歌も担当しているらしい。

すごい。何だかわからんが、彼女はすごい人なんだと思う。

彼女の素晴らしい存在感が、本作のクオリティを高めたことは、間違いないでしょう。


洋画には、洋画のいいところがある。

邦画には、邦画にしかない長所がある。


昨年見た「ルノアール」もよかったけど、

「ほとりの朔子」の方が優れている部分も、確かにあると思う。

モネの絵画をもっと写実的にしたような絵柄でありながら、

しかしながら、見終わった後の印象は、モネよりももっと淡い光の余韻に変化していく…


いやはや、すごい映画だなあと思いました。


深田晃司監督は、素晴らしい才能の持ち主だと思います。

俺は初めて彼の映画を見たんですが、他の作品も見てみたいですね。

こんなにいい感性を持った人の作品を劇場で見られて、俺は幸せだと思います。


ここんところ、色んな思いを味わって、心が枯れかけていたような状態だったので、

この映画を見たことによって、すごく潤いを吸収できたように思います。


やっぱり、映画こそは、俺の生命の源です。

いい映画は、心が活性化して、気持ちいい。


これ、俺の好みのスタイルの映画かもしれませんね。





人はみな、あらゆる「境界線」にいるんだと思う。

それを、どう踏み越えるかが、大事なんだと思う。

踏み越える「勇気」があれば、踏み越えない「勇気」もある。

「勇気ある前進」があれば、「勇気ある撤退」があってもいい。


どう決断しようが、どう行動しようが、自分の心に「正直」であればいいのだ。


「いっぱいいっぱいな時」に、人はどうするのか。

「限界を感じた時」に、人はどうすべきなのか。


「理屈」や「理想」や「道徳」は、「大人の世界」であり、

「感情」や「甘え」や「恋心」は、「青くさい」性質のもであると思う。



こんなこと言ったら、恥ずかしい。

こんな行動をしたら、子供じみている。

ここは、こうすべきだろう。

ここは、ぐっと我慢すべきだろう。


わかっている。

そんなこと、誰もがわかっている。

だけど、どうしようもない時って、誰にでもあるのだ。



つい、口に出して言ってしまう。

いけないとわかっていながら、行動に移してしまう。

誰にでも、そういう部分は、きっとあるでしょう。


だけど、行動しなければ、わからないことがあるんです。


人の言動や行動を批判ばかりして、自分は何もしない人もいます。

自分はやんちゃなことをたくさんして、人を責めない人もいます。


考え過ぎて、行動できない人がいれば、

行動しないと、何も見えて来ない人だっているもんです。

どちらも間違っていないし、どちらが正しいかどうかもよくわかりません。


何をしても、何を言っても、文句を言う人は確実にいます。

何もしなくても、何も言わなくても、やっぱり文句を言う人はいます。



「自分」として生まれたからには、「自分」として感じ取り、

「自分」として思考して、「自分」として行動すべし。



人を参考にしてもいいけど、人の真似をしなくてもいい。

ただ、学び取る相手もまた、「精一杯生きている人」であることを忘れてはいけない。


相手から「学ぶ」ということは、相手を「認める」ことなのだから。


あなたの身近にいる人は、全て「生きた教材」だと思って下さい。

いいところ、悪いところ。魅力的なところ、残念なところ。


その「重要な部分」を、よく捉えて下さい。

それはきっと、あなたにしか「わからない」ところなのかもしれないから。


いいものは、すぐに忘れてしまいがちだけど、

悪いものは、いつまでも覚えていたりします。


だからこそ、「いい感覚」「いい記憶」は、大切にしたいんですね。


何か「いいもの」に触れた時、あなたは、「ほとり」にいるのです。

「いいもの」は、すぐに逃げて、消えてしまうもの。

だからこそ、「今、この瞬間」を、しっかり捉えておきたいものですね。


映画館を出た後は、目に映るものが、新鮮に見えるかもしれません。

当たり前の情景を、じっくりと、観察してみませんか。


そして、忘れかけていたものを、もう一度、思い出してみませんか。



「子供」と「大人」の駆け引きは、実に面白い。

「子供」から見た「理想の大人」と、「現実の大人」は、違うのかもしれない。

「大人」から見た「理想の子供」と、「現実の子供」は、違うのかもしれない。


「子供」は、純粋に「知りたい」と思って、「大人」に質問をする。

「大人」は、純粋に「教えたい」と思って、「子供」に回答をする。


それは、「かみ合う」時もあれば、「かみ合わない」時もある。

そこで大事なのは、「一方的にならないこと」だと思う。

お互いに歩み寄って、「一緒に考える」ことが重要なんだと思う。


映画の中で、鶴田真由の印象的なセリフがあります。

こういうことが言える大人になるまでには、色んな思いを通過しないといけない。

苦労して体得したことは、言葉として発する時に、光を放つものである。


相手に伝える言葉。

相手から受け取る言葉。


相手を大切に思うなら、ちゃんと聞く。

自分を大切に思うなら、ちゃんと伝える。


いいコミュニケーションは、いい関係を築く。

そういう、「大人の駆け引き」を、この映画で楽しんでみて下さい。








【作品データ】

監督・脚本・編集:深田晃司
撮影:根岸憲一 音楽:Jo Keita
出演:二階堂ふみ 鶴田真由 太賀 古館寛治
   杉野希妃 大竹直 渡辺真起子


 (2013年日本・アメリカ合作 上映時間:125分)



☆ナント三大陸映画祭2013 金の気球賞&若い審査員賞受賞
☆タリンブラックナイト映画祭2013 最優秀監督賞受賞





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2014-05-14

第3回のあのあシアター レポート & 次回のお知らせ

テーマ:酒&タバコ
5月11日に、何とか無事に開催することができました。

参加して下さった皆様、ありがとうございました。



「恐怖の電話」も、「狙われた街」も、「河童屋敷の謎」も、

それぞれが、刑事ドラマ風の構成なんですね。

今回のお客様には、実相寺昭雄監督の名前を覚えていただきました。

彼の「凝った構図」と「しつこい演出」は、記憶に残ると思うんですよね(笑)

「狙われた街」は大好評だったため、上映終了後にアンコール上映しました。


映画「妖星ゴラス」は、SF映画史上、最もスケールのデカい作品なので、

ご覧になった皆様も、かなり圧倒されていたみたいです(笑)

まあ、これを超える映画は、今のところ出ていませんから☆

のあのあシアターの映画ファンの皆様には、ぜひ覚えておいて欲しい1本です。




さて、次回ののあのあシアターは、6月8日(日)に開催します。

時間は、いつもと同じPM3:00から。

ドリンク&料理付きで1500円です。

くわしくは、のあのあ 0256(93)1571までお問い合わせ下さい。


テーマは、「アニメーションの魅力」。

上映作品は、以下の通りです。


①ルパン三世 第145話「死の翼アルバトロス」(25分)

宮崎駿監督が演出した、楽しいエピソードです。
ジブリファンは必見ですね☆


②ブラックジャックOVA版第1話「流氷。キマイラの男」(50分)

TVシリーズよりはるか昔に製作された、1993年のシブい劇画アニメです。
出崎&杉野コンビによる、クオリティの高いBJをお楽しみ下さい。


③くもとちゅうりっぷ(16分)

松竹映画が初めて製作した、1943年の劇場アニメーションです。
モノクロで、日本人体型のテントウムシの女の子がマニアックで印象的です。


④言ノ葉の庭(45分)

昨年公開された、新海誠監督の恋愛アニメーションです。
梅雨の時期にピッタリの、美しい色彩感覚にご注目下さい。


⑤ルパン三世 第155話「さらば愛しきルパンよ」

①と同様、宮崎監督演出による、ルパンの最終回です。
「ラピュタ」でお馴染みのロボット兵は、これが初登場。
ヒロインのマキの声は、島本須美。ナウシカ、クラリスと同じ声優さんです。
「カリオストロの城」のBGMが使用されているので、どうぞお見逃しなく。



アニメに関しては、マニアックな作品も色々リストアップしたんですが、
1回目だから、取っ掛かりがいい方がいいかな…なんて思いまして。

お客様の今後の要望によっては、俺の好きなものをどんどん上映していくつもりです。


のあのあシアターは、観客の皆様と一緒に作り上げていきたいと思っておりますので、
今後ともよろしくお願いします。

俺が先週持ち込んだ、特撮フィギュアが好評だったみたいで、感謝しています。


今回参加して下さった方も、残念ながら来場できなかった方も、
また、いらして下さると嬉しく思います。



7月は、アクション映画を、

8月は、真夏の怪談映画を検討中です。


皆様のお越しを、心よりお待ちしています。


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2014-05-14

豚コラム その68 「驕り」

テーマ:豚コラム
「豚コラム その67」は、誠に勝手ながら、削除しました。

このナンバーは、「欠番」とします。

理由としましては、「風評被害を防ぐ為」ということで、ご理解下さい。


俺は、あの記事を書いた時に、人として間違っていたと反省しています。


ご承知の通り、現在、日本全国で、PEDが猛威をふるっています。

どこの農場でも、防疫対策が実施され、厳戒態勢が敷かれています。


すでに報道されている通り、PEDは、人には感染しません。

そして、病気の豚の肉が市場に出ることもありません。

だから、消費者の皆様は、安心して国産の豚肉をお召し上がり下さい。


この病気は、人間でいうと、ノロウイルスのようなものだと思って下さい。

下痢の症状が出ますが、治る人は治ります。

しかし、抵抗力のない子供やお年寄りは、命の危険にさらされます。


豚の場合は、生まれたての子豚が感染すると、

ほぼ全滅に近い致死率になってしまいます…


色んな農場の情報が入って来ますが、

どこも、現場の男たちの熱いドラマが繰り広げられています。

豚を必死で守り、お客様の安全を守るための水面下の戦いが続いています。

その心情を思うと、熱いものが込み上げてきます。


俺個人としては、彼らの真剣な戦いを、正直にレポートしたいのですが、

この情報は、扱いを慎重にしないと、風評被害につながってしまうんですね。

ウイルスに感染した農場が、マイナスイメージになってはいけないんです…




このウイルスは、農場に感染したからと言って、

直ちに「全頭処分」しなければいけないような性質のものではありません。

感染した農場では、徹底した対策が取られ、「安全第一」を遵守しています。


あなたの住んでいる街の近くに養豚場があったら、

むやみに近寄らないようにご注意下さい。

「銀の匙」の読者なら、ご理解できると思います。

家畜は、バイオセキュリティが大切だからです。



俺は、この仕事に就いて、11ヵ月半になります。


色んなことを、学びました。

そして今も、大切なことを、毎日、学んでいます。


それらを全て、ブログに書きたい気持ちはあるんですが、

この仕事の内容は、理解すればするほど、情報の取り扱いが難しいんです。



「企業秘密」という言葉がある。

「モラル」という言葉がある。

「公開したい情報」があれば、「公開してはいけない情報」がある。


俺は、「冷蔵庫に入った自分を自慢げに公開する男」とは違うんです。




「その67」を書いた時の俺は、間違いなく「驕り高ぶって」いました。

「PEDウイルスは、卑怯なウイルスだ」と言いました。


しかしそれは、間違いだったんです。


豚だって、ウイルスだって、「生きよう」としているんです。

生き物を扱う仕事というのは、そこを理解しなくてはいけないんです。

「豚」が「善」で、「ウイルス」が「悪」というわけではないんです。






「何かを生かす」ということは、「何かを殺す」ことでもあります。

我々人間が生きていくためには、「何かを殺して」いかねばならないんです。


そこには、「正義」も「悪」も、存在しないんです。




「豚」だって、「人間」だって、「ウイルス」だって、

自分たちが「生き残る」ための「戦い」をしているんです。



不思議ですね。

「死にたい」と言っていた俺が、こんな話をしているなんて。


今の俺は、はっきり言って、「自分の立ち位置」がよくわかんないんです。


だけど、だけど、だけど…


この仕事をしていると、何かが見えてくるような気がするんです。

今までわからなかったことに、光が当てられていくような気がするんです。


命は、その個体だけで、成り立っているものではない。

何か(誰か)の役に立ってこそ、光り輝いているものなのかもしれない。


豚は、半年で「寿命」を終え、人間に食べられるための「肉」になります。

人間に、言いたいこともあるでしょう。

だけど、彼らは、「自分の生」をしっかり生きています。


「豚肉」は、美味しい。

美味しいから、需要がある。

美味しいものは、人を「幸せ」にする。


そして、美味しいものを作るのには、「手間」がかかるんですね。


心を込めて、美味しいものを、お客様に提供する。

細心の注意を払って、「安全な豚肉」を、お客様に提供する。


それが、俺の仕事です。


農業に携わる人には、真のプロフェッショナルがいっぱいいます。

彼らのいい仕事が、報われますように。


俺はまだ駆け出しですが、毎日を必死にがんばっています。

その「気持ち」だけは、どうかご理解下さい。



「豚コラム」自体を削除しようかとも思ったのですが、それはやめました。

ここでしか、きっと書けないことがあると思うから。



映画の記事を再開する前に、どうしてもこれが言いたくて、

今日、あえてこの記事を書きました。


これでようやく、胸のつかえが取れたように思います。



俺はまだまだ、社員としても、人間としても、未熟な存在です。


こんな中年男を、応援して下さる皆様に、心から感謝しています。



停滞していましたが、「映画熱」は、これから再起動します。













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2014-05-04

メンタルコラム その5 「何とでも言える」

テーマ:メンタルコラム
世の中はGWですが、俺の休みは1.5連休でした。

明日からまた仕事です~


映画の方は、ボチボチ行くとして、今の気持ちを少し吐き出しておこうかな…なんてね。


以前、本の記事で、「やってはいけない健康法」という本を紹介しましたが、
健康に関する本をどんどん読んでいくと、何だかおかしなことになっちゃいます。

あれはダメで、これが正しい。
あれは嘘で、こっちが本物…

「水を1日に2リットル飲みなさい」というのが「常識」になって、
「熱中症を防ぐために、こまめに水分補給しなさい」と言うようになって、

「水分補給の量は、個人差があるから、一概に2リットルと言うのはおかしい」
「水分を摂り過ぎると水毒症になり、下半身デブになる原因になる」
「ふくらはぎのむくみを取るのには、水分が必要だから、やっぱり水分を摂れ」
「いやいや、ふくらはぎのむくみを取るのには、○○という食材を摂ればいい」

…何だか、どこまでいってもキリがないみたいですね(笑)



メンタルに関しても、何だか色んな「力説」がまかり通っているみたい。

「うつになるのは、○○という栄養素が足りないからだ」
「うつを引き起こすのは、○○という化学物質が原因だ」

患者自身の「心」とか「気持ち」なんて、全く無視であり、
相手を、自分の思い通りに都合よく言いくるめることが「目的」になっている…

本を読んで得た「知識」は、本当なんだろうか。
TVや新聞やネット記事で得た「知識」は、どこまで信頼できるんだろうか。

連日、あらゆる報道機関で、「衝撃新事実」が公表されています。

心を病んだ人たちを食い物にして、お金を稼ごうとする人が後を絶ちません。



ネットでも、現実世界でも、弱肉強食に変わりはないんです。

強い者が、弱い者を踏みつけて、いじめが連鎖していく。

少しでも「強い側」になって、「弱い側」を攻撃しようとする。
少しでも「風上」に立って、「リスク」を回避しようとする。

そうやって、自分を守っていくしかないのかもしれませんね。


「強い者」は、自分で自分の身を守ることができる。
「弱い者」は、「何か」で自分の弱さを補うしかない。


「理論武装」して、他者の意見を受け付けない人がいる。
自分の考えにそぐわないことは、否定して片付けてしまう方が楽だから。

しかしながら、自分にとって都合のいいことは、簡単に受け入れてしまう。
そういう人に限って、意見がコロコロ変わったりするんですね。


相手のことを考えないから、気分次第で態度が変わってしまう。
問題は自分でなく、他者にあると思うから、いつまでも反省なんかしない。

自分の感じ方が全てであり、人の感じ方なんてどうでもいい。
どうでもいいというよりは、「気づく能力が乏しい」のかもしれませんね。

すでにお気づきでしょうが、俺もまた「そういう人間のひとり」だと思います。


悪いことは全て人のせいで、自分はいつも「被害者」
常に「風上」にいようとして、風向きが変わると途端に身を翻す。

俺は残念ながら、そこまでズルくなれません…


子供の頃から、いつも逃げ遅れて、「攻撃される側」にいました。
要領が悪いから、いつも「目の敵」にされていました。

俺が怒られたおかげで、「安心」した人はいっぱいいたのかもしれません。

それなら、間接的に、俺が誰かを「守った」ことにもなりますよね(笑)


映画でもよく、「ここは俺が食い止めるから、先に逃げろ!」なんて場面がありますよね。

子供の頃に、いつも悔し泣きをしていながらも、心のどこかでそんなことを考えて、
自分で自分を必死に「肯定」しようと思って、もがいていたのかもしれません。



「物は言いよう」という言葉があります。

同じことなのに、180度違った見方ができるんです。


例えば、超常現象があったとします。

「脳の錯覚」だと言う人がいれば、「事実」だと言う人もいます。

例えば、名作映画があったとします。

「傑作」だとベタ褒めする人がいれば、「駄作」だと言う人もいます。


それはやっぱり、「好みの問題」なのかもしれない。

「いいもの」はやっぱり「いい」と思うし、
「気持ち悪いもの」はやっぱり「気持ち悪い」ものだから。


思い入れのあることは、真剣に向き合って考えるもの。

どうでもいいことは、適当にごまかしてしまってもいいと思うもの。


風向きが変わったくらいで、考えが簡単に翻ってしまうのなら、
最初から、その人にとっては「どうでもいいこと」だったんでしょう。


俺は、そんなに「器用」ではないので、
一度自分が結論づけたことを、簡単に180度変更できません。

それは、自分を軽んじることだし、物事を軽んじることだから。


俺は、自分が馬鹿にされるのはまだ耐えられますが、
家族や友達を悪く言われることに我慢ができません。

例え、その非難が当たっていたことだとしても、
俺はその考えをすんなり受け入れられるほど、軽い男じゃないんです。

だから、そう言う人たちには、こう言ってやります。

「それが、どうした」と。


人には人の「考え」があり、自分には自分の「考え」がある。
人には人の「感じ方」があり、自分には自分の「感じ方」があっていい。

だから、盲目的に「人の真似」をする必要はない。


人には人の「意見」があり、自分には自分の「意見」がある。
人には人の「事情」があり、自分には自分の「事情」がある。

だから、盲目的に「人の意見に左右される」必要はない。


まずは、感じること。

感じたことを、自分の心で受け止めること。

そこから、自分の脳で考えること。

気持ちを整理しながら、じっくりと考えること。


「直感力」と「思考力」は、絶対にどこかでつながっているもの。

自分が「感じたこと」をしっかり捉えておくと、
その後に思考の海に沈んだ時に、道標になるというもの。

迷った時は、心の声に従うべし。


「苦悩」は、人の心を育てる。

「苦痛」は、人の感性を磨く。

「苦難」は、人の器を成長させる。


逃げてばかりいて、立ち向かわない人には、絶対にわからない世界がある。



人の心は、「簡単」ではない。

だから、「簡単に説明する」ことなど、不可能なのである。

人の心は、「単純」ではない。

だから、「単純に割り切る」ことなど、不可能なのである。


人の心を軽んじる人は、自分もいつか、同じ目に遭うもの。

人の心を平気で踏みにじる人は、自分もいつか、同じ目に遭うもの。

心を砕いて、人の心と向き合おうとした人は、最終的に強くなれる。

楽していいものばかり得ようとするのは、「泥棒根性」だから。


何をしても、何か言われる。

何もしなければ、もっと言われる。

よかれと思って行動しても、何か言われる。

どうでもいいやと思っていても、偶然「認められる」こともある。

がんばっても、報われない人がいるし、その逆もある。


人のことは、何とでも言える。

自分に「利益」をもたらす人には、甘い態度になる。
自分に「不利益」をもたらす人には、渋い態度になる。

「嫌悪」は「憎悪」に変わり、「嫌がらせ」や「いじめ」になっていく。
「好意」は「親切」に変わり、「親しみ」や「憧憬」になっていく。


しっかりと、「感じる」こと。

しっかりと、「考える」こと。

そして、しっかりと「悩む」こと。


俺は、もの作りの仕事を20年以上経験してきた男なので、
「いいもの」を生み出すためには、手間と労力がかかることを知っています。

簡単に、手軽に出来た「実績」ほど、脆いものはない。


「結果」だけを重要視する人は、「いいとこ取り」をしようとします。

「なあんだ、こんなのなら自分にもできる」と言い放ちます。

でも決して、自分から「キリの先端」になろうとはしません。


わかる人には、ちゃんとわかるんです。


映画の評価も、人それぞれでいい。

だけど、「中身のない言葉」かどうかは、聞けばわかります。


色んな感じ方があっていいから、何とでも言える。

何とでも言えるからこそ、俺は、自分の感じ方にこだわりたいんです。


「青くさい」と思われてもいい。

「子供っぽい」と言われてもいい。

「大人気ない」と非難されても、それはそれでOK。


自分にとっての「感じ方」にこだわる男は、世の中と少しズレているのでしょう。

それで、上等。


「何とでも言える」からこそ、「流されない自分」でいたい。

柔軟な思考を持ちながらも、無個性な男にはなりたくない。


「俺」は「俺」であり、「人」は「人」である。

「俺」だからこそ、感じること。

「俺」だからこそ、考えること。

「俺」だからこそ、言えること。

そして、「俺」だからこそ、行動に移せること。


「自分」を表現するためには、「自分」をよく知る必要があります。

そのために、俺のブログが存在します。



俺の「心の旅」は、まだまだ続くみたいです。

よかったら、応援してもらえると有難いです。










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