FUJITA'S BAR
2010-02-27

ラブリーボーン

テーマ:洋画

素直な心こそ、天にたくわえる宝物。 …彼女はきっと、自分にふさわしい場所にたどり着くと思う。


ずいぶん更新していなかったので、もう桑畑もくたばったかと思われたかもしれませんが、まだ生きてます(笑)。結構くたびれているので、まだ少々頭にモヤがかかってますが、そろそろ再開します。


“lovely” は、“美しい、魅力的な、素敵な” という意味。 “bones” は、“骨” ですが、“遺体” を意味する言葉として使われることもあります。だから、“愛しい亡骸” といったところでしょうか。たぶん、“born(誕生)” とかけて、“魂の再生” の意味も入っているのかも。


原作は、アリス・シーボルトの同名ベストセラー小説。製作・監督・脚本は、ピーター・ジャクソン。製作総指揮は、スティーヴン・スピルバーグ。VFXは、「アバター」のスタジオWETA。女性が原作者で、監督がおっさんで、最新VFX技術で作り上げた異色ファンタジー。


出演は、シアーシャ・ローナン、マーク・ウォルバーグ、レイチェル・ワイズ、スーザン・サランドン、ローズ・マックィーバ、クリスチャン・アシュデール、マイケル・インペリオリ、スタンリー・トゥッチ、ニキ・スーフー。


さて、映画ですが、何とも不思議な作品に仕上がりました。見る人によって、全然印象が違う映画かもしれませんね。ストレートな一人称で語られる切り口が独特で、俺的には面白い。死後の世界へ行くのが、何だか楽しみになってきますねえ。(ならんか)


1973年12月。14歳で殺された少女スージー・サーモンは、自分の置かれた状況に戸惑いながら、霊魂となってあの世とこの世をさまよい続けるのであった…。



主演は、アイルランドの若手女優、シアーシャ・ローナン。ニューヨーク出身ですが、両親はアイルランド人。彼女が3歳の時に、家族でアイルランドに移住したそうです。(ウィキペデイアの情報より)


彼女はちょうど14歳で、まさに等身大そのもの。演技力は未知数ですが、本作の彼女はとても魅力的でした。澄んだブルーの瞳を持つ、飾り気のないラブリーアクター。どこかにいそうな、カワイイ普通の女の子ですね。


両親を演じるのは、マーク・ウォルバーグとレイチェル・ワイズ。そしておばあちゃん役は、スーザン・サランドン。すげえ、ザ・シューターとハムナプトラとテルマ&ルイーズの強者揃い。その気になれば、娘を狙う犯人をあっさり返り討ちにできそうですが、そこは映画。


3人が演じるのは、これまたいたって普通の大人たち。行動力があるんだかないんだか、思考力があるんだかないんだかの微妙なキャラ。きっと、そこが狙いなんでしょうね。やっぱりそれぞれに、いい役者だと思います。



ピーター・ジャクソン監督といえば、「ロード・オブ・ザ・リング」と「キングコング」が有名ですが、俺的には「乙女の祈り」がベスト。屈折した少女の心の葛藤ファンタジーというか、何気に悪趣味な雰囲気が印象的でした。本作は、その流れを汲むような素材なので、ジャクソン監督の本領発揮といったところでしょう。


予告編の印象と、実際の映画の印象がまるで違うのにも驚きました。まあ、配給する側もどうしていいかわからなかったんでしょうね。殺された女の子が幽霊探偵になって、犯人を追い詰めていく映画かと思ったら、どうやらそうでもないみたいですよ。これから見に行く人は、どうか覚悟して下さい。


この映画はどんな映画ですか、と聞かれれば、変な映画です、と答えましょう。原作を知らない立場なので、あくまでも映画そのものの印象で判断しますが、変わった映画だと思います。色んな意味で。


デートには、あんまり向かないかもしれない。でも、相手によっては盛り上がるかもしれない。彼女が、内面を見つめるタイプの人なら、彼女の方から色々語り始めるかも。男は、その話をじっと聞いてあげればよろしい。男目線ではわからない、女目線の意見を聞いた方が勉強になるから。



人の運命なんて、いつどうなるかわからない。次の瞬間、突然人生が終わってしまうなんて、誰も考えない。だから、本作のスージーの反応は、いたって自然だと思う。純粋無垢であるが故に、余計に切なくなってしまうのだ。ああ、彼女がもうちょっと早く帰っていたら、つまらん好奇心を起こさなかったら…。


パンフ記事によると、原作者のアリス・シーボルトは、18歳の時に“事件”に遭遇したらしい。そのショックを乗り越えて、何か書かなきゃってずっと思っていたそうです。なるほど、この物語は、彼女自身の鎮魂歌でもあるわけですね。主人公を14歳という設定にしたのも、何か意味があるのかも。(デリケートな内容なので、これ以上は触れないでおきます)



本作の見どころは、主人公の感情によって、情景がどんどん変わっていく点にあります。人間が感情を持った生き物である以上、心の持ち方次第で、自分のいる世界は色んな形に見える。同じ景色でも、気分のいい時と沈んでいる時では、全く違ったものに見えたりするもの。


死生観というのは、人によって違うものだから、天国のイメージも人によって違うと思う。そういう意味では、ジャクソン監督の感性は柔軟であると言えるでしょう。彼なりの精一杯の優しさで包まれた、心のこもった映画だと思います。原作者は、この映画を見て何を思うのでしょう。



この世でもあの世でも、魂は自分の居場所を求めてさまようもの。大切なのは、自分がどうしたいのか、どういう方向へ行きたいのかということ。置かれた環境を嘆いてばかりいても、何も始まらない。自分の気持ちひとつで、環境はいくらでも変化していくものだから。


スージーはきっと、自分が行きたいと思う世界へ行けると思う。彼女を見ていると、そう思えるんです。同じような魂を持った者は自然と集まるもの。彼女は、自分が失った以上のものを、これから新たに獲得していくことでしょう。がんばれ、スージー。キミは永遠に魅力的な女の子だ。


スージーは、短い生涯を精一杯生きた。そして、新しい彼女になって旅立って行く。さよなら、14歳のわたし。さよなら、わたしの愛しい体、ラブリーボーン。



生きていると、色んなことがある。うれしいことも、悲しいことも。乗り越える度に、昇華されていく度に、心の中に、魂そのものに刻まれていく。体の細胞が入れ替わるように、心の細胞も入れ替わっていくのだ。だけど、刻まれたものは、ずっと残るもんだと思う。形を変えながら…。


自分の魂が行き着く場所はどこだろうなって、時々考えます。それは、誰にもわからない。だから、こういう方向へ行きたいというイメージを持つことが大事だと思うんです。夢を持つ、みたいなカッコいいことじゃないくていいから、こうなったらいいな、こういうところだったら居心地がいいだろうなっていう発想で充分。


うれしい、楽しいという感情は、素直であればこそ味わえるもの。スージーは、これからもっと、楽しい世界を旅していくことでしょう。そこが、彼女にとっての天国でありますように。



天国って、絵に描いたようなイメージだとは思わない。キレイな世界は、心がキレイな魂じゃなきゃ入れない。無理矢理入っても、俺みたいな汚れた魂には、きっと居心地が悪いと思う。だから俺は、自分の居場所を自分で探す。見つからなければ、自分で作る。そこでまた、新しい仲間を集めればいいもんね。


人間は、矛盾もあるし、不完全な生き物。不器用に生きるからこそ、見えてくるものがある。失敗したからこそ、理解できる世界がある。そこがいいのだ。持っている個性が違うからこそ、補い合うのだ。環境が変われば、短所は長所になる。


本作を見て学ぶべきは、“素直な心” と “適応能力” ですね。厳しい状況に置かれた時に、どう立ち向かうか。自分の心と向き合って考えるべし。 …青い瞳のスージーが、手を握っていざなってくれますよ、きっと。





【鑑賞メモ】

鑑賞日:2月15日(月) 劇場:ワーナーマイカル県央 20:30の回 観客:1人

またしても貸切でした。俺1人のためにがんばってくれて、ありがとうスージー。


【上映時間とワンポイント】

2時間15分。ちょっと長いけど、心の旅を表現していくには、これくらいの尺が必要なんでしょう。入り込めばあっという間です。


【オススメ類似作品】


「ゴースト ニューヨークの幻」 (1990年アメリカ)

監督:ジェリー・ザッカー、出演:デミ・ムーア。幽霊モノの傑作といえば、やっぱりコレでしょう。暴漢に襲われて殺された夫の霊魂と、残された妻の心の交流が素晴らしい。霊能者役でブレイクしたウーピー・ゴールドバーグの熱演も忘れがたい。あの北野武監督も認めた傑作です。


「大霊界 死んだらどうなる」 (1989年学研)

監督:石田照、原案・脚本:丹波哲郎、出演:丹波義隆。日本映画で霊界モノといえば、やっぱりコレでしょう。霊界って、結構めんどくさい世界なんですねえ。主演のタンバジュニアは、ジャッカー電撃隊のスペードエースの兄ちゃん。息子をあの世に送って、自分は延々と霊界説教…トンデモねえオヤジですな。2作目もあるし、マッチと明菜の恋愛映画「愛・旅立ち」も、後半の霊界シーンはタンバセンセイが監修してます。「007は二度死ぬ」「ひとごろし」「Gメン’75」など数々の名作に出演した名優は、この世にいながらあの世の段取りをして旅立ちました。日本には、こんなにすごいおっさんがいたんです。






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2010-02-11

パラノーマル・アクティビティ

テーマ:洋画

恐怖と笑いが紙一重。 …こんなマッチョな悪魔はイヤだ!


“paranormal” とは、“科学では説明できない、超自然的な” という意味。“activity” は、“活動” という意味なので、まあ、“わくわく超常現象まつり” ってなとこで。(違うだろ)


監督・脚本・製作・編集は,イスラエル出身のオーレン・ペリ。135万円で製作されて、限定12館で公開された映画が、5週目にして全米1位を獲得し、興行収入90億円を突破。その話題作が、日本にも上陸。新潟でも上映が始まりました。


出演は、ケイティ・フェザーストーン、ミカ・スロート、彼女の友達、テキトーな霊能者、そしてマッチョな悪霊。


さて、映画ですが、シンプルでわかりやすい作品に仕上がりました。一応恐い映画なんですが、俺的には爆笑の連続でした。何だか、見ている側も悪霊の気分になっちゃった。


同棲を始めたカップルの家に、不可解な現象が多発。霊感のある彼女を見かねた彼氏は、ビデオカメラを購入して家の中に設置。寝室の撮影を試みる。 …はたして、そこに映りこんだものは?



霊感のある彼女ケイティを演じるのは、ケイティ・フェザーストーン。能天気な彼氏ミカを演じるのは、ミカ・スロート(役名そのまんまですね)。150人の応募者の中から選ばれたそうで、2人とも本作でスクリーンデビュー。


映画は、ほとんどこの2人しか出てきません。他に、インチキくさい霊能者のおっさんと、ケイティの女友達がチラッと出てくるだけ。だから、顔とか名前とか覚えなくていいです。できるだけ先入観を持たずに、素直に楽しみましょう。もしかしたら、あなたにだけ見える何かがあるかもしれない…ウッヒッヒ。



同じようなシチュエーションだと、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」とか、「クローバーフィールド」とかがありますが、前者はおねーちゃんが鼻水たらして謝って終了、後者は老人怪獣がウザいだけの凡作でした。だから本作も、あまり期待はしていなかったんですが…これは以外とオイシイかも?


本作の真の主役は、彼女にとりついた悪霊でしょう。アメリカだから悪魔という表現になりますが、見ている側はどっちでもいい。悪魔と幽霊は根本的に違うものなんだそうな。悪魔の方が、幽霊(いわゆるゴースト)よりも高尚な存在なのかもしれませんが、女の家にズカズカ上がりこんで夜這いするというレベルでは、ガサツで程度が低いような気がしますなあ。


映画を見る限りでは、この悪魔はどうも、不器用で下品で、気が荒くてマッチョなイメージ。オレはオマエが好きだ、イヤなら力ずくで奪う!って感じ。’60年代のマイトガイみたいなタイプでしょうか。俺的には、土建屋のランニングシャツオヤジが、いいだろ奥さん、うひひってイメージかな。自分が迫れば迫るほど相手はドン引きして、ますます嫌われているという現実に気がつかないみたい。困った悪魔もいたもんですな。


問題は、彼女の態度ですな。映画を見る限りでは、まんざらでもなさそうな感じもしますが、そこはどうなんでしょう。これといった説明もないので、観客側が想像する他ない。意外と、強引な男に弱かったりして…ううむ、よくわからん。この辺のところは、女性のみなさんに考えてもらいましょう。



そんなワケで本作は、三角関係の恋愛映画と見られなくもない。ただ、相手が悪魔なので始末が悪い。性格の悪い元カレのヤクザと、どっちがマシかな?いずれにせよ、強敵ですな。この能天気で頼りない兄ちゃんは、果たして彼女を守ることができるのか? 『…この女に最初に目をつけたのはオレだ。テメエ、後から出てきてデカいツラすんじゃねえ!』 (註:映画にそんなセリフはありません)



とにかく、中身はあんまりないんだけど、見せ方というか、スタイルが面白かった。使い古されたネタではあるんですが、見方によっては新鮮な感じもする。ユルくて退屈なシーンと、テンションが高くなるシーンの程よいバランスがいいんですね。


恐がりの人は、どうか覚悟して見てください。ギャグととらえて笑いが込み上げてきた人は、声を出して笑わないように注意しましょう。せっかく恐がっている人の雰囲気を、どうか壊さないように。


ホラー映画というのは、できるだけ無防備な状態で見た方が楽しめるのかもしれない。先入観や、期待に胸を膨らませ過ぎると、かえって逆効果になることも。そういう意味では、「ブレア~」や「クローバー」は、見方を誤ったかもしれないなあ。


派手な演出や、説明過多な映画を見慣れてしまうと、物足りなさを感じたりもするでしょう。でも、俺的にはそこがいい。行間を読むというか、画面に映らない部分を想像したくなる。ジワジワと物語が進む分、自分の中で勝手にストーリーを作ってしまえるような “余白” がある。それは、意図したことではないんだろうけど、結果的にそこがヒットしちゃいました。


“3人の登場人物” のうち、誰に感情移入するかでも、映画の印象がまるで変わってしまうでしょうな。何というか、つかみどころのない不思議な映画です。奥が深いような、浅いような。モノを考えるのが得意な人も苦手な人も、自分の感覚を大事にして下さい。映画は、楽しんだ者が勝者ですから。ちなみに俺は、悪魔目線で楽しみたい。あくまでも。


この映画のどこが恐くて、どこが笑えるかは、ネタバレを避けるために書きません。劇場で、自分の目と耳と感覚で判断しましょう。ツッコめるところは無数にありますから…おいおい悪魔、しっかりしろ!




“恐怖” というのは、どういう時に感じるか。簡単に言うと、“あるはずのものがない状況” と、 “ないはずのものがある状況” におかれた時に発生する情動である、ということじゃないかって俺は思うんです。


いないはずの人が、目の前にいる。捨ててしまったはずのものが、いつの間にか部屋にもどっている。大事にしまっておいたはずのものがなくなってしまう。形がかわってしまう。壊れてしまう。歪んでしまう。違うものにすりかわっている。見かけは同じなのに、何かが変わっている…おお、コワ。


もっと細かく言うと、“恐怖” の前には必ず “不安” があります。はっきりそうだというわけじゃないんだけど、何か変だ、という感覚ですね。最近の言葉で言うと、“違和感” というやつ。それって、大切な感情なんです。恐がりの人は、そういう部分が敏感なんじゃないかと。


柔道で技をかける前には、先に “くずし” というテクニックがあります。構えている体制では、おいそれと技はかからない。いったんくずして重心を不安定にさせておいて、すかさず決めるんです。その一瞬の隙を逃さないのが、プロの格闘家。


人に話を聞いてもらう時にも、まず相手の興味ある話題から入っていって、さり気なく自分の話に持っていくということをやるでしょ。相手を聞く体制にしないと、言いたいことがちゃんと伝わらないから。 『…もっとあなたの話が聞きたい。』 っていう雰囲気をいかに作れるかが、話し方のテクニックというもの。


エロい表現で言うなら、“前戯” というやつです。相手との精神的な距離が近くなればなるほど、感情の高ぶりも変化する。相手が心を持った生き物であるということを忘れると、ただのモノ扱いになってしまう。それは、とても寂しいこと。SMとDVは、根本的に違うものなのだ。(例えが悪すぎ)


愛情は、ささいなきっかけで憎悪に変わる。喜びであふれたていた気持ちは、いつしか不安のかたまりになり、一瞬で恐怖に変わる。愛情の行為はストーカー行為になり、彼女を喜ばせたい思いは、彼女の重みになっていく。ああ恐ろしや、人間の怨念がおんねん。



人には、色んなタイプがいる。はっきり明確に表現した方がいい人もいれば、微妙なニュアンスを楽しみたい人もいる。それぞれに合った、メッセージの伝え方ってものがある。だからホラー映画好きの人といっても、好みは千差万別でいいのだ。


そういう意味では日本のホラー映画は、情感に訴える部分が大きいと思う。もちろん、アメリカ映画にも良質のものがたくさんありますが、やっぱりカラーが違うんですね。本作は、Jホラーの長所をうまく取り入れている部分が多いような気がします。日本も、アメリカから多くのものを取り入れて自分たち流にアレンジした恩があるので、日本のいいところもドンドン生かして下さい。



本作のベースになっているのは、たぶんロバート・ワイズ監督の 「たたり」 ではないかと。あれは20代の頃にレンタルビデオで見てゾクゾクしましたねえ。音だけであんなに恐がらせる表現方法に舌を巻いたものです。本作の音響効果を楽しむためにも、ぜひ映画館で体験しましょう。


デートで行くなら、恐がりな女の子を誘いますか?でもわかんないよ、男の方がびっくりしちゃうかもしれないから…ウッヒッヒ。だから、恐がり同士のカップルがベストかも。手に汗を握って、彼女の手も握って、ハートバクバクでコーフンしましょう。今しか体験できない傑作を、どうぞお見逃しなく。


キミが悪霊だったらどうするか。俺なら、こんなアプローチはしないですね。もっと丁寧に、ねちっこくやっちゃうかも…さあ、想像力をドンドン広げましょう。 …ああ、今夜はきっと眠れない!





【鑑賞メモ】
鑑賞日:2月8日(月) 劇場:T-JOY新潟 21:25の回 観客:約15人

途中から、やたらとゾロゾロ入ってきました。1人で見に来ている女性もいました。姉さん、なかなかいい度胸ですなあ。 しっかしまあ、言いにくいタイトルだこと。『…アブノーマル何とか、1人。』 って言いそうになっちゃった。(エロ映画じゃねえっつーの) 年配者にやさしいタイトルを希望します。


【上映時間とワンポイント】

1時間26分。あっという間のようで、長く感じられる尺ですね。楽しい時間になるか、恐怖の時間になるかは、観客の心掛け次第。エンディングの最後まで、しっかりとご覧下さい。

余談ですが、パンフ記事によると、スピルバーグのおっちゃんが映画の一部をいじくったらしい。よくあることですが、いらんことするよなあ。さすがはアメリカ。「スナッフ」を思い出しますね。オリジナルの方はどうだったんでしょうね?


【オススメ類似作品】


「たたり」 (1963年アメリカ)

監督:ロバート・ワイズ、原作:シャーリー・ジャクソン、出演:リチャード・ジョンソン。モノクロ映画であること自体が、すでに映像効果あり。音響効果だけで恐怖を感じさせる手法がスゴくて、しばらくトラウマになった1本。「サウンド・オブ・ミュージック」を監督したおっちゃんと同一人物であることが、もっとスゴい。


「アザーズ」 (2001年アメリカ)

監督・脚本・音楽:アレハンドロ・アメナーベル、出演:ニコール・キッドマン。上記作品と同様、スプラッター色を一切使用しない演出効果が際立った1本。血やグロが苦手な人も、安心して恐がれます(笑)。


「箪笥」 (2003年韓国)

監督・脚本:キム・ジウン、出演:イム・スジョン。心霊現象と精神異常の世界が、見事に融合した傑作。姉妹って、なかなか奥が深い世界ですね。この映画も、音響効果が抜群だったので、劇場で見られた人は幸運だったと言えるでしょう。ちなみに俺は、劇場に3回行きました。イムちゃんはエロい。


「牡丹燈籠」 (1968年大映)

監督:山本薩夫、出演:本郷功次郎。死者が生きた人間をストーカーする映画といえば、やっぱりコレでしょう。日本のホラー映画の中でも、トップクラスの傑作。こんな女が毎晩訪ねてきたら、男はどうなるかわかんないよなあ。残念ながらDVD未発売なので、レンタルビデオ店ではVHSをお探し下さい。




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2010-02-07

サロゲート

テーマ:洋画

ダイ・ハード VS ターミネーター。 …アナログオヤジをナメんなよ!


実に、27日ぶりの映画館。路面は凍結するわ、ブリザードは吹くわで最悪の道路状況でしたが、もうガマンならん。意地でも行くぜ。行かなきゃもう死んでしまう。根性・根性・ド根性! …おおお、見えてきたぞ、麗しの映画館。うれしいな、うれしいな。あ~、スクリーンってどんな形をしてたっけ。


“surrogate” とは、“代理、代行者、代用品” という意味。映画では、“身代わりロボット”の名称として使われています。タイトルは “surrogates” と複数形なので、身代わりロボットがいっぱい出てくるお話…ってことで。確か松田聖子の映画で、「サロゲート・マザー」というのがありましたが、あれは代理出産の話でしたな。


監督は、ジョナサン・モストウ。「ターミネーター3」のおっちゃんですな。シリーズ中、最もヒドかった作品を世に送り出した男が、ダイ・ハードおやじと組んで何かを仕掛けるらしい。原作は、ロバート・ヴェンディティのグラフィック・ノベル(要するにマンガ)。脚本は、同じく「T3」のジョン・ブランカトー&マイケル・フェリス。


出演は、ブルース・ウィリス、ラダ・ミッチェル、ロザムンド・パイク、ボリス・コドジョー、ヴィング・レイムズ、ジェームズ・クロムウェル。デヴィン・ラトレイ。


さて、映画ですが、かなりテキトーな作品に仕上がりました。細かいことを気にしていると楽しめません。何せディズニー系のタッチストーン製作ですから。毒は少なく、難しい内容は省略しきってます。純粋に、空想SF感覚をふくらませて笑い飛ばしましょう。


近未来。人間社会には、サロゲートと呼ばれる身代わりロボットが登場。自宅にいながら遠隔操作をして社会生活を営むことが当たり前になっていた。絶対安全と言われたシステムであったが、奇妙な殺人事件が発生したことから、その安全神話が崩壊していくのであった…。



主演は、ブルース・ウィリス。役柄は、FBI捜査官。髪フサフサで登場したその風貌は、見るからにニセモンくさい(爆笑)。気持ちはわかるけど、画面を見て吹き出してしまいました。「12モンキーズ」のロン毛のズラを思い出しますな。引きこもりの初老のやぼったい男が、次第にアクションの顔になっていくプロセスをお楽しみ下さい。


ブルースの相棒を演じるのは、ラダ・ミッチェル。頬骨の張った、気の強そうな姉ちゃんといったイメージ。この女、なかなかカマしてくれます。中盤から後半にかけて、結構笑かしてくれました。「T3」のクリスタナ・ローケンよりいい素材だったりして。


注目したいのは、預言者役で登場したおっさん。見たことある顔だなあと思っていたら、何とヴィング・レイムズでした。「パルプ・フィクション」でカマ掘られたマフィアのボスですな。確かブルースが日本刀を振り回して助けたんだっけ。2度目の共演になるのかな。本作では、ズラ対決。さあ、どっちが笑えるか?



サラッと流したような映画ですが、よく考えると色々と面白い。だから、映画を見た後であれこれ妄想しましょう。何が楽しいかって、中盤で見せる、生身のブルースとロボット姉ちゃんの鬼ゴッコです。このロボは、跳躍力もなかなかの性能。それを追いかけるアナログオヤジがダイナミックでカッコいい。あっはっは、やっぱり彼はマクレーン刑事ですな。「ダイ・ハード4.0」とおんなじでした。とにかく、ぶっ壊さなきゃ始まらん。


サロゲート役で登場する俳優たちは、無表情で個性がないので、演技にいいも悪いもありません。だからこの映画は、登場人物が少ない印象を受けました。サロゲートがウジャウジャいる社会って、あんまり気持ちよくないかも。そこが、オヤジの発火点となるんでしょうな。 …くそう、こんな機械じかけの世の中なんて許せねえ!



便利な道具には、必ず長所と短所がある。使いこなせば絶大な力を発揮するが、使い方を誤れば弊害が生まれる。車だって、エアコンだって、パソコンだってケータイだってみんなおんなじ。


人間に個性があるように、道具にも個性がある。大事なのは、それを通して磨かれていく感覚だと思う。手足のように使いこなせるようになれば、もうそこには心が入っていますから。


映画のブルースが主張するのは、皮膚感覚なんだと思う。人間同士のダイレクトなコミュニケーションがあってこそ、成立することはたくさんある。アメリカ人は握手と抱擁とキスの文化だから、相手に触れられないと不安になるのかも。だから、日本人には日本人のサロゲート文化があるような気がします。



何でも直接伝えればいいというものでもない。何かの事情でそれができない人もいるし、面と向かわない方が言いたいことが言える人もいっぱいいる。チャットやメールだって、立派なコミュニケーションツールなのだ。それぞれの身体的事情、精神的事情に合わせた手段を、自由に使いこなせたらいい。年賀状メールとか、ネット初詣だってできちゃう世の中なんだから。


本作にはロボットがいっぱい出てきますが、ロボット単体で動くのではなく、あくまでも人間が操作している点に注目したい。ロボットを操るのはあくまでも人間だから、ロボットを通して磨かれていく感性もあるんでしょう、たぶん。映画自体はオヤジ目線でくくっているような感じがあるので、ロボットは悪役といったイメージになっちゃう。それは、ちと淋しい。



皮膚感覚とか、素の感覚というものは、どんなに文明が発達してもなくならないものだと思う。人間の本質自体は、いつの時代でもそんなに変わるもんじゃない。昔だからいいとか、今どきはダメになったとか嘆く前に、物の本質を自分の感覚で捉えたい。自分だって、そういう世の中を作ってきた一員なのだから。


俺は、新しいものや新しい発想というものが好きです。だから、変てこなものが好きだし、変な友達もいっぱいいる。毎日、脳が活性化するから面白いのだ。おかげで波乱万丈な人生だけどね。嘆いていてばっかりでは何も始まらない。できるだけ、楽しい方向に考えたい。カラ元気だって、元気のうちなんだからね。



最近は、大雪の影響で映画館にずっと行けなかったもんで、サロゲートシステムで映画館の映像を楽しむことができればなあ、なんて思ったりしてました。でもね、やっぱり素の感覚で味わうのがいいことっていっぱいあるもんです。凍った路面を運転するのは疲れるけど、やっぱり映画は映画館で見るのが一番いい。


無理だなあ、大変だなあと思っているうちに、時間はどんどん過ぎていく。どこかでふんぎりをつけないと、自らの決断で行動しないと、何も始まらないことがある。動き出したら止まらない。行き着くとこまで行くさ。そうだよね、マクレーン刑事。傷は男の勲章。汗は男のシャワーコロン。加齢臭こそ男のフェロモン。アブラカダブラ、脂ギラギラ。



映画は中途半端なところで終わっちゃいますが、それだけに、その後の妄想がいっぱい湧きました。俺だったら、もっと違う使い方をするがなあ。あんなことや、こんなことに使ってみたい…うっしっし。


あのロボットの機能には、どんなものがあるんでしょうね。あんな機能や、こんな能力もあるんでしょうか。やっぱりここまでが標準装備で、そこからはオプションになります…なんてね。



“乗り物”を変えれば、誰にでもなれるというのもスゴい。こりゃあ、出会い系サイトの詐欺なんてもんじゃないですな。お色気ロボットやゴスロリロボット、美少年美少女ロボットとか動物系とか…ううむ、やっぱり人間はエロい方向へ考えるのが一番、脳が活性化するんですねえ。


やっぱり、究極のロボットはダッチワイフだと思うんですよ。介護ができて、下の世話ができて、アッチの世話もしてくれる。いざとなれば、怪力で守ってくれる。う~む、スバラシイ。そういう老後を過ごすのも悪くない。ヨボヨボになったら、ロボロボの世話になりましょう。



ロボットは、少年の憧れである。もし自分の生活にロボットが登場したら、あんなことやってみよう、こんなこともやってみよう。そんな風に考えたい。恐いとか、キモチワルイとか言ってたら、前に進めないもんね。ロボット、いいじゃん。ロボットのいる生活…何だかワクワク。下ネタとか、いっぱい教えちゃおうっと。


人造人間、改造人間、アンドロイド、ヒューマノイド…う~、何だかコーフンするなあ。早く来い来い、俺のロボット。生きてる間にぜひ実現してもらいたいもんです。最新型は高いだろうから、くたびれた中古品で充分。俺が心のケアをして、失った自信を取り戻させてあげるからね。その代わり、ちゃんと働けよ。名前は何にしようかなあ。(もう手に入れた気でいる)



ただ、科学者のみなさんにこれだけはお願いしたい。それは、魅力的なデザインにして欲しいということ。嫌悪感を抱くような容貌は、争いの種ですから。それは、美的センスが要求されるから、ちゃんと皮膚感覚で考えてね。


モバゲー、エロゲー、ネットゲー、そしてサロゲー。ウチのサロゲーなんかさあ、なんていう会話、してみてえ!




【鑑賞メモ】

鑑賞日:2月6日(土) 劇場:ワーナーマイカル県央 1番スクリーン 観客:1人。

久々に行った映画館は、貸切で歓迎してくれました。悪いなあ、ブルース。俺1人のために。よしよし、ちゃんとパンフ買うからね。


【上映時間とワンポイント】

1時間29分。実にコンパクト。日本のロボット科学者である石黒浩教授が、冒頭にチラッと出演します。自分とおんなじ顔のロボットを作って遠隔操作してるおっちゃんだそうな。


【オススメ類似作品】


「アバター」 (現在公開中)

監督・脚本:ジェームズ・キャメロン、出演:サム・ワーシントン。アバターと呼ばれる代理ロボットを操縦して、異星人の社会に溶け込む…う~ん、なんてサロゲートな物語。これを3Dでやるから、ますますトリップ感が増幅。面白い体験ができますよ。さあ、お立会い!


「HINOKIO」 (2005年松竹)

監督・脚本:秋山貴彦、出演:本郷奏多。ピノキオではなく、ヒノキオです。不登校の少年が遠隔操作して、代理ロボットを学校に登校させるという、トンデモな物語。ヒロインで登場する多部未華子の、かわい気のないところがかわいい。やっぱり彼女は、ムスっとした役柄の方が映えますね。


「ZOO」 (2005年東映)

監督:金田龍、原作:乙一、出演:小林涼子。5話で構成される、オムニバス映画。オススメしたいのは、アニメーションのパート。美少女介護ロボットの目を通して、人間の死に様を考える深い物語。タイトルは、忘れちゃいました。


「銀河鉄道999」TVシリーズ「大酋長サイクロプロス」

原作:松本零士、声の出演:野沢雅子。何話目かはわからんのですが、科学者のおっさんが1人で惑星に住み、自分とおんなじ姿のロボットをいっぱい作っているというお話です。鉄郎のセリフが印象的でした。『…自分がウジャウジャいて、キモチワルくありませんか?』 ちなみに、原作マンガの絵柄の方が、おっさんがかわいい。




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