阪神淡路大震災から22年の今日
ふるさと淡路島に帰ることができました。
寒波の寒さも緩み、風もなく
紀淡海峡も望めるすばらしく見通しのよい日でした。
窓が汚くて、画像が汚いですが・・・とてもきれいでした。
何が映ったのか、こんな面白い写真もありました。
この日とルミナリエの日に思い出すのは、ブログで知りあった加藤りつこさん、貴光さん親子さん。
貴光さんは神戸大法学部2年だった平成7年1月、下宿先の兵庫県西宮市のマンションが全壊し,亡くなりました。
入学後お母さんに送った手紙が「親愛なる母上様」です。
あなたが私に生命を与えてくださってから
早いものでもう20年になります
これまでに
ほんのひとときとして
あなたの優しく
温かく
大きく
そして強い愛を感じなかったことはありませんでした
私はあなたから多くの羽根をいただいてきました
人を愛すること
自分を戒めること
人に愛されること
この20年で
私の翼には立派な羽根がそろってゆきました
そして今
私はこの翼で大空へ翔(と)び立とうとしています
奥野勝利さんが見つけ、歌にしました。
貴光さんは息子と同い年の丑年
息子は厄年も過ぎたいいおっちゃんになりましたが
りつこさんには貴光さんはいつまでも青年なんですね。
私がお宮参りに行ったであろう洲本八幡様にも行くことができました。
八幡さんから見た三熊山のお城です。
ふるさと淡路島に帰ることができました。
寒波の寒さも緩み、風もなく
紀淡海峡も望めるすばらしく見通しのよい日でした。
窓が汚くて、画像が汚いですが・・・とてもきれいでした。
何が映ったのか、こんな面白い写真もありました。
この日とルミナリエの日に思い出すのは、ブログで知りあった加藤りつこさん、貴光さん親子さん。
貴光さんは神戸大法学部2年だった平成7年1月、下宿先の兵庫県西宮市のマンションが全壊し,亡くなりました。
入学後お母さんに送った手紙が「親愛なる母上様」です。
あなたが私に生命を与えてくださってから
早いものでもう20年になります
これまでに
ほんのひとときとして
あなたの優しく
温かく
大きく
そして強い愛を感じなかったことはありませんでした
私はあなたから多くの羽根をいただいてきました
人を愛すること
自分を戒めること
人に愛されること
この20年で
私の翼には立派な羽根がそろってゆきました
そして今
私はこの翼で大空へ翔(と)び立とうとしています
奥野勝利さんが見つけ、歌にしました。
貴光さんは息子と同い年の丑年
息子は厄年も過ぎたいいおっちゃんになりましたが
りつこさんには貴光さんはいつまでも青年なんですね。
私がお宮参りに行ったであろう洲本八幡様にも行くことができました。
八幡さんから見た三熊山のお城です。