2006-07-22 14:15:29

先生ごっこ

テーマ:今日の質問

学習教室でのこと。


毎週、教室に来たらすぐに黒板を使って先生ごっこをする小2の子がいる。


黒板に「きょうのめあて」なんかを書きながら

「はい、ちゃんと書き写して。ふざけるんじゃありませんよ。とくに○○君、まじめに書くように…」

なんて命令口調で言っている。


○○君って実在の人物だろうか?

なんて想像しながら聞いている。


でも、ずっと命令口調・叱り口調がつづくので耳障りになってくる。

「だめでしょ。言ったとおりにやらなきゃ。どこに耳つけてんの? …」


ここで口をはさむ。

「うるさいから隣の部屋でやって」

「一人はいやだ」

「じゃあ、やること全部やってからやりなさい」

「わかった」


とここからやっと勉強が始まる。


少したつと

「頭がいたい。量を半分にして」

と交渉してくる。

早く終わらせて、また先生になりたいらしい。


「だめ、全部やるの!」と言ってみる。

何度か交渉してきたが、ようすを見ていたら体調はよさそうだし

量的にもむりはなさそうだ。


こちらが折れないでいると観念したのか

「おかあさんが迎えに来る前に黒板に書きたいんだ」

とつぶやく。


そこから猛スピードで学習がはじまった。

いつもなら「休憩したい」と言ったり

受話器を持って、お仕事ごっこをしたりするのだが

今日は最後まで集中していた。


学習をすべて終え宿題を決めたときには

他の子は帰っていたので

心置きなく先生ごっこを再開していた。


チョークの粉が散って息苦しい気がしていたし、近くにある私の机に粉がふってくるので

黒板を使わないようにしていたのだが

ほとんどの子は絵を描いたり、問題を解いたりと黒板を使うのが楽しそうだ。


夏休みは配置換えをして黒板を使えるようにしようかなあっと。


そんなにおもしろいのなら

2006-05-05 00:34:15

修業 卒業?

テーマ:今日の質問

昨日は、「今日も絵を描いて、楽器の練習をして…」と、子どものようにわくわくする始まりだった。ところが、今朝は同じ絵と楽器のことを考えてもなんだかワクワク感がない。むしろ、修業のように感じてしまった。そこで、ガイドに「修業とエンジョイすることの違い」について聞いてみた。


 ガイド 「修業の感覚は、太古の時代の生き残ること(サバイバル)を目的とした行動のなごりからきています。楽しむときには、音楽や絵画といったカテゴリーで考えないでください。音を奏でるとき、絵を描くとき、そのときのフィーリングを思い起こしてください。毎日、音や絵に触れることはすばらしいことです。


しかし、毎日することにとらわれないでください。日課を決めることはすばらしいことですが、同時に決めたことを壊すこともすばらしいことです。もしかしたら求めているフィーリングは新たなことからやってくるのかもしれません。音楽や絵画といったカテゴリーや日課をこなすことに夢中になるのではなく、フィーリングに目を向けることで豊かさがおとずれてきます」。


続けて聞いてみた。

「豊かさってなんですか?」


 ガイド 「冬の曇り空を思い浮かべてください。それは一見世の中を暗くするものですが、同時に暖かさを保つ働きをすると同時に雪や雨を降らせることで水の恵みを与えてくれます。しかも、その瞬間から雪解けまで多くの時を通して潤いを与えつづけてくれるのです。そして、晴れがあるから曇りがいきてくるのであり、青空と曇り空のどちらか一方だけがすばらしいというものではありません。


人類は、日の光と水のある環境に生まれてきたのです。そのどちらをも必要としています。豊かさとは一つのものを手に入れることではなく、連続・つながりに目を向けることです。流れに乗ることです。豊かさの瞑想が手に入ったようにあなたはいつもサポートされています。それを受け入れてください」。


豊かさって流れのことなのかあ。

ついでにもうひとつ質問してみよ。

「やりたいと思うことでも次の日になるとめんどうくさいと思うことがよくあります。それはどこからやってくるのですか?」


ガイド 「やりたいことであるにもかかわらず、それがめんどうだという気持ちは目標を達成したいとかできるようになりたいという気持ちからきています。それは今のままではいけないという漠然とした不安の裏返しです。


あなたは、何もしない時間を恐れています。しかし、なにも起こらない時間はないし、なにもない空間もありません。あなたがやらなくても時が熟成してくれます。ときには保留するのもいいことです。


あなたは、すでにあなたがなりたいと思っているそのものです。あなた自身を敬い、信頼してあげてください」。


そういえば、修業が好きだった。家族と過ごすのも修業、仕事も修業、そう思うと能動的にやっていけるのだった。そろそろ、そのパターンを手放したいものだ。修業の次にくることばはなんだろう?

2006-03-05 01:44:50

今日は献立の話題で

テーマ:今日の質問

この前キムチをつくる会で先生が「豚肉をごま油で炒めてから○○とキムチで煮たらおいしいよ」と言っていたのを思い出し、お昼につくることにした。


でも○○がなんだったか忘れたのでキムチの会でもらった水菜の残りと合わせて食べた。


キムチと豚の出しを水菜が吸いとってすごくおいしかった。

 

息子がパクパク食べていた。


キムチ、はやく次のをつくりたい。


先生、よろしく!



夜は、ねぎま鍋にした。


辰巳芳子さんのレシピによると、鮪を割り下で煮て、そこにネギと豆腐を加えていただくというものだったけど

ついつい家にあるものをいれたくなる。


今夜はごぼう・えのき・もやし・わかめが参加した。


中トロがおいしいらしい。


でも、とてもそれはかなわないので

ぶりと赤身の鮪と迷った末に

値段で鮪にしたのだった。


だから脂身が少なくとてもあっさりした鍋になり

スープがとてもおいしい鍋になった。


このあっさり感には、わかめはいけたな。


生魚はお医者さんから止められている母は鮪の鍋を喜んでいた。


 辰巳芳子さんのレシピを読んでから

少しばかり出しの取り方がていねいになった。

(といってもレシピ通りにはやっていないのだけれど・・・)


その出しでおからを炊いてみた。


これは自分に好評。


初めて切干大根も炊いてみた。


こちらは息子以外には好評だった。


上品な出しが取れたら、おでんを食べてみたいものだ。

2006-01-10 01:50:44

こだわっていることはなんですか?

テーマ:今日の質問

教室を片付け、机のレイアウトを変えてみた。


ものが減った分スペースができた。


教材の棚もまだ印刷されていないところには空きがある。


空きがあることはベストじゃないけど早く教材を作ろうという意欲がましてきた。


やはり整理をするのは気持ちがいい。


整理していたら今の教室に移るときのコンセプトワークがでてきた。


内容はともかく、なんとか良いものにしたいという心意気が初々しい。


そのとき影響を受けていた編集工学の成果も見て取れる。


今現在は何年ぶりかに一人で教室をやることになった。


そこで何をやろうとしているのかとあらためて考えると

なかなかスパッと出てこない。


でも、伝わっていくのは私がこだわっているものだろう。


● こだわっていることはなんですか?


いろいろあるけど、教室というフィルターをかけて書き出してみると

「楽に生きる」ということだ。


今のような「学習内容と方法を最終的に学ぶ人が選ぶ」というやり方への執着は

自分で選べば楽になる」という私の経験からきている。


同じことをやるにしても「ああしてみよう」、「今度はこれをやってみよう」と

モチベーションが高まることが多い。


遊び心も生まれやすい。


まあ、これは私の体験にすぎないのかもしれないけれど

私は「どれが楽に行ける道なのか」を探求することが好きで

学ぶことが好きなんだ。


話は変わるが、教育学者の村井実さんが言っていた「だれもが善く生きようとしている」という言葉が忘れられない。

「善さに向かって生きている」、これほどシンプルなことはない。


今のところ「楽」が私の「善さ」なんだ。


「楽」のかぎは「自分の中心」にある。

中心は感覚。

感覚を基準にする。

だから、自分で選ぶことが基本。


「だれもが善く生きていることを認め合う教室」

そんなことが実現したらいいなあ。


「教室」を楽しめ自分!


--------


なんてことを考えるきっかけになったのは教室にスペースができたからだろう。

スペースはいいなあ。

2005-09-07 19:30:37

「なにをしているときが元気なの?」

テーマ:今日の質問

毘沙門天


奥さんの買い物に付き合ったのだけれど、

途中から私の機嫌が悪くなり、

迷惑をかけてしまった。


帰り際に「どうしたら元気が出るん?」と聞かれ、


「1時間マッサージしてもらったらかなあ」と言うと、


「人に頼るんじゃなくて、なにをしているとき?」。


「神社めぐりをしているとき」と、答えていた。


帰ってメールチェックをしていて、上の話を思い出した。


日が暮れようとしている。


今行かなければ、道が見えなくなる。


近くの山の毘沙門天に出かけた。


台風の後で、道がとおれるかどうか心配だったが、

幸い小さ目の木が2本倒れていただけで、

なんとか通れた。


車を降りると、静かだった。

せみや虫はにぎやかに鳴いていたけど、

静けさに「うおー」って感じだった。


山の上の松の木陰から三日月と金星(?)が見えた。

暗くなりにつれて、輝きが冴えてきた。


帰りには、ろうそくを奉納して、ひとりキャンドルナイト…。


 奥さんから元気がないことについてもう一つ言われていた。


「そういうときは、エネルギーがたまっているんじゃないの?

最後に一言決めようなんて思わないで、

出していけばいいんだよ」。


そうか-。

奥さんの意図はよく分からなかったけど、

天の声だと思って、

「心の声に耳をすませろ」

と解釈した。


夕暮れに神社に行ったみたいに心の声を聞く。


よかれと思ってやらない。

やらなければならないと勝手に思わない。


と決めた。

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