★ 今日の一言 「愚痴れば、前に進む力が弱くなる」
NHKの番組で2時間近く、戸井十月さんのインタビューを中心に小野田寛郎さんの半生を観た。
当然ながら壮絶な人生だ。
そうなったのは「負けず嫌い」だったからだという。
少年時代は、「お金はいらない」という父親と衝突し、17歳で商社マンとして中国にわたり、青春を謳歌する。
それから召集され、しばらくして陸軍中野学校に入隊。
そこは、やみくもに「天皇陛下万歳」ではなく、「なぜこうなっているのか」を自由に議論する風潮があったという。
なぜなら、中野学校はゲリラ戦とスパイ戦を戦う兵士を育成するところなので、目的をはっきり理解したうえで一人でも任務を遂行する必要があったからだ。
小野田さんがフィリピンに旅立つ前に日本の劣勢は明らかで、それを理解したうえでその後の戦略を立ててルバング島に向かった。
だから、3人で島に取り残されても、銃撃戦で仲間を失い、一人になってもそのつど目標のために戦略を立て直し、任務を遂行した。(あれこれ考える暇はなかった。24時間戦闘態勢だから)
その冷静さがあったから30年という長きにわたって島にとどまることになったのだという。
そして、帰国後、もらった見舞金を戦友の眠る靖国神社に寄付したことで『軍国主義を復活させる動き』と批判を浴びたことで、そんな人とはいっしょに暮らせないとブラジルに渡り、苦労の末農場を開く。
それが、一段落すると日本の金属バット殺人事件がきっかけで、日本の山奥で自然塾を開く。
それは、「私が17歳で父親から離れたように、衝突が避けられないなら、そこから離れたほうがいい。離れられるくらい成長すること」だと考えたからだと小野田さんは話す。
「目標があれば、思い切れる。ほかのことを切り捨てられる」と小野田さんは語っていたが、
負けず嫌いだから衝突する、衝突を避けるために離れる、そこでは過去のことは忘れて、
目標のためには愚痴らず、つねに前を向く。
それが、小野田さんの生き方らしかった。