2006-11-21 23:23:20

今も役立っている二つの言葉。

テーマ:ブログ

 一つは、「人生は体験だ!」。これはシャーリーンフォードというアメリカの女性から聞いた言葉。「人はなにかを体験するために生まれてきた」と彼女は言う。それまで、なにか一つの理想的な姿になるために生きているのではないかと思っていた私にとっては衝撃的な言葉だった。「体験」だったら、なんでもありじゃないか。だれがなにをやっていたって、必ず経験になるのだから、その人を変える必要がない。




 もう一つは、教育学者の村井実さんから聞いた「人は善く生きている」。たしかアリストテレスの言葉だったと思うけど、「みんなそれぞれの善さに向かって生きている」んだそうだ。この「善さ」という言葉がいまだによくわからない。だけど、それぞれの「善さ」に向かって生きているんだったら、これまた人の生き方を変える必要がない。「それぞれの」を認め、応援するだけで十分だ。


2006-11-15 23:23:48

逃げて 出口がある

テーマ:ブログ

苦しんでいる子たちには『逃げて』と言いたい。布団の中に潜って一日中いたっていい。死ぬくらいならうずくまっていればいい


という あさのあつこさんのコメントに共感した(山陽新聞11/15付け)。


生きていると、自分を囲っていた壁がいつの間にか扉になっていて向こう側に開くんだ、出口があるんだと分かる経験がきっとある。

 わたしの場合は『書く』ということだった。高校に入って国語の宿題で五十枚の短編を書いた。先生が熱心に朱を入れてくれて『雰囲気のある作品』と言ってくれた。大人からみたら笑っちゃうようなささいなことだったけど、そのときの快感は生きるに値するものだった


 「生きるに値する快感」を覚えたのは、いつのことだったろう。


なにかのワークショップで、自分の生き苦しさを表現したときだったと思う。

つねに緊張していること、ストレスを感じていることを話し

怒りを人やモノにぶつけた。

おおっぴらに感情をあらわにしたのは成人して初めてのことだった。


その快感を覚えてから、感情の発散の次にはなにがあるのだろうと好奇心がわいてきた。

癒されたあとには探究心が待っていた。

自分への興味と関係性への関心。


あるとき「kusukusuさんは自分への興味が強いから」と言う友人に

「あなたの方がよっぽど自分への関心が強いでしょ。さっきからすっと自分の話をしているんだから」と言うと

「私は表現することに関心があるけど、kusukusuさんは変わっていくことに関心があるでしょ」と言われた。


当たっていると思った。

変わることへの関心、臆病な私が変わることに関心が向かったのは癒されたという心地良さを味わってからだ。

もちろん今も臆病さをかかえながらだけれど。


そして、瞑想や自己編集など私とその先(その奥?)にあるものに関心が向かっている。

癒されながら新しいテーマにとり組む日々だ。

そして、今も迷い、恐れることの多い私だけれど

それでも あさのあつこさんの言葉に共感する。


出口はきっとある。

だから逃げられるだけ逃げればいい。

逃げるたって、あることから逃げているだけで、あることには向かっているかもしれない。

たとえば、だれかの目や言葉から逃げているけど、本や自分の内側に近づいていることだってあるだろう。


でも、出口はゴールじゃない。

書くことや瞑想やなにかに出会ったって

そこが終着駅じゃない。

山あり谷ありの人生が続いていく。


それでも

人生はどんどんよくなる。

今のところ、そう信じている。

2006-11-12 01:30:07

愛という感覚がわからなかった

テーマ:クスクスサロン

来襲は「慈愛」のセミナー。


好きな瞑想のひとつだ。


癒し、許し、愛し…


癒され、許され、愛される…


とても貴重な体験


振り返れば、「愛」という感覚がわからないとずっと思っていた


愛する、愛されるという感覚がわからなかった


相ノ内冷たい人間なのだろうかと疑ったりもした


あるとき、たしか内観だったと思うけど

赤ちゃんのときの感覚がよみがえったことがった

母親から名前を呼ばれたとき 体から黄金の光が放たれた気がした

とても幸せだった

無償の愛だと思った


それからずいぶん時がたち

「慈愛」の周波数を知った

無条件に愛されていることを知った


「慈愛」は仏や神やその他の存在によってもたらされ

きっとまわりにみちみちているんだろう

自分の中にもあるんだろう


それを忘れ 離れたとき

孤独を感じ 虚しさを感じ

攻撃的になる


この前、教室でつい攻撃的になってしまったことがあった


子どもが鏡だとしたら

私を愛し 子どもを愛し

慈愛で護られていることを思い出す必要がある


今日ハミングボールという方法を教わったので

その子に愛を送ってみた

とても気持ちがよかった


その感覚をいつも味わいたいものだ

そうやって少しずつ少しずつ成長していくんだなあと思う

「慈愛」に寄せてそんなことを思った

2006-11-10 23:54:15

メッセージが道具

テーマ:クスクスサロン

「オープニング・トゥ・チャネル」のセミナーを終えての感想を話し合っていたとき

「メッセージが道具になっている」という方がいた。


どういうことかとたずねると

「前回のチャネリングで聞いたことは、覚えようとしていないのに覚えている。だから、普段の生活で無意識のうちにやっている。それは、(ガイドが)私のよさを尊重してくれて、できることを言ってくれたから。だから、本質的で使えるんだと思う」

というふうに説明してくれた。


それを聞いてすごくわかるような気がした。


ガイドの慈愛にあふれた言葉は、否定されることがなく、いつも応援してくれているように感じるからだ。


だから、メッセージが実践可能な道具になるんだ、なるほどね。


2006-11-10 00:43:41

フィーリング

テーマ:クスクスサロン

キャッスル・イン・ザ・スカイ主催のマインドシリーズ「インスピレーション 真正の自己」

というセミナーを受講したのは10月のはじめ。

自分の中では最高だったフィーリングも薄れかけてきたころライブ録音の教材が届き

再びフィーリングがよみがえりはじめている。


マインドシリーズのようなアドバンスセミナーは

「ライトボディの覚醒化セミナー」が入り口となる。


クスクスでも3月からセミナーを企画中。

明日を含め、12月、1月と体験セミナーを開く予定。

一人でも多くの方といっしょに

すばらしいフィーリングを味わい

ともに成長したいと願っている。

2006-11-07 21:10:34

ストレス

テーマ:ブログ

4日に「少しのストレスが激痛に変わる」という方のことを書いたのだけれど

思い出すたびに「それってすごいことだなあ」と思わずにいられない。


そういう病の身でなければ

ストレスを感じないように笑い飛ばすか

ストレスを感じて胃や頭に痛みを感じたり

重い気持ちになる自由がある。


そういう選択肢がなければ

物事が起こったときに即座に処理しなければならない。

きっと考えるひまなどないんだろうなあ。

2006-11-06 23:09:00

「マスターしてくるから」

テーマ:算数

先週、はじめて二桁の割り算をやったH太くんが


「二桁の割り算のやり方を忘れて宿題ができなかった」と言う。



今日、同じ問題のプリントを4回繰り返したら


1枚にかかる時間が3分の1に短縮されていた。



「今週はマスターしてくるから」と


満面の笑みで宿題を持って帰ったH太くん。



「マスターする」って、どこで覚えたのか知らないけれど


いい言葉だ。



帰って新聞を開いたら先日行ったL.アンダリック女史の講演録が


1面を使ってど~んとのっていた。



「やり遂げた達成感が生きている証し」


後援で一番印象に残った言葉が見出しとなって飛び込んでくる。



そうだった。


印象に残ったはずなのに


もう忘れかけていた。



H太くんの笑顔は


やり遂げた達成感だった。



いつも新しい単元に入ると


できないんじゃないか


と心配になる彼のことだから


なおさらうれしかったことだろう。



新聞の見出しには「子どもの自発性大切に」とある。



今日、塾の学習法について久しぶりに


いちばん☆さんに相談していたら


「はじめから自発的にみんながやる気を見せるというよりは


『自発的にやるようになる塾』


でいいんじゃない?」


と言われた。



H太くんの場合は、達成感を積み重ねて


自発性がはぐくまれているのかもしれないなあ。



「達成感」と「自発性」


久しぶりに教室の通信を書きたくなった。



そうそう、いちばん☆さんに


「個人通信を書いたら?」と提案されたんだった。



なんか書こう。


2006-11-04 23:25:25

笑い飛ばすしか選択肢がない!

テーマ:ブログ

膠原病から復活して9年という方のお話を聞いた。

復活といっても治ったわけではなく、

いつ激痛が走るかわからないという状態のまま元気で暮らしているということ。

それまでの3年間は死んだような生活だったと言っていたけれど。


だれでもストレスを感じるとからだのどこかに痛みを感じるものだけれど

その方にとっては少しのストレスが激痛になるのだそう。


その方は元気でいつも楽しげに

人のためにつくしているような生き方をしているように見えるのだけれど

なにごとも笑い飛ばしていくしか選択肢がないんだなあ、きっと。

なにせ思い煩うことが痛みにつながるのだから。


なにをするにも躊躇することがないと言っていた。

そばで見ていても疲れないのが不思議なくらいアクティブに動いている。

どん底を知ったら病気のことなど考えずやるしかないのだそうだ。

今は、幸せと感謝しかないのだそうだ。


その方は著書のサインに「今を生きる」と書かれていた。

それはかっこをつけて書いているわけではなく

素直な気持ちなんだと話を聞いてわかった。


2006-11-03 01:16:56

You raise me up 「あなた」

テーマ:ブログ

最近、アイルランド系の音に癒されている。


「May it be」は、ロード・オブ・ザ・リングのサウンドトラックだったっけ?


いやされる曲、げんきが出る曲、はげましの曲とその時々で聴きたい曲があるけど

一番のお気に入りは「You raise me up」(Secret Garaden)。


だいたいの歌詞は


落ち込んだとき、悩んだとき

あなたが来てしばらくいっしょに座ってくれるまで

静けさの中で待ちましょう


あなたが引き上げてくれる(奮い立たせてくれる)と

山の頂に立てる、嵐の海を歩ける

あなたの肩に乗せてもらえば

私は強くなる

あなたが奮い立たせてくれる

自分ではできないほどに


というような感じらしい。


この中ですきなのは 「あなた」(you)

「あなた」ってだれだかわからないところがいい。

わからないけれど確かな存在。

わからないけれどありがたい存在。

ずっと支えててきてくれた「あなた」

歌詞の意図とは違うかもしれないけれど

「あなた」があるから「わたし」があると思える。


深夜に書いているからちょっと感傷的になっているかもしれない。

でも、ついでに書きたいことは書いておこう。


「あなた」って漢字で書くと「彼方」だそうだ。

「あなた」って「かなた」からやってくる。

なんかぴったりだ。


「You raise me up」って他力的ですきだ。



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