2006-05-31 22:07:37

山と小川のあるところに住みたい

テーマ:ブログ

三滝渓


「いいところがあるから」と友人が渓谷に連れて行ってくれた。


「20、30分フリータイムにしよう」ということでしばらく岩に座っていた。


そのあとは、友人の話がうわのそらになるくらい気持ちよくなっていた。


「どこに住みたいかという場所の景色がたいせつ」と昨年、愛知県から鳥取県に移った彼は言う。


こんなふうに座れる場所があって、家の前にはきれいな小川が流れているところがいいなあ。


渓谷の後は「白兎伝説」を研究しているという彼の案内で神社めぐり。


八上姫と大国主の仲人を白兎がしたという話や白兎は明治以前には日本にいなかったという話を聞く。


そして、山の上にある巨大風車を見物。


3機の巨大な羽がびゅんびゅん風を切る音は迫力十分だった。


その風車は今年、321戸(5月28日現在)の民家分の電力をつくった計算になるそうな。


なかなかエキサイティングな時間だった。

2006-05-29 18:00:39

謝りたいこと

テーマ:ブログ

朴慶南さんと小室等さんの対談を聞いた。


小室さんは起きたらすぐに奥さんに謝ると言っていた。

それまで奥さんに対して言葉でねじふせていたりしたことを思い返すと

すべて私が悪い」と反省したからだそうだ。

「いったいなにをしでかしたのよ」と怪しまれたら

さらに2回目の「ごめん」を言うのだと。


私自身はそんな心境には至っていないが

にこやかにサウンドチェックをする小室さんを見て

謝りたいことが思い浮かんだ。

(今回はスケジュールの都合で事前にリハをする時間がなかったそうだ)


コンサートを開いたことのあるファンの方(Nさん)の紹介で

今はなき西岡恭三さんのコンサートを開いた。

イベントホールを持っていた感謝に勤めていたときのことだ。


そのとき西岡さんとほとんど話した記憶がない。

会社の仕事としてしか考えていなかったので

どんな歌なのか、どんな人なのかに関心がなかった。

なので、もてなしはすべてNさんにおんぶに抱っこ。


昨日、小室さんは言っていた。

「女性たちの主催の時には頼んでおいた譜面台がないなどの落ちがある。それでも終わってみればこぼれているものがない。男性主催だと準備から最後の挨拶まで落ちがない。でも、譜面台を準備し、だれが挨拶をし、時間通りに終わらせることがすべてになる。コンサートの中身には関心がない」。

(紋切り型の話になったのはおそらくジェンダーの話題のあとだったからだと思う)


まったく当時の私もその男性そのものだった。

いや譜面台にさえ関心がなくコンサートを開き

会社の宣伝をするということだけに関心があった。

そして、実際は宣伝をするということさえも楽しみではなかった。


そんな状況でのリハで西岡さんはギターのピックを投げ捨てて怒っていた。

天井が低く演奏環境としては最悪で音響チェックがうまくいかなかったのだ。

私はそんなことも想像すらしていなかった。

以前フォーク系の方のコンサートに会場を貸したことがあったので

今度も大丈夫だろうとたかをくくっていた。


そんな状況で協力してくださったNさん

来てくださった西岡さんとバンドの方

PAを担当してくださった方

観に来てくださった方

その他裏方として協力してくださった方

には心から謝りたい。

他のイベントでも多忙な中来てくださった

建築士さん、インテリアコーディネ―ターさんなどに

不義理をしてしまった。

思い出しただけでも顔から火が出そうだが

今は素直に謝りたい気持ちでいっぱいだ。


そして謝りたいと思ったときから

感謝ということばが浮かんできた。


(どうして「誤る」と「感謝」に同じ字が使われるんだろうと思ったら

「謝」ってもともとは「別れのことばをのべて立ち去ることをいう」のだそうです。

(「常用字解」白川静)


どうもありがとうございました。


小室 等
人生を肯定するもの、それが音楽
2006-05-22 00:19:09

島唄

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奄美島唄


ライトボディの覚醒化セミナーを終えた帰りの車の中

島唄が流れてきました。


FM「YAJIKITA ON THE ROAD」の奄美大島特集でした。

私が耳にしたのは「むちゃ加那節」と「綾蝶(あやはぶら)節」(美しいチョウチョ)でした。


男性の裏声が美しく哀しく聞きほれてしまいました。


なんでも奄美は昔から女性を大切にしてきたので

唄も女性のキーに合わせたら男性が裏声になったんだとか。


奄美の歴史の話も聞きました。


19世紀に鹿児島の支配下に置かれたときには古文書がすべて焼かれてしまったそうです。


そこで琉球、鹿児島、アメリカなどの支配下におかれたため島の人たちは苦労をしてきた

その歴史を唄にして受け継いできたのでした。


だからうら哀しい唄になっていたんだと納得。


教育もなにもかも唄にたくして伝えてきたそうです。


でも今ではことばがわかる人が減ってきているそうで

表面的な技術だけができてもだめなんだと

3人の民謡日本一を育てた坪山さんは語っていました。


歴史を理解し

ことばを理解し

意味を理解しなければ島唄にならないんだなあ。


若い人たちはどう考えているんだろう?

2006-05-16 23:39:30

W杯の裏で

テーマ:ブログ

うちに届いた地方新聞のトップ記事はサッカーW杯だった。

それは当たり前だと思うんだけど共謀罪法案の強行採決の可能性があり16日、17日ごろがヤマ場だという話を聞いていたので、どうなっているんだろう? と新聞をめくってみたが記事が見当たらない。


そしたら30面にあった。

強行採決するな 井上ひさし氏ら声明」という見出しが。


井上氏(日本ペンクラブ会長)のお父さんは治安維持法違反容疑で3回逮捕され陰惨なことになったそうだ、

農地解放を主張しただけなのに。

「共謀剤もできればこういうことになる」という。


さらに「国旗国歌法ができた時、政治家は強制しないと言った。今は日の丸・君が代に背を向けた教師は処分される。いったん法律ができればそうなってしまう」と政府や与党の説明に不信感を表した。


と記事にあった。


教育基本法の審議がはじまり首相は「強制しない」と説明しているとテレビのニュースで流れていたり、相変わらずサマワはぶっそうだ、いや平穏だとよくわからないし、なんだかうやむやなままかなりのスピードでものごとが動いているような…。

2006-05-14 01:59:08

子どもには体験する権利がある。

テーマ:ブログ

息子を送ったあと立ち寄った喫茶店で読んだ雑誌に感動して

その話を書いていたら消えてしまった。

気を取り直し昨日の「宇宙の流れ」ににょろくんからコメントをいただいていたので書いてみる。


 子どもの問題(成長の流れ)を 親がせきとめてしまうって、往々にありますよね~。子ども同士のけんかは、当事者じゃない親どうしがアレコレ決めても、ね。起こっている問題の整理を助けて、子ども達が、その先の流れを、みつけていければいいだけなのにな~。 健全な流れをせきとめてるように見えるもの(障害物)にすら、宇宙の流れのような、多次元な流れがあるのでしょう。 大きく深呼吸をして。大きな世界観(宇宙観?)でいることが、宇宙の流れに乗る、コツ、ですか? 障害物とも、抗わず。流れの滞りにも身を任せれば、激流時の脱出法さながらに、次の流れに移っていけたり、障害物もいつか流れていけたり、するのかな~。 まったりさんの、「宇宙の流れをせきとめるもの」に対するビジョンをください。


 まあ、私も宇宙の流れってなんなのかわかっているわけじゃないんだけど

たぶん人の数だけ見方があるっていうことなんだろうと思う。


にょろくんが書いていたようにどんな小さな物事にも多次元の流れがあって

どこをとらえるかで意味が変わってくるのだろうと思う。


思うに物事は体験してみなくちゃわからない。

子どもたちにはいろいろなことを体験する権利がある。

親は親が知っていることしか知らない。

多次元の流れをすべて知るはずもない。


だから親は子どもの邪魔をするべきじゃない

と思っていた。

でも、近ごろは親は親で精一杯生きているのだから

邪魔になろうがなるまいが、それは結果論なのだから

精一杯子どもにかかわればいいんじゃないの?

と思う、精一杯邪魔をしないというかかわりも含めて。


流れをせきとめるものがあるのかどうかわからないけど

もしあるとすれば自分に正直に動いていないときじゃないかなあ。


どれが正直なのかわからなくなると思うけど

何度も体験して感覚を磨くことだと思う。

そこから自分への信頼も芽生えてくるでしょう。


そして、問題なのはどれが自分なのかってこと。

でも、それを知る必要もないかも。


私の感覚からすると自分ってどんどん多層的に増えてくる感じがある。

多次元的なものなんじゃないかなあ。

考えるだけではわからないことがたくさんあるから

それを経験したくて映画を観たり、本を読んだり、瞑想したりしているんだ。


これは私の体験だけど

きっと息子は彼なりの体験を積んでいくんだと思う。

今日までいろんなことがあったみたいだし

これからもいろんなことがあると思う。


「生まれてきたのは体験を積むためだ」とフォードさんという人が言っていた。

それは一理あるなと思う。

体験から知恵に出会い、自分なりの発見があると私のようなものでも思うときがあるからだ。

生まれてきてよかったとおもうことが。


「子どもの邪魔をする」とか「流れをせきとめる」とか考えるだけではわからない。

意味はあとからついてくるからだ。

自分は自分のことを精一杯やるだけだ。


自分のことに向かい、人のことを気づかい、幅広く意識を向ける。

私にとっては感覚を磨き、信頼することが自分のことをやるってこと。


なんてまじめに書いてみたけど

やっぱり子どもの邪魔はしたくない。

2006-05-12 17:12:56

宇宙の流れ ただ働く

テーマ:クスクスサロン

アトリエ21℃の瞑想は「豊かさ」がテーマだったんだけど

「宇宙の流れにのる」というワークが発端となり

それぞれの話が流れを生み出していた。


「修業に来ている牧師さんは『神を知る』などという目的を達成することになれているから只座るということがわからない」という参禅したときのお話を披露してくださったYさんのあと

「職場がたいへんな時期なんだけど、善いも悪いも考えず目の前のことをやっていると周りの人が支えてくれる」とMさんが話してくれた。


その話を聞いて「Mさんが、ただ働いていることで流れができているんだ」と感じた。

昔聞いた「激流で沈みかけたとき、泳ごうとするとおぼれてしまうが、抵抗せずに流れに身を任すとまた浮かび上がることができる」という話を思い出した。

問題が起きたときもあれこれ考えすぎて、流れをせき止めないことだと思った。


私にとっては、ワクワク感じることをやりつづけることが

いつも喜びを感じることであり宇宙の流れにのることだと感じた瞑想タイムだった。

2006-05-11 18:13:21

「牛筋カレー 瞑想 文化祭 自営するきっかけ」連休の話

テーマ:ブログ

ほぼ日刊イトイ新聞に連休のことが書かれているのを読んだら

自分はなにやってたのかなあとふりかえりたくなった。


まず思い浮かぶのは近くの神社に行ったこと。

ここはいつ行っても癒される。

いつも」っていうのはすごく安定してるってことだよなあと感心するやら感謝するやら。

で、よくって連休の初日と最終日に2回行った。

寄り道したカフェの牛筋カレーも相変わらずおいしかった。

ほんと「いつも」ってたいしたもんだ。


それから善通寺展で学芸員さんの解説を聞き、

空海が持ち帰ったという曼荼羅ってエネルギーを感じるなあと思っていたら

何年か前に「曼荼羅」をテーマにした瞑想を習ったことを思い出し

胎蔵界曼荼羅の瞑想をしたり…


連休に入る前にじっくりやりたかったことがあった。

三味線とシタールの練習と

パステルと色鉛筆で庭の雑草を絵にすること。

テッセンを描きたかくてつぼみが花開くのを今か今かと待っていたのだけれど

あまりに一気に美しい花がたくさん咲いたのでしり込みして描けず。


三日目には妹が来て京都日帰り桜見物ツアーの写真を見せてくれた。

今はデジカメがあるのでチップを持って歩くだけで

平安神宮、醍醐寺、御所、円山公園など5ヶ所の桜を満喫することができた。

ついでに母も私もこの春、描いた桜を披露して

ミニミニ文化祭のようであった。


ほかには5月にやる瞑想セミナーの準備。

この瞑想は10年ほど前に習ったのだけれど

復習するたびにたな発見がある。

5月は七つのうちの四つのセンターで、身体感情をおもなテーマとして扱う。

それにインナーチャイルドヒーリングも含まれていて盛りだくさん。

練習をするたびに初心に返るようでもあり進化していくようでもある。


それからふと思いついて「繁栄」をテーマにした瞑想もやってみた。

90年代に習ったものだから7,8年前ですっかり忘れていたけど

久しぶりにやったらすごくパワフルだった。

こんなことやってたんだーという感じ。

あらためてやると発見があるし、覚えるのもはやい。


これはきのうのことだけど、奥さんに「なぜ会社を辞めて自営する気になったの?」と聞かれた。

今までは考えたことなかったけ思い浮かんだ人たちがいた。

ヒッピーのようでもあったけど自然食品店を営んで地に足を付けて生きているように見えたMさん、

脱原発や環境問題をうったえながら民宿をはじめ観光地でもないのに繁盛させたFさん。

ほかにも新聞社を退職し、山奥に引っ越した詩人のTさんなど

社会に反発したり批判をしながらも自らの手でやりたいことを実現しようとしている姿に

会社勤めをしていた30歳前後の私は、かなり触発されていたようだ。


嘆いたり憂いたり悲しんだり怒ったりするのもいいけれど

ほんの少しでもいいから、やりたいことを自分の手で切り開いていきたいと思うようになったんだった。

さてこれからは?

楽しんでいるじいさんにあこがれているから楽しみたいんだろう、いつも


とまあ、遠くに旅行に行くわけではなく、イベントを企画するわけでも参加するわけでもなかったけれど

私の中では、そのときどきでいろいろあったようだ。

2006-05-06 23:14:48

善通寺展

テーマ:ブログ

香川県歴史博物館でやっている「創建1200年 空海誕生の地 善通寺」に行ってきた。


鎌倉や平安の絵には古くて見えにくいものがある。


双眼鏡で熱心に観ている人がいた。

なるほど、近くのものを詳細に見るときにも双眼鏡は役に立つんだ。


たまたま学芸員の方の説明ツアーの時間だったので参加した。

「この絵はきれいなブルーが特徴です」

そうかー、古くて全部茶色っぽく見えていたけど元は鮮やかなブルーだったんだ。


ツアー終了後、双眼鏡の男性は学芸員さんに熱心に質問していた。

若い女性の方にも熱心にメモをとっている人がいた。

みんななにに関心があって、なにを学んでいるんだろう?


ロビーで曼荼羅の修復のビデオが流れていた。

おそろしく細かい作業だ。

1枚に2年がかりだそうだ。


金箔を細くカットするのは竹の葉

金属で切ると静電気で張り付いてしまうからだそうだ。


ほそーくカットした金箔は両手を使ってのりで貼り付けていく。

カーブも自由自在。

スピードと正確さ、卓越した技術で曼荼羅はできている。


そういえば一面紫のでっか~い下地に前面金色で描かれた曼荼羅が展示されていた。

大きさと洗練された細かさに、これまた圧倒され、しばらくながめてた。

ほかの観覧者もその部屋に入るなり「すごいわねえ」と口々につぶやいていた。


最後は空海が恵果和尚に授かったという法具に心惹かれ

堪能させてもらった。

なぜかわからないけど持つ所が少し黒くなっているのがよかったなあ。


そのあと市立美術館のエルミタージュ展に行こうかと思ったけど

もうエネルギーに圧倒されて

高松の定番、讃岐うどんをいただいて帰った。

2006-05-05 17:55:45

自転車

テーマ:ブログ

起きると腕が痛い。

軽い筋肉痛である。


思い当たるのは、すごく久しぶりに自転車に乗ったこと。

いつもより早く眠くなったのは疲れていたからだったんだ。


2時間くらいふらふらしただけで筋肉痛になるとは年を感じるなあ。


それにしても昨日は銀行に行くために自転車に乗った。

しかし、連休である。


そこは休みで、2番目に行ったところも休みで

仕方なくショッピングモールのATMに行った。


その間におやつの豚マンを買い、

ついでに餃子も買って夕食の準備もできた。


神社をみつけしばらく散策。

思いがけず心地良い時間となった。


車で通るときにはまったく気がつかなかったところだ。

知らない道を開拓し

風に吹かれながらの小さな冒険となった。

2006-05-05 00:34:15

修業 卒業?

テーマ:今日の質問

昨日は、「今日も絵を描いて、楽器の練習をして…」と、子どものようにわくわくする始まりだった。ところが、今朝は同じ絵と楽器のことを考えてもなんだかワクワク感がない。むしろ、修業のように感じてしまった。そこで、ガイドに「修業とエンジョイすることの違い」について聞いてみた。


 ガイド 「修業の感覚は、太古の時代の生き残ること(サバイバル)を目的とした行動のなごりからきています。楽しむときには、音楽や絵画といったカテゴリーで考えないでください。音を奏でるとき、絵を描くとき、そのときのフィーリングを思い起こしてください。毎日、音や絵に触れることはすばらしいことです。


しかし、毎日することにとらわれないでください。日課を決めることはすばらしいことですが、同時に決めたことを壊すこともすばらしいことです。もしかしたら求めているフィーリングは新たなことからやってくるのかもしれません。音楽や絵画といったカテゴリーや日課をこなすことに夢中になるのではなく、フィーリングに目を向けることで豊かさがおとずれてきます」。


続けて聞いてみた。

「豊かさってなんですか?」


 ガイド 「冬の曇り空を思い浮かべてください。それは一見世の中を暗くするものですが、同時に暖かさを保つ働きをすると同時に雪や雨を降らせることで水の恵みを与えてくれます。しかも、その瞬間から雪解けまで多くの時を通して潤いを与えつづけてくれるのです。そして、晴れがあるから曇りがいきてくるのであり、青空と曇り空のどちらか一方だけがすばらしいというものではありません。


人類は、日の光と水のある環境に生まれてきたのです。そのどちらをも必要としています。豊かさとは一つのものを手に入れることではなく、連続・つながりに目を向けることです。流れに乗ることです。豊かさの瞑想が手に入ったようにあなたはいつもサポートされています。それを受け入れてください」。


豊かさって流れのことなのかあ。

ついでにもうひとつ質問してみよ。

「やりたいと思うことでも次の日になるとめんどうくさいと思うことがよくあります。それはどこからやってくるのですか?」


ガイド 「やりたいことであるにもかかわらず、それがめんどうだという気持ちは目標を達成したいとかできるようになりたいという気持ちからきています。それは今のままではいけないという漠然とした不安の裏返しです。


あなたは、何もしない時間を恐れています。しかし、なにも起こらない時間はないし、なにもない空間もありません。あなたがやらなくても時が熟成してくれます。ときには保留するのもいいことです。


あなたは、すでにあなたがなりたいと思っているそのものです。あなた自身を敬い、信頼してあげてください」。


そういえば、修業が好きだった。家族と過ごすのも修業、仕事も修業、そう思うと能動的にやっていけるのだった。そろそろ、そのパターンを手放したいものだ。修業の次にくることばはなんだろう?

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