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2005-12-31 00:00:15

自分でつくった1年

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忘年会を前に私個人の2005年10大ニュースを考えてみた。


①算数と漢字の教材を作り始めた。むずかしいけど、おもしろい。


②クスクスで編集と瞑想のワークをやった。ワンデイ瞑想を来年もやりたい。


③「死後の旅路」というワークをした。初七日から33年までに出会う十三の仏の波動を感じる。中でも無量光如来がすばらしく「光」を増やすことが残りの人生の目的だと思った。最初は、なにもわからなかったが、教材でくりかえし、くりかえし、練習していると、少しずつわかってくる。そこがおもしろい。


④マークⅡがオイル漏れで廃車で、プレーリーにかわる。


⑤追突事故で病院に。「相手からややこしいことを言われませんでしたか?」と保険屋さんに言われ、なにもなかったので、「欲を出してこちらから何かを言わなくてよかった」と思った。


⑥アトリエ21℃スタート。上映した「風のかたち」が予想以上によかった。山下洋輔と林英哲の「ボレロ」もよかったなあ。「ほっとカフェ」をやったことで、おいしいコーヒーがいれられるようになったのがうれしい。はじめて生パスタをつくったり。


⑦「父と暮らせば」の一人芝居と映画を観る。井上ひさしの脚本がいいんだなあ。そういえば、原田芳雄の舞台挨拶もあった。


⑧テニスのクラスが変わった。テニスをする機会が増えてきた。からだを動かすのはいいもんだ。


⑨稲刈りと籾摺りにお邪魔する。時間にしたら、ほんのちょっとの作業だったけど、Nさんのおもてなしが心に残った。いつもは室内での仕事なので、外で動くのが気持ちよかった。ずっとだと、もたないと思うけど。


⑩中学入試の作文対策として、子ども編集ワークをやる。すごく力がついたというところまではいかなかったけど、教材をつくったことが今年のテーマだった「自分でやる。自分でつくる」ということの象徴的な出来事のようで、おもしろかった。 


 こうしてふりかえってみると、自分なりにチャレンジの1年だったように思う。心残りは「色鉛筆画」が描けなかったこと。来年は、今年芽が出たことが花開きますように。


プロジェクトX最終回で、だれかが言ってた「いいと思ったことは、やめないことです」と。やめなければ必ず形になる。もっと人の役に立てるように、小さな欲にふりまわされないように成長したい。

2005-12-30 02:11:26

27年をふりかえって。楽しめ自分!

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明日は卒業以来27年ぶりの同窓会。


この間にいったいなにがあったんだろう?


学生時代のテニスクラブでは、年上でも入学年が自分より遅ければ、後輩として命令・強制するおかしさを感じていた。おかしいけれど、どうしたら楽しく、スキルアップができるのかわからなかった。ただ、自分一人が努力することは好きだったし、手ごたえもあった。今でも一人遊びが好きだ。


一度も就職活動をしないままエンジニアリング会社に就職。一番楽しかったのは当時は8ビットだったパソコンでプログラミングをしたこと。取引先のようなウソもごまかしも脅しもない世界だったから。ここで人間関係に悩んだことで、人の内側に関心が向かうことになる。みんなで一人遊びをする感覚とでもいおうか?!


雑貨やカフェバーという流行の最先端をゆく楽しい職種に転職。思いがけず管理職になり。お仕着せの理念では人は動かない、現場は情報の宝庫だということを学んだ。5年後、退職するにあたり、「収入は少なくてもいいから、やりたいことをやる」と願ったら。そのとおりになった。


その後、念願だった海外に旅行をする生活を1年半ほど送る。短い旅行ばかりだったけど、至福のひとときだった。貯金を切り崩し、保険を解約し、失業保険をもらい、千円の本を買うのも躊躇する生活になり、働きたくなる。やりたいことをやらせてくれる家族に感謝。


忘れてはならないのが結婚。無職だと格好がつかないと思い、再就職を決めたのだった。結婚3年目で自分の中で危機を迎えるが、「この人とは縁がありそうなので別れるより、楽しもう」と決意。ほんとうに楽しくなったのが貴重な経験となった。今でも「楽しめ!」という言葉が好き。


無職時代を経て、「午前中は暇そうだし、おもしろそうだし」という理由で、私塾をはじめる。教育産業に否定的だった自分には考えられなかったことだが、10年を過ぎた今、厳しさを感じながらもやっと目の前の子どもたちと真剣勝負する喜びがわかりはじめた気がする。


この10年はコミュニケーションを学んだ時代だった。伝えたつもりと伝わったことは違うのがあたりまえ、答えはその人の中にある、人を変えることはできない・・・、ほんとに多くのことを学ばせてもらった。一人の時間にも常に他者のことに意識が向いている自分を発見。人の中にいるときは自意識を強く感じるんだけど。


さて、これからはどんな27年を送るのか? 果たしてこの世にいるのか? どうなっているのかわからないけど、今思い浮かぶことは、憩いの場に身をおきたいということ。もちろん、そこでいっぱい学ぶことがあるだろうし、もっともっと成長して死にたいと思う。喜びもふえそうだ。楽しめ自分!

2005-12-29 19:00:44

模様替えで思い出にふける。

テーマ:ブログ

教室の机の配置をかえるために資料を整理しようと思ったら、ついつい2時間を使ってしまった。


思い出に浸らないようにしたのだけれど、過去10年余りの資料があるので、それでも捨てるのはエネルギーがいる。


自分なりにいろんなことをやってきたんだなあと感慨深く資料をながめた。


講演会・講座・上映会・コンサート・お絵かき教室・瞑想会・メーリングリスト・合宿・・・。


会を立ち上げたり、ネットワークに参加させてもらったり、スタッフとして参加させてもらったり・・・。


内向的な私が、もたもたしながら外に向かおうとした10年だった。


学びに向かった10年だったともいえる。


みなさまに感謝だ。


これからの10年は、どんなふうにふりかえるんだろう? なんて思いながらも、

教室の模様替えは果てしてできるんだろうか? と相変わらず目の前のことでもたもたしている。


変えるってエネルギーのいることなんでしょうか?


ふと思ったけど、「模様をかえる」って雰囲気があっていい言葉だなあ!

2005-12-28 22:44:34

プロジェクトX最終回

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「プロジェクトX」最終回、感動してしまった。


なんでかなあ、あの田口トモロヲさんのナレーションを聞いたとたんに泣きそうになるんだなあ。


「人生苦しいもんです。だから、それを乗り越えたとき、感動するんです」というようなことを「神の手を持つ」といわれる心臓外科医の方が言っていたけど、ホントにそうだと思う。


しんどいからこそ、そこを超えてきた人たちの話に共感し、感動する。


町内にいるようなおじちゃんが、そんなドラマをつくってきたんだから、そりゃあ感動してあたりまえか。


それにしても番組の途中から、息子がいつもは座らない椅子に座ってハナかんでたけど、感動してたのかなあ。きっとそうに違いない、いや、きっとそうだ。


(なんでこんなに仲間を増やしたいんだろう? 泣くことがはずかしいんだろう?)

2005-12-27 00:26:05

光の宝石

テーマ:kokoro

「魂の愛」(サネヤ・ロウマン著)を読んでいたら、

「相手の中にある暗闇ではなく、光の宝石だけに意識を当て、可能性と偉大さ目を向ける」

という個所があった。


実際に今日、つい批判的に見てしまった人のことを思い浮かべてやってみた。


その人のハートが光り輝くところが想像できて楽しかった。


 この前、中島啓子さんがテレビで、

「子どものとき、いじめられていた。

転向するとき、母から、

【いじめていた人に『ありがとう』と言ってプレゼントをあげなさい】

と言われて、半信半疑ながら、クラス全員にプレゼントを用意して最後に

自分をいじめていた人に『ありがとう』と言ったら、

『ごめんね』と言ってくれて、

母が言っていたのはこういうことだったんだとわかった」

というような話をしていたことが思い出された。


きっと、すばらしい交流が生まれたんだと思う。


私には、そこまでのことはできないと思った。


 でも、その話を思い出しつつ、私一人でできることをやってみたかった。


それが宝石のワークだった。


やってみたら、おもしろくなって、家族にもやってみた。


そしたら、やみつきになって、町内の人たち、仕事関係の人…ととまらなくなって、

子どものころからかかわりのあった人々、親戚、学校関係、会社関係、ボランティア関係と

思い浮かぶ人すべての宝石をながめていた。


批判や後悔の奥に宝石を想像することは感動的だった。


もちろん、もともと好印象をもたらしてくれた人にはさらに感謝が増した。


たまにはこんな大掃除もいいもんだ。

2005-12-26 20:20:29

一人役員会議

テーマ:ブログ

今日は一人で会議をした。


というのは、やらねばならないこと=Aの時間の使い方に対して、

やりたいこと=Bの不満が募ってきたからだ。


Aももともとは、やりたいことだったのだけれど、

それを実現するためのやらねばならないことが増えてきた。


そこで、AとB、そして、順調にいっているCも含め、一人会議をした。


まず、Aがもっと「二つのやらねばならないプロジェクト」に対して、

「もっと時間を割くよう」主張。


もっともな意見だ。


次にBが「やりたいこと=最優先事項だ。だから、この冬は、Bに時間を使うように」と主張。


これも私的には納得。


さらにCから「今のところ順調だが、Cの中に将来芽吹く種があるので、大事にしてほしい」との意見が出されたところで、議長から裁定案が出された。


それぞれのプロジェクトでやることをできるだけ細かい事項にして、

Microsoft Outlook の仕事カードに書き込み、進捗状況をチェックする。


というもの。


この議長案を実施してみると、ある程度の細かい事項に分けたことで、

やるべきことがはっきりして安心感が増えた。


あとは少しずつでもやっていくだけだ。


進捗状況がどうなるか、われながら興味津々。


この一人会議は、「インナーワーク」(W.ガルウェイ著)を参考にしたのだけれど、

本に書いてあったのとはだいぶ違ったような・・・。

2005-12-25 23:47:43

林で枯葉が落ちるの見ていたって…

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ほぼ日デリバリー版で次のようなメールを見つけました。


●私の中学の音楽の先生には、よく、放課後に、
 音楽室で先生のレコードをきかせてもらいました。
 「15歳にもなったら
  それなりに悩みもあるでしょ。
  1日くらい、学校をサボって
  途中の林で枯葉が落ちるの見ていたって
  義務教育なんだから、クビにならないんですよ」
 中3のときは、放課後に、そんな話もききました。
 落葉を見ると、今もその言葉をよく思いだします。


ほんとにサボらなくても心のゆとりが生まれそうな言葉でした。


もうひとつ


●私の弟は1学年1クラスの
 ちいさな小学校の先生です。
 弟はちいさいころにはとても体が弱く、
 そのため、いつも、家のなかで静かに絵を描いたり
 本を読んだりして過ごさなければなりませんでした。
 今はだいぶじょうぶになったけど、たまに
 実家で会うとあいかわらず物静かで口数のすくない弟は、
 いったいどんな先生なのだろうとずっと思っていました。
 今年の春、弟が勤務する小学校の校庭にある
 桜の下でおこなわれた「お花見給食」という行事の様子が
 私たちのテレビのニュースのローカル版の中で流れました。
 老朽化が進んだ校舎の建て替えにともなって
 その桜の木がとうとう切られてしまうらしく
 「お花見給食」は今年が最後だったようです。
 満開の桜の下で、生徒さんや、先生たちだけでなく、
 町の人も集まってたのしそうに給食を食べています。
 そのとき、桜の下に寝ころんでいるある先生の頭の上に、
 生徒さんが、桜の花びらを乗せている映像が映りました。
 弟でした。
 弟は、照れたようにちょっと笑って、
 でも、その花びらを払うこともなく、
 頭に桜の花びらを乗せたまま、
 生徒さんに何か声をかけていました。
 そのあとも、弟のまわりを
 ぐるっととりかこむむようにして集まった生徒たちが
 たのしそうにはしゃいでいるところも映っていました。
 あ、そういう先生なんだね、と、なんか涙が出ました。
 なかよし姉弟というわけでもないふつうの姉弟ですが、
 先生としての弟の姿を見られて、うれしかったのです。

このふたつのお話にじ~んがきました。

2005-12-24 10:15:50

人生の棚卸し

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アトリエ21℃主催の「31リーディング」特別企画として、

「棚卸し2005」~今年の出来事を棚卸しし、2006年のビジョンの種をみつける~

という会をやったのだけれど、

最初に「ふりかえるのは、今年一年でもいいし、半生でもいいし、期間は自分で設定してください」

と言ったら、それぞれ30年、40年…とふりかえっていて、おかしかった。


印象に残った出来事を30~50個書き出すことで、

半生をたった15分でふりかえるというのは心地いい作業だった。


さてさて、私の場合、書き出したものを編集して話していると、抽象的で薄っぺらい気がしてきた。


そこに「感情がそぎ落とされていて、いつものように伝わってこない」と言ってくれる人がいて、

そのほか質問を受けている間に

「体が小さかったこと、おとなしいと言われつづけてきたこと、自転車に乗れなかったこと、運動ができなかったこと、考えるということができなかったこと・・・などの劣等感を克服しようとして学んできたことが、今につながっている。これからは、喜びが増えるような仕事・ボランティア・趣味・料理などの表現していきたい」

と編集されてきた。


そして、「もちろん劣等感は今でもあるんだけど、この年になるとなんでも克服しようとは思わなくなってきて、『○○ができた』という結果より、喜びや光というような感覚に焦点を合わせた生活を送りたいという願望が強くなってきた。死ぬときもっていけるものはなにかと思うとね。愛や光といった感覚に関心が向かっていっている。感情をそぎ落としているというより、味わいたい感情に焦点を合わせようとしているんだと思う」とふりかえっていた。


どんな質問をしてくれたのか忘れるくらい冷や汗ものの発表だったんだけど、聞かれることで自分なりにまとまってくるもんだとあらためて思った。


 今回、休憩を忘れるくらい印象的だったのが、養護学校の先生をされている方のお話だった。


「トイレに行けなくて中庭ですませちゃう子がいて、その子がトイレに行けるようになるまでを論文に書いたんです。起こっていることを現象として客観的にとらえると、だれでもできるから。今、子ども本人がやったという実感がもてる取り込みが少ないんです」


「最初、中庭でトイレをすませていた子が徐々に教室でできるようになり、廊下で、トイレで、と進んでいったんですけど、『今日は30センチ進んだね』という感じでした。あるとき、だきかかえてトイレに連れて行こうとすると、『意地でも行かないぞ』という感じで腕をかきむしられるは、髪を引っ張れるはで、最後は抱かれたままおもらしをするので、休憩時間になると雨合羽を着たり。私が近づくと『トイレに行かされる』と思われてはいけないので、他の時間はその子がやりたいことをほとんど受け入れるようにしました。そうやって受容されると、少しずつ指示する量がふやせるんです。背中をちょっと押したりしてもだいじょうぶになったり。学校ではどうしても、子どもが受容する前に手順を踏むことが重要視されたりね。『○○が終わらないと、遊んではいけません』みたいにね」


こうしてふりかえっても濃い半日だった。


2005-12-18 21:42:15

サバ! サバ! サバ!

テーマ:アート

「3原色で絵を描こう! 第2弾」(アトリエ21℃主催)の最終回のモデルは「さば」と「毛糸の帽子」。


saba


さばは、もちろん切り身じゃダメで、塩サバもだめ。


このモデルを探すのが予想外に困難だった。


前日、最初に行ったスーパーで、2匹あったものの、近所のスーパーを3軒回ったものの生サバを置いている店がない。


魚屋さんは近くにないし、ほかのスーパーをあたってみるしかない。


一駅向こうのスーパー2軒をあたってみたが、在庫がないとのこと。


しかたなく当日、会場近くの大手スーパーに行ってみるが、そこの店頭にもない。


在庫があるか聞いてみたら、「冷凍庫にありますよ」とのこと。


ここのところ魚が取れなくて、在庫が少なく、値段も高いんだそうだ。


だけど、これでモデルがそろい、会場に滑り込みセーフ。


今度モデルにするときには、予約しとかなきゃ。


絵のレッスンは、魚の顔を描くだけで、すごく労力を使ったが、みなさんそれぞれにおいしそうなサバができていった。

(毛糸の帽子の方は、さばの苦戦を横目にさっさと仕上げていた)


モデルに描いたさばをお持ち帰りの方もいて、今夜はそれぞれサバ料理だ。


うちは、いただきものの大根があったので、いっしょに味噌煮にした。


よく煮込んだのでおいしかった。


さばさん、ありがとう!

2005-12-13 22:58:09

教室のマジック

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今日の教室は、ふだんと違ったシーンがあった。


6年生の男の子が、トランプマジックをやったのだ。


4枚のカードが一瞬にして、別のカードに変わっている。


それを目の前で見た他の子のお父さん、「おーっ、なに? 信じられん! すげー!」。


他の子のお母さんもびっくり。


食い入るように見ていた子どもが、次にはマジシャンになるシーンもあった。


私も以前、見せてもらったときには驚いたが、少しあらさがしをして指摘したからか、

今日は手先のスピードがアップされていてスキルアップしていた。


なかなかやるな! 6年生。


そして、みんなの歓声があったことも以前とは大きな違い。


 なんといっても一番おもしろかったのは、ショーの間も双子の男の子と中学生がたんたんと自分の勉強を続けていたこと。


どんなときでも集中できるもんだ。


これにもちょっと感動。


ちなみに6年生の子は、図書館でビデオを繰り返し見て、マジックを習得したそうです。

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