ちょっと恥ずかしかったこと
テーマ:ブログ★今日の一恥
教室に来るはずの子が来ていないので、
電話をかけたら、
私が曜日を間違えてファイリングしていた。
来る日は「木曜日」と書かれていたのに、
なにも考えずに電話をしてしまった。
ナムアミダブツ
★今日の一恥
教室に来るはずの子が来ていないので、
電話をかけたら、
私が曜日を間違えてファイリングしていた。
来る日は「木曜日」と書かれていたのに、
なにも考えずに電話をしてしまった。
ナムアミダブツ
書店で「4つの気質と個性のしくみ シュタイナーの人間観」(ヘルムート・エラー著 鳥山雅代訳)という本が目にとまった。中をめくると、子どもたちの気質(多血質・胆汁質・憂鬱質・粘液質)とその対処法が書かれているらしかった。買うことにした。もしかしたら参考になるかも、と思いながらも本棚で1ヶ月が過ぎた。
「31リーディング」(アトリエ21℃主催、毎月第4金曜日)という読書の時間がある。なかなか読めない本を持ち寄って、31分で読んでしまおうという試みだ。ちょうどいいので31リーディングで読んだら、笑えるくらいあてはまる気質の子どもたちが目に浮かんできた。
T美さんの場合は、多血質にちがいない。
身の回りのものすべてが大好き。
ほがらかで明るい。
すばやく軽やか=落ち着きがない。
なにかあったときの反応は「おかしい」=笑う。
あきっぽい。
親しみをもって人と接する。
まさに教室で見せる顔は、そんな感じだ。多血質の子どもには、「目を見て話すといい」(ふ~むなるほど。たしかに目を見ていないときは、返事はあっても伝わっていないことが多い。「それで、今日はなにやるんだったっけ?」なんて、数分前に話したことを聞きに来ることがあるもんなあ)。
「多血質の子どもには、少しのあいだだけ興味をもてばいいような対象を与えましょう。すぐに忘れてしまってもかまわないものがいいでしょう。これは、長時間つづけさせる必要はありません。適当な時間を見計らって、子どもからその対象をとりあげます。そうなると、子どもはその対象をもう一度ほしがるでしょう。多血質の子どもにとって、自分からほしがるということが重要なのです」(そうだよなあ。いつまでも、同じ問題をやっているとき、『もう終わり』って言ったら、急にやりだすもんなあ。でも、それもその場かぎりになるので、また同じことになっちゃうし…)。
などと考えつつ、31リーディングを終えた。
たまたま本を読んだ日の夕方がT美ちゃんが来る日だった。T美ちゃんの顔を見たら、「対象をとりあげる」という言葉がよみがえってきた。T美ちゃんが、自分からほしがるようにうまく教材をとりあげる方法はないものかと思ったら、「スケジュールを立てる」が浮かんだ。計算・文章題・漢字の三つをやるから、「○分たったら、途中でもそこで終わり」というルールをつくればいい(そうだ、これでいってみよう!)
学習をはじめる前に「T美ちゃんが帰るまでのスケジュール」をいっしょに考えることにした。まず、学習を終える時間から聞いてみた。
T「35分で終わる」
私「はあ? いつもは1時間半くらいかかってるのに?」
T「まあ、なんとかなるさ」
私「あっそう。じゃあ、なにからやる?」
T「そうだなあ。文章題からかな」
私「じゃあ、文章題を20分?」
T「いや、今日は15分で終わらせる」(ホワイトボードに書く)
私「ほお、それから?」
T「先週は、漢字をやる時間がなくなっちゃったから、2番目は漢字を10分」
私「答えあわせを入れて10分だよ」
T「わかった、わかった。だいじょうぶだよ。最後は計算問題を10分ね」
ということで、やりはじめたT美ちゃんだが、あいかわらず文章題にとりかかる前に絵を描いて遊んでいる。だいじょうぶかいなと思っていたら、10分後にはじめて、5分間集中し、ほんとに15分で終えてしまった。
次は漢字。10分経過したところで、「時間だよ」と告げると、「もうすぐだから、もうちょっとやらせて!」と最後までやり遂げた(「対象をとりあげる」と同じ効果だ)。答え合わせもいれて20分。こんなに集中したT美さんを見るのはほんとに久しぶりだ(いつもは、自分で答えを合わせるのをいやがるのに)。
最後の計算は、「答え合わせをする時間がいるから、5分を計って」とストップウォッチを渡された(いつもは「5分でやめる」というやり方をいやがって、「○問やる」と言うんだけどなあ)。
けっきょく、その日は1週間の宿題を決める時間も含めて50分で終わった。35分という目標はオーバーしたものの、いつもより30分以上はやい。翌週も快調だった。T美ちゃんにとって、スケジュールを決めるのは、思いのほかいいみたいだ。自分から取り組む姿を見るのは楽しい。一人ひとりに合った学習プログラムが組めたらいいなあ。
岡山映画祭2005で「風のかたち ドクター編」を観た。
伊勢真一演出の小児がんの子どもたちを見守るドクター3人のドキュメンタリーだ。
観終わっての感想を一言であらわすと、「すごくすっきりした!!」だった。
「白血病でなくなっていく子どもを描いたドラマや映画で、
小児がんは治らないとインプットされてしまっている人が多いんですが、
最近では7~8割は治っているんです。
不治の病ではなくなりました」とドクターは語る。
実際に治っていく子どもたちの姿が映されていた。
「小児がんは不治の病ではありません、って、もっとみんなに知ってほしいよね」
と、ある子どもが語っていた。
偏見に悩む子どもたちも多いのだという。
語り合う子どもたちの姿が美しかった。
死と向き合い、悩んできたことだろう。
苦痛と闘ってきたことだろう。
それを乗り越えてきた美しさがあった。
「みんなの世話になったから、将来は人の役に立ちたい」という子どもたちが何人もいた。
看護士・ドクター・保育士・教師…になりたいと。
深さがあった。
四国の遍路に行ったドクターがいた。
「7~8割が治るということは、そのほかの子どもたちは死を迎えるということです。」
「診察した子どもが最初に亡くなった時のことは忘れない」と言っていた。
重さを抱えながら、軽やかに子どもたちを診察していた。
重さと軽やかさと美しさがあった。
17日に追突された影響からか、腰が痛くなり、診察してもらってきた。
特に異常はないということでホッとした。
その後、御陵でしばし休息。
軽く瞑想してたら、御陵の守をされている方が、山から降りられてきた。
一人で守をはじめて5年とのこと。
「ほかの御陵をされている方は、年十年という方が多いので、私はまだまだかけだし。
それでも、最近は山に導かれるように毎日来ているなあ。
昨日は、風邪気味だったんで、山で治そうと。
木を切ったり、からだも動かすしね。
ここの神社は、いいでしょ。
もう、わざわざほかの神社には、行かなくてもいいと思うようになった。
もちろん、どこかに出かけたら、神社にはご挨拶に行くけどね」
そんなお話をゆったりとした語り口で聞いていたら、はだしにぞうり履きの男性が登場。
柔軟体操がはじまった。
その方も毎日来られているそうだ。
大きな声でおしゃべりしながら、御参りをされていた。
静かでにぎやかなお山だ。
あれもこれもといろんなことに手を出すのもいいけれど、
「ここだけでいいと思うようになった」というおじさんにあこがれた。
どっしりと人を迎えるやさしいお山もかっこいい。
そうそう、「風邪をお山で治した」という話を聞いて、
「ここで腰を治そう」と思った。
帰って愛犬リーの散歩の後、ぐっすり眠ったら、夕食の準備は支障なくできた。
少し、痛みは残っているけど、今のところ快調だ。
夕方5時ごろ吉備の中山に行って、しばらく座っていた。
日も沈み、寒くなった帰り道。突然、木々の間から、でっかい月があらわれた。
そうだ。今夜は満月。うさぎがはっきり見える。
しばらく身動きが取れなくなり、見とれていた。
ここまでは、今までといっしょ。
この美しい月ともっと遊ぶ術はないものかと思ったら、
ススキが見えた。木と木の間から月が顔を出し、その手前にススキが生えている。
なんてすばらしい空間なんだろう。月が祭られている感じだ。
月にカミがやどり、草木にカミがやどっていると自然に思わせれるような風景…。
そして、ススキのまわりにウサギたちが踊っている(これは想像)。
祭だ。吉備津彦が祭られている神社にお参りしたあと、
ウサギと踊った(心の中で)。
先日から、鎌田東二さんのCDで「神」や「ぼくの観世音菩薩」などを聞くたびにウキウキしてくる。
これはなんだろう? と思っていた。
来年は祭りがテーマになりそうだ。
今までは、学びが大きなテーマだったけど、
50を迎える来年からは、祭りがいいかも…。
静かで光と愛に溢れた神と仏を奉り、
歌い踊って日々を祭る。
謙虚でにぎやかで清らかで、畏れと感動がありそう。
祭りのある生活をしてみたい…。
本屋さんで瞑想ワークの資料をさがしていたら、「神道スピリチュアリティ」(鎌田東二著)という本が目にとまった。
ここのところ、「魂について知りたい」と思っていたので、「参考になるかも」と思って買ったのだった。
帰ってぱらぱらッとめくっていたら、ハードカバーではないのに表紙に堅さを感じる。
なんと音楽CD付きだった。
「神道ソング」だ。鎌田さんは、神道ソングライターと名乗っていたから、一度聞いてみたいと思っていた。
ラッキーだった。はやる気持ちをおさえつつ、CDプレーヤーにかけると、神妙な石笛の音。
神道だけに、霊的で神妙なのかなと思っていたら、次の曲でぶったまげた。
明るいフォークソング調のメロディに「オン サラスバティエイ ソワカ、オン サラスバティエイ ソワカ…オーム」という真言が流れてくる。
どっかで聞いたことあるなと思ったら、「弁才天賛歌」という歌だった。
とても素人っぽい歌い方で親しみがもてる。そして、明るい。
ず~っと昔のシンポジウムでネイティブアメリカンの太鼓に合わせた鎌田さんの明るい踊りを拝見した時、「神道ってなんだな?」と思った覚えがある。今回も興味がわいてきた。
今朝も神道ソングを車で聞き、ミーティングにのぞんだ。なにかしらウキウキと鼻歌を口ずさみたくなるように明るい気持ちになれた。
「賛歌」っていいなあ。賛美ができるっていいなあ。
弁財天賛歌注:(2000年2月3日の節分祭の夜、天河大弁財天社でできた曲。できたばかりの歌をその夜、まず田口ランディさんと天川彩さんに聴いてもらい、翌朝には、神社の神殿で、柿坂神酒之祐宮司の大太鼓に合わせ、天河護摩野焼き講のメンバーと一緒に合唱していた。この歌は最初からみんなで歌うように仕組まれている歌であるかのよう。「オンソラソバテイエイソワカ」は天河で必ず唱える、水の女神・弁財天女に捧げる真言。)
モノクロの映画を2本みた。
ひとつは、サイレント・ムービー。
次第にこわくなってきた、映画の内容とは関係なく。
声がないことに耐えがたくなってきたのだった。
そのとき頭①は考える。
「このまま声が聞こえなかったらどうしよう?」
「実際に聞こえない人も生活しているんだし、うちの母だって半分くらいは聞こえてないじゃないか」なんて、
頭②がなぐさめを言うのだけれど、聞く耳を持たない。
されに映画の2本目になると、
「このまま色がなくなったらどうしよう?」
という恐れがやってきた。
ふだんは、「現代は色があふれすぎ」なんて思っているくせに。
私は、いつのころからか、暗いところが苦手だった。
寝るときも真っ暗だと不安になる。
かといって、明かりをつけたまま寝るのもきらい。
だから、カーテンを少しだけあける。
外の明かりが見えると安心して眠りにつく。
狭いところも苦手。
「このまま出られなかったらどうしよう?」
というおそれがやってくるからだ。
そういえば、20年ほど前に「サマーディ・タンク」というリラクセーションに行ったことがあった。
濃い塩水の入った真っ暗で無音のタンクに浮かんで完全に脱力するというものだった。
知り合いは、「すごく気持ちがよかった」と言っていたが、
私は恐怖ではやく時間が過ぎることだけを祈っていた。
映画館は、暗くて狭いから苦手だ。
「~できなかったらどうしよう?」と頭①が活発にはたらくからだ。
あ~、この幻想から抜け出したいものだ。
がんばっている頭①にねぎらいの言葉をかけるか…。
Amebaおすすめキーワード