昔から何か一つに没頭できなかった。
飽きっぽいし、テストとかも60~80点くらいをウロウロ。
なんかすべての能力において全部そんな感じだった。
平凡とか普通にしかなれない自分が嫌で、没頭できる人の何か変わった価値観や感覚が羨ましくてしょうがなかった。
10代はそういう羨ましい人たちの感覚をとりあえずコピーしまくった。真似しまくった。

20代に突入にするとコピーした感覚が少し体に入り
僕は「少し変わった人」になった。
しかしそこに僕がもともと持っていたクズい部分が顕著に出始める。

お金癖と女癖。

今思えばそれは「変わっている」ことだったのかもしれない。

20代になっても飽きっぽいのは変わらず、まあとにかく表現周りのことにはかたっぱしから手を出した。
40分の映画作ったり、舞台監督やったり、役者やったり、クラブイベントでたり企画したり、演劇公演うったり、芸人の養成所に入ったり、VJしたり、バンドやったり、もうとにかく何でもかんでも。

いろんな人が売れていったし、そして諦めていった。
出るにしろなにをやるにしろこっちの業界で生きてくしかできない自覚だけはあったのでどれもこれもやめなかった。

没頭している人たちのように一つのことを極めるようにはできなかった。
だけど異様に経験だけは増えていった。
女癖、お金癖の悪さも相まってそこらの人たちよりは相当いろんな経験をしてきたし、させてもらっていると思う。

経験とか場数が多ければそれなりにいろんなことが知識になるし、できるようになる。フロントマンに立つようなことはできないけど自分がいる業界のトラブルシュートはかなりの広範囲でできるようになった。

でも僕は何になるんだろう?ってのは常に漠然とあった。
何かを極めることができない結局自分は何にもなれないのではないかと。
僕がいる業界、世界なんて才能がモノをいうのは誰よりもわかっていた。
なんかそれを自覚するのが怖くて「俺」は職業「俺!!!」みたいなことを言ってた。

去年の4月からお金をもらって出演も含めたいろんなお仕事をもらえるようになった。渋家メンバーやいろんな人に仕事を振ったりした。あんまり自覚はなかったけど周りの評価というか、何かが変化し始めていたのかもしれないと思う。

こんな感じで30代に突入して気づいたのは、仕事をとか出演とかいろんなことをしていく上で、僕はそれらの辛いこととか嫌なこととかがわかることが多いなってこと。もちろん全然まだ足りないんだけども。

その作品、仕事をやっていく上でどのくらいの時間がかかり、スランプのときがおきてつまったり、訳のわからないクライアントや訳のわからないPとかDとか、そのへんをすごい共感できるなと。


んでここ1年くらいでようやく僕は「人」を取り扱って作品を作ったり仕事をしていくんだなと気づいた。それは社長だったりディレクターだったり演出だったりするのだけど。気づいたというより決めることができたという感じ。
そしてこれからも「人」を取り扱っていく人間としていろんな経験をするために広範囲でいろんなことをしていくんだなと。

もう32ちゃいだしだいぶ時間かかったけどなんかほっとしたしより具体的に頑張っていける!と。


さて夏にむけてむきむきしていくぞー。
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