草木庵のつぶやき小屋

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昨日は「縁切り寺」へ行って願いを掛けて来ました。

実は好きな人が出来たのでね・ ・ ・そんな訳が無いでしょ!アルカモ

縁切り寺(駆け込み寺)と言えば、鎌倉の東慶寺が有名ですが、実は群馬県の太田市(旧尾島町)にも、江戸幕府公認の縁切り寺が有ったのです。




新田義貞の子孫が開いた満徳寺という尼寺で、一時は辛うじて存在する程度だった様ですが、徳川家康が先祖が開いた寺であることから手厚く保護して、千姫に豊臣家との縁を切らせるために入らせた(実際に入ったのは腰元)ので一層知られる様になったとのことです。

千姫は後に再婚したので、東慶寺とは違って再婚が許される縁切り寺になりました。

ですから離縁状すなわち「三行半」(みくだりはん)も次の様なものが残されています。






亭主を呼び出して書かせたものと思われますが、別れた後は何処に嫁いでも構わないという事ですね。
今回の展示には有りませんでしたが、女性からの三行半も何通か保管されているようです。


かなり遠くからの駆け込みも有ったらしく、江戸からも9人が来たらしいですが、呼び出されて離縁させられるのでは、亭主も気の毒な話です。
訪れたのは別れたくない人だった様ですけどね。


でも駆け込むのに25カ月の滞在で5~6両というのは、今の生活費と比べてどうだったのでしょう。
東慶寺では上納金の額によって、3段階の格式に分けられて待遇が違ったとのことで、それよりは庶民的な額だった様です。



私が願いを掛けて来たというのは本当で、今でも満徳寺には縁切りの願いを掛けに行く人が少なくないのです。
(先に来ていた女性は受付で色々と質問してから書いていました)


但しお寺で祈祷してもらうのではありません。
本堂にも行ってみましたが、勝手に見学して帰るだけで、お寺には必ず有る賽銭箱も有りませんでした。


願いを掛けるのは隣に建っている市立の資料館で、200円の入館料と別に200円を払うと、縁切り用と縁結び用の2枚の紙が入った封筒が渡されます。

私は縁結びの必要は無いので、片方でもいいかと尋ねると、私の意を察しているかの様に「健康な体ということも有りますから」と言われて、なる程と思いました。

痩せこけて杖を突いている貧相な姿を見れば、そう言いたくもなるでしょうね。


2枚のうち縁切り用は黒のボールペンで、縁結び用は赤のボールペンで、願いと名前を書いて、それを「縁切り厠」というトイレに流します。



白い方が縁切り用、黒い方が縁結び用で、水に浮かべた紙が膨らんだら流します。



読めますか?
朝起きた時が一番辛いのですが、拳を強く握ることができない手指の痛み、素足では立つのも辛いカカトの痛み、バックでハンドルを切る時の激痛、それらと縁を切りたくて行ったのです。


縁結びの願いは「もう一人孫との縁が出来ますように」と書きました。

もちろん本当に孫がもう一人出来たら嬉しいと思いますが、娘が子供を産める様な健康な体で居て欲しいと言う願いを、縁結びの形を借りて書いたのです。

満徳寺のホームページはこちらでリンクしています。


今日もご訪問 ありがとうございました。
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