2010-06-16 10:54:09
*何年かかっても*
テーマ:ブログ
鷄小路
まずまず順調に解体が進んでいます。
この休みを利用して鷄小路
店主の足もリニューアルを予定しております。
と言うのは、お店をオープンしてまる2年を迎えようとした頃、交通事故で右足を開放骨折という大ケガをしたんです。
1年、2年、3年たっても骨は、くっつかず・・・
再手術してもいまいち。
やっと巡り会えた超音波治療でようやく骨が出来始めました。
骨の真ん中にチタンの棒をカチ込んで骨を支えてたんですが、その棒を今回取り出します。
とここまでは、余談なんですが←ーーなっがい余談やなぁΣ( ̄◇ ̄*)エェッ
本題は、ここから

この事故で彼は、4か月入院しました。
まだ起動にものってないお店。
やっとの思いで持てたお店。
今、閉めたら間違いなくつぶれる
人を雇うなんて余裕がある訳もなく~
一人で、やるしか手がなかった。
妹、叔母や料理好きの常連さんがおばんざいを担当してくれて今の鷄小路からは想像もつかない素人料理のお店に切り替え乗りきりました。
回りの暖かい支えと応援でつぶれることなく彼の退院を迎えられました
そんな大変やった頃、弱っていた私を一番支えてくれたのがおばんざいを毎日届けてくれた常連のDさんでした。
今日は、このDさんのお話です。
彼女とは、プライベートでも仲良く彼の入院中は、お家
に呼んでもらって一緒に飲んだり
、悩みを打ち明けられ親密なお付き合いをしていました。
彼の退院後は、二人でがむしゃらに頑張りやがて、努力と共にやりたいお店の方向性が変わりました。
鷄専門店(オープン時は居酒屋でした)
禁煙
入店時間制限
居心地のいい落ち着いた店づくり
自分の家感覚で、酒を持ち込み、食べ物を持ち込み、群れとなり集まっておられた今までの常連様は、みんな去っていかれました。
やりたい事を貫いたんやし仕方ないねんけど
この頃、気持ち的にも経営的にも苦しく、しんどかった。
鷄嫌いで、いつも日付が変わる頃に来店されてたDさんも去っていかれました。
悲しくて
せつなくて
でも今は、お店を一人前に育てる方が大事。
Dさんの恩を忘れたわけではない
葛藤やった。
「いつか、わかってくれるやんね。」
心で信じてた。
私は、Dさんにお世話になった事を一生忘れない。
いつか、恩返しがしたい。
Dさんと疎遠になり早3年、やっと鷄小路
もリニューアル出来るまでになりました。
風の便りで悲しい事を耳にしました
Dさん、脳梗塞で半身麻痺の体になられたと
血圧高いのにお酒びたりの生活やったから。
びっくりして、悲しくて、つい
してしまいました。もちろん、返信はありません。
先日、リハビリしてはるのを偶然見かけました
頑張ってはりました。
涙が止まらなくて声、かけられなかった~
何か私に出来る事!
今はまだ、陰ながら応援するくらい
先日、彼女のBirthday
でした。
今年も、毎年恒例のBirthday
を送りました。
「ありがとう」
3年ぶりに彼女から返信がありました


何年かかっても又、前の様に仲良しに戻れるよね
まずまず順調に解体が進んでいます。この休みを利用して鷄小路
店主の足もリニューアルを予定しております。と言うのは、お店をオープンしてまる2年を迎えようとした頃、交通事故で右足を開放骨折という大ケガをしたんです。
1年、2年、3年たっても骨は、くっつかず・・・
再手術してもいまいち。
やっと巡り会えた超音波治療でようやく骨が出来始めました。
骨の真ん中にチタンの棒をカチ込んで骨を支えてたんですが、その棒を今回取り出します。
とここまでは、余談なんですが←ーーなっがい余談やなぁΣ( ̄◇ ̄*)エェッ
本題は、ここから


この事故で彼は、4か月入院しました。
まだ起動にものってないお店。
やっとの思いで持てたお店。
今、閉めたら間違いなくつぶれる

人を雇うなんて余裕がある訳もなく~

一人で、やるしか手がなかった。
妹、叔母や料理好きの常連さんがおばんざいを担当してくれて今の鷄小路からは想像もつかない素人料理のお店に切り替え乗りきりました。
回りの暖かい支えと応援でつぶれることなく彼の退院を迎えられました

そんな大変やった頃、弱っていた私を一番支えてくれたのがおばんざいを毎日届けてくれた常連のDさんでした。
今日は、このDさんのお話です。
彼女とは、プライベートでも仲良く彼の入院中は、お家
に呼んでもらって一緒に飲んだり
、悩みを打ち明けられ親密なお付き合いをしていました。彼の退院後は、二人でがむしゃらに頑張りやがて、努力と共にやりたいお店の方向性が変わりました。
鷄専門店(オープン時は居酒屋でした)
禁煙
入店時間制限
居心地のいい落ち着いた店づくり
自分の家感覚で、酒を持ち込み、食べ物を持ち込み、群れとなり集まっておられた今までの常連様は、みんな去っていかれました。
やりたい事を貫いたんやし仕方ないねんけど

この頃、気持ち的にも経営的にも苦しく、しんどかった。
鷄嫌いで、いつも日付が変わる頃に来店されてたDさんも去っていかれました。
悲しくて
せつなくて
でも今は、お店を一人前に育てる方が大事。Dさんの恩を忘れたわけではない

葛藤やった。
「いつか、わかってくれるやんね。」
心で信じてた。
私は、Dさんにお世話になった事を一生忘れない。
いつか、恩返しがしたい。
Dさんと疎遠になり早3年、やっと鷄小路
もリニューアル出来るまでになりました。風の便りで悲しい事を耳にしました

Dさん、脳梗塞で半身麻痺の体になられたと

血圧高いのにお酒びたりの生活やったから。
びっくりして、悲しくて、つい
してしまいました。もちろん、返信はありません。先日、リハビリしてはるのを偶然見かけました

頑張ってはりました。
涙が止まらなくて声、かけられなかった~

何か私に出来る事!
今はまだ、陰ながら応援するくらい

先日、彼女のBirthday
でした。今年も、毎年恒例のBirthday
を送りました。「ありがとう」
3年ぶりに彼女から返信がありました



何年かかっても又、前の様に仲良しに戻れるよね






