tobiのブログ

 フリーランスの編集者兼ライターです。
 主として日本語関係のことを書いています。


テーマ:
 下記の仲間。 
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【16】 
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1945401266&owner_id=5019671 

 直接的には下記の続きだろうな。 
【「すべからく」の話】 
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12099055381.html 
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948082297&owner_id=5019671 

 ↑に書いたように、自分では「すべからく」を使ったこともないし、これからもギャグ以外で使うことはないと思う。 
 誤用や、誤用とは言い切れないけど不適切な例はいろいろ見る。 
 逆に、「こういうときに使うのね」という例は見たことがない。こういう言葉を使いそうな文体を毛嫌いしているせいかもしれない。 
 で、貴重な実例を。 
『お言葉ですが…② 「週刊文春の怪」』のP.213~〈「すべからく」の運命〉。1行目の黒いの「い」は図中の記号を示し、原文ではゴシック体。 
==============引用開始 
〈事実また、黒いと打った人がいたっけが、こういうときはすべからく沈着に構えて、沈着に手を読むのをよしとし、黒2を5につげば手にも劫にもならないのである。〉 
〈全くの話が当り前みたいなもので、敵の強いところでケンカをしては損だからすべからくおとなしくしていなければならないのである。〉 
〈次いで白が8の突込みなら黒は9のつぎ、すべからく戦いは急所急所へと敵の心臓部へ迫るのを尊しとし……〉 
==============引用終了 

 いずれも漢文訓読の「すべからく……すべし」の形になってはいない。しかし「○○しなければならない」「○○するのがよい」といった意味合いの言葉が続く。「当然」の意味ならOKなんてどこから出たんだ? たぶん辞書の記述を曲解したんだろう。 
「すべからく……すべし」の形になっていないのは不十分なのではなく、表現の工夫と考えるべきなんだとか。 
==============引用開始 
「すべからく」は「…せねばならぬ」を予告する。昔は「すべからく」とくればかならず「…すべし」だったのだが、それでは芸がないから同趣旨の表現をいろいろくふうした。前田さんの「よしとし」や「尊しとし」などはなかなかうまいのである。 
==============引用終了 
 文中の「すべからく」の使い手は囲碁棋士の前田陳爾。1907年11月22日~1975年7月3日の人なので、学生運動とは関係なさそう。それでも使う人は使う。 
 以下は当方が採集したもの。 

 丸谷才一氏の使用例を探して古いデータを検索したら、『遠い太鼓』(村上春樹 1993年4月講談社文庫刊・単行本1990年6月刊)がひっかかった。 
 2002年のデータ。 
==============引用開始 
まあとにかくそういうわけで、選挙権のある国民はすべからく投票場にでかけて投票しなくてはならない。 
 それから--これがややこしいのだが--投票はすべからく自分の出生地で行わなくてはならない。(p.464~465) 
 うしろに「ならない」がついているから、「すべからく」の使い方としてはたぶん正しい。それでもこんなに平易な文体の中に出てくると異和感が強い。 
==============引用終了 

『海辺のカフカ』にあった(笑)。こっちは誤用だと思う。2006年のデータ。 
==============引用開始 
・「ものごとにはすべからく順番というものがある」(上巻p.296) 
 会話中とはいえ、ベストセラーにこういう用例があると、禍根を残すような……。 
==============引用終了 

 本命はこっち。丸谷才一氏も、たぶん学生運動とは関係ない(笑)。2003年のデータ。ウーン。当方の記憶は別の作品中なんだけど。 
==============引用開始 
『男ごころ』 
 偉い人はすべからく、ああでなくちやいけませんね。(p.27) 
「すべからく」の使い方が気になった。丸谷氏ほどの達人が、こんな基本的な誤用をするとは思えない。だが、自分の語彙には存在しない言葉なので、どうにも使い方が判らない。『お言葉ですが』②(高島俊男)を引っ張り出して確認する。「すべからく」と来れば「……すべし」と結ぶのが本来の用法だったが、「……せねばならぬ」の類いの表現は許容されるらしい。メデタシ、メデタシ。 
==============引用終了 

 2000年のデータで発見しました。『封建主義者かく語りき』(呉智英)のP.139にあるらしい。「呉智英 すべからく」で検索してもなぜか見つからなかった。 
 で、本棚を漁る。最近行方不明の本が多いが、これはスンナリ見つかった。こういうのを入力してくれている人はいないのかなぁ。 
==============引用開始 
 さて、記事では、ベイルマンの映像美をほめ、 

 おそらく、すぐれた芸術がすべからくそうであるように、表現は象徴性を帯びる。 

 と、続いている。 
 誰が何を「すべからく」なのであろうか。意味が皆目わからない。よーく考えると、どうやら(哲)氏は、「すべからく」を「すべて」の上等な表現だと思って、気取ったつもりで使っているらしいことがわかる。 
「すべからく」が「全て」なら、その否定語の「すべからず」は「一部分」なのであろうか。「立小便すべからず」は、一部だけ排泄しなさい、ということなのであろうか。 
==============引用終了 
 この」あと「ク語法」の例を出し、文法的に解説している。 
 興味のあるかた、意見を言いたいかたは、原文をご確認ください。 
 呉智英氏と高島俊男氏が2人とも「すべからく」の誤用を目にして戸惑っている感じがおかしい。このお2人は、このほかに「支那」関係の論説の一致で知られる。 
 下記も充実している。 

【呉智英『封建主義者かく語りき』 - daikarasawaの日記】 
http://d.hatena.ne.jp/daikarasawa/20130503/1367568509 
==============引用開始 
呉智英はずっと、「すべからく」の誤用を指摘し続けているが、理由はこれを読むまで知らなかった。細かい人なのかと思っていた(細かいのだとは思うが)。実際には、こういう誤用は「民主主義=ファシズム=スターリニズム」の産む悪弊なのだという。(ファシズムが民主主義から生まれたという点についてはかなり紙数を割いて呉は論じている)。 

なぜ「すべからく」が誤用されるのか。呉によれば、こういう誤用する論者は、気取った賢く見られたい左右の批評家たち(川本三郎、上野昂志、鈴木志郎康、唐十郎、服部平治、宮本盛太郎、岸田秀の名を例示している)であって、彼らは、「叡知の道を歩むことなく、そのくせ、裏口からでも叡知の王国に入りたいという姑息な上昇志向だけは人一倍強い」、ということになる。そしてそういう志向は、「個」を重視する(と言われる)だめな民主主義が産み出したものだという。面白い主張だと思う。「気取った表現で四流五流をたぶらかしたいという二流三流が跋扈することになった」というようなひどい書きぶりもものすごく面白い。 
==============引用終



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