tobiのブログ

 フリーランスの編集者兼ライターです。
 主として日本語関係のことを書いています。


テーマ:

 下記のトピで教えてもらった。 

http://mixi.jp/view_bbs_comment.pl?comment_number=104&community_id=4978&bbs_id=5139477 


 Twitterで「自爆はすべからくダメだろう」と書いた劇作家が、「誤用」と指摘されて大反撃に出たらしい。いろいろな意見が飛び交っているが、大半は誤用としている。しかし劇作家の先生はひるまない。 

「作家に文章の間違い突っ込んでくる勇気は大したもの」ってなかなか書けないよなぁ。ある意味立派な態度かもしれない。 

「誤用」と指摘している人が典拠としてあげているのは、辞書を別にすると呉智英氏。 

 でも劇作家は一歩も引かない。 

 あのさぁ。呉智英を論拠にする人も、ちゃんと書こうよ。 

 下記あたりだろうか。 何かで読んだ記憶があるが、特定できない(泣)。 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%89%E6%99%BA%E8%8B%B1 

==============引用開始 

「すべからく」は元来、漢文を読み下した言葉で「すべからく~すべし」という使用の仕方をすべきだが、学生運動の演説などで「帝国主義勢力は~、すべからく~(打倒すべき)」などと、長々とした文章で使われるケースが多かったせいか[7]、「『すべて』と同じ意味の言葉」として使われるようになった。そのことに気がついた呉は、「すべからくの誤用」をする著述家たちを、「単なる誤りではなく、自分の文章を高尚なものに見せようとした『卑しい考え』による誤用だ」と批判していた。 


7.^ なお、澁澤龍彦も著書『太陽王と月の王』で「すべからくの誤用」についてふれており、それを流行させた元凶は唐十郎ではないかと推測している。 

==============引用終了 


〈卑しい考え〉は言いすぎだと思うけど、要はカッコツケだよな。 

 はじめに書いておくけど、個人的にはあまり興味がない。こんなジジムサイ言葉は、正用でも使う気になれない。でも念のため。 

 自分では過去にどんなことを書いているか。 


【よくある誤用14──なんかカッコいいからね すべからく 欲しいまま 組みしやすい】 

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n119811 

■■■■■■■■■■■■■■■■引用開始 

すべからく 

 文化庁の平成22年度「国語に関する世論調査」に、「すべからく」の解釈に関する調査結果がのっています。 

「全て、皆」を選んだ人が38.5% 

「当然、是非とも」を選んだ人が41.2% 

 正しい意味をわかっている人のほうが多いのは、ちょっと意外な気がしました。当方が見聞する例は、ほとんどが「すべて」の意味で使っているからです。 

 ただし、厳密に言うと「すべからく」は「すべからく~すべし」としなければなりません。ここから派生して「すべからく……しなければならない」のような形も認められているようです。なにしろ、あの丸谷才一が使うくらいですから。 

■Web辞書『大辞泉』から 

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=すべからく&stype=0&dtype=0 

 ↓ 

https://kotobank.jp/word/%E9%A0%88%E3%81%8F-543232#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89 

================================引用開始 

すべから‐く【▽須く】 

[副]《動詞「す」に推量の助動詞「べし」の付いた「すべし」のク語法から。漢文訓読による語》多くは下に「べし」を伴って、ある事をぜひともしなければならないという気持ちを表す。当然。「学生は―学問を本分とすべきである」 

◆近年、「すべて」の意で使う例が多くあるが、誤り。文化庁が発表した平成22年度「国語に関する世論調査」では、「学生はすべからく勉学に励むべきだ」を、本来の意味である「当然、ぜひとも」で使う人が41.2パーセント、間違った意味「すべて、皆」で使う人が38.5パーセントという結果が出ている。 

================================引用終了 

【文化庁月報 平成24年7月号(No.526)】 

http://www.bunka.go.jp/publish/bunkachou_geppou/2012_07/series_10/series_10.html 

 ↓  

http://prmagazine.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2012_07/series_10/series_10.html 

■■■■■■■■■■■■■■■■引用終了 


【マンガ95/最近のマンガから20101222──アザゼルがTVアニメ化!?】 

http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1702.html 

==============引用開始 

『黄昏流星群』(弘兼憲史)第355話(「ビッグコミックオリジナル」No.1086)から。 

「矢内とは須く結婚して籍も入れたわ。」 

「籍を入れた」も厳密に言うと×らしいがその点はパス。問題は「須く」。誤用の定番だけど、一般に目にするのは「すべて」の意味。ここでは「必然的に」「当然のように」の意味で使っている。これは新しい。やはり後ろに「べし」「べき」の類いが来ないとダメなんだろうな。 

http://1311racco.blog75.fc2.com/?q=%A4%B9%A4%D9%A4%AB%A4%E9%A4%AF 

==============引用終了 


【須(すべか)らく読め!】 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1054895420&owner_id=5019671 

==============引用開始 

 昨年のメモです。 

「モーニング」のNO.47で『西遊妖猿伝』(諸星大二郎)の「西域篇」が始まった。第2部の「河西回廊篇」完結から11年余とのこと。連載開始から何年たっているのだろう。 

 巻頭によくわからない漢詩の読み下しみたいなものが載っている。 

 その結び。 


  須(すべか)らく見よ妖猿伝 


 さらに作品の最後にはこれまでのあらすじを見開き2ページでまとめている。扉に相当するページに、特大サイズの文字が躍る。 


  須(すべか)らく読め! 

  妖猿伝!! 


 これって正用? 

【よく目にする誤用の御三家】 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=746503742&owner_id=5019671 


 一応後ろが命令形だから許容範囲なんだろうか。もはやわからなくなりつつあることを感じるorz。限りなく危ういんじゃないだろうか。だいたいルビをつけてまで漢字表記にするのがイヤだ。「すべからく」でいいじゃん。 


 このテのかっこよさそうな言葉を使いたがる人は多いので、もうメクジラを立てる気はなくなってしまった。ただ、あまりにも字が大きかったので笑ってしまった。40mm角を超えるサイズの文字で「須らく読め!」は相当迫力がある。 


 文語のにおいがする言葉はだいたい誤用のにおいがつきまとう。 

「くみする」とか「ほしいままに」とか、どう使うのが正しいのかもはやわからん。 

 個人的には「さらなる」あたりもできるだけ使いたくない。 

 昔は「より明確になる」のようなmoreの意味の「より」も使いたくなかったけど、最近は使うことがある。そんだけ丸くなった……ってことにしておこう。 

==============引用終了 


 ちなみに、バトル先で「有名な誤用例」とされているもの。 

努力した者が 

全て報われる 

とは限らん 

しかし! 

成功した者は 

皆すべからく 

努力しておる!! 


 これに関する劇作家の解釈は下記。それは苦しいのでは。 

〈「すべからく努力しておる」→「ゆえにキサマも努力すべし」という文意を含んでますので、明らかな誤用とは言えないわけです。〉 

 これに関してはちょっと書いたことがあって、「誤用」としたら、版元の編集部(正確にはコンテンツ事業部?)に「この場合は〝当然〟の意味だからOK」と却下された。そうなのかなぁ。 

 ちなみに〈1分しかないラウンド間にセコンドが発する切れのいいセリフにするなら「~べし」は省けと奨めますが。〉だったかなー。試合中にこんなこと言う? 手元の資料だと試合前の鷹村にゲキを飛ばしている(それも誤用だって)。 


 さて、少し新しい情報を出そうか。 

『こちら日本語校正室』(岡橋隼夫)1995年刊 

 著者は某出版社の校閲室長を務めたかたなんで記述は信頼している。 

==============引用開始 

 この誤用は、ごく最近出てきたことかと思っていたら、ポーランド文学者の工藤幸雄氏が、〝初見は確か一九八六年五月号の「文学界」。見開きのエッセイの書き出しに「すべからく哲学というものがぼくには苦手である」とあり〟とびっくりした話が、サンケイ新聞にとり上げられてあった。 

==============引用終了 


 そいでもってルーツに関しては下記の推測が当たってる気がする。 

『本が好き、悪口言うのはもっと好き』所収「まっくろけの猫が二疋」(高島俊男)文春文庫P.37~ 

==============引用開始 

 わたしは、このかたたち(いずれも大学の先生である)がなぜ「すべからく」という語を「すべて、全部、みんな」の意味に用いるのかが、どうも解せなかった。そして今、岡留さんの文を読んで、「そうか、これはきっと、〝新左翼と全共闘運動にかかわった〟人たち特有の言い方なのにちがいない」と思ったのである。 

 あの一種独特の演説はわたしも聞いたことがある。 

 「われわれわあ、大学当局のお、攻撃を粉砕してえ、学内諸勢力おお、すべからく結集しい、……」などと最初に演説した人は当為の意味に用いたのであろうが、聞くほうがそれを総体の意に解し、次に演説する人はもう全部の意に用い、やがて一定世代、一定範囲のうちに行われるようになったのではないか──というのがわたしの「わかった!」なのである。あまりあてにならないかな。 

==============引用終了 


 下記もけっこう充実している。高島俊男は『お言葉ですが…② 「週刊文春の怪」』のP.213~でも「すべからく」の誤用について書いていた。 

【すべからく】 

http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/kotoba/Subekaraku.html 


 これだけいろいろ【ネタ元】があっても、劇作家の先生は引かないのかなぁ。 

「自爆はすべからく許してはいけない」あたりなら、「べき」の省略ととれなくはないかも。 

 でも、「自爆はすべからくダメだろう」だとそれも苦しいのでは。




「すべからく」の話〈2〉

 ↑に書いたように、自分では「すべからく」を使ったこともないし、これからもギャグ以外で使うことはないと思う。 
 誤用や、誤用とは言い切れないけど不適切な例はいろいろ見る。 
 逆に、「こういうときに使うのね」という例は見たことがない。こういう言葉を使いそうな文体を毛嫌いしているせいかもしれない。 
 で、貴重な実例を。 
『お言葉ですが…② 「週刊文春の怪」』のP.213~〈「すべからく」の運命〉。1行目の黒いの「い」は図中の記号を示し、原文ではゴシック体。 
==============引用開始 
〈事実また、黒いと打った人がいたっけが、こういうときはすべからく沈着に構えて、沈着に手を読むのをよしとし、黒2を5につげば手にも劫にもならないのである。〉 
〈全くの話が当り前みたいなもので、敵の強いところでケンカをしては損だからすべからくおとなしくしていなければならないのである。〉 
〈次いで白が8の突込みなら黒は9のつぎ、すべからく戦いは急所急所へと敵の心臓部へ迫るのを尊しとし……〉 
==============引用終了 

 いずれも漢文訓読の「すべからく……すべし」の形になってはいない。しかし「○○しなければならない」「○○するのがよい」といった意味合いの言葉が続く。「当然」の意味ならOKなんてどこから出たんだ? たぶん辞書の記述を曲解したんだろう。 
「すべからく……すべし」の形になっていないのは不十分なのではなく、表現の工夫と考えるべきなんだとか。 
==============引用開始 
「すべからく」は「…せねばならぬ」を予告する。昔は「すべからく」とくればかならず「…すべし」だったのだが、それでは芸がないから同趣旨の表現をいろいろくふうした。前田さんの「よしとし」や「尊しとし」などはなかなかうまいのである。 
==============引用終了 
 文中の「すべからく」の使い手は囲碁棋士の前田陳爾。1907年11月22日~1975年7月3日の人なので、学生運動とは関係なさそう。それでも使う人は使う。 
 以下は当方が採集したもの。 

 丸谷才一氏の使用例を探して古いデータを検索したら、『遠い太鼓』(村上春樹 1993年4月講談社文庫刊・単行本1990年6月刊)がひっかかった。 
 2002年のデータ。 
==============引用開始 
まあとにかくそういうわけで、選挙権のある国民はすべからく投票場にでかけて投票しなくてはならない。 
 それから--これがややこしいのだが--投票はすべからく自分の出生地で行わなくてはならない。(p.464~465) 
 うしろに「ならない」がついているから、「すべからく」の使い方としてはたぶん正しい。それでもこんなに平易な文体の中に出てくると異和感が強い。 
==============引用終了 

『海辺のカフカ』にあった(笑)。こっちは誤用だと思う。2006年のデータ。 
==============引用開始 
・「ものごとにはすべからく順番というものがある」(上巻p.296) 
 会話中とはいえ、ベストセラーにこういう用例があると、禍根を残すような……。 
==============引用終了 

 本命はこっち。丸谷才一氏も、たぶん学生運動とは関係ない(笑)。2003年のデータ。ウーン。当方の記憶は別の作品中なんだけど。 
==============引用開始 
『男ごころ』 
 偉い人はすべからく、ああでなくちやいけませんね。(p.27) 
「すべからく」の使い方が気になった。丸谷氏ほどの達人が、こんな基本的な誤用をするとは思えない。だが、自分の語彙には存在しない言葉なので、どうにも使い方が判らない。『お言葉ですが』②(高島俊男)を引っ張り出して確認する。「すべからく」と来れば「……すべし」と結ぶのが本来の用法だったが、「……せねばならぬ」の類いの表現は許容されるらしい。メデタシ、メデタシ。 
==============引用終了 

 2000年のデータで発見しました。『封建主義者かく語りき』(呉智英)のP.139にあるらしい。「呉智英 すべからく」で検索してもなぜか見つからなかった。 
 で、本棚を漁る。最近行方不明の本が多いが、これはスンナリ見つかった。こういうのを入力してくれている人はいないのかなぁ。 
==============引用開始 
 さて、記事では、ベイルマンの映像美をほめ、 

 おそらく、すぐれた芸術がすべからくそうであるように、表現は象徴性を帯びる。 

 と、続いている。 
 誰が何を「すべからく」なのであろうか。意味が皆目わからない。よーく考えると、どうやら(哲)氏は、「すべからく」を「すべて」の上等な表現だと思って、気取ったつもりで使っているらしいことがわかる。 
「すべからく」が「全て」なら、その否定語の「すべからず」は「一部分」なのであろうか。「立小便すべからず」は、一部だけ排泄しなさい、ということなのであろうか。 
==============引用終了 
 この」あと「ク語法」の例を出し、文法的に解説している。 
 興味のあるかた、意見を言いたいかたは、原文をご確認ください。 
 呉智英氏と高島俊男氏が2人とも「すべからく」の誤用を目にして戸惑っている感じがおかしい。このお2人は、このほかに「支那」関係の論説の一致で知られる。 
 下記も充実している。 

【呉智英『封建主義者かく語りき』 - daikarasawaの日記】 
http://d.hatena.ne.jp/daikarasawa/20130503/1367568509 
==============引用開始 
呉智英はずっと、「すべからく」の誤用を指摘し続けているが、理由はこれを読むまで知らなかった。細かい人なのかと思っていた(細かいのだとは思うが)。実際には、こういう誤用は「民主主義=ファシズム=スターリニズム」の産む悪弊なのだという。(ファシズムが民主主義から生まれたという点についてはかなり紙数を割いて呉は論じている)。 

なぜ「すべからく」が誤用されるのか。呉によれば、こういう誤用する論者は、気取った賢く見られたい左右の批評家たち(川本三郎、上野昂志、鈴木志郎康、唐十郎、服部平治、宮本盛太郎、岸田秀の名を例示している)であって、彼らは、「叡知の道を歩むことなく、そのくせ、裏口からでも叡知の王国に入りたいという姑息な上昇志向だけは人一倍強い」、ということになる。そしてそういう志向は、「個」を重視する(と言われる)だめな民主主義が産み出したものだという。面白い主張だと思う。「気取った表現で四流五流をたぶらかしたいという二流三流が跋扈することになった」というようなひどい書きぶりもものすごく面白い。 
==============引用終



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