首輪

テーマ:フィクション
2005-11-01 00:59:48

首輪


気がつくと目の前にあの女の顔があった。


「どうしたの?」


よほど妙な顔でもしていたのだろうか。怪訝そうな表情で私の顔を覗きこみながら訊いてきた。


「い・・いや・・・」


20数年前から一瞬で現在に戻ってきた自分の意識と今の状態に戸惑いながら、そう答えるのがやっとだった。
曖昧な私の答えに業を煮やした彼女は、いつのまにか傍らに用意していた濃紺の紙袋の中から黒いベルト状のものを取り出した。


「なんだか心ここにあらずって感じね?そんな不躾なあなたにはこれがお似合いよ」


それは革製の大型犬用の首輪だった。背後に回った彼女が私の首に腕を回したかと思うと、ヒヤリとした感触が首筋のあたりに広がった。
犬用とはいえこのサイズになるとズッシリと重たい。バックルを締める作業に合わせ、小さく上下に動く首輪から革製品独特の匂いが立ち昇った。
普段嗅いだことのない匂いに私は妙な興奮を覚えた。


「これから人の言葉を話してはダメ。あなたは犬なんだから」


首輪を装着し終えた彼女は、悪戯っぽく微笑みながらそう言った。


「はい」


戸惑いながらそう答えた私は左の頬を彼女に掌で軽く叩かれた。


「はい、じゃないでしょ?犬はなんて鳴くの?」


「・・・ワンです」


ピシャリともう一度叩かれた。今度は右頬だ。


「です、はいらないの」


「・・・ワン」


「あはは・・・良く出来ました」


彼女に笑われ、情けなく犬の鳴き真似をしている自分を、もう1人の自分が見ている。
被虐感にさいなまれる。しかし、それとは裏腹に悦んでもいる。こんな状況を望んでいたのかもしれなかった。


「服を着ている犬ってなんか変じゃない?」


私の周りをゆっくりと歩きながら、彼女は値踏みするような表情を浮かべそう言った。


「着ているものを脱ぎなさい。犬は服なんて着ないの」


突然の申し出にまた喋りそうになってしまった。開きかけた口をぱくつかせる私を見て、また彼女は笑った。


「はは・・どう?いうことがきけないの?」


彼女は首輪に手を伸ばし、私の後方に向かって力を込めた。ベルトが喉仏を圧迫する。
無意識にうめき声をあげ、顔を歪める私に新たな選択が突きつけられた。


「できないのって訊いてるの。できるなら1回、できないなら2回鳴きなさい」


選択の余地はなかった。グイグイと力任せに引っ張られた首輪が気管に食い込み、気がつくとくぐもった声で1回「ワン」と言っていた。


「いい子ね~」


首輪を押しつける力が緩められ、喉をさすりながら咳き込んでいる私の頭を、まるで飼主が犬を褒めるように彼女は撫でた。
妙な冷汗と苦し涙を流しながら、私は膝に手を置き顔の血の気が引くのを待った。


Tシャツを脱ぎ、ジーンズを下ろしてパンツに手をかけた時、もう一度彼女の顔を見た。


「これもですか?」


「当たり前でしょ」


意を決して手を下げた。


「ははは・・・ほとんど初対面の相手に全部さらけ出すなんて、あなたも相当の変態よね」


そんな辛辣な言葉も今の私には褒め言葉に聞こえた。


「ワン」


私は彼女の言葉を認める意味で一つはっきりと力強く吠えた。


「そういえばさっきまた喋ったわよね?」


彼女の言葉に私は奥歯を噛み締め、目を閉じながらそっと左頬を差し出した。
ピシャリという肉と肉がぶつかる音が二人だけの空間に響き渡った。

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記憶

テーマ:フィクション
2005-09-17 14:42:20

記憶

「そのまま壁に手をついて・・・」


私にはもう彼女の言葉に抗う術はなかった。
言われるまま目の前の壁に両手を突き出し、少し前屈みになる格好になった。


「ふふ・・素直な人大好き」


そう言うと彼女はハリウッド映画に出てくる婦人警官よろしく私の身体検査をはじめた。
服の上から乱暴に胸元をまさぐっている指先が乳首にあたると、それを隆起させようと爪弾く。
無意識のうちに声を漏らしてしまっていたかもしれない。


「脚を肩幅に開いて」


ジーンズ越しに後ろから手が前に回ってきた。


「あらあら・・・」


すでに漲っていた私がデニムの生地を突き上げていた。


「ここは異常ありね、それとも正常かしら」


と、どこからともなく甘酸っぱい匂いが広がってきた。
彼女の香水の薫りと違うのは分かった。それは鼻腔を通して伝わってきたものではない。
どうやら私の頭の中から過去のイメージが呼び起こされ、その記憶と一緒に刻みつけられた匂いが連鎖的に蘇ってきたらしかった。


擬似的な臭覚の刺激。
脳裏いっぱいに記憶の断片がばら撒かれ、それらが次々に集まりだしパズルのように一つの画を完成させた。



――――見覚えのある住宅街。
真夏の太陽で照らされたアスファルトの上を小学四年の私は走っていた。
慣れた足取りで曲がり角をいくつか抜けると、角地にある家に駆け込んだ。
当時T市に住んでいた私の家だった。
路面電車が今も残る古い城下町だ。


靴を脱ぎ捨てると勉強机から手提げカバンを持ち出し向かいの家の前に立った。
そこには同級生の女の子が住んでいた。
夏休みの宿題を家で一緒にすることになっていたのだ。


彼女の両親は二人とも耳が不自由で近所の廃品回収工場に勤めていた。
留守がちな親に代わり家事を彼女が受け持つことが多かった。
そんな彼女に私は同い年でありながらどこか大人びた印象をもっていた。
それはいつからか憧れになり、淡い恋心に変わっていった。


エアコンなどなく、窓を開け放した部屋で小さい机をはさんで座る私と彼女。
二人とも汗だくだったがそんなことはどうでもよかった。
日に焼けた彼女の小麦色の肌からは甘酸っぱい匂いが漂っていた。


宿題が一段落すると彼女はジュースを出してくれた。
背の高いガラスのコップについた水滴が二人の汗のようにすべり落ちていた。

発泡する透明な液体を流し込む度に脈打つ彼女の喉元を、別の生き物が蠢いているかのように見ていた。


どちらが言い出したのか憶えていないが、その場にあった折りたたみ式のデッキチェアーを使ってお医者さんごっこをすることになった。

無邪気な遊びのはずだったが、その時の私には違った。
患者役の彼女を寝かすと傍にあった縄跳びの紐で彼女の手足を縛った。
はじめは面白がって彼女は笑っていた。

身動きできない彼女を見て私は今まで感じたことのない興奮を味わった。
明らかに躰の変化を感じていた。


スカートの中に手を入れた時彼女は泣き出した。
声は出さず静かに涙を流した。


彼女は私だった。


私がベッド状に広げられたデッキチェアーの上で縛られたかったのだ。

ちょうど今の彼女のように・・・


彼女の涙を見て周りの風景が恐ろしいほどの重圧でのしかかってきた。
いっそ声を荒げて責めてくれた方がまだましだと思った。

私は謝ることもできないまま、黙って泣いている彼女を見ていた。

せみの鳴き声と彼女のすすり泣きが聞こえる部屋の中、私はただ立ち尽くしていた。



――――今思えばそれ以来、自分のこの性癖を封印するようになっていたのかもしれない。
これは人を不幸にする。
人を傷つける。

子供ながらに知られてはいけない事だと強く自分に言い聞かせてきた。

しかし、それはまた目の前にいるこの女によって呼び起こされた。
いとも容易くあるがままの姿に私は生まれ変わった。


気がつくと私の目の前に彼女の顔があった。

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閃光

テーマ:フィクション
2005-08-13 19:33:27

閃光

「遠慮しないで入って」


白く塗装された鉄製の扉をあけながら彼女は私を促した。
この手の集合住宅にありがちな少々手狭な玄関を通り抜けた時、左手に洗面台と洗濯機が置かれたスペースが目に入った。


普段は脱衣場として使われているのだろう。その奥には浴室に続くガラス扉が見えた。

傍らにある籐製のバスケットから衣類が覗いていた。

一人暮しの女性の部屋にはほとんど入る機会などなかったが、日常は仕事に追われて洗濯は休日にまとめてしたりするのだろう。
S性のある女性もプライベートではなんら他の人達と変わらないということか。少しほっとした気がした。


そのまま進むと右手には10畳ほどの広さのリビングが見えてきた。と同時に普段見慣れない物が目に飛び込んできた。
小学生のころ教室で使っていたようなかなり大型のストーブだ。ずっしりと存在感のあるストーブからは亜鉛製の煙突が上に突き出され、天井付近で90度に曲げられそのまま部屋を横断しながら外へと続いていた。


「驚いた?この辺ではどこでもそれぐらいのストーブは必需品なの」


思わず煙突の行方を目で追ってしまっていた私に彼女は少し笑いながらそう解説してくれた。

リビングには畳敷きの部屋が隣接していた。
彼女はいつの間にかそことは反対側の部屋へと消えていた。
思ったよりゆったりした部屋の作りだった。


「荷物は適当に置いといて」


奥から彼女が声をかける。
数日分の着替えが入ったボストンバッグをリビングの隅に置く。


その時目に入った鏡台の上に男性用整髪剤が置いてあった。
一緒に暮らしている男がいることは聞いていた。
今は仕事でこの街を離れていることも。


そんな空間に転がりこんだ間抜けな男が一人。
居心地の悪さがまた戻ってきた。


「疲れたでしょう?ちょっとその部屋の隅っこにいってみて」


奥からまた彼女が声をかけてきた。
妙なことを言うと思ったが、言われるままリビングの隅へ立つ。
同時に奥の部屋から出てきた彼女と目が合った。上着を脱いで白いブラウス姿だった。シルクの生地が胸の膨らみに張りついていた。


「そのまま後向いて」


「・・・・」


意図がつかめず無言で呆気にとられていると微笑みながら再度後を向くように促された。
凛とした顔立ちだが笑うと可愛らしい女性のそれになる。私は逆らえぬままその場で180度反転した。
すぐ目の前の壁を見ていると後から彼女が近付いてくる気配を感じた。


「ふり返らないでね」


ゆっくり、しかし確実に歩み寄る気配。1歩づつ近付く時間が何倍にも感じられた。身体中の神経が彼女の気配を感じ取るために総動員されているのが分かる。

見えないということがこれほど人の感覚を研ぎ澄ませるものか。
仄かな香水の匂いが鼻腔まで届いてきた。
今まで感じたことの無い予兆に血流はその速さを増した。


「そのまま壁に手をついて」


耳のすぐ後で彼女がささやいた。吐息が微かにかかった。
不意に発せられた彼女の言葉に私の頭の中で光のような物が閃いた気がした。
もうすでに何かが始まっていたようだった。


私にはもう彼女の言葉に抗う術はなかった。

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優しい光

テーマ:フィクション
2005-07-31 05:22:59

夜景バック

二人で入ったレストランの窓からは海が見えていた。
辺りはすっかり陽が沈み、北の地の海は暗く光を吸い込んでいる。


その上にポツンとたたずんでいる観光用の白い帆船は、必要以上に明るい照明にライトアップされ、迷惑そうにキラキラ輝いていた。

居心地が悪そうなのは私と同じだと思った。


ウェイターは私達を奥まった壁際の席に案内した。
窓辺にあの女が座った。

薄暗い店内は、それぞれのテーブルの上のキャンドルが唯一の照明と言ってよかった。
頼りなげな光の下、初めてまじまじと彼女を見た。大柄な女だった。

斜め下から淡いオレンジの光を受けた顔は、実年齢より若く見えた。
後の窓からさし込む、明るさの押し売りのような帆船の照明は、彼女の黒い革のジャケットをより艶やかに見せ、それが紅い口紅とマニキュアを一層引き立たせた。

注文した料理が出てくる間、いつもよりぎこちない動作でタバコに火を点けている自分に気がついた。

運ばれてきた品々は一応当地の食材をふんだんに使っているらしかったが、味はどこのレストランでも食べられそうな気がした。
味覚もいつになく戸惑っていたのだろうか。最後に彼女が薦めてくれた地ビールもピンとこなかった。
長旅で腹が減っているはずだったが、料理が上手く喉を通り抜けてくれなかったのは、初対面の相手と夕食を共にしたからだけではなかった。


どんな話をしたのかはよく憶えていない。多分とりとめのない話だったのだろう。
あたりさわりの無い世間話。
そんな話のことよりも、笑うたびに細くなる悪戯っぽい黒目がちな瞳の方が印象的だった。



―――優しい光を月が投げかけていた。救いを求めれば、そっと手を差し出してくれそうだった。

レストランを出た私達は、人影も疎らな夜の街を歩いた。
5月とはいえ、この時期のH市は夜も更けると肌寒い風が吹く。
私は上着の襟を合わせながら歩いていた。


「ホテルは?」


信号待ちをしている間、不意に訊かれて私はすぐに意味が飲み込めなかった。


「・・・・」


「今日泊まる宿よ。予約してるの?」


「いや・・」


予約はしていなかった。我ながら呆れるが、半分思いつきのように列車に乗っていたのだ。


「連休だからこれからじゃ無理よ。私の所に来る?」


「・・・・」


怪訝そうな顔をしていたのだろう。
そんな私の様子を見て彼女は言った。


「その方が宿代浮くわよ」


あの瞳だった。
悪戯っぽいあの瞳。
断る理由はなかった。


そのままコンビニで食料とアルコールとつまみの買い物をすることにした。
魚肉ソーセージを手に取った時、彼女が耳元でささやいた。


「残ったらあなたのアナルに入れてみる?」


表情は見えなかったがきっとまたあの瞳だったに違いない。


買い物を済ませ私達は路面電車に乗りこんだ。
路面電車は久しぶりだった。子供のころ一時期T市に住んでいたが、それ以来だ。


「人少ないでしょ」


珍しそうに辺りを見回す私に、前を向いたままそう話しかけてきた。


「最近はとくにそう。不景気でみんな出て行っちゃうの。よそで仕事するんだって」


夜遅い時間とはいえまだ宵の口だ。繁華街のこの辺りならもっと人がいてもいい時間だがほとんど無人に近い。
営業中の店より早々とシャッターを下ろして店仕舞いしている数の方が多い。
駅に着いた時の暗さはここからきているのだと思った。


電車を降り暗い路地を二人で歩いた。月は出ていなかった。
優しい光はもう届いてはいない。


「ここよ」


灯かりが疎らに燈っている集合住宅の前であの女が言った。
紅い唇が小さくしぼんだ。

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繋がったレール

テーマ:フィクション
2005-07-17 02:18:23

線路

―――5月の連休の初日、私は『H市』へ向かう特急列車に乗っていた。もちろんあの女に逢うためだった。

ぼんやりと車窓から眺める景色は気がつくと見なれない街へと変わっていた。どこかで見たことあるような、それでいてどこかが違う。素朴なこの国の田舎の佇まい。それが現実をよりリアリティーのないものに感じさせる。


夢ではないのか?


初めて見る風景。
初めて乗る列車。
初めて会う乗客達。


さすがに自分で頬をつねるような真似はしないが、到着駅を淡々と告げる車内アナウンスがそれらを唯一リアリティーのあるものに感じさせている。すべてを附合させてくれていた。
あのメールでさえも・・・


すべてはその1通のメールから始まった。

文面は忘れたが、短文で味気のないものだった。最初は男からの冷やかしだとも思った。
何回かやり取りをするうちに、その考えが間違いであることに気づき、日に何度もメールをするような間柄になると、いたずらではないと確信した。

私は今までの妄想や願望を伝え、彼女はそれまでの経験や体験を返してきた。


ある時、自分で浣腸するように言われた時もあった。
そして我慢できずに排泄するときは電話をよこすように番号が書かれていた。

浣腸などそれまでしたこともなかった。冷たい液体が下腹部に入ってくるのが分かると、4、5分もするとすぐに我慢できなくなった。
強烈な便意に襲われトイレに駆け込んだものだった。

もちろん電話などしなくて、そのまま終わらすこともできた。しかし私の手は携帯をしっかりと握り締めていた。どこかで彼女の命令に従うことに悦びを感じていたのだ。


そして、妙な気分で電話をしたのを今でも憶えている。

あの女の声を聞いたのはその時が最初だった。
初めてで他にいろいろ話すこともあっただろうに、よりによって私が彼女に告げた最初の言葉は「もう我慢できません」だった。


「あははは・・・」


笑い声を聞いたのもそれが初めてだった。
どこか中性的で、耳に残る声。
そして、蔑まれ、嘲られる快感に気がついたのも最初だった。
それは決してあの女に植付けられたものではない。
私の中に芽吹いていたその感覚はいつのまにか成長していて、しっかりと根を張っていたのかもしれない。彼女がそれに気づかせてくれた。そして恥辱という水でここまで育て上げた。

私という人間はあの女に育てられたようなものだった。



―――夜、列車は『H市』に滑り込んだ。

すっかり日の落ちた街並は想像していたより小さかった。まばらな乗客は車内からホームへ、そして改札口へとゆっくり進んだ。
1歩1歩進むなか、私は自分を逆方向へ押し戻す力を感じてた。


「今ならまだ引き返せる」


そんな言葉を聞いた気もした。
それまでの私なら、それに従っていたかもしれない。しかし今は違う。

今私が従う相手は別にいた。
人影も疎らな駅舎内に、しっかりと両の脚で降りたった。

すぐにそれと分かった。


あの女がそこにいた・・・



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