大学生。小学生の頃から夢に出てくる女性、通称「夢子さん」に恋をしている。
夢子さんこそが自分にとっての運命の人だと信じて疑わず、他の女性に惚れた事は無い。
追川一真の幼馴染で、追川一真に惚れている。
追川一真が信じて疑わない「夢子さん」を一緒に探すことになる。
追川一真の大学で出来た友人。
「夢子さん」の事を語る追川一真の事を子バカにしつつも
なんやかんやで応援している。
詳しくは読んでからのお楽しみ。
旅の途中で出会うお医者さん。
追川♂:
島咲♀:
瀬川♂:
有田♀:
医者♂or♀:
夢の中で僕は、見覚えが無い部屋に佇んでいる。
その部屋には2台のピアノが並んでいて、
1人の女性が片方のピアノを弾いている。
僕は女性が演奏している姿を見ている内に
なんとなく?無意識と言うべきか。
おもむろにその女性が使っていない方の
ピアノの前に座って、見よう見まねで弾いてみる。
その人はすごくピアノが上手だけど、
僕は下手くそで当時小学1年生だった僕は泣いてしまったりもした。
でもその人は泣いている僕をなぐさめてくれて、
一緒にゆっくりとピアノを弾いてくれるのだ。
夢から覚めてもその事は鮮明に覚えていて、
少しでもその人の演奏技術に追いつきたかった僕は
両親に頼み込んでピアノを習い始めた。
それからはその夢を見る度にその人と一緒にピアノを弾いた。
ピアノが上達した僕の姿を見ると、その人はとても喜んでくれた。
その喜ぶ姿を見る度に、徐々に僕はその人に惹かれていった。
夢の中で出会うその女性に、僕は恋をしていたのだ。
でも…
なんでなんだろう…夢子さん…
あの人は名前を教えてはくれなかったので勝手に呼ぶようになった。
ヤバイ!講義に遅れる!!
今日も見られなかったよ…くそっ、バカにしやがって…
大学で幼馴染に夢子さんの話をしていた時、
どこからともなく現れて
話に食いついてきた変な奴である。
悪い奴ではないのだが、
自他共に認めるお調子者だ。
それ以来現実の女性に見向きもしない男友達なんてバカにしたくもなるだろ?
急にパタッと見られなくなっちゃったんだ…
それに、好きな女性を想い続けるのがそんなに悪い事なのか?
仮にそれが実在する女性だとしても、片想い歴十数年はやべぇよ…
あんな世話焼きで可愛い幼馴染がいるんだから、
ちょっとぐらいブレたらどうなんだ?
…っと、噂をすればなんとやらだな。
あれだけインターホン鳴らしたのに全然起きないんだもーん!
朝からうるさいなぁ…ちゃんと間に合ったんだからいいだろ?
僕の幼馴染の島咲成美。
家が近所で大学に入った今でも
毎朝インターホンを鳴らして起こしに来る。
ありがたい話ではあると思っているが、
それと同時に面倒見が良すぎるにも
程があるとも思う。
あーあー寝ぐせもつけっぱなしだし…
どうせ朝ごはんも食べてないんでしょ?
はい、コンビニのだけどサンドウィッチあるから、
さっさと食べちゃって!
まぁいいけどさ。僕は夢子さん以外に興味ないし。
カズってば、小学生の頃からず~っとそれだよねぇ…
小学生の頃に隣のクラスのあーちゃんが
「カズくんの事が好きです!」って告白したのに
「いや僕、夢子さんが好きだから…」って断ってさー。
「夢子さん」なんて名前の人、学校のどこにもいないから
ちょっとした騒ぎになったんだよ?
…はぁーあ、どうしちゃったんだろう夢子さん…
今まではこんな事なかったのに…
自分の意志じゃ会えない分、なおさら不安だよね…
自分の意志で…そうか、決めた!
この夏休みは夢子さんを探しに行く!!
いったいどうやって…それに手がかりだって無いんでしょ!?
あの曲を色んな所で演奏してまた別の手がかりを探すんだ!
俺もついていこうかな~♪
カズが心配だもん!
よし!そうと決まれば夏休みまで資金調達のバイトだ!!
やるぞ~~~!!
新聞配達や引っ越しの日雇いバイトなど
とにかくすぐにそれなりの量のお金が
手に入る物ばかりを選んでいたので、
夏休みまでにはそれなりの金額を集めることが出来た。
ジュンヤとナルは元々バイトをしていた事もあって
金銭的にそこまで困らなかったらしい。
そして迎えた出発前夜。
あとは明日を迎えるだけだ。
よ~し!待っていてください、夢子さん!!
それは夢子さんがいつも現れる、
ピアノが2台並んでいる部屋の夢だった。
僕が周囲を見渡すと、ピアノの向こう側に
夢子さんがこちらに背を向けて立っていた。
僕が夢子さんに声をかけようと近付いていくと
夢子さんは黙って首を左右に振った。
僕はそこで歩みを止め、呆然と立ち尽くしていた。
何故夢子さんは首を左右に振ったのだろうか。
何故夢子さんはこちらを見てくれなかったのだろうか。
そう考えている内に目が覚めた。
いや、考えていても仕方ない!
今は前進あるのみ!!よしっ!!
自宅のインターホンが鳴った。ナルだ。
今日はちゃんと起きたんだ!珍しいね~♪
ほら、さっさと行くぞ!
朝ごはんは食べたの~?
別にお腹もすいてないし。
しっかり食べないといけないの!!
ほら、集合時間まではまだ余裕あるし
途中でコンビニに寄って朝ごはん食べて行こう?
お腹が鳴っても知らないよ~?
しっかりと朝ごはんを食べてから、
僕らは旅の始まりとなる駅に到着した。
一緒に登場とは、今日も仲がよろしいねぇ。
念のために起こしに行ったんだけど、
ちゃんと起きてたんだ~。
お前がこんなに早く起きられるだなんて、
今日は雨が降るかな…
雨なんて降ったら移動が大変じゃないか。
レインコートも持って来てるから!
ケガした時に使う救急箱にー、
こっちはお腹が痛くなった時に飲む薬でー…
そんな大荷物持ってたら歩き回れないじゃないか。
少しずつ俺とカズマのバッグに入れれば
ちょっとは楽になるでしょ。
ナルは昔からそれだからなぁ。
公園に遊びに行くだけなのに
ポケットいっぱいに絆創膏持って来たりしてさ…
えっと…えへへ、ごめんね?
もう少しだけならこっちにも詰められるから。
ありがと、二人とも!
行く先は決めていなかったけれど、
とりあえず出来るだけ遠くに行って
そこから徐々に帰ってくるという道順で行動した。
各地で開催されているイベントやライブなどに
無茶を承知の上でとにかく頭を下げて頼み込み、
参加させてもらっていた。
僕は、通っていたピアノ教室のレッスンの一環として
何度か人前で演奏はしていたのだが
そこで演奏していたのは
教科書に載るような有名な楽曲だ。
今回の旅の中で演奏する曲は
夢子さんがいつも弾いていたあの曲だけ。
人前で披露するのなんて初めてだし、
とても緊張して最初は何度もミスをした。
自分では分からなかったが、
ジュンヤとナルから言わせると
始めの頃はそれはまぁ酷い出来だったらしい。
それでも、回数を重ねて行く内に
人前で演奏する事にも慣れてきて
徐々にお客さんの反応を見る余裕も出て来た。
その頃に気が付いたのだが、
聴いてくれているお客さんは皆
揃って穏やかな表情をしている。
この曲って、聴くと落ち着くのか?
なんていうのかなぁ…なんだか、
穏やかな気分になるって感じ。
疲れてへとへとになっていても、
曲がふんわりと包み込んでくれる気がするの。
小さい頃の事を思い出しちゃうよ。
何故だかわからないけれど、
小学生の頃とかの事を
ぼんやりと思い出しちゃうんだよなぁ。
私もカズと幼稚園で遊んでた時の事を
思い出しちゃってたもん。
どうするんだったかな?
遠距離ならさっさと移動しないと。
さっきの演奏をたまたま聴いていてくれてた人から
「ぜひウチで演奏してほしい!」
って依頼があったからそこに行くよ。
で、どこに行くの?
どんな所かは分からないよ。
行ってみてのお楽しみ。
なんと病院だった。それも、結構大きい。
本当にここで合ってるんだろうな…
昨日声をかけてくれた男性が病院から出て来た。
どうやらここで本当に間違いないらしい。
よく来てくれたよ!ささ、こちらにどうぞ!
失礼ですが、あなたは何者なんですか?
お医者さんのあなたがわざわざ僕なんかに演奏の依頼を…
実はある人に君の演奏を聴かせてあげて欲しいんだ。
寝たきりの状態なんだ。意識もはっきりしていない。
カズマの、いや、コイツの演奏を?
ピアノを毎日のように弾いていたんだ。
まだ意識がはっきりとしている頃にね。
入院している患者さんに音楽療法を施したり、
指を手術した患者さんが
リハビリにピアノを使う為の施設なんだ。
そこで演奏していた曲が、何の奇跡か偶然か、
昨日キミが演奏していた曲だったんだよ。
最初は耳を疑ったよ…私は比較的
色々な演奏家の曲を聴く方だが、
この曲を弾いているのは、
私の知る限りではその患者さんとキミだけだ。
ピアノを弾けなくなったのはいつ頃からですか?
今年の4月頃からだったかな。
この患者さんに、キミの演奏を聴かせて
どんな効果があるのかは全く分からない。
でも、何もしないよりかはマシだと思ってね。
親族の方々に了承を得ようとしたら、
ぜひ同伴させてほしいと言われたから
親族の方々も一緒になるが、構わないかい?
演奏者の方を連れてきましたよ。
患者さんの親族と思われる方々と、
1つの大きなベッドと、
そのベッドで瞳を閉じている女性の姿があった。
歳は40代か50代ぐらいだろうか。
顔はずいぶんと変わっていたが間違いない。
僕が幼い頃から何度も何度も夢の中で出会ったあの人。
一緒にピアノを弾いたあの人。僕の憧れの人。
僕の…僕の、大好きな人。
今から演奏を始めますね…カズマくん?
なんでこんなに涙が出るのかな…
ホコリでも入っちゃったかな?あはは!
冷静に取り繕わないと、ただの怪しい人だと思われてしまう。
そんな事は分かっている。
それでも、僕の中の感情が溢れ出して、止まらないのだ。
親族の方々に迷惑をかけるからとか
怪しまれちゃうからとか
色々考えた上で誤魔化しているんだろうけどよ、
もうそんなもん手遅れだよ!!
そんなにボロボロ泣いちまったら
とっくに怪しまれてるっつーの!
どんな気持ちでこの旅を決意して、
大勢の人たちにその曲を
何を想って聴かせて来たのか、
俺はずっと近くで見て来た!
並大抵の覚悟じゃないんだって
めちゃくちゃ感じた!!
お前の旅の目的はここなんだろ!?
しゃんとしろ!!
大好きな人の前で情けねぇ顔してんじゃねぇよ!!
そんなに言っちゃったら我慢してる私が
バカみたいじゃない!!
カズ!あんたねぇ、私なんて
瀬川君なんかよりもっともっとも~~っと
ちっちゃい頃から延々と
カズの夢の話聞かされてんのよ!!
人の気持ちも知らないで…
って、そうじゃなくて!!
その夢の話、まるごとまとめて
気持ちと一緒にぶつけなさい!!
すみません先生!お待たせしました!
いつでもいけます!!
僕は夢子さんの方を見た。
夢子さんは瞳を閉じている。
何かの夢を見ているのだろうか。
もし夢を見ているのなら、
何の夢を見ているのだろうか。
そんな事を考えながら演奏を始めた。
頭の中で、今まで見てきた夢子さんとの夢を
一つ一つ、噛みしめる様に思い出しながら、
僕は鍵盤を叩く。
夢子さんに自分の気持ちが伝わる様に、
ゆっくりと、確実に。
そして、演奏は終わった。
演奏している内にいつしか
涙は出なくなっていた。
下手っぴな演奏が聴こえて来て、
ふと目が覚めちゃったわ…
今の演奏をしたのはだぁれ?
僕は夢子さんと目を合わせる。
今のピアノを弾いたのは…
もう、休ませてくれたっていいじゃないの…
今まで散々レッスンしてあげたでしょ…
夢の中で見るよりもずっと大きいわ…
夢の中で出会ってれば、嫌でも覚えちゃうわよ…
僕は、あなたにあこがれて…
今日、ここまで!!
もうじきどっかに行っちゃう人と
知り合ったって、いい事なんて
何もありゃしないわ…
気が変わったの…
この演奏をしている人の顔を見るまでは
絶対に逝けないって…
いい?私の名前は、有田恵美…
あなたに逢う為に、あなたに気持ちを伝える為に
今日ここまでやってきました。
僕の気持ちは伝わったでしょうか…?
沢山ありすぎて、
自分の中に収まりきらないほどにね…
私、自分の教え子には興味ないの…ごめんなさいね…
もっと、周りを見渡してご覧なさい?
あなたの事を大切に想ってくれている人は
大勢いるはずよ…
素直に嬉しいわ…でもね、
その「好き」という気持ちを、
ほんの少しでも周りの女の子に向けてみなさい…
自分の事を、ずっと見守ってくれている女の子にね…
そろそろ…時間ね…ゲホッゲホッ!!
すぐに応急処置の用意を!!
あなた、男の子でしょ…
夢が…見られるのなら…
その時には…また…会いましょ…?
…はい、その時には、今よりももっと、
ずっと、上手いピアノを聴かせてみせます!!
先生が必死に応急処置に取り組んだが
夢子さん、いや、恵美さんが息を吹き返す事は無かった。
僕らはその場で散々涙を流し、それぞれの家へと戻った。
後日、恵美さんの親族の方から連絡があり
実際に会って恵美さんの話を聞かせてもらった。
恵美さんが、元々はプロのピアニストを目指していた事。
スランプになって伸び悩んでいた事。
その頃から夢の中で一人の男の子に会うようになり
夢の中でピアノを教える様になった事。
その男の子の成長が嬉しくて、楽しくて、
自分の周りの人に自慢げに話していた事。
そしていつしか、プロのピアニストではなく
ピアノ教室を開いて小さい子供に
ピアノを教えることが自分の夢になっていた事。
それらの話を聞いて、僕はまた涙を流した。
今は亡き、大好きだったあの人の事を想って。
そして今、僕は…
早くしないと講義始まっちゃうよー!
いつもありがとな、ナル。
夢の中に恵美さんは現れなくなった。
会えなくたって、
いつでも見守ってくれているはずだから。
それに、今までずっと見守ってくれていた奴に
沢山恩返しをしなければいけないから。