はあ、なるほど。と思ったので、リブログさせていただきました。

「日本人が好きなように生きられない理由」


 

日本は島国だ。

自分が置かれている状況が気に入らないからといって、海を渡らない限りどこまでも遠くまで引っ越すことはできない。いきおい、自分を殺してでも他者と同調することが、生きるために必須となる。

 

私は日本では「あまりにもはっきり物を言いすぎる」とよく言われていたが、それでも言いたいことの半分も言えていなかったことを今更ながら思う。

 

同調圧力 ・・・ これは職場だけでなく、友達同士でもあったな。特に大学生の時が一番強かったような気がする。

 

ある人の言によると、大学生時代というのは、小中高校生時代に比べて「一番似たような者が集まりやすい」集団になるのだそうだ。

それは言えているかも。同じような学力で同じような嗜好、たぶん同じようなバックグラウンド。私は田舎の保守的な学生が集まる学校にいたので、外見はともかく、考え方は他の学生とあまり合わなくてフラストレーションがあった。

 

80年代だったが、若い彼ら、彼女らの言うことは、親世代と変わらない。学生運動はどうしたのだ、ヒッピーはどうなったのだ。その当時ではもうすでに、60、70年代の若者が牽引した革新的なムーブメントはとっくにレトロになっていた。

なぜなら、その頃はバブルだったから。何も考えなくても、誰でも贅沢を享受できたから。

 

とはいえ実際のところ、私はそれほど難しいことを考えていたわけではない。

それに、他の国々と陸続きのスウェーデンに来たって、やはり田舎の人というのは保守的で、外国人を敬遠するし、自分たちだけで防衛壁を作り、そこからはみ出そうという人間を見つけると徹底的に攻撃するものだということがわかった。

 

他人にどう思われても構わないというなら、どこに住んでも好きなように生きればいい。ただ、うちの母みたいに、他人(自分の子供含め)が自分の理想とする生き方をしないからといって愚痴愚痴言うのは一種のテロだなあ。

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