世直し「クモスケ」のブログ

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オイラは年収200万円のタクシードライバー

 

通称『クモスケ』、推定40歳。東京都内多摩地方出身で、古女房と11歳の長女に7歳の長男という家族構成のチョー貧乏な一家です

 

オイラの唯一の楽しみは、休日に家族を連れて材木座や逗子などの湘南海岸に行き、ウインドサーフィンをすること……だった

 

 

でも、首都直下型大地震、南海トラフ巨大地震や富士山噴火が怖くて昨年6月、都内から被災地宮城県に家族を連れて逃げてきたよ

 

 

先週、オイラが昼頃本社で無線配車していたとき、名古屋地方の某テレビ局関係者から電話が入った

 

被災地の取材で5~6時間程度のタクシー貸し切り予約をしたいが、料金を教えてほしいという

 

オイシイ話なので詳しく訊くと、「被災者も乗せながら各被災地を巡回したい」と言ってきた

 

「まあ、無理でしょうねえ」と、オイラはため息まじりに返したよ

料金の問題じゃあない、それには被災地ならではの事情があるからだぜ

 

実は、オイラも出版の関係からタクシードライバーとしての乗務日は、乗せた被災者にそれとなく潜入取材を試みるのだが、これが難しいというか、ほとんどの人が詳しく当時の状況を話すことにためらうケースが多かった

 

と、いうよりか、「思い出したくない」というのが被災者や遺族の本音だろう

 

その典型的なケースを紹介するぜ!

「3・11を迎えて6年」という一大イベントの翌日にあたる3月12日の午前中、オイラが石巻駅構内で端番待機していると、花束を抱えた40代後半のほっそりとした女性がオイラの車両に乗ってきたが、妙に表情が暗かったし黒っぽい服装だったので、震災遺族のようだから墓参りの遠距離客だな、女川方面ならラッキーだぜ、と身勝手に観測した

 

「女川まで墓参りしたいのですが……それと、その間待っていただけますか?またこの駅に戻りたいので」

ドアを閉めた直後、後部座席に座りながら女性は静かな口調で行き先を告げてきた

 

予想どおり「オイシイ遠距離客=往復」だったので、オイラは顔をクシャクシャにしながら「大丈夫ですよ、どうぞ!」と、はずんだ声で応えて、急発進したよ

 

「あのう、女川の○○寺の場所はわかりますか?」

女性客が心配そうな顔をしながら、オイラの顔をのぞき込んできた

 

「あっ、わかりますよ。○○ホテルの手前から入ったお寺ですよね?これで2回目ですから」

オイラは自信ありげに応えたので、女性客は安堵したようだ

 

石巻や女川周辺は寺の数が多く、しかもコースや行き先を間違えると距離も遠くなるためタクシー料金が高くつくからだ

(○○寺を知っているから以前は地元の人だったようだが、東京あたりから来たのだろう)オイラは想像した

 

女性客の表情はかたく、重々しい雰囲気の中、しばし、沈黙が続く

「墓参りですか?実は、311で私の甥っ子も被災死したんですよ」

窒息しそうになったオイラが堪らず、話しかけてみた

同じ事情を持つ被災者遺族ならば、多少なりとも心と口を開いてくれるだろう、と期待したからだ

 

「はい、母親の墓参りです」

沈んだ口調だった

震災の記憶がつらい被災者には無理して会話しない方がよい、と配慮したオイラは寡黙になり、ハンドルさばきに集中する

 

「母親は、死んだらこの墓に入れてほしい、と言っていた日の翌日、石巻の湊地区で津波に流されて死んだんです……遺体はすぐに発見されました。きれいな状態にして頂いたんですが、鼻には泥が詰まっていたので、余程苦しかったんでしょうね……それを思うと可哀想になってやりきれません」

突然、女性客が涙ぐんで語り始めた

女性客はたまっていたものを誰かに吐きだしたかったようだ

でも、被災当時に負ったトラウマが原因のようで、話しだすことをためらっている

 

やがて○○寺に到着すると、女性客が墓参りに行き、オイラは車の中で7~8分くらい待っていた

 

「待たせてどうもすみません。また駅までお願いします」

女性客は墓参り後、少しふっ切れたのか、明るい口調だった

 

よし、チャンスだと思い、オイラは震災時の状況などを色々と訊ねてみた

 

すると、女性客は期待どおり、当時の状況について次のように生々しく語り出したんだ

 

【女性客は当時、気仙沼の介護施設で働いていた方で、今は千葉県内に住んでいるそうだ。

311の当日はアパートから勤務先の介護施設まで行こうとしたときに被災したという。

気仙沼は地震と津波被害のほか、火災もすごかった。津波に重油とか灯油が混じっていたことから、津波が木造家屋などを勢いよく襲うと直ぐに火災が発生した。彼女のアパートがプロパンガスの爆発で、粉々になってしまった。

逃げる途中、油まみれの津波で足が滑り何回も転んでしまったので、その場で焼死するかと思い凄まじい恐怖を感じた。そのとき以来、灯油とか重油などの臭いがトラウマになってしまい、今でも石油ストーブとか、石油製品のバッグなどは臭いが嫌なので近寄りたくないし絶対買わない。

勤務先の介護施設では、津波被害により多くの高齢者が亡くなった。また、避難先の体育館では、津波から運よく逃れた高齢者の方々が低体温症などにより死んでしまった。今でも気の毒に思うのは、せっかく百歳まで頑張って生きた方なのに避難先で座りながら静かに死んでいたこと。何のために百歳まで生きてきたのかと思うと、思い出すだけで涙が出てしまう。

あのまま、被災地で生活していたら、きっと頭が狂ってしまったと思う。

その後、千葉県に転居して東京の新しい職場に就職したとき、職場研修で311の映像を見せられて泣いてしまった。涙を流しながら受けた、震災の事を思い出したくなかったのに。
 

311のイベントとか芸能人の慰問には違和感がある。中でも、あるお笑い芸人が被災地へ慰問のためにヘリコプターで降り立つシーンを、リハーサルで何度も繰り返していたが、本当に腹が立った。イベントのためのイベントばかりで売名行為に思えてしまう。

しかし、有名な相撲部屋の親方やコロッケさんたちには、本当に被災者のことを思ってくれたと感謝している。特に、コロッケさんの場合、近所のお婆ちゃんに「コロッケが来るよ」と伝えたら、サラを持ってきて「どこ?どこ?」と訊いてきたから笑ってしまった。そのお婆ちゃんは食べ物のコロッケと勘違いした。

支援物資が全国からたくさん送られてきたことには本当に感謝している。広島県に住んでいた方から送られてきたチョコレーが入った箱を開けたところ、「皆さん、頑張ってください」と書かれた手紙が一緒に入っていたので、あの時は本当にうれしかったし、その人の善意は涙が出るほど伝わってきた】

 

以上だが、どうかな?

名古屋地方の某テレビ局さん!

 

このような被災者たちが報道関係者と一緒に車に乗り込み、被災地を説明しながら巡回することなど絶対できない理由がわかったかな?

6年経とうが、何年経っても被災者たちにしてみれば、3・11は時間が止まったままなんだぜ!

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