晴れ、ときどき、美学。 皆川公美子のクミシュラン~★★★ 

感性キッズ〜感性は人生のセンサー。
親も子も、本来の自分で自分の人生に熱中しながら生きていく

クミシュラン主宰 皆川公美子です。


~クミシュラン 皆川公美子ができるまで~
半生記の記事をまとめてみました。

小説のよう!
波乱万丈を地でいくね💦

エンタテイメントとして読んでくださいませ♥
(引くかもしれない部分もあるけど・・・(笑))

 

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クミシュラン 皆川公美子ができるまで①~小さかったころ

クミシュラン 皆川公美子ができるまで②~サンプルを引き出しに入れながら生きる

クミシュラン 皆川公美子ができるまで③~初恋の男の子。ましもくんに恋をした。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで④~ましもくんが、死んだ。


クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑤~こんなパン食べない、犬にやる。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑥~北川香ちゃん、あなたなんか大嫌い。でもありがと。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑦~新天地・大阪に引っ越す。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑧~怒涛の中学時代。笑っちゃうほど、アレテイル。。。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑨~大阪・八尾から奈良へ大仏を見に行く。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑩~静岡に引っ越し、異空間の高校生時代がやってくる

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑪~サタン!と言ってシスターが蜘蛛をたたいた。高校時代

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑫~吹奏楽部でフルートに出会う

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑬~積み木くずし by○○ のはじまり

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑭~父が沸騰したお湯をぶちまける

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑮~またuwakijiken勃発、母はノイローゼぎみ

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑯~何がなんでも高校卒業と同時に家を出る!

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑰~家から脱出、失敗!? その1

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑱~高校卒業で家を出る、芸大失敗。2度目はあるか?

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑲~大学1年生で文字通り、立てなくなる

クミシュラン 皆川公美子ができるまで⑳~小休止、ちょっと待ってね。その理由は。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉑~大学時代の心の居場所。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉒~幽体離脱カレシ登場。

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉓~バイクの免許をとる。グレたのか?

 

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉔~「出ていけ!」教育実習から逃げ帰る

 

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉕~霊感カレシにあっさり○○○○

 

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉖~ミュージカルのお仕事

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉗~左手が・・おかしい・・・?

 

クミシュラン 皆川公美子ができるまで㉘~おかしいおかしいおかしいおかしい
 

 

まだまだ続きます♡

 

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クミシュランはキッズのための体験事業を始めます。

 

 

学校では体験できない、少人数のほんものの感性体験。

そして大人たちが集まれる場を作りたいというのが、
その手前にあるわたしの一番大きな願いです。

 

 

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倶楽部クミシュラン主宰 皆川公美子です。

 

クミシュランって、ものすごい手間がかかってたいへんな仕事で

ただ単に「皆さんに美しいものを見せたい」というものよりもっと奥に

何か原動力があると思うのですが、

それはなんでしょうか。

 

と言われて、ずっと考えていました。

 

原動力?・・・

もっと奥に?

そんなものあるのかしら・・・。

 

 

・・・・かなり時間がたって、

胸のなか奥深いところから出てきました。

出てきました。

ちょっと長くなります。。。。

お時間のある方のみ、どうぞ。

 

 

わたしは音大出身ですが、1年生のときに背骨の手術したことをきっかけに

だんだん左手が動かなくなりました。

今はひとことで言えますが、これはこれでとても大変なことでした。

今にして思えば、当時からわたしは「オレを見て!」という演奏家よりも

人がどのような世界をどうやってつくっているのかを観察している

プロデューサーの視点で生きていました。

そこで方向転換をしたことで今があると思うと、

当時はとてもつらかったその出来事に感謝の気持ちすらわきます。

 

けれども当時の両親の落胆はかなりのものだったと思います。

 

特に母はわたしに、自分の人生のなかでできなかったことを

投影していたので、

その現実を受け入れることができませんでした。

 

結果、彼女はすべてなかったことにする、という手段にでました。

要するにわたしが演奏をできなくなった、ということを

受け入れないという方策に(自分でも気づかないうちに)でたのです。

 

学生のころ、ホテルのクリスマスのディナーショーの脇とか

ミュージカルのオーケストラとかの演奏の仕事を

やらせてもらっていましたが、

社会人になってレコード会社で働いているときも

会社をやめて子育てしているときも

着物の道へ進んだときも

地元をしきっている音楽家の先生とのコネクションを使って

母は相変わらずディナーショーのちょっとした演奏の仕事の話を

持ってくるのです。

 

 

左手がうまく動かなくなったわたしにとって、

それは本当につらいことでした。

(そしてそれはわたしの手が動かなくなってから、

なんとつい3年前くらいまで、続いていたのです!

手が動かなくなってほぼ30年です(笑)

すごい執着!をいっ!手放せよっ!って域を、

余裕で超えています。

生活のふとした瞬間に「ディナーショーまたできるといいね、M先生とできるこんな話あるよ・・・」という形で、ちらっと言うのですね)

これまでの数十年で「できないんだよ!!!」とわたしがキレることもなんどもありましたが、それでも忘れた頃にまた出てくる話。

最初から、わたしがもうその道にいないということすべて、

なかったことになっていました。

 

 

状況を説明するためにもう少しおつきあいくださいね。

 

 

レコード業界は子どもができてから生活の時間帯に全く合わないので、

一旦退き、専業主婦時代を生きていました。

母は「こんなフルートの仕事あるよ」というのをちょこちょこ言葉のはしに出す、

わたしはスルーするか、何回かに一回キレる!

でも親となんとか絆を取り戻したいと

いつも思って、

無駄なトライを何百回も続けていました。

そんな

ある日忘れられないことが起こりました。

 

その頃、子供達が小さかったのですが、

せっせと着物の教室に通って、

資格をとり、

着物ショップに勤めたり、

着付けを教える仕事にやっとありついた、という感じでした。

わたしには紆余曲折、人生のいろいろなカーブを経験し

やっとここまできた、という思いもあったのです。

「わたし、演奏の仕事はやめたのだけど

心機一転今こんなことはじめたんだよ!」と

また懲りずに母に言ってみました。

話の続きでなんとなく言ったのではなくて、

これを言おう、

これを言ったらもしかしたら

「そうなの!新しい人生を見つけたんだね!」と

言ってもらえるかもしれないというほのかな期待が

ありました。

 

でも、

 

そのときの反応は・・・

苦笑いして無言でスルーでした。

 

何百回もスルーされているのに、わたしもバカだな・・・

学習しないやつ・・・と思いつつ、

でもでもと思ってのことでした。

 

それなりの紆余曲折と七転八倒の末の顛末、

精一杯の「わたし今ここにいるの!」が

受け止められずに、こだましながら虚空に消えていったとき、

ほんとうに言いようのない絶望感を感じました。

それを言われた横浜のデパートの売り場の光景と

「なんだそんな仕事」と口の端っこで母がした

苦笑いの映像を

いまでも古い映画のようにたまに思い出します。

 

日常的にもそういう「わたしは今ここにいるの」という

小さな声は(芸大を卒業してからずっと今に至るまで)

ことごとくスルーされてきていたので、

絶望感すらもう感じない状況ではありました。

ちぇ、またやっちゃった。くらいです。

痛みに鈍感にならないと生きていけなかったので、

また、母親になにか言われないための防御の姿勢として

母の前ではいつもわたしは無表情でした。

 

 

父からもずっと「(演奏の道から)逃げたんだろ!逃げたんだ!」と

言われ続け、

(それはつい半年ほど前にもそういえばまだ言われているな!苦笑。)

うちの両親はわたしが演奏家にならなかったことを

どれほど残念に思って執着しているのだろう。

 

3・0・年・間・ですよ!奥さん!

 

要するに、ありのままのわたしを受け入れられてない感、

存在自体が認められていない感をわたしはずっと抱えてきてしまったのだなと

思います。

でもそこをちゃんと見てみようという

全体的な元気の量が足りてきている今があるから、

今、やっと見られているのかもしれない!

 

 

ありのままの自分が見られていない、

地上に存在していない、

まるで透明人間になったかのような感覚は

深く深く人間を蝕むのです。

すてきな夫に恵まれてすてきな子供達に恵まれて

わたしは今とっても幸せなのですけれど、

親がありのままの子どもの姿を受け入れないということが

どのくらいの深い傷になるか、

身をもって理解しました。

子どもは親が子どもを愛するよりも

深く親を愛しているんだよね!

 

 

大人になって自由に生きることが可能になって

わたしはそこそこ自由に生きてきたと思います。

けれど、その下にマンホールの重い蓋をして

自分にまで巧妙に隠し通していた絶望感がありました。

その蓋をあけると、自分が耐えられる保証がなかったのでしょう。

人間の一番原始的で、一番大きな欲求は

 

「わたしがここにいる」という「存在」を認められることです。

あなたはそこにいるのね、と認められ愛されているということが

満たされて、

はじめて人間は健康的に生きることができます。

存在が認められる、

そこに自分の存在があるということを

きちんとまわりに承認してもらっていないと、

人間は生きられない。

身体が元気に見えても

精神は死んでいるのです。

 

 

映画なんかでよくありますね、

まわりの人が全員急に「あなたのこと知らない」と言いだしたら

その人は精神を正常に保つことができなくて

気が狂ってしまいます。

 

そうやって人間はつながりのなかで生きているのだと

心底納得する次第です。

 

 

さあ、ここからようやっと、本題いきますね!

(長かった!ごめん!)

「光と闇」「人間の毒の部分」についてです。

 

ものごとというのは

すべて相対的なものです。

 

その人の経験のなかの常識や

前提や

世界感や

経験や

そういうものと比べて

ものごとを測り

表します。

 

 

わたしは「美しいもの」を見つけるのが

人より数倍得意です。

(それを仕事にしています。)

人が「その部分はちょっと・・・」とまゆをしかめるようなことの中にも

美しさを見つけることができますし、

(これは優しいとか道義的な話としてでなくて、

可能不可能としての機能のはなしとして聞いてください)

人の才能の角度、

場の切り取り方、

風景の受け取り方、

すべてのものに人と違う美しさを見出すことができます。

(それは経験上わかってきたことです)

 

 

それは上記のように「存在そのものをスルーされてきた」という

人としての大きな闇の部分を持っているから、

光の部分がより拡大されて見えるのだ、

ものすごくものすごく腑に落ちました。

 

 

よくアーティストは毒の部分を抱えている、という話を聞きます。

先日、作家の田口ランディさんが

「毒の部分をもっていないと、表現なんてしないと思う」というようなことを

おっしゃっていましたが、

それは上記のように

毒(マイナスやネガティブなもの)を持っていることによって、

世の中の光と影の部分が見える、

平均的な人、というのがいるのだとすれば

より突出して

世界の凹凸が見えている、ということもあるのではないかと思います。

 

 

 

最初からすべては平和で

幸せでなんん不自由もなかったら

その幸せを感じることはできないのですよね。

 

マリーアントワネットが

「パンがないのだったらケーキを食べたらいいじゃない」と言ったという話が、

食事に関して「毒=負」の部分を持っていなかったことへの

悲しさとして響きます。

ケーキを、ものすごく非日常のおいしいものとして

わ=い!と受け取るものとしてじゃなくて、

その程度のもの、であるという世界の平面感そのことに

不幸が見えます。

 

 

幸せの本質は

「その人がどのボーダーラインをもって幸せだとしているか」

「幸せのボーダーラインの低さがかぎ」

「ちょっとしたことでも幸せ!」って思えること、

が幸せを増やす秘訣だと常々思います。

絶対的な幸せ基準なんてありませんし、

大金持ちにも不幸な人がたくさんいるらしい

というのも、みんな知っています。

 

ちょっと話がずれました。

 

 

そうやってわたしの感じ取るセンサーは磨かれてきましたし、

 

 

暗闇がほんものの暗闇であればあるほど、

光は強く光って感じられるという。

 

そういうふうにできているんだな、

というお話でした!

 

 

 

よくがんばったな、

アタシ!

 

 

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クミシュランは「思ってもみないイベントで、知覚と感性を刺激される場所」

とご感想をいただきます。

その「思ってもみない」の部分はどこからでてくるのか、

クミシュランの感性の素をお読みいただけたらと思います。

 

その1はこちら→美しいものと身体のサーチの基礎幼少期

その2はこちら→美しきものの知識と体感を深めた学生時代

その3はこちら→美しきものを大量に摂取した社会人時代

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

前回まででこれまでにどのようにどのくらいの量のクリエイティビティに

触れていたのかということを書きました。

その恵みが人にもたらす豊かなものを、40年間感じ続けてきました。

 

感じとるチカラ、感性は人生を豊かに、骨太にします。

 

小さい頃、学生時代、社会人時代、

お金を払って得られるコンサートや美術展からだけではなく、

日常で見る景色や人との会話のなかからも

たくさんの美しいものを取り出すことができる。

 

感じとるチカラが人生にもたらすものの大きさを知った以上、

カラフルに見える世界のビビットさこれをお伝えせずにはいられません。

でもそれは「これが正解」という世界ではなくて、

ご自分のなかにすでにある「絶対的なもの」を

あらためて発見しなおす、ということかもしれません。

 

 

でもなかなかできなかったのです!

それはわたし自身のマインドのせいでした。

「音楽は専門家としての教育を受けたけど美術は受けてないし・・・」

「わたしが個人的に選んだもの、、というだけだし・・・」

「それが客観的にいいかどうかわからないじゃない」

云々かんぬん。

 

1年以上この呪いの周りをぐるぐるまわっていました。(笑)

 

どういう呪いか・・・

 

それは「他人に(世界に)認めてもらったものが、いいもの。」

「評論家が太鼓判を押したものが客観性のあるもの」

「世界に認められたものしか売り物として通用しない」という固定観念です。

そうです。

固定観念、1キロ離れるとかわってしまう常識というもの幻影から一番離れられなかったのはわたし自身でした。

 

そして、「あなたの身体を通った感性こそが、ほんものの感性ですよね」ということが

ほんとうにストンと肚に落ちたときに思いました。

 

 

わたしの渾身のセレクトをひとつの足場として、

ご自分の感性に到達してもらえばいいのだ!

このシンプルな答えにやっと届いたのです。

それまでのわたしは、自分の出すものが一番でなければならないかのような、なんて傲慢なお山の大将だったのでしょう!

 

それでもわたしは自分のなかで、すごすぎる!絶対にこれしかない!というものを全力で投げます。

そしてそのアーティストのチカラ、

講演者の持っている世界は絶対的にすごいもの!なのですが

それを通じて、ご自分が世界に何を見出すか、というのは

その方のなかの感性ワンダーランドの極みです。

 

 

ひとつ言えるとしたら、

その場のクオリティの高さが、

感性と向かいあうための強度になると思います。

いい加減な質問からはいい加減な答えしかでないのと同じです。

 

クミシュランの場が、

感性をゆさぶり、唯一無二の仕掛けのホンモノ体験の場 であるよう

人生の時間をそこに集中していこうと思います。

 

 

→倶楽部クミシュラン公式サイト

  http://kumichelin.com/

 

3回チケットは3月末まで、

期間特別価格です!

 

 

♣️倶楽部クミシュラン チケットについて →お申込みフォーム

 

★ビジター参加:¥28,000

*倶楽部クミシュランのイベント初めての方もご購入いただけます。

 

★3回チケット: ¥80,000 
*一般のお客様に先駆けて優先的にご案内します。

*倶楽部クミシュランのイベント初めての方もご購入いただけます。

 

★ビジター参加特典3回チケット: ¥80,000¥60,000

<2017年3月末まで>
クミシュランにお越しになったことがある方は

¥60,000にてご提供させていただきます

<2017年4月以降ビジターでご参加の場合>

イベント当日か翌日に次回からの3回チケットのご購入をしていただきますと
¥60,000にてご提供させていただきます。

★5回チケット: ¥100,000 
*一般のお客様に先駆けて優先的にご案内します。
*イベント1回あたりが¥20,000となりますので、大変お得です。

★プレミアム会員権(特別年間会員):価格詳細はHPをご確認くださいませ
*入会金別途¥20,000がかかります。
*追加料金はかかりません。

*年間を通じてすべてのクミシュランイベントでお席をご用意させて戴きます。
*プレミアムお食事会へのご参加権
特別ライブエクスペリエンスのゲストにお招きする各界著名人、
アーティストとの懇親会を企画しております。

 

 ♣️倶楽部クミシュラン チケット→お申込みフォーム

 

※プレミアム会員・チケットのお申込みについてのお問い合わせは
→入会お問い合わせ事務局<rinkara.minagawa@gmail.com>まで
   

 

  

 ◆2017年 クミシュランイベント(予定)◆


2月  【会員様限定イベント】感覚FIVE 「WA」~着物はコミュニケーション~ 
3月  感覚FIVE 「NARA」〜「今仏教が熱い。なうな仏教のありか」
4月  【会員様限定イベント】感覚FIVE 「SHOKU」 
5月  【特別ライブエクスペリエンス】~CHOKKAN~
6月 (企画中)
7月  感覚FIVE 「TABI」~香川一泊二日イサム・ノグチ、瀬戸内アートをめぐる~
8月  【特別ライブエクスペリエンス】~NOU~
9月  感覚FIVE 「OTO」 10月  (企画中)
11月 【特別ライブエクスペリエンス】「SHOW」
12月 (企画中)

*アーティスト・ゲスト様のスケジュールによる内容、
日時の変更の可能性がございますことを、ご了承ください。

実は企画中のイベントには誰もが知る”あの人”がゲスト!の可能性もございます
(決定次第お知らせします!)

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倶楽部クミシュラン 皆川公美子です。

 

クミシュランは「思ってもみないイベントで、知覚と感性を刺激される場所」

とご感想をいただきます。

その「オリジナリティ」の部分はどこからでてくるのか、

クミシュランの感性の素をお読みいただけたらと思います。

 

その1はこちら→美しいものと身体のサーチの基礎幼少期

その2はこちら→美しきものの知識と体感を深めた学生時代

 


 

③美しきものを大量に摂取した社会人時代

 

 

大学時代も芸術を探求する学生として

演奏家になる学校で、毎日濃くアートと接していました。

自分はおおもとのキャラクターとして表現するほうよりも、受け取る方に重心があると

体感したのもその頃です。

 

 

私生活では紆余曲折がありつつ、社会人1年生として就職したのはレコード会社でした。

クラシックの素養を買われて、そのころ流行ったクロスオーバーという

ポップスとクラシックの境目のジャンルのCD制作の仕事を主にしていました。

 

レコーディングの現場では耳の良さをほめられ、

(絶対音感という便利ツールもありました)

毎日幸せにたくさんの音に耳を澄ませていました。

そして仕事として大量のライブ現場に足を運びました。

そのころの仕事の上司が「CDを作るものは、ライブ現場へ。アーティストの現場へ」というポリシーで接してくださり、わたしのような若者でもほんとうに毎日浴びるようにライブに触れる機会をいただきました。

3日に一回くらい、年間80〜100本くらいは行っていた年もありました。

 

担当アーティストのコンサートは地方でもどこでも追いかけますが、

それ以外にテクノ、ロック、ポップス、クラシック、ゴスペル、ソウル、、、

洋楽も邦楽も

ドームクラスのものも、

50人のライブハウスのものもちょっとでもアンテナに触れたもの、

信頼するアーティストが雑誌でとりあげていたりすると、すぐ行きます。

仕事をするには時代の空気、も必要です。

行かなかったのは演歌くらいかもしれません。

 

 

レコードのジャケット制作の進行もやりますので

ビジュアルやアートの動向も気になります。

アートイベントも美術館も(好きなのは原美術館、都美術館、国立西洋美術館、東京都庭園美術館、根津美術館、東京都現代美術館、小さなギャラリーなども)いけるときはガンガンいきます。とにかく接する、見るということをやっていた時代でした。

建築の写真展や、サブカル系、下北沢の小さな本屋の展覧会まで。

行かなかったのは、バロック以前の絵画の展覧会です。

 

そのなかで

「おおおおおおおお!キタ〜〜〜!!」という100%手放しで放心状態、

記憶に残るライブ!というのは100本見ても3本くらいです。

 

その100分の3というのはいったいどういうものかと言いますと、

これこそ体感であり言葉にしづらいものですが、、。

 

ずばり、人間のコントロールやエゴをはるかに越えて、

神様の粋に達し、魂をゆさぶるもの

 

 

です。

 

 

ステージング、MC、演奏・・・「ここが上手い」と言えるものは

もちろんいいものなのですが、

 

ほんとうに人生の記憶に残るようなクオリティのものというのは

「うお======!」っと雄叫びをあげるしかない!

人間の限界をこえて、

どこかとつながっているのではないか?と思えるようなもの、

そういう、「歯の立たなさ加減」「どうしようもない感じ」

「降参しました」というのがあるものです。

誰にもそういった体験はあるのではないでしょうか。

 

そういう100分の3の境界線をセレクトの際の体感として持っています。

 

それはその後もずっとわたしのなかの

身体を通じて持っている「3/100基準」です。

 

現在のクミシュランのライブエクスペリエンスでは、そういう100分の3のクオリティを意図してクミシュランがどうしてもお越しいただきたい!と熱望する方に

お越しいただいています。

 


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それはわたしのどこからでてくるのか、

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その2〜美しきものの知識と体感を深めた学生時代

 

中学の終わり、転校をきっかけに

フルートをはじめました。

今まで楽器としてやっていたのはピアノでしたが、のめりこむ感じでもなく淡々と続けていました。右手と左手と読譜をあやつる運動神経が、もう少しあるとよかったかもしれません。

けれどもフルートに関しては、はじめて2週間後に、

「わたしここにいる誰よりもうまくなれる」という確信がありました。

(吹奏楽部の先輩方、その節はお世話になりました。)

 

幼少期にも書きましたが、わたしは「音」そのものが好きでした。

フルートにであったときに、この「音」を追求するという快感に

のめり込みました。もちろん音楽を表現するということも追求していました。

おかげで芸大の入試のときには「こんなに綺麗でなめらかな音を出す!というのが

合格の決め手でした」という講評をいただきました。

 

 

めでたく東京芸術大学に入学し、毎日音に囲まれ、表現を磨き、美術館だらけの環境でときに飲んだくれ、ときに恋もし、仲間といる楽しさを味わい尽くし、天国のような青春時代を過ごしました。

 

 

浴びるように毎日音楽漬け。

誰から咎められることもなく、朝から夜8時まで学校で楽器を練習していていいのです。廊下で学友とアンサンブルがはじまったり、演奏論について意見を戦わせたり、

すぐ近くの東京文化会館という音楽の殿堂にコンサートを聴きに行ったり、毎日がものすごく凝縮された、濃い芸術で彩られていました。

葉加瀬太郎さんはいつも練習棟3階の踊り場で弾いていましたし、

大河ドラマの作曲家、国内外のトップの演奏家たちも、あのころ

ともに学んだ仲間でした。

世界の名だたる演奏家の演奏に、レコードやCDで接していました。

週に10枚以上は聞いていましたが、1枚を果てしなく何回も聞く、というのもやっていました。

当時果てしなく何回も聞いていたのは

リッカルド・ムーティ指揮 チャイコフスキー交響曲「悲愴」フィラデルフィア交響楽団

グレン・グールド「ゴールドベルク変奏曲」亡くなる直前の方の録音

内田光子 モーツアルトピアノ交響曲全集

トレヴァーピノック&イングリッシュ・コンサート

ビリー・ジョエル「ピアノ・マン」

オフコース いろいろ

聖子ちゃん

洋楽はマイケル・ジャクソン、ノーランズ、ボンジョヴィ、ボビ・マクファーレン、

ワム!、マドンナ、ニューキッズオンザブロック、ホイットニー、エンヤ、、、、

きりがありませんね。

ちょっとヒップなもの、おしゃれな匂いのあるものが好きでした。

(泥臭いのはニガテでした・・)

 

 

けれどもそういう音楽大学の生活のなかで一抹の「居心地の悪さ」も感じておりました。

当時はそれが何かがわかりませんでした。

今ははっきり言葉にできます。

「わたしは女優!!表現者!」とステージでスポットライトを浴びることに対する興味が、実は全くありませんでした。

 

 

それよりも、超優秀な演奏家の卵の友人たちが、

どのような観点で、どのような世界を構築しているか、

演奏家たちの演奏のビジョン、とでも言うのでしょうか、

それを観察しているほうが100倍おもしろかったです。

 

おおらかなメンタリティでオレはここにいる!というテクニックと世界観、

合奏時これ以上ない緻密さで人に合わせていくテクニックと世界観、

音と表現に命をかけて、テクニックは二の次という世界観、

こじんまり・ほんわかした独自の世界観、

アクティブに人の胸ぐらをつかむような攻撃的な世界観・・・

 

これは音楽だけではなくて美術の学生も絵画でもって同じことをやっています。

自分のメンタリティと意識の行き所を

形にしているのです。

アートとは生きることすべてを扱いますので、

プラスもマイナスもポジティブもネガティブも同じまないたのうえで

扱います。

 

 

ときに、音楽、絵画、というジャンルの違いは

単に「素材」の違いであって、

人間の中身をどう表現していくかということのまえでは

ちっぽけな問題なのかもしれないという、

ジャンルの意味をそれほど重要視しない世界観が育ったのかもしれません。

 

それが今のイベンターとしての視点の、わたしのなかの卵でした。

 

 


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倶楽部クミシュラン 皆川公美子です。

 

 

クミシュランは「思ってもみないイベントで、知覚と感性を刺激される場所」

とご感想をいただきます。

その「思ってもみない」の部分はどこからでてくるのか、

クミシュランの感性の素をお読みいただけたらと思います。

 

 

その1〜幼少期

 

うちではわたし以外全員がいわゆる「理系」の仕事に従事していますが

祖母はお三味線の先生として生涯を暮らしたほどお三味線を愛し、

母は音楽〜演劇〜絵画までアート全般が好きで、

幼少のころからわたしにアートや芸事に触れる機会をたくさん与えてくれました。

 

ピアノを習ったり(これはずっと続きました)、

絵画教室に行ったり(場が自由すぎて自分の居場所を定められなくてやめました)、

書道を習ったり(おばあちゃん先生の作る静かな場が大好きで引っ越すまで毎週通いました)、していました。

音楽は、

うまく弾けたねと言われるテクニック部分ではなく

ダイナミックだね〜と言われる表現部分ではなく、

楽器から出る「音」そのものが好きでした。

 

 

そのうち小学校からは水泳をはじめ、

肌を水が触りながら通り過ぎていく感覚が好きで好きで、

毎日のようにスイミングに行って泳ぎまくっていました。

中学水泳部では夏休みは8時間くらい(1日1万メートル!)毎日泳ぎますが、

今考えると音楽をやっていたということのほかに、この水泳時代も自分の「感じ取るチカラ・感性」を磨くのに重要な時間でした。

 

身体を鍛えるというのは、感性を耕すという意味でも重要なことです。

身体を鍛えるという意味は、

身体のある部分を意識したり、感じ取ったりしながら

タイムに挑戦し続けるということです。

感性、というとこの身体部分が置き去りになりがちですが、

感性はもともと身体の「知覚」が源泉となって現れるものですから、

身体の状態や、どこの筋肉を動かしているかという感覚は

子どものころに開発しておく必要があります。

 

 

 

外の世界を感覚的に、体感的に

感じ取る子供でした。

そして自分の身体の状態をサーチする感性も、

スポーツをすることによって研ぎ澄まされ、

身体の状態サーチと外界のサーチを両方好きな子どもでした。

 

まだこのころは「表現」がつたないので、

それを人に伝えることができませんでしたが・・・

今、大人になって様々な経験を通ったわたしが表現すると

こんなふうです。

 

大阪の万博(岡本太郎の太陽の塔がデビューした)に連れて行かれた体験が

わたしの中の最初の記憶ではないかと思います。

天まで届くかのように見える長いエスカレーターが

吸い上げられるように登っていく映像が

頭のなかに蘇ります。

人々の笑いさざめき、興奮が空気のなかをただようざわざわ、

すべてのことが空間のなかでキラキラしていました。

それはあきらかに「未来」というもののイメージそのものでした。

 

外界をよく知覚すること、

そして自分の身体を感じ取る能力を高めること、

 

これが人の成熟の過程「感性➡︎表現」にとって

とても大切なことだと思います。

 

 

 

 


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学校では体験できない、少人数のほんものの感性体験。

そして大人たちが集まれる場を作りたいというのが、
その手前にあるわたしの一番大きな願いです。

 

 

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倶楽部クミシュラン主宰 皆川公美子です。

 

皆川公美子のバックボーンシリーズです。

 

その1

その2

その3

・その4(こちらの記事)

番外編ベルリンの壁と兵士とカメラ

 

前回はレコード会社時代、先輩の金魚のフンもやりつつ制作の現場を観察していたことを書きました。

 

 

制作というのは、まっこと面白い仕事です。

 


現実にはないものを、ヒトの頭の中のイメージから現実にする仕事。
けれどひとのイマジネーションを言葉にすることは、不可能に近いです。

言葉でイマジネーションの確認をする、みたいなことは

できませんよね。
チームで動くということの難しさと危うさを知った経験でもありました。

 

 

私はイメージとエネルギーの大きさを『カタチ』で受け取るタイプでした。

頭の中に漠然とうけとったものの、形が現れるのです。

 

 

これがまた言葉にすると伝わらない!(笑)

 

 

「あの曲とあの曲は、エネルギーのカタチが似てますよね」

みたいなことを無防備に言いだし、
周りが思い切り引く→そして誰もいなくなった、

ということを何度か繰り返して、
言葉やイメージを共有しようということ自体が、
幻想なのかもというところにたどり着きました。

 

 

それはひとつの挫折感だったかもしれない。

でも今はもう少し違うことを思います。

 

何かを作る人と
受け取る人は、
同じ地平にいるなと。

人は自分が持っているものでないと受け取れません。


お話しだって、共感できるところでないと
受け取れませんよね。

誰かが

「仕事の成功というのは、まずゴールをイメージするところから。

そのイメージがより鮮明であればあるほど、実現する!」と

言ったとします。

 

「そうだよね!」

「それは想像できる、そうにちがいない」

と思えれば、その話はその人の「身になります」

 

けれども「は?」「え?」「何について語っているのだろう・・・」

というあさってな状態だとその話は受け取れないどころか、

異次元の話として去っていくでしょう。


共感できないところは、聞いても覚えてすらいられない。

そういう意味で、聴く側、受け取る側が、
自分のなかの感性の土を耕していることは、

大きなアンテナを磨くようなもの。

 


豊かなものを受け取れるということと、イコールだと思うんです。

 


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倶楽部クミシュラン主宰 皆川公美子です。

 

前回レコード会社で何をしていたのかということを書きました。
そのとき自分の内側ではこんなことが起こっていたということを。

 

20代のころ、
無鉄砲で無軌道だったわたしは

(今もそうじゃないかというつっこみはなしでお願いいたします(^ ^))、
自分が担当しているチーム以外にも、

勝手にアシスタントに入って他の先輩ディレクターがやっていることを

観察させてもらっていました。


いろいろなチームを見るなかで、
それぞれのアーティストの方たちが、どういうふうに音楽をつくっているか、
レコーディングの雰囲気はどんな感じなのか、
アレンジャー(編曲者)やエンジニアはどういう方たちがいるのか、

そういうことを、見ていました。

 

どういう世界観で音楽を創っていられるのかなあ〜ということを観察していたのです。

 

いや〜クリエイティブの世界はすごい!!
頭のなかのものが、外に出てきている!

 

まずの感想がこれ。

 

みなさん、イマジネーションを思い思いの方法で現実にしている。

 

よく音楽の旋律が降りてくるみたいに言われますが、

完全にそうなのはもしかしたらポール・マッカートニーくらいで

(ポールはあまりにも完璧なメロデイが頭の中に降ってくるので、以前聴いたものだったり、既存のものでないか、都度調べさせていたそうです。)、
いろいろな体験や方法論を組み合わせて、曲を作っています。
それが、見事に、その方が見ている風景、意識の世界観と連動していて、

ほんとう〜におもしろかった。
 
 
思えば、わたしは音大のころから、
自分が何かを表現するのが好きというよりは、
優秀な演奏家の卵たちである学友が、
どういうふうに音楽を作っているかを観察しているほうが
ずっと楽しかった。

やっぱり本質的に企画屋・プロデュース側の人間だったのだなと

今振り返って思います。

 

 

 

 


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倶楽部クミシュラン主宰  皆川公美子です。

 
 
 
忘れていたある場面が昨日から頭に浮かんで仕方ないので、番外編として書きます。
 
 
音楽漬けの大学時代を過ごした後、ドイツのケルンに行きました。
友人の家に居候して数ヶ月いました。
その数ヶ月前にベルリンの壁が崩壊していて、
語学学校の友人たち(フロム・オーストラリア、ベネズエラ、アルゼンチン、ロシア、フランスとバラバラで個性的な面々でした)と、壊れた壁を見に行こうとバス旅行に申し込みました。
いえ〜い、壁のカケラカモン!みたいな(笑)
 
 
20代のガキンチョたちです。
もう盛り上がりまくってバスでワイワイ歌も歌って、、。
 
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東ベルリンの国境・パスポート検問所でもその勢いは止まらず、バスのなかでパシャパシャとみんなで写真を撮っていました。
 
 
その時!
ガシャンと扉が開く音がして
ダークグリーンな制服の、ライフルみたいな大きな黒光りする銃を持ったお兄さんが、ものすごい勢いでバスに乗り込んできました。
後ろの方にいた、私たちのほうへわき目も振らずにダッダッと近づいてきて、
 
 
「カメラをよこせ!」と言いました。
 
 
私のカメラです。
バス中がしーーんと鎮まり返り、
全員の目がこちらを向く中、
私が震えながらカメラを出すと、
後ろをパカッと開けて
フィルムをざーーーーーーっと引きずり出しました。そして、カメラをこちらに投げ返すとくるっと踵を返して、バスを降りて行きました。
 
 
陽気な仲間たちも、しーーーーーん。
 
 
今でもなぜああなったのか、わからない私ですが、あのことをきっかけに世界を見る目がかわりました、とさ。
 
 
世界って、想定外のかたまり!(^O^)/
 
 

 


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倶楽部クミシュラン主宰 皆川公美子です。

 

音楽漬けのありがたすぎる楽しすぎる環境の音大時代を経て、

ドイツケルンで数ヶ月さまよったあと、

バイトとwowow音楽制作会社を経て、レコード会社に入りました。
レコード会社では制作、要するにCDを作る全行程に対して責任を持つ人、

というポジションでした。
具体的にどんな仕事なの?というところを書きたいと思います。
 
 

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アーティストとお話しをしてどういうCDにするか決めて、
(ひとことで言いますけど、これがものすごくエネルギーの必要な仕事です)
会社のなかで会議にとおし、上司の指示も聞き、
レコーディングのスタジオや、海外の場合は渉外部を通して海外のスタジオや教会の場所を押さえ、
エンジニアやスタジオと契約をして(実務は法務部)、
レコーディングに入ります。

 

 

 

(余談ですけど、当時東京のスタジオは世界一高かったので、

予算上も海外へ飛んだほうが、安上がりだったりもしたのです。
もちろんチームの人数やどのくらいの日数を海外で過ごすのかということにもよるのですが・・・。
海外は夜を徹して働くような人は少ないので、かえって生活のリズムが健康的でした。
東京のスタジオは8時間を2日にわけるよりもぶっつづけで16時間使うほうが安上がりなので、ほとんどのチームがそうしていました。)
 
 
レコーディングをやっている期間にプロモーションや宣伝の部署の人たちと話し、
「今回のは押しものなんです!ラジオのゲストと雑誌◯◯のあのページ取りたいです、おねがいしますっ」などと言い、
そのあいだにアーティストとどんなジャケットにするかを相談し、
撮影のカメラマンやデザイナーと連携をはかって
ブックレットのデザイン業務をおしすすめます。
アーティストとデザイナーのあいだをなんども行ったり来たりして
やった!入稿だ!となったらばんざいです。(^ ^)
 
 
そのあいだにプレス工場の予定とレコード店店頭の予定を聞いて、
営業部の人と話し、
CMタイアップなどがとれている場合は、キャンペーンなどの話も聞きます。
全行程でマネージャーさんとは密に連絡をとって、
細かい細かいことを、夫婦でもこんなに話さないよね!って
感じで相談して進めます。
 
 
レコードが出る頃にはツアーが始まるので、
(ツアーを組むのはマネージメントの仕事)
行けるところはどこでも行って、アーティストさんが何を考えどんなコンディションなのか、観察しながら、私の場合は
なるべくその状況に寄り添う方向で仕事をしていました。
(ディレクターによっては、俺についてこいタイプもたくさんいらっしゃいます)

 

 

おおざっぱに言うと上記のような感じです。

そういうチームが、自分のなかで何本も並行して走っている感じです。

いや〜今とやってること、全く変わっていません♡♪( ´▽`)

 

 

次はその仕事の中で何を感じていたかを書きますね。

 

 

 

 


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