晴れ、ときどき、美学。 皆川公美子のクミシュラン~★★★ 

クミシュランは、あなたの人生を豊かにするイベントを開催しています。そう、シアワセは感性チャンネルの上に。
【美・アート・心・お仕事】それぞれのクミシュラン。

クミシュラン 皆川公美子です。


私は、幼いときから引っ越し引っ越しの家で育ちました。

短い時は3ヶ月くらい、
ながくても3年くらいで
ガンガン家族で引っ越していました。

父の仕事の関係、とも言えるかもしれませんが、
そればかりでもなくて、
エキセントリックな性分の父はいろいろなところで
適合障害起こしていたのかもしれません。
とにかく、父を追いかけて引っ越しているような、
そんな感じでした。


新しい学校ではクラスで特に浮くわけでも
いじめられるわけでもなく、
スピード感と気合で今から考えると力技適合型(笑)な私は
さっさと近距離にいられる友達をつくり、
学級の係りとかもやって、
どこでもそこそこうまくやっていました。


そして小学校4年生のとき、それまで数年京都にいたのですが、
例によって引っ越し、移動~ということがありました。

好きだったYくんと離れる・・・・。

とそこまで想いが大きかったかは今もう思い出せないのですが、

引っ越した大阪から週に2~3回、京都のYくんに手紙を書き送っていました。

週に2~3回も
と思われたあなた、

正常です。



何を書いていたわけでもありません、

今日なにがあった、

お友達のTちゃんと学校へ行った、

そういうとんでもなくたわいのないことがらを、

心赴くままに、書いていたのではなかったかと思います。



時がたつにつれて心のなかで彼は恋人クラスへと昇格し、

高校生になるころには、

本物の恋人、になっていたでしょう私の妄想のなかで。


なんとその間、一度も会っていないのですよ。

小学校4年の終わりに引っ越して、

高校生???まで???

ファンタジ~癖にもほどがある、と思われたあなた、

正常です。

いや~これは今になって思いますが、

異常な執着と思われても仕方がありません。

実際自分の息子に週に何度も手紙が来ているのを見ていた彼のお母さんは、

そっと何通かは捨てていたのではないかと思います。

私だったらそうします。

でも私はそういう客観的な

「それ異常でしょ」とは程遠い場所にいて、

ひとり淡々と手紙を書いていました。

そう、彼に書いていたのではなかったのです。

書く、という行為に対して書いていたのですね。

書くにはまあ、相手があったほうがいいでしょ、

何を書いても、手紙に封をして切手を貼って、

ポストに入れたらもう書いたことは忘れてる。

そのくらいのものだったのでした。




さすがにその習慣は高校生の途中で途切れたようでした。

大学時代をへて、会社に入り出張というものに行くようになり、

京都に行くことがありました。

1泊2日の仕事だったので、夜時間があるなと思った時、


あ・・・・・・


と思ったのが彼のことでした。

どうしているだろう・でもまあ会ってみるのも楽しいかもね、

そういう訳で手紙を書いてみました。

当日まで来るかどうか分からなかったけど、

待ち合わせのお店に、

来てくれた!!

まあ~なつかしいと思いつつ、

昔話と最近の話しを適当にして

宿泊ホテルまで送ってもらい、

じゃあまた、、、って言おうとしたら

彼が何か言いにくそうに、

あのさ、、、、っとかって言う。

何?なに?なに?何が始まるの?

って期待と不安に胸を高鳴らせはしなかったけど(東京に彼がいたし)

3秒くらいのとても長く感じる間があって、

その次に一呼吸おいたYくんは


「あのさ、結婚するんだ・・・」


「え?え??」(さんざんしゃべったのになんで言わないの?)


「結婚するんだけどさ・・・・」

「式には呼べないから・・・」

「来ないでくれる?」


呼ばれてないのに、来るわけないじゃん!


そこまで聞いて、私は一瞬にして

彼が今までどのくらい私の手紙を重くきちんと受け止めてくれていたかがわかりました。

何年も何年も

一途に僕のことを思っているちょっと変わった人・・・・

だったのですね!私は!

私は書く事に執着して、

ただなんとなく彼をその宛先に指定していただけだったのに、

彼は


「こいつ、呼ばなくても来るんじゃないか」

いや、

「呼ばなくても来て式で大変な事とか起きるかもしれない?」

と恐怖に思っていたのでしょう。


だから、わざわざ来てくれたのか。



苦い思い出・・・



でもごめん!私、そこまで思っていなかった。

ごめん!

そんなに怖かった?



それ以来、気をつけてます。

人との距離感、間合いの関係。

そしてこの世の中で抽象的ながら非常に大切な命題

「バランス」

ということ。

Yくん、気づきをくれた、今でもとっても大切な友人。

それ以来一度も会ってないけど。

どうか、幸せでいてね


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クミシュラン 皆川公美子です。

母校併設の美術館に来ています。
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逆側にある音楽学部にいたのですけど、

卒業間近になって左手の3、4が上手く上がらなくなって

演奏の世界を離れたんですね。

当時のワタシにしてみたら、

これば事件でした。



そこから、いろいろなことがあって(←省略しすぎでしょ!)、
今があるんですけど、



やっと、

そのいろいろなことに、

意味付けが必要なくなってきた。



それは今の私にすごく大切な道すじとして繋がっていて、

~だから、なんとか。

とか

~だから、こうなった。

とかそういうことではないのだね。

いや、そういう側面もあるけどさ、

そして、それをナシにするのでもないけどさ、

すべての味わいが私の細胞の一つになっていること。

そうなんだなあと思うの。




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(上野公園内 奏楽堂)




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キョウジュが愛したバタ丼の大浦食堂のおじちゃんも健在♡
それが何より嬉しいo(^▽^)o

豆腐にからんだバターとお醤油。

シャキシャキした歯ざわりをのこした、ゼツミョウなもやし。

そのころ合いも、芸術作品の域に達していました。


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クミシュラン 皆川公美子です。

連休中は家中の断捨離にいそしんでいます。

が、部屋にたまったアイロンを待つシャツたちを眺めると、

なぜか、ブログネタが次々にわいてきて、

PCに向かいたくなってしまう私です。


今日はそのタイトルのなかのひとつ、

【お付き合いはいつも・・・ホルン吹き】

を書こうと思います。

青春時代のおはなしね。






ヒトが楽器を吹く姿をまじまじと見たことがありますか。

男性でも女性でもそれはそれは美しいものです。

息を吹き込む、

そして楽器から音が鳴る、

自分のスピリットも一緒に楽器に吹き込んでいて、

そしてそこには【ある世界】が出現するのです。



今までなかった世界が立ち現れる。



そのなかでも、

ホルン!

私はホルンが大好きでした。


ホルンというのは、上図のように、管がくるくる巻いてあって、

まるで動物の腸のようですが、

それを全部平らにならすと、

なんと4mもの長さがあります。

管が長いということは、
基本的に、息の速さと息の当て方で、
音程をコントロールする金管楽器のなかでも
特に難しいと言われています。
ちなみにギネスブックに、世界で一番難しい楽器として
ホルンとオーボエと載っていると聞いたことがあります。



こちらは天才ホルン奏者・デニス・ブレイン。

その世界で一番難しい楽器を難なく吹きこなし、
いとも簡単なことをしているように軽やかに演奏する名手。
36歳の若さで交通事故でなくなりました。
天才の急逝、モーツアルトと同じくらい・・・



人が楽器を鳴らす姿はかっこいい、

でもそのなかでも、男の人がホルンを鳴らす姿が特に、大好き。

世界で一番難しいホルン、

そしてほわ~~っと広く深い音色で

4オクターブもの音を出す。

オーケストラの中でも、トランペットのように目立ちたがりでなく、(←ごめん。)

トロンボーンのようにストレートでぼくとつすぎず(←ごめん)、

甘い声音をもった奥深い男・・・・そういう感じなのです。

そしてこの構え・・  萌え


(ネット上よりお借りしました。
ホルン吹きは右手を楽器の中に入れています。
昔はこの右手で音程を変えていました。)


オーケストラの中でも中低音の「厚み」の部分を担当し、

和音のアンサンブルの中にいることもあり、
急に勇猛な旋律として怒涛のアラシを巻き起こすこともある、

その倍音の豊かさは随一です。

あ~~~オーケストラの音を聴くと

ホルンの音を自然に探している・・・

それほどホルンが好き。



要するにですね、

私には「宇宙の大きさを知っているのはホルン」的な

信頼感があったのですよ。

(ホルンの音域は、弦楽器で言うところの、チェロ。

はい、チェロを弾くオトコも特別視しておりましたよ。



そしてその大好きな楽器、ホルンを吹きこなす才能に恵まれている男性、

そしてそのホルンをまっすぐに見据えて、

毎日練習にいそしむ男性は

セクシーで、

セクシーで、

無条件に熱い視線を送ることとなりました。(笑)

だからホルンがうまい、

というだけで、好きになっちゃう的な(笑)

だから、ご本人のキャラクターに共通項は

まったくありませんでした。。。。




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そういえば、ワタシは昔から人の才能を見抜き、
その才能に惚れる、という特技がありました


才能のあるオトコが一番かっこいい

そう思っていたので、

どんなにいい人で、イケメンでも、

才能がなければ、見向きもしなかった(笑)

それは音楽の才能に限りません。

絵画の才能、

交渉の才能、

場の雰囲気を落ち着かせる才能・・・・

才能はギフト。

宇宙からのギフト。

と思って。



それはでも、

自分の存在を足りない足りないと思っていたことの裏返しでありました。

宇宙の才能とともに過ごせたならば、

とっても良いことが起こるに違いない・・・

どんなにつまらんことでもいい、一番をとれ!と親に言われ続けて

才能のある人だけが存在価値があるとでも思っていたのでしょうか。

思っていました

言い換えれば、

人の才能を心のフードとし、

それで自分のエネルギーを補強していた・・・

き・・・・吸血鬼のようなオンナこうもり


確実に奪うオンナですな。。

目(女性)



え?夫はホルン吹きかって?

いいえ。

唯一、夫は、「アンタ才能あるの目線」ではないところで
結婚したのかもしれないね。





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クミシュラン皆川公美子です。


今日、以前お世話になっていた職場のお店に行きました。

そこで「皆川さん、雰囲気がかわった~。おだやかになったね、いや、前が穏やかじゃなかったわけじゃないんだけど、何だろ、入ってこられたときすぐそう思った」

って言われました


この言葉、最近よく言われるのです。



最近は、
自分のはまるべき場所にはまっている感があって、
そして居心地のよさがあって、
何ともいえない安心感があるのです。

適正なリラックス感とでもいうのかな。


自分は自分でいられるということを知り
ひとつひとつ、自分のまわりで起こることに対し、
これは自分らしいのか、らしくないのかの
自分なりのジャッジもできる。

それができて、本当に幸せです


けれども、そのお店にいたころは、
自分が何ができて何ができないかが全然わかっていなかった。


そのために周りにいっぱい迷惑をかけました。


私は事務作業とか、すでにある規則や枠組みのなかで遂行する仕事が苦手です。
人が言っていることを、そのまま同じ型でやるのも苦手です。
それは気持ちとしてできないとか、
それをやると嫌な気持ちになるとか、そういうマインドセットの問題ではなくて、
能力としてできません。
そのとおりにコピーする、1を1のままやる、ということがうまくできないのです。
やってるつもりなのに、結果できていないということです。

言われたとおりにやればいいじゃない、と言われ、
言われたとおりにやってるつもりでも
それはちっとも言われた通りじゃないみたい。


そして言われたとおりにできない自分を責め、

萎縮してきて、ミスがでる。

そうして怒られる。

そしてさらに委縮する、という果てしない負のスパイラルにはまっていました。



でもよくわかった。
言われたことを言われたとおりにできるというのは、
ひとつの、すごい才能なんですよね。


0から1を生み出すのが得意な人。

1を1のままやるのが得意な人。

1を10に広げるのが得意な人。

それを全部できる人。

1個しかできない人。

2個できる人。

さまざまです。


私が1番得意なのは、のものを10 に広げることかもしれない。

要は自分はどういう人なのか、
それを良く知るということが

何よりも大切ですね  (遠い目)


それができれば、勝てないフィールドで
戦をしかけることはない。


それは不毛な戦ですから、
そんなところで萎縮しながら戦うのではなくて、
萎縮しないでも勝てるところに行けばいい。


まずはとにかく自分を知ること。

鏡に映す役割のひとを見つけること。

それが大事だなあ、と、

最近つとにそう思います。



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クミシュラン 皆川公美子です。


感情解放・トラウマ解放のマトリックス・リインプリンティングのセッションを受けました。


2回目です。

2回目を受けるにあたってのワタシの「現時点」を
記しておこうと思い、昨日記事にしました。➡★★★


今日は中身について書きます。
そこで実際どんなことが起こっているか。
これは客観的な事実でないかもしれない、
私がそのときに見たもの、という感じです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まつかわちえさんとなんとなく正面、くらいの感じで座ります。

今の状態や先日の1回目のあとどんな感じだったかお話しているうちに、

「場のなかで地雷を踏んで、上腕の外側にさあっと冷たいものが走る」

あのときの感覚のことをお話していました。

まつかわちえさん




よくありますよね。

AさんとBさんが仲がよろしくないのに、Aさんの前でBさんの話しをしてしまったりする。

そのときにAさんが見せる「この場を荒らさないでよ」って怒りのオーラ。

言葉がやわらかくても、顔が笑顔でも、そういうものは悲しいかな、

すぐわかります。


うちは引っ越しが多かったので、2学期とかで転校するという、
世間的に言えば落ち着かない小学校時代を送りました。
(幼稚園2つ、 小学校4つ、中学2つ行きました

それは子どもだった私にとっては、ある種のサバイブ。
新しい土地で「瞬時になじんでうまくやっていかないと」でした。
だんだん味を出して、長い時間をかけてみんなになじむ、なんてやっていたら
もうなじんだころには次!といって引っ越さなければなりません。
そういう子ども時代でありました。


そういう瞬時になじまないとモードなときは、
勢い込みすぎで場の空気や
人間関係を無視してしまうことになったりして、
地雷を踏んでしまうことがある・・・
そこで感じているのは

「あ、わたし、この場からずれている

ということ寒々しさでした。


まつかわちえさん私
「それを、見えなくてもいいので、体感として感じることはできますか。
まわりから次元がずれてしまって、
さっ   っていう冷たいものがあがってくるのを感じること。

5年生より前にもありそうでしたか?」

私:「ん~あったと思うけど思い出せない・・・」

私:「どんな表情していると思いますか」

私:「フリーズして、どうしていいかわからない表情」

私:「そのフリーズしている5年生の公美子ちゃんに、大人になった公美子さんが
会いに行ってあげることができますか?
近くまでいって挨拶して、助けに来たんだよって言ってあげてください」



目をつぶってイメージの世界に入ります。




私「呆然としているから、ワタシに気づいていないかもしれない」

私「もう一度近づいて、肩に手をおいてこんにちは、って言ってみてください。
なんか違うなと思ったら、ショウジキに言ってください」


私「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3分くらい沈黙)・・・・」






私「公美子ちゃんにどうしてあげたらいいと思いますか?」

私「そのまま・・・家に連れて帰ってあげたらいいかな。
今まで思ってなかったけど、ウルトラ頑張ってたんだね・・・昔のワタシ・・・・
すごい・・・・ずっとテンション高~く保って、ぼろが出ないようにがんばってる。
周到にやってきたはずだったのに、あ、また地雷踏んでる・・・・
またやっちゃってる・・・ちゃんとやってきたはずなのに、あ、間違えた。
やっぱり・・・入れてないね・・・ってがっかりしてる」

私「イメージのなかで、安全なところ、ほっとするような場所に連れてってあげます?
どっかありますか?」

私「ん~・・・家もそんなにほっとしないな・・・・」

私「じゃあ、大人の公美子さんと2人でいられる、ほっとする場所を作ってみますか。
そういう場所ありますか?」

私「・・・・・・・・・・・海かなあ・・・・。いや、家のなかに2畳くらいの物置部屋があって、
そこはひとりになれて良かったなあ」

私「じゃあ、そこに連れて帰ってあげて、もう大丈夫だよって言ってあげてください」


私「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(また3分くらい無言)

そこから私は、イメージのなかで次元をスライドして、
映像を見ていました・・・
黒い川が見える・・・・水墨画みたいで線が多い・・・流れがわりと早い・・・
墨汁みたいな、薄まってはいるけど墨が中にとけているみたいな川・・
きりたったところに立っている・・・


イメージ的に下のものが近いです。
(画像はネット上kらお借りしました)



暗くて寒くて、、、、ワタシは茶色い服をきている。

ちえさんのどんな感じですか?が聞こえます。

そこで感じているのは、孤独。。。。



私「その風景全体にタッピングしていくことはできますか?
そこにいる公美子ちゃんに何といってあげましょう」


私「ん~~~、そこに居ればいいから・・・」



私「暗くて寒くて孤独な感じがあるけど、そこにいればいいから」
暗くて寒くて孤独な感じがあるけど、そこにいればいいから
ちえさんが私にタッピングしていて、
私もイメージに対してタッピングしています。



そこから次に見えたのは・・・

ゴルフ場のグリーンのような丸い平面に立ってる私、
石が見える、
切り立っていて、高いところ。まわりには足元に雲が見える。
明るい。晴れている。
音のない孤独感。


画像を探していて風景としてはこれが近い!というのがありました。
なんと「プロゴルファー猿」のをお借りします。(笑)
猿、はいないのよ。
私が呆然と立っている。
そしてまわりの岩はなくて、空が広がっています。
このコメディーな雰囲気は差し引いてくださいね!(*´▽`*)



いきなりおかしな世界に入ってしまった(笑)

もとい。


私やっぱりその孤独な感じをよ~~~く感じて
その孤独は身体のどこで感じていますか?
またはその風景全体に孤独感を感じます?

私何を感じます?


私「どうせ誰も見ていない・・・っていう孤独感」

秋元「その孤独にタッピング、その公美子さんの孤独な感じにタッピングしてみてください。
「どうせ誰も見てない・・・っていう孤独な感じがあるけれど
あなたは大丈夫」。



それからもう一つ何か、風景が見えたのですが、
思い出そうとしても思い出せない。


すご~~~~く疲れた感じで、現在に戻ってきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イメージの世界から、ふつう(とあえて書きます)の世界に戻ってきて。

あらためてそこの世界にいた自分に対して思ったのは、


「公美子ちゃん、めっちゃめちゃ、がんばりすぎてたね!」

です。

両親が当時、ずっと仕事でいなかったので、
弟たちの面倒を見るのは私の仕事でした。
下の弟は8つ下で、ワタシが小学校5年生のときに3歳です。

夕飯どき、たまにおじいちゃんが来ていたのだけど、
悠然とごはんにうなぎのひつまぶし大のものと、
とろろを一緒にかけて
食べてたなあ。
かわった食べ物だなあ。。。


そのおじいちゃんと、交わることのない別々の世界を感じ、
暗くなっても帰ってこない弟を案じ、
ひとりで勝手に母親役をやっていた。
(6年生のときの担任の相良先生から
「お前、母親みたいなやっちゃな。」と
困ったような顔で眺められたのを、
違和感としてありありと思い出す。)


そしてめまぐるしくやってくる引っ越しと
次から次に来る新しい世界。

それに順応しなきゃ、というよりは
それに負けない勢いで
切り込んでいくような
むちゃながんばりをしていた。


行った先で、いきなり学級委員をやってみたり、
遅刻して、前の扉をがらっとあけて
「おはようございます!」とやってみたり。
母親がそのモードを推奨していたからね(笑)


よくがんばった!
子どものアタシ!

ちょっとイタイけど

生きるために、がんばった!

当時は分からなかったよね。
それは、あまりにも不自然な子どもだって。


今、大人になったワタシが行って抱きしめてあげる。

よくがんばったね。

二重丸をあげよう。

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クミシュラン 皆川公美子です。


人生の前半ではいろんなことがあったなあ~。

と今更遠い目。


前半は去年まで、のことです。
私にとっては結構重たい、
深刻なことという記憶になっていて、
思い返せば
息をつめて、生きていたような日々でした。

というか、、自然に健康的に息を吸ってはいて、
ということを知らなかった、
というほうが正確かもしれない。


それはそのまま今のワタシを作っている重要な「部分」だし、
そうでなければこの「今」がなかったかと思う。
そう思うと、感謝の念すら湧いてくる。
そして
過去に対して、
「ある、そのままある」
というふうに抱きしめてあげることができる。

私は今、そういう場所に今います。


まつかわちえさんのトラウマ解放のセッションを受け、
昨日で2回目だったのですが、
私の現時点を書いてみようと思います。


1回目のセッションが終わって、
劇的にかわりました~~~とかそういう感じではなく、
気が付いて振り返ってみると、
重たすぎる塊は少し軽くなっているかもね、
そんな感じです。



父親の度重なる浮気、
母親のイライラ➡ノイローゼ?、
父親の爆発(ゴルフクラブで窓叩き割ったり、家中に熱湯撒いたりね)
母親の言葉での執拗な父親否定の日々。
毎日毎日母親のグチを聞いているうちに、
自分は「痰ツボ」のような存在なんだ、
無価値なんだと思い込むようになっていました。 

(このへんのことは先日アメンバーで書きました。


自分のよいところ?

そんなのないです。

みたいな。

う~~~~~ん、
重たい、アタシ


そういうループにいること自体良いとか悪いという次元では全然ないけど、

いわゆる「業」をしょってる感じの自分と

しょってない人の空気感の違いには

とても敏感でしたことよ。

なんか負けてる、的な(笑)


理論的には勝ち負けじゃないことは、重々承知していたけど、

でも、

モノゴトを重たく捉えるクセがついている人間から見て、

なんの抵抗もなんの戸惑いも、
なんのためらいもなく
ものごとをするっと現実化するように
見える人たちが

もう羨ましいのなんのって。


実際、モテるのはそういう「業をしょってたりしない」系の女子でしたしね、
(↑ でしょう?!)

そのへんは敏感に察知していた。

察知していて、そうなりたいんだけど、
そうなれない。

当たり前だけど。




過去に経験したことの重さに耐えかねている人たちは
確かにたくさんいるし、
実際そういう人のほうが多いかもしれない。


その過去の重たくて暗くい塊が
溶けたかどうかはまだわからないけれど、
でもね、
軽やかな気持ちで話すことができるようになった。


自分のなかで
問題の質量自体が軽くなってきているような感じがします。

これはすごいこと。


過去のことや、
母親への怒りを
外へ表すことができるようになった。

母に「嫌だからやめて」って言えるようになった。

一番素の、幼いころの自分とか
自分の中心にある柔らかいところに
アプローチできるようになってきている。

そしてそれを大切に思うことができて、
それを壊そうとする人に、やめてって
言えるようになって、

それを手で大切に守りながら、

笑ったり、怒ったり、考えたりできるようになって、

やっと軽やかな気持ちで過去を見られるようになってきた。


「軽やかなふりをして、語る」と

「軽やかに感じて、語る」は外から見える感じが似ているかもしれないけど、
全然違う。


以前のワタシは努力の果てが前者で、
努力をしても届かないと諦め、
また努力をしてみては、
逆にその重さを確かめ、
逆効果~でした、笑っちゃうほど。


・・・・・・なかなかマトリックスのセッションの話しに入りませんね。すみません。

今回のマトリックスは

「集団のなかで、地雷をふんでひやっとしていた自分」から入ったら、

いろいろな映像が出て来て驚きでした。


次回に続きます。


マトリックス・リインプリンティングのセッション

まつかわちえさん


絶品おせんべいや・よねこさんのブログよりお借りしました。)

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クミシュラン 皆川公美子です。

まつかわちえさんのマトリックス・リインプリンティングのセッションを
受けました。

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以下まつかわちえさんのホームページより。


Matrix Re imprinting(マトリックス・リインプリンティングHP) 
とは、世界にわずか29名しかいないEFTマスターの一人である
カール・ドーソンによって、
2006年に開発されたセラピーテクニックです。

EFTの応用テクニックであり、
最先端物理学の考えをベースとし、

「感情を解放し、過去に経験した記憶を塗り換えることによって、
今までの思考や信念のパターンを変えることができる」

「記憶のイメージを書き換える」

このインパクトがご想像出来ますでしょうか。。
とても、パワフルで画期的なツールです。

トラウマやPTSDからの回復に役立ちます。

以下、溝口あゆかさん
(日本人唯一のマトリックス・リインプリンティングのトレーナー)のサイト
 より抜粋。

「マトリックス・リインプリンティングでは、
潜在意識にアクセスし、
過去のネガティブな思いや感情を癒し、
イメージそのものを変えることが出来ます。」


マトリックス・リインプリンティングが扱えるもの
扱える対象はEFTと同じですが、特に下記の点に優れています。

・人間関係、仕事、恋愛など人生の問題に関わるネガティブな感情、思いの解放
・人生を制限するネガティブな信念(コア・ビリーフ)の解放、書き換え
・軽度から重度のトラウマの解放
・依存症、脅迫観念症、摂食障害などの改
・肉体的症状の原因の解放

~転載以上





感情解放・トラウマ解放のセッションは今まで一度も受けたことがありませんでした。

セッションのお部屋に入り、椅子を対面に並べて座ります。
真ん前対面でなく、直角にちかい対面というのかな。

目をつぶり、ちえさんの落ち着いた声に誘導されて、
過去の私に会いに行きます。

そしてタッピングのテクニックをつかって、
過去にあったことのエネルギーを流していく、
そういうふうにワタシは受け止めました。


ちえさんに、できるだけ小さいときのクミちゃんを思い出して。
と言われて、
幼稚園とか小学生の公美子ちゃんに会いに行くのが
本当は良かったのかもしれませんが、
私は小さい頃のことをほとんど思い出せなくて
中3の「公美子ちゃん」に会いにいくことになりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

過去への旅から帰って来て・・・。

私は結構かたくなだったのかも(笑)
両親、特に母に対しての思いを
がらりと180度かえることはできなかったかもしれない。
母との間に流れるものに対して、
これまでもあきらめずに
ずっとアプローチしてきました。
というか、そのことは忘れられないくらい
私のなかで大きな影となっていて
じわじわとボディブローを効かせて来る。
わたし、必要以上に頑張り屋なところがあり
(それは自分の身体に負荷をかけること以外の何物でもないのですが)
それを、置いといて日常を過ごすということができなくて、
向き合い続けてきてしまいました。


来てしまい続けた結果どうなったかというと
なんだか、オーラに重たさのある女(笑) になっていたと思う。
オーラってなんだっていうと、
雰囲気のエネルギーくらいの意味で了解してくださいな。
向き合い続けるということは、
方向を間違えるといけない。
よくない迷路に突き進みます。
そして、だんだんに熟成されてきて
軽やかに生きてくことを忘れてきます
それは今までの経験で了解したことです。


ここ大事。
軽やかに生きることを忘れる。



セッションのあと、
その妙な「重たさ」から、離れていく海流をなんとなく見つけた、


そういう感じなのです。

あ、あの海流に合流して運ばれていいけばいいのかな~、というような。


まだまだ大きなブロックがあると思うのですが、

軽~いエネルギーをまとっている自分をイメージしつつ、

だんだんに過去に向かおうと思っています。

それは軽やかに!

なるべく!(笑)




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



私は母に対して、大きな怒りを持っていました。

いました、と書けるほど過去になったかどうかは
まだわからないけど。


母に対して持っている「怒り」、
そのこのと、自分の中での重要度が減った、というのかな。
「まあ~そんなに重要なことでもないかもね」
という感じ。


怒りの真っただ中にいるときは、
そのことを昇華して書くことができません。
自分がその怒りの主体、怒りの主人公そのものに
なっているから。
そのときに書けばそれは単なるグチになります。
ネガティブなエネルギーに満ち触れたグチ。
そんなのまき散らしたくないよね。


セッションがおわって、
電車に乗り、
家に帰って、
ご飯を食べて、
家族とテレビを見た。
3日たち、
一週間たち、
そうこうするうちに

だんだんと、
だんだんと、

書けるかもしれない、という思いが
浮いて上がってきました。



次回に続きます。





それにしても、まつかわちえさんって
ひと言では言い表しにくい、アジがある方なんですけどね、

ご自分では以下のように書いていらっしゃいます。


内面:基本的に温厚。たまに頑固。
天然系3姉妹長女。(シスコン)
記憶力が良い分野とダメな分野の差が激しい。
楽しいことが好き。
内面の世界と癒しと健康に興味があります。

興味があることに関しては
意外な行動力を見せます。

趣味:昼寝。引きこもり。カラオケ。
マンガを読むこと。文章を書くこと。
姪っ子を可愛がること。(かなり激しいオババカです…)


はい、アグレッシブなのか静かなのか、よくわからない人であります(笑)

LOVE





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