晴れ、ときどき、美学。 皆川公美子のクミシュラン~★★★ 

感性キッズ〜感性は人生のセンサー。
親も子も、本来の自分で自分の人生に熱中しながら生きていく

クミシュラン 皆川公美子です。


感情解放・トラウマ解放のマトリックス・リインプリンティングのセッションを受けました。


2回目です。

2回目を受けるにあたってのワタシの「現時点」を
記しておこうと思い、昨日記事にしました。➡★★★


今日は中身について書きます。
そこで実際どんなことが起こっているか。
これは客観的な事実でないかもしれない、
私がそのときに見たもの、という感じです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まつかわちえさんとなんとなく正面、くらいの感じで座ります。

今の状態や先日の1回目のあとどんな感じだったかお話しているうちに、

「場のなかで地雷を踏んで、上腕の外側にさあっと冷たいものが走る」

あのときの感覚のことをお話していました。

まつかわちえさん




よくありますよね。

AさんとBさんが仲がよろしくないのに、Aさんの前でBさんの話しをしてしまったりする。

そのときにAさんが見せる「この場を荒らさないでよ」って怒りのオーラ。

言葉がやわらかくても、顔が笑顔でも、そういうものは悲しいかな、

すぐわかります。


うちは引っ越しが多かったので、2学期とかで転校するという、
世間的に言えば落ち着かない小学校時代を送りました。
(幼稚園2つ、 小学校4つ、中学2つ行きました

それは子どもだった私にとっては、ある種のサバイブ。
新しい土地で「瞬時になじんでうまくやっていかないと」でした。
だんだん味を出して、長い時間をかけてみんなになじむ、なんてやっていたら
もうなじんだころには次!といって引っ越さなければなりません。
そういう子ども時代でありました。


そういう瞬時になじまないとモードなときは、
勢い込みすぎで場の空気や
人間関係を無視してしまうことになったりして、
地雷を踏んでしまうことがある・・・
そこで感じているのは

「あ、わたし、この場からずれている

ということ寒々しさでした。


まつかわちえさん私
「それを、見えなくてもいいので、体感として感じることはできますか。
まわりから次元がずれてしまって、
さっ   っていう冷たいものがあがってくるのを感じること。

5年生より前にもありそうでしたか?」

私:「ん~あったと思うけど思い出せない・・・」

私:「どんな表情していると思いますか」

私:「フリーズして、どうしていいかわからない表情」

私:「そのフリーズしている5年生の公美子ちゃんに、大人になった公美子さんが
会いに行ってあげることができますか?
近くまでいって挨拶して、助けに来たんだよって言ってあげてください」



目をつぶってイメージの世界に入ります。




私「呆然としているから、ワタシに気づいていないかもしれない」

私「もう一度近づいて、肩に手をおいてこんにちは、って言ってみてください。
なんか違うなと思ったら、ショウジキに言ってください」


私「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3分くらい沈黙)・・・・」






私「公美子ちゃんにどうしてあげたらいいと思いますか?」

私「そのまま・・・家に連れて帰ってあげたらいいかな。
今まで思ってなかったけど、ウルトラ頑張ってたんだね・・・昔のワタシ・・・・
すごい・・・・ずっとテンション高~く保って、ぼろが出ないようにがんばってる。
周到にやってきたはずだったのに、あ、また地雷踏んでる・・・・
またやっちゃってる・・・ちゃんとやってきたはずなのに、あ、間違えた。
やっぱり・・・入れてないね・・・ってがっかりしてる」

私「イメージのなかで、安全なところ、ほっとするような場所に連れてってあげます?
どっかありますか?」

私「ん~・・・家もそんなにほっとしないな・・・・」

私「じゃあ、大人の公美子さんと2人でいられる、ほっとする場所を作ってみますか。
そういう場所ありますか?」

私「・・・・・・・・・・・海かなあ・・・・。いや、家のなかに2畳くらいの物置部屋があって、
そこはひとりになれて良かったなあ」

私「じゃあ、そこに連れて帰ってあげて、もう大丈夫だよって言ってあげてください」


私「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(また3分くらい無言)

そこから私は、イメージのなかで次元をスライドして、
映像を見ていました・・・
黒い川が見える・・・・水墨画みたいで線が多い・・・流れがわりと早い・・・
墨汁みたいな、薄まってはいるけど墨が中にとけているみたいな川・・
きりたったところに立っている・・・


イメージ的に下のものが近いです。
(画像はネット上kらお借りしました)



暗くて寒くて、、、、ワタシは茶色い服をきている。

ちえさんのどんな感じですか?が聞こえます。

そこで感じているのは、孤独。。。。



私「その風景全体にタッピングしていくことはできますか?
そこにいる公美子ちゃんに何といってあげましょう」


私「ん~~~、そこに居ればいいから・・・」



私「暗くて寒くて孤独な感じがあるけど、そこにいればいいから」
暗くて寒くて孤独な感じがあるけど、そこにいればいいから
ちえさんが私にタッピングしていて、
私もイメージに対してタッピングしています。



そこから次に見えたのは・・・

ゴルフ場のグリーンのような丸い平面に立ってる私、
石が見える、
切り立っていて、高いところ。まわりには足元に雲が見える。
明るい。晴れている。
音のない孤独感。


画像を探していて風景としてはこれが近い!というのがありました。
なんと「プロゴルファー猿」のをお借りします。(笑)
猿、はいないのよ。
私が呆然と立っている。
そしてまわりの岩はなくて、空が広がっています。
このコメディーな雰囲気は差し引いてくださいね!(*´▽`*)



いきなりおかしな世界に入ってしまった(笑)

もとい。


私やっぱりその孤独な感じをよ~~~く感じて
その孤独は身体のどこで感じていますか?
またはその風景全体に孤独感を感じます?

私何を感じます?


私「どうせ誰も見ていない・・・っていう孤独感」

秋元「その孤独にタッピング、その公美子さんの孤独な感じにタッピングしてみてください。
「どうせ誰も見てない・・・っていう孤独な感じがあるけれど
あなたは大丈夫」。



それからもう一つ何か、風景が見えたのですが、
思い出そうとしても思い出せない。


すご~~~~く疲れた感じで、現在に戻ってきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イメージの世界から、ふつう(とあえて書きます)の世界に戻ってきて。

あらためてそこの世界にいた自分に対して思ったのは、


「公美子ちゃん、めっちゃめちゃ、がんばりすぎてたね!」

です。

両親が当時、ずっと仕事でいなかったので、
弟たちの面倒を見るのは私の仕事でした。
下の弟は8つ下で、ワタシが小学校5年生のときに3歳です。

夕飯どき、たまにおじいちゃんが来ていたのだけど、
悠然とごはんにうなぎのひつまぶし大のものと、
とろろを一緒にかけて
食べてたなあ。
かわった食べ物だなあ。。。


そのおじいちゃんと、交わることのない別々の世界を感じ、
暗くなっても帰ってこない弟を案じ、
ひとりで勝手に母親役をやっていた。
(6年生のときの担任の相良先生から
「お前、母親みたいなやっちゃな。」と
困ったような顔で眺められたのを、
違和感としてありありと思い出す。)


そしてめまぐるしくやってくる引っ越しと
次から次に来る新しい世界。

それに順応しなきゃ、というよりは
それに負けない勢いで
切り込んでいくような
むちゃながんばりをしていた。


行った先で、いきなり学級委員をやってみたり、
遅刻して、前の扉をがらっとあけて
「おはようございます!」とやってみたり。
母親がそのモードを推奨していたからね(笑)


よくがんばった!
子どものアタシ!

ちょっとイタイけど

生きるために、がんばった!

当時は分からなかったよね。
それは、あまりにも不自然な子どもだって。


今、大人になったワタシが行って抱きしめてあげる。

よくがんばったね。

二重丸をあげよう。

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