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「さみしいときは恋歌を歌って」


作詞:松本隆 作曲:秦基博 編曲:富田恵一


クミコwith風街レビュー


7月29日(金)先行配信!



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2016-07-30 10:20:11

「恋に落ちる」

テーマ:ブログ
両A面とされるシングルの、もう一つ。


「恋に落ちる」の歌入れ完了。




ハナレグミの永積崇さんの作曲、詞は松本さん。




ギター一つで、あとはクリックの音だけのデモテープを聞き、そのカッコよさにシビレた。


(シビレタっていう表現は、ちと古いか)





「さみしいときは恋歌を歌って」の秦さんもそうだけど、この方たちのデモテープは、あまりにステキすぎる。






自分の曲の最高の表現者は自分自身、そう感じさせる。





だからこそ、そこで、彼らのお母さんにも近い年の私が唄う意味、それが必要になる。






それは、なかなかにムズカシイことではあるけど、何がどうしたって経てきた年月は無駄にしない、そういう覚悟で唄いたい。



そんなレコーディング。







冨田さんのアレンジは、ぐっとR&Bで、軽いけど濃密。





これまで唄ってきたことのない種類のもの。





途中スタジオに来られた松本さんが、「すごくいい」とホメてくださる。




ホメられるのは、いつでもうれしい。







途中、松本さんのダメ出し。



「風景が見えてくるといいよね」






うう。





リズムの際立った音楽で風景を見せる、これムズカシイ。

ムズカシイけど、これまで私のやってきたことは、そういうことだったはず。






またチャレンジ。




で。



それがどうなったかは、わからない。




あとはもう冨田さんにお任せする。









若いころと違って、レコーディングが終わっても、高揚した気持ちにはなれない。




逆にさみしい。




不安でさみしい。





生きていくって、どんどん不安でさみしい気持ちになることかもしれない。







だからこそ「恋」のことを唄うのはうれしい。







明日、「のど自慢」で初披露いたします。



1コーラス半ですが、どんなものか、お聴きください。





ああ、ドキドキするなあ。

















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2016-07-29 10:05:48

銀座のお地蔵さん

テーマ:ブログ
西銀座あたり。


ちょうど宝くじ売り場で、人が並ぶあたり。



あの片隅で、ひたすら絵を描いている男の人がいた。



彼の描く絵はお地蔵さんの絵で、手を合わせたいろんなお地蔵さんがいた。




いつしか彼は「銀座のお地蔵さん」と呼ばれるようになった。







その頃、大学生の私と母親は、よく銀座に行っていた。



お地蔵さんの絵が並べられ、みんながそれを覗き込んだ。






人より大きいお地蔵さんもいて、それを何枚か母親は買って帰った。





その「銀座のお地蔵さん」は、障害者だった。





意志の疎通はできるけれど、いつも奥さんをおぼしき女性が、介助をしていた。







ある日、どうも気になって、学校帰り、銀座で降りた。



そして、思い切って彼と奥さんに話しかけた。





翌日から、私は奥さんの代わりに、街頭で彼と並んだ。



画家のためというより、奥さんのためといったほうが良かった。





障害はあるものの、彼は元気で陽気だった。


好きな絵を描き、にこにこと人と対していた。




でも。奥さんの「疲れ」が気になった。


さしでがましい、と思ったけど、ちょっとでも助けになりたかった。







でも。

こんなあまっちょろい手助けは、あっという間に終わった。





人が人の助けになる、助けようとする、それは同情ではできない。




今だったらわかることは多いけど、当時の若い私には、荷が重すぎた。








奥さんの私へのいたわりに満ちた表情。


私って、結局なんの役にも立てなかったんだ。





その時のことは、指先に残ったトゲの根のように、時々痛む。






お地蔵さんの絵も、引っ越しをするうち、どこかにいってしまった。







手を合わせ、道にたたずむお地蔵さんを、その画家はどういう気持ちで描いていたのか。


毎日毎日、不自由な体でただひたすら描いていたお地蔵さん。







もう亡くなってしまった「銀座のお地蔵さん」と、奥さんのこと。




今頃、思い出した。








彼のお地蔵さんは、奥さんでもあったのだろうなあ。





きっと。


そう。









































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2016-07-28 09:39:12

何十年ぶりに「暮らしの手帖」

テーマ:ブログ
子供のころ、なぜか押入れにあった本。



それが「婦人公論」と「暮らしの手帖」だった。




本棚じゃなく、押入れってとこが不思議だ。



隠してる、感じがする。







母親がそんなふうに読んでた雑誌。



「暮らしの手帖」は、だから懐かしいものでもある。




その頃は、花森安治の表紙で、商品テストが目玉だった。








その「暮らしの手帖」を昨日、買った。




「とと姉ちゃん」の影響で創刊第一号の数ページが付録。




牛タン定食にビールを飲みながら読んでいると、涙が出そうになった。






直線裁ちや、みかん箱やリンゴ箱の家具やら。


1949年というから戦後4年しかたっていない日本の人たちの暮らし。




そんな写真に、胸がつまって、あわててビールを飲む。





そうなんだ、こんなふうにみんなが暮らしていたんだ。




片桐はいりさんのエッセイもあって、それを読み、またしても泣きそうになる。


ご両親を十年介護し見送ったあとの呆然と解放感。


もういつでも死ねると思ったけど、いまだに「初物」を食べる習慣や、夜爪を切ることができないことなど。




自分のことのようで、嗚咽しそうになり、あわててまたビールを飲む。








牛タン食ってんだか、ビール飲んでんだか、泣いてんだか。

さっぱりわからない。







「暮らしの手帖」は、今でも、広告がない。


広告収入なし、のまま作られている。





大橋鎮子さんの当時の編集後記が載っている。



売れてほしいけど、そうそうに売れるものではないと思っていること。

でも、みんなが命がけで生きている日々に、少しでも灯をともせたらと願っていること。など。





第一号のこの言葉たちを読めば、また涙が。



ああ、しょうがないなあ。








あ。それと補足を。


昨日鳥越さんのヘアのこと書きましたが、いつものダンディーなヘアスタイルじゃなく、なぜかふわふわとした時があって、それが夜店で売っている綿菓子に似ていたものですから。つい。






































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