恵ちゃん由紀乃さんありがとう

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昨年に引き続き。

 

五木さんの「人生歌がある」の年末生放送5時間番組。

 

 

 

昨年は、歌詞のほとんどを創作してしまった。

 

今年はそれは避けたい。

そんなナサケナイことはごめんだ。

 

 

 

47人の歌手。

 

特設の楽屋が長屋のように広がる。

 

お隣は秋元さんと田川寿美ちゃん。

 

 

 

「とんとん」とドアのない入り口に優しい声。

 

あ。恵ちゃんだ。

 

 

現場が一緒だと、いつもこうして訪ねてきてくれる。

 

 

今年の紅白も決まり、もう忙しさ全開の恵ちゃんは、ちょっと痩せた感じ。

 

「今日のブログの妖精の話読みましたあ」

と、開口一番に。

 

 

恵ちゃんは、こんな拙いブログの長い愛読者でいてくれる。

 

 

だからこそ、恵ちゃんがどんなふうに活躍して、どんなふうに大きくなっていくのか、余計に気になる。

 

 

でも大丈夫。なんたって九州男児だから。

 

優しく強く。しなやかに。がんばれ恵ちゃん。

 

 

 

 

 

「クミコさん、クミコさんて越谷にいらしたんですか」

 

と、今度は市川由紀乃さんが。

 

 

由紀乃さんも、なんとこのブログを読んでくださっているという。

 

 

由紀乃さんは、数年前に札幌で楽屋が一緒で。

 

その時、一人できちんと着物を畳み、身の回りを丁寧に過ごされていた。

 

その有りように、彼女の心の持ちようがなんとなくわかった気がした。

 

悲しみや喜びの積もり方が、なんとなく見えた気がした。

 

 

 

 

その由紀乃さんも、今年は紅白初出場。

 

良かったねえというと、白い顔にちょっと赤味がさす。

 

おめでとう、由紀乃ちゃん。

 

 

 

で。

 

番組は、五木さんとスタッフのかたがたの手腕で、見事に時間通り進行終了。

 

 

 

今年は、間違いなしでホッとする。

 

 

 

ほんとは、もっともっと書きたいことがあったのだけど、もう出かけねばなりません。

 

 

 

今日はこれにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暦ちゃん

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この子が一日一日をきちんと積み重ねられますように。

 

そして、願わくばその一日一日が幸せでありますように。

 

 

 

きっとみんなの、そんな願いをこめられてつけられた名前なんだろうなあ。

 

事件が起きたとき、そう思った。

 

 

「暦(こよみ)ちゃん」

 

 

大分の山中で行方不明になって、昨日21時間ぶりに無事発見された2歳の女の子。

 

 

彼女を発見した父親の友人の腕に抱かれた暦ちゃんは、キョトンと周りを見つめた。

 

 

 

「あ。暦ちゃん、きっと妖精に会ったんだな」

 

瞬間そう思った。

 

妖精。あるいは、この世ならぬもの。

 

それは、先祖の魂だったかもしれない。

 

 

 

まるで神隠しのように、わずかの間にどこかへ消えてしまった暦ちゃん。

 

寒い真っ暗な山中で、どう過ごしたのか。

 

 

 

 

「二才という年齢が幸いしたのでしょう」とか。

 

「気温が高めだったので、良かったのでしょう」とか。

 

 

 

どれもこれも科学的に順当な識者の意見が並ぶ。

 

 

 

でも、きっと。違うな。

 

発見された暦ちゃんの「目」に確信した。

 

森の斜面に、ちょこんと座っていたという暦ちゃん。

 

彼女には、きっと誰も見えなかったものが見えていたんだな。

それらに守られ、なんの怖れもないまま、一晩を過ごしたのだな。

 

 

 

森の妖精の話は、海外でも良く聞く。

 

ちっちゃな子供たちに寄り添う、良き妖精たち。

 

 

 

でも。

 

きっと。

 

そのことは、すぐに忘れ去られてしまう。

 

子供とはそういうものだ。

 

 

ちっちゃな暦ちゃんも、そう。

 

 

 

大人になって、その時のことを思い出したら。

 

それは、ぼんやりと雲のようにしか浮かばないだろう。

 

それが大人になるってことだもの。

 

 

 

 

7歳までは神のうち。

 

そんな諺を聞いたことがある。

 

 

 

 

「ほうら、もうお帰り。元気でね」

 

そんな妖精の声が、聞こえる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう8年だなあ

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母親の病院は中くらいの病院。


地元の人が多いので、お年寄りが多い。




そこへいくと、父親の通う病院は大きい。

大久保に近いので、いろんな国の人がいる。


父親のような老人はもちろんだけど、サラリーマンや学生も多い。


これから営業に回ります、といった感じの、背中が急いでいる人も多い。



さっきは、まるで「貧乏神」という役にぴったりの青年が、背中を丸くして、細々と玄関に入った。



みんなカラダの調子が悪いんだ。

病院だから当たり前だけど、こうした若い人や、まだまだ小さい子供を抱えていそうな人を見ると、胸がチクとする。



いろんなものを抱えて、片手にスーツの上着をかけて、採血室からそれぞれの診療科に向かう姿は、やっぱり胸がチクとする。


ああ、こんなふうに父親も働いていたんだよなあ。



こうして家庭を守り、私たちを守り、今、老人になった。



採血を終え、診療までの間、いつものように喫茶室に行く。



卵サンドとポテトサンドを食べる。


コーヒーに砂糖とクリームを 入れる。


ホントは、こういうクリームは食べないほうが良いのだけど、もういいような気がする。


父親が美味しいと思うことのほうが良いような気がする。



コーヒーをクルクル回してかき混ぜて、それから一緒に窓の外を見ながら食べる。



これでここに通いだして8年。



長いような。

短いような。