帰ってきました。

父母をはじめとして、我が家と弟家族の総勢11名、
勢ぞろいしました。

思いのほか時間が早く過ぎ、予定していたことの
半分も出来ずに帰ってきてしまった感じです。
親孝行ってむずかしい。

露天風呂で、星を見ながら、あの星座は何だ、
北はどっちだなど、父から幼稚園児まで男全員で
盛り上がれたのは良かったかな。

すでに胃のない父の体調はすぐれないものの、
皆集まれたことに喜んでもらえたようで、いつもより
食事も進んで、むしろ食べ過ぎていた様子。

しかし、定山渓は今の父にはすでにもう遠すぎるよう。
何かやりたいけど、何ができるかな?
また、みんなで集まれるといいな。

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父母と、我が家と、弟家族の総勢11名で、今日・明日と定山渓ビューホテルに行ってきます。
主に父とのおもいで作り。

諸般の事情により、今週、急遽決めた旅行です。
父との旅行は、これが最後になるかも。

父母や弟と一緒に旅行するのなんて、何年ぶりだろう?
私が中学一年生の時に、ウミネコやオロロンチョウの営巣地を見せたい!という父の肝いりで出かけた天売島以来なので、28年ぶりかな?

小さいころは、海や山へは毎週毎週連れて行ってもらっていたけれど、泊りがけの旅行は、めったに出かけなかったので、よく覚えています。

島の外周10数kmを歩いて回ったり、夜の営巣地で、まわり中や足元からも響き渡るひな鳥の声に溺れる感覚や、道にまで出てくるひな鳥を踏まないように、飛んでくる親鳥にぶつからないように移動したり・・・
我が家の子供たちにも見せてあげたいな。

その前が、定山渓だったかな?
雨とトランプ遊びと初めてのオロナミンCしか覚えてないけれど。
当時、我々の間では、オロナミンCは子供が飲むと酔っぱらうと言われていたので、ドキドキしたなあ。

子供のころの家族旅行って、3回かな?
どれも、思い出深いなあ。

子供たちに、しっかり”おもいで”が残るといいな。

積み木入れ

テーマ:
na-hiさんの、ベビーカー??という記事から、トラックバックして来ました。

我が家では、ハルト君、よくこれを押して、歩いていました。
イブキの時は、はて、どうだったか、忘れてしまいました。

たった5年で、こんなもんです。

まいったね、こりゃ!


でもね、積み木では、今も良く遊びます。
アニキがつんで、ハルトが壊す!

以前は、私がつんで、アニキが壊していたのですが、
今では、アニキが、プチお父さんですね。
サンタさんって、いつ頃まで、みんな信じているのでしょうね?

私は、そういうの、大好きなので、子供には、なるべく長く、信じていて欲しいと思いますし、そうなるように、しています。

クリスマスの朝の、プレゼントを見て、びっくりする顔が、たまりません。


昨年か、一昨年のクリスマス近くに、奥様と、そんな話をしていて、
「いつ頃までサンタを信じてた?」

という話しをしていて、

「親がプレゼントくれてたって、知った時、ショックだだったよね」
「そうそう」

ということになって。

しかし、その後、どうも、話が食い違うようになってきて。
どうしてか?

なんと、我が奥様は、本物のサンタが、今も世界のどこかにいる と、信じていたようです。

プレゼントをくれていたのは、親だったけど、
自分のところには、来ていないけど、
サンタの赤白の衣装は、コカコーラのCMが最初だけれども、
それでも、本物のサンタは、どこかにいる!

と、かたく信じていました。

そんな人、いないよ!
と思いましたが、でも、本当なら、なんて奇特な人でしょう。

しかし、そんな親の、子達だから、
サンタさんを、信じさせようとする努力なんて、ぜんぜん必要ないかもね。
うちの父は、今年還暦を迎えました。

若いころは、バイクでブイブイいわせていたらしいです。
(親父談)

職場結婚の両親は、結婚前~新婚当時、毎朝、バイクで迎えに行って、2ケツで
役所に通勤していたそうで、当時、職場では、評判だったとか(両親談)

私がお腹にいた時も、かなり、お腹が大きくなるまで、バイクに2ケツで通勤し
ていたとか。
おかげで、私は、40日も早くに産まれてきて頭は、アホゥになってしまいました・・・ってことはないでしょうが。

ものごころが付いたころには、すでにバイクには乗っていませんでしたが、私が小学生だったある日、ナナハン(750cc)を借りてきて、後ろに乗せてくれました。

「しっかり、つかまっていろ。運転している間は、押さえてやれないからな。絶対手を離すなよ。傾いたら、同じように傾け。」

いつもは、やさしい父でしたが、あのときは、温かい背中とは裏腹に、何か、すごく大きく、遠くに感じて、手がしびれるほど、ガッチリしがみついていた覚えがあります。

今にして思えば、なんて、大胆なことをするのだろうと思いますが、その反面、いざ、私が、免許をとると、危ないから、乗るな!とか、言ってました。

当時は、なんて、勝手なことを!と思っていましたが、子を持った今では、その両方の父の気持ちが、わかるような気がします。

結婚後、私も、奥様も、大型自動二輪免許を取得しました。
ず~っと歳をとってから、一緒に、ツーリングしたいねってね。

もっとも、まだ、バイクを所持するまでには、いたっていませんが。

子供たちが、乗りたいと言った時には、我々は、どうするだろうな?
rinppleさんのブログhttp://rinpple.ameblo.jp/から、トラバしてきました

ちなみに、私は、ものごころついたころから、中学生の途中まで、パパ・ママでした。

さすがに、友達の前では恥ずかしく、「お・お・おかあさん」とかって、親を呼ぶとき限定で、どもったりしてました。
だから、どうして、最初から、「お父さん・お母さん」と呼ばせてくれなかったんだろうと、まじめに思いました。知らないうちに、そう呼んでいれば、こんな、恥ずかしい思い、しなくて良いのに!と。

そんなある日、参観日の休み時間に、近寄らないでと言ってるのに、母親が、妙にくっついて来て、
「あっちいけ!ババア!」
ってなるじゃないですか?
なつかしい、反抗期ってやつですね。

母親は泣いて、父親には怒られて・・・

緊急家族会議が開かれて、いろいろ、話し合った結果、
「何とかしてくれ」
「じゃあ、お父さん・お母さんにしよう」
「どうせ、今からかえるなら、父さん・母さんにしよう」
父「じゃあ、父さん・母さんでいこう。一週間の猶予で、それぞれ決心つけて、その後は、一切パパ・ママ禁止!」
「母さんなんて、いきなり年寄りになったみたいで、いやだ~」
とまあ、こんな感じで、決まったわけです。

むずむずするのは、最初の3日ぐらいで、間違いも多かったけど、思ったよりも簡単で、いざ、決まったら、4日~1週間ぐらいで、弟と私には定着しました。

ただ、問題は、親の方で、一週間はおろか、1ヶ月たってもよく間違っており、しまいには、パパ・ママに戻っていました。

父は還暦を迎えましたが、今だに、パパ・ママで呼び合っています。
今となっては、それがまた、いい感じなのですが。


私が中学の時、呼び名でごねた母は、イブキの時にも、
「まだ、おばあちゃんなんて、呼ばれたくない!」
と、やはり、ごねていました。

でもね、いざ、イブキがしゃべれそうになると、おばあちゃんどころか、
「ババ」
で、あっさり妥協してました。

その後、父に、「ばあちゃん」と呼ばれて、
「イブキのばあちゃんだけど、あんたにまで、ばあちゃんって、呼ばれるすじあいない!」
と、怒っていました。

もっとも、いまは、イブキも「ジジ・ババ」改め、「おばあちゃん・おじいちゃん」と呼んでいます。

私の母(ばあちゃん)に、指導されたそうです。

一番、お子様なのは、誰でしょう?