宇宙真理に基づく 在家僧侶・三密行者 亮然の人生ガイド

   人生なめてかかるとスッパイぞ。こっちの水は甘~いぞ♪


「人生、楽ありゃ~ 苦もあるさ~♪」
苦も楽も、どちらも受け容れざるを得ないとはいえ、
同じ行くなら「楽しい」人生がいい!
その希望は十分にかなうことを、あなたはご存知ですか?

儀式偏重、曲解、形骸化して久しい「宗教」ではなく、
宇宙の原理・原則、即ち『宇宙真理』を把握して日々の
生活に落とし込むことにより、それは可能となります。

①自力を尽くす「勤勉さ」 
②他力に委ねる「謙虚さ」  
③教えを聴き実践する「素直さ」
④いかなる結果をも受け容れる「潔さ」
⑤自然界、神仏に対する「畏敬と感謝の念」

以上、五つのあり方に少しでも到達することで、
あなたの人生に必要な学びは一氣加速します。

但し、この世にあっては自力、独力のみでそれが
叶うという人にお目にかかることはまずありません。

人間皆発展途上。人間皆未熟者。人間皆修行身。[亮然R]


ここまでの人生、
トコトン、自力で取り組んだが、その限界を知り、
ここより先は「他力」も加えたいというあなた!!

人生ガイド・亮然は「本来のわたし」で生き直す
という選択、決心のできているあなたを
斜め後方45度からサポートさせて頂きます。

ドンッ  超・旅「人生」支援サイト メラメラ
 
    ↑選択、覚悟、宣言のできているあなたに必要な
     叡智の入り口はここに
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前回の当ブログ記事に対し

改めて

ぽ~るさんから

以下のコメントを頂いた。





さいきょうのおしえ


このうえない
さいきょうのおしえは
ひゃくせんまんのしょうがいを
いきても
あうことはこんなん
なんですよね・・・

それでもぼくは
であってしまいました。



もともとほとけであることに

まよわずあるならば

これからなるではなく

すでにほとけ



というみおしえに・・・



 
めのにごったわたしを
訪ねてくださったほとけに、
かんしゃいたします・・・

あしがくさってであるけない
わたしを訪ねてくださった
ほとけに、
かんしゃいたします・・・


いばりをもらすこともできず、
むくんだからだのわたしを訪れ、
あわれんでくださるほとけに、
かんしゃいたします・・・


めがみえなくても

はうことしかできなくても

でるものがでなくても

ぼくは

ほとけ

なんですね・・・


ぼくはもともと

ほとけ

なんですね・・・

ほとけ

だったんですね・・・





初めて写り込んだ「陽光空間曼荼羅」2010年夏、四国にて亮然、撮影。





亮然、コメント返し↓




ぽ~るさん


いまこうして

みずからがほとけであること

さとっているぽ~るさんならでは

まさにほとけのあかしなり


ほとけはほとけだけに

どんなそんざい

だれのことであっても

ほっとけないのです 


ぶっきょうでは

あきらめのかんじんが

とかれていますが

あきらめのきわみにある

ほとけであるだけに

そのひつこさは

はんぱないことを

わたしはこんかいの

ぽ~るさんとのであいにより

きづかせていただきました


ありがとうございます



なむあみだぶつ

な む あみだーぶつ

なーむー あみだーぶーつー















地に足着いて生きるスピリチュアル対話型トークライブ

宝石赤9月のトークテーマ宝石赤

『「宇宙真理」入門編』


「宇宙真理」に基づく在家僧侶である亮然が
一般のお寺では「聞けない、答えて貰えない、触れられない話」
についても徹底的に触れていきます。
とにかくも分かり易く噛み砕きながら、
ときに笑いも飛び出す気軽さで
真面目なテーマに斬り込む対話型トークライブです。


宝石赤日時

9月30日(金) 13:00-15:00


宝石赤料金

120分 8,000円


宝石赤場所

空海山弁天院(横浜市中区)



キラキラご予約・お問い合わせキラキラ


いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
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こだわって、
すてられないで、
わずらって、
ひきこもって、
もんもんとして、
もやもやして、
もういいやとおもって、
たかいところからとぼうとおもって、
みもこころもてばなしたとき、
むりょうじゅのあたたかいやさしいてが、
ぼくをときほぐしはじめた・・・

ぼくも
これから
ほとけに
なれるのかな





上の文章は前回の当ブログ記事に
ぽ~るさんから頂いたコメント。


まるで詩のような、そして、
名文だと思う。(*´∀`*)


下線を引かせて頂いた 

むりょうじゅ

とは漢字の『無量寿
のことと思われる。


並んで『無量光』と冠した如来

と同体の

阿弥陀如来が仏教ではお馴染み。


無量とは「限りがない」「無限の」
という意味。


寿に限りがない、無限の光

ということになる。


念仏として非常にメジャーな

「南無阿弥陀仏」は

無量寿如来=無量光如来=阿弥陀如来に

帰依することを意味する念仏。



帰依」と聞いてもピンと来ない方も

いるだろう。



辞書で確認すると「神仏の力にすがること」

なんてことが書かれているが、、、( ̄∇ ̄)

これだけでは誤解されかねない。



密教行者としての私の認識でも、この

説明だけては全く足りてない。


「すがる」とはまとわりつく、丸投げで

のような印象が拭えない。







『人事を、最善を尽くしつつ、あとは

よしなに、とお任せする』

これは空海山弁天院での講座上でも

常にお伝えしている説明の一つ。



南無」の想念には

謙虚さ、素直さ、感謝の心といったもの

全てが包含されている。


そして、

身も心も仏(ホトケ)に成り切っている。








テレビの時代劇のあるシーンを想像

してみてほしい。


幽霊かゴーストか、要はこの世の

ものとは思えない対象と遭遇した

人が、腰をぬかしつつも口にする


「ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・」
(=南無阿弥陀仏)


このひっ迫したシーンでは、

「阿弥陀様、助けてー!」といった

悲鳴のような印象だが。。。



当事者的には

「どーか成仏して下さい~」といった

想いで口にしていると思われる。



念仏にお馴染みのヘッダー「南無」
の境地こそ、前回記事から続いてる
「成仏」と大いに関係している。


「成仏」の意味

1 煩悩を断ち、無上の悟りを開くこと。
2 死んで、この世に未練を残さず仏となること。




人は死ぬことで自動的に

仏=ホトケ=仏陀=覚者となる訳では

ないことは、オトナ的思考をすれば

誰しもわかることだろう。



「あなたは成仏したい?」の問いに

素心から、



「そりゃーしたい」



と素直に(笑)、思うならば

地上界という修行場、トレーニング

フィールドに滞在中にて当然ながら

まるでラクではない今この時こそ、

最大のチャンスの中にいることを

知っておくとよい。



日々、成仏のチャンスただ中にある

訳だ。


死んでしまってから、つまり現在の

修行場を離れてしまってからでは

成仏のチャンスはないということ。


これを今初めて知ったという方は

大いに焦ることだろう。



更には、

アセンションただ中にある今は

次の移動先、滞在先の選別にも

かかっているので、これに氣付

いている方は今ここでの修行に

余念がない。



私も空海山弁天院にてご縁あった

皆さんとともに、般若心経ラストの

呪句=マントラの通りを進められて

いることを嬉しく思う。



尚、本記事冒頭にて述べた

前記事にコメント頂いたぽ~るさんに対し

私、亮然は以下のように返信させて

頂いた。



もともとほとけであることに

まよわずあるならば

これからなるではなく

すでにほとけ





そう、生きとし生けるものは

みな神仏の子、分け身。


真の親と同じ素養が内在されている。


ただし、その目覚めに個人差がある。


目覚めのスイッチを入れられるか

どうか?にもかかっている。




般若心経と「成仏」とは大いに関係アリ!


その手だてには様々ある訳だが、

この時期にあって今さら議論する

余地などなく、その筆頭として

「瞑想」×「般若心経」がある。



私、亮然としても昨今、

お伝えし始めたことではない。



ずっと以前からだったし、

もっと大昔から変わらず伝法され
続けて来ている。



無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇
 
我今見聞得受持 願解如来真実義



無上甚深微妙の法は

百千万劫にも遭い遇うことかたし

われ いま見聞し受持することを

得たり

願わくは如来の真実義を

解したてまつらん





南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏









お茶『カフェde SOUDAN』コーヒー


そぉーだんです。 まずは相談することから。

問題解決のために何から始めて
よいかわからない、
とにかくも先ずは話を聞いて欲しい、
というあなたが
気楽に活用できるファーストステップ
としてご用意しました。
宝石赤
9:00-18:00   月曜日定休
50分  3,000円 ワンドリンク付き
空海山弁天院
※各種セッション、講座等の状況によっては対応できない場合もありますので
 事前にご一報頂けますと幸いです。


キラキラお申し込みはこちらからどうぞキラキラ



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 しく、(笑)

前回記事の末尾に書いた記事予告に

概ね忠実に書くことににする。



先の記事末尾には

「あなたは成仏したい?」と書いた。



大抵の方は


「そりゃーしたい」



「したいに決まってるじゃないスカ」(*^ー゜)




と言われることだろう。






では、


「成仏できそうですか?」と問い直すと。。。


これはにわかに、、、  




 (*゜∀゜)





 (´・ω・`)






まず、何といっても「成仏」の意味

をどう認識しているかがアヤシい限り。



ごく世間一般的な認識としては

「死ぬ時に迷わずあの世に逝くこと」

というもの。


この世に未練があったり、悔いがあったり
すると逝くに逝けず、肉体はないままこの
世に留まってしまう。


地縛霊、自縛霊、はたまた、

幽霊という状態を指す。




氣付けば昨今はとんと無くなっているが
昔の時代劇のシーン上ではあった。



死んだはずと思っていた人物が姿を
現すと、


「おのれ、迷うたか!今度こそ冥土に

送ってくれるわ!」



「迷わず成仏しやがれー!」など。







過去、空海山講座においては、私から、

「おーっと、そのままでは自縛霊予備群
 ですゼ(笑)」

と言われた受講生の方も珍しくない。


コレ、なかなか執着が抜けない方の話。


執着とは


成仏のアンチテーゼ

と言ってよいかもしれない。



人が死を迎え、本体たる霊魂としての
自らが肉体を離れた時、それまで暮らして
いた場を離れ、俗に言われる霊界に還る
ことになった時、


何が辛いとて、私がひと頃から把握
していることがある。



それは逝くに逝けない。戻るに戻れない
という状態。




生きている時から執着癖の抜けない人の
場合、本当にこれはご用心。



コレは私のカラダだかーら、


私のモノ、


私のお金、


私の宝石、


私のパートナー、


私の家族、


私の家、


私のクルマ、



私のキモチ、



私のココロ、



私のー


私のー OH! OH! OH! (>o<)








とまあ、私の、私のという執着が
激しい人は、実際、それを手放さざるを
えなくなった時のショックたるや。。。



亮然がオススメするスタイルの一例に


「人生、オールレンタル主義」


というものがある。



詳細については

『カフェde SOUDAN』


もしくは


『地に足着いて生きるスピリチュアル対話型トークライブ』

にてお伝えしている。



さて、『成仏』については今回の記事だけ

では終わらない。



「成仏」を辞書で確認すると

 以下の通り。



1 煩悩を断ち、無上の悟りを開くこと。

2 死んで、この世に未練を残さず仏となること。
 「安らかに―する」といった用い方にて
  死ぬこと自体を指す場合もある。



今回、お伝えしたのは上記の2に該当すること。



より仏教的、「地に足着いて生きるスピリチュアル」

実践者のあなたは、にしか興味はないだろう。


また、この1の『成仏』こそが本来の、文字通りの

「仏と成る」に該当している。



仏とは仏陀の略。


解凍すれば「仏陀と成る」。


更に解凍すれば「覚者と成る」。



当・空海山弁天院で実施仲のプログラム


「瞑想」×「般若心経」講座


「ゼロリセット写経de整心魂身」


で用いる「般若心経」は冒頭が

仏説~ で始まる真言宗スタイル。



この漢文を現代語に解凍すれば

「仏陀の説く」→「覚者の説く」となる。



解説本によっては

「般若心経は観自在菩薩が説いている」

となっているようだが、

原文に沿って忠実に解凍してみると

どうにも解せない。



「般若心経」上の登場存在は仏陀釈尊、

観自在菩薩、舎利子のみ。


釈尊と舎利子の関係はシンプルながら、


観自在菩薩との関係については、

相応の探究心をもった学び徒の皆さんが

自ら足を運んでこそ知ることになる。



読書やネット検索レベルの

インスタント学習に

限界を感じているという方には

何よりお勧めの講座。







※「般若心経」については複数回の解凍作業
  にて、ようやく深い意味が理解できる。
  空海山弁天院でのモットーでもあり。




「瞑想」も「般若心経」も

間違い無く素晴らしいツールだが、

悟りへの入り口も入り口に過ぎない。


「悟り」への道程において

少なくとも「インスタント」という文字は

そぐわない。


いや、まったくそぐわない。







よりデープに(^-^*)、そして日々の生活上での

実践にまで落とし込み、ホントウに楽になりたい

という貴方の参加をお待ちしています。




『瞑想』×『般若心経』Ⅰ
 
10月1日(土) 10:00〜14:00

10月6日(木) 10:00〜14:00


『瞑想』×『般若心経』Ⅱ
 
10月8日(土) 10:00〜14:00

10月13日(木) 10:00〜14:00


『瞑想』×『般若心経』Ⅲ
 
10月15日(土) 10:00〜14:00

10月20日(木) 10:00〜14:00


宝石赤場所
  

(お申し込み後に詳細のご案内をいたします)


宝石赤受講料
 
Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ 各15,000円








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上掲の縄さんのブログ記事にキッカケ

刺激を頂いてお伝えする。(`∇´ゞ


お墓や供養についての素朴な疑問は

私も仏門をくぐる以以前から持ち続けていた。


お墓はいらない、

散骨希望、

も含めて

縄さんと、まさに同意の点が多い。



以下、縄さんのブログ記事内容から

亮然も同じ認識!という部分を抜き

書きさせて頂く。


- - - - - - - - - - - - - - - -

◆お墓の意味


お墓を建て続けると、どんどん
墓地面積が増えていく事になり、
そうなると、生活する領域が
狭まってくるではないですか。

理屈からすれば、最終的には、
世界中がお墓だらけになる。


ご先祖様など、過去に生きた
人々を偲ぶ事は大切です。

何もお墓でなくても色々ある気は
します。


私は散骨してもらおうと思っています。



◆供養の意義


そもそも供養って何なの?

亡き先祖を偲ぶ事は大切です。

その為の供養というのなら
分からなくもありません。


しかし、供養をしないために
「ご先祖様が苦しんでおられる」
といった話がありますが、
イマイチよく分からない。


子孫が何かをしてあげないと、
先祖が苦しむって・・・?


「供養しないために、
ご先祖様がお怒りになっておられる」
というのも、そんな事で可愛い子孫を
苦しめるご先祖様が、
いるとは思えません。



「病気が治らないのは
 信心が足りないからだ」?


生者が何かしてあげないと死者は
成仏できないみたいな、
そういうのは、何だかなあと。



◆お経の意義
 

お経を聞くと、死者は安らかな
気分になるのでしょうか?

生きている者には分かりませんが。

死ねば実際の所どうなのか分かると
思いますが、私が思うに、
死者になっても、ものの考え方とかは、
変わらないと思います。


お経の内容だって、死者にも
分からないと思いますよ。


因みに私は、戒名も要りません。



- - - - - - - - - - - - - - - -



私、亮然は二十歳代後半から今日まで

仏法真理、真言密教を学び日々修する

ことを経てメイドバイ人間の宗教を離れ、

言わばメイドバイ神仏の「宇宙真理」に

目覚めたことで多くの疑問が氷解するに

至った。


在家僧侶として亡くなった方々以前に、

いや、それよりも今世にて生きている

人たちの救済を第一としている。





開始から数秒後、画面左上に写り込む対象アリ。
この件は昨日の記事上でリブログさせて頂いた
同志・HaLuさんにご指摘頂いてわかったこと。




仏教では、この世のことを娑婆(シャバ)

世界と言うようにまったくもってラクで

はないことは多くの人が実感しきりだろう。


概念上は「人間」界とは言われるとしても

修羅、餓鬼、畜生、地獄といった各界の

様相も呈していることは否定できない。


そして、こういった周辺環境を

世の中の実情を存在を批判するような事

にエネルギーを浪費するよりも建設的に

生きて人生の最期を逝きたい、あるいは

アセンション的シフトをしたいという

希望の明確な方は、ともに参りましょう。



あなたは、その希望実現のために

必要な学びと実践、ing形でイケてますね?(^_^)





地に足着いて生きるスピリチュアル
対話型トークライブ

宝石赤9月のトークテーマ宝石赤

『「宇宙真理」入門編』


「宇宙真理」に基づく在家僧侶である亮然が
一般のお寺では「聞けない、答えられない、触れられない」
「ブログ上では書けない」事についても
徹底的に解説します。
とにかくも分かり易く噛み砕きながら、
ときに笑いも飛び出す気軽さで
極めて真面目なテーマにバッサリ斬り込む
この場でしか体験しようもない
ナウで過激な対話型トークライブです。

宝石赤日時

9月 21日(水) 13:00-15:00
9月30日(金) 13:00-15:00


宝石赤料金

120分 8,000円

宝石赤場所

空海山弁天院(横浜市中区)

キラキラご予約・お問い合わせキラキラ






次回の予定記事は、


「あなたは成仏したい?」
その意味は?方法は?

です。
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「日月神示」に記されていること



それは、何月何日に○○○で大地震が
起きる、といった当て物予言ではない。

いつの頃からかネット上でも、 こういった
予言、
まことしやかな予言(笑)が飛び交い 騒がれて
いるのが珍しくなかった。


そもそも、誰それの発信する 何月何日に
どこで何が起きる、といった 予言については
まず当たらない。

その理由については、宇宙真理を学んで いると
容易にわかることながら。。。


☆「宇宙真理」の入門編☆
9月21日(水)  9月30日(金)  
①10時 - 12時  ②13時 - 15時

※両日、①②ともに同じ内容にて一パターンを選択下さい。
地に足着いて生きるスピリチュアル
 (双方向性)     トークライブ】



ここ最近は、さすがにそういった類の 話題に
振り回される人は減ってきた のではないかと
思いつつ、 かといって、



「そんな天変地異は起きない」

というのはこれまた短絡的過ぎる。


日月神示は「神示」とあるようにまさに神託。

予言 ではなく 「預言」 


人間ワザで「考えて書くことのできるレベル」
の内容ではないことは読んだことのある人
ならば容易に感じることだろう。




また、原文自体は普通に言葉ではなく、
記号や数字が中心にて、自動書記を
行った 岡本天明さん自身にも当初は
まるで意味が わからなかったというもの。


私個人が最初にこの「日月神示」の
存在 を知った、内容に触れたのは
今から二十年 少し前のことだった。


その時の印象や認識内容と今のとは
殆ど変わっていない。


「反論の余地もない」



「人が創作して書ける内容ではない」



「私には無関係のこととは
 到底、言えない」



ショックよりも まさに仰せの通りだと。。。


グウの音も出なかった。



願わくは、、、


誰ぞ、この預言書を完全否定できる
だけの材料をどこぞからでも引っ張って
来て欲しい、、、
無意味とわかっていつつも
悪あがきのような。 ( ̄∇ ̄)



私にとっては不可視領域、精神世界に
ついて今世に関しては三十年程度の
学びと修行経過なれど、その方面に
おいてもただの一つとして反論できる
ものはない。






また、


何度も出てくる文言


「辛いであろうが臣民、今暫くの辛抱ぞ」に




あべこべ背中を押されてきた。



「今回の地上界の仕切り直しに際しての救世主」について


数年年、勤行の最中に私は受け取った。

既成宗教の言ってきたような、
ある特定の一柱(ひとはしら)の存在が
出現するのではなく、


「神仏の子としての本来の霊性に
目覚めつつある一定数の人間たちが
霊的存在方々と協働して動く」


というものだった。


そして、まさにれに似たことが日月神示に
書かれていることを忘れて いたながら、
再確認して驚いたという次第。



パイプオルガンの音も神々しく、歌詞も素晴らしく、(>o<)




 私たちの前には新しい夜明けが待っている。
 未来を築くのは私たち。愛が私たちを支えてくれる。
    今こそ、私たちみんなで。



 単に都合の悪い話として逃げずに
ここまでじっくり読んだ
あなたは更に、
このメッセージを託された神霊の
あふれん
ばかりの慈悲心を観じとれる
であれば、それに応えるべく、
救世主群の一人としての「行動」に
入ることだろう。


いつまでも思考や戯れの議論に
逃げ込むのは止めて!

年齢も性別も人生経験、修行の程度も
肩書きも一切、
関係ない。

我らが真の親である創造主の親心を
慈悲心を
敏感に感じ取って行動している
あなたはボーディサットバ = 菩薩
= Light worker、
その人。

この方も同志の一人 ↓。
昨今の記事上でも日月神示を取り上げています。




ともに参りましょう。


            南無同根魂友同志
                南無宇宙根本大霊
                



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「人の印象は見た目で8割が決まる」

だったか、人間の脳の特性上、視覚を

判断材料の多くとしていることは文句

なしに了解している。


その上で、尚、語氣を強めて、

いや、自信をもって以下、

ミピヲさんのブログに

書かれていること

「まさにその通り!」と言いたい。







いち男性としてはもとより、

男性全般の立場という客観視をしても

やはり一緒。



希~に、見た目だけを重視という人は

男女問わずいるのかもしれないが、

それでも大半の男女は、中身のある相手を

求めていることは否定しようもない。


男性に偏った諺(?)、

「美人は3日で飽きる」とは、

決して美人がよくないという訳ではなく

{外側}美人なだけで中身がない人は

早晩、飽きられるという意味と解釈できる。



幸いにして私が知る限りにおいては

特定の誰と言える人がいないのは

幸いながら、昨今の世の中全般の女性の

イメージは、「外側をキレイに見せよう」

としている人が多いというもの。



これは手前味噌(?)でも、ひいきでもなく

当・空海山弁天院を訪ねてくる女性の方々は

まったく該当していない。



まあ、来られるのは地に足着いて精神世界

の学び、霊性開発、仏法真理、「宇宙真理」

の学びを希望する方々だけであるので

当然と言えば当然ながら。。。 (*´∀`*)



いち男性、それも古いタイプの男性としての

私にとって、エクステもネイルもバサバサの

睫毛も、濃い化粧も本当にどうでもいい。



いや、それより何より、男性から観て、

{私以外の男性達も含めて}、もっと惹かれる

ポイントの高いものがあると思う。


そのことについてはミピヲさんが上掲の

ブログ内で見事、書いて下さっている。


なるほど、ミピヲさん、何か違うなー

とは思っていたながら、今回、改めて

cleverなnice senseな女性だな、

と再確認した。



漠然と「女性としての魅力アップ」

を図りたいという方はもとより、

現在、異性のパートナーを欲している

という方は、今回のミピヲさんの記事と

以下、次の記事についても真剣に参考

にされることをお勧めする。


流行りやトレンド


本日、二つの記事をどちらもリブログ

したいという衝動に駆られて、暫し、

混乱しつつだったが、何とかブログアップ

に漕ぎ告げてホッとした。


男性も勿論、中身ナシは残念~なことに

なりやすい。


デキる男は、精神性の開拓にも余念がない。


仕事の専門スキルだけでなく、

自身のもっとディープな領域の開拓に

余念がない。






同性としての私、亮然にとって同道中の方は

今のところ本当に数えるほどしかいないが、、、

照れずに逃げずに異性とのパートナーシップ

開拓、実現を目指す方は Come on!


Let's go to the Nirvana with us!








NEW 【ゼロリセット写経de整心魂身】←詳細

「般若心経」 ①読誦×②書写×③想念

 これ以上にないトリケミーの極みを
  体感&体得してみませんか?」 (`∇´ゞ



空海山弁天院におけるゼロリセット写経は

動的瞑想にして

その中でも比較的静的な 瞑想の一種

日々の生活上でも行うことで

リアルあなた=心・魂・身を丸ごと整えます


9月15日(木) 9月22日(木) 9月29日(木)

 いずれも 12:30〜14:30

合格リアル観音菩薩への道合格























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本日、標題について丁寧に書けば、

「ノージャッジメント」


私、亮然にとっての最適実践場は


アメブロ!


ということになる。



「同じ認識でした」という人は

そうそういないのではないかと思う。



いや、寧ろ、ここアメブロ上こそ、

ジャッジメントやりまくり状態の人

で溢れていることは容易に伺える。



俗に言われる「炎上」などその極み。


一言言ってやらないと氣が済まないと

いう思いから書き込まれるコメントも

珍しくないようだ。



第三者視点から述べさせて頂くなら、

氣に入らないブログなら、読みに

行かなければいいし、わざわざ

コメントもしなければよいのにと思う。



ましてや、その方のブログ、コメント

欄はその方の家や庭のようなものと私

は認識している。


アメブロのユーザーであれば(?)誰でも

立ち入りができる形にはなっているが、

オトナとして自身の分をわきまえ、他人

として距離をおき、控え目に考えれば

好意的なコメントでない限り、立ち入る

ところではないだろう。



私、亮然がどなたかのブログにコメント

するのは、

「心から同意!」更には「激しく同意!」

という場合にほぼ限られる。



時間的ゆとりのない時など、

まさに後ろ髪引かれる思いで、エールの

氣持ちだけ送りつつ、その方の記事を離

れることもある。


そして、読ませて頂く全ての記事について

同意や感動、納得があるワケはない。


不快に思うことこそ滅多にないが、




ジャッジについては ?、、、、




ぬわーんと!!





これは見事、やっていた。




やらかしていた!





それもここ数ヶ月前に氣付くまで

実に何年もかけてやってきていたことを

認識して愕然とした。



前回の記事に述べたように

当方の「瞑想」講座では

基本三調整の最後「調心」に際して



No judgment only acceptance.

ジャッジしない、ただ受け容れよ [亮然訳]




と、お伝えしていたにも関わらず。。。( ̄∇ ̄)。



私はここ最近は1日に200記事近くを

速読、長文記事については一太郎の

読み上げ機能にて速聴にて閲覧の上、

いいねを付けさせて頂いてる。


この「いいね」をつける内情として

以前であれば、文字通り「いいね」

と思えた記事につけていた。


私にとって意義を感じられない記事、

眉をひそめたくなるような記事に

ついてはスルーしていた。


これこそ、ジャッジメント以外の

何ものでもなかったことに氣付いた。


好き嫌いは誰しも自然の感覚による

ところであり、これを否定する必要

はない。


好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、

それはあって構わない。


オカシイと思うものはオカシイで結構。

内容が素晴らしい、ショボいな、

文章が上手だな、下手だな、と感じる

のも自由。



但し、不快な印象についてわざわざ

確認したりアウトプットすることはない。



しかし、以前の私のように前者の場合は

「いいね」を付けて、後者はつけないと

いうあり方はまさにジャッジ以外なに

ものでもないと思った。



勿論、いいと思うからこそ「いいね」

をつけるが、そう思わないものには

付けない、という人がいてもそれは

一向に構わないと思う。



私は自身の記事を訪問して「いいね」

を付けてくれた方に対し、その方の記事

に納得なら「いいね」をつけるではなく

その内容が納得できるか、有意義な内容か

のジャッジをすることなく、氣持ちを左右

されることなく、当方のブログに「いいね」

をありがとうございます、という想いで

「いいね」返しをしている。



考えてみれば私は誰のブログであっても、

その内容度の高低や書かれていることの

真偽について批評したりジャッジしたり

する立場ではない。


いや、それはアメブロユーザーお互いに

誰であってもそうだろう。



多くのアメブロ記事に接する中で、

私は見事(?)、それぞれの記事の優劣を

ジャッジしていた事実。



月並みながら「まだまだ修行が。。。」

の一言に尽きる。




御縁あった同行二人の皆さん、

あらためまして、


この共通のコミュニケーション場である

アメブロをノージャッジメントの演習場

として


ともに精進にて参りましょう。(`_´)ゞ








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言葉の概念だけが一人歩きしがちな

今日のスピリチュアル業界(?)である

ことは否定できないだけに、最初に

お断りしておきたい。



「ノージャッジメント」のあり方に

ついて、習いかじり、聞きかじりの者

としてではなく、まさに日々、実践試行

を重ねている、一修行者としての発信

であることをご理解いただきたい。



ついでに(?) 警鐘として述べる。


導き手(サーバー側)も

受け手(クライアント側)も、

そもそもが未熟者の人間にて、


学びに完全はないどころか、

双方ともに油断は禁物。




「短期間で」「たったこれだけで」

「カンタンに」事が成せるなんて、

おーっと、そうはイカの○タマ、

スルメのおチン○ン~よ! {寅さん調に(^-^*)}



スケベ心のなれのはて、

メッキの剥げた地肌金とマダラマダラ~!

みっともないったらありゃしねー!






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「般若心経」 ①読誦×②書写×③想念

 これ以上にないトリケミーの極みを
  体感&体得してみませんか?」 (`∇´ゞ



空海山弁天院におけるゼロリセット写経は

動的瞑想にして

その中でも比較的静的な 瞑想の一種

日々の生活上でも行うことで

リアルあなた=心・魂・身を丸ごと整えます


9月15日(木) 9月22日(木) 9月29日(木)

 いずれも 12:30〜14:30

合格リアル観音菩薩への道合格





さて、


アメブロ上で「ノージャッジメント」

の文字を目にするようになり始めたのは

ここ一年前後のことだったかと思う。



私、亮然がこの概念について意識し

始めたのは原点回帰の「瞑想」講座を

開始した実に今から6年前。



基本三調整の最後「調心」に際して

確認に用いるkey sentence(カギとなる文)

の重要なひとつとして、ネイティブ

インディアンの言葉と言われる

No judgment only acceptance.

ジャッジしない、ただ受け容れよ [亮然訳]



を活用させて頂いて来た。


当、空海山弁天院での瞑想講座では

「調心」に際しての他のkey wordとしての

ゼロリセット、ニュートラルコーナーイン

の説明と同様に、かなり濃密に説明を行う。


ほぼ一対一での口伝、それも双方向性の

確認が旨となっている。







それはもう、言葉尻だけの理解のまま

アファメーションするなどあり得ないだけに!


「ありのままの私」「そのままの私」に

ついて同様に、誤解なきよう。



「地に足着いて生きるスピリチュアル」

を目指すあなたの来院をお待ちしております。



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思わず、苦笑い、

いや、噴いてしまう人もいるかとは思う

以下のブログ上の最後にあるこの動画。







脳科学的な真面目な記事内容に続いて

また、「思い込み」について、


ある氷菓の呼び名が各所各自でまちまちの

話に微笑ましくもなっていたところで。。。



ちなみに私の故郷、日向の国では
私の地元では、チューチューだった。(^-^*)






それにしても、

この動画、何度も見入ってしまつた。



沢山の刺激を用意してくださった

光(kirinzx9r)さんには感謝です。<(_ _)>



真面目な話、動画自体はフィクションとして

編集の手が加わっていても全く驚かないながら、

実際にこういった事実を元に作成したものかも

しれない。



無邪気な幼児らしい行動でもあり、

おそらくはこのお父さんも事実を知った際、

怒るに怒れないのではないかと。。。



また、こうして私が考えていることの

全てが、その可能性であり、思い込みや

自由、勝手に満ちている。



女の子の内心も、その後、お父さんが

どういう反応をするかの実際も全て、

わからない。



各種の可能性、選択肢の中からチョイスされ

トッピングされてストーリーが進むだろう。


自身がこの現場にいてはわからないことが

こうして観客目線に立つと氣付かされる。



実際、私がこれまで人生ガイドのクライアント

さん方々と出逢ってきてわかる二通りのタイプ

がある。



自身にとって不都合な話、具体的には耳障りの

よくない話、嬉しくない話なら知らない方が

よいと避け続けている人。



イタいのは好きではないけど、後にデカい痛み

として味わうくらいなら問題の小さいうちに

先に軽い痛みで終わらせておきたい、という人。



これは、亮然個人的考えながら、前者のタイプの

人の勇気には感心させられる。


もの凄ーくイタいのを覚悟(?)、選択できる人は

心底、スゴいと思う。


皮肉でも何でもない。

そのような勇気は私にはないだけに。。。






ちなみに、

空海山弁天院の人生ガイドプログラム

が適応になるのは後者の方に限られる。


消費よりも投資、それも自身の人生に先行投資

する意義をわかる方にこそオススメのプログラム。


ビビリであり、

大難を小難に、小難を無難にを希望する人にも。


何か事が起きてから対処するよりは起こさない

つもりで先行して臨んで丁度よいことになる。



そして、

まだ、経験が、相応の目覚めが足りず

強い痛みの体験が必要という方にあっては

無理に逆らわず、必要な体験をして

頂くのがよい。


「ノーペイン ノーゲイン」

 痛みなくば得られるものなし[訳 亮然R]



という諺があるが、これも

「何かを得る為には

 痛みを味あわなくてはならない」

などといった解釈をしないことだ。








ネバナラナイ論法ではなく、「結果論」として

体験者ならではわかることと言える。


希に棚ぼたの人もいるかとは思うが

希望する状態を獲得している人の多くは相応の

苦労をしている。



辛酸をなめているのが普通にスタンダード(笑)。



空海山弁天院での学びを進めている方は

痛みの背景にも宇宙、神仏の慈愛が

満ちていることを知ることになる。



星の数ほどある道のなかで当院ならびに

私、亮然と出逢って頂ける奇跡に、

今さらながら心沸き和気アイアイしつつ。。。









そーだ{な}んです! はじめました。(^-^*)

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50分  3,000円 ワンドリンク付き
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※各種セッション、講座等の状況によっては対応できない場合もありますので
 事前にご一報頂けますと幸いです。


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幸せ は

多くの人がそれを希望しつつ

実際、その実現に辿り着いている

人が一体どれくらいいるだろうか。


そのようになりたいと口にしている

方と出会うことは珍しくないが、


その実現に必要な取り組みとなると

これは、まるで追いついていないと

いう人が圧倒的に多い。


本氣で"棚ぼた"や

"ころり転げた木の根っこ~♪"

を期待している方は、それを

続けて頂くとして。。。


「世の中、そんなもんじゃねー!」

と認識している方は人間力を磨く

ことに余念がないのではないかと思う。









久々に「人間力」という語句と遭遇して

ベタでシンプルな単語ではあるながら、

改めて、これを高めることを皆さんに

お勧めしたいものだと、強く思った。


「人間力」という語句だけでは抽象的な印象

ながら、様々な力の総合力と言ってよいだろう。


前回の私のブログ記事上で書いたところで

言えば、人間力に優れた人であれば


「スピ難民」

「セミナー難民」

「コミュ障民」

「コドナ」


のいずれにも該当しない。



世の中で飛び交うスピリチュアル情報

に、振り回されたり、悪意ある存在から

ダマされたり、セミナージプシー化する

こともない。


コミュニケーションスキルにあっては

何も国際外交の舞台でとか宇宙人との

コミュニケーションなんて、高度な(笑)

スキルとは言わずとも、社会人として

公私ともに、相手の性別や年上、年下、

その他立場がどうであれ露骨な使い分け

などなくそつなくこなせる。


対人関係上において、実年齢に相応の

精神レベル、俗に言うビジネスマナー

レベルの対応が公私問わず可能である

ならばコドナ(コドモ大人)ではない。


「それでは!」ということでビジネス

マナーのセミナーを探そうとする人は

まさにセミナー難民となる典型でもある。


病院でのクスリの処方の如く、頭痛なら

腹痛なら、風邪には、便秘には、

といった対処、対応に似ている。


『人間力を高める』とは言うならば

こういった場合、予防医学に基づいた

日頃からの取り組みにより、病気に

かかりにくい、いや病気と無縁の状態

にすることに該当する。


それは、食事だけ氣をつけておくとか

運動不足にだけはならないようにする

とか、高性能の(?)サプリメントを

摂取しておけばよい、といったバラバラ

の取り組みではない。



人間は智慧・知恵・知識を離れて

ワガママに生きて、それで病気知らず

天寿を全うできるというほど甘くは

ない。


病気になりたくない、


死にたくない、


といった恐れからではなく


幸せでありたい

という希望に従った、言うなれば


人間力磨き!



空海山弁天院では私、亮然の電話、

スカイプによる人生ガイド にて

対応しています。



自身の不都合な事実から、もう逃げない

という腹が定まっている方はいつでも

スタートできます。


アセンションの極期を迎えている今、

かつてないBIG Wave ともに

ガテーガテーパラガテーパラサンガテー

で参りましょう。


 








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