宇宙真理に基づく 在家僧侶・三密行者 亮然の人生ガイド

   人生なめてかかるとスッパイぞ。こっちの水は甘~いぞ♪


「人生、楽ありゃ~ 苦もあるさ~♪」
苦も楽も、どちらも受け容れざるを得ないとはいえ、
同じ行くなら「楽しい」人生がいい!
その希望は十分にかなうことを、あなたはご存知ですか?

儀式偏重、曲解、形骸化して久しい「宗教」ではなく、
宇宙の原理・原則、即ち『宇宙真理』を把握して日々の
生活に落とし込むことにより、それは可能となります。

①自力を尽くす「勤勉さ」 
②他力に委ねる「謙虚さ」  
③教えを聴き実践する「素直さ」
④いかなる結果をも受け容れる「潔さ」
⑤自然界、神仏に対する「畏敬と感謝の念」

以上、五つのあり方に少しでも到達することで、
あなたの人生に必要な学びは一氣加速します。

但し、この世にあっては自力、独力のみでそれが
叶うという人にお目にかかることはまずありません。

人間皆発展途上。人間皆未熟者。人間皆修行身。[亮然R]


ここまでの人生、
トコトン、自力で取り組んだが、その限界を知り、
ここより先は「他力」も加えたいというあなた!!

人生ガイド・亮然は「本来のわたし」で生き直す
という選択、決心のできているあなたを
斜め後方45度からサポートさせて頂きます。

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前回の記事に書いた「ケセランパサラン」。

まさに知る人ぞ知るの事のようで。。。


同時期にブログ記事にしていた方がおられた

こともまた興味深い。










私の今世の生まれ故郷である日向の国

在住の方の記事にも。


神仏さまのサイン





前回の記事上のコメント欄に以下のように

記載頂いた蕎麦屋の2代目shigeさん。



数日前に買い出しに行ったスーパーの
駐車場で三体戯れてるのみましたよ\(^o^)




珍しいとはいえ、出るところには

出現している模様。



いよいよの9月を前に


It's show time!


はたまた、


Shall We begin?


の序章か。





意義アリアリのこの時期にすべり込みセーフの如く
基本の「瞑想」、そして宇宙真理のエッセンスに満ちた「般若心経」の学びの途上にあり。



昨日は、今回はるばる滋賀から上京いただいた

HALUさんと台風直下の渋谷で実に5時間

あまり深~い話で大いなる確認と結果的に

お互いのミッション遂行起爆スイッチ押し

合いが進んだ。(*゜∀゜*)



日本列島の子宮とも言われる琵琶湖にて

「琵琶湖鮒ずし宇宙会議」(笑)やコラボの

お話会開催などの案も沸き上がったり。



鮒ずしについては私の単なる興味本位の

質問から始まったが、これはまさに私の

あり方にとっても示唆に富んだものとなった。


私はまさに鮒鮓のようなもの、クサヤの

ような存在と悟った。


ファンは全人口の中ではほんの数パーセント

ごくごく一部ながら、時代を超えて、地域を

超えて、それがいいという人達がいる。


全ての人にわかってもらうことはほぼ

不可能に近いながらもゼロではない、一定数

は必ずいるということを喜びとできることを

確認した。


HULUさんとの対面を通して後、間髪入れずに

蚕与音さんご夫婦と今週末に空海山弁天院にて

お目にかかることにも繋がった。






ケセランパサランとの遭遇といった不思議

サインと実際の行動上での変化にタイムラグ

がない状況にあることも嬉しい。





『瞑想』×『般若心経』Ⅰ
 
9月3日(土) 10:00〜14:00

9月6日(火) 10:00〜14:00


『瞑想』×『般若心経』Ⅱ
 
9月10日 (土) 10:00〜14:00

9月13日(火) 10:00〜14:00


『瞑想』×『般若心経』Ⅲ
 
9月17日(土) 10:00〜14:00

9月20日(火) 10:00〜14:00


宝石赤場所
  

(お申し込み後に詳細のご案内をいたします)


宝石赤受講料
 
各15,000円












台風一過(?)の街に戻った帰路、雨に濡れた路面
と空が魅力的にて。



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今回、表題の生死は(せいし)と読むと、

「生きるか死ぬか」という意味合いに

なってしまいそうなので仏教的読み方で

(しょうじ)としています。



般若心経は、

この生死(しょうじ)の海を渡す筏(いかだ)なり


と言われています。



「生死の海」とは、現世、地上界に生まれて

から死ぬまでの過程を航海の如く示しています。


仏教では人生を「苦海(=苦しみに満ちた海)」

といった表現をしますが、この苦海は

泳いで渡るよりはイカダやフネで渡る方が

より楽にして安全性も高いと言えます。


般若心経とはまさにそのようなものと

述べられているわけです。



我々、人間が死を迎える、即ち人生を終える

に際しては俗に言われる「成仏」

という言葉があります。



仏教上、本当の意味はもっと深いのですが、

{仏=仏陀 Buddha、即ち覚者を意味。

そのような覚者に成るとは!!!}


一般に認識されている意味としてのものは

「迷わず、スムーズに彼岸(あの世、霊界)にゆく」

ということになります。



生前に何度かの臨死体験をしているベンさんは

彼岸へ渡る生死の海が決して恐ろしくはない

どころか、光に満ちていることを語っています。



言うなれば、この世もあの世も「愛」に

満ちているということです。


この動画で私は涙を禁じ得ませんでした。


この世とあの世の関係、霊界の構造といった

ことに関してはそれなりの学びを経て来た自負

はあるながら、アタマでの理解とは別のところが

反応していたようです。


死は恐れるに値しませんが、それ以上に、

彼のかけがえのない人生経験を通して

「{この世での}生(せい)のいとおしさ」
を改めて確認させて頂きました。



空海山密教講座を履修していると、この世と

あの世の関係、霊界の構造についてもわかって

くることで闇雲に死を恐れることはなくなります。



いや、むしろ、そんなことに意識を向けるよりも、

かけがえのない今ここ、刹那に生きることに集中

したくなります。




-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

空海山弁天院  【学び処】


◇大人のための「人生再学習講座」

◇自分軸で読み解き繋がるカード講座

◇空海山密教講座 (1,瞑想&般若心経)

          (2,観音経)

          (3,理趣経)

          (4,曼荼羅)

          (5,三密加持修法)


-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=



今、改めて人生の基本、人間の基礎に

ついて知りたい、地に足着いて生きる

人生としたい、そんなあなたをお待ちしてます。





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私は在家僧侶なれど、その行動主眼は

「今、この世で生きている人」の済度

にあるので、敢えて慰霊法要的な活動

からはすっかり離れていた。


そして、先月末に移転してきた場所は

横浜・元町の山手側。


周辺環境については事前に綿密に調べる

などということなく、いつもの如く、

導きのままにあった。


マンション最上階の四階にある

新しい空海山弁天院から道路を挟んだ

小高い場所には日蓮宗の寺院がある。


キリスト教の教会もいくつか、

インターナショナルスクール絡みも

含めて学校も目立つ。


また、先にこのマンション一室を

使っていたのは某キリスト教系の

新興宗教であったことも興味深い。



寺院については移転から暫くたった

頃にパートナーがネット検索した

ところ、開山は何と大師匠、空海

弘法大師であることを知り驚いた。


歴史上のある時期に衰退した後、

現在の宗派の寺院となったらしい。


今年のお盆は、この移転先となった

地域における過去から今に至る経緯も

含めて、頼ってくる存在方々との御縁

に従って久々にご供養の儀を執り行う

ことになった。


三次元界における一般的な宗教活動

であれば施主からの依頼を受けて施行

ということで金銭的報酬が発生するが

今回、施主と施行者がともに私、亮然

というおそらくは今世では初めての経験

だったと思う。


本心も本心ながら、人生ガイドや各種

講座はもとより法要としても、一切、

金銭的報酬を前提とせず、只、依頼に

従って施行するというあり方がどれほど

氣楽かは明白なれど、新しい世界にシフト

するまでのもう暫くは、今の経済社会

のあり方に適合させていくのみ。


いや、大きな変換期のただ中にある今、

このタイミングでの今回のような出来事は

明らかに今後のありかたを占うものだろう。


今世、私が本格的に啓蒙事業に舵取りを

行った時に、自然に掲げられていたのは

「国や思想、宗教、宗派を超えた教え」

即ち「宇宙真理」に従った生き方の提唱

だった。


日本の歴史的にも世界に向けた海の玄関

としての横浜、

現在でも昔の名残として外国の建物や

外国人居住者の目立つ、ここMountain side。


現存するこれまでの宗教、宗派の建物や

そこに集う人々、今日までの土地の歴史。


そういったエリアに今、こうして入って

来た意味についてはイロイロと感じ入る

ところが多い。


単に「呼ばれた」などと言うつもりはない。


私の思考では追いつかないのは事実だが

私、亮然の個性霊としての想いと類魂たち

と本霊の総意にて、今ここに存在している。



常在、常住、遍在、遍満、遍照金剛。





Visitor from another World ?


久々の法要を終えて片付け作業に入った

時、パートナーからの不思議そうな声。


「見て、見て-」と言われたその先に

本当に不思議な物体。。。。


植物か・・・・?


いや、風で流されてるようでいて

自ら動いている・・・?


真っ黒くろすけの白いの、、、

とっさにそう思った。




タンポポの綿毛?と思ったが、、よーく見ると、まったく違う!(゜∀゜)


いや、異次元空間から迷い込んで来た

何かの生命体?


これまた初体験、初遭遇。


ググってみると、出ていた。


ケサランパサラン まさにこれ!


※サンスクリット語のケサラ=毛髪、バサラ=金剛でもあるという。


今回のような異例の慰霊法要への反応か?



何ひとつとして、絶対!を確証

できるものはない。



曖昧なことの多いこの世界ではあるが

そんな中でも曖昧なままにしては

よろしくない領域についての学びこそ

私の担当領域。




何と、自ら動く。いや、動かずに移動している。。。
昆虫ならばクモだろうが、、そんな昆虫、クモがいるのか?!






お茶『相談カフェ』コーヒー はじまりました。

私の直面している問題解決のために何からどう始めてよいかわからない、
とにかくも先ずは話を聞いて欲しい、相談したいというあなたが
気楽に活用できるファーストステップとしてオススメです。



宝石赤

9:00-18:00  定休;毎週月曜日


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50分 3,000円 ワンドリンク付き


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空海山弁天院(横浜市中区)

※各種セッション、講座等の状況によっては対応できない場合も
ありますので事前にご一報頂けますと幸いです。




キラキラご予約・お問い合わせキラキラ







虫は何らかのメッセンジャーとして、

全く無視できない。(^-^*)


☆旧記事、「瞑想」も急がば廻れ!

にはオーラを放つキリギリスの写真 ☆





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今朝の横浜は元町からの空。神々しい!Are you Michael!?



戦争の実態について、それは戦場であれ
空襲を受けた日本国内であれ、その記録
のひとつひとつに触れるにつけ、悲しさ
と悔しさ、無念さが入り交じり、嗚咽に
顔面崩壊は常、なれど次なる戦争の抑止
にはまるで役にも立っていないことに、
改めての憤り。
そして、自己攻撃は止めようもなく。(>o<)


そのような生き方をかれこれ三十年近く
続けてきたが、今年、まさに今そういった
あり方を離れていることを確認した次第。


私の本棚は精神世界関連とビジネス関連
がほぼ同数に近く蔵書の8割を占めている。

そして残り2割は入手を抑えに抑えてきた
ながら太平洋戦争絡みのもの。





暫く前からは、いよいよこれらの本の処分
を始めようと思い立ったところだった。


前世絡みにこだわることはもうよい、
申し訳なかったとか今も申し訳ないとか
も離れることを自身に対して許可できる
ようになった。


ある時期までは
「今のようなこんな退廃しきった日本の
為に先がけとして散っていったのではない!」
という激しい憤りを止めようもなかった。





英霊に対する感謝と畏敬の念と改めて、
世界平和への先がけとなることという
想いは地に足着いた精神世界の学びを
進める人の絶対数の少なさと同様である
ことがわかった時に自身の非力さもさる
ことながら意気消沈するに十分だった。


今回の終戦記念日にある意味、本当の
意味で私にとっての終戦を確認したの
かもしれない。


現在、我々の棲む三次元界地球では
この先、戦争が止むことはまずない
と私は観ている。


心情的には全く嬉しくないながら、
戦争が起きる理由は幾つもあれど、
起きない理由については私はただの
一つも見つけられないでいる。


戦争はよくない、反対!と心から
思っている人たちはいるが、割合こそ
多くはないながら、それを希望する
人たちがいるのも事実。


かつて、日本が体験することとなった
かの戦争も実際、そうであったから
こそ起きた。


政治家、軍人問わず、反対する人もいた
反面、心から賛成する人がいたし、
止むに止まれず、、という人もいた。


国際政治上の力学関係はもとより、
人間各自の心情面、思想面も影響する。


戦争はよくない、好ましくはないと
わかってはいても開戦に踏み切らざる
をえないところまで日本が追い込まれて
いった事実については歴史から学ぶこと
もできる。


そう、歴史から学ぶことは可能ではある
ながらそれよりも(必要以上の)目先の
利益追求や娯楽に興じることにのみ興味の
対象が向いている人達の方が圧倒的多数を
占めている今日の日本であるからには、
これはキビシイ。


そして、多くの人が歴史を学ぼうとは
しないこと、戦争について知ろうとも
しない、話題としては避けて通りたがる
こともまた新たな戦争発生の抑止力には
ならないから。


耳障りのよくない話、コワい話は
聞きたくないと言って逃げる、
キビシイことを伝えれば、逆上する、
私はそんな人たちを沢山見てきた。





芸能人のスキャンダル話や知人、
ご近所の噂話は大好き。


娯楽、ショッピング、レジャーに興じる
エネルギーはあっても家庭内に始まって
いる日本関係、コミュニケーションの
あり方、自然環境保護、動植物愛護、
飢餓問題、更には霊性開発といった、
真面目な話に向く人は極めて少ない。( 。-_-。)


そして、その反対に、まさに当ブログ
記事のような、いわば真面目な内容について
ここまで読み進めている方、いいねの足跡
やコメント、メッセージにて意思の疎通を
交わし合う魂友の存在方々に私は救われている。



戦争の原因とは、いきなり国際政治舞台
上の問題ではなく、社会の最小単位である
家庭から始まってることを、あなたは
ご存知だろうか?


家庭の始まりである夫婦間に始まり、
親子間、兄弟間、親戚縁者間、そして
地域、学校、職場、そこからはライバル
企業、他地域、他国、更には外宇宙へと
対立関係の要素に満ちている。


不用心にも意思を伝えれば、誤解される
こと、曲解されることしきり。。。

意思の伝え方の困難さはもとより、
相手の意思を本意のままに受け取ることの
困難さは既に人生途上で誰しも体験済み。


言うなればコミュニケーションスキル
を無視している限り、対人関係上の
衝突は免れようもないし、個人間の対立
のあり方は最終的には国家間という規模
の舞台にまで繋がってる。

その不幸の極致が「戦争」ということ。






この世に神や仏がいるのなら、どうして
戦争を止めてくれないのか!



などと、うそぶく人も随分と昔に会った
ことがあるが、片腹痛し。いや、笑止千万!


身勝手な人間たちを永きに渡り住まわせて
下さった母なる大地、地球という偉大なる
生命体、地球神に対するトンデモナイ失礼
の数々が止まないことについての慚愧の念
をもって、この先いかなる御沙汰が下ろう
と何も申し開きできない。


新たな開戦という形で人間自らの手で、
この地上界での生存を危うくするか、
それともシンジラレナイくらい寛大にして
慈愛に満ちた地球神の御意志がその堪忍の
限界を超えることになるのか。


果たしてどちらが先か、わかりようもないし
考察や議論をするつもりもない。


再び、人類最期の日が訪れようと、いつまで
かは免れられるかと無関係に、
私の残り人生をかけた取り組みは啓蒙事業で
あることに変わりはない。


みんなの人生相談処☆空海山弁天院☆


新たな戦争開始への抑止力として、
また何よりこれ以上、人間たちによるマザー
アース、地球への非礼を終わらせる為にも。















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昨今は、更に強まりつつある磁場・時空的
変化と同調しているのか私の意識状態は明
らかにこれ迄とは異なっている。


一言で言えば思考が減って「ぼーっとして
いる」といった感じ。(笑)


それゆえかブログ記事が書きにくいこと
書きにくいこと。ネタも無限にはありつつ、
何を書こうかを考えるのも面倒なら、何を
書きたいという思いさえもよくわかりにくい。


今、この時にのみ意識を向けて生きることに
なると今日は何月何日で昔、どういうことが
あったとか今後がどうなるか?といったこと
には意識が向きにくくなる。


その理由は加齢が進んだ為でもなければ(笑)、
好きなお酒の量が増えた訳でもなければ
生き方を変えた訳でもないという自負はある。

住む場所が東京から横浜に変わったことも
理由にはならないだろう。( ̄∇ ̄)


従来の私であれば、それなりに「こだわり」
としてきた、言葉を変えれば「重視して」
きた考えもすっかり過去のものとなっている。



「こだわり」という言葉の概念については
「執着」を対比語に用いて、その微妙な
ニュアンスの違いについてポリシーのような
概念と、諦めの悪さ、更には往生際の悪さ
という説明をもって講座上ではお伝えしてきた。



{俗に言われている}太平洋戦争については
過去のブログを振り返っても、歴史上の
日程に絡めて、「こだわり」をもって記事を
出して来ていたことに今更ながら氣付いた。


【旧記事】

◇胸えぐられる特攻悲話。又、これも人生の一実。


◇戦争の歴史は興味のあるなしの話か?


◇戦没者慰霊と反戦の権化




そして、

今日が8月15日ということは氣付いていても

終戦の日であることはまるで意識できては

いなかった。



本日の夕方になってようやくアメブロの
タイムライン上にて他の方の記事上にその
文字を見て氣付いたという次第。


これは決して戦争に対して意識を向けなく
なったとか、反戦意識がなくなったなど
ということではない。


端的に言っても戦争を肯定するつもりは
ないし、反対も反対、絶対反対の思いは
変わることはないが、、、


言えることは、



それでも、



起きる時は起きる。


今はこれだけ。



理由のわからない熱意をもって学生時代、
具体的に言えば中学時代から大学、社会
人になってからを問わず、その時々に
同級生や同輩達の中で誰よりも太平洋戦争に
関する本や専門誌を読みあさり、本棚、
段ボール箱に所有し、映画やドラマを残らず
観てきた自負もあるながら、同じくその時々
で私から話題にすることはあっても、同席者
がその話題に興味を持つ、話が続いたという
記憶はない。



南九州の特攻基地跡で実施される
慰霊祭やフォーラム等に参加しても
同世代の人はほぼ皆無。


そこにいるのはいつもずっと年上、
ご年配の方々ばかりだった。






つづく



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とりあえず(?)、今世では男性である私、

亮然にとって同性はどうでもいいが(笑)

キレイな女性が好きは明らか。


それも贅沢、ゼイタク~なので、

中身も外見も併せてのこと。






「好きこそものの上手なれ」ではないが

キレイな人好きゆえ、評論、分析についても

我ながら、なかなかと勝手に自負しつつ、

そんな私だからこそか、

Misaoさんのこのブログ記事に惹かれる。↓


まさに我が意を得たり!感ありあり。


また、ギョーカイの方だけに、尚のこと

リアリティあり。







男女問わず、キレイに成る為の

三大key wordは



自己客観視スキル



周囲への氣配り



真のプライド





あー これ、「宇宙真理」ベースの

亮然私見なり。ψ(`∇´)ψ





精神世界に興味を持ちつつ、

俗にスピヲタとかふわふわ系と揶揄される

ようなタイプの人ではない。


地に足着いて生きるスピリチュアル

実践者が該当していると思う。



ロマンチストの私、それも注文の多い料理店

と一緒にいる人は、特定のパートナーか一時的

同席の別なく受ける刺激は決して少なくないだろう。



巷で言われてるような「女子力」なんて言葉には

該当しない言わば「色即是空 空即是色」に基づく

丸ごと一個性霊としての色氣(いろけ)を顕現して

頂くことになる。







そしてまた現実に多いのが、


「私には(女性としての)魅力なんてない」


「もう、年齢が・・・」


「今更、恋だの何のなんて」


「どうせ私なんて・・・」


といった想念や発言。




早晩、

自身の内なるブロックやブレーキに氣付く

ことになる。




そういったネガティブ思念があることは

一旦は認めるとして、そのままであれば

まさに、そのままの状況が続くだけ。




自己客観視して、



そんなあり方ではモッタイナイ!

と思えるならば想念と発言、

ひいては行動の修正あるのみ。



但し、これまた単独、独力のみにて

修正行動できる人はそうそういない。



長きに渡って、ソレやってきてます、

ただ時間ばかりが過ぎている、

という今のあなたに最適なプログラムと

ここで出逢うでしょう。ダウン



彩り多きプログラムの玉手箱

空海山弁天院


私はキレイでありたい

身も心もそうでありたいと


素心から願うことのできている方は

こちらこそ、心からお待ちしております。(*゜∀゜*)






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「人生のゴールとは何でしょう?」




この極めてシンプルな質問について

物事をこねくりまわして考える人は、



「成功すること」



「幸せになること」



「誰かの為になること、
 世の中の役に立つこと」



なーんてことを答えるかもしれない。


ハイ、実にそれ、若い頃の私、亮然

本名、渉(ワタル)君でした。( ̄∇ ̄)





2年前の私の手。何故か左右で紅白の違い。。。
撮影当時は氣付かなかった。



私にとって、いつの頃からか始まった仏法真理
の学び、密教の修法実践、更には「宇宙真理」
探究を経た今、述べるならば、


人生のゴールとは


「死ぬこと」


実に、これだたけ。


たった、これだけ。






えっ?! (゜∀゜)  ですか?






もっと他の答えを
期待していた人もいるだろうか・・・。


まあ、期待するのは勝手だけど、
真理は自ら掴み取るだけ。


人から教えてもらうものではない。




質問を変えて、


「人生のスタートは?」としよう。


スタートとゴールとは対(つい)をなす。


人生のスタートは言わずと知れた「生誕」



「始まりと終わりは常にワンセット」[亮然R]



始まったものは終わりが来るのがアタリマエ。


そして、現実に多くの人間が恐れる筆頭が

     「死」


これを避ける為の反応行動や工夫、取り組み
は勿論、実行するとして、それが目的に
なったり、過剰であったりすると本末転倒。





死を恐れるあまりに、かえって死期を早める
あべこべ事例も珍しくない。


癌の宣告、余命期間を聞かされたことで

自ら命を絶つ人がいる。


高齢者が病気を苦に自殺ということもある。


何も自ら早めずともよいのに、、、

と思う人も少なくないだろう。


逆に言えばまだ生きられたのに、、と。


今ここで死なずともよいのに自暴自棄に
なってしまう、

ショックで我を忘れてしまう、というのが
また、人間の脆い側面のひとつ。




私は死なない為に生きているつもりはない。


生きる為に生きているつもりもない。



誰であれ「死にたくない」という思いがあっても、
受け容れざるをえない時はそうするだけ。


また、中には自ら意図的に死を選ぶ人もいるが
そう希望しつつも、まだ、実施していない人で
話を聞くチャンスがあるならば聞いて欲しい。


「大丈夫。人は必ず死ぬから。

 放っておいても死ぬ時は来るから。

 だから、わざわざ自分から死ぬ必要はない」と。



それまでは、、、

「せっかく来た、この世界だから。

 たとえ、ろくでもないその世界だとしても

 終了するまでは、楽しもうよ」と。






どうせ死ぬ。みんな死ぬ。


死なない人はいない。
{ゾンビは架空の話。(笑)}


このことについては特別待遇も

差別も何もない。



だから安心して、いつ来るかわからない

人生最期の日まではトコトン、味わって

行こうでないの。


死ぬことに恐れがないのにも理由がある。


それは、


死が「終わりを意味するものではない」

ことを知っているから。



恐れの多い人とは、

知っておくとよいことを

知らないままでいる傾向が強い。


知るチャンスは日々、そこかしこに
転がっているのだけど。。。





これぞ真の「供養」のあり方。


そういったチャンスの特別なひとつを
最後に紹介する。



こんな内容の話、嫌いではない、
いや、好きです、という方で横浜まで
来ることのできる方へお知らせです。


今月8月25日木曜日、28日の日曜日
空海山弁天院のリニューアルオープン記念
パーティーの最終、第三弾を実施します。

参加費は無料、飲み物か食べ物一品の
持ち寄りのみお願いしております。

それぞれあと1、2名ほど参加にゆとりが
あります。

これを機会に人生について、「宇宙真理」
について確認を深めたい、というあなたは
コンタクトお待ちしております。




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早朝からの通勤散歩に始まり、幾つかの
作業を経て私は既に汗だく。(@@;)


先ほど、アメブロにログインしたところで
個人的に懐かしい方のブログに遭遇した。


また、その内容がまさに私が講座の中で
常々、お伝えしていることでもあったので
転用、改めリブログさせて頂くことにした。



5:30頃、通勤途上の空。


日々の対人コミュニケーション上において
ついつい勢いで、反射・反応的に
言葉を発する人は少なくない。



暑ければ「暑い!」、寒ければ「寒い」

「疲れた」「キツい」「しんどい」

をスグに口にしてしまう人・・・。


いわば、ネガティブワード。


「ありがとう」「いいね-」「ナイス」

「おいしい」「じゅて~む♡」(#^_^#)

ホオポノポノ等の代表的な言葉なんか
であれば大いに結構だが・・・。



あなたの周囲にもいることでしょう。

好ましくない反射・反応的発言する人。


いや、あなた自身がそうかもしれまへん。(*´∀`*)


絶対! ダメ! ムリ! ←あるある。



①本来の意味をよーく理解してみると、

②発する言葉は言霊であること、

③引き寄せ力も含めて、
 相応のパワーを持っていること




これらを含めれば、普段なにげに口にして
いる言葉を吟味してみる必要がある。






妻が夫のことを「ウチのダンナが・・・」

もしくは「主人(しゅじん)」と言うのも

珍しくはないが。。。


ダンナとはサンスクリット語のダーナ
の音写ながら、その意味を知れば、
理想的なパートナーシップに関しては
好ましい表現ではないことがわかる。


「そこのダンナ~」


「右や左のダンナさま-おめぐみを」


といったセリフも古いTVドラマや
漫画でよくみられた。



主人、という言い方にしても、

貴女は夫のしもべ、使用人?か・・・。

と言いたい。




若い人を中心に(?)、ひと頃から
飛び交っている「ヤバい」という言葉も
ヤッパという刃物が語源という説について
知ると、決して口にしたくはないもの。


他にも、ついついクセになっている
好ましくない言葉について再確認して
みたい。








本日の記事は先の記事上での宣言もさめやらぬ
うちに、真面目な内容(?)かもしれないが-、
比較的、軽めの内容ではないかなぁとも思いつつ。


既に窓の外からは蟬時雨がにぎやかに
聞こえてくる。


涼しい風の入ってくるここ空海山弁天院。


本日は横浜は元町の山手に移転以来、
記念すべき初の講座の日でもある。




南無大師遍照金剛

南無同根魂友同志

南無宇宙根本大霊





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僧侶が、ましてや行者が「修行」を
離れるとは本来の立場らしさを離れる、
いや、その存在を否定するかの如き宣言
とも受け取られかねないだろう。


私は前世も含めて、古典的な山岳行者に
典型的な荒行苦行からは既に離れていた
とはいえ、今世では日々の生活こそが
修行場であることを強く意識していた。



毎朝、通らざるを得ない激急勾配の坂道であり、また別の緩やかな
ルートも選択可能だが、筋トレ、持久力トレ、更に精神面への負荷
を意識して、ついついこちらの道を選択している事実。



意識というか、私に限らず人間誰しも
「修行」は必要!、いや、魂磨き修行の
為にもこのアウェー、演習場、三次元界に
滞在中なのだと認識していた。

怠け癖も含めて、人間である限りまだまだ
未熟であるので修行、トレーニングを怠る
とロクなことにはならないと思っていた。


そして、昨日のささりんさんのブログ記事
「今までの生活に違和感が。。」

に書かれていることも大いに納得とも絡めて

個人的に、ここ数ヶ月間の目まぐるしい
変化の波に乗ることができたのは、ひとえに
これ迄のストイックな取り組みあったが故に
という事は否定できないながら。。。



お地蔵さん、道祖神の如く、ここではマザー・マリアが優しく
見守っておられる。



新しい時代の流れにシフトしてい
ることをビンビン感じている今となっては、
これまでのような修行を意識したあり方
では合わないことを認識した。

修行という意識をする事さえ"執着"
ということをこの度、氣付いた。


また、私はここに修行を離れる宣言は
行ったが人間、だれしも人生における
修行に終わりはないだろう。

修行は不要なんです!
などと言うつもりは全くない。

明らかに修行が必要という方々の存在は
圧倒的に多い。




登り坂の次には必ず下り坂が来る。
「永遠に続く右カーブ、左カーブも無ければ、同じく永遠に 下り続ける登り続ける坂道もない」[亮然R]




昨今、如実に感じて来ていたこととして、


AC改め、コドナ(コドモ大人)が多い。


一億総コミュニケーション障害



とも言える。


自身の直面する問題から逃げている限り
いつまでも追われる身のままとなると
知ったならば、背中を見せ続けることを
止めて反転してみるとよい。


向き合ってよーく観てみると、
問題だと思っていた問題は実は大した
問題ではなかったことに氣付く。

人間にありがちな思い込み、先入観、
そして長きに渡る洗脳の影響は
否みようもなく、そこには多くの葛藤
が生まれるのもアタリマエ。




五里霧中のこともあろう。高みに昇りて雲中を抜けると常に青空。


私も常々葛藤してきているが、ここ最近の
葛藤の雲中から昨日、抜け出した時、
以前ではまずあり得なかったであろう
宣言となった。


より丁寧に述べるならば、

「修行する(励む)という意識を離れます」

ということになるかと思う。


具体的行動としての瞑想行や三密加持
修法を離れることはない。

生活上で「結果的に修行」ということも
変わらず続くだろう。


「まだまだこんなもんじゃ足りない」
「私はラクをしてはいけない」など
どこか自身に修行を強いる意識があったが、
これを手放した、という言い方がもっとも
しっくり来るかもしれない。



「修行を離れます」宣言と併せて

このアメブロ記事出しも、またまた方針を
変えることにした。


気付けばついつい真面目な内容について
書いている。




お祭り野郎に憧れつつも、実際には。。。( 。-_-。)



今後はカルめの内容にします!と
過去何回か宣言したような記憶があるが
気付けばまた元の木阿弥。。。


今回の、
「修行」を離れます宣言はダテではない
と自負しているので、いよいよの時代の
大シフトとも合わせて「修行」色のない
カルめ&ゆるめの内容で行きます。



どうぞ、期待などせんといてください <(_ _)>






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「普通とは違いますよねー」



 これは、対面にてよく言われる。( ̄∇ ̄)


「アメブロでの印象と実際と

 だいぶん違います」




「もっとコワい人と思ってました」



「キビシイ人だと思ってました」




先般、終了したリニューアルオープン
記念パーティーの場でも概ね、そのよう
に言われた。




ある時期、コレをアメブロ・プロフィール写真に使っていたことは
今でもよく話題にされる。フツーじゃないと。。。ψ(`∇´)ψ




オンライン上だけの関係と直接対面
にてコミュニケーションのギャップに
ついては実は特別、私に限った話では
ないだろう。


ここアメブロ上という文字や画像の
媒体だけで交わす情報交換とはデータ
の質、量からしてまるで追いつかない。


同じことが、「瞑想」や「般若心経」の
学びについても言える。


本やセミナーだけからの学びに終始する
場合と直接対面にて伝法を受けるのとは
同じでありようがない。


提供者側から受け手に対する一方通行
には思い込み、確認不可によるリスク
さえ伴う。




ま、一番、マシな写真か。


真言密教はもともと口伝で師僧から
弟子に伝えられることになっている
通り双方向性のコミュニケーション
無しに進める真理探求は間違いを少なく
する為の慈悲心ゆえのことと私、亮然は思う。



ここ空海山弁天院にて実施されている
講座
は「学ぶこと」が目的ではない。



「悟ること」が目的でもない。



「学び」とは過程。



「悟り」とは結果。


この苦難のタネに満ちた三次元界に
おいて大難を小難に、小難を無難に、
ひいては自利利他円満の人生とする
ことを目的とする。


在家僧侶・亮然は葬式をすることや
亡くなった方のご供養の為や
儀式の為ではなく今、生きている
人の人生支援
の為に在る。


最初から他力を求めるではなく、
先ずは自らが全身全霊をもって最善を
尽くし、それでも及ばないところに
ついては他力に委ねるといったあり方
を勧めつつバックアップするもの。


僧侶とは修行者でもあり、また、顕教
というオモテの教え、「色(シキ)」領域
ではなく、密教という「空(クウ)」領域
の教えに基づく修行者であるので瞑想行
や三密瑜伽行は常に外せない。



般若湯は、好きよ。(^_^) 
霧島は厳密には般若湯と言っていいやら、だが・・・。



対面して馴染んだ方々からは、

見た目、僧侶らしくないとも言われる。


てっきり衣とか作務衣でも着て出てくる
と思ってました-、なんて方も。


真夏の今は、とてもとても。。。

プライベートではアロハなんか好きだし、


髭ものばしているし、時には鼻の下も。(笑)

髭はこだわりがある訳ではなく、行で
籠もっていたりすると、髭を剃ることや
食事など意識の外へ~なので、ついつい
後回しになってきた。


パートナーを得た今は食事の管理は
本当に助かっている。




これは、二年ほど前、娘とのツーショット。


その食事についてはともに以下のような

挨拶の後に頂くのが常となっている。



「食するものを血とし肉とし力といたします」×三回


「惟神 霊幸倍ませ」×三回


「いただきます」×一回(笑)




密教行者ならではという訳でもなく、
地・水・火・風・山・河川といった
自然界(霊)(神)に対する畏敬の念は強く
日々タイムリーに礼拝、供養は欠かさない。


自然界に限らず、物質的、霊的の別なく
あまたのお陰様であることの確認を
意識と言葉と行為にて顕すことを旨としている。


今や滝行や火行といった特別な行ではなく
里の修行、市井、娑婆世界こそが最高の修行
場として在る。



常在、常住、遍在、遍満、遍照金剛。




し、シブいか・・・? ちょいワル風ともよく言われ。。。



ま、見た目と本業、本番とのギャップも

お楽しみ下さいや-。



空海山弁天院は◇学び処(講座)◇

にてお目にかかりましょう。



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