4月中旬 やや抑うつ。怒りっぽい。5月8日 混乱、混迷、近医受診。心因反応疑い。9日 症状憎悪。救急外来受診。10日 K病院に入院。一過性急性精神障害疑い 意識障害↑13日 神経内科に転科。胸腺腫に伴う傍腫瘍性辺縁系脳炎と診断。IVH挿入。13-17日 IVIG(γグロブリン大量静脈注射)14日 挿管 17日 気管切開 18日 K医療センターに転院。20日 胸腺腫摘出術施行。 6時間。そのままICUへ。97㌔。25日 肺炎に。6月1日 神経内科一般病棟へ転棟。レスピレーターオフ。2日 経腸栄養開始 7日‐9日 ステロイドパルス1回目 15-17日 パルス2回目 22日-放射線治療開始

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2008年09月08日 00時28分21秒

7月5日 RT10日目 俺は眼科医だ!

テーマ:ついに意識が。

夜間もよく眠っていたが、AMいっぱいぐらいよく眠っていた。途中少し起きて、足を左右に振るが、10分ぐらいで寝てしまう。やや寝すぎでしょう。




朝採血。CRPが発熱時は8まであがったが、本日は3まで低下。白血球は8000まで低下。尿中の白血球は今日もまだ出ているけど。体温も低下している。血液培養ではバクテリア(-)なので、一旦マキシビームは本日でオフ。、あた体温上昇なら、IVH入れてみますと。




寝ている間は足の動き止るけど、寝すぎ!G先生よりリボトリールは本日でオフとし、明日からはパーキンソンの人とかに使うD2レセプターアゴニストのカバサールをスタートしてみる。これは眠くならないけど、時々吐き気が出ることある。これを使ってみても不随意運動が止まらないと、これから先のRTを続けるのは困難。これから先は1回線量を増やして、fieldをしぼって、しっかりとかけなくてはならない。体動は禁物。これまでは広範囲に割りとアバウトにかけてたけど、この先はアバウトにかけると肺梗塞のリスク上昇する。もし今週中に体動止められない場合は、一旦RTは中断。転院(千葉大へ)して、収まるのを待ち、千葉大でRTか国立国際医療センターへ再紹介。入院でRTとしたいと。




昼過ぎにリハビリのお姉さんが来たが、膝のROMは120度とかなり良く曲がると。肘も良いが、手もやっぱり硬い。パーにならない。できればそろそろ座位とかも試してみたいので、Drと相談してみますと。




RTへ。これでひとまず終了。これから先は体動しだい。今日は吐かなかったらしい。やはり足バタバタや上体を起こそうとする動作はあったらしい。ただRT中もかなりはっきりとコンタクトとれていたと。戻ってきてから体重測定。84.5㎏だった。




戻ってきてから、

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2008年08月29日 21時32分25秒

7月4日(日)明らかに泣いた。

テーマ:ついに意識が。

夜中も1時から2時頃、5時から6時ごろ、かなり足がバタバタしていた。本人もあくびとかしていて、でも足がバタバタしていた。本人もあくびとかしていて、でも足がバタバタしてきつそうだった。でも次第におさまり、よく眠っていた。


朝からも、眠りがちである。途中起きた時には夜中ほど厳しくはばたばたしていない。少しリボトリールの効果か?


12時半頃、兄が来た。ちょうど起きている時だった.。兄がくぼじゃに「わかるか?」話しかけると、うん、うん、とうなづいた。その後、私も、お兄さんわかる?とか、痛い?とか色々聞くと、うん、ううん、と使い分けてコミュニケーションをとっているのを見て、兄は「よかったなあ。。」と言って泣いてしまった。そしたら、くぼじゃも顔をくしゃくしゃにして、また涙を流していた。兄もそれで余計に「なんだよ、泣くなよぉ」と言って、二人で泣きあっていて、私や義姉さんももらい泣きしてしまった。〈お義兄さん、お義姉さんありがとう)


私の父母も来た。順番にくぼじゃに会ったが、随分はっきりとコンタクトが取れることに驚いていた。私は父母と地下一階でご飯を食べた。レストランの椅子が破れたところをガムテープで補強してあって、娘が「ちゃーちゃん、びりびりのいすやだー、こっちがいい。」といって、破れていない所を狙って座っていた。トマトソースのスパゲッティと白いご飯だけだけど、まあまあ食べた。その後、中庭で追いかけっこをして遊んだら、キャーキャー言って大喜びだった。かくれんぼするー、と言って、もういいかい?もういいよー、というのだが、全身隠れてなくてにこにこしながら、いるよーだって。別れるときには、また「あっくしゅーでバイバイバイ」をやって、私が名残惜しくてもう一回やろうとしたら、「さっきやったからもういい!」と断られてしまった。


入れ替わりに、くぼじゃの親友のEくんがきた。くぼじゃはずっと寝ていて、Eくんは私達としゃべっていたが、くぼじゃが眼を覚ますと、「また旅行行こうなー」等と話しかけていた。。くぼじゃは感極まったらしく、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。Eくんは面会時間も終わり、父母も帰るといっても、「もう少し残ります。」と言って残り、皆がいなくなった後に、「くぼじゃがここまでよくなったのは、奥さんの看病のおかげだねー。ほんとにありがとうございます。」なんて。ちょっとうるっとくることいってくれるじゃない!!


その後は良く寝ていた。


夜G先生が来たときは、まだEくんもいて、くぼじゃも眼を覚ましていた。昨日よりさらにはっきりをしてきており、しっかりと4方向の追視をしていたのに驚いていた。また、べろ出してみて、と言うと少し左に曲がってしまうものの、ちゃんと指示に従って舌を出していた。K先生も驚いていたけど、私も驚いた。


(今日の事は全く自分では覚えていない。これ以降もしばらくは。少し意識レベルの上下があったか。)

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2007年02月03日 23時09分01秒

2004年7月3日 下肢の動きが活発に モーニング読みたい

テーマ:ついに意識が。

夜中から、下肢の動きが活発になってきた。昨日までは一方向だったけど、今日は両方向に動く。1、真ん中、2、横歩きみたいにして右側へ、3、柵に両足、または片足を乗せる。4、右足をびんぼうゆすりみたいに膝を軸にしてゆする。5、また右側へと一連の動きを繰り返す。しばらくすると眠る。でも1時間位しかまとめて眠れず、寝ている間はこの動きが止まるが、起きるとすぐ動き出してしまい眠れなくなる。kubojyaも寝たいのに眠れず辛そうだった。

便は今日も何回か出た。

体を起こそうとする動きは本日は殆んど無い。手もそんなに動かさない。足と腰だけが自分の意思と無関係に動いてしまうよう。

追視しようとする。本も読もうとする。しかし下肢の体動が不随意に激しくなってきた。

メガネかける?と聞くと、うなづくのでかけさせた。「モーニング全部買ってあるからねー、元気になったら読もうね。」と言うと、不服そうにしていたので、「今読みたい?」と聞くと、うんうんとうなづく。眼の前に持って見せてみたが、注視しようとすると、上下方向にゆっくりと眼振が出てしまう。本人は読む気満々でモーニングを見ようと首を起こし気味になっていたのに、読めずに可哀想だった。kubojyaも読めないとわかったら、目をつぶってしまい、顔を横に背けてしまった。

(このとき読めなくて悲しかったけど、モーニングが買ってあると聞き、安心した)

顔を拭いたときに耳の穴を拭いたら、いやいやみたいな動作をした。「くすぐったい?」と聞くと、うなづいて、少し笑ったみたいな顔になった。


昼過ぎ頃、K先生が来た。この動きはあまり見たことがなく、ビデオで記録させて欲しいと。珍しいがたぶんパーキンソンの動きに近い。錐体外路の異常によるものか?一日中こうだと疲れてしまうので、少し内服でリボトリールを出してみますと。kubojyaがかなり良く、yes、no、だけとはいえ、コンタクト取れるようになって来ていて驚いていた。私がkubojyaの注視時の眼振についても話すと、指先で追視を促していた。眼球運動は大分制限されているものの、一生懸命に前頭筋を使ったりしながら、4方向を向こうとしていた。はっきりとこちらの問いかけに答えようとする様子に感激した。完全にわかっている。また泣いてしまった。先生も、「完全に意思疎通が取れていますね。」と。先生に「ほんとにありがとうございました。」と心から言った。「RTの少し前から、目覚めは近いな。と感じていました。みんな喜んでますよ。。」と。お礼を渡すのに。「新しい文献が手に入りましたので、どうぞ。」と嘘をついて渡そうとしたら、「あっ、それはそれは。」と本気にした様子で、その場で見ようとしたので、「あっえーと。。」と口を濁したら、覗いて察したらしく、「ほんとに結構ですから、こちらの方が勉強させてもらっているようなものですから、お気遣い無く。」といって断られた。ちょっとそんな予感はしたけど、あの先生らしくて、好ましい態度だった。(うれしいね)


その後は疲れたらしく、ちょっと不機嫌にしていて、手を開いてみてとか言ってみても、それを振り払おうとしたり、むっとした顔をしている様子。寝たり起きたりしているが、やはり1時間位しかまとめて寝る事はできない様子で、すぐ眼を覚ます。


クーリングマットオフの方向で温度を少し上昇してみたが、熱変わりないため、一度オフにしてみた。しかし、体動上昇とあいまって、発汗死、尿量減り、また体温上昇(38.5度)したため、再度マット使用した。やっぱり使わないとあがっちゃうのねー。


夕方、祖父、祖母がきた。kubojyaの下肢の動きがとても激しく、タオルをかけてもすぐはがしてしまい、オムツ丸出しになってしまうため、お義母さんに短パンと買ってきてもらおうと思ったら、留守電聞かずに、そのまま病院に来てしまったため、祖母がたくさんLLのトランクスを買ってきてくれた。kubojyaは初めはずっと寝てたけど、途中で起きたので、みんなで、kubojyaの方に移って二人で話しかけていた。kubojyaがうなづいたりするので驚いていたし、とても嬉しそうだった。ただkubojyaはかなり激しく体動しだし止められなくなってしまった。本人も辛いようで、気持ち悪くなってしまって可哀想だった。発汗も多いし、激しい動きだった。でも、祖父、祖母が帰ると収まったので、興奮すると激しくなるみたい。その後はまずまず落ち着いて、ねたりおきたりをくりかえしていた。尿量減少したため、1本点滴負荷した。



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2006年12月30日 00時11分31秒

7月2日 RT9日目 初めての意思表示。

テーマ:ついに意識が。

夜中も便+、便処置の時はややじたばたする。少しオムツかぶれあり。朝から尿がとても良く出ている。逆にNGチューブから引ける量が減少しているみたい。


午前。脳波。さらによくなってきた。基準波少しだがはっきり出てきた。G先生が興奮しながら、「いやぁ、出てきましたよ!いいですねー」と駆け寄ってきた。


尿培養で、緑膿菌が出た。熱も減少しているし、週明けまではマキシビーム継続。カテーテル入ってるし、尿路の感染でプラスになる事は割と少なくないので、それ自体はそんなに心配ない。ただ、血液培養は結果待ちの状態だが、これもプラスの状態になると、カテーテル感染の可能性大で、IVH入れ替え。腎の膿瘍などの可能性も出てくる。血液培養の結果出るまでは、マキシビームで様子見る。


足を動かすのは、本人に日をかえ、何度か聞いてみても、自分で動かしたのではなく、勝手に動いてしまうと言うので、もしかしたらバリスムスみたいなのかもしれない。とG先生に。


O2Satは6ℓでほとんど100%をキープ。


くぼじゃに色々と話しかけた。はっきりと、NOの意思表示で、首を横に振る。「足動かしてるの?」「うん」「勝手に動いちゃうの」「うん」と言う風にしっかりと応答しているよう。G先生が、「眼を開いて」、と言うと開き、「じゃあとじて」、と言うと、閉じるということがあった。G先生はこれ、「再現性あればかなり画期的ですよ!!」とかなり興奮していた。でも、しっかりと出来たのは一回だけだった。「まだ波あるみたいですねー。」 


その後、くぼじゃがG先生の方向へ頭を寄せて、顔をすり寄せるみたいな動きをした。意味はわかんないけど。。そしたら、G先生が、「くぼじゃ先生、相手間違ってますよ。どうせ甘えんなら、奥さんのほうに行ってください。」とか言っていておかしかった。


私が、「元気になったら、近くの小笠原伯爵亭というレストランで快気祝いやろうねー」と話したら、顔をくしゃくしゃにして、涙を流した。一粒ぽろりだったけど、その後、少し結膜が充血していたし、たぶん泣いてたんじゃないのかなあ。だんだん感情表現が豊かになってきた。


それ以前の事は記憶にないのだが、この事は後で日記を読み返したときに、自分で一番始めて覚えていた事だった。自分でも、なぜこういう風に足が勝手に横に動いてしまうのか不思議だった。そして、家内の上の言葉もはっきり覚えている。


放射線治療に行って戻ってきたら、清拭なんかもあり、気持ち悪くなってしまったみたいで吐いた。その最中にU先生が眼を見に来てくれたが、時間がかかりそうだったので、散瞳だけして、また後でという事になった。私はその間に風呂に行った。見に来たときにいないと悪いと思って急いで帰ってきたが、戻ったら、もう眼科診察は終っていた。T先生を初め皆できてくれたようだが、放射線治療で大分疲れたらしく、ぼうっとしていて、あまり反応なかったよう。


研修医のSちゃんが来た。kubojyaがうなづいたり、元気に体動しているのを見て、とても驚いていた。とても喜んでもくれて、私の手を握って、「よかったですねー。おめでとうございます。」と言ってくれた。「私嬉しいから、呼吸器外科の人たちに電話しちゃおう!」と言っていたが、その後、呼吸器外科のM先生や、N先生を連れてもう一度やってきた。みんな、「いやぁ、すごいですねー!」と驚いていた。良かったねー。


お風呂の帰り、早稲田大学の脇で、帰宅途中の放射線科のI先生にいきなり、「せんせいっ!」って声をかけられた。「いやぁ、だんなさん、随分良くなったねえ。」と言って興奮気味だった。前に、G先生からも少し話があったが、これからは照射野をしぼって線量↑してかけるので、もう少し動かなくなるのを待ってから、10Gy以後は再開したいと考えていると。


「親友のEくんも心配してたよ。何回も会いに来てくれたよ。」と話すと、うんうんとうなずいて、またぽろっと涙を流した。

↑この事も覚えてる!


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2006年10月28日 21時59分25秒

7月1日 RT8日目 ケリを入れる DVだ!

テーマ:ついに意識が。

昨晩はあまり興奮することなく、よく眠れたよう。看護婦さんが夜中に「アイス枕入れますか?」と聞くと、うなづいたらしい。いらないですか?と聞きなおすと、黙っているそう。


血中酸素濃度が下がらないので、酸素を6ℓから、4ℓにさらに減らした。これで後で血ガス取って、酸素濃度見ますと。2時間ぐらいしたら、92%ぐらいまで低下したため、また6ℓに戻した。


足浴してもらった。その最中も足をバタンバタンして、私や看護婦さんにケリを入れてる。体温は37度代前半で安定。


右足も左足もバタバタと動かしている。柵に乗せようとする。ベッドの足元にいると、おなかとか、顔とかけられる。DVだ!


今日も泥状の便続いている。


血中酸素濃度が、便処置中に89%まで下がった事があった。看護婦さんや私が「苦しい?」と聞くとうなづく。「きもちわるい?」にはうなづかず。後で、血中酸素濃度が95%ぐらいまで上がってから、「今は苦しくない?」と聞くと、首を横に振る。「さっき苦しかった」と聞くと、うなづく。大分細かくコンタクト取れるようになってきたか。


一度、家に帰り、戻ったら、kubojyaの移動の向きが、反対になっていた。動く向きも逆だし、不思議。上半身を起きようとする動きは減り、両足を交互にバタバタし、柵に乗せたり、点滴台もけってしまう。

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2006年10月15日 10時04分06秒

6月30日 RT7日目 左足を持ち上げる

テーマ:ついに意識が。

朝まで便が続いたが、ついに納まってきた。

昨日ロピオン使用後は、クーリングマットのみで、37℃後半のままになっている。


夜中も2-3時間周期で、活動期になる。(足を持ち上げる、上半身を起こす。)左足を特によく持ち上げ、ベッド柵に乗せる。


1時間位激しく動き、そのあと少し落ち着いた状態で起きていて、1時間位眠るというサイクル。


昨日より尿は汚くないよう。量はやはり少なめ。


G先生より、ムンテラ。血液培養はまだ出てない。尿培養では白血球↑、細菌+で尿路感染疑い。腎臓までいってるか、腎周囲膿瘍、水腎症がないか、後でエコーもしますと。もし血液培養で細菌+なら、IVH入れ替えると。


ボーカレート一式交換。


エコーにて、水腎症などなし。


セルシン使用中だが、活動性高いのはあまり変わらず、動いている時間は上昇して、寝ている時間は低下している。


口の動きは舌を普通に前に出してきている。上唇の少しアフタみたいになっているところをペロペロしている。


「元気になったらスカイライン乗ろうか、また保育園迎えに行ってね。」などと言うとうなづく。


今日が手違いで入るはずだった、マキシビームが入っていなかった。ま、体温下がっているからいいんだけどね。明日採血して再開するか決めると。


RTの時も、またかなり暴れたよう。RTのときは、看護婦さんに「がんばりましょうね、動かないでくださいね」というとうなづいていたそうだが、やっぱり動いちゃったみたい。。I先生も、ここ何回かで、どんどん変化していって、驚いているみたい。早く自分で動かないようにするとか、移動をコントロールできるようになるといいんだけどな。10Gy終了した所で、まだ動きが激しいようなら、少し待って動かなくなってから、さらに照射野をしぼって、1日の線量をもう少し増やして、しっかりかけたい。10Gy自体終わった時点で一度、再検討しなくてはならないと。


RT後はあまり暴れることなく安定。起きて動いても、左足を柵に乗せると楽らしく、その状態で止まっている。


本日取った血ガスの量がとても良いので、Tチューブでの酸素の量を8㍑から、6㍑に減らした。


便は今日一日中続いていたよう。



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2006年09月27日 20時45分09秒

6月29日午後 RT6日目 下の歯で上唇を噛む顔

テーマ:ついに意識が。

昼の分の内服から、タケプロン、ギャバロンに加えて、セルシンシロップが始まった。G先生は深く抑制がかかるほどの量では全く無いが、こういう全身状態だと、凄く効いてしまうことかもあるので、その場合はオフにすると。

昼の内服のあと、フランプ中に、体動激しく、1時間位で嘔吐。吐物処理中にRTに呼ばれ、Nsさんたちも焦って準備して、RTへ。RTから戻った後は、疲れたみたいで、しばらく良く眠っていた。ロピオン後から、feverも37度代後半に低下して、安定。

20時ごろ、再度活動性上昇。22時ごろ、眠りかけた所で、便処置していたら、また活動性上昇。どうせだったら、浣腸してしまい、出し切ろうと看護婦さんがいい、その後も便が続いて、眠れない様子。でもやっと、0時頃眠った。

今日は、舌をあまり出せず、鼻の上を伸ばして、下の歯で上唇を噛むような顔をしている。

19時半ごろ、姉が来た。姉にしても、義弟にしてもそうなんだが、接し方が、家族、親族であるというより、医者であろうとするのが良い気がしない。姉は関係遠いから、仕方が無いという気がするが、義弟は兄なのにな。。とよく思う。今日は姉に、RTはmarkingが無いんだから、再発っていったって、わからないし、ずっと続けるんじゃないか?とか、パルスのあと、taperingしてないの?とか、薬注入後、2時間もフラニスしてるの?とか色々いわれて、なんだか嫌な気持ちになり、私もつい態度悪くしてしまった。

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2006年09月26日 23時00分02秒

6月29日午前 RT6日目 fevew up(発熱)

テーマ:ついに意識が。

1時頃、納まって眠りだしたが、、また4時ごろから暴れ、2時間ぐらいつついたそう。暴れている間からfevew upし、その後、クーリングマットの設定温度を下げても熱が下がらなくなったよう。

私が朝7時頃に見たときは、設定14度で、体温は39度前後。発汗はあまり無く、特に、上半身の熱感が強い。本人は多少悪寒あるらしく、時々、鳥肌立てて震えている。朝からfevew upあるせいか、目は開いていても、あまり動かず、元気ない。それでも心拍数は100位ある。

11時頃、胸部X線。あまり変化なし。肺がfocusではない感じ。その後覚醒し、結構起き上がろうとして元気。ただfevew upのためか、まもなく疲れてしまうよう。1時間位で納まった。ただ便もたくさん出たので、この間に陰洗等も施行。体動させたこともあり、体温39度を超えた。4点スリングを加えたが、やはりfever→のため、抗生物質を使用することに。マキシビームを使用すると。血液培養、尿培養、もとった。この時にロビオン一回使用。


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2006年09月25日 22時16分51秒

6月28日RT5日目午後 ベッド柵に左足乗せる。

テーマ:ついに意識が。

15時。娘に会いに池袋へ。東武のところで、娘は母に手を引かれて、パンダのリュックをしょって歩いてきた。私を見つけると、「 あっ、ママだぁー」と足に巻きついてきた。エスカレーターで、8階屋上の子供広場へ。たくさんの乗り物に乗っかって、ごきげんだった。いっしょにもぐらたたきやったら、私がばんばん叩くのを見ておびえていた。父も来て、4人で一緒にプリクラを撮った。そのあとまぐろや?でご飯食べた。娘はまぐろのステーキと白いご飯、おみそ汁をたくさん食べて、「ママー見てー、おなかぱんぱんになったよー」と見せびらかしていた。有楽町線の改札口で別れたが、あっくっしゅーでバイバイバイで、バイバイできた。後姿を見送っていたら、涙出てしまった。父と母に両側から、手を引かれて歩いて行くのも見ていた。皆に可愛がってもらっていてよかった。そんなに寂しくはなさそう。


20時。病院に戻った。今日はRTの時も、かなり暴れて大変だったよう。吐きはしなかった。それでも、RTは周りの皆が慣れて来たため、かなり手際よく施行できているらしい。戻ってきてからもしばらくじたばたしていて、大変だったらしいが、19時ごろから寝たらしい。


22時。大便出たため、その処理をした頃から、覚醒し、12時過ぎまで、かなり大汗をかいて暴れていた。口の所に何かを持っていくとすぐに吸いつこうとする。私は腕を吸われたし、タオルも吸っていた。のどが渇いたらしく、お茶を含ませた綿棒を口に差し込むと水気がなくなるまで、チューチュー吸っていた。「もっと飲む?」と聞くとうなずく。3回ぐらいやったら満足したらしい。盛んに腰、足、を動かして、起き上がろうとする。「腰痛いの?起き上がりたいの?」などの問いかけにもうなづく。


途中、G医師が、レスピにつなげようとしたが、かなり暴れており、レスピにつなげると、ファイティングして、かえって苦しいからということで、本日より、夜間もレスピオフとなった。ここの所、O2SaTもほぼ100%で安定だし、大丈夫だろうとのことだった。

かなり体動激しく、たぶんレベルが上がってきていることによるものだと考えられる。ベッド柵にも左足を乗せる。特に左足を持ち上げて、仰臥位になろうとする。棚に足を乗せる?足を組もうとする?


本人も消耗するし、抗不安、筋緊張低下などの効果も狙って、明日より、セルシンシロップ内服6mg/3回で始める。かなり少量で、眠れないとか、不安の強い老人に使う量なので、どろどろになったり、呼吸抑制などが出たりすることはないと考えている。これで痙性麻痺や吐き気も良くなる可能性がある。激しく体動したあとは、39度までBTが上がる。

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2006年09月24日 12時54分45秒

6月28日 RT(放射線治療)5日目午前 一番の楽しみは。

テーマ:ついに意識が。

午前3時ごろからまた起き出して、結構暴れて落ち着かない様子。汗も凄いため、尿少ないまま。なかなか寝付かず、汗も凄いため、体位交換の時にNGチューブが抜けてしまった。


午前4時、またG先生が呼ばれて、チューブを再挿入しに来てくれた。内科医師は大変だ。。その後はしばらくして良く寝た。


午前10時、胸部X線で目覚めたようで、そのころからまたじたばたしはじめた。朝の採血の時は寝たままで、少し針刺したときにぴくんとする程度だったが。激しく起き上がろうとする。その状態のまま清拭、今日は洗髪してもらった。汗で髪の毛バリバリになって臭くなってたから、とてもよかった。洗髪中、頭皮をゴシゴシされてる間は、結構気持ち良さそうに、ほへぇー、とした顔をしていたが、時々起き上がろうともする.あとで、「今日はシャンプーしてもらって気持ちよかったね。」というと、うん、とうなずいた。疲れたらしく、しばしスヤスヤ寝ている。

(もうすこしはっきり意識が出たあと自覚したのですが、入院中、まだ動けない間は、この洗髪の時間が気持ちよくて、一番の楽しみでした。声も出ず、今日は看護婦さん洗髪してくれないかな。。といつも待っていたのを思い出します。)


午後1時、G先生が来て、尿カテーテルを交換した。どうしても、尿カテを長く留置していると、floatは出てくるらしい。ただ何かの感染になっても嫌なので、交換しましょうと。そのとき、G先生が話しかけると、こちらを向き、反対からG先生が話しかけると、そちらを向く。指示した方の手を動かそうとする。口を開閉しようとするなどの反応があった。瞬目反応はかなりはっきりとあったため、G先生は喜んでいた。


午後2時半、活動モードに、起き上がる、足を上げるなど、かなりバタバタしている所に、リハビリの理学療法士のお姉さん登場。あまりの体動にちょっと絶句していた。前に見ていた脳炎の子供の目覚めの時にとてもよく似ていると。



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