気付くと2年も放置していたブログ・・・



まだアカウントが残っていた事もびっくり・・・・・・いや、自分が消さない限り残ってるのは当然か。




なぜ突然現れたか、というと・・・・・・







ブログの左上にも貼り付けてあるツイッター。





こちらは、ご覧のとおりつまらない事を煩雑に更新中。





で、ツイッターをやってると、それで事足りるわけですよ、はっきり言って。





ブログみたいなもんですから。






でもね・・・・・・・・





ツイッターってご存知のように1回でつぶやける字数制限というのがあるわけです。





「140字」というね。





まぁ、それを繰り返し投稿していけばいいわけですけど、





それをやると、はっきり言って冗長になる。






他人の連続投稿を見てて、そう感じるわけです。





(そう言いながら自分もたまにやるわけですが得意げ







で、他の人もそれは見てて嫌だろうと感じているわけです。








でもたまに、ふと書きたいことができて・・・でも長くなるなぁ・・・・・・






と思って書かなかった事が結構あるわけで。






それがブログなら書けるわけですよね、1回の投稿で。







で、せっかくアカウントもあるわけだし、また戻ってこようかと。







まぁそういった理由です。








過去に私のブログを見てくださっていた方もごく少数汗はいると思うのですが、







そのとき書いていたような自叙伝的なものにはなりません。







さっきも書いたように日々の生活の中で、ふと感じたこととかで、 





ちょっと長くなりそうな時にブログの場所をお借りしようかとと言う感じです。






ゆえに更新は不定期です。





また何ヶ月も現れないかもしれないし、はたまた連日の更新になるかもしれないし。






なにぶん「めんどくさがり屋」で「気分屋」なので、その辺はご容赦を・・・・・・






さて、再開するにあたって過去に書いたブログを消そうかどうか迷ったのですが・・・・・・






(今見ると相当恥ずかしいことも書いてるのでガーン






さすがにそれはちょっと勿体無いかなと。






赤っ恥覚悟で残しておきますガーン







でも・・・・・・なるべくもう読まないようにしてね音譜




フリじゃないですから。



読むなよ、絶対読むなよ・・・のノリじゃないですから。


(ただ、もちろん書いてることはすべて事実です)






あっ、再開のご挨拶程度にしようと思ってたのにまた長くなっちゃった・・・






病気は治っていないようですあせる






次回は19日に行ってきた、ある場所について(実はこれが書きたくて復帰したところもある)書きたいと思います





が・・・・・・・・・・・・・・・・・






いつ更新するかはわかりません。





明日かもしれないし1年後かもしれない。






なにぶん気分屋なので得意げ





では、またその日までパー





いい歳してmixiとかやり出すと、








ブログまで手が回らないですあせる








mixi内に「日記」なるものがあるので、そちらで書いちゃうとブログのネタがなくなる。









同じ事書くのもねぇ・・・・・・。









またmixi内に「ボイス」なるものがあって、これがツイッターとかぶる。








最初は単純に「連携させればいいや」と思っていたが、ボイスで1日何回もつぶやいている人そんないない。









こっちはツイッターで基本1日に何回もつぶやくから、それがそのままボイスに反映されると、








結果俺のつぶやきばかりになって、マイミクにウザがられる可能性大叫び







今は連携を外して、ボイスとツイッターを何とか自分なりに使い分けているが、








これもいつまで続くのか・・・。







第一飽き性の俺、mixi自体いつまで続くのか。








ただ「中島みゆき」つながりの人や、コミュに入って、









「中島みゆき関西オフ会」なるものが定期的に開催されているのがわかったので、それは収穫アップ









とうとう俺も「オフ会」なるものに参戦するときが近づいたようで・・・。












中島みゆきファンの方々、マイミク絶賛募集中ですにひひ
1ヶ月以上更新していないのにアクセス800とかくる人はいいですね







誰とは言いませんが

















ワケあってニコ生しばらく離れます










理由はいろいろ












ニコ動は見ますがね










誰かが言ってたけどニコ生アラート切ると、穏やかな生活ができますねw













自分なんかコミュ20弱しか入ってないんだから、それでもウザイと感じるのに(特に公式)、











100も200もコミュ入ってる人とか凄いでしょうな












いつの日か、どんな放送を見ても穏やかな気持ちでスルーできるくらい、











精神が安定したら、また見ようと思います
































体調不調。









精神不調。









ついでにPC不調。








以上で何もやる気が起きないので(鬱かな)、










やる気がおきるまで更新は休止です。










そういえば去年の今ごろは入院中だった。










時期が悪いね。











ではまたそのうち。
タイトル通り今日はちょっと重い事を書きます。








最近そういう気分だから。









最近、自分の中で「死」というものをよく考えるようになりました。







先日も書きました通り、私は4歳のとき母をガンで亡くしました。







しかしその時は、4歳ということもあって特に「死」というものに対して切実に考えるなんていう事は勿論無かったです。








そしてその後特に変わり映えの無い生活を送っていたため、意識することもなかったのですが、









中学生の頃ですかね、









ちょうど大阪から広島の田舎に移り住んで、大好きな祖母もついてきて一緒に住んでいて、勿論父も健在で、








友人にも比較的多く恵まれ(中学生の頃ですから、高校ではないですから汗)、









今から思えば一番毎日が充実して楽しかった日々(担任は酷かったけど)。








ふと、







「この中で1人でもいなくなる(故に「死」ということ)事があったら、どんなに悲しいだろうな。いや、そんな事は自分に限って起こる事は無い」








「起こる事は無い」って、「死」なんてどんな人間でもいずれおとずれる事なんだから、「自分に限って」とか考えてみたらバカな考え。








でもそれだけ楽しくて、充実していて、「今のこの生活を失いたくない」という裏返しだったのかもしれません。









現に毎日が辛かった高校時代はそんな事考える余裕も無かったから。









でも、中学時代に漠然と考えていた、「恐れていた現実」は寧ろ人より早くおとずれました。









高校2年で、大好きだった祖母が倒れ、寝たきりになり、







23歳のときに、その祖母が亡くなり、








翌年、父が亡くなりました。








20代前半にして、両親、祖母を失いました。









20代前半で両親を亡くす人は、どのくらいいるでしょうか?



(勿論、今回の大震災のような特殊な状況の場合は別として)










「自分に限って無い」と思っていた「現実」は非常に早かったです。









そして、齢を重ねて現在、








今度は自分の「死」について深く考えるようになってきました。








今年は芸能界の死去ラッシュです。








しかも自分が小さい頃から普通に見てきた人たちが、どんどん亡くなっています。










あぁ、自分もそういう年齢なんだなぁ・・・・・・・・・・・・









両親はガンで亡くなりました。









自分もガンで死ぬのだろうか?










身体のどこかが不調になると、「そうじゃなかろうか」という不安と、またしても「自分に限っては」という両方の複雑な思い。











先日亡くなった児玉清さんは病院嫌いで、最初に不調の出た昨年秋に胃カメラを飲むのを拒否したそうな。









「あの時飲んでれば良かったんだねぇ」と悔いたそうな。









自分も病院嫌い。










ちょっとした不調では病院に行かない。









行って、とんでもない事を言われると・・・・・・と思うと怖くて行けないという事もあって・・・・・・。
















でも最近、特に理由も無く「自分の人生もそう長くはないのかな」と思うことがある。








人は死んだらどうなるんだろうなぁ、








と思うことが格段に増えました。









人は自分の「死」というものを察知すると言います。








私はどうなんでしょうかねぇ。










ふと、暇な時間ができるとそんな事ばかり考える毎日。









それゆえ、ここ最近はなるべく忙しくするよう心がけている毎日です。
仕事するテンションでないので、どさくさに紛れてブログ更新。









私は、父が37歳、母が36歳のときに生まれました。









かなり高齢出産だったと言え、当時はあまり深く考えていませんでしたが、









そういえば小学校の授業参観学校のとき、他の親は皆30代なのに、うちの父親だけ40代後半。








なーんでうちだけこんな齢くってんのーはてなマークはてなマーク








みたいな感覚はありましたっけね。









と、考えていたら、私の姉はなんと46歳!!で一番下の子を出産しています。








で、その子が今年小学校学校に入学祝日








先日、さっそく授業参観があったそうで姉曰く、








「周りの親が30代前半、人によったら20代もいるのに私ときたら50超えてる・・・。耐えられんわーあせる








とのこと。







はてなマーク








これだけ年齢の事を書くと私の齢がとうとうバレる・・・あせる









何度も言ってると思いますが、私と姉は相当齢離れてるんで。













ちなみに姉は今年小学校に入学した、その子に自分の齢を「43歳」ビックリマークと10歳もサバよんでいるそうですにひひ









冗談でもなんでもなくマジで。








理由は「50超えてるっていうとショックを受けるから。40代ならなんとか受け入れてくれる」とのこと。











でもいつかバレますよにひひにひひにひひ









私が小学校の頃思っていた「うちの親だけ齢くってるなー」という感覚を、その子も持っているのでしょうかはてなマーク










考えてみると私と姉は、亡くなった両親と結構シンクロしている事があります。








述べたように姉は母と同じく「高齢出産」








そして私も父と、ある部分で「一致している」部分があります。









歩もうとしていた「道」です。







いや、父は実際には歩んでいたのですが・・・・・・








それに関しては又次回以降に。
ブログにしろツイッターにしろ、人に気を遣ってやるようになったらお終いだな、と。










私のツイッターではフォロワーの人は、





将棋関連の人



ニコ生関連の人



地元関連の人



その他諸々・・・






あれを書いたら、この人はどう思うだろうはてなマーク





これを書いたら反感かうんじゃないかはてなマーク







始めたばかりの頃は思わなかった事を最近感じるようになりました。







ブログしかり。








こうなってくると自分の当初の目的とはまったく反対の事となってきてしまいます。








言葉は悪いですが日頃言えない事とか、ある意味鬱憤晴らし、うさ晴らしのために始めたようなもの。








人に気を遣いながらやっていてはまったく意味が無い。










と、感じている今日この頃。







ニコ生にしてもそう。







こんなコメ打ったら、生主はどう返してくるんだろうはてなマーク






どう思うんだろうはてなマーク






他のリスナーはどう感じるんだろうはてなマーク







そんな事を考えて躊躇しているうちにタイミングを逸する・・・・・・







最近そんな事が増えました。







なんかネットの世界を純粋に楽しむ事ができなくなってきました。









いろんな事が負担になってきてしまうと、終わりも近いのかな、と感じます。










いろいろ感じる事の多い5月です。







昔から5月はあまり相性のいい月ではありません。







以前書いた、学生時代の黒歴史が始まったきっかけも5月汗







去年入院したのも5月汗








その他、人には決して言えない悪い出来事爆弾も複数思い浮かびます。








これを世間では「5月病」というのか・・・・・・













全然違いますねあせる










では又いつお会いできるか判りませんが、








気が向いたらお会いしましょう(予告していた事も気が向いたらね)パー
元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さんが亡くなったニュースは、久々に衝撃&深い悲しみを覚えました。







特に最後の肉声メッセージは涙無くしては聴けなかった。







55歳という若さもそうですが、18年にも及ぶガンとの闘い・・・・・・。







「映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった」








書いてる今も涙が出てきます。



















実は私の両親も若くしてガンで亡くなっています。







父は私が24歳のとき、62歳で肝臓ガンで。






母にいたっては私が4歳のとき、40歳の若さで胃ガンで亡くなっています。






私は母の思い出があまりありません。







後に姉から聞いた話によると結果的に最後の入院となる前日、母は無邪気に遊ぶ私を膝の上に乗せて、それをずっと無言で見つめていたそうです。






悟っていたのでしょうか。







まだ3~4歳だった私をおいて、逝く事になる母の当時の気持ちは如何ばかりだったのでしょうか。








母との思い出は、さっきも書いたようにほとんどありません。







ただ母が亡くなった日の朝の病室の光景だけは、なぜか鮮明に覚えています。







もちろん「人が亡くなる」という事がどのような事なのか、






それまで母が、どのような闘病生活を送っていたのか、





などは残念ながら当時4歳の私には理解できていませんでした。






母が亡くなった時、夜中だった事もあり、私は病室の隅で眠っていました。







誰に起こされることもなく、私が目覚めたとき。






病室の中の重い空気、






何人かの人の泣いている姿。






鮮明に覚えています。






しかし、それが「何が起こったのか」は当時の私には理解できませんでした。







すべて「後から思えば」という事です。









当時の父は定職が無かったらしいです。







それが何故かは、又 父の話のときに書きますが、母の方はというと1人で小さな理髪店を経営。






散髪屋さんだったんですね。







当時家計を支えていた存在。







正に「寝食を惜しんで」という言葉がピッタリの働きっぷりだったそうです。







朝から晩まで食べるものも食べず、コーヒー1杯でずっと働き続け(結構地元では繁盛していた理髪店だったから)、その結果体調を崩す・・・・・・。








そして・・・・・・・・・・・・








最期の1ヶ月ほどはずっと父が病室に付きっ切りで看病していたそうです。








結婚してから、あまり2人でべったり過ごした事のなかった母は、たいそう嬉しそうだったといいます(これも姉からの話)。








美人薄命、志高い人は早くこの世を去る・・・・・・









母の事を考えると、本当にそう感じたものです。




(余談ですが当時の写真を見ると、母は驚くほど「美人」です)









まだ書きたい事は山ほどあるのですが、例によって長くなってきたので母の話はこの辺りで。







また思い出した話があれば、タイミングが合えば書きたいと思います。








父の話を書くと言っておいて、なぜ母の話を先に書いたか。







スーちゃんのタイミングもあって、という事もそうですが、






父が仏門に入ったのも母の死が大きく影響をしている・・・・・・(と勝手に結び付けているのですが)








時期的にそう考えるのが自然だから。








では次回こそは父の話をする・・・・・・・・・・・・







つもりですw
今、会社関係での文書作成が多く、






それ以外での文章を書きたくない病にかかっているので、







更新が滞り気味です。







まぁ、それだけの理由じゃないですが。









宣言どおりボチボチやっていきますわ。








だから、前回予告したものはもう少しお待ちになって。







ああいうものは、日頃のウダウダ話じゃないので、思い出しながら話の構成をしながら書いていかないといけないので結構大変なんです。











そう。








これでも構成しながら書いてるんですよ。










文章力無いのは理系だからって事にしといて。










あとちょっと重い話も入ってくるので、気分的にもしっかりした時に書かないといけないので。










ではまた。
某コンビニで「今なら20円引き」という文句に騙されて「Lポテ」なるものを購入。





この商品、いわゆる「普通のフライドポテト」に添付のバター醤油orコンソメの粉末フレーバーを自分で振りかけて、シャカシャカして食べるというもの。








帰宅して早速賞味すべく取り出してみると・・・・・・






添付されているはずのフレーバーが見当たらないあせる







他に購入した商品に紛れているのか・・・と、くまなく探してみるも見当たらない。









入れ忘れかぇ、おいっむかっ








フレーバーでシャカシャカが売りの商品ちゃうんかぇむかっ









これやったら普通の味の薄いフライドポテトやんパンチ!









たっかいフライドポテトやな爆弾









ここのコンビニ、以前にもつり銭を50円ちょろまかした前科があるドンッ











かなりセコイ話をしているが、こういった事は店員としては極々初歩的なミス。









その場で確かめない自分も悪いが、あまりにも初歩的な事だけにまさかミスってるとは思わないから。











それに商品受け取ったあと、その場でガサガサ中身を確かめるのも変でしょはてなマーク








お釣りを受け取ったあと、その場で「1,2、・・・・・・・・」とか数えるのもどうかと思うでしょはてなマーク










それは相手を信用していないという事で、失礼でしょはてなマーク








バイトだろうけど、客の立場からしたら一応「プロ」として見てあげて信用してあげるのが、まぁ普通かな、と思うんだけど。










人間だからミスがあるのはしょうがないけど、でも何に対して「報酬」を受け取っているのか、という事を考えたとき、どんな仕事でも、たとえバイトでもプロの仕事を目指してほしいな、と思うんだけど。









特に私のような「いらち」が多い関西では、接客業の皆さん、完璧を目指してください。












ところで、ふと思ったんですけど、私の亡くなった父親がお坊さんだった(住職って言った方がいいのかな)って話、これだけ散々自叙伝書いてきたのにしてなかったっけはてなマーク








で、なぜ私が後を継がなかったのかって話、してなかったっけはてなマーク









まったく関係ないところから急展開ですけど、ここ数日ちょっと考える事があって「そういやブログに書いてないんじゃないのはてなマーク」とか思ったので。









で、それを今日書こうと思ってたんですけど、思わぬネタができたんでね。








では次回は父親の話