ひらめき電球derick(管理人)についてはルームへどうぞ。
ひらめき電球以下、注意事項など
・コメントは承認制です。
・アメンバーは受け付けてはいますが、初対面の方はお断りさせていただいてます。交流のある方のみに限定させていただいてますのでご了承ください。
・あと、小心者なんで特定してもそっとしてあげて置いてください。リアルで話題にされてもしらきるよ、たぶん。
・なにか要望意見等あればゲストブックかコメントかメールからどうぞ。
*このブログは管理人derick個人の主観的考えの塊です。当ブログに関していかなる損害を被ったとしても、当方では責任を負いません。

【PR】

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

やっぱり

2010-05-11 19:19:11
テーマ:日記
ここ でブログやります

見てくださる方はどーぞきちゃってください。

では。そんだけ。

じゃあどうする

2010-05-02 14:53:34
テーマ:日記
お久しぶりです。

大学に入ってからというもの

いろいろなことがありすぎて

なかなか忙しい日々を送ってます。

ただ、ずっとふわふわした生活が続いているので

そろそろ地に足をつけていきたいなーとかは思います。

五月病にならないように気をつけよう笑



このブログは受験ブログなので

最後に僕の受験経験を振り返って終わりたいと思います。

一言で言うなら、今の視点で考えると、

「落ちてみたら、言いようのないほど悔しかった。入ってみたら、思ったより悪くなかった」

といった感じでしょうか。

これも、今の視点から、ということですが、僕は、東大に入ることによる実益を望んでいたというよりは、自分の設定した目標を単純に達成したかっただけでした。

こう書くと二面化されてしまって、なにか向う見ずな印象があるかもしれませんが、全部が全部そうだ、というわけではなく、突き詰めればこうなる、ということです。

だから、東大合格をあきらめてしまった以上、この憤りというのは残っていくのだろうか、とも思いますが、それは自分の中では決してマイナスとなることはなく、むしろプラスになってくれています。

少なくとも今の堕落してる自分に警告を発してくれてます笑

落ちてよかったとは微塵も思いませんし、できれば受かったほうが良かったのですが、そこに固執し続けるのはマイナス以外の何者でもありません。

だから僕は、提示された現実をまず受け入れて、「じゃあこれからどうする?」という態度で臨んで生きたいのです。

○○大生としてじゃなく、そんな笠をきるのではなく、一大学生として、一個人として、強く在れるような、そんな人間になりたいです。

そのための努力をしていきたいです。





さてさて

前のブログを合わせれば

受験ブログを二年半くらいやってたわけですが

それもこの記事で終わりたいと思います。

ブログを通して付き合ってくださった方たちには感謝してます。

記事へコメントもらえたときとかは本当に励みになりました。

ただ、言葉が悪いですが、受験ブログをやっている・やろうと考えている人に言いたいのは、受験ブログをやっている人の中には、付き合わないほうがいい人も少なくないということです。

口だけみたいな人とか、なめてるのかコイツみたいな人とか、そういうところとコミュニケーションしても悪影響にしかならないように思います。

ネットに人間関係を求めるのはいかがなものと思います。

あくまでブログはツールとして利用すべきです。

落ちた僕が言うのもあれですけどね。


実はすでに新しいブログを立ち上げていて

こっそり更新してます。

完全な自己満ですけどね。

ここにURLを載せることはしませんが

知りたい人はこっそり聞いてください笑

このブログもある程度時間がたったら消すと思います。


では、いままでありがとうございました。

実は

2010-03-23 17:57:44
テーマ:日記



とりあえず後期で合格をいただきました^^
二浪は免れたぜ(´∀`)



3/26
ちなみに説明不足だったかもしれませんが東大じゃないです・・・。旧帝クラスの某国立大に進学します(´∀`)

失敗の評価

2010-03-21 23:46:32
テーマ:日記
 たとえば何らかの目標を設定してそこまで努力し、結果として目標を成し遂げられなかった人たちに対してかけられる言葉に「がんばったことに意味がある」みたいなのがありますよね。「結果が全てじゃない」とか。僕はこういう言葉があまり好きじゃないんです。あ、自分が不合格だったからではないですよ?前々からなんか違うな・・・って思ってて。失敗は客観的評価としてある意味絶対性を持っているわけで否定できるものではないし、なにか単純にその過程だけが美化されているようなものなんじゃないかって。ある種の「慰め」を伴うからこそ、失敗っていう負の側面が覆い隠されているからなんでしょうけど。
 前回の記事で人間は多面的だって書いたように、僕は「単純化」っていうのにものすごく違和感を覚える人間なので、「努力した過程だけが大事」っていう態度には賛成しかねます。やはり事実として失敗は失敗なんです。ただ、この(結果に対する)評価ってのは、上でも「客観的には」って書いたように極めて他者的な視点なので、自分が失敗をどう受け止めるかってのとは別次元である、とも思ってます。
 基本的に「他者」は結果しか見ませんし、見えません。その視点は単純化されてます。勝てば官軍なんです。そして(事実だからこそ)自分自身もそういう視点を持っていしまいがちですが、そこにとらわれる必要はないんだと思えることが自己肯定の第一歩だと思うのです。失敗を失敗で終わらせない一歩だと思うのです。
 当人にとっても失敗は事実であり客観性を持つので、そのものは変えられません。否定できるものでもないし否定していいものでもないでしょう。失敗を受け入れた上で「じゃあどうする?」「これからどう活かす?」っていう態度が必要なわけであって、そういう視点から「努力した過程」ってのを見るべきだと思うのです。失敗の否定は自己否定に他ならないのです。
 ですから 「がんばったことに意味がある」とはそのままは受け取れません。それ自体に大して意味はないと思います。失敗を次にどう活かすかという視点で過去を照射し、これから生きていくうえでの糧にできて初めて失敗を意味あるものとして肯定できるのではないでしょうか。












*****





コメントで「受験お疲れ様」って言ってもらえるのはすごくうれしいんですが、僕はまだ受験生終了が決定したわけじゃないんですよね・・・現実問題として。これでもう一年だったらカッコつかないな( ´・ω・) 後期試験自体の手ごたえ自体は悪くはないんですが、何が起こるのかがわからんのが受験だからねえ・・・あー受かってくれ!!

From other sides&新浪人生に言いたいこと

2010-03-16 15:41:18
テーマ:日記

こんばんわ。

前回の記事を修正したのは、自分で読み直してみてウザかったからです苦笑

頂いたコメントの返信にも書きましたが、「悔しい」という感情が多くを占めるのを自分で実感する一方で、そこまで通り一遍に染まってるわけでもなく、冷めてる自分というか、固執するのを引き留めようとしている自分を感じてるのも実感としてあります。あの文章からは後者の存在が捨象されてる。

 今ふと思ったんですが、自分の感情を吐露することである種のストレス発散になってる側面あるんでしょうね。だから多少現実よりも過剰に表現されてしまうきらいがある。「発散」にもなるわけだし。その過程で「吐露」に酔ってしまうとああなる笑 ブログでも何でも、ある人の記述したものを書き手に純粋に帰するものだと考えてしまいがちだけれど、(意識的にしろ無意識的にしろ)そこには必ず著者の意図が入り込んでて、「記述」と「書き手」との相関性がどの程度あるかは読み手には本来わからなあい、はずです。その手段が加工であれ取捨であれ。言い換えれば、書き手の側からしてみても自分の思いをそのまま言葉で表現するのは至難の業だってことですね。「言語」という抽象化された媒体を使っている以上、根本的に無理な話なんですが。

 んで、何が言いたいかっていうと、合格体験記笑。わかりますよね笑 まあ、あれをそのまんま信じる人はいないでしょうが、○○を使って成績上がりました!、とかすげー気に食わないんですよ個人的に。何かひとつをやればOKとかそんなものあるわけないし。あと受験本。和田秀樹さんを初めとしていろいろ出てますが、ああいうのの著者って基本的に中高一貫校の出身者なんですね。中学受験っていう本格的な受験を一度を経験したうえで、公立校の生徒よりも早く全範囲を履修してる。彼らは実質1浪分の勉強をしてるんですよ。高2で全範囲終わるんですから。自分が公立出身だからこう書くんですけど。考えてみれば同級生で現役で東大にいった人たちはたいてい中学からずば抜けてたそうです。そんなもんっすね。このことに関してグダグダ書くのもいやなんで、もうやめときますけど。

 今年、現役の東大志望の方のブログを読んでいた人の中で、ずば抜けて優秀な人がいたんですね(その人はもちろん合格しました)。んで、その人は中高一貫校出身者なんですが、直前期になって書いていた記事に「あとちょっとで受験も終わりですが、6年間の集大成みたいな気持ちでがんばりたいと思います」というような内容があったんです(ものすごく不正確ですが・・・。)。これを見たとき、あ、格が違うなって思い知らされました。勉強してきたスパンが違う。6年か。そりゃどーりですごいわけだ。自分の中学時代とか目も当てられんわ・・・って感じだし。髪染めたり授業抜け出してたなんて口が裂けてもryその6年間がどういうものだったのかはぼくには知るすべはないし想像もできないのだけれど、それを目の前にしたときに自己の卑小さみたいなものを感じたんです。だからどうってわけじゃないですが、今になってみれば、自分を納得させる材料になるわけです笑 来年以降の受験生に対してはだからがんばれよ、ともいえるのですが。

 さて、タイトルは「新浪人生に言いたいこと」ってなってるわけですが笑 まだ本題に入ってない(・∀・;)手短に終わらせよう

 まず、自分が浪人して感じたのは、高2に対しての高3と言う一年間と高3に対しての一浪という一年間は全く質が違うってことです。違う角度からいえば、浪人生の受験時の学力ってのは「現役時の学力」+「浪人生活でついた学力」と等しくはないということ。確かに浪人生(特に現役時に健闘した人とか)は一回一通りのことを済ましているわけですが、気持ち的には高三をもう一回やり直すつもりでいるほうが良いです。逆に言えば浪人生は体系的な知識の再構築に半年しかないんです。現役生の場合は、人によりけりでしょうが少なくとも高三前半までは基礎一辺倒でいけますからね。また、浪人生活で強く感じたのですが、人間は忘れるものです。世界史とか地理とか数学とか。ピークに達したらそれを維持する勉強が必要です。例えば数学でいえば、

標準問題の解法が使えるようになった

応用問題も演習

どんな問題でもかかって来い(ピーク)

という流れがありますが、ピーク状態からしばらく経つと標準解法を忘れてきます。ホント面白いように。そうするとだんだん応用問題が解けなくなってくるわけです。だから直前期になってもいつになっても基礎はやれ。そーゆーことです。

こういうのをちゃんと計画的にやることで本番にピークを持ってこれるようにするわけです。自分は今振り返ってみれば後半の計画性が若干弱かったかなって気はします。ちゃんと本番でMAXになるように調整したつもりだったんですがね。

こんな感じでしょうか。あれ?勉強法は書かないんじゃ・・・いやこれは勉強法ではないだろう・・・たぶん。


しかし長いな・・・

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト