当ページを訪れて下さり、ありがとうございます。

 

 ボラバス派遣参加者の参加動機、震災当時からの東北との関わり方、考え方など、これまであまり紹介できていなかった部分に注目してみました。今回は先日実施された釜石46次派遣に参加した12人の中から3人にフォーカスを当ててお話を聞かせていただきました。高専からの編入生、フレッシュな初参加者、新社会人、とバラエティ豊かで考え方も様々な3人です。追って更新して参りますのでお楽しみに。(編集:大河原)

 

更新遅くなりましたが第2弾です!↓

 

・自己紹介をお願いします

 

西田優希、理学部の三年生です。学科は理学部の惑星学科です。

 

・よろしくおねがいします。2011年の3月11日、地震が起きた時、何をしていましたか?

 

その時は中学2年生で、一個上の代の卒業式がありました。午前中に卒業式があって、実際地震があった時間はグラウンドでクラブ活動をしていました。サッカーをしていました。だから、揺れとかには全然気づかなかった。部活が終わって最後集合して、先生から地震があったんだよと聞いた。そんなに自分たちは揺れを感じなかったし、被害があるとは思っていなかった。でも、家に帰るとテレビが点いていて、そのテレビの前で立ち尽くしたということを覚えています。

 

・震災直後、東北についての報道があり、震災ボランティアの募集が出ていましたが、それをどう思って見ていましたか。

 

あのときは中学2年生だったからそんなに深く考えられなかった。自分としては震災があった次の日からも毎日サッカーをしていて、正直何も変わらない一日を過ごしていました。学校とかでボランティアの募集もあったのかもしれないけど、そこには全く気づいていなかった。なにかしようっていうのは少しはあったけど、自分は中学生だから何もできないよね、と決めつけてなにもしなかった。

 

・東北について考えるようになるきっかけについて教えてください。

 

自分の中で東北について考える切っ掛けになったのが、今のバイト先の店長が、仙台出身で、震災が起こったときは、話をしている感じだと、仙台にいたはず。そのことがあり、少し気になっていた。でも、向こう側からは直接地震のときはこんなのがあってね、といった話はなくて、地震があったときの話はしなかったので、興味はあるけど、何も知らない自分が聞くことはできないよなと思った。もしそれで心の傷とかがあったら、傷つけてしまうことになる。今のバイトは大学に入ってすぐに始めていて、大学生になったときからちょっと頭によぎるようになっていた。よぎるくらいで、ちょっとだけ考える余地ができるようになったくらいそれについて深く考えることはなかった。

 

・ボラバスを知ったときの経緯を教えてください。

 

学科ラインに貼ってあった宣伝を見てです。初めて知ったのは大学1年生の冬だった。でも同時期くらいにラオスのボランティアに行っていて、それにも興味があったから、行こうかなと思ったけど、一人で行くのが嫌だったから、周りに声をかけたけど応えてくれる人がいなくて、ラオスに行ったから、自己満足な部分もあったから、1年生のときは行かなかったです。ちょうど1年後にまた同じ宣伝が入って、去年行っておけばよかったなというのをすごく感じたので、今年は行こうと思って、応募しました。

 

・自分の周辺の人の東北に対する関心について教えてください。

 

正直、バイトの店長は仙台出身ですけど、それ以外のバイト仲間だったり、小中高の同級生だったり、家族の中で、東北のボランティアとか復興に関して興味があったのはゼロでした。学科にもいなかったです。康士郎は一緒に行ったけど自分から声をかけたので、本当にゼロでした。

 

・ボラバスのメンバーやその他ボランティアのメンバーはボランティアについて興味がある人ばかりですが、そういった環境に入って思うことを教えてください。

 

自分が思うのはボラバスに行って、たった一回の派遣で、自分のいる環境だとか、関心だとか、学生生活は本当に、劇的に変わったと感じます。周りにいる人が変わりました。それこそ、今までは災害支援のボランティアだとか、東北とかの復興支援だとかを考えている人は、本当にゼロだったけど、それがいっぱい現れて、劇的に変わりました。環境に関しては、そこで新たに関わりができて、そこからまた新しいつながりができていったかなと感じます。繋がりがどんどん増えていって、一本一本か細い繋がりじゃなくて、強いつながりになっていったり、っていうのをすごい感じています。もっと自分はそこに関わっていきたいな、深くつながって行きたい、と思う理由に、自分と考えてきたことが違って、自分はここ2,3ヶ月で興味を持って来たけど、他の人達は何年も興味を持っていたり、自分との見てきたものの差っていうか、会話の随所に感じられて、すごい楽しいというか、自分の弱さというかまだまだ未熟さっていうものを話すことで知れたり、話していることが、楽しさになったりしている。だからもっともっと深く関わっていきたいなと思います。学生生活も本当に変わりました。東北に行く前は、就職までざっと2年、就活まであと1年って思っていて、なんとなくインターンをして、なんとなく就職活動をするんだろうなって思ってたんですけど、今はもう本当に、地域のために何ができるかとか、この人達と、あと短い時間で、どんだけ関わって、どんだけ何かを吸収していけるのかなっていうことばっかり考えている学生生活を送っています。そういう意味ではやっぱり本当に一回行っただけですべてが変わったかな、なにか新しいものが加わったっていうよりも、本当にもう、全く別の世界になった。景色が良くなったとかじゃなくて、別の世界に飛び込んだ。そこの世界のほうが多分自分は合っていて、すごく楽しいです。

 

 

 

 当ページを訪れて下さり、ありがとうございます。

 

 ボラバス派遣参加者の参加動機、震災当時からの東北との関わり方、考え方など、これまであまり紹介できていなかった部分に注目してみました。今回は先日実施された釜石46次派遣に参加した12人の中から3人にフォーカスを当ててお話を聞かせていただきました。高専からの編入生、フレッシュな初参加者、新社会人、とバラエティ豊かで考え方も様々な3人です。追って更新して参りますのでお楽しみに。(編集:大河原)

 

まずは第1弾です!↓

 

 

・自己紹介をお願いします

神戸大学工学部建築学科3年生の宿島大輝(しゅくしまだいき)です。今回の3月がボラバス派遣初参加でした。

 

・よろしくお願いします。宿島くんは3年生から神戸大に編入し、それまでは栃木にいたということですが2011年3月11日の地震の時、どこで、どうしてたんですか?

栃木の宇都宮市にいて、中学校の1Fの校舎で社会の授業時に地震が起こったんよね。まずは机の下に避難をして、それから廊下に出たんだけど、テレビをつけると津波の情報だらけ、ヤバいと感じた。 避難をして揺れが収まってからは解散して家に帰った。 家では断水はなかったけど停電に。

父親以外の家族が家に集まって、(当時授業で作った)ラジオで情報を聞いていた。住居周辺にそれほど大きな被害はなかったけど、電気がないという生活を一瞬経験しただけ。学校については体育館の屋根が潰れたので少しの期間、体育館は使えなかっただけかな。

 

・地震が発生した後、東日本大震災に対する関心はどのようなものでしたか?

父親が原子力開発の仕事に関わっていたこともあって、津波そのものより原子力発電所問題に対しての関心は持ち続けていたと思う。 対して、(今回派遣で訪れた)岩手のことについてはあまり自分で調べたりすることはなかった。でも、世の中の多くの人と同じように、原発に関しての関心は時間が経つにつれて薄れていった。

 

・それでもその後東北に興味をもつきっかけとなったのは何ですか?

高専に進学し、建築を学んでいると地震被害や被災地に関する授業に触れて、岩手や宮城の災害状況について調べたりして少しだけ関心が湧いた。

 

・高専卒業後、神戸に来ましたが、神戸に対するイメージはどんな感じでしたか?

元被災地、という見方は全くなかったね。(派遣の帰りに)飛行機から見える景色を眺めていても、夜景がキラキラしてとても綺麗。たった20年でこれだけ復興できるのか、神戸ってすごい、って改めて思った。

東北に行くと、「神戸も大変だったよね」、という声をよく聞いたので神戸大学生として阪神淡路大震災についてもっと勉強する必要があるなと感じたかな。

 

・ボラバスを知った経緯、参加した経緯は?

ボラバスの存在自体はなんとなく知っていた。 東北についてはもともと音楽の面から関心があって、東北ライブハウス大作戦(所属に関わらず色々なアーティストが参加できる、東北のまちを元気のしてやろうとするライブイベント)を応援していたこと、自然発生的にボランティアにも興味があったことが合わさって、東北にはいつか行きたいと思っていた。

前回(2017 年12月)派遣の参加応募をするも残念ながら漏れてしまい、自分はこの団体とは縁がなかったのかと諦めたけど、仲のいい大河原(団体代表)にもう一度誘われて参加することになった。誘われた時点で「断る」という選択肢はなかったね。

 

・出発までの事前研修で知った東北のイメージ、実際に行ってみて感じた東北のイメージとの違いはありましたか?

現地では事前研修で知ったことの1/100程度しか使えなかった。住民さんは津波があった過去より、今ある人と人のつながりを大事にしているように感じた。中には「津波のことを話すのは嫌なことを思い出すことにもなるから嫌なんだよね」、という声を聞いた。

ボランティアで来た自分たちと楽しく話せる機会があるのならいいけど、話す内容によっては楽しく過ごせないんだな、ということを実感したね。東北に行く前、津波被害にあった人がたくさん亡くなり、みんな暗いイメージに沈んでいるのでは、と思っていたけど実際はそんなこともなく、前向きな気持ちの人も多くいるんだ、と感じた。自分の気持ちを活発に表明できる人とそう出ない人がいることは理解しておくことが必要だね。

事前研修での個人学習について言うと、神戸にいながら調べてわかるような津波のことを勉強しても、実際の住人さんのことは分からないんだろうな。 でも、ボラバスという団体はボランティアをやって終わりではなく、拾い上げた情報を役所の人と共有して反映させたりと、その先につながる活動をすることが必要だと思った。 神戸に帰ってきてからは現地の様子を知らない人に伝えることも必要。自分が派遣に参加するまで知るよしもなかった事実がたくさんあったから、何とかして行ったことない人でも被災地の様子を知れるように取り組めたらいいな。

 

・神戸にいながら勉強するならもっとこうした方が!みたいな意見はある?

今、現地は仮設住宅から公営住宅に移り変わっている時期。仮設住宅のことは何も知らないです、ではなくて、住民さんの話を理解するために、どこらへんの地域で被災した人がどれくらい集まって、今はどの公営住宅に移り住んでいるのか、住人さん1人1人の住環境の流れをもっと知っておくべきだったかもしれないと考えてる。地図上で把握できることがあればもっといいかも。7年間という長い期間で、復興の流れを知れたらな、と思う。

 

・最近の、身の回りで感じる東北への関心の度合いはどんな感じですか?

先日の3.11を迎えるとその日は報道では震災のことを多く話されるけど、その次の日には全く話題にならない現実がある。 近年、たくさんの人が犠牲になる災害は高頻度で起こっているように思う。だから、気にされやすい災害って目まぐるしく変化しているのだなと思う。東北のことについて関心を寄せている人はほぼほぼいないように感じる。東北は復興したとは言えないから、もうすこし継続的に取り組んだり考え続けられる人が必要だと思う、だから、このボラバスって団体は貴重だと思う。一回はこの団体の派遣に参加して行ってみる、参加してみるべきなのでは。

 

・団体の良かったポイントは?

みんなコミュニケーション能力が高いね。参加するにあたって、「誰とでも話せる」より、「誰とでも話したい」、って思える気持ちが大事だと思う。それに、今回派遣、自分は派遣を楽しみたいと思う気持ちもあって参加したけど、自分につられて他の人も楽しもうって空気になってた。ボランティア活動だとしても何か自分たちの中で楽しもう、と思える要素がないと活動は続かないと思う。初めて出会ったメンバーで1週間程しか一緒にいなかったけどものすごく居心地が良くなる団体だよね。

色んな人が参加しているので観点も様々。学部の壁、学年の壁を超えて、今まで出会ったことのない素敵な学生に出会えた。 多角的な視点で東北の様子を見て感じられたり、考えられる。毎回新規メンバーがいることで、そうした経験ができるのは学生にとっても、東北にとっても大事なことだと思う。

 

・心に残ってる住人さんのエピソード、つぶやきは何ですか?

最終日の活動で、「また来てほしい」という言葉をもらった。 楽しかったからまた来てね、ではなく、また会いたい、もう会えないなんて悲しい、と思う気持ちの反発。自分も「絶対こなきゃ」、と思えた。住人さんも学生も満足できた。 何かして欲しいではなく、また会いたい、それだけをお互いに思いあった瞬間だと思う。それが一番大切なことだと思うし。そう思うようになった。

 

・派遣を終えて、東北を改めて見るとどう変わった?

初めは「1回だけ行って、あとは団体の周りで神戸でできることだけやっていようかな」と思っていたけど「もう一度行きたい」と思うようになった。これが一番大きいかな。

 

・自身の専門科目(建築)と絡めて何か今後やっていきたいと考えたことは?

都市計画をしてみたい。 ハコモノの建物を建てるだけではなくて、どういう文化を値付けさせるのか、どんな人がまちで過ごすのか。将来の建築家としてまちづくりをやってみたい。 活動した地域はとても高齢者の多いまち。若い人が進んで暮らせるまち、会社員時代を終えた後に暮らすまちなど、構想は様々。

 

・派遣に参加して自分が変わったことは?

コミュニケーション能力が上昇したかな。人と話すときに、笑って話す。もともと居酒屋バイトや接客業の経験もあったから人に向かって笑顔で話すことは得意だったけど、もっと明るく話せるようになったと思う。1週間ほぼずっと話してる状況だから自然とそうなったかな。

それから、仲良くできる人が増えた。特に初参加者同士でとっても仲良くなった。今後も関わっていきそう。 もちろん変わらなかった部分もあったし、でも、そういうこともあるから改めて自分自身を捉え直すいい機会にはなったかな。

 

・派遣の中で自分にしかできない、やってやったぜ、なポイントは?

ミーティング中の議事録全部とってやったぜ。メンバーに自分のことを別の人に紹介された時、「クソほど酔っても議事録きっちり取れる人です」って言われた。それくらい、できた自信があるかな。やってやったぜ。 あと、物事をまとめて振り返って次に活かす、って姿勢が好きだからそれをグループの中でも率先してリードできたかなと思う。

 

・これを見ている人に何か一言、メッセージは?

誰も味わったことのない人生、自分だけの人生を経験してきた人だからこそ、東北ボランティアバスプロジェクトで出来ることがあります。東日本大震災の経験を誰にも言えない、言っても理解してもらえないと思っている人が東北には沢山います。そういった人の本音を引き出せるのは、誰にも言えない悩みを抱えている人なのではないでしょうか。

 

 

 

HP:https://ku-tono.amebaownd.com

☆3月19日(月)

 
今派遣のすべての活動が終わり、
宿泊先の浪板交流促進センターから
レンタカーで仙台空港へ向かいました。
 
 
↑碁石海岸で撮影
 
それでは残りの2人の
活動を終えての感想を紹介します!
 
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第46次派遣の活動が終わりました。私はこれで釜石大槌山田班の活動に参加するのは3回目なのですが、今回、前回までと大きく違ったこととしては、主に午前、午後を通して同じ集会所で活動を行う「1日活動」の回数が増えたこと、それから仮設住宅の集会所だけでなく復興公営住宅の集会所でも活動を行ったことだと思います。
 
活動前半は、1日活動で住民さんも私たちも長時間いるとやはりお互いに疲れてしまうにも関わらず、住民さんに気を遣わせてしまったり、いつでも帰りやすい雰囲気をだせていなかったりして、あまり納得のいかない結果に終わったと感じることが多かったです。しかし、今回初参加のメンバーも皆積極的に自分の、その瞬間にできる事を自分で考えて動くことができていたし、毎日のミーティングでもそれぞれの視点から良い意見がたくさん出せたのはとてもよかったと思います。そしてそれらの反省をしっかり最終日の活動に生かすことができたと感じたことは純粋にうれしかったです。
 
以前にも書いたかもしれませんが、釜石大槌山田班のいいところの1つはメンバーみんなの仲がとても良いところだと思っています。最後は特に、メンバー内の和気あいあいとした感じが集会所に気軽に来て話せる雰囲気を作り出せていたように思います。とても楽しかったし、メンバーみんなに感謝です。ありがとうございました!
 
国際人間科学部1回生  澤田 絢菜
 
 
↑山田町間木戸仮設住宅での活動
 
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最後に釜石大槌山田班の現リーダーである福島くんの声を紹介します。
 
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6日間の行程が終了し、全メンバーが無事に神戸に帰ってきました。
 
今派遣でも活動を通して多くの方々とのご縁をいただきました。このご縁を途絶えさせることなくおひとりおひとりに寄り添い続け、少しでもお力になりたい、そんな想いを持ち続けながら釜石・大槌・山田の地に足を運び続けたいと思います。
 
今派遣も活動を実施させていただくにあたり、たくさんの方々に大変お世話になりました。班を代表しまして、心から感謝申し上げます。今後とも神戸大学東北ボランティアバスプロジェクトをよろしくお願い致します。
 
経営学部2回生  福島 悠
 
 
↑大ヶ口一丁目町営住宅での活動
 
 
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澤田さんは今派遣唯一1回生の参加者です。1回生ながらにも派遣3回目ということで、住民さんともメンバーとも楽しく話してミーティングでも積極的に発言していました。1回生ということでメンバーの妹的存在でした。
 
 
福島くんは、釜石大槌山田班のリーダーとして活動開始前から運営メンバーと共に活動内容を考えたり、地元団体等のお世話になる方々に連絡を取ることなどの準備もしてくれていて、私たちが活動や活動後のミーティングをスムーズにできるように導いてくれていました。また、私たちメンバーが自由に発言したり、楽しく活動できるような雰囲気を作ってくれていました。
 
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第46次派遣の活動が終わりました。
 
テレビや本等のメディアを通して得た被災地の情報がどれだけあっても、やはり現地に実際に行って、目で見て、お話を聞かなればわからないことは派遣を重ねるごとにたくさん出てきます。
私たちが派遣に参加して感じ取ってきた情報をこのブログをはじめtwitter、Instagram、Facebook等で発信していくことで、このブログを読んで頂いている皆さんが私たちの思いや東北の現状の一端を知り、興味を持っていただけるきっかけとなれば嬉しいです。
 
 
今派遣でもたくさんの方々にお世話になりました。 
本当にありがとうございました。
 
私たちはこれからも東北に関わり続けたいと思います。
今後とも神戸大学東北ボランティアバスプロジェクトをよろしくお願いします。
 
釜石大槌山田班 第46次派遣  ブログ担当者
医学部保健学科  2回生  佐藤七星
国際人間科学部  1回生  澤田絢菜
 
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↑宿泊先の浪板交流促進センター前にて館長さんと集合写真を撮りました。
 
 

☆3月18日(日)

 
活動最終日!
 
最終日はメンバー12人全員で大ヶ口一丁目町営住宅で活動しました。
 
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それではメンバーの声を紹介します!
 
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本日は大ヶ口町営住宅に行って来ました。活動は初日の釜石市上中島公営住宅と同様のクラフト、お茶っこ、たこ焼パーティー、足湯、戸別訪問です。
 
自分としては初めての大ヶ口一丁目町営住宅での活動だったので緊張しましたが、来てくださった住民さんが非常に親切だったので、自然に住民さんとの会話に溶け込むことができ、良い雰囲気で締めくくってこの活動を終えられたと思います。
 
僕がお話させて頂いた住民さんがクラフトを作っている最中、自ら震災の様子を思い出しながら「とにかく津波から逃げるのに必死だった。」と何度も繰り返していました。この住人さんだけではなく、浜川目仮設住宅や間木戸仮設住宅の住民さんも「津波の様子を伺う余裕もないくらい必死に逃げていたので、あまり津波のことは覚えていない。」と仰っていたこと、自分が実際に防波堤の大きさをみたことから考えるといかに当時の津波が巨大で速かったか想像できます。しかし、住民さんは悲しみに屈せずに震災後でも明るく心身ともに元気でいることと他人との関わりの大切さを説いていました。毎日縄跳びや散歩で足腰を鍛えているそうです。前屈も目の前で見せてもらいましたが、床に手のひらがくっついて驚きました。
 
今日このような住民さんに出会えて東北の現地に行く前の自分の認識、誤解を改めることができたので、このプロジェクトの参加して良かったです。本当に貴重な経験を得ることができました。
 
次のボラバスに参加できるかどうかはわかりませんが、再び東北に行きたいと思います。
 
それと、第46次派遣のボラバスのメンバーみんなありがとう。本当に楽しかった。
 
法学部2回生  中 洋二朗
 
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振り返りミーティングでの写真
 
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4回目の派遣となりました玉置弘憲です。
 
本日足を運んだ大槌の大ヶ口一丁目町営住宅は東北大学のボランティアコーディネーターさんからの伝言がきっかけで、試しに電話をかけてみた所から今回のイベント開催が決まりました。
 
今回派遣の活動最終日にこのメンバーの集大成となるような活動ができたという声が多く、運営側としても1メンバーとしても嬉しく思います。ただ嬉しいだけでなく、次の派遣でまた行きたいと思えた最終日となり、達成感や充実感で溢れています。達成感に溢れる活動は私自身の印象では珍しく、初派遣以来の充足感でした。
 
今回の私の目標は、今後も活動を続けていく上でどのようなアプローチが適しているかを見極めるということでした。しかし、なかなか住民さんとの対話の中では見えてこず、自分だけで考えても分からず、最終的にはメンバーの中で色々と話をして、「うれしい楽しいと思えるひと時を一緒に紡げたらいい」という考えに至りました。対住民さんの活動で、慣れない客観的な視点で変に充足させようとするよりも、一つ一つの出会いに感謝して行動することが結果的に良いものに繋がるのかもしれません。
 
最後に、今日1メンバーとしてとても嬉しかった出来事がありました。それはボラバスという団体が来た証を広報誌といて残したい、その仮設住宅の住民さんがいなくなっても記録として残るようにしたい、という自治会長さんの言葉です。その言葉を聞いて、今後もボラバスがイベントを開き続ける意味は十分にあると思えた派遣でした。
 
理学部2回生  玉置 弘憲
 
{A23EBC3D-78CD-48E4-A8B3-776DFB429034}
活動中の写真
 
 
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中くんは、落ち着いた雰囲気でいつも寡黙なイメージでしたが、住民さんと同じ目線で寄り添いながらお話している様子が印象的でした。
 
玉置くんは、運営メンバーとして、全体のことをよく見て考えようと行動している姿や、自分の目標を持ちそれの達成のために取り組んでいる姿が印象的でした。
 
 
本日は、初日からの振り返りミーティングを生かした、まさに派遣の集大成といえるような活動ができたのではないかと考えています。
 
残りのメンバーは2人です。
明日、投稿する予定です!!!
 
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浪板海岸から撮った朝日の写真です☀️
☆3月17日(土)
 

活動3日目!

今日は12人のうち、8人は、私たちが宿泊させて頂いている浪板交流促進センターでのお茶っこの会と浪板地区の戸別訪問の活動を行い、4人は吉里吉里2・3仮設住宅での活動を行いました。




それでは、メンバーの声を紹介します!

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今回が4回目の参加となります。理学部化学科2回生で岩手県釜石市出身の松坂紘斗です。

今日は毎派遣で宿泊させていただいている浪板交流促進センターでのイベントと、吉里吉里第2、3仮設住宅での活動で、僕は前回も行った吉里吉里第2,3の集会所活動に参加しました。来場して下さった方のほとんどが既に吉里吉里2・3の仮設住宅を出て行った方であり、皆さんで集まれることを懐かしむと共に、僕たちの活動を歓迎してくださいました。

 僕が個人的に印象に残っているのは、前回12月に来た際に足湯を担当し、餅つき(次の日の活動)のアドバイスをしてくれるなど、お世話になった男性の方とその奥さんとお話ができたこと。

もう1つは、釜石班現リーダーの福島君と仲の良い住民さんの言葉で「被災した人たちの中でもみんながみんな助け合って生きていこうなんて無理だから。」という言葉でした。自分が普通に暮らしている中であっても、苦手な人やなるべく関わりたくないなぁと思う人がいるということを念頭に置いてみると、震災後に人一倍神経質になっている被災者の方々のコミュニティ形成を支援することの難しさを再確認しました。

理学部2回生 松坂 紘斗


活動先の子どもたちと。

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私は初めて東北ボランティアバスに参加しました。今日までの活動を終えて、様々な活動をし、東日本大震災から7年経った現状を見ることができています。

私は東北に初めて来ました。
7年経った東日本大震災と津波の被害を実際に自分の目で見ることができ、震災について、また住民さんとの関わりについて考えることができています。

今日の午前は私たちが毎日お世話になっている、浪板交流促進センターの体育館で住民さん方と一緒にペタボードというゲームをして楽しみました。学生2人、住民さん3人の4チームに分かれて一体となって勝敗に一喜一憂し、とても楽しく、充実した時間となりました。
その後に食事も一緒に楽しみ、お話をし、住民さんに楽しかったと言って笑顔を向けてもらえた時はとても嬉しく私も笑顔がこぼれました。

午後は浪板地区の戸別訪問を学生2人ずつで行いました。住民さんたちとの関わりの中で住民さんの温かさを感じることができました。

活動できるのは残り1日となりましたが、活動することに対しての意義や目的、そして自分には何ができるのかしっかりと考えたうえで行動していきたいです。

医学部保健学科2回生 藤岡 真菜



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松坂くんは釜石市出身であり、松坂くんだからできる地元のお話を住民さんとしている様子がとても印象的でした。また運営メンバーとして、派遣中だけでなく、私たちが見えないところでもいつも活動に必要な準備をしてくれていました。ありがとうございます。

藤岡さんは女の子らしさが印象的な人との距離を縮めるのがすごく上手な方で、私たちメンバーはもちろんのこと、住民さんとも孫のような存在としてすぐに仲良くなっていてすごいと思っています。
(ブログ係より)

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くるみを割っております。
HP:https://ku-tono.amebaownd.com