筑豊風土坊のブログ

筑豊風土記 の名称は明治前期の石炭採掘より 筑前の遠賀・鞍手・嘉麻・穂波の4郡と 豊前の田川郡の5郡の石炭組合の設立によって 筑前・豊前の頭字を取り 筑豊 の名称が使われました。 この 筑豊の歴史・生活を知って頂ければの 筑豊風土記 です。

 


テーマ:

        旧国鉄 室木線 を 知る   その3(新延(鞍手)-八尋駅)



  新延(鞍手)駅は、 室木線遠賀川駅起点より 7.2km 次の八尋駅まで 2.2km 今は鉄道沿線には 特に大きな工場も 旧炭鉱の姿を見ることもなく 鉄道路線跡の県道55号 以前 鉄道路線の為大きなカーブ と田・ 山を横切り快適に進んできました。 昭和26年の国土地理院の5万分を見ると 中山六坑 西川第一炭坑  西川第二炭坑 岩河内炭坑 そしてその近くにも 炭坑のマークがまだまだ残っています。 このころまでは まだまだ 炭坑も景気の良い時代 だったのでしょう。


 室木線の その 当時の輸送実績 を見てみると 1952年(昭和27年9 乗車19.2万人 石炭 27.8万トン  1955年(昭和31年) 乗車67.8万人 石炭 20.9万トン   1963年(昭和38年9には 77.1万人  石炭 2.5万トン と大きく変化しています。 1965年(昭和40年)以降の 通勤・通学列車で運行し 赤字国鉄の時代 が 想像できます。


 室木線は、1985年(昭和60年)4月1日 に 廃止となりましたが その後 西日本鉄道(西鉄)が廃線跡に並行する形で運行されていましたが 1996年(平成8年) これも廃止となり 一部、JR九州バスが運行された時期もありましたが 2006年(平成18年) これも廃止され 現在では 鞍手町コミュニティバス が 運行されています。 


 室木線は、現在 ほとんどの区間が 道路 となっています。 もちろん 石炭輸送もなくなったこの筑豊の地では どの地区でも 車社会の現在 無くてはならない 県道55号道路 として活躍 しています。


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    新延(鞍手)—八尋駅間の航空写真     新延(鞍手)-八尋-室木駅の古地図(5万拡大)


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    旧新延(鞍手)駅付近とバス停          旧駅付近の県道55号とガソリンスタンド

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         旧駅付近の商店街                  旧八尋駅方へ進みます
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     昔は、機関車も見られたんですね            古江交差点付近(北側より)


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       古江交差点(南側より)                 新北バス停より古江交差点
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           新北バス停付近                  こん旧八尋駅舎でした

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            旧八尋駅名標                JR九州時の八尋バス停付近

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          旧室木線の行先板                  運行当時の列車時刻表


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        現在の八尋バス停付近                旧八尋駅種変の航空写真




  地理情報   旧新延(鞍手)駅   北緯  33度47分23秒   東経  130度40分09秒

            旧八尋駅      北緯  33度46分23秒   東経  130度40分10秒



    次回は、 旧国鉄  室木線 を 知る   その4(八尋-室木駅) へ




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