リオパラリンピック卓球の別所キミヱ選手から今、メールが来た。

在住の日本人の人が合いに来てくれたとも♪

リオパラリンピック。

選手には様々な人がいて、スポンサーがいなくても、一人でも頑張る姿にも感動する、


間もなく幕を閉じる、その中で、今日の共感する記事がありましたのでシェアします。



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高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
アスリートで、スポーツに対し積極的な発言を行っている為末大氏が、9月16日の朝日新聞で、パラリンピックについて興味深い発言を行っている。以下に要約し、引用する。

(以下要約の上引用)
 *パラリンピックを見ていると、劇的にパフォーマンスが上がっている。
 *一方でパラリンピック報道には違和感を持つ。
 *パラリンピックでは(クラスが細かく分かれるため)出場選手が著しく少ない種目がある。
 *よって、競技レベルが高くない種目が見受けられる。
 *それなのに、ことパラリンピックに関しては、どんな結果やパフォーマンスであれ「すごい」と言わないとイケない空気を感じる。
 *すでにすさまじいレベルに達している競技も、アスリートもいる。
 *ただ、選手の肉体を見ていて、例え障害があっても、もう少し鍛え上げられたのではないかと感じることがある。
 *パラリンピックは、肩入れして力んで見てしまうことがある。力みが取れ自然に観戦できるようになるべきだと思うが。それにはもう少し時間がかかるのだろうか。

為末氏のこの見方に、筆者としては全面的に賛同する。
筆者は2020年の東京オリンピックは、オリンピックとパラリンピックを同時開催すべきだと感じている。オリンピックで日本男子が400mリレーで銀メダルを取った後に、パラリンピックの障害者400mリレーで銅メダルを取ったら盛り上がることこの上ない。これができて初めて障害者と健常者の共生が成る。

オリンピックもパラリンにピックも超人同士の戦いである。その超人の背後には大多数の普通の健常者と、普通の障害者が存在するのである。

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私には片耳が聞こえない友人がいますが、
障がい者手帳すら持たない、陸上競技で記録ももつ彼女に
「何故? 申請して、パラリンピックに出たら?」とまで人に言われたこともあると言う。

生まれた時から片耳が聞こえないからと、
「この程度の不自由のある人は世の中にたくさんいる、そんな特別の事じゃない」と笑う。

「もっと大変な人がたくさんいる、そのような人たちの事を理解しサポートする事に注意をもっと注ぐべきでは」とも言う。

その時に、色々な事を感じました。

誰かが、何か勘違いして、特別と感じたりすることで時に偏見や矛盾が起きるのかもしれない。

ただ、その「特別」なものをどのように理解していくべきものかを考えていく事も必要でしょう。





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