勝部元気のラブフェミ論

コラムニスト・勝部元気の公式ブログ。恋愛、結婚、性などの男女関係をより満喫できるヒントとなるよう、男女関係における様々な問題点について解説しています。


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 私は「フェミニスト」を名乗らせて頂いている男性ですが、それを掲げていると、耳にタコができるほど飛んでくる言葉があります。

「モテるためにフェミニストをやっているんだろ」
「モテたくて女性に媚びを売っているだけ」
「都合の良いことを言って女性フェミニストを食い物にしている」

 そのようなろくでなし思考の人が金太郎飴のように多くて、本当にくだらなくて、呆れてしまいます。そんなガセネタに騙されることなく、普段から接してくれている方々には本当に感謝です。

 さて、基本的に「邪推する人たちには勝手に言わせておけば良い」というスタンスなのですが、そのように男性フェミニストであるがゆえに飛んでくる批判というのは、まだフェミニズムの中で議題にあがることがほとんど無いように思います(海外にはあるかもしれないですが日本では男性フェミニスト自体が超希少なので当然ですね…)。

 ということで、今日は「男性フェミニスト批判に見る女性差別の構図」について、簡単にですが書いて行こうと思います。



 まず、フェミニズムというのは、女性が女性であるがゆえに生じている生きづらさを解消する運動です。誰かの生きづらさがあるのなら、周りが一丸となってその解消をするのが当然だと思うのです。そこに性別は関係ありません。

 ところがそのような行動を取る男性フェミニストたちを「モテたいだけ」と認識するというのは、結局のところ、自分に明確な利益が無ければ他人の生きづらさの解消なんてしないと考えているからです。つまり、自己中心的で、人間関係を利害でしか捉えていないのです。

 結局、女性(特に体)をお金や時間や手間暇やリソースをかけて交換条件で手に入れるモノという感覚しかないからそのような発想に陥ってしまうのでしょう。完全に「枕営業を要求する側の思考回路」ですね。

 これらは「male sexual entitlement」(「男性たる自分は性的に満たされて当然の権利がある」という意味のジェンダー論用語)から来ていると思います。「協力してやったんだから女性は見返りに肉体を差し出すのが当然だろう」と考えているわけですね。

 このような思想はフェミニズムに限らず、人種差別等の問題でも同様に見られる場合があります。「差別の被害者側の生きづらさの解消に協力すれば相手から好意や利益が得られて当然である」と考えるその発想こそ、まさに差別そのものではないでしょうか?

 男性フェミニストは別に自分に対して好意を持っていない女性の権利も主張します。好意を持たれなければ権利を主張しない彼らの思考回路では、その行動が理解不能なのでしょう。

 

 次に、本気で「モテるためにフェミニストをしている」と思っているなら、是非自分もやってみれば良いのではないか、といつも思うのです。

 でも、彼らはそれをやらない。なぜだか分かりますか?自分のプライドが許さないから?いえ、所詮彼らがフェミニストになったところで、自分はモテないって本当は分かっているからです。恋愛や性的関係に求められるのは、関係性を深めるコミュニケーションスキルであり、人間力であり、性的魅力です。決して言説ではありません。

 たとえば、国会議員の世耕弘成さん(自民党)と林久美子さん(民主党)夫婦のように、主義主張は完全に別でも恋愛関係は成り立ちます。実際に、私もご縁のある相手がフェミニストであることのほうが少ないです(フェミニストをあえて選んでいないというわけではなくて、単純に母数として日本にフェミニストが少ないため)。

 結局のところ、関係性を深めるコミュニケーションスキルが無く、人間力も無く、性的魅力を向上させようという意志も無いにも関わらず、ただモテという承認を求めるような、恋愛をナメ切っている人たちだから、「モテるためにフェミニストをしている」などと机上の空論を言えるのでしょう。

 なお、彼らはそうやって男性フェミニストを批判して貶めようとしているつもりですが、「モテようとしている!」と言って他人を批判する人ほど、本当は自分が一番モテたくてモテたくて仕方なくてふるえている人たちです。外見で女性を選ぶ男性ほど、外見で女性が選ぶことを血眼になって批判するのと同じですね。心理学で言う「投影」です。

 つまり、頑張って自ら己の愚かさを前面に出しているわけです。大変みすぼらしいし、痛々しいからやめたほうが良いと思っているのですが…「まだモテで消耗してるの?」という言葉を投げかけたいところです。



 男性フェミニストは時として、日本人女性の多数派からは支持を得られない言説を言うこともあります。たとえば、フェミニズム的観点から、男性が奢ることやレディーファーストや男女で価格に差を設けることに反対で、いわゆる「男の役割」も果たしません。さて、それのどこが女性に媚びているというのでしょうか? 

 割り勘が良いと思っている女性でも、男性が割り勘にしたからと言ってそれで好きになるはずなく、あくまでプラマイゼロにしかならなりません。むしろ、奢って欲しい女性や"男としての役割"を果たして欲しいと思っている女性にはマイナス評価を受けるので、全然アピールには繋がらないわけです。

 さらに、私はフェミニズム的観点から日本の法律婚や戸籍制度に反対で、結婚するなら事実婚と決めています。さて、男性フェミニスト批判をしている彼らは、それらを平然と女性の前で主張する勇気と自信があるのでしょうか?女性に良い顔をするためにフェミニストをしているなんて幻想に過ぎません。むしろ日本の現実は厳しく、西欧並みのパートナーシップのあり方を目指すのであれば、覚悟が無ければできないのです。

 このようにフェミニズムとモテは一切関係ありません。確かに媚びて女性からの好意を手に入れようとする恋愛戦略を取っている男性はいますが、それは決してフェミニズムではありません。昔そのような男性のことを「フェミ男」と呼んでいたようですが、女性を保護・支援・貢献の対象と見ている彼らは、女性を対等な権利を有する同じ人間と見ている男性フェミニストとは完全に別物です。




 最後に、男性フェミニストをしていると、「男のくせに女性に肩入れするなんて裏切り者だ!」と捉える人が本当に多いように思います。フェミニズムが女性の生きづらさを解消するというのは決して男性対女性の構図ではないですし、女性の味方をしたとしても男性の敵ではありません。結局、男性対女性という対立意識が強いから、そのようにしか見れないのでしょう。

 でもこれほど男性内での同調圧力が強かったら、女性の生きづらさに関連する社会問題で「ちょっとそれはおかしいのでは」と思う善良な男性がいたとしても、本当にメンタルが強くないとなかなか声はあげにくいのかもしれないと思うのです。

 運良く私はメンタルがルフィ並みのゴムゴム仕様なので、基本的にアンチフェミニズム男性からどれだけ悪口を書かれようが全く心が折れる気配がありません。なので、本当はおかしいと思っているけれども男性社会の同調圧力の中で声を押しつぶされている隠れ男性フェミニストの分まで、しっかりと声をあげて行きたいと思います。



 なお、何かリターンを求めてフェミニストになることは批判しますが、男性フェミニストになる個人的なメリットの存在を全否定しているわけでもありません。

 たとえば、女性の生きづらさと男性の生きづらさは背中合わせである場合も多く、女らしさからの解放が男らしさの解放にも繋がるという面は確かにあると思います。また、「生きづらさ」を解消したいという意志を発信し続けていれば、生きづらさを押し付ける人からは縁遠くなり、「生きづらさ」の無き社会を望む人々との縁が広がっていきます。

 つまり、人間愛が深まる隣人関係に出会えるというメリットはあるかもしれませんね。是非とも男性フェミニストの仲間がもっともっと日本にも増えてくれると良いなと心から願っております。



 PS.あくまでジャストアイデアなのですが、「日本男性フェミニストの会」でも始めようかなと考えております。海外で日本以上にフェミニズムが進展しているのは、しっかりとフェミニストを名乗る男性の存在が重要だと思うのです。是非男性がフェミニストを名乗ることの意味を理解してもらって、どんどん仲間を増やして行きたいと思っています。

男性フェミニスト界のスーパースター・カナダのトルドー首相カナダ新首相






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