人生空回劇場

一生懸命耕して種を植え続けてるつもり。

コツコツ水をやって気ぃ使って日に当てたり。



だけどなかなか実を結ばない私の人生。 嗚呼、空回り。



とは言え、人生、本音と建前 紙一重。  あんまり難しく考えずにいきましょ。


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この間の『突飛な行動』は 何気に下ネタだったので

今回は別方向で。


とは言っても、理解し難い内容では やっぱりあるのだけど。



子供の頃ね、私の親ってとっても厳しかったのね。

ただ 父親と母親では 『厳しい』の種類が全く違くて


父親の 躾の基準は  【】。(笑)


俺の気分を害さないかどうか、だけで決まってましたね、全てが。

例えば、父親のお友達って人のお家の前を毎朝通学路で通ってたんだけど、知ってる人だし必ず挨拶してたのね。

ある日その友達と飲んで帰って来たらエラく機嫌が良い。


「お前んトコの娘は毎朝“おはようございます”って元気に挨拶してくよ。お前の娘はちゃんとした躾を受けてるよ。」


って言われたんだと。 小躍りする位喜んでましたね。

だけど、自分の娘が誉められた事や自分の躾が功を奏したんだと喜んでるわけじゃない。

『俺』が誉められてる事が嬉しいかった様子。


「躾を受けてるよ。の後に アイツは“お前に”って言いたかったはずだ」

とか言ってましたから。(笑)

ココまで来ると、ちょっとオメデタイかな、とも思っちゃうんですけどね、ま、良いとしましょう、自分の父親だしね。(笑)



それに対して 母親のは 全くもって普通だった様に思う。

普通に厳しかった。


だけど この母親自身が結構厄介だった。


私ん家も一般的に いけない とか ダメ って言われてる事はやっぱりいけない事だしダメって言われてた。


けど、その言い方が普通じゃないの。

言い方ってか もはやアレは 母親の人柄ってか性格ってか…

ま、そういうトコが普通と違うかったんだろね。


例えば、子供の頃 食事を残しちゃいけないってのがこの家のルールだってのを自覚する前だったんだろうけど、

どうしても食べたくないおかずがあったから、私は親にお伺いを立ててみたのね。


「ねぇ、お母さん?

コレ、残してもいい?」


すると母親はこういいました。


「いい?って聞くって事は

ダメだって言ったら食べるんでしょ。」


そしてそのまま背中を私に向けました。



・・・つ、冷たすぎませんか。 (爪-爪)


一事が万事、私の母親はこういう人。

薄々感じてはいましたけどね、うん。

サスガにこの時は 時間と思考が止まりました。


この時を境に、真っ直ぐ向かって言っても敵わないぞ、って幼いながらも肝に銘じました。



そんなわけで、こんな母親に向かって行くには 「仕方が無いわね」と思わせなくてはならない訳です。

そこに小細工がある事がバレては意味がありません。

100%普通に 自分が感じている苦痛に対して 「仕方が無いわね」と言わせなくてはなりません。


冬の寒いある日、私は学校を休んでみようと思いました。

なんでそう思ったのかは・・・ 思い出せません。

ただ、間違いなく ずる休みです、はい。


でも学校を休むには 理由がいりますね。


そこで、数日前に風邪で早退した事があったので それがぶり返したみたい・・・的な方向に持って行こうと、画策しました。


問題は風邪の症状。

熱もなければ咳も出ません。

身体もだるくないし、いたって健康。


さあ、どうしましょう・・・。



階下に降りていくと台所では 母親がお弁当を作っていました。


・・・うーん、どうしよう。


ふと視線を動かすと その先にはストーブが。


そしてその後、何を思ったか、、、、 そう、ホントにあの時の私は何を思ったのか、

小棚から体温計を出して ストーブにかけてあった ヤカンの中に体温計を差したんです。


私が子供の頃なんで、デジタルなんてシャレたもんはありません。

んでもって ストーブ上のヤカンのお湯はぐつぐつ煮立っていました。


入れた瞬間、


ばっりーーーーーんっ!!


っとものスゴイ音がして 手に持っていた体温計は 砕け散ってしまっていました。


ええ、その時も 時間と思考が止まりましたよ。

なんて恐ろしい事を試したんでしょうね、この子は。

我ながら ドン引きです。



背後から「どうしたの!?」って声が聞こえて、びびりながらも

「体温計が吹き飛んだ」 と恐る恐る言うと、

母親は無言で私を押しのけ 「ココから離れてなさい」とだけ言いました。


多分 水銀から遠ざけようとしてくれたんでしょうね。


この期に及んで まだ学校を休む事を考えていた私は

「風邪がぶり返したみたいでダルイからベッドで寝とくね」

と言って部屋に上がり、

その後は どんな形相で母親が怒鳴り込んで来るか ビクビクして頭から布団をかぶってました。


私の記憶にあるのはここまでです。

結局母親に叱られた記憶はないんですが、

もしかしてもしかして、

本当はこっぴどく叱られて あまりの恐怖に記憶が封印されているだけなのかもしれません。 (んなこたぁない。笑)


その後、私の家には 暫くの間 体温計はありませんでした。

物心付いた時にはありましたけど、、、デジタルでした。

そのデジタル体温計を目にする度に ちょっと後ろめたい気持ちになったのを覚えています。


やっぱり、嘘はいけないっすね、うん。


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最近仲良くしてもらってる方がいます。


Brownieさん ( Brownieの気まぐれ日記  )という とても甘くて美味しそうな(笑)お名前の方です。



↓参考映像。(笑)

大人気!まるで生チョコ!一度食べたら忘れられないチョコブラウニー6個入

昨日もいつも通り彼女のブログにお邪魔してつらつらと読みふけっておりましたら、思わず共感してしまうお話に遭遇。


皆さん、、、

子供の頃って 突飛な行動をとった事ありませんか?

彼女のブログを読んで そうそう! わかるわかる! と思って笑ってしまう私に多少疑問は感じるものの(笑) 私自身、 思い出すと 何であんな事したんだろ、って理由を思い出せない… と言うか 今考えても理由が想像付かない事やってるんですよね…


私の脳も頑張って働いていたはずなので、その頃は 私なりのちゃんとした理由があったと思うんですけどねぇ・・・。



例えば、私の子供の頃ですが、、、

家の敷地内に、 ・・・なんてこんな言い方すると広い敷地のお屋敷に住んでるみたいに聞こえるけど、それは全く違うから。(笑)

私達家族が住んでたお家からおじいちゃん達がいる母屋に行く途中、ほんの2歩くらいのコンクリ敷きの傾斜があったのね。


滑りも転びもしない、怪我を気にする程の段差でもない 坂と呼ぶにはあまりにも平らなただの傾斜。


普段何気なく通ってたその道で、私ね、お水を流してみたくてみたくて、ホントに流してみたくて仕方が無かったの。

何でお水を流してみたかったのか、わかんない。

ちゃんと傾斜が付いてるのに、歩いても気づかないから 気になってたのかもしれない。


ま、とにかく 自分でもホントに謎。


その衝動がとうとう我慢の限界だったんだろうね、

何を思ったか私ってば ソコに オシッコしちゃった。(笑)


ソコを流れていくオシッコを見て満足したんだけど その後が問題。


さあ困った。 






・・・紙がない。



仕方がないので 叫びました。



「おかーさーん。 紙がないよー。」



って・・・、


ある訳ないから。(呆)


そんな今風な突っ込みを入れながら母親がトイレットペーパー片手に現れました。


そして 「はい」 とトイレットペーパーを差し出したので受け取ろうと手を出したら、

いきなりその手を引っ張られ、そのまま お尻をパンパンって二回叩かれました。



「トイレ以外のところでやりたいなら 電信柱にでもしてきなさい。」





うーんと・・・ 私、  い、犬?(汗)



今となっては 色んな事が 謎だらけの 子供の頃の思い出 でした。 m(_ _;)m




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色々考えてみたのだけど、やっぱり母親ってのは 私にとって バイブルというか教科書なのだ。

ドコの親子関係だって 本当はそれが理想なんだと思う。

親の様になりたい。って子供が思うのって 最高の親孝行かもしれないしね。

だから、私はその理想の形を手に入れられているんだと実感してる。

嬉しいこった。


でも、実はその心から尊敬してやまない母親よりもまだ上の人がいた。


叔母ちゃん(母親の姉)だ。

昔、私が2425歳位の時のこと。

叔母ちゃんが 「アンタは私と一緒なの」 と言った。

「いえいえ、とんでもありません。(汗)」

物凄く恐れ入った覚えがある。


この叔母ちゃんってば、私の中では スーパー叔母ちゃんで、

スキーも スケートも 水泳も ボーリングも バレーボールも 着物の着付けも 嫌いな野菜の食べ方も

他にも色々 私はこの叔母ちゃんから教わったの。

スポーツの類は市内で大会とかあれば必ず公式審判員として列にいる人だった。

高校に入った時は その学校で体育の先生してたらしくて学校の先生達が 

「ああ、あの方の姪御さんですか。叔母サンによろしくお伝えください」なんて言われた。

あんな田舎街からハンドボールの全日本の選手に選ばれたとかで大騒ぎになったらしいし、

その後実業団で活躍した(かどうかホントはわからん。笑)なんて噂も聞く。

50歳過ぎてから宅建の資格とって自分で不動産屋さん始めて、でも自分で畑開いて野菜育ててたりもする。

3ヶ月の入院って言われた怪我だって 自分でリハビリして1ヶ月で退院しちゃった。

今でも ママさんバレーの大会で全国大会に毎年行ってるよ。 60歳過ぎてるけどね。

スゴイでしょ。


そんな叔母ちゃんに私のドコが似てるのかってーと、『行動力』らしい。

うん、その一点しか私も思いつかない。


けど、叔母ちゃん曰く、

その行動力に伴って持ち続けなくちゃいけないのが、そんな自分を支える自立した心なんだと。

それが私には備わってる、と言う。

んでもって、自分を戒める気持ちを私は持っている、と言う。

それは自慢して良いよ、って言う。


そういや、叔母ちゃんは私の母親を甘ちゃんだと言う。(苦笑)

末っ子だからなのか、大事にされてたって。


学生の頃、ある日の帰り道、夕日がきれいだなぁと思いながら家路についていた叔母ちゃんが会ったのは

血相を変えて自分の妹(私の母)を「帰って来ないっ!」って探す両親の姿だったんだと。

『オイオイ。まだ夕日がでてるぞ。(汗)』って思ったのを覚えてるって。(笑)

それから

私もまだ帰ってねーぞぉ。(汗)』

ってね。


「あんた、同じ様な事経験した事ない?」

って叔母ちゃんは聞いた。


ああ、そういえば。 何か思い出そうとすればそんなんばっかりだ。  >いや恨み言とかじゃないよ。(笑)

「だから 私と一緒なのよ」って。


そんなこんな、父親の事や色んな事があって 寂しい思いも悲しい思いもしかたもしれない。

「だけど、今のあんたを作ったのはその一つ一つの事なのよ」って。

「もしかしたら、今までの経験のどれか一つがなかったとしたら 今のあんたはないかもしれない」

だって。 そんな風に言われて


「そっか、じゃあ全てに感謝しなくちゃだね。」

なんて思ったんだな、あの時。


今の自分で完璧満足かってーと 決してそうじゃないよ。

はっきり言って不満だらけだし、こんな自分で良いのかって不安もある。


けど、こういう考え方が出来るからこその 不満や不安だとも理解してるから

もし安心満足してたらと思うと空恐ろしくなる…。


とにかく、私の周りには こうやって こんな真面目な為になる話をしてくれる大人がいたんだ。

だから何も考えないでのほほんと流されて生きるって事に抵抗出来たんだな。


その事にも感謝だ。


だけど、、、

改めて思い出したり考えたりしないとこんな気持ちにならないなんて、

私も マダマダ っす。

修行が足らんって事だな。




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父親は弟をベタベタ可愛がってたけど、その頃の私は父親にいつ叱られるかビクビクしてたから

あのベタベタは自分とは無関係のものだと思ってた。 

正直、羨ましいと思った事もないのね。


それがある時、、、ちょっとつづ、母親も弟を可愛がる様になってきた。

いや実際は 普段から母親としての愛情を注いでいたんだろうと思う。

私にはそれが見えてなかっただけなんだろうな。


だけど、あの時はそれが衝撃的で、居たたまれない気持ちだった。


あれ?そういう事してもらえるの? 

あれ?もう赤ちゃんじゃないのに抱っこしてもらえるんだ?

あれ?弟はどうして叱られないのかな?


こんな風に思う事が多くなって、、、

段々その思いが私の日常を侵して行った・・・


すると、家族の中で私だけがちょっと浮いてる様な気がしたり、

一緒にいても 自分がココにいるのって ちょっと違うんじゃないか、なんて感じ初めて。


そしてそんな思いを抱えながらひたすら高校の卒業を待って

私は家を出たんだな。


家を出た一番の理由は 父親。

一緒に生活していく自信がなくて、いくら自分を奮い立たせても勇気が持てなくて

何より、父親を嫌いになりたくなくて。

それ以上でもそれ以外でもないけれど、

少しでも遠く家族から離れたかった。

間違いなく私は父親に愛されていないと思っていたし

一緒にいる違和感を抱えながら 家族を想う自分は

家族の傍にいることで とても惨めな気持ちになってしまうから。


そして、あれからもう十数年・・・

アメリカまで来ちゃった。


・・・離れすぎだっ!(笑)












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私はね、母親に 抱きしめられた覚えがないの。

誉められた覚えもないのね。

多分、その事を言ってるんだと思う。


元々他人とのスキンシップが苦手な人だったみたい。

ベタベタしたり、馴れ合いみたいな 人との繋がりを苦手としてたみたいなのね。


だから初めて子供を授かった時、どう扱ったら良いか ちょっと困ったんだと思う。


で、それが私に自然と伝わったんだね、きっと。

私はそれを 愛されてないのかもしれないっていう不安として抱えてしまったんだな。


実際はそんな事なかったと思う。

写真を見れば、優しい顔して私を抱いてる母親がいるもの。

お世辞でも美しいとは言えない子供の頃の写真を今見ても、

こんなブチャイクな子供が生まれて来て さぞかしがっかりしただろうと思うのだけど

モノクロの写真で微笑んでる母親はそんな事を思っているとは思えない。

あの人なりに私へは愛情を抱いていたんだと思う。

表現方法がまだ見つかってなかっただけなんだな、きっと。


だけどガキんちょの私にはそんな事が分かるわけもなく、猛烈アピールをする訳。

私をみてーー!って。 頑張ってるでしょーー!って。


だけど、愛された経験をまだしていない私は 媚び方を知らない。

だから 今思い出しても、 なかりウザイやり方してたと思う。(笑)


そんなことを何度か繰り返してる内に、5歳にして悟ってしまったのね。

 親との関係ってこんなものって。 心の中で割り切ってしまった。


それがそんな頃、弟が現れた。 あ、いや、正確には 『産まれた』。


仕事が忙しいもんで弟の面倒は私が出来るだけみた。

ってか、押し付けられた。(笑)


私は生まれたての弟の世話をさせられる事はおっくうだったけど

母親に 「お願いね」 と言われる事は嬉しかった。

アテにしてもらえてるってのが嬉しかったのね。


勿論、後でよく出来たねなんて頭をなでてくれる訳でもなく・・・

それは 私の生活の中で当り前の事で 自分の中ではバランスがとれてたのね。


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一生の中で 自分の親の話す事に感嘆するってそうそうない、と思うのだけど

世の中ではどうなんだろう。

今の時代、子供に 尊敬する人は?って聞いて どれだけの子が

お父さん!とか両親ですって言うかな。


私は 父親がちょっと苦手なのに対して

母親は わが心の師 であり、 バイブルだったりするのね。


とは言うものの、以前はそれ程の思い入れもなく

『面白い変わったオバサン』位にか思ってなかったし

母親として私に対してする事とか、物言いとか、 全てを当り前と思っていたのね。


だから あの人が私をどう育てたかなんて 何とも思ってなかった。

そう、ホントに 考えた事もなかったし そういう事って考えるものだなんても思ってなかった。

食べなかったらお腹が空く、とか同じレベル。

  なんで 食べなかったらお腹が空くんだろう、なんて誰も考えないでしょう?


それと一緒。 

皆も同じだと思う。 嫌いなんだったらトモカク、親が好きであれば、ね。

だから私も皆と同じ様に 自分の『母親と自分』との関係って こういうものと思ってた。


ところが、ある日。

あれは多分3,4年前の事だったと思うけど

母親が 突然謝って来たのね。

あ、いや・・・。

正確には こう言ったんだ。


「後悔してるのよ。ホントに申し訳ないと思ってるの。」







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