ゾクゾクする怖い話まとめ管理人のブログ

夜中に見るとゾクっとするような怖い話を書いています。

読んでゾクゾクするような怖い話を中心に書いております。
肝試しで要るはずのない男の子が存在した話や、誰もいない部屋で聞こえた声、金縛りなど、
いろんな怖い話を記載していきます。


普段管理人がよく見ている怖い話掲載サイト
ほんとにあった!心霊映像☆オカルト怪奇
閲覧注意怖い話
この世の不思議
怖い話を知る | 怖い話まとめサイト
怖い話を語るブログ
あぁ、徒然なるままに
怖い話体験談

テーマ:
小学生5年生の冬、父が急死しました。
悲しくて悲しくて母と毎日のように泣いて過ごしました。
数年経ち、私は中学生になりその頃から守られているなと感じる出来事がしばしば起こる様になりました。

今日はその事をお話ししたいと思います。
家にいつも雨戸が閉まっている納戸があったのですが、そこにあるタンスの引き出しからハサミを取ろうとしました。

そのタンスの引き出しにはこたつの上に乗せるテーブルが立てかけてあり、
面倒に思った私はテーブルを退ける事無くタンスの引き出しを開けたんです。
するとそのテーブルはスーっと倒れて来て「危ない。」
と思った私は咄嗟に手でテーブルを掴もうとしましたが、間に合わずそのまま足の上に落ちて行こうとしていました。

一昔のテーブルで、重量がありとても重いテーブルです。
落ちていくところはちょうど足の指と甲の間の部分。
骨折間違いないな。と覚悟を決めた瞬間に奇跡は起こりました。
薄暗い納戸の中がキラキラキラーと、ピーターパンに出て来る妖精が降りかけるような粉が目の前に現れたんです。

色は金色でまるで金粉を粉々にしたような柔らかい感じの粉で割と広範囲に降りました。
「これは何だろう。」
と思った矢先、そのテーブルがゆーっくり足の上に落ちていきそっと乗せるような状態で足に落ちました。

骨折どころが痛くもかゆくもありません。
落ちたというより乗せたが当てはまったと思います。
「あ、大丈夫だった。」
と軽く思いハサミを取りテーブルはまた元の場所に立てかけ納戸を出ました。
その時はたまたまだろう位に思いスルーしてしまった私でした。

次は高校生の時に起こった不思議な出来事です。
私は原付バイクの免許を取りましたが、全く勉強せず合格してしまいその為、交通標識やルールを全く知らない免許保持者になってしまいました。

一方通行を入りたまたま警察官の方が取締りをされており、そこで初めて入ってはいけない道だったんだと理解するといった感じです。
免許を取り半年経ったくらいでしょうか。
交差点右折をする為に右車線に寄りました。

対向車線には直進をしようとしている車が見えましたが、ここで停まらなければならない事を知らない私はそのままスピードを落とさず交差点の真ん中に行きます。
そして「相手の車が停まるだろう。」
と間違った考えを持ったまま右折をしようとしました。
ですが車はスピードを落としません。
どうして停まらないの?と思いつつ私もスピードは落としません。
「このままだとぶつかる。」
と思った矢先、周りがスローモーションになり車がゆっくり近づき始めました。

その間を縫ってする抜けるように右折する事が出来た私。
その時もたまたまだろうとスルーしました。
ですが、次に起こる事でこれは守られたんだ、今までも守ってくれていたんだ。
と確信する出来事を経験する事になります。
同じく高校生の時です。

ファミレスでアルバイトをしていたのですが、バイト終了時間を過ぎても食事を取ったり仲間と話したりで遅く帰宅する事が続いていました。

そんなある日、20時00分頃でしょうか。
控室で食事が済んでいるのに仲間と話していると、外から私の名前を呼ぶ声が聞こえます。
それは聞き覚えのある男性の声。
耳を澄ますとまた私を呼びます。
やっぱりその声は父でした。
周りの仲間は気づいていないのか、気づいていても何も言わないのか知りませんが特に触れません。
その時は怖いという思いは無く何となく早く帰りなさいとでも言っているのか。
と思い、不思議と素直な気持ちで帰り支度をし自宅へ急ぎ無事たどり着きました。
数日後、女子高生がバイト帰りに行方不明になっているニュースが流れました。
場所は私が自転車で帰宅する道と同じ。
居なくなった日付は父の声が聞こえたあの日。
時間も20時30分前後と言っていました。
その女子高生は結局見つからず次の年に殺人として遺体で発見されたのですが。
父の声を聞かず、聞いても帰らなかったら、、
もしかしたらその女子高生は私になっていたかもしれません。
この事があり以前の不思議な出来事もきっと父だと信じている私です。
今までスルーしてしまった事を心の中で反省し感謝しました。
あの世に行ってもこうして見守ってくれている父。
もう心配掛けないようにしっかり生きて行こうと思います。
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
本当に怖くないのだけれど心霊系の記事はもう書けないと思うのであえて書きます。自他ともに認める心霊オタクなのですが、研究心があるわけでもありません。

視えるわけでもありません。言ってしまえば人の不幸は蜜の味なのでしょうか。能力の問題で生きにくい人生を送ってきましたが、ホラーはストレス解消なんですよ。人に迷惑をかけないではないですか。だけど霊は信じているので心霊スポットなどには行きません。

この地面の下にどれだけ恨みを飲んで死んだ人が居ると思えば怖いではないですか。人を憎むことはあります。生霊になってやろうと思ったこともあります。

だけど普通の人はそんなことはできないんですよ。多少狂気が入らなければ。だから日常のストレスをホラーを読んで解消していたのかもしれません。だけどね余りにも不幸な出来事が続いたんですよ、何でと思うくらいにね。ところが数年たって収束しているんです。

そのときやったことは毎月出るホラー本を買うことでした。もう呪縛なんですよ。人の心の方がよっぽど怖いよね。さんざん読みましたがどうも私には霊感がないようで。

見えたらいやだと思いますよね、そういう人もいるんだから。ただね、怖いと思う実話怪談は創作が入っていると思う。霊なんてもしかしたら日常的なものかもしれない。だって共存しているんだもの。霊だって身内以外には遠慮するから、貞子とか伽耶子とはありえないと思うのね。
だけど今の職場出るんですよ。それは気配ですが。

確実に一人なのに人の気配がするのね。ただ怖くないんだけれど。悪いものではないんじゃないのかな、例えば座敷わらしのような。目で見えるのよ、

シャッとした感じ。一瞬なんだけど。黒い影、茶色い影。本当に見えるのよ。ただ一瞬だから気の迷いと言えばそれまでなんだけれど。

そうそうあの世の人も芸能人みたいに出てこないと思いますよ。あなたがとても恨まれていなければね。この職場も別に不幸な人が不幸な死に方をした事実はないのです。

ただね出やすい環境なのかもしれない。あの茶色い影、どう考えても一昨年死んだ茶トラのペットだと思うのね。

どうしてこんなところに出てくるんだろう、自宅に出ればいいじゃないかと思うのよ。出やすい環境なのかしら。まともに見えてしまう人は気の毒ですね。ただねこのジャンルまともなルポがないのね。実話怪談というカテゴリーから進歩はしないのね。まあいいよ、これを追求すると羽田空港の鳥居みたいな話になってしまうではないですか。
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
あれは、私が高校生のころのこと。

 同じ町内で引っ越しをして、以前に住んでいたところのお向かいさんがAさん宅。その頃は、表で出会うたびにちゃんとご挨拶をしていましたが、引っ越し後は歩行ルートを変えたため、同じ町内でもあまり顔をあわすことはありませんでした。

 その日は、なぜかいつも歩いている道を通らず、以前住んでいた家の前を、知らない間に歩いていました。自分でも、あれ?なんで今日はこっちの道にきたんだろう?なんて考えながら、ちょうど前の家のところを通りかかったとき、Aさんちのお婆ちゃんとすれ違いました。

 Aさん宅にのお庭には、イチジクの木があり、毎年、実がいっぱいできていました。熟れた美味しいイチジクの実を、お婆ちゃんからよくいただいたことなど、その一瞬に思い浮かべたりしているまに、挨拶もせずにすれ違ってしまいました。

 高校生だった私は、なんともバツが悪く、また、あの子は挨拶もしなかったと町内で噂がたったらどうしょう、とか、自宅に帰り着くまでの間、思い悩んでいました。

 そして、帰宅後、両親に、「あんな、今日な、なんでかわからんけど、いつもと違う道を歩いてしもて、前の家の前を通ることになってしもてん。ほんで、歩いてたら、前からAさんとこのお婆ちゃんが歩いてきゃはってん。わあ、久しぶりやなあ、と思って、なつかしんでたら、挨拶するのもわすれてすれ違てしもてん。町内で愛想のない子やと思われたらどうしょうかと思ててんかぁ。Aさんとこのお婆ちゃん、気ぃ悪しゃはったやろか・・・」と話しました。

 そしたら、母親と父親が顔を見合わせて驚いた様子だったので、「え? やっぱり、私、町内で評判悪いの? 愛想のない子やて言われてんの?」と聞きました。
 母親が「あんた、見間違ごうたんとちがうか? ほんまにAさんのお婆ちゃんやったんか?」と問われました。私は「そやで。Aさんとこのお婆ちゃんやったえ。」と答えました。

 しばし沈黙があり、父親が口を開きました。「あんなあ、Aさんとこは、数ケ月前に引っ越ししゃはって、今はあそこには住んだあらへん。」と言いました。そして続けて「ほんで、Aさんとこのお婆さん、亡くならはったって町内の人から連絡があって、昨日お通やで、今日お葬式やったんや。そやから、今日、出会うはずがあらへん。」と。

 私は「え~、ほんま? でも、見間違いとちゃうし。ほんまに、Aさんとこのお婆ちゃんやったし。ずっと、うつむき加減やって、目はおおてへんけど、すれ違って振り返ったら、ちゃんと後姿も確認したもん。」と言いましたが、本当にAさんちのお婆ちゃんだったんでしょうか。
 この世から旅立たれる前に、昔の街を懐かしむように、訪ねはったんでしょうか。それとも、私の見間違いだったんでしょうか。
 以上が、私の体験した、不思議な出来事です。
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
私と親友とがそれぞれに彼女を連れて4人でドライブしていた時の事
深夜をまわりする事も無くなったと成ると行く所は決まってます!
そう、心霊スポット!!

当時の私はシーマY32を微妙な感じでローダウンさせ
厳つい感じにカスタムして乗っていました。
私が車を大事にして居るのは友達周りで有名でしたし
車に傷が有ったり汚れたりしているのは大嫌いな程でした。

その夜は肝試しと称してある廃病院の跡地に・・・
つぶれてもう何年にも成るので道には雑草が多く
両脇には5~6cm程に伸びた稲が植わった田んぼが広がっています。
目的の廃病院の門の前に車をエンジンが掛かったまま止めました。

真っ暗闇の中にヘッドライトで照らされた廃病院は
見た目にも絶対に何か起りそうな感じで嫌な雰囲気が満々です。
軽く雑談したり「誰から入る?」見たいなやり取りを
10分くらいしたでしょうか?結局は皆で一緒に入ろうと言う事に成りました。

病院の敷地に入るには門が閉められておりましたので
そこを乗り越えるしかないと言う事に成り車のエンジンを切ったその時です。

地震でも起きたのかと思うほど私のシーマがガタガタと大きく揺れ始め
彼女達は2人とも当然のようにシートにうずくまり「キャー!」と悲鳴を上げます。
私は何が起こっているのかは解りませんでしたが
周りに倒れて来るような物は無いと解っていましたのでそうは慌てていませんでした。

がそれもそこまででした。
ガタガタの動きがおかしいな?と感じた瞬間に平衡感覚が失われ
自分がどこに向いてシートに座っているのかが良く解らなくなりました。
それもそのはずです!
目の前のフロントウインドウから見える景色が廃病院から
水が反射し5~6cmに伸びた稲に変わっていたからです。
入ってきた道路に対して車が90度反転してフロントから田んぼに突っ込んだのです。
エンジンを切った筈なのに・・・
もうその瞬間には何も考えられませんでした。頭の中は真っ白です。

しかし深夜にフロントから田んぼに落ちたシーマを引き上げる事は到底出来ないし
その場から直ぐにでも離れたかったので友達を呼び迎えに来てもらいました。
次の日その場所にレッカーを連れてシーマを引き上げに行った時
私は更にびっくりする事に成ったのです。

地面をタイヤが滑った様な痕は無く
車1台半位の幅の道路から直角90度で田んぼに落ちたピカピカに磨き上げていたシーマには
手形が数え切れないほど無数に付いていて引き上げてくれる人も
「どうやったらこんなに器用に落ちれるの?」って聞かれましたが私が聞きたい位でした。
そこには2度と行ってません!!
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
3年ほど前の年末のことです。
私は、体調を崩し、人生で初めての入院を経験しました。
病名はカンピロバクター、大腸の3分の2が炎症を起こして腐りかけているような状態だったので、すぐに入院させられました。

人生で初めての入院、それも病室のなかには他の患者の人もおらず、ほぼ個室のような有様の上に、細菌による高熱で手首に点滴針を刺されたまま身動きすることもできず、ときたま窓から緊急搬送されてくる救急車の赤いランプの光が入ってくる以外にはなんの情報もない病室でした。

昼間は家族が見舞いのために来てはくれましたが、夜になると本当になにも起きず、看護師さんが廊下を歩く音、他の病室で咳き込む患者の声が耳について仕方ないほど、しんと静まり返っていました。
普段は夜遅くまで起きている私ですが、流石に初日はすぐに眠ってしまいました。

とはいえ、やはり2日目、3日目となると熱が収まり、1日中ベッドに寝たきりになっているせいで、眠気が襲ってくることもなく、断続的に腹部に走る激痛をこらえるために前身に力を込めたり、悲鳴を漏らしたりするのを繰り返しているうちに眠れないまま消灯時間を迎えました。

消灯されると、部屋の中は一切明かりがなく、窓から入る外の灯りと廊下の非常灯の灯り以外に光源はなく、その中でひたすら腹痛をこらえ、自分の腹部を抑えて悶えていると、不意に、腹部、ちょうどみぞおちのあたりを何かがさする感触がしました。

目を開けるまでもなく部屋の中には誰もいなかったのですが、目をあけて確認しても、腹部に置いた手を動かしてみても、自分以外には部屋の中になにもいない上に、腹部にはなにも載っていません。

ただ、腹部をさすっているような感触だけがあり、右回りにゆっくりとみぞおちのあたりをさすっていきます。大きさはちょうど女性の手のひらくらいの大きさでしょうか、その感触が眠るまでの間、何度も何度も腹部をさすります。 激痛で悶えてシーツにうずくまっているときも、痛みが落ち着いて寝転んでいるときも、その感触はなくなりません。

不思議なことに手の感触は昼間はいくら悶えていても訪れないのですが、夜になるとまた何もないにも関わらずにゆっくりとさすります。

その手の感触は私が気づいた2日目の夜から退院する前日の夜まで続きましたが、無事に退院できて家に帰るとそんな感触は二度としなくなりました。
今にして思うと、あの手は心配性でいつも私を気にかけてくれている実家の祖母の手ではなかっただろうか、そんな気持ちにもなってしまいます。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
子供の時には子供にしか見えない世界があるといわれます。
今回はそんなちょっと不思議な話をご紹介。


それは私が中学生のころ。
定番の修学旅行は京都へ。
古い町並みと歴史的建造物が立ち並ぶ古都です。
そこで泊まった旅館は、年代を感じさせる厳かなたたずまい。
内外共に木造で「まさに京都」と呼べるような作りになっていました。

修学旅行も終わりに差し掛かったある夜。
皆疲れがたまって寝込みやすいものですが、中学生ともなるといたずら心が出るもの。
ある男子が
「こっくりさんやろう」
と、切り出し部屋の全員がそろって始めることになりました。
就寝時間が過ぎた後なので消灯された中、紙に文字を書いていきます。

「こっくりさん、こっくりさん。どうぞおいでください」

ありふれた子供の遊びですが、集団心理というものは恐怖を増強させていきます。
あまり乗り気でなかった子が極度に怖がり始め、涙声に。

「もうやめよう」「先生を呼びに行く」

と、部屋を出て行ってしまいます。

かまわずに続けていると、徐々に興奮度合いが増していきます。
いつの間にか部屋に女子たちも混じりだし、歓声や悲鳴が大きく、そして
硬貨を指差す手も震えだし、呼びかける声も恐怖に駆られ小さくなりだします。
緊張状態がピークに迎えたころ。

「キャーッ!」

突然の叫び声に一同はパニック状態に。
部屋を飛び出す女子たち。

騒動が大きくなりすぎ、教師も駆けつけたことでその場は収まります。


興奮が冷めたことで眠気が襲ってくるもの。
部屋の一同は床に着いたのですが、なかなか寝付けなかった私はトイレに行くことになりました。
その旅館は集合トイレのために部屋を出る必要があります。

古い家屋の独特の音を発しながらトイレに入ります。

「ギイーッ」

和式トイレのため、穴になっている部分は底が抜けて見えます。

「ギシギシ」

動くたびに鳴り出す不快な音が部屋の中に響き、深夜の人気のない一帯を強調させます。

静かなトイレの中、用を足した私は部屋を出ようとすると、

「ギギギギギーッ」

どこから聞こえたのか分からないきしみ音に驚かされます。
振り返ってみても何もない。
他のトイレを調べても誰もいない。

恐怖心が増大してきた私は急いでトイレを出ようとすると、

「ドンッ」

何かとぶつかりよろける。
床に転がりのたうちまわると、

床のぬるりとした感触が体を襲う。
慌てて駆け出そうとするとぬめり、滑って足をとられる。

「ギィ、ドッ」

それを確認する余裕もなく逃げ去ったのです。
今にしてそれはなんだったのか知るすべもありませんが、
京都も古い都で怪談話の多いところ。
旅館でも過去に心霊体験や学生の自殺など事件があったと聞きます。
今は取り壊されてしまい、真偽は定かではありませんがその時にだけ起きていることは紛れもなく真実なのです。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
中学に入った頃、親が引っ越しをすることになり、田舎から都会に引っ越してきました。
その家は、周りが持ち家の中に隣2軒だけ賃貸の家でした。お隣は先に借りられていたので残りの1軒を契約したようでした。
ちょっとした小さな門があり、2階建ての一軒家で、築は古そうでしたが、親は気にすることなく
子ども達は2階の部屋がもらえました。私は長女だったので階段を上がった奥の部屋を一人で使わせてもらい、
階段右の広い部屋は妹2人の部屋になりました。
引っ越しして1ヶ月ほどたった夕方、子ども達も下のリビングに集まり、夕食の準備も追え、一緒にご飯を食べるよと
母親が声を掛けた時、階段を上がっていく音がしたので、母が「早くみんな集まって!」と行った時、
姉妹は隣の部屋から出てきたので、誰も人数は欠けていないのに階段の音だけが響き渡り、家族で「え?」となりました。
その時、父以外の家族は全員、階段のギシギシ登っていく音を聞きました。母は「もう一人誰か住んでるらしいな」といい
家族でハハハと笑って終ったのですが、それにしてもおかしいな~と思っていました。
その日から、階段を登る音、降りてくる音が頻繁になるようになり、それでもみんな気のせいか、隣の音が聞こえているんだろうと
思い、何も思いませんでした。
私は住んで数ヶ月ほどすると毎日、嫌な夢ばかり見続けるようになりました。また、体がしびれてたり、寝ると頭が下に下がって
落ちていくような感覚が当たり前のようでした。夜中も何度か起きるようになり寝苦しくておかしいと思うようになりました。
そんなある日、とうとうおかしなことがおきました。
ベランダから虚無僧が入ってくるといった夢が2~3回続いて、ベランダの扉をあけようとするのを阻止する夢でした。
お経が鳴り響く夢なので怖くて怖くて仕方なく、家族に話すのですが真面目に聞いてくれませんでした。
そして次の夜、いつものように寝ていると、また頭が下に落ちていくような感覚になり、体がしびれて重い感覚がありました。
すると、胸の辺りが急に重くなって、首が苦しくなり、おかしいと思って思い切って目を開けてみると
自分の胸の上に、髪が長くて白い着物を着た女性が正座をし、ものすごい形相でにらんだ顔で私の首を絞めていました。
息が止まりそうに驚いたと同時に「誰?」と思い、顔をみても誰か分からなかったので
私は冷静に「こういう時はたしかお経を唱えて、消えろ!と怒鳴るといい」とTVでみた知識を思い出し
必死にお経を唱えて退いてください!と怒鳴ってみました。
すると、体がスッと軽くなったので、急いで隣の部屋に逃げ込んで妹の布団にもぐりこみ、ひたすらお経を唱えました。
次の日に、その話を家族にするのですが分かってもらえませんでした。
そんなことがあったのですが、別に怖くなかったので、その部屋で過ごしていましたが、部屋の4隅にだけ塩をまいたら
大人しくなったのか、首をもう絞めることはありませんでした。でも、相変わらず階段の上り下りの音はするので
母親が「やっぱり本当に誰かいるのかもしれないね」と言いましたが、笑い話で終っていました。
私はあの日のことを今でもハッキリ覚えているし、あれは確かに幽霊だったと思います。怖い経験だったなと思い出しても背筋がぞっとします。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
子供の頃から不思議な体験は結構して来ました。産まれる前に亡くなった兄弟の霊が憑いてしまった事もあるようです。

おまけに小学校が何故か曰く付きの場所に立って居た事もあり、授業中に黒板にうっすら人の顔が見える事もしばしば。でも、親や友達には何となく言えませんでした。頭がおかしいと思われると子供心に思ってましたから。

ただ、幸いな?事に心霊特番などにあるような血塗れな霊が追いかけて来るとか恐ろしい系には遭遇してないので助かっています。大人になり霊的な物の体験も無くなりホッとしていたのですが、子供の手も離れ仕事を開始したのですが仕事と共に霊的体験も開始する事になりました。

派遣業務を始めたのですが、行く先々に有るんですよね、曰く付きな事が。五年位前に行った会社では、残業中に通路を歩いてる人が居たので、こんな時間に誰だろう?と顔を上げると誰も居ません。一緒に残業して居た同僚に聞くと、誰も来てないし歩いてないよと怯えるのでそれ以上聞けず

三年位前に行った会社では、霊感の強い同僚だらけだったのと、その会社の近所が自殺の多発する場所だったのもあり霊的な体験は多かったですね。備品を片付けに行かなければならないけど、その部屋に行く前にあるホールがヤバい。何と言うば良いのか虫の知らせと言うのか、行っては行けないって頭の中を支配して体が動かない。でも行かなければならないし、(私の守護霊?がダメと言っても仕事だし)電気も着かないホールを同僚とダッシュして往復しました。心の中ではお経唱えてました。後から聞いたら、同僚の横に霊が居たそうです。

その職場では、髪の毛を引っ張られたり何故か手だけ見えるとか色んな体験をする同僚が多発しました。私も、服を引っ張られたり、長い髪の毛が私を引っ張るなど怖い思いもありました。契約が終了した時はホッとしました。

そして、今現在の会社。やはり何処にでも有りますね、霊的体験。誰も居ないのに話声が聞こえたりなんて度々。仕事の最中に後ろに居たり、棚の隅に佇んで居たり、同僚が見た時はしゃがみ込んで居たそうです。私も含め、何かされたりした訳ではないけど後ろに居られる間は悪寒と言うか、背筋がゾッとして仕事に集中出来ないのが困ります。会社側は、何かあってからでは遅いから徐霊すると言ってますが、かえって霊を刺激して大事にならなければ良いなと不安視してます。

私のように対して怖い思いもしてる訳じゃないけど、日常的に霊を感じてる人は多いと思います。恐怖体験だけはしないで済みますようにって願ってます。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
私は旅行会社に勤務しているのですが、その関係でお客様をお連れして、海外に行きます。そして怖い思いをしたのが、ポルトガルのエヴォラという町です。

今から3年前の2011年の8月、ポルトガルのツアーに同行したのですが、その時にエヴォラという町に行きました。その町にはサンフランシスコ教会があり、そこに隣接するお堂の壁にはおびただしい人骨が飾られています。そして、そこでの写真撮影は有料でできるのですが、半分冗談交じりにここで写真を撮ったらもれなく幽霊も写真に写ります・・・というお話を地元のガイドから聞いて、お客様に通訳していました。

今まで何回もそのお堂に行っているのですが、その時もいつもと同じように、写真を撮ったら幽霊が写るかも・・・と私は話していました。しかしそう言いながら、心の中でどうせ写る訳なんてない、今までも一度もなかったし、呟いたのです。そうしたら次の瞬間頭が割れるような頭痛がしたのです。本当に、ガン!という音がするくらいの衝撃がありました。私は一瞬、あまりの痛みに脳に何か異常が出たのではないかと思いました。

しかし、その時「反省しろ!」という声が聞こえたのです。その声は私だけが聞こえていたようで、周りの人は特に反応している様子はありませんでした。そしてその声を聞いて、私はしまった!怒らせてしまった!と思いました。

私は幽霊を絶対信じているというわけではありませんでした。しかし、その時の頭の痛みと不思議な声、そしてその場の空気で、ここに飾られている人骨の霊を怒らせてしまったのだなというふうにすぐに思いました。

そのお堂を出てからも頭痛は続き、体調の悪さはおさわりません。その夜はポルトガルの首都リスボンまで戻りましたが、ホテルで熱を測ったら40℃もあり、倒れるようにベッドに転がり込みました。

その晩はひたすら心の中でお詫びを言いながら、夕食も食べずに眠ってしまいました。動く事も出来ない位しんどかったです。

翌日になって朝起きてみると、熱は綺麗に下がって体調もどこも悪くはありませんでした。昨日の頭痛と熱は一体どうだったの?というくらいしんどかったのに、翌日はもうなんともないのです。

地元のガイドと話す機会があったのですが、以前にも同じような事があったそうで、やはりそういう場所には神妙な気持ちで入らなければいけないのだな、と反省しました。
それからもエヴォラの町には行きますが、そのお堂には極力入らないようにしています。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
まだ20代の独身のころの話です。グアム島に友達3人で行きました。グアム島というのは、太平洋戦争で激戦地になった所です。戦死してそのままいまだに日本に帰ることのできない日本兵の人たちの霊がたくさんいる、という話だったので、少し怖かったのですが、私自身には基本的に霊感はないので、たぶんそういう霊をひきつけることはないだろうと思って、大丈夫だろうということで行くことにしました。

日本に帰れない日本兵の人たちの霊は、日本人を見ると懐かしくて寄ってきたり、その人についてきてしまうこともある、などという話も聞いていたのですが、それより南の島の旅に出かける楽しみの方が大きいと思いました。

ホテルに着いて、部屋は別になんの変哲もないきれいな部屋だったし、何も感じなかったので、楽しく過ごして夜寝付きました。そして、夜中に目が覚めたとき、変なことに気がついたのです。隣のベッドに寝ている他の二人の目が大きく開いているのです。

二人はこちらを見ています。「どうしたの?なんで目をあけているの?」と思わず聞いたのですが、考えてみれば夜で部屋の電気は消してあるし、二人の目が開いているのが見えるというのもおかしな話です。二人はぐっすり眠っているようでした。目を開けたまま・・・。そう見えただけなのでしょうか。何だかゾッとして、気がつかないふりをしてまた寝てしまいました。

他には特におかしなこともなく、2泊3日の日程を終えて、グアムから戻りました。

そして、お土産を渡すために大学の友人に会いました。
喫茶店で会ったその友人は、私を見るなり、「どうしたの? 〇〇さん、いったい何を連れてきちゃったの?」と、怖そうに言うのです。彼女は霊感があるということで少し知られた人でした。

「〇〇さんの後ろにお兄さんがついているよ。」と、彼女は言いました。「えっ」と私は絶句し、「一人だけ?」と聞きました。「うん。一人だけだけど。」やっぱり、グアムで亡くなった日本兵の人の霊を連れて来てしまったのか、と思いました。

「私がその霊を払ってあげるから。」と友人は言って、何か祈り始めました。ずっと重たい感じがして肩こりがしていた肩が、なんだかすっと軽くなってきた感じがしました。

「もう大丈夫だよ。離れたから。」と友人が笑って言ったので、私はだいぶほっとしたのですが、その後もいろいろと気になって、しばらくお寺めぐりをして、日本兵の人の霊を慰める祈りなどをしました。

私は霊感などないタイプだと思っていたのですが、そういうこともあるのかなあ、と思いました。
いいね!した人  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。