LAST MESSAGE

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今日が最後のブログです。長文でいきます。




昨日、ファン参加のさよならイベントを行いました。


アルファーズは、「2007/3/31」をもって『発展的解散』になったので、昨日が本当に最後の日でした。


そんな最後の日を、「コア」なファン40数名と、そしてアルファーズの選手・スタッフと楽しい時間を過ごす

ことが出来て、本当に良かったです。


最後のパーティでは、サインとメッセージ入りのユニフォームを頂きましたが、選手の「GMを泣かす」と

いう目論見は、見事に裏切って(笑)、笑顔で終えることが出来ました。





解散を目前にして、よく聞かれていました。


「何でアルファーズは解散するのですか」と。


運営資金も日本リーグでは十分すぎるほどの支援をしてもらっていますし、JBLがプロ化しなかった以上、

本当は解散しなくてもいいはずです。





この3年間、アルファーズのGMをやってきて思ったことは、高いレベルでバスケをやるためには『文武両道』

には限界があるなと。


スーパーリーグのように、社員選手であっても「仕事は午前中だけで、午後は練習」という生活であれば

高いレベルでのバスケはやっていけるでしょう。


しかし、日本リーグのように、フルタイムで仕事を行い、夜の20時から練習を行う状況では、満足のいく環境

を選手に提供することは出来ません。


さらに営業職がほとんどのアルファーズでは、残業も多く、練習に行けない日も多いのでなおさらです。





そんな中、2005年の春に、JABBAの中に「プロ化検討委員会」が発足され、2007年10月に『プロリーグ』

設立を目指すことになりました。


私はこの「プロ化」にすべてをかけました。


まず本当の意味での「地域密着」を目指すために、ホームタウンの変更を行いました。


そして会社のバックアップを取り付けるために、会社の幹部に何度も提案をしました。


そこでの提案は、「プロ化するか」・「解散するか」の二者択一です。


解散覚悟で本気で取り組み、会社との交渉に臨みました。


しかし、アルファーズのJBL昇格に際し、会社との約束は『文武両道を続けること』。


残念ながら2006年2月に、2007年3月31日での解散が決まりました。


その後、「プロ化」自体が暗礁に乗り上げ、「新リーグ」への以降が決まり、またここへきて「日本リーグ」も

新リーグの下部組織として存続することになりました。


なので、「プロ化」の提案をしなければ、来期以降もアルファーズは存続していたかもしれません。





しかし私には悔いはありません。


なぜなら、他のチームは最初から「プロ化なんてできっこない」と、会社への提案自体も避けている中で、

結果は「NG」でしたが、大きな壁に立ち向かい最大限の努力をして、果敢にチャレンジしたからです。


また、私のエゴや自己満足だけで、アルファーズを解散させてしまい、結果、選手の活動の場を閉ざして

しまったのならば、責任を感じ申し訳ない気持ちで、二度と選手の前には顔を出すことができなかったと

思います。


しかし、高いレベルでバスケをしたいという思いには、環境は違えどしっかりと橋渡しが出来たので、とり

あえず最低限の責任は果たせたかな、と思っています。

(そのうち、選手の去就については、それぞれのチームから発表があるでしょう)


後は選手の努力次第です。





私はこの3年間で多くのものを手にしました。


本気で取り組む「熱い」気持ち。


真剣勝負の醍醐味。勝ったときの喜び、負けたときの悔しさ。


そして、選手・スタッフ、関係者との出会い。



恐らく、自分の人生の中でも、一番充実していた3年間だったと思います。


逆に失ったものも・・・。


それは家族との時間ですね。


これはこれからしっかりと挽回したいと思います。






私には夢があります。



『ある都市に、アメリカにあるようなバスケット専用のアリーナを作り、


 そこに地域の人たちが、老若男女を問わず、チームのユニフォームを着て訪れ、スタンドを埋め尽くし、


 地元の人たちから愛されている選手達の一挙手一投足に「熱い」声援を送ってもらい、


 勝利の喜びや、敗北の悔しさをみんなで共有し、


 そして、日本のトップリーグで優勝すること』、 です。





その夢は、ひとまず、私の意志を継ぐ人たちに託します。


私は本業をしっかりと頑張りながら、これからも陰ながら支援し続けたいと思います。


そして、何年後になるかわかりませんが、いつの日か、またこの手でチームを運営したいと思っています。




「夢」は見るものではなく、実現させるもの





これからも頑張ります!


3年間、本当にありがとうございました!





(今回をもって、このブログは終了します。応援ありがとうございました!)


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History Of Alphas 17

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今日は私の好きな言葉(文章)です。


この3年間、チームが苦しいときにいつも選手達にメールしていました。


離れ離れになる選手達に再度、この言葉を送ります。




『すべては心の持ち方次第である』



もし負けると考えたら、負けるだろう


もし挑戦しないと考えたら、できないだろう


もし勝ちたかったら、しかし、勝てると考えるな


求めなければ勝利は絶対につかめない


もし負けるかもしれないと考えたら、負ける


この世の中では


成功は人の意志から始まる



すべては心の持ち方次第である



1回のプレーも行なわずに


たくさんの試合が敗れ去った


仕事が始まる前に


たくさんの臆病者が失敗した


大きく考えれば、行動も大きくなる


小さく考えれば、それを越えられない


出来るし、やると考えろ



全ては心の持ち方次第である



もし凌げると考えれば、そうなる


目標を高く持て


栄光を得る前に


自信を持て


人生での戦いは、


すべて最強最速の人が勝つのではない


しかし、遅かれ早かれ


出来ると信じている男は勝利を握る



すべては心の持ち方次第である


――ウォルター・D・ウイントル

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History Of Alphas 16

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このブログは今週末で終了します。


なので最後に視点を変えてお送りします。





3年間で、レギュラーシーズン「44試合」、プレイオフ「1試合」の計45試合を行いました。


今日はその中の個人的な視点で選んだ、「ベスト6」を選んでいきたいと思います。



第6位 2004/11/6 愛知県体育館 

     vs豊田通商ファイティングイーグルス 88-74 WIN 


JBLの初試合です。


以前も書きましたが、「勝てっこない」と思って、そして「何で僕がGMをやらなければならないのか」と、

まだ中途半端な気持ちでGMをやっていたときでした。


そんな気持ちを拭い去り、僕を『本気』にさせてくれたのが、この勝利でした。


初めて人前で泣いたのもこのときだったな・・・。



第5位 2005/2/13 越谷市立体育館 

     vsさいたまブロンコス 95-93 WIN


1年目のシーズン、7連敗をして地獄を味わい、打開策を見出せないときに、「みんなで飲みに行こう」と

試合の前日に飲みに行き、そして「ひとつ」になれた、という日でした。


試合に臨む選手の集中力、ベンチを含めた一体感、最後まであきらめない気持ち。


そんな気持ちがひとつになった瞬間に、勝利の女神はやっと微笑んでくれました。


チームに必要なのは「気持ち」だと改めて感じました。



第4位 2005/12/11 くまがやドーム

     vs千葉ピアスアローバジャーズ 83-80 WIN


この試合も5位のブロンコス戦に似ていますね。


2年目のシーズン、1勝3敗とスタートダッシュに躓き、チームがうまく機能していないとき、戦力的には、

格上と思われたバジャーズと初対決した試合です。


選手の気持ちのどこかに「エリート意識」があり、「こんなはずじゃない」と思いながらもそれをプレーに

表すことが出来ずにいました。


そんなとき初めて、「チャレンジャー」として試合に臨むことができ、がむしゃらに相手に向かっていく

気持ちを取り戻した試合です。


思えば、バジャーズとの因縁もこの試合から始まりましたね。



第3位 2006/2/25 佐倉市民体育館 

     vs千葉ピアスアローバジャーズ 70-78 LOST 


2年目のシーズンの最終戦です。


勝てばプレーオフ進出、負ければシーズン終了。


そんな勝負を決する大一番でした。


この日もルーズボールにみんなで飛び込み、熱く、精一杯自分達のプレイをしましたが、結局、

力及ばず、惜しくも負けてしまいました。


1年目のシーズンは、プレイオフに行けなくても「1年目だから仕方ないさ」と割り切ることが出来たの

ですが、このシーズンは本当に悔しくて悔しくて、試合終了後のロッカーでは、ただ、泣いていました。



第2位 2006/1/15 代々木第二体育館 

     vs東京海上日動ビックブルー 84-82 WIN 


尾崎の引退試合です。


この試合のことは何回も書きましたので、多くは語りませんが、未だに、あのときの判断は間違っていな

かったかを考えることがあります。


それくらい、重い決断でした。


高岡の3Pシュートが決まったあの瞬間は、忘れることが出来ません。



第1位 2007/3/3 八千代市民体育館 

     vs千葉ピアスアローバジャーズ 72-73 LOST


アルファーズにとって、最初で最後のプレーオフでした。


敗れはしましたが、間違いなくこの3年間でのベストゲームでしょう。


こんなに「気持ち」の入った試合はありませんでした。


選手も持てる力を出し切り、ベンチも懸命に声を出し、チーム一丸となって戦いました。


負けた後は、悔しさと解散の寂しさで、泣き崩れてしまいましたが、悔いの残る試合では

無かったので、非常にすがすがしい気持ちで終えることができました。





皆さんのベストゲームは何ですか?

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History Of Alphas 15

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2005-2006シーズンの前半戦を「3勝5敗」で折り返したアルファーズ。


初出場のALL JAPANでも早稲田大学に勝利し、続く三菱電機にも善戦。


そして迎えた後半戦のスタート。


2006/1/15に行われた代々木第二体育館での東京海上日動戦。




この日は、元大事マンブラザーズバンドの立川俊之さんと、Allieさんを迎え

ハーフタイムショウを盛上げてくれました。


歌ってくれたのはもちろん、「それが大事」。



『負けないこと・投げ出せないこと・逃げ出さないこと・信じ抜くこと、

 駄目になりそうなとき、それが一番大事』


誰もが知っている名曲です。


本当なら、楽しく盛り上がる日だったのですが、この日はこの3年間でも特に

印象に残る試合でした。


そうです、尾崎裕己 の引退試合です。


1年目のシーズンが始まる前に、重い心臓病を患い、そして手術。


誰もが選手生活の終わりを感じていたなかでの懸命のリハビリ。


そして奇跡の復活。


しかし、協会からの無常の宣告。



この日起こったことは今、思い出しても『奇跡』としか言いようがありません。


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2006/1/15 筋書きの無いドラマ



今シーズン唯一の代々木第二体育館。


一人でも多くの方に会場に来てもらいたかったので様々なイベントを企画した。


元大事MANブラザーズの立川さんに「それが大事」を歌ってもらい、Allieさんに

アルファーズのテーマソングを歌ってもらった。


ここまでは、僕のプロデュース。


でも、試合内容までは、演出できない。


まさか、あんな展開になるなんて・・・・・・




今日は、#21尾崎 の引退試合。


プライベートかつナーバスなことだけど、あえて書かせてもらう。

(多分、尾崎もブログで書くだろうし)


尾崎は、一昨年の秋に大病を患った。一緒に病院に行ったし、ご両親とも会って

話し合いをした。


そのときの結論は、「手術をして、復帰への道を探す」だった。


そして手術をして、懸命なリハビリの結果、今シーズンの開幕には選手として

コートに立った。


とても頑張っていた。


しかし、11月の終わりに、スポーツ選手の健康管理を統括する、「国立スポーツ科学

センター」から、「待った」がかかった。


『手術をして復帰した前例が無いので、調査させて欲しい』


そこで、再検査をし、最終的な判断を待った。


その回答が先週始めに、僕のところに届いた。


『検査の結果は問題ありません。いたって正常です。なので、出場停止にはしません。

 

 ただし、前例が無いのと、もし万が一のことを考えると 出場させないほうがいいでしょう。

 

 あとはチームの判断ですが、出さないという結論をだすことを望みます』


それから1週間、チームドクターやトレーナーと協議を重ねた。


尾崎とも話し合った。


尾崎と話をしていると、熱い気持ちが伝わってくる。


『俺の体はそんなにやわじゃない。例え何があっても、試合に出してくれ』


そんな話を聞いて、僕の気持ちはぐらついた。


『僕が責任をとればいい。彼を出してあげよう』


僕が「YES」と言えば、出場できるし、「NO」といえば引退だ。


正直、非常につらい判断だった。一生恨まれるかもしれない。


一時は出場にGOサインを出しかかったが、もう一度考え直した。


もし万が一、彼に事故が起こったら、きっと僕は後悔するだろうと。


そして金曜日、彼を呼び出し、最終的な結論を告げた。


『出場させることはできない』


ただし、そのまま引退ではなく、彼の気持ちを整理させるために、特別に今日の

試合への出場を決めた。


しかし3分間だけだ。


今日の試合前、ミーティングの最後に僕から選手、スタッフの全員にこのことを話した。


いつもは陽気な選手たちも黙り込むしかなかった。





そして、試合が始まった。


もちろん尾崎はスタートで出した。



『3Pシュート』



最後のシュートを見事に決めた。


そしてゲームは白熱した展開で、残り10秒。


1点負けていた。


尾崎と同じ松戸に住み、同期で仲がいい高岡にボールがまわった。


残り1秒。



『3Pシュート』



劇的な幕切れだった。


3流のライターだって、こんなシナリオは書きっこない。


やはりスポーツは筋書きの無いドラマだ。


試合終了後、僕から尾崎に花束を渡した。


尾崎は泣いていた。選手も泣いていた。もちろん僕も・・・。


こんな素晴らしいチームでGMをやっている僕は非常に幸せものだ。


でも逆にそれだけ責任も重い。


彼らのために、何とかしてあげたい。


尾崎、本当にお疲れさまでした。


これからは、違う形でチームを支えてくれ。


History Of Alphas 14

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2005年シーズン。


開幕戦の日立電線に破れ、その後もチームがうまく機能せず3連敗。


戦力的には、相手に負けていないのに、どうしても勝ちきれない。


理由は、「気持ち」の問題。


チームとしてのまとまりがなく、「なんとなく試合をしている」という感じがしていた。


もちろん選手はそんな気持ちではなく、懸命にプレイしているのだが、「チームとしての

目標」がうまく定まっていなかったように思える。


そんな気持ちが開幕戦後のブログに出ていた。


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2005/11/12 開幕戦


今日、アルファーズの開幕戦でした。


対戦相手は「日立電線ブルドックス」。


結果は、 「61 - 94」。 


残念ながら、負けました・・・


前半は、悪いながらも 何とか5点差で折り返したのですが


後半に入って一気に離されました。


何でだろう・・・


力の差は感じないのに。


試合後のミーティングで、選手が言うには 「気持ち」の問題だと。


「心 ・ 技 ・ 体」


昔からよく言われる言葉です。


短期間で、技術や体力が向上することはないでしょう。


でも、


「ハート」は、自分次第でどうにでもなります。


次の試合は、「熱いハート」で頑張ります!!

スーパーリーグ プレーオフ

テーマ:

History Of Alphas ではないので、普通の文体で。


ちなみに、History~ は、3月末まで、計20回までで完結する予定です。



アルファーズの試合が終わって、「抜け殻」のようになるかと思っていたら、

そんなことはまったく無かった。


「あ、GMって冷たい~」って感じるかもしれないけど、正確にいうと


「抜け殻になっている暇もないほど、忙しい」って感じ。


本業の人事部の仕事も超忙しいし、「特命業務」も相変わらず多い。


そして、今まで出来なかった分、「家族サービス」もフル稼働。


家族に一番、迷惑をかけてきたからね。


やはり「父親の愛情」が足りなかったみたい。




今日は、お墓参りをした後、個人的な仕事をしながら、NHK・BSでスーパーリーグの

ファイナルを観戦。


個人的には、三菱を応援していたけど、トヨタの強さばかりが目立った試合でした。


なんていったって、層の厚さが半端じゃない!


折茂と桜井をベンチスタートに出来るほどだ。


もちろん資金力があるから、出来るんだとは思うけど、選手はどういう気持ちなんだろう?


こういうチームだと、必然的にプレイタイムは制限される。


でも優秀な選手ばかりなので、そのいいところを盗むことが出来るし、何より「優勝」を味わえる。


プレイタイムを取るか、名誉を取るか、って感じかな。



まさに、今のアルファーズの選手が悩んでいるポイントかもしれないね。


是非、選手のみんなは「ベストな選択」をしてください!




History Of Alphas ⑬

テーマ:

2005年のシーズン。


登録メンバー


#1  橘佳宏 

#2  佐藤濯

#3  御手洗貴暁

#5  安藤勇作

#7  内山貴敏

#8  大井拓真

#10 谷尾俊紀

#11 月野功大

#12 高岡大輔

#21 尾崎裕巳

#30 熊谷渡

#32 荒井尚光

#35 鎌田真吾

#51 野尻晴一

#55 伊藤潤


コーチ 金田詳徳

監督 山根昭俊




5人の新人が加入し、3人がbjへ移籍し、2人がAコーチへ就任。


スタートの3人が抜けたので、チームがガラッと変わってしまった。


しかし、怪我で1年目のシーズンを棒にふった、2人が完全復活をした。



#7内山貴敏


#21尾崎裕巳



特に、尾崎は心臓病を克服し、懸命なリハビリの結果、奇跡的な復活を遂げた。


戦力的には、十分優勝を狙えるメンバーが揃った。




普段の練習も、2年目の選手はよくも悪くも「文武両道」に慣れ、ペースを掴んできた。


また新人の5人は、まとまりがあり、非常に元気がいい。


しかし、チームとして考えると「柱」になる存在がいなかった。


1年目のシーズンは、「安斉竜三」のそのストイックな背中を見て、新人たちがその背中

についていってた。


2年目は、本当は「#51野尻」にその役割を期待していたのだが、仕事の関係で平日の

練習はほとんど来れない。


なので、「仲の良い」チームではあったが、本当の意味でのまとまりには欠けていた。


しかし、9月に実施した「××レッドファルコンズ」との練習試合に惨敗し、怪我の功名か

ようやくチーム内に危機感がうまれてきた。


懸案だったチームの柱も、御手洗がゲームキャプテンを務めるところまで成長した。




そして迎えた開幕戦。


当時のブログでプレイバック。


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2005/11/11 開幕前夜


いよいよ明日、開幕戦です。(14:00ティップオフ)


対戦相手は「日立電線ブルドックス」。


昨年の直接対決は「1勝2敗」。


しかも勝ったほうがプレーポフ進出、という大事な試合で負けてしまった。


プレースタイルも似ている。 お互い、外国人いないし。


しかも仕事もちゃんとしている。


(工場勤務で夜勤とかもあるらしい。大変だ。)


アルファーズと同じようなチームだ。



なので、なおさら「負けたくない!!」



そんなことを考えていたら、急に、緊張してきました。


でもこの緊張感がたまらないんです!!


選手も多分緊張しているんじゃないですかね。


でも最近の若い人は、「緊張している」というのを含め

あまり感情を表に出したがらない。


選手に聞いても 「緊張してないっすよ」と言っている。


中田やイチローのように 「COOL」 が、かっこいいみたい。


でもバスケに限っては、もっと 「喜怒哀楽」 を表現したほうがいいと思う。

 (観客も盛り上がるし)


そう思ったので、選手にメールしました。


「パフォーマンス大歓迎」


どんなプレーを 魅(見)せてくれるか、今から楽しみです!

History Of Alphas ⑫

テーマ:

2005年4月。


アルファーズに5人の選手が加わった。


佐藤濯(仙台高校⇒日本体育大学)

橘佳宏(鹿沼東高校⇒日本体育大学)

熊谷渡(八千代高校⇒拓殖大学)

月野功大(小林高校⇒大東文化大学)

荒井尚光(宇都宮学園⇒白鴎大学)


いずれも名の通った名選手ばかり。いい補強が出来た。


これだけ一気に入部すれば、また選手の登録争いも激しくなる。


しかし、この選手登録で初年度に失敗をしているので、今回は、全員を横一線に

並べ、登録期限ぎりぎりの5月末まで競わせることにした。





そんななか、悩んでいる選手が2人いた。


「安斉竜三」と「佐藤博紀」だ。




アルファーズのモットーは「文武両道」。


これは絵に書いた餅ではなく、本当にハードなことだ。


仕事を「8時」まで行い、それから練習会場に着くのが「9時」。


選手もわかってはいるものの、練習時間の確保が難しく、大学時代よりも

体力の低下、技術の衰えを感じていた。





そんな状況で誕生したのが「bjリーグ」。


日本発の「プロリーグ」だ。


この2人にbjから声がかかった。


まだスタートもしていないリーグに対する不安と、バスケに専念したいという

葛藤があった。


2人とは、何回も話をした。


もちろんGMとしては、抜けられてしまうと大きな戦力ダウンになるので引き止めたい。


しかし一方で、個人としては、「プロバスケ」へチャレンジすることを応援したい。


なので、私は「無理強いは絶対にしない」、「本人にジャッジさせる」ことを基本に

何回も話し合った。




そして彼らが下した結論は「プロバスケ」だった。




安斉竜三 埼玉ブロンコス


佐藤博紀 大分ヒートデビルス




ドラフトの結果がニュースに流れ、それを見ていて「嬉しい」やら「悲しい」やら。


娘を嫁に出す、父親の心境に近いかもしれない。




そしてもう一人、規定外ではあったが、「清水太志郎」もbjへと巣立っていった。




残ったメンバーと、また1からチーム作りを始めなければならなかった。


History Of Alphas ⑪

テーマ:

2005年2月。


この時点で58敗。


前半戦の貯金があり、何とかプレイオフ争いには踏みとどまっていた。


プレイオフを争うのは「日立電線」。


残り2試合のうち、直接対決が1試合ある。


その直接対決に勝ったほうが、プレイオフの切符を手にする。




そして迎えた日立電線戦。


前半戦はアルファーズのペース。


そして3Qを終わって、アルファーズ5点のリード。



いける!



しかし日立電線も必死に追い上げてくる。


逆転に次ぐ逆転で、同点のまま、残り3分。



しかし、惜しくも敗れてしまった。




プレイオフへの夢が絶たれた瞬間だった。


悔しかったが不思議と涙は出なかった。


なぜなら、精一杯持てる力は出すことが出来たからだ。



そして最終戦。


プレイオフで着るはずだった、ストライプのサードユニフォームを

着てゲームに臨んだ。


このメンバーで試合をするのも最後、みんなでバスケを楽しんだ。



69敗。同率4位ながら直接対決の差で5位だった。


アルファーズのファーストシーズンが幕を閉じた。


みんなで翌シーズンでの雪辱を誓い合った。


もちろんこのメンバーで戦うはずだった。



しかし、そこから激動のシーズンオフを迎えることになる。

History Of Alphas ⑩

テーマ:

2004年2月の3連休。


3日間で2試合。


試合⇒休み⇒試合という日程だった。



初日の試合、石川戦はまたしても破れた。



何をすればいいのだろう。



もうここまでくると、技術・体力の問題ではない。


ハートの問題だ。


みんなの気持ちをひとつにして、チーム内の結束を強めるしかなかった。


そこで、なか日の練習も早めに切り上げ、急遽、スタッフ・選手全員参加で

飲みに行くことにした。


試合の前日なので、アスリートとしてはありえない話だ。


みんな翌日の試合のことは忘れて、大いに飲み、そして胸のうちを語り合った。



「俺はこう思う」「いや違う、こうだと思う」



本音で語り合った。


終電に乗り遅れる選手がでるほど、飲みつくした。



そして迎えた「さいたまブロンコス」戦。


試合前から明らかに雰囲気が違った。


連敗中は表情が硬かったのだが、この日はみんな明るい。

(前日の酒が残っているかと疑うほどだ)


このチームでバスケが出来ることを楽しんでいた。


しかし、さいたまブロンコスは強かった。


この日まで111敗とダントツの首位だった。


でもこの日のアルファーズは一歩も引かなかった。


みんなで頑張った。


ルーズボ-ルに皆が飛び込み、ものすごい気迫だった。


特に仕事との両立に悩み、思うようなプレイが出来ていなっかた#52佐藤博紀の

4Qのプレイは獅子奮迅の活躍だった。


そして同点で迎えた残り15秒。


#51野尻のシュートが、ブザービーターで決まった。



逆転勝利。



まるで優勝をしたかのように、みんなでベンチを飛びだした。


みんなで抱き合った。


本当にうれしかった。


間違いなくファーストシーズンのベストゲームだった。


これで連敗の呪縛から解き放たれた。




後はプレイオフの切符を掴むだけだった。