創徳庵のこと

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このブログも2年の間も放っておいて、久々にここに記します。

まずは、あけましておめでとうございます。

18年賀コーイチ

 ぼくはずっと音楽の小屋の運営をジプシーのように行っていましたが、音楽と距離を置いて2010年にタクシーを本業としました。そして2015年10月からタクシーと併営して、中崎町の「創徳庵」という小屋に企画担当として参画いたしました。
ライブハウスとしての創徳庵は、小屋自体の運営では、やっと家賃を払える形での経営でした。収支のギリギリの中で、どれだけ良い音楽をするかということだけをモットーにやってきました。
二足のわらじは、想像以上に過酷で、この2年の疲れの蓄積で、12月にインフルエンザという形になってぼく自身が倒れてしまいました。休んでいるときにいろいろ考えました・・・・。

 創徳庵の復活話がきたのは、15年の春ころ、旧・創徳庵の運営をやっていた、宮竹博文氏から、「創徳庵のオーナーが、生地の高知に帰って、あちらで仕事をすることになり、こちらの空間も大阪事務所として置いて、たまに大阪でも仕事をするので、宮竹君、家守りをしてくれないか」ということで、旧・創徳庵に企画の持ち込みで出入りしていたぼく岸田に、宮竹君から声をかけてきたのでした。宮竹君はグランドピアノも用意してくれ、またライブを始めるにあたっての初期費用もそれほどかかるものでもなく、ただ、ぼくはタクシーの仕事は辞めることはできないので、現場でしっかりと動ける人間が必要とのことで、ミノヤホールの時代から共に音楽の道を歩んできた、中沢聡君に声をかけて、3人体制で始めることとなったのでした。

しかし、いざ開店となっても、オーナーはなかなか高知に行くことはせず、また、最初の取り決めをしてたことの約束も反故させられることも多く、住まれているところでライブをすることにトラブルも多く開店当初から大変困惑しました。
そのうちにやっとあちらにいったのですが、それもすぐこちらの大阪に戻ってきての行ったり来たり、今考えれば、こちらにいることのほうが多かったということになります。
 
 そしてこの秋、オーナーが帰ってきて、もう高知には戻らず、ここで暮らしていくという宣言をされました。帰ってこられてからも、小さなトラブルが続き、所詮、人の家を使ってライブをすることは、無理だと判断して今回の閉店とつながりました。

ただそれだけではありません。創徳庵を運営してることは華々しくみえますが、実際の来られるお客様は、平均で4、5人です。ミュージシャンが悪いとは言いません。それでもそれが当たり前の風潮では、店を続けていく意味などありません。
もちろんとても頑張ってくれた、ミュージシャンたちもいっぱいいますが、ライブやらせてくれと3〜4ヶ月前からブッキングを決めて、ライブ当日にお客さん1人という時には、口にはださなかったけど、ココロが震えました。それでも信じてやろうと思いましたが・・・。

ぼくも50歳を越えて、やはり、限界以上のことをやってきたのは、ある意味奇跡に近いと思っています。でももう残念ながら、ココロもカラダも限界越えました。
オーナーの永住宣言を受けて、一番最悪な状況を避けて、オーナーさんと気持ちよくお別れする道を選びました。

創徳庵の素晴らしい音空間、ぼくがミノヤホールの時代から創り続けてきた空間の表し方、ぼくが引き合わせたミュージシャンたちの新しい音楽の創造。どれをとっても手放したくなかったです。本当にここまでがんばってきたのに残念でなりません。

 でも執着してても、なにも始まらない。ここは考え方を変えて、受け入れなければいけない人生を受け入れて次に進もうと思います。

 思えば、ミノヤホールから始まっていろいろな空間をずっとやってきましたが、どこもオーナーというものに振り回され、同じ歴史を繰り返してきました。そして今回こそは、それだけはもう二度と嫌だと思ってましたが、オーナーが元々の契約を自身の都合で変えられたら、それは最初の約束と違うのだから、やっていけないのです。また同じことを繰り返してやってしまったかという情けなさと後悔だけが残ります。

創徳庵で再会、新たな出会い、これだけはぼくにとっての一番の宝です。
出演者のみなさま、お客様、本当に短い間でしたがありがとうございました。
3月の閉店までがんばります。

梅田のムジカジャポニカ、春日井の花音の存続が決まったことは同じ音楽の小屋をやってるものとしては、本当に良かったと思います。でもこちらはもうサヨナラです。

今年に入って、ゆっくりとこれからの人生を考えてまいります。

2016年 新年のごあいさつ

テーマ:
16年賀

2016年 あけましておめでとうございます。

こちらのブログも放りっぱなしになっていて、全然書けてませんが

近況はFacebookのほうで綴っているので、そちらをご覧くださいね。

今年はこのブログもそうですが、いろいろ整理していかなあかんと思っています。

今年はとうとう50歳という大台に乗ります。

いろいろやりたいことも・・・。

今年もよろしくお願いしますね。
 我が師匠の三上寛。彼のトリビュートアルバム、そして三上寛のデビュー45周年と65歳を祝うという、昨年の初めにこの企画を考え、師匠の三上寛に相談し、旧知のアピアの伊東ファミリーに制作協力を依頼、昨年3月にミーティングのため東京のアピアへ向かい、その途中で父の死を知り、気が動転というよりかは、へわへわという感じで着いたアピア。そのあと師匠が一緒に話しをきいてくれて飲んで、その企画は始まった。
 といっても企画自体は、アピアの店長、玲育クンに全てを託したので、言い出しっぺとしては終了。あとは全てをこの1年かけてアピアが創ってくれた。

そしてとうとう、その企画のライブが華開く。
ぼくも大阪から晶子ちゃん[バンビの主宰]と共に出演するため、東京へ向かいます。

全国から集まる、三上寛をリスペクトする仲間たち。
本当に三上寛を慕う仲間で創ったアルバムとライブ。
ぼくの始めの企画では、大げさに、メジャーどころも集めて
やろうとしてたけど、
師匠はそれを拒んだ。全国にいる自分の仲間だけで創りたい‼️
今、このアルバムが出来てきて、その真意がとてもわかる。
三上寛のブログの管理人をしていて、思うことは
三上寛にはどれだけ素晴らしい仲間がたくさんいたかということ。
どんだけ個性という個性のぶつかりあい、でも愛い仲間たちよ。

まだ名前しか知らないアーティストたちと会えるのがすごく楽しみです。

岸田も晶子ちゃんと一緒に少し唄います。
是非会いに、そして我が師匠を祝いにお越しください。
よろしくです‼️

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我が師匠のプロフィールです
 
三上寛 (みかみかん)プロフィール
 1950年3月20日青森県北津軽郡小泊村(現・中泊町)に生まれる。67年同郷の詩人、寺山修司などの影響を受けて現代詩を書き始める。 69年ライブ活動開始。71年レコードデビュー。タブーな性言語、日本の呪われた風習を題材にした「怨歌」を歌いセンセーショナルを巻き起こし、 日本を代表するフォークシンガーとして確立。デビュー45年、 青森という土地をバックボーンにパワー溢れる津軽を原風景とした人間の 生き様を歌う自作の唄はこの平成の時代の津軽民謡なのかもしれない。
 また詩人として詩集やエッセイも著書多数。
 ほかフィールドは広く、俳優(映画「世界で一番美しい夜」 「戦場のメリークリスマス」「トパーズ」などに出演) レポーター(NHK-TV「ふだん着の温泉」)などで活動。

三上寛ブログ http://ameblo.jp/kan-mikami/


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アルパムのほうにレビューを書いたのですが、ボツになったのでここでご披露。
師匠、了承済みの文章です。

「おまえらが三上寛やれっていうんだよ」

 三上寛が2015年でデビューして45周年となり、65歳を迎えた。
この節目に何かできないかと思っていたところ閃いたのが、トリビュートアルバムである。何故、同年代の遠藤ミチロウや下田逸郎などのアーティストにトリビュートがあるのに、三上寛にはないのだろう? という素朴な疑問からだった。
 当人・三上寛に打診をすると、快く承諾を得た。さてここからが何をどうすればいいのか? なんせ企画するのはできるが、全く明日の生活する銭さえもたない我。三上寛と我の関係性、こちらも平成とともに師弟関係25周年を迎える(笑)。最初はうらぶれたノラ犬が飢えたモノを満たすためにステージに通い出し、遂には大阪に呼んでしまい、それがそのまま生業となって未だ関わっている。ライブの企画だけだったのが、いつのまにか三上寛ブログの管理人にもなり、これも「なんで三上寛にはホームページがないの?」という素朴な疑問から。「じゃおまえが作れよ」という師匠からの希望を受け、2011年に三上寛公認ブログ「寛闊」が開設。このブログが大反響をよび、いろんな形で新たなる活動が広まった。その我が管理してるものがライブスケジュール。全国に散らばるあたたかい仲間がどれだけたくさんいてライブを創ってきたかということを思い知った。
 師匠はあるとき、呑んでる席で呟いてしまった。「おめーらがさ、三上寛やめさせてくれないんだよ。俺はもうやめたいんだよ。でもさ、おめーらがやれっていうんだよ」
 そうか、「三上寛」はもう個ではなく、独り独りの仲間の中で意気づくものになっていたんだ。若い時は生きることに必死だった師匠に、泣かされたことや数年断絶したこともあった。しかしそれを踏み越えて、「三上寛」をやろうと受け入れたときに昇華し、我はもちろん、あらゆるものと繋がったと思うのである。
 そんな長い時間を想い返せば、企画は自然に応えを出してくれた。三上寛と同じ時を刻んだ「アピア」とアピアのマスター「伊東哲男」さんに企画を委ねようと。1970年、本格的に唄い出したのと同時にスタートしたのが渋谷アピアで、ずーっと見守ってきてくれた、こここそふさわしいところだと。伊東さんも快く承諾してくれ、実質的な動きは伊東さんの息子で、現アピア40(目黒)の店長・伊東玲育さんが全て仕切ってくれた。そして人選。トリビュートということで、我が豪華なメンバーを選んだのに対して師匠は、「全国の仲間でやってほしい、著名な人はいらない」との希望。師匠が人選をした結果がこの顔ぶれとなった。知れば知るほど、なんて素晴らしい全国で活動するアーティストたちの集まり。本当の三上寛の魂を受け継ぐ者たちの叫びを是非アナタの耳で心で聴いてほしい。このアルバムに関わった全ての人に感謝です。そしてこれからもますます、私たちのために唄い続けて欲しい、デビュー45周年、65歳おめでとうございます、師匠!

不肖の弟子・三上寛ブログ管理人・岸田コーイチ


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三上寛トリビュートアルパムについてはこちらをご覧ください→ http://ameblo.jp/kan-mikami/entry-11987671255.html
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 3/21(祝・土)に三上寛デビュー45周年記念、65歳バースデーライブ &三上寛トリビュートアルパム発売記念ライブを行います。

トリビュートアルバム発売元のペルメージレコード[アピア]が、素晴らしいフライヤーを作っていただき、完成いたしましたので、ここで披露いたします。

この日は三上寛にとっても節目の日、
是非、みなさん三上寛をお祝いしに
お集まりください。どうぞよろしくお願いします。


トリビュート1

トリビュート2


3/21(祝・土)碑文谷 アピア40
東京都目黒区碑文谷5-6-9 B1

三上寛デビュー45周年記念、65歳バースデーライブ
&三上寛トリビュートアルバム発売記念ライブ
 

321仮チラシ


全国で三上寛をリスペクトする仲間、三上寛のトリビュートアルバムを2014年、ペルメージレコード[アピアレーベル]が一年かけて創造しました。そしていよいよ発売いたします。アルバムに参加した面々が三上寛65歳のバースデー(誕生日は3/20)とデビュー45周年を祝うためにこの日、全国よりアピアに集結します。
そして三上寛にとっても節目のこの時、1970年デビュー当時より歌い続け、共に同じ時間を歩んできた、この「アピア」だからこそ出来得ない普段とは違うステージをみなさまに贈ります。
自らの歴史を振り返り、新たな伝説を作り始める、素晴らしい一夜です。
是非みなさまお越しいただけますようよろしくお願いします。

出演   三上 寛
     マリノエル【フランス】 大谷氏+とっちゃん【富山】
     サトチエ【群馬】皇帝魚【福井】ゴトウイズミ【広島】
     ハナクソ【高知】バンビ[俊山晶子 岸田コーイチ]【大阪】
     サスケ【東京】チバ大三【東京】ふきた【青森】みかみかん【福岡】

13:30 OPEN / 14:00 START  前売¥2,500 当日¥2,800 +1ドリンク
三上寛のワンマンステージは夜を予定。途中入場もOKです。
問 TEL : 03-3715-4010

http://apia-net.com/


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タイムテーブル予定
14:00~ ハナクソ
14:25~ マリノエル
14:50~ 大谷氏&とっちゃん
15:15~ 皇帝魚
15:40~ みかみかん
16:05~ ふきた
16:55~ バンビ
17:20~ ゴトウイズミ
17:45~ チバ大三
18:10~ サトチエ
18:35~ サスケ

19:20~ 三上寛 たっぷりとやります。

http://ameblo.jp/kan-mikami/entry-11992485100.html