クリーンな内閣で、極左なわけがない!!
極左って言ったやつが極右!!

という人もちらほらいますが、もしかして…下の危険な団体
テロリストのお仲間?

↓これ↓極左じゃないって言いきっちゃうのがすごいね
どうみても極左だしテロリストじゃん、怖い

って思う私は、極右なんでしょうか?

テロリストを賛美しなければ、極右でネトウヨなんでしょうか?


文藝春秋によると、仙谷由人氏は学生時代、社青同構造改革派(フロント)で、行政刷新会議の加藤事務局長は共産同(ブント)戦旗派、赤松農水省は社青同解放派とのこと



革命的労働者協会(社会党社青同解放派)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A9%E5%91%BD%E7%9A%84%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85%E5%8D%94%E4%BC%9A%EF%BC%88%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%85%9A%E7%A4%BE%E9%9D%92%E5%90%8C%E8%A7%A3%E6%94%BE%E6%B4%BE%EF%BC%89

、日本の新左翼党派である。(社青同系)略称は「革労協」。革労協は熾烈な内ゲバや時限発火装置、爆弾、迫撃砲などの武器を用いた過激な武装闘争を実行することで知られ、警察は「極左暴力集団」と呼称している。最近でも、主流派(現代社派・狭間派)と反主流派(赤砦社派・木元派)の内ゲバが99年~04年に行なわれ死傷者を出している。現在は両派の内ゲバは小康状態にあるものの、ソフト化路線に切り替えている中核派や革マル派などの新左翼他セクトと比べるとその危険性は高く、最大の武闘派セクトとなっている。



革命的労働者協会(解放派)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A9%E5%91%BD%E7%9A%84%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85%E5%8D%94%E4%BC%9A%EF%BC%88%E8%A7%A3%E6%94%BE%E6%B4%BE%EF%BC%89

。現代社派との内ゲバや飛翔弾(ひしょうだん)発射事件などをおこしており、警察は極左暴力集団と呼称している。最近は組織の維持拡大のため大衆活動にも力を入れており、 2009年になって機関紙を週刊化するなどしている。


・赤砦社派が出勤途中の現代社派明大生協理事をハンマーで撲殺。
・現代社派が赤砦派明大生協職員を殺害
・代社派襲撃部隊が福岡市内の駐車場において、大学生の活動家を殺害


内ゲバの殺し合い、多すぎるので割愛

2000年
7月3日 米軍横田基地に向けて飛翔弾を発射。
2001年
8月7日 新しい歴史教科書をつくる会の本部事務所に時限発火装置を仕掛け、網戸が焼ける。
2002年
4月12日 千葉県の京成電鉄電車内に時限発火装置を仕掛け、連結部の蛇腹幌が焼け焦げる。
11月 神奈川県座間市のキャンプ座間に向けて飛翔弾を発射。
2003年
2月24日 防衛庁に向けて飛翔弾を発射。
3月12日 米軍横田基地に向けて飛翔弾を発射。
4月3日 米軍厚木基地に向けて飛翔弾を発射。
2004年
2月17日 防衛庁に向けて飛翔弾を発射。
11月7日 陸上自衛隊朝霞駐屯地に向けて飛翔弾を発射。
2007年
2月12日 キャンプ座間に向けて飛翔弾を発射。
2008年
9月12日 米海軍横須賀基地に向けて飛翔弾を発射。



迫撃弾(飛翔弾)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E7%BF%94%E5%BC%BE

鉄パイプを砲身とし、その底部に発射薬及び砲弾に相当する鉄塊等を装填し、これを高角度に立てたものを数本束ねた簡易兵器。飛翔弾とも呼ばれる。中核派や革労協などの日本の左翼過激派が一時多用した。


昭和時代末期からは、砲弾の内部に塩素酸カリウムなどの炸薬を充填し、これの炸裂による被害拡大を謀った「飛翔弾」(榴弾)も登場している



爆弾テロリストですか?

共産主義者同盟戦旗派
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E5%90%8C%E7%9B%9F%E6%88%A6%E6%97%97%E6%B4%BE
共産主義者同盟
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E5%90%8C%E7%9B%9F

共産同戦旗派は、武闘派の側面をもち[1]、中核派や革労協とともに「三派共闘」を結成、三里塚闘争や反皇室闘争に絡むテロ事件を起こしてきた。



新左翼 (日本)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B7%A6%E7%BF%BC_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)

新左翼(しんさよく)とは、1960年代の欧米や日本の先進国において、急進的な革命を志向し、発生当初は主に大学生から構成されていた左翼政治勢力のこと。旧来の共産党や社会民主主義政党について、「既得権にしがみつき闘わない"左翼"である」などととして既成左翼と呼んで批判し、その"既成左翼"に取って代わる勢力となることをめざした

自らは戦闘的左翼だとして、「暴力革命」という方針を掲げて直接行動・実力闘争に重きを置いた点で明確に区別されたため"新左翼"と呼ばれた

「内ゲバ」と呼称される左翼運動内部の暴力的抗争や爆弾などを用いたテロリズムによって、新左翼運動総体は民衆からの支持を失った


内ゲバ、連合赤軍、爆弾闘争
1972年以降、中核派や革労協と革マル派の内ゲバが約100人の死者を出す までに激しくなった。
また、赤軍派の流れをくむ連合赤軍が12人もの仲間を「粛清」の名の下に殺す山岳ベース事件を起こし、最後には あさま山荘事件を起こす。
そのため一般学生の運動離れが決定的となる。地下に潜った一部の黒ヘルの過激グループは、東アジア反日武装戦線を結成し、爆弾闘争を計画一部を実行し多数の死傷者をだした(三菱重工爆破事件など)。爆破計画の多くは、構成員の逮捕などにより、未遂に終わった。



爆弾テロリストでした

その後

21世紀に入ってからは高齢化という問題も浮上した。

新左翼諸派は、若手の獲得のため非合法活動を控え、ソフトな合法活動に力を入れているのが最近のすう勢である。

若手獲得・組織拡大の具体的方法には、セクト色を隠し労働組合や市民運動を通しての組織拡大、地方議会への進出、青年組織を再建しその拡大に重点を置くといった方法がある。

中核派が、同派と関係のある「つくる会の教科書採択に反対する杉並親の会」を通して、2005年に反対運動を繰り広げた ことや、2004年に開催された「11.7全国労働者総決起集会」で、過去最高の約2,350人を動員した(平成17年 警察白書より)ことなどはその代表例と言える。

また、革マル派はセクト色を隠し、同派系の団体を通しての反戦運動・反基地運動に取り組んだり、同派と関係のない他団体が主催する集会に参加したりしている。

地方議員を抱えている党派は中核派、日本労働党、緑の党(三橋派)、市民の党(旧「MPD・平和と民主運動」「大衆党」)、日本共産党 (左派)(「人民の星」派)など。

現在では新左翼各派は独自の候補者を出馬させることは少なく、社民党などの既成左翼の候補者を支援することが多い。
(ただし、日本共産党を支持することは滅多にない)



要するに、旧社会党からの流れ である、社民と民主なわけだ
共産主義を名乗って、共産党に責任を押し付けるのはどーかと思うね

。共産主義者同盟(ブント)の戦旗日向派は市民団体のブントへと改称し共産主義を放棄しNGOを名乗っている。

また、一部はオカルト界にも進出し、オウム真理教を台頭させる土壌作り を果たすことにもなった。



めっちゃ繋がってるじゃん
TBSビデオ問題
http://ja.wikipedia.org/wiki/TBS%E3%83%93%E3%83%87%E3%82%AA%E5%95%8F%E9%A1%8C
坂本堤弁護士一家殺害事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E5%A0%A4%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E4%B8%80%E5%AE%B6%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
地下鉄サリン事件 1995年3月20日
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
村山内閣 1994年(平成6年)6月30日 - 1995年(平成7年)8月8日
日本社会党(村山富市委員長)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B1%B1%E5%86%85%E9%96%A3
阪神・淡路大震災 1995年(平成7年)1月17日
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%AA%E7%A5%9E%E6%B7%A1%E8%B7%AF%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD

内閣総理大臣であった村山富市には地震の一報がかなり早い時点で入ったものの、これは村山が地震発生直後にテレビでニュースをたまたま見ていたことによるもので、秘書官等から詳細な情報を上げることは遅くなった。その後、不完全ながらも随時上げられる情報により未曾有の大災害であることが明らかになりつつある中でも、村山首相は開会が差し迫った通常国会への対応や懸案となっていた新党問題、財界首脳との食事会など予定通りの公務をこなす傍ら災害対応を行ったため、十分な対応を行わなかったのではないかという疑念を生んだ。



村山は、地震発生3日後に開かれた衆議院本会議の代表質問に対する答弁の中で、政府の情報収集の遅れと危機管理体制の不備を問われ、「何分初めての経験でもございますし、早朝の出来事でもございますから、幾多の混乱があったと思われまする」と答えた


最も早く救援体制を敷いた米海軍第7艦隊(横須賀)が、「艦艇を神戸港に入港させてのヘリコプターによる負傷者の救援」を政府に申し入れたところ、神戸市の受け入れ体制の未整備、政治的理由、接岸施設の被災による危険性などの要因により、拒否する


初動対処が遅れた原因として左翼的イデオロギーの影響も指摘された。批判で指摘されたのは、社会党・共産党の反自衛隊思想、被災地である兵庫県をはじめ京阪神地域が革新勢力の票田であること、社会党を支持している全日本自治団体労働組合の影響などである。自治体組織の緩慢な初動の背景としてもこれらは指摘されている。産経新聞は1月28日、1面コラムにて社会党が野党時代に自衛隊の廃止を誓った ことを挙げて批判した。国内の批判は日系資本の英字紙や海外メディアも伝えられている



先日まとめた気になるニュース
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1505932794&owner_id=656036
横浜の弁護士殺害事件
殺された弁護士の上司が「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」の事務局長。
狙われた?

またオウムが復活してきているってニュースも。
今の政権のバックや支持団体と無関係ではないわけで


「より正確には「丸の内虐殺事件」と言うべき重大事件」
三菱重工爆破事件
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E9%87%8D%E5%B7%A5%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

三菱重工爆破事件(みつびしじゅうこうばくはじけん)は、1974年8月30日に東京丸の内で発生した、東アジア反日武装戦線「狼」による無差別爆弾テロ事件。連続企業爆破事件の一つ。東アジア反日武装戦線の呼称はダイヤモンド作戦。虹作戦で使用する予定であった爆弾を流用した。


 「経済的にアジアを侵略している」として無差別爆破テロ


1974年8月14日決行予定だった昭和天皇暗殺作戦「虹作戦」に失敗していた


1974年8月30日、「狼」の4人は、午後0時25分ごろ三菱重工業東京本社ビル(現:丸の内二丁目ビル)1階出入り口のフラワーポット脇に時限爆弾を仕掛けた。
これは三菱重工業東京本社ビルと道を隔てて反対側にある三菱電機ビルの両方を破壊する意図からであった[3]。現場から立ち去ったあと午後0時45分に時限爆弾が炸裂した。この爆発の衝撃で1階部分が破壊され玄関ロビーは大破、建物内にいた社員が殺傷したほか、表通りにも破片が降り注ぎ多数の通行人が巻き込まれ死傷した。三菱重工業東京本社ビルの窓は9階まで全て割れ、道を隔てて反対側にある三菱電機ビルの窓ガラスも割れたほか、丸ビルなど周囲のビルも窓ガラスが割れる被害が出た。また表の道路に停車していた車両も破壊され、街路樹の葉も吹き飛ばされたほか、昼休憩で外出していた多くの市民も巻き添えになった。路上には多くの負傷者が倒れ、なかには犠牲者の無残な遺体もあった。

結果、爆風と飛び散ったガラス片などで通行人を含む376人が負傷し、死者8人(即死5人、病院収容後に死亡3人)という戦後日本最悪の爆弾テロ事件となった。



爆薬の入手先であるが当時禁止されて間もない塩素酸塩を使用した除草剤を転用したものであった。特別捜査本部は「爆弾はダイナマイト700本分に相当する」と発表した。特別捜査本部は当初からアナキズム思想の「極左暴力集団」による犯行とみていた


1975年から1976年にかけて北海道を舞台に北海道警察本部爆破事件、北海道庁爆破事件なども「東アジア反日武装戦線」名義の犯行声明が出された


、1975年9月4日深夜に横須賀市のアパートで消火器爆弾製造中に爆発事故を起こしアパートが全壊、中核派メンバーの男女3人が死亡したほか、住民2人が死亡8人が重軽傷を負う横須賀緑荘誤爆事件が発生している。



連続企業爆破事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E7%B6%9A%E4%BC%81%E6%A5%AD%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

東アジア反日武装戦線は日本国家をアジア侵略の元凶とみなし、アジア侵略に加担しているとされた企業に対し爆破テロ事件を起こした。



1974年8月30日 - 「狼」班による三菱重工ビル爆破(三菱重工爆破事件)。8名が死亡、385人が重軽傷。
1974年10月14日 - 「大地の牙」班による三井物産本社ビル爆破(三井物産爆破事件)。17人が重軽傷。
1974年11月25日 - 「狼」班による帝人中央研究所爆発(帝人中央研究所爆破事件)。
1974年12月10日 - 「大地の牙」班による大成建設本社爆破(大成建設爆破事件)。9人が重軽傷。
1974年12月23日 - 「さそり」班による鹿島建設資材置場爆破(鹿島建設爆破事件)。
1975年2月28日 - 三班合同による間組本社ビルと同社大宮工場爆破(間組爆破事件)。5人が負傷。
1975年4月19日 - 「大地の牙」班によるオリエンタルメタル社・韓国産業経済研究所爆破(オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件)。
1975年4月28日 - 「さそり」班による間組京成江戸川作業所爆破(間組爆破事件)。1人が重傷者。
1975年5月4日 - 「さそり」班による間組京成江戸川橋鉄橋工事現場爆破(間組爆破事件)。



グループ名が厨二病くさいのが気になる

石原知事、菅新内閣を「極左」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1233040&media_id=2
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