2011-01-06 19:53:41

『舞姫 テレプシコーラ 第2部 (5) 』

テーマ:音楽・舞踊

山岸涼子というと、代表作のひとつとして、必ず『アラベスク』が入る漫画家だと思う。
言うまでもなく、バレエ漫画として一世を風靡した作品のひとつであり、背景がロシアではなく、「ソ連」であることをかんがみたとしても、今読んでまったく色あせない作品だ。
それというのも、主人公のノンナが、最初は、家業として(つまり、母と姉がプロのバレリーナである)始めたバレエに、思いがけずどんどんはまりこんでいき、ついには自らその深い芸術性にめざめるという筋、そして彼女を支える人々が、それぞれ、バレエというものに、独自の主張を持っているということが、ユニークな作品だからだ。

しかし、その後、大人向けに描かれた山岸涼子のバレエ短編をいくつか見てみると、「踊る」という芸術から、「ふりつけ(コリオグラフィー)」への興味が大きくなってきたのかなあ、と思う。
但し、それらは、男女間の情念をからめた、ほんとに大人向けのものであったのだが、本作において、再び主人公は少女となり、しかも「踊る」ということに、自らの創作性を加味していくという形での、コリオグラフィーへ方向が定まった。
但し、彼女の歩む道は、あくまでもまず、第一にバレリーナとしてのものであろう、とも思う。
つまり、バレリーナであり、かつコリゴグラファーである。
音楽でいうと、作曲者の書いたとおりに、忠実に演奏するだけではなく、自由なカデンツァ、アドリブといったものを自在に活用し得る芸術家に育っていっているという事だろう。

本巻をもって、第2部は完結ということだ。
主人公は、いよいよ、ヨーロッパのバレエ学校に入る事になるのだけど、第2部で注目されたローラ・チャンについては、まだ正体が不明のままで、しかも、彼女と将来的に関わりができていくようなラストになっていた。
これは、いずれ第3部が出てくるものと期待してしまう。
あとがきを読むと、ここで終わりとはなっているのだが。


舞姫(テレプシコーラ) 第2部 5 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)/山岸 凉子
2010年12月24日初版
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2010-08-03 20:32:38

『舞姫 テレプシコーラ 第2部 (4) 』

テーマ:音楽・舞踊

六花のローザンヌは、とうとうインフルエンザにたたられたものとなってしまう!

こういう展開であれば、普通の漫画なら、インフルエンザをおしてなんとか、など、わりとスポ根的な展開をするか、何か素敵に人間ドラマでうまくいったりというのが想像される。
つまり、ドラマを盛り上げる意味で、あまり悪い結果を出さないか、いったん悪い結果を出しながらそれを良い方へ転じるようにさせるんじゃないかという気がするのだ。

実際、山岸良子のバレエ漫画名作、『アラベスク』は、わりとそういう風に物語が動いていったと思う。

しかし、冒頭1行に述べたとおり、六花のローザンヌは、ほんとうにさんざんなのだ。
また、そこに個人的な事情だけを反映させるのではなく、ローザンヌそのものの変化などをからめていく点、全く読者の意表を突くものであるし、それがまたスリリングなのだ。
ローザンヌそのものが、思わぬ結果を出してくる。
それは、東洋人の排除なのか?
それとも、単に、クラシックバレエ界の変化に根ざすものなのか?

さらに、そこへ、ローラ・チャンの謎が存在感を増してゆく。
彼女はいったい、何者なのだろうか。
本巻のラストは、彼女の踊る、黒のスワニルダで終わる。
これもまた、ある意味でクラシックの常識をくつがえすもので、しかもその踊りの結果は、本巻では見えない。

いろんな意味で引いた終わり方だ。
次巻が待ち遠しい。


テレプシコーラ(舞姫) 第2部 (4) (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)/山岸 凉子
2010年7月23日初版
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2010-04-20 23:33:05

全音の楽譜はCDつき!……が、ある。

テーマ:音楽・舞踊

今はどうなのかわからないが、私が音楽科の学生だった頃の教師(講師含む)は、たいてい、海外の出版社の楽譜がお奨めだったものだ。
まあ、理由は各人それぞれだったと思うんだけど、学生のふところはいたんだものだ(遠い目)。
全音とかならどんなにいいか(当時は、主に経済的に)。

しかし、実際、全音はバカにしたものでもなく、学習者にとってはありがたい楽曲解説がついていたりして、先生おすすめの輸入版とあわせて買ったこともある(ますます財布に不親切!)。
まあ、先生だけに頼らず自分でべんきょーしようかっ 、という時には、全音の楽譜はありがたいものでもあった。
当時から。

ところで、演奏上の技術や表現力を学ぼうと思ったら、模範演奏があるにこした事はない。
今や雑誌の付録にCDならぬDVDなんてのもあたりまえになった時代。
あってもいいじゃないかと思っていたものを、やっぱり全音が出してくれました。
CDつきの楽譜だ!

まあ、練習者用の模範演奏が収録されたCDおいうのは、前から一部は存在したけど、楽譜についているとわかりやすくリーズナブルだ。
勉強にも役立つ。
ついでに、鑑賞するのも好適。
(聞くだけの場合も、楽譜を身ながら聞くのはまた格別な楽しみというものなのだ)。

※ 画像などのリンク先はCDつきじゃない楽譜っぽいのだけど、全音の楽譜は同じ装幀なので、出してみた。CDつきは、背表紙にそう書いてあるよ。

やはり、全音の楽譜は、練習する人に親切だよなあ……!
ぽろろん♪


シューベルト即興曲・楽興の時―アンプロンプチュとモーメントミュージカル 全音ピアノライブラリー/全音楽譜出版社出版部

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2009-10-30 21:37:50

『舞姫 テレプシコーラ 第2部 (3) 』

テーマ:音楽・舞踊

一人前の社会人であるならば、自分の体調を管理できるのが当たり前、と言われる。
一般のサラリーマンでも、あまりにこれがだめだと、ボーナスの査定に響いたり、リストラの候補になっちゃったりするかもしれないのだが、自由業だと、ダイレクトに、収入や今後の仕事とりにさしつかえてしまいやすい。
そして、さらにそれが舞台芸術にかかわるパフォーマーであるならば、仕事がとれなくなるどころか、ファンがはなれてしまうだろうし、そもそも、ステージに穴をあけた時に違約金が大変だ。

しかし、それらの理由を全て超えたところで、芸術家であるならば、たとえどんな事情や体調であろうとも、
「この時だけはやらなくてはならない!」
という瞬間がある。
まこと、表現する者は、一期一会であって、音楽であろうと舞踊であろうと、演じるそのたびごとに内容は変わってしまう。
だからこその「この時」なのだ。

さて、主人公の六花が風邪にかかってしまうだろうことは、第2部の冒頭から予測がついていた。
経済的な事を考えても、一勝に一度しかない、ローザンヌ。
「一勝に一度の賭け」に、最悪の体調で挑まなくてはならないという、そこが実に山岸作品らしいドラマだと思うけれども、なんといっても、
「いま、この時だけ!」
という芸術家的な気負いが、六花だけでなく、他の登場人物からも伝わってくるのは実にいい。

また、その一方で、おそろしく才能のあるバレリーナ、ローラ・チャンのミステリ。
とんでもない人物とつながっていきそうな彼女だが、それがあたるにせよ、あたらないにせよ、六花の今後に大きく関わっていきそうなので、登場人物それぞれを見た時、彼女からも全く目がはなせない。


テレプシコーラ/舞姫 第2部3 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)/山岸 凉子
2009年10月26日初版
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2009-03-29 23:12:52

『舞姫 テレプシコーラ 第2部(2) 』

テーマ:音楽・舞踊
主人公とは、すべからく、苦労するものと決まっている。
したがって、六花も、すんなりローザンヌで成功できるわけはない。
だが、かといって、全く何もないのでは物語にならない。
そのあたりの配分が、作者はほんとにもー、小憎らしい演出をしてくれる。

茜がひいていた風邪は、六花にうつってしまうのか。
(だとしたらその影響は?)
コンクールはどう進むのか?

山岸涼子の代表作、『アラベスク』でも、天才的なバレリーナがヒロインだったけれど、彼女の場合は、平均よりも身長があり、かつ、エキセントリックな踊りができるという特徴が最初に提示された。
それが、最後は、典型的な、純粋なクラシックもみごとに踊れるのだ、と結ばれる。

ならば、六花は?
彼女には、バレリーナとして不利になる股関節の問題がある。
しかし、振り付けの才能があるという事が第1部で提示され、それは、発想力があるという形で第2部にも引き継がれている。

要素は『アラベスク』と違うようであって、似ているとも言える。
だからこそ、今後どう展開していくかという事が、とても注目される。

はたして、本作は『アラベスク』を超えるものとなるのだろうか。
単なる、発表された時代の差だけ、という事になるなら、残念。


テレプシコーラ 第2部 第2巻 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)/山岸凉子
2009年3月29日初版
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2008-08-11 21:11:05

『テレプシコーラ 第2部 (1) 』

テーマ:音楽・舞踊
六花が帰ってきた……!

第1部のラストで、振り付け師(コリオグラファー)としての可能性を示唆された六花だが、やはり、彼女の本領はまず踊る事であり、バレリーナとしては大きな障害を抱えていながらも、なんと今度は、高校1年生として、ローザンヌに挑戦するというところから話が始まる。

六花は、決して、華やかな天才というのではないけれど(そういうキャラはむしろこの物語でいうと、脇役にまわっている)、一見、そういう華やかなキャラに隠れて、着実に頭角を現していく彼女は、現代人の心境にぴったりのヒロインなのかもしれない。

もっとも、自分の才能に自信が持てない天才というバレエのヒロインは、すでに初期の頃、作者は『アラベスク』で一度描いているのだけれども。

それにしても、山岸涼子が自分でも語る、「細い線でしか描けない」という特徴は、なんとバレエにぴったりはまっている事だろう。
第1部に登場したキャラクターのひとり、「ひとみ」が、上手なジュニアであるにもかかわらず、体型とダイエットという巨大な壁と闘い、ついには別の道を選んだゆに、バレリーナは、どうしようもなく、「体型」に左右されてしまう。
先天性というものが大きくものを言ってしまう。
バレリーナは、ともかく、あまり大柄ではだめだし、小顔がいいし、手足は長く、ほっそりしていなければならない……!
その特徴に、山岸涼子の絵柄はぴったりというわけ。

また、バレエという華やかでありながらも裏側にはどろどろとした感情がつきまといがちな「舞台」に、作風もぴったりマッチしているとも思う。
何しろ山岸涼子のもうひとつの得意分野といえば、サイコ的ホラーなのだから。
実際、バレエとそういったサイコホラーが組み合わさった短編などもあるしね。

物語はまだ口あけ、六花がローザンヌへ到着したところまでだけれど、これからどう展開していくか、かなり楽しみだ。


テレプシコーラ/舞姫 第2部1 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)/山岸凉子
2008年7月26日初版
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2008-06-08 20:21:14

『アイーダ』〈DVD決定版オペラ名作鑑賞シリーズ1〉

テーマ:音楽・舞踊
世界文化社から、ちょっと面白いシリーズが出されているようだ。
クラシックファンは、ちょっと注目。
オペラの名品を10作選んで、それぞれ、2バージョン(DVD各1枚)に解説書をつけたシリーズ。

アイーダ、椿姫、ラ・ボエーム、フィガロの結婚、ドン・ジョバンニ、セビリャの理髪師、トゥーランドット、蝶々夫人、カルメン、トスカというラインナップで、名演盤とか、そういうのが、2バージョンとして組みあわされているわけだ。

たとえば、第1巻にあたるこの『アイーダ』は、パヴァロッティがラダメスを演じたスカラ座の公演と、ソフィア・ローレンが主演した日本未公開のシネマオペラという組み合わせなのだ。
どうです。
見たいでしょう!

実際、裏表紙の案内を見ると、いや、なかなか凝ってるんだな、どの巻も。

解説書がまたそれなりにいい作りになっており、このアイーダに関して言えば、あらすじは勿論、人物関係、主要な役の聞かせどころから始まり、作曲者について、書かれた状況について、楽曲解説など、まあこのあたりは、解説書として定番かな。
面白いのは、後半、エジプト学では名前の知られた吉村作治による、考古学から見たアイーダについて書かれている事だ。

確かにね。
アイーダの舞台は古代エジプトなんだよなあ。
ものがオペラだし、オペラの歴史ものというのは、思い切り、ファンタジイな要素が強いため、ちょっと考古学的観点と結びつけて考える事は思いつかなかったけれど、
いや、実際、考古学的な正確さは求むべくもないが、
インタビュー形式で、どのくらい古代エジプトの雰囲気が作品に盛り込まれ血得るのかをつづったというのは、やはり読んでいて面白い。

つまり、解説書としても、なかなか工夫した作りになっている、と思う。

さて、そういう内容であるから、各巻4500円前後というのは、それほど高くはないかと思うのだが、
しかし、やはりいちどに払う金額として大きいのは確か。
だからこそ、シリーズ創刊価格で第1巻が3600円(但し2008年11月末日まで)というのが生きてくるわけだ。
この内容でこの値段はおいしすぎるだろう。
(だから迷わず買った)。
それをもって、続刊に手を出すかは……まあ、人それぞれというところか。


アイーダ DVD決定盤オペラ名作鑑賞シリーズ 1 (DVD2枚付き) ヴェルディ作曲/永竹 由幸(ながたけ よしゆき)
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2007-04-03 23:26:57

『舞姫テレプシコーラ (10) 』 第1部完結

テーマ:音楽・舞踊
バレエ漫画というと、いかにも「少女漫画の華」っぽいイメージがあるのだが、山岸涼子の描くバレエ漫画は、ひと味どころか、十味くらい、違う。

すでに40年近く前の作品である代表作のひとつ『アラベスク』では、ひたすら、踊ることの厳しさを描き続けて、主人公ノンナを、「キャラクター的なプリマドンナ」(わかりやすく言うと、イロモノ的な主役)から、みごとに、最も古典的な、そしてバレエの真髄とも言える踊りを踊る事のできるプリマドンナへ脱皮させたのだが、その後、『黒鳥』などの短編を経て、本作へ続いている。

そのなかには、ニジンスキーのような、実在の舞踊手を描いたものも、いくつもある。
しかし、そこに共通するものは、バレエを踊るものの「非人間性」であり、生身の人間がいかにしてそこへ到達しなければならないのか、そして到達するために、どのような苦しみがあるのかという問題だ。

もちろん、舞踊というものは、本来的に、「神」と交感する手段であり、従って、舞踊は、「非人間的なもの」に到達するための手段である、と言う事ができる。
しかし、それは当然の副作用として、器である踊り手が、普通の人間とは違う生き物になっていかざるを得ないという結果を招いてしまう。
それでも、舞踊が宗教の一部であるうちは、まだ、「神との交感」あるいは「霊の憑依」などが、ごく一時的なものであり、かつ、非人間的とはいえ、それらが「非人間的であるがゆえに受け容れられている存在」ともなる。

だが、バレエのように、全く宗教性、つまり神懸かり的な性格を失っている場合、その「非人間性」は、踊り手が日常と接した時、「受け容れられない非人間性(異形)」という側面を見せてしまうのだ。

実は、その傾向は、『アラベスク』にも、
「大人の恋愛(セックス)が理解できないノンナ」や、奔放な創造性を発揮する天才的な脇役、あるいはレズビアンである悲運のピアニストなどのような形として、 萌芽はあるのだ。

後に、実際、天才的舞踊手としての「異常さ」を浮き彫りにしたニジンスキーの物語などを描き、フィクション←→ノンフィクションの間を揺れ動いた事が、本作に到達する大きなスプリングボードになっているように思われる。

もちろん、この物語を、「振り付け師として素晴らしい閃きを見せ、花開こうとする少女の成長物語」として見る事は可能だが、ローティーンの少女たちという、人間の年代としても「揺れ動く不安定な年代」を主人公世代とする事で、ミドルティーン~ハイティーンの女の子が主人公であった『アラベスク』や、大人が主役であったその後のいくつかの短編よりさらに、宗教性を捨てた舞踊というものの異常さと過酷さを、鋭く突いているのではなかろうか。

すなわち、職業的な舞踊家であるか、その寸前である年代ではなく、
「本来、まだ将来のことも決まっていない子供」
という虫眼鏡を用いる事で、バレエの過酷さをより強く描き出していると思うのだ。


山岸 凉子
舞姫(テレプシコーラ) 10 (10)
MFコミックス
2007年1月30日初版
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2006-07-24 23:28:06

『舞姫 テレプシコーラ (9) 』

テーマ:音楽・舞踊
スゴイ話だとは思うが、痛い話でもある。
正直、ちょっと読むのがつらい感じだ。
たとえば、六花のマイナス思考。
あるいは、千花の負傷と治療のプロセス。
治療にかかる費用や、おじいさん、おばあさんが味わう不幸。
周囲のやっかみもあれば、
その周囲にしたところで、ダイエットに大変な苦労を強いられる子とか、いやもう実に、どれもイタイ。

そのどれもが、実際にバレエを志す人が体験する事であろうし、
あり得べく事だと思うし、
どの「不幸」や「苦労」も、さすがは山岸涼子という迫真的な描き方なのだけれど、
9巻ともなればいささか食傷気味。
悪い見方をすれば、主人公が耐えて耐えて耐え抜いても次々に不幸が襲ってくる昼メロのような状況になっていると言えるだろう。

思うに、今、本作は、踊り手の「幸福」と「不幸」のバランスが、かなり悪いのではないだろうか。
不幸の側に天秤が傾きすぎているために、ひとつひとつは迫真的であるのに、全体的には、リアリティが薄れてきているんだな。

もちろん、主人公を支える大人たちは、驚くほど良い人たちが集まっているのだけれども、
子供たちの世界は(修行中の身とはいえ)、あくまでも不幸と苦労の連続であるようなドラマになっているのが、ある意味、惜しい。


山岸 凉子
舞姫(テレプシコーラ) 9 (9)
2006年7月29日新刊(発売中)
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2005-12-03 12:44:51

『テレプシコーラ (8)』 苦しむ少女たち

テーマ:音楽・舞踊
しばしば「幸せな子供時代」などと、言う。
だが、それは、大人が過去を振り返って言う言葉だ。
過去は、記憶力と時間というフィルターに漉されて「思い出」になる。
いやなこと、こわいこと、ふあんなこと、
それらは全て漉し取られてしまうのだ。

目を閉じて、よくよく思い出して見るが良い。
子供時代、どれほどの不安があったか?
どれほど苦しかったか?
とくに、子供から大人に変身する時は、
子供の苦しみと、
大人になる不安から、
それらがクライマックスになっていたはずだ。

思うに、山岸涼子は、人の不安や恐怖感を、プラスあるいはマイナスのイメージをつけ加えることなく、客観的に、かつ淡々と、そして赤裸々に描く漫画家だ。
それは、大人が主人公である漫画は当然そうなのだけれど、
まだ十代半ばの少女たちが主人公である『テレプシコーラ』でも、まさしくその年代の少女たちが事実感じているであろう不安やおののき、おそれが見事に描かれていることは、驚嘆を禁じ得ない。

大人は、それらを、ふりかえって思い出す事しかできないのだから。
普通は。
自らの過去は「美しい思い出」になっているか、あるいは封印されたものになってしまってるだろ?

山岸涼子の視線は、物語中の少女達と同じ高さにある。
それが凄いのだ。

ところで、今回のAmazon.comの画像は、腰巻もうつっていまして、明瞭に
「不安になったら笑顔になるといい」
これが読み取れると思う。
これは、物語中、実際にキャラクターの口を通して語られる言葉だ。

この言葉が必要であり、
かつキャッチコピーにもなるほど、本巻は少女たちの不安とおそれでいっぱいなのだ。
(そういう意味では、いささか、読むのがツライ)。

だが、笑顔については私も日頃から口にする事で、
気持ちの暗くなりがちな年末に向けて、この腰巻が書店で露出するのは、良いなあ、と思った。

当然の話だけれど、
大人も、やはり、不安とおののきで一杯なのです。
そんな時は笑おうね。

あるいは、今、おそれで気持ちが暗くなっている人には、一条の光となるような物語かもしれないなあ。
「そんな簡単にいくかよ」
というのは、もちろんあるけれど、試してみるのも悪くはないだろ。

それにつけても、山岸涼子はすごい漫画家です。


山岸 凉子
舞姫(テレプシコーラ) 8 (8)
2005年11月27日新刊
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