2011-10-29 08:25:43

『失われた都 (上)』〈イサークの図書館1〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ

本を読むのが好き、という人であるなら、やはり、図書館には格別の思い入れがあるだろう。
ペーパーバックスだの、文庫本だの、という廉価な本が巷にあふれるようになっていても、ハードカヴァーの本が並ぶ場所というのは、なにか格別の雰囲気があるようだ。

さて、世界で最も有名な図書館といえば、焼き滅ぼされたアレクサンドリアの大図書館ではないかと思うが、たとえどれほど昔の話だろうと、「図書館が焼かれた」というエピソードは、ショッキングではなかろうか。
これを異世界で再現したところから始まるのが本作。

この世界では、かつてロボットやコンピュータのようなものを使用する文明があった。
ところが、人為的な災害により、その文明は失われてしまい、はるか過去の者となってしまった。
災害が単独なのか、複数あったのかはまだよくわからないのだが、歴史に残されている最も近い災厄は、非常に強力で破壊的な呪文によって引き起こされたとされている。
これが、世界観の前提。

そして、物語の当代においては、それら過去の技術的・魔法的遺物を発掘し、人類がかつて・そして今持っている知識や技術情報の全てを、ひとつの宗教組織が巨大な図書館に集積していたというわけ。
まあ、宗教組織であって、支配者は「教皇」と呼ばれているのだけれども、信仰の話はほとんど出てこない。
まあ、ローマ教皇庁に似たものが、人類の知的遺産を一カ所に集めて管理していた、ということだ。
この図書館が、図書館のあった都ごと、いきなり滅ぼされてしまう!

何者がその破壊を引き起こしたのか?
なんのために?
知的遺産をどのよういして再サルベージするのか?

もちろん、自然災害で滅びたのではないから、そこには、人間の欲望が関与しており、暴力が用いられたという事であれば、それは戦争に発展する。
図書館を中心に据えながら、非常に複雑で何重にもかさなりあった謀略の物語なのだ。
ミステリではないが「誰がどのようにして何をした」が、次々どんでん返しのようにあらわれてきて、スリリングだし、面白い。


失われた都 (上) (イサークの図書館)/ケン・スコールズ
2012年9月25日初版
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2011-10-28 16:25:58

『防衛戦隊、出撃!』〈海軍士官クリス・ロングナイフ3〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ

本巻では、中盤から始まる戦闘シーンに、(ある目的で)延々とバグパイプにあわせて歌われる勇壮な歌が軍事ネットワーク上に流されるということになっている。
これは、主人公クリスの友人にして有能な同僚(というか、一応、部下か)が、アイルランドの文化を受け継ぐバックボーンを持っているというところに由来するのだが、本作以外にも、アメリカのミリタリーSFには、バグパイプで軍楽が演奏されるシーンが時折登場する。
まあ、アイルランド系移民は多いからね。(そして、アメリカはなのちっても、植民地からできた国なので、ある程度多くを占めるアイルランド系移民がもたらしたものが、代替として、「祖国愛」に結びつくのかもしれない)。

そう、この音楽は、複数の意味で効果的な役割を果たしている。
人は、誰も戦争など心から望んでいたりはしない。
ならば、どういう時に人はみずから銃を取るのか?
それは、何かを切実に守りたい時。
まず第一に、自分の家族、そして愛するもの。
それを広い意味にとった時、「国を守る」ことにつながる。
アメリカのミリタリーものは、だいたい、この考えをベースにしているかと思う。

本巻は、まさしくそういう考え方が根底にある。
なぜなら、クリスの所属するウォードヘヴンは、ロングナイフ家に敵対するピーターウォルド家と、彼らが支配するグリーンフェルド同盟の巧みな政治的罠により、本拠地そのものにナイフをつきつけられる事になるからだ。
単に、軍艦が攻め込んでくるというのではない。
政治的な陥穽によって主星がほとんどまるはだかにされるだけでなく、クリスもまた、卑劣な政治的罠にかけられ、窮地に追い込まれてしまう、そこへ敵が来る、というわけ。

そういう死地にあって、彼女と仲間たちが、どのように故郷を守り抜くか、勿論、圧倒的な劣勢で立ち向かわざるをえないのだが、そういう燃える展開を助長するのが、冒頭に述べたバグパイプによる歌なのだ。
実在の歌なのかどうかは、残念ながらみつからなかったのだけれども、バグパイプによるミリタリーマーチの典型をひとつ貼っておく。

戦いそのものは、本島に壮絶だし、今までにおなじみになった人も、本巻ではじめて登場した人も、何人もが戦場で命を落とす事になる。
現在本国では9巻まで出ているというこのシリーズ、最初の3巻(つまり本巻まで)が、三部作的扱いなのだそうだ。
すなわちここで一区切りというわけで、窮地を脱して(敵を撃退するための)死地にのりこむところから、実際の宇宙戦まで、掛け値なしに凄い盛り上がりだ。
そして、この先もシリーズが続くため、完全なものではないが、最後は台風一過の空が見え、クリス自身にもどうやら新しい展開が待っていそうなラストになっている。


防衛戦隊、出陣!: 海軍士官クリス・ロングナイフ (ハヤカワ文庫SF)/マイク シェパード
2011年10月25日初版
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2011-10-26 19:10:30

『百年の呪い』〈新・古着屋総兵衛2〉

テーマ:歴史・時代小説

当代の総兵衛は、今風に言うと、日経ヴェトナム人であり、今回あらためて日本に帰化したということになる。
もちろん、日本人とヴェトナム人の両方の血が流れているのだけれど、写真などでヴェトナムの人々を見る限り、いわゆる、日本の「南方系」の顔立ちと、そう違っているとは思われない。
ゆえに、本巻で、襲名したばかりの総兵衛に、一部の人々が、どことなく異国の香りを感じるとしたら、それは彼が生まれ育った異国の文化の影響であろうかと思う。
長らく食べてきた異国の料理がかもしだす微妙なにおい、立ち居振る舞い、これらのために、観察眼の鋭い人などは、通常の日本人との違いを感じるのだろう。

そして、ヴェトナムから率いてきた一族には、一日もはやく日本人となる事を求めながらも、総兵衛、裏の顔を見せる時は、加齢な異国的ないでたちなのだ。
前シリーズでは、いさあか歌舞伎的な味わいがあったけれども、今回は同じけれん味でも、異国趣味がうまく塚wれてりう。
また、こういう派手な演出が、この作者は得意だ。
すがすがしく、かつ派手やか、ヒーローの名にふさわしい。

一方、彼がまず対決しなくてはならないものが、百年かけた呪いというのも、ちょっと面白い。
中国から伝わった風水をベースにした呪術のようだけれど、それをつきとめるのが、ヴェトナムの……というか、中華系下と名無人の占術師だ。
当然、こちらも風水などは心得ている人物だろうけれど、同じ中国系呪術を用いて、日本人とヴェトナム人が対決するという絵なのだ。
同じ源流であっても、発展方向は少しずつずれているだろう。
そういう違いが、おそらくこのシリーズでも、巧みな木細工を作っていくに違いない。

まさしく、時代小説でありながら、「国際的」。
江戸時代以前が舞台ならいざしらず、鎖国をしていた時代のものであるのに、国際色豊かというのも、ユニークだ。


百年の呪い―新・古着屋総兵衛〈第2巻〉 (新潮文庫)/佐伯 泰英
2011年10月1日初版
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2011-09-09 19:17:37

『グランド・セントラル・アリーナ (下)』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

異星人。
それも、人間とは全く違う系統の、たとえば昆虫っぽい異星人がいるとする。
(まあ、なぜかアメリカの宇宙冒険ものに登場する異星人は、昆虫型または甲殻類型が圧倒的に多い気がする)。

ここで、進化した背景も違うし、生物としてのいろいろな違いがあるのだから、当然、彼らが発達させる文明などには人類と大きな違いが出るはずである、と考えるのは、ファースト・コンタクトテーマなどに見られるタイプ。
一方、「銀が連合」的な、多種類の異星人が組織する社会が存在する物語だと、ある程度の差異はあれ、基本的な欲望だの、考え方は、類似しているとみなす。
ほとんどのスペオペは後者のスタンスであり、本作もそこに位置している。
しかし、それでもkっちり、非人間的(?)なエキゾチシズムが漂うのは、アリーナにおける「党派」と、彼らが相争うやりかたが、面白いからだろう。
主人公の本業、レースパイロットとしての技量も発揮されるし、アクションもある。

このアクション、主人公グループのうち数名が、ヴァーチャルゲームのヴェテランで、そこで身につけた武術を使うというのだが、使う武器はナノマシンによって複製されたものなのだそうだ。
複製武器がどこまで精妙なのか、いくら全身を動かすプレイ方法とはいえ、ヴァーチャルでのみ修練(?)したプレイヤーに、実際の武器を使っての戦いができるのか、なんか疑問なのだが、まあいいか(笑)。
刀を柄っての「イアイヌキ」が作者はお気に入りの技であるもよう。
アクションはどちらかというと、きっと、ハリウッド風味だと思う。
ほとんど単調ではなく、いろいろと仕掛けも凝っているので、飽きずに読める。
ここらへんも、うまくエンタテイメントしているなあ。

しかし、並み居る異星人の中で、ちょい役なのに美味しい役回りなのは、レストランのオーナーかも。
危うくアリーナで村八分にされる(いや、ほとんどされた)主人公たちを、彼だけが堂々と迎え入れる。
彼女らがどんな厄介な相手に目をつけられようが、自分の店の料理は最高、たとえ誰だろうと、料理を楽しみたいなら自分の店に来るしかないし、それにいちゃもんをつける奴は自分が追い出してやる、と自信満々の主張をする。
いやあ、武闘派じゃないだけにこういうのはかっこいいよねえ。

また、この手のエンタテイメントでは、「憎めない敵役」が、「にくたらしい敵役」の中にひとり程度存在するのが重要だが、ちゃんとそういうキャラクターもいるところが、良い感じ。

さて、本作は一応単独の作品なのだが、アリーナの建設者についてとか、いろいろと解けていない謎が多いし、ちょっと厄介なものを背負い込んだ主人公の先行きも気になるし、逆に、かつてデュケーンがどのような活躍をしたのかも、知りたくなってくる。
そこらへんを描いた続編なり前日譚なりが、遠くない未来、日本でも読めるといいねえ。


グランド・セントラル・アリーナ (下) (ハヤカワ文庫SF)/ライク・E. スプアー
2011年7月15日初版
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2011-09-08 19:35:07

『グランド・セントラル・アリーナ (上)』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

最近のハヤカワ文庫SFで出るエンタテイメント性の高い作品は、ミリタリーSFの比率がだいぶ高まってる気がするんだけど(まあ、もともと高いという説もあるが)、これは文句なしにスペースオペラなのだ。
それもそのはず、本作品はドク・スミスへのオマージュとなっている。
しかも、具体的な作品はといえば、誰もがまっさきに想像する〈レンズマン〉ではない。
もうひとつのシリーズ、〈スカイラーク〉……!

さて、この両シリーズ、日本ではどちらも創元推理文庫SF(現在の創元SF文庫)から出されたのだが、レンズマンが絶大な人気を誇り、アニメ化までされ、本も手に入りやすい状態が続いているのに比べ、スカイラークは早い内から入手しづらくなり、今では古本にも「え」というようなプレミアがついている。
もちろん、レンズマンも面白いのだが、スカイラークはね。
スケールが違った。
一例をあげると、「惑星と同じ大きさの宇宙船」が出てくるんだぞ。
そして、シリーズを通じての人気敵役が、デュケーヌ(デュケーン)博士。
レンズマンがある意味群像小説であったのに対して、こちらは、スカイラークとデュケーヌの一騎打ち状態であるだけに、敵役も存在感がでかい。

この作品は、物語の中の歴史上(さかのぼること数十年前)、「架空のいろいろな人物をテンプレートに使った超人を作り出して一種の仮想空間に送り込む」というとんでもないプロジェクトがあり、上記のシリーズに登場する人物などが、その計画の中から登場してきたりする。

それだけではなく、ドク・スミスばりのスケールのでかさも受け継いでいる。
まあもちろん、レンズマンだのスカイラークだのが誕生した当時のパルプマガジンでは、たいていのスペオペに、多種族の異星人が登場するのは普通だったし、太陽系を舞台としたものが主流だったとはいえ、広く銀河をかけるもの、異星人種族らが作る星間社会が何千年何万年も続いているというような状況も、かなりあたりまえのものだったようだ。
それゆえ、ここにも、多種多様な異星人が登場し、かれらは万年の単位でとある施設上でのコミュニケーションを続けており、主人公たちは、いきなり、その渦中に放り込まれて、次々に危機的状況をクリアしていかなくてはならなくなるのだ。

これは、面白くならないわけがない。

なお、スカイラークやレンズマンに登場する小ネタがちりばめられているだけでなく、訳者のあとがきによると、おたくである作者は、日本のアニメやドラマなどなどからも、「えっ」なものをたくさん小ネタとして取り入れているらしい。
アナグラムで使用しているものもいっぱいあるらしいが、こればかりは、カタカナ表記されるとわからないのが残念(まあ仕方ないけどね)。
そういや、ヒロインである女性パイロットの髪の毛が青いなんてのも、日本の人気スペオペのヒロインを思い出させるよね。


グランド・セントラル・アリーナ (上) (ハヤカワ文庫SF)/ライク・E. スプアー
2011年7月15日初版
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2011-09-05 10:30:20

『アバタールチューナー IV 〈楽園〉前篇』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

物語はふたたび、ゲームソフトと交錯する。
具体的には、ここから、ゲームソフトの『アバタールチューナー2』と重なっていく。
実は仮想空間であったジャンクヤードから、人類が結晶化している未来の世界へ、キャラクターが出て来たところだ。
これは、なかなか面白いと思うのだ。

もともとのメガテンでは、悪魔を電子的なデータとしてコンピュータ内に取り込む事で、人間が悪魔とコミュニケーションを結ぶ事が可能というコンセプトだ。
心霊学では、いわゆる心霊現象が磁場に関係するものとしている(科学で定義する磁場とはいささか違うところもあるわけだが)。
おおざっぱにいうと、人間が全く生身で感知できないわけではないが、通常の物体や自然現象などのように感知する事ができない「もの」を、電子的なデータとして互換させている。
しかし、あくまでも、メガテンでは、悪魔も、それに付随する現象も、人間を含むこの世の通常の生物と同質の(物理的な?)存在ではない。

しかし、本作がデジタルではなくクォンタム、電子ではなく量子による情報処理をベースにしたように、メガテンにおける絶対的な、人間と悪魔の差というものが、「ない」とは言わぬまでも、大変曖昧な、一部で同化可能なものとsちえ扱われているようなのだ。
たとえば、ジャンクヤードにおいて主人公たちがアートマを与えられ、異形のものに変身し(決して、召喚したり喚起したりするわけではない)、お互いに食いあう事で直接的にデータの取得をするように、未来世界におけるヒトの結晶化そのものが、この世界における「情報のやりとり」に関して、非常に重要なポイントとなっているわけだ。
実際、前巻までに、世界唯一のウルトラコンピュータであるEGGが、演算のための素材として、結晶化したヒトを利用している事があかされている。
また、未来の人類(の一部)が、アートマを身につけ、変身できるという事も既にわかっているが、ここで、その「変身」の秘密が明らかにされる。

ジャンクヤードでは、皆がなんらかのアートマを得て、互いに食い合う事となったが、この未来世界では、一部の者しかアートマを得ていない。
そのおぞましい意味が、「情報のやりとり」の凄まじい表現として描写されている。
これは正直、ゲームよりずっとリアルに感じられる。
(映画と小説の関係にも言える事だが、どうしても、小説という媒体の方が、背景世界を深く描きやすく、その点で映像よりリアルさ、または深さを感じさせる)。

この、アートマを持つ者と持たざる者との間に、凄い情報格差が生まれてしまうのは当然なのだが、実はこのアートマがまだまだ実験段階であること、そしてこれを支配している者がいることに、まだいろいろ仕掛けが隠されていそうだ。
なんといっても、なぜ結晶化などというものが発生したのかについては、語られていないんだしね。
残るところはあと1巻。この最後の部分がどう謎解きされるのか、非常に楽しみ。


アバタールチューナーⅣ (クォンタムデビルサーガ)/五代 ゆう
2011年8月25日初版
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2011-09-02 17:35:24

『楊令伝 三 盤紆の章』

テーマ:歴史・時代小説

中国、とひとくちに言っても、国号は順次変わってきている。
そして、隋以降がだいたい、今の国土の規模になっているとおおざっぱに言っていいのだろうと思われる。
もちろん、国境線はいろいろと移動しているだろう。
本巻の巻頭に付されている地図を見ても、だいたい、遼と金の一部が今の中国に含まれているようだし。
しかし、広いのだ。
ほんとうに広い。
津運設備といえば、烽火と宿駅くらいしかなかった時代である事を考えると、よくぞまがりなりにもひとつの国として機能していたものだな、と感心する。

そこを前提とすると、宋(青蓮寺)の、方臘の、呉用の、楊令の、視野の広さに舌を巻く。
広い国の南北それぞれ端っこにいながら、反対側の端を見据えて戦略を立てるなんて、よくできるよなあと。
今みたいに、いろいろな通信設備や衛星が利用できる状況とは全く違うのだ。

さて、いくつかの勢力のうち、もっともユニークで読みにくく、不気味なのはやはり方臘の宗教王国(未満)だろう。
「喫菜事魔」といって、菜食し、魔を祀る。
「度人」といって、人をこの世の苦しみから開放するために殺してやる。
うわ~。
度人というのは耳慣れない言葉だけれども、仏教用語で「度する」が「人を救う」という意味であるそうな(むしろ、「度しがたい」という使い方の方が一般的か)。
情景描写といい、かつて東京の地下鉄にテロをしかけた宗教集団を連想させるのだが、方臘というのが、決して船舶ではない、むしろ異様なほど奥の深い人物として描かれていて、大変興味深い。
はたして、その新編に潜入している呉用は、いろんな意味で無事にすむのか?
梁山泊の救出の手は及ぶのか?
非常に先の展開が気になる。

一方、方臘の乱が起こっている南部に比べ、北部は、宋と遼と金が梁山泊を加えて複雑な戦争外交を行っている。
どことどこが手を結び、実際には何をしようとしているのか?
各国各勢力の思惑が入り乱れて、こちらは戦略シミュレーション的な面白味もある。

そしてようやく、楊令が梁山泊の残存勢力と合流し、ようやく話が本格的に動き出しそうなところで、次の巻へ。


楊令伝 3 盤紆の章 (集英社文庫)/北方 謙三
2011年8月25日初版
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2011-08-31 19:34:44

『神楽坂迷い道殺人事件』〈耳囊秘帖10〉(だいわ文庫版)

テーマ:歴史・時代小説

江戸(そして今の東京)には、ほんとに坂が多い、というのは前巻でも触れられた。
今回も坂が舞台だが、神楽坂。
若者に人気なのかは知らない。
行きたいとか行ったとかいう話はあんまり聞かないから、雑誌が演出してるだけなんじゃないのという気もするが、今でもあのあたり、いきなり行くと、目的地を探すのがちょっと大変。
迷いやすいように思う。

さて、その迷いやすい神楽坂で、商売を盛り上げるため七福神巡りがこの界隈でできますよ、しかも判子を集めれば割引になりますなどという、なんか「江戸時代にそんなことしてたのかよ」な企画がある、というのが前段。
七福神自体は江戸時代おおいにもてはやされたそうだし、今と違って娯楽の少ない江戸時代のこと、寺社参詣はりっぱな「あそび」のひとつで、そのさいにも「七福神巡り」なんてのはけっこう人気があったらしい。
といっても、実際に、七福神をめぐるのはけっこう大変だから、同じ神楽坂界隈のみですぐまわれちゃうよ、というのがほんとにあったら、お手軽で喜ばれたかもしれない。

しかし、表向きは「商店会の街おこし」的なこのくわだてには、ちゃんと裏があって、それが事件につながっているという仕掛けなのだ。
筋立てとしてはまあ面白いが、正直なところ、前巻に比べると、ちょっと落ちるかなあ、と思う。

ともあれ、だいわ文庫版はこれが最終にあたり、続きとなる文春文庫版では根岸の手足となる同心が、栗田から別のキャラクターにバトンタッチするため、シリーズはここで一区切り、心機一転と言えるだろう。
だが、文春文庫版で活躍するユニークなキャラクターのひとり、女下っ引きのしめなどは、このあたりから活躍し始める。。
文春文庫から読み始めた場合も、チャンスがあればだいわ文庫版は読んでおいて損はない。


耳袋秘帖 神楽坂迷い道殺人事件 (だいわ文庫)/風野 真知雄
2009年11月15日初版
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2011-08-29 19:10:48

『人形町夕暮殺人事件』〈耳袋秘帖9〉(だいわ文庫版)

テーマ:歴史・時代小説

人形っていうのは、怖い。
太古の昔から、神事や呪術に使われてきた(たとえていうなら、仏像だって人形の一種だ)。
なんでかというと、それは人間に似ているように作られているからで、しかし作り物であるから本来は「たましい」がない。
入れ物だけあってたましいがないということは、たましいに類する何かが入り込むかもしれないし、または、入っているかもしれない。
だから、怖いわけなのだ。

さて、人形町という地名、人形師が住んでいたからかと思えば、なにやらあやしい伝説が秘められているらしい。
地中に埋まっている巨大な「ひとがた」。
ラスト、都市伝説めいたものにも作者がふれていて、今後、地下鉄などでそのあたりを通る時は、ちょっとぞわ~んとしそうだ。

まあ、そういう、いわくつきの土地で、人形を使った一種の見立て殺人が連続して発生するというのが本巻。
それも、三すくみになっている。
つまり、死体がそれぞれ、小さな「ひとがた」を持っている。
ひとがたには赤いしるしがあって、それぞれ、別の死体の殺され方を示しているわけだ。
これだけでも結構猟奇的だが、さて。
三すくみ、つまり死体が三つあり、それぞれの殺され方を示したひとがたを持っているとなると、そりゃ「不可能」になっちゃうよね。
いったいどうすれば、三すくみは成立するのか?

描かれる三角形の一点が毒殺なので、そこに鍵がありそうなのだが、仕掛けはけっこう、複雑になっている。

おどろおどろしさと、ミステリと、うまい具合に混ざり合っていて、本巻はなかなか面白い。
しかも、かなり人形づくしをめざしているなか、思いもかけぬ「人形」が関わるのもミステリとして良いところ。



耳袋秘帖 人形町夕暮殺人事件 (だいわ文庫)/風野 真知雄
2008年11月15日初版
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2011-08-28 09:42:51

『麻布暗闇坂殺人事件』〈耳袋秘帖8〉(だいわ文庫版)

テーマ:歴史・時代小説

日本列島ってだいたい山が多いんだから、大陸のように「地平線が見えます」な事はないわけだが、それにしても、江戸は坂が多い町であるらしい。
関東平野という名前はついていても、丘陵もあれば、台地もあって、細かな高低差がかなりある。
東京の地図を広げてみても、なんとか坂という地名はかなり多い。
しかし、なかでも麻布の坂の多さははんぱじゃないのだ、と語られる。
ううん、そうだったけ?
麻布界隈はあんまり歩いた事がないのでピンとはこないのだが、確かにこの物語の中では、麻布は坂だらけ。
平らな道というのがほとんどなさそうだ。

人生を坂道にたとえて有名なのは徳川家康だけれど、ここでも坂にたとえた人生観が登場する。
しかも、それがかなり生々しく、事件にも影響してくるところは面白い。
そして、意外な盲点にも気付かされる。
たしかに、「坂」というと、まず、登るところをイメージしがちだと思うのだが、登りがあれば当然下りもあるわけで。
つまり、「坂」には、
下から見上げる ・ 登る ・ 上から見下ろす ・ 下る
という4つの属性があるわけなんだよね。

この属性を全て余すところなく使ったのが本巻の物語なのだ。

しかも、登るにしろ下るにしろ、良いところもあれば悪いところというか、危険なところもある。
坂の上り下りは健康に良いが、体力があって簡単に上り下りできるからといってなめてかかると大変だよ、なんていう見方もあるようだ。
ちょっとばかり、人生の「ペーソス」というやつを感じさせる本巻。
随所に登場する幽霊の噂も、効果的で、読後感もなかなかだ。


耳袋秘帖 麻布暗闇坂殺人事件 (だいわ文庫)/風野 真知雄
2008年2月15日初版
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