2011-12-07 10:05:55

『針いっぽん』〈鎌倉河岸捕物控19〉

テーマ:歴史・時代小説

佐伯泰英が執筆中の時代小説シリーズは何本もあるのだけれど、もっとも庶民よりの物語がこのシリーズだろう。
作者はよほど剣術家が好きとみえて、どのシリーズも、主人公は剣豪だ。
従って、表向きは商人だったりしても、本体は侍であり、武術、とくに剣の達人なわけだ。
ただ、このシリーズのみが、主人公はまっとうな町人なのだ。
まあ、それでも、剣術の道場に通っていて、剣の達人であることにかわりはないのがご愛敬だけれど、政次の前身は常々語られるとおり、老舗の呉服屋である松坂屋の手代であり、岡っ引きの親分となっても、その時につちかわれた気風は変わっていないとされている。
剣術はあくまでも余技。
市井の暮らしと、そこで起きる事件を扱うというのがテーマ菜わけだね。

そんななか、しほが子供を宿し、まもなく生まれようかというタイミングとなっている。
妊娠・出産となれば、誰がなんといおうと、女性の独壇場であって、男はちょっとはなれたところでうろうろするしかないが、まさしく本巻は、その前段階(笑)。
いまでも、女性が出産を控えれば、母親や女友達(あくまでも女性たち。父親や男の友人知人は、夫を先頭にほとんどなにもできない?)
彼女らが、産着を縫ったり(いまなら買って贈ったり)、準備を整えることになる。
そう、いまなら既製品を買う事の方が多いだろうけど、江戸時代はまさしく、時前で縫わないといけないんだね。

たとえば、『耳囊』にも、琴を習いたいと願った娘に、女主人が、まず裁縫などが立派にできるようになれ、とさとしたエピソードが載せられている。
もうともかく、この時代は、裁縫のひとつもできないでは女性はすまされなかったし、逆に、裁縫が上手ならば、女でひとつでもなんとか暮らしていく事が可能だったようだ。

しほが、まさしく、「針」をふるうことが必要な時期に、市井とは全く別の女の世界を重ねるという仕掛けをしているのが本巻の事件だけれど、女の世界とはいえ、一見まるで真逆のものを、「針」でつなげているところが面白いし、その「針」の意味も、多重なものがこめられている。
「針いっぽん」に象徴されることのうち、最も悪いものが、殺人事件に結びつけられ、同じ「針いっぽん」が間近に迫る出産という嬉しい出来事にも深く結びついていく。

構図としてわかりやすくもあり、真逆のものを結びつける面白さもあり、決して悲劇だけではなく、明るく楽しい要素も必ず盛り込んでくるのが佐伯作品で、本巻はその面目躍如と言えるだろう。


針いっぽん―鎌倉河岸捕物控〈19の巻〉 (時代小説文庫)/佐伯 泰英
2011年11月18日初版
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2011-12-05 10:05:00

『飛竜雷天 (上下)』〈時の車輪12〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ


作者の急逝により、「最終巻(翻訳でいうと第12部)を残すのみ」と言われていた〈時の車輪〉、なんと〈ミストボーン〉三部作を世に送り出したサンダースンの手で完成されるというニュースが入ってきたのはいつ頃だっただろうか。

しかも、長らく同シリーズの翻訳を手がけていた翻訳家まで失うという事態、いったいどうなるのかと思っていたが、まず結論から言おう。

このシリーズはやはり面白かった。一気に読んでしまわないと我慢できない内容、そしてドライブ感。
さらに、訳文にも全く違和感がなかった。
書き手も訳し手もかわっているのになんら違和感をおぼえなかったというのは、とても凄い。
それだけ、両者に、このシリーズに対する愛着があり、細心の注意をはらって書き綴られたからだと思う。
翻訳されるシリーズは、途中で訳者がかわる事があるが、そうすると、登場人物や用語の表記が変わってしまったり、文章のリズムが変わったり、いろいろな要素から、それまでの「翻訳による世界」が歪んでしまい、げんなりしてしまう事が多々ある。
これは、作家はもちろん、訳者もクリエイターであり、独自の特徴をそなえた文章を書くのが普通だと考えれば、違和感が生じる方がむしろ普通なのだ。
だからこそ、それがまったく感じられないというのは、凄いと思う。

さて、本シリーズは登場人物が多く、群像小説となっているのだけれど、作者(そして訳者)の死により途絶していた物語で、一番気にかかっていたのは、キャラクターでいうとエグウェーン、場所でいうと白い塔だった。
もちろん、主要人物の周辺はどこも緊迫していたが、その中でもっとも窮地に追い詰められているのが、エグウェーンであったかと思うからだ。
なにしろ、白い塔の中にとらわれているも同然の、敵の掌中でほとんど身動きがとれないのに、独力で立ち向かっているところだったわけだから。
しかも、ほとんど、外部からの救出や手助けは断っていたわけだ。
どうなるエグウェーン!
そして白い塔と、叛逆した異能者(アエズ・セダーイ)の一党は、分裂したままに終わるのか。
エライダはどこまで暴君になっていくのか。
黒アジャはどこまで浸透しているのか。

このスリリングな状況は、本巻でみごとに解決する。
ここだけで、カタルシスをおぼえる展開と言って良いと思う。
ここに注目し、固唾を飲んでいた人は、まず、納得できるんじゃないか。
最もネタバレしてはならない部分だろうから、ただひとこと。
「これぞアメリカのエンタテイメント!」
本巻は、エグウェーンの巻といってもいいくらいだ。
いささか懐かしいキャラクターが、凄いキーパーソン、そのうえとんでもない秘密を抱えていたり、実にわくわくドキドキだった。

しかし、もちろん、それだけではない。
シリーズ半ばから暗さを増してきたランド・アル=ソア、今回はどん底まで落ちるんじゃないかという運びなのだが、彼の心のうちにも、大きな変化が訪れる。
また、前巻(第11部)で、生存が示唆されたモイレインをめざす動きも大きくなってきた。
主人公(たち)を旅に導き出したモイレイン、ここでまた大きくクローズアップされてきている。

マットやペリン、ナイニーヴ、ミン、アビエンダ。そしてトゥオン。
彼ら彼女らも、 動いていくし、エグウェーンや白い塔の関連以外でも、かなり、懐かしいキャラクターが何人も復活して顔を出している。
あえていうと、今回直接動きが描写されなかった中心人物は、エレインくらいではないかと思う。

さて、最終といわれた第12巻(第12部)であるけれども、後継作者となったサンダースンによれば、「最終部は三部構成」だそうだ。
つまり、実質は、第12が終わりではなく、第14まであると考えれば良さそうだ。

第11部までは原書の1巻を4~5冊に分冊して発刊していたハヤカワ文庫FT、今回はそこまでの分冊はせずに、上下巻で出してくれた。
1冊はとても分厚くなるが(しかしハヤカワ文庫としては、まあ普通サイズ)、やはり一気に読める方が嬉しい。
アメリカでは次がすでに出ているとのことでもあり、絶対に断絶することなく、早めに次の巻を翻訳して出してほしいものだ。


飛竜雷天 (上): 雷雲の到来 (時の車輪)/ロバート・ジョーダン
飛竜雷天 (下): 光の集結 (時の車輪)/ロバート・ジョーダン
2011年11月25日初版
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2011-11-21 09:25:11

『神曲奏界ポリフォニカ ネバーエンディング・ホワイト』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

ポリ白、これにて完結。最後まで一気に読める面白さであることは間違いないのだが、どうしても乗り切れない部分がある。
このシェアードワールドのメインである特にポリ赤で頻繁に出てくるものなのだが、精霊と楽士が戦うシーンは違和感がぬぐいきれないのだ。

いや、コンセプトは凄く面白いと思うんだけど、考えてもみてほしい。
2台の音響機器を置く。
そして、それぞれ違うCDをかけました。
どのように聞こえるであろうか?
おのおのがすばらしい音楽であったとしても、音がぶつかりあったとたん、そこには騒音しか生じないはずだ。
せっかくの面白いコンセプトなのだから、そこをなんとか工夫できなかったものか?

もうひとつ。
楽器に関する知識の低さに」うめく。
ポリ白では、前半でも、幼い少女のシラユキが、「コントラバスを演奏する」という無理なシーンが登場した。
体格の問題から、これは相当の無理が出る。
コンバスのネックを左手にとって弦をおさえつつ、弓をひくとなると、それなりの体の大きさがどうしても必要。

今回は、海辺でハープシコードを演奏する(ハープシコードってわりと管理の難しいものなのでこれもちょっと繭をひそめてしまうのだが)、その演奏中、音量が大きくなるという描写があるのだ。
あー。
無理だからね、これ。
作者は、ハープシコードの演奏をちゃんと聴いた事があるのだろうか。
ピアノと異なり、ハープシコードは、張られた弦を、ハンマー(鍵盤)で操作するツメでひっかけて音を出す。
強弱は事実上つけられないといっていい。
そもそも、鍵盤楽器で強弱をつける事が難しく、それを大いに可能としたのがピアノなのであって、だからこそ音の強弱をつけられるという意味をこめて、ピアノフォルテ(ピアノ)という名前が楽器につけられたのだ。

以上の2点から、もう対決シーンが違和感ばりばりなのだ。
そこさえ気にしなければ、ほんとに面白いんだけどね。
(まあ、専門的な知識が全くなければ、楽器の部分はスルーする事ができると思うんだけど)。

女神と精霊、人間の関係というやつは、シェアードワールドそのものに大きく影響を与える要素で、目のつけどころが面白いし、さすがライトノベル、キャラクターがいきいきしているのも魅力。
しかし、このような違和感を乗り越えるだけの力強さは、残念ながら最終巻には感じられなかった。
非常に残念だ。


神曲奏界ポリフォニカ ネバーエンディング・ホワイト (GA文庫)/高殿 円
2011年11月30日初版(発売中)
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2011-11-19 10:15:35

『愛憎』〈吉原裏同心15〉

テーマ:歴史・時代小説

今回はまだ物語の節目にあたるのか、新たな敵がようやく姿を見せ始めた、そういうところだ。
したがって、いまだ正体はなんともわからないのだが、得体の知れない魑魅魍魎のようなものが登場したのは、これから先、どういう経緯なのかあかされていくのだろう。

新たな要素というと、江戸相撲がかかわってきていることか。
どうやら今シーズンでは相撲と力士の世界に交わっていく事が決定のもよう。
魑魅魍魎の他、薄墨太夫の前身とかかわりのある人間の敵も登場するが、これもまた、背後関係はほとんど明らかになっていない。
なにやら、長崎や異人も登場してくる気配だが、現時点では黒幕がさだかではない。
まあ、魑魅魍魎を含め、先の展開を楽しみにというあたり。

一方、仙右衛門が「いよいよ」年貢の納め時を迎えた。
佐伯泰英は祝言のような晴れがましい行事は演出はなやかに描いてくれるのだが、残念ながら、主人公ではないからか、その部分がちょっと抑えめだ。
とはいえ、常連キャラクターがまたひとり人生の節目を迎えたわけ。
また、吉原に憧れる少年も一人ではなくなって、ちょっとほほえましい。

さて、本巻では吉原と深川の対立が新たに浮き彫りになったのだけど、やはり吉原というのは、格別なのだなあ、と感じさせられる。
本巻では、深川情緒にも格別なものがあるという描写がなあsれているが、そこでも比較される、吉原が「塀に囲まれた特別な場所」であることは、江戸では他がまねできないことだ。
なぜなら、江戸の郊外に、塀でかこわれた場所を作ることで、日常とは全く切り離された世界を創り上げているからだ。
現代でいうと、たとえばディズニーランド。
料金を支払って入場する、かこわれた「ランド」の中では、日常とは全く違う、ディズニーの世界だけが展開されている、単なる遊園地ではなく、そこにいる間だけは、入場者が、ディズニーの住人になれる。
子供も入れる場所ではなく、男のためだけの遊里という違いはあるが、吉原もまさしく、日常とは全く異なる「吉原のことは吉原だけのこと」という、夢の世界を創り上げているのだ。

男にとってはそもそも謎めいている女の世界。
華やかであり、夢のようであり、また、その底には遊女たちが身売りされてきたものであるというような、暗さやはかなさを秘めている。
単なる華やかな世界というだけではないがための魅力。
だからこそ日常を忘れる事ができ、ひとときの夢にひたることもできるのかもしれない、そういう雰囲気と、そこへの憧れが、吉原の花魁にあこがれる少年のうえに見る事ができるのだと思われる。


愛憎: 吉原裏同心(十五) (光文社文庫)/佐伯 泰英
2011年10月20日初版
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2011-11-16 16:11:05

『ガリレオの苦悩』

テーマ:ミステリ

日本はまだまだ男権社会だと言われている。
もちろん、昔に比べれば、「女性の社会進出」はめざましいのだろうけれども、進出してもその後がない、という分析結果が出ているのだそうだ。
まあ大家に、結婚する、妊娠出産する、子育てする……ということが、社会的にサポートされているとは言えない。
そこに生じるさまざまな歪みをとりあげたのかと思えるのだ、
それぞれの短編に登場する女性たちは、個々にいろいろな悩みをかかえている。
誰が殺され、誰が殺したかというところも、もちろんストーリーの根幹ではあるけれど、むしろそこに関わる女性たちに焦点があてられている。
たとえば、第2編目は、奇抜なトリックや、昔ながらの本格推理そのままの複雑な家庭の事情にからむ犯罪という仕掛け、それが、ある女性を中心に展開する。
古いスタイルを踏襲する一方、それを刷新している。
そして、科学とミステリというそれだけで美味しいとりあわせに、もう一点、現代日本のさまざまな女性(の苦労)を挿入する事で、さらに興味深い物語にしているのだと思う。

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落下る(おちる)
操縦る(あやつる)
密室る(とじる)
指標す(しめす)
攪乱す(みだす)
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ガリレオの苦悩 (文春文庫)/東野 圭吾
2011年10月10日初版(文庫版)
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2011-11-14 08:20:00

『橋の上』〈居眠り磐音江戸双紙 帰還準備号〉

テーマ:歴史・時代小説

本シリーズにて、いよいよ主人公一行が本拠地である江戸へ帰還するにあたり、まzぅ「準備号」として出版されたのが本巻。
1冊の半分を、短編「橋の上」が占めるが、これは磐音が佐々木道場に入門したての頃のエピソードとなっている。

したがって、道場主健在であるのはもちろん、鐘四郎のような、後々も登場する先輩が出てくる一方、おそらくはこの短編のみのキャラクターであろうかという登場人物もいる。
磐音自身、若々しさをはしばしににじませている。

だが、こうして、本シリーズで関わりのある周辺のキャラクターをほとんど排した状態で見ると、坂崎磐音の優等生ぶりがかなり目立つように感じられる。
剣術の才能があり、かつ、藩の住職にある父のもとで、すでに藩政のため活動を開始する、若きエリートとしての磐音だ。
このまま、本シリーズ冒頭のような事にならず、ひとりの藩士として成長していったなら、どのような活躍をしたのか、少し興味がわくところだが、単なる優秀な藩士、父の跡継ぎという枠を超えなかっただろうことも感じられる。

まあ、そういう人物が思わぬ運命の変転によって、人生の冒険を重ねていくといのが本シリーズの根幹であり、だからこそ面白いのだけれど、巻数を重ね、登場人物もそれぞれ成長しているところなだけに、改めて主人公の人となりの、根幹の部分に気付かされる。

一方、シリーズの最初の展開につながる要素もあちこちにちりばめられているのが楽しい。
「なるほど、ここからこうつながっていったのだな」
という想像がふくらむからだ。


橋の上-居眠り磐音江戸双紙帰着準備号 (双葉文庫)/佐伯 泰英
2011年10月16日初版
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2011-11-11 10:00:16

『混沌』〈交代寄合伊那衆異聞15〉

テーマ:歴史・時代小説

絶対的なラスボスは別として、そいつと対決する過程で、対立した相手が、次第に仲間となっていく。
このパターンでどうしても私が連想してしまうのは、週刊少年ジャンプだ。
主人公は主人公らしく強くてかっこいい、敵もそれに応じて強く、それが仲間となっていくことで、ストーリー上はより強大な敵へ立ち向かう力となり、読者にとっては、さまざまなキャラクターが増えるという魅力もアップする。
そういう仕組みがあるというわけ。

もちろん、佐伯泰英の作品自体にそういう傾向がそもそもあるのではないかと思うけれども、特に本シリーズに関しては、それが強く出ているように感じられる。
たとえば、他のシリーズでは、侍である主人公が町人衆(それも、豪商から裏長屋の十人まで)とも、深くかかわりをもっているのに比べ、本作にはそれがない。
いや、もちろん、長崎で玲奈の実家や、黄大人とのかかわりなどはあるし、本人自身が、交易会社の運営にシフトしていく気配なので、全く関わりがないとは言えないのだけれども、他シリーズに比べて、まず、「幕府に仕える侍、すなわち幕臣である」という性格が強い事が影響しているのではないだろうか。
これも、だんだんと薄れてきてはいても、いまだ、座光寺籐之助は旗本のままだ。

従って、基本的に籐之助の周辺には、侍か、そうでなければ「腕力を本分とする」者(しかもそれが兵士的な性格を帯びていく)が目立つように思う。

しかも、それがますます本巻で国際色豊かとなった。
国際色豊かでありながら、しかも、まだ、それは武闘的な集団であるという性格を持っている。

こうなると、そもそも「旗本である」という籐之助の背景にどれほどの影響が生じるかは興味のあるところ。
本巻はちょうど、その問題にも大きくかかわってきているようで、今まで放置されていた伊那衆がどう動くのか、そして籐之助は今後幕臣として幕府に仕え続けるのか、そろそろ決着をつけるべき頃合いらしい。
タイトルのとおり、物語のなかは混沌としているが、次あたりで大きく転換するような気配。


混沌 交代寄合伊那衆異聞 (講談社文庫)/佐伯 泰英
2011年9月15日初版
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2011-11-04 10:10:23

『アバタールチューナー V 〈楽園〉後篇』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

結論から述べてしまおう。
この物語は凄い。インパクトもある。
しかし、一見、その結末は、さほどユニークではないように思える。
実際、結末のところだけをミルなら、似たようなものは、幾つもあるのだ。
にほんおもののみならず、たとえばアメリカのSFでも同様の名作があったりするのだ。
にもかかわらず、やはり凄い読後感がある。
なぜなのか?

それは、物語の結末ではなく、あくまでもその過程が凄いのだと言えるだろう。

本作のルーツにある、ゲームの女神転生というシリーズのユニークさは、まず第一に、古今東西の神々、悪魔、妖精などをいっしょくたにゲーム世界へ持ち込んだというところにある。
本作ではその流れを汲みながら、キリスト教的世界観とヒンドゥ的世界観をうまくかみ合わせ、そこに、異質の「神」と、「情報」という、これまた女神転生をユニークなものとさせた第二の点を巧妙に使って、全く新しい世界観を打ち立てているのだと思う。

さらに、その世界観のなかで、「帝釈天と阿修羅の永遠の抗争」がモチーフとなっているのは、作者が語っているとおり、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』の影響も大きいのだろうが、この「永遠の抗争」が、より深く展開されているのではなかろうか。
『百億と千億~』が宇宙の熱量を問題にとりあげていたのに対し、本作は、「情報」をとりあげている。
キュヴィエ症候群により、人が結晶化し、それがEGGの製作を可能とした情報(処理)の媒体となる、しかしそれは、あくまでもそれ自体としては静止したものだ。
そして、静止した状態というのは、生物にとっては、死んでいるということになる。
生きるためには、動きが必要なんだね。

この「動き」が「抗争」であり、この「抗争」があるからこそ、世界は維持される。
帝釈天と阿修羅、いずれが勝利をおさめるわけにもいかないのは、「抗争している」状態こそが必要だからだろう。
しかし、永遠に抗争しながらも、そこには、「帝釈天が体制側であり、阿修羅は反逆者である」という含みがある。
すなわち、抗争をしているにもかかわらず、両者は均衡状態にあるのではなく、常に帝釈天側(体制側)が優位なのだ。
阿修羅は、決してかなう事がないのに、永遠の叛逆をつらぬかなくてはならない。

しかし、阿修羅-asura、とは何なのだろうか。
リグ・ヴェーダの中では、いささか曖昧な用語であるようだ。
仏教に入ると、阿修羅とは悪魔の一種とみなされるのだが、リグ・ヴェーダでは、有力な神に対してもasuraの語が用いられる。
それは、阿修羅という種族を示すのではなく、どうも、ある種の「力」をさしているようなのだ。

本作において、サーフたちがASURAと呼ばれている意味に重ねると、なかなか面白いのではないか。
人食いの悪魔と恐れられ、自らも苦しむが、実はその「力」は最終的に、世界の維持に必要なものであり、しかも、闘争する事を定められている。

興福寺の阿修羅王象は今もかわらぬ人気であり、その哀愁は『百億と千億~』にそのまま重ね合わされるのだが、本作ではその象徴性と情緒性が、パノラマティックに展開されているのだと思う。

(それをふまえて、仏教における阿修羅王、『百億と千億~』における阿修羅王、そして本作の主人公を比較してみるのも面白いかもしれない)。

そして、このようなプロセスがあればこそ、本作の結末は、同様の結末を持つ他の作品に対してユニークなものとなっている。
とくに、あくまでも「情報」という要素を練り上げ、昇華させているエピローグはすばらしい。


アバタールチューナーⅤ (クォンタムデビルサーガ)/五代 ゆう
2011年10月25日初版
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2011-11-01 09:55:16

『救出ミッション、始動!』〈海軍士官jクリス・ロングナイフ2〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ

前巻で曾祖父が王位についたため、一転して、首相の娘+プリンセスになってしまったクリス!
プリンセスといっても、生まれながらのではないので、彼女自身とまどうことはいっぱいなのだが、何より面白いのが、彼女につくことになったメイドの存在だ。

地球出身だという彼女、アビーは、とことん謎の存在となっている。
先日出た最新刊にも引き続き登場するが、そこでも正体が明らかになっていない。
というよりもむしろ、「履歴書の通りでした」という調査結果しか出ていないのだが、「怪しいほどおかしな点がない」とも報告されているそうな。
アビーは何者なのか?
シリーズ最初の三部作で明らかになっていない点なので、もう気になって仕方がない。

何しろ、メイドとしてもすぐれているだけでなく、対諜報能力にも戦闘能力にもすぐれ、控えめなようでいて、実はぜんぜんそうでもない、なんと申しますか。
戦うメアリ・ポピンズのような女性なのだ!

本巻の面白さは、背景や筋立てもさることながら、まず目をひくのが、新米プリンセスとしてのクリスの板につかさなぶりと、このアビーのとりあわせだと思う。
また、彼女が加わったことで、三部作のメインキャラクターがそろうと言ってもいいだろう。

しかし、このように面白いキャラクター「だけ」では小説は面白くならない。
やはり、筋立てや世界構築は大切なことだ。
今回は、クリスの数少ない友人であるトミーが誘拐されたというところから事件が始まるが、当然、これも単なる誘拐ではない。
そもそも、営利誘拐なら狙われるような人物じゃないわけだし。

ここに、ロングナイフ家の宿敵ピーターウォルド家が勿論かかわってくるだけでなく、クリスの深刻なトラウマとなっている、幼い頃の弟の誘拐事件もかかわってくるのだ。
そのため、単なるふたつの家門の対決だけではなく、そこに、クリス個人の問題が強いかかわりをもつことになり、クリスが戦い、行動していく理由が強化されている。


救出ミッション、始動! (ハヤカワ文庫SF)/マイク シェパード
2011年8月15日初版
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2011-10-30 16:55:50

『失われた都 (下)』〈イサークの図書館1〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ


女性というものは、最大の謎(ミステリイ)である、という言葉がある。
もちろん、これは、主に男の視点から語るものなのだが、これは「女性は子宮でものを考える」という言葉と、アル点で趣旨をひとつにしている。
子宮、つまり男にはない機能が女性の根本である、という考え方だ。
すなわち、この機能があるため、女性は自分の最優先的な行動は、子供を守るためのものとする。
行動だけでなく、思考も、同じである。
そのため、「論理」をこえたところで決断し、行動する可能性がある。
しかし、男には子宮というものがないため、このような突飛な行動は理解できない、というわけだ。

さて、本作でも、ふたりの女性(うち一人が、ジン)がミステリイを解く鍵としておかれている。
本作の中で繰り広げられる謀略は、ほぼ全て、男の手によるものなのだが、なぜかその鍵となるのが女性なのだ。
そして、このため、男が仕切っていると思われる謀略に、微妙なゆらぎが生じてしまい、物事が「運命的に」思わぬ方向へと転じていく。
なかなか、面白い構図であると思う。
まあ、この女性的部分というのが、すなわち「女性的な(神秘)力」であり、古代は「(女性の)智慧」とみなされたものに通じるのだから、男がかなうわけはないのだが。

一方、そのよおうな要素とかかわりのない部分もある。
それが、教皇ペトロヌスに関する部分だ。
策略によって一度は教皇の位をしりぞき、故郷で漁夫をしていた老人、聖書に語られる使徒ペテロもまた、漁夫をであったこと、中世の聖杯伝説で、パルシファルが現れるまで、聖杯を護持していた老王も同じ名を負っていた事を思うと、なかなか面白い。
そういう名を持つ「教皇」であるペトロヌスは、やむなく教皇として復位するのだが、彼がなんのために復位し、どのような結末を選んだかというのは、過酷でもあるし、おそらくシリーズの先につながる重要な要素でもあるのだろう。
実は、彼の決断も、ある重大な「喪失」にかかわるものであって、巨大な図書館の喪失と重ねられるべきものだからだ。
一軒、マイナスのようにみえる決断だが、実は、「再生のための喪失」である事をにおわせており、ここもまた面白いところ。


失われた都 (下) (イサークの図書館)/ケン・スコールズ
2011年9月25日初版
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