『悪魔の挑発』〈魔法の国ザンス10〉 | 手当たり次第の本棚

『悪魔の挑発』〈魔法の国ザンス10〉

ザンスの物語といえば、これまで、欠くべからざるものが、探索の旅に出る前に、情報の魔法使いであるハンフリーの城を訪れ(三つの難問に打ち克って)、探索のヒントを得る、というものだった。
今回も、まさしくそういう始まり方をするのだが……。
どっこい、本巻の主人公エスクと、仲間となるチェクスやヴォルニーがそこへたどりついてみたら、城はもぬけの空だった!

8巻、9巻でややマンネリになってしまっていたザンスだが、ここである意味、それを打破した事になる。
成人する瀬戸際にある主人公が、仲間を得て冒険をするというパターンはそのままでも、今回はなんらヒントを得る事なく、独力で難問を解決するという事になったからだ。

しかも、本巻では、今後のザンスにとって重要な役割を果たすキャラが最初から登場する。
それが、女悪魔のメトリアだ。
同じ悪魔でも、情報の悪魔であるボールガードとはだいぶ違う。

彼女は我が儘勝手で、自由奔放、気まぐれ、コケティッシュ、
しかもどこか間が抜けている。
彼女のレゾン・デートルは、人間の、なるべくならば男を、からかって困らす事だ。
……なんつか、理想的な女悪魔って感じのキャラだ(笑)。

作者本人も気に入ったのか、たとえばゴーレムのグランディのように、彼女は今後、ザンスの常連キャラとなってことあるごとに登場する事になる。
もちろん、本巻でも重要な役割を果たしているのは言うまでもない。
そもそも、エスクが旅に出る事になった大きなきっかけは、メトリアがエスクの大切な隠れ家を、わざと占領したからなんだし。

ところで、エスクは、人喰い鬼の血を1/4引いている。
すなわち、バリバリの息子であるメリメリの、そのまた息子なのだ。
そして、父のメリメリがそうであったように、わりと些細な理由からハンフリーの城を訪ねる事になった彼は、結局、他人の旅を手助けする事になり、それによって大いなる探索を成就する。

しかし、父の足跡を辿るようでいて(実際、エスクは、催眠ヒョウタンの中で例の五つの領域を歩き回ったりもする)、悪魔族と穴掘り族(及びその援軍)との戦争に巻き込まれるなど、よりユニークで華々しい旅をするので、全く、焼き直しという感じはしない。
おまけに、その戦争では、エスクは一方のリーダーとなるんだから、これはほとんど、これまでのザンスで王家の者が主人公になった時とかわらない働きをしている事にもなる。
すごいぞエスク。
人喰い鬼の家系にあっては、最も人間に近い、いわば「とるにたらない」者なのに。

そして、この「とるにたらなさ」感こそが、実はエスクの探索の旅の隠れた動機になっていた。
自分などいなくても、ザンスはなんらかわりないのではないかという不安感。
これは、秀逸だ。
なぜなら、十代の若者なら、その点に、とても共感しやすいんじゃないかと思うから。

すなわち、ザンスのシリーズにあって、エスクは、その平凡さがユニークな点となった、ってわけ。


悪魔の挑発 (ハヤカワ文庫FT―魔法の国ザンス)/ピアズ アンソニイ
1995年12月15日初版