『刺客』〈密命4 斬月剣〉 | 手当たり次第の本棚

『刺客』〈密命4 斬月剣〉

4巻は、またしても、前巻より少し(物語中の)時をおいている。
凄い剣の冴えを見せて奇怪な敵を倒した剣士、金杉惣三郎。
しかし、なんと今は、アル中の初老男(江戸時代基準)に……!

昼間から飲み屋に入り浸り、泥酔して醜態をさらしているというのだから、実にナサケナイ。

そういえば、酔いどれの小藤次などと違い、惣三郎はそれほど酒には強くないようだ。
もちろん、酒は好きなようで、飲むのだけれども、1升なんてとんでもない。
せいぜい、2合がいいところ。
なのに無茶飲みするから、悪酔いもする、というわけだ。

しかし、剣豪が主人公の小説であるからには(そして佐伯泰英作品なのだし)、これは擬態。
このナサケナイ状態を隠れ蓑に、惣三郎は表向き失踪を果たし、名前をかえて、なんと京都に現れるのだ。

本シリーズの場合、九州の小藩出身の惣三郎は、出身藩と旧主を守るため、否応なく、吉宗公と、その腹心である大岡越前のために働く事になっていて、敵手は当然、吉宗公の政敵にあたる、尾張という事になる。
今回も、もちろん、その尾張が京都で策謀するのだけど、なんと、吉宗公を倒すため、その緊縮財政の影響をもろに被った、公家や京の商人などをそそのかし、吉宗暗殺を目的とした、七人の凄い武芸者を送り出すという仕掛け。

となれば、話は単純なので、惣三郎がそれを防ぐため、七人と順番に戦うという筋立てだ。

非常に、シンプルとも言える。

しかし、七人の顔ぶれが実に良い。
求道的な武芸者もいれば、
庶民や身分の低い下士から身を起こして武芸者になった者もあるし、
武門で名を馳せた一族の者もおり、
さらに、異形の剣士もあらわれるという多士済々ぶり。

当然、シリーズ前半では、最も多くの、そしてバラエティに富んだ決闘シーンが満載で、剣戟好きなら、まず見逃せない一巻となっている。
といって、剣戟が好きでない人でも、多分、面白く読めそうかと思うのは、随所に江戸で待つ人々の様子や、刺客を操る側の様子などが挿入されており、それがまた、良い演出になっているからかと思う。

また、刺客がそれぞれ、菊一文字を携えるなどというのも、けれん味がかっていて、楽しい。
ここらへん、佐伯泰英は、エンタテイメントとしての時代ものの、ツボを心得てるよなあ。
私としては、山田風太郎的なにおいを感じるのだが、しかし、ぎりぎり、リアルな剣戟からもはずれないところに踏みとどまっているあたりが、佐伯作品の「バランス感覚」であろう。


刺客 新装版―密命・斬月剣巻之4 (祥伝社文庫 さ 6-34)/佐伯 泰英
2007年10月20日初版(新装版)