『ブラックペアン1988』 チーム・バチスタの栄光さかのぼること…… | 手当たり次第の本棚

『ブラックペアン1988』 チーム・バチスタの栄光さかのぼること……

『ジェネラル・ルージュ~』の刊行からさほど時をおかずして、はやくも、海堂尊の最新作が上梓された。

『ブラックペアン1988』。
Amazonの表紙画像は腰帯を写していないが、表紙と同色の黒い帯には、
「黒い器具の謎」とか、
「驚愕手術の結末!」
というキャッチコピーが並んでいる。

装幀も、『チーム・バチスタ~』などと同じコンセプトだし、今までに4作上梓されたことになる海堂作品、いずれも1680円。
しかし……。
『チーム・バチスタ~』に始まるシリーズの本筋が宝島社から出ており、そのサブエピソードである『螺鈿迷宮』が角川からであるのに続き、本作は講談社から。
物語の位置づけとしてはどうかというと、本筋で主役をはる田口らの時代から、20年をさかのぼっているのだ。

高階院長は新任の講師であり、
藤原看護師は現役バリバリの師長(いや、当時の言い方では、まだ「婦長」)であり、
器械出しの名手と言われた花房看護師もまだまだ新米だし、
グチ外来の田口はじめ、島津や、ジェネラル速水の三人組は、なんと学部の学生。

いやあ、こういうのって、最初から読んできた読者にはなんかすごいお得な感じがする一方、
本作から手にとって読み始めた人がいるとしても、それは全然、問題にならないだろう、と思われる。
本作を先に読み、後で『チーム・バチスタ~』を読んでも、
「ああ、あの人が20年後にこうなっているわけか」
と納得するだろう。

但し、本作に限り、殺人はひとつもない。
ないのだが、しかし、立派にミステリなのだ。
謎はどこにあるのかというと、たまに大きなニュースネタになる、
「手術した時、体内になにか置き忘れてきちゃった?」
という、あれだ。
しかしそれは、本当に単なる置き忘れなのか。
それが、本作の謎の中心であり、何人もの人生を狂わせるもととなる。

実にぞくぞくする話だが、一方、現役の勤務医を続けているという作者は、冒頭近くでこのように述べている。
「一九八八年当時、医学界では、現在ほど多くの知識が集積されていたわけではなかった。だが今振り返ると、そこには現在の医療問題の全ての萌芽が見られる。」(本書 序章 p7)
小説であるから、実際に、なにが今最も大きな医療問題であり、それをどうすべきなのかというような事は、述べられていないが、読者は、この物語を読み進むうちに、漠然と(あるいは明確に)、作者が言いたい事を受け止めているのではなかろうか。
まあ、その内容も、読者によって、千差万別であるかもしれないが。

そしてまた、「現在の医療問題」というその示唆がほんの2行、行われているだけで、物語全体のスリリング度が、いやましになっているのだ。
なぜってね、医療問題というのは、今、とてもトレンドだろう。
ゆえに、その示唆があり、かつ明確に解答や提案が示されていないだけに、
この人のこの行動?
いや、こちらの人のこんな考え?
医師や看護師にまつわるこの問題?
と、疑問は無数にわき起こり、さながら物語の内部は、「医療問題」の万華鏡となっていくからね。
(いかにも「ありそうなこと」が断片的に、連続しながらちりばめられていくところなどは、ほんと、万華鏡と言うしかない)。


ブラックペアン1988/海堂 尊
講談社
2007年9月20日初版