『修道士ファルコ』 ミステリ風味の僧院の日常
テーマ:歴史・時代小説
『薔薇の名前』を見た後にこの作品を読むと、格別味わい深い。なんつっても、漫画は視覚的。映画の映像とあいまって、中世ヨーロッパの僧院っていう世界を、深く味わわせてくれる。ところで、現在は2巻までとなっているこのシリーズ。
1巻と2巻の間が、すごくあいている。
なんと9年も。
もちろん、物語の中の時間の流れは、滞りないし、ジャンプしてもいないのだけれど、読者という立場でみると、1巻と2巻には明らかな違いがある。
それは、主人公ファルコを脇から支え、色づかせる重要な脇役が交代しているという事だ。
そもそも、主人公ファルコの悩みは、頭にステキな痣があって、トンスラ(修道士の、あのカッパみたいな髪型)にできない、という事の他に……ていうか、これはそもそも院長や副院長が気にしているのであって、本人はさほど悩んでいないはず。
彼の第一の悩みは、かつて名高い剣の使い手として知られていた、騎士だったという事。
経歴なんだから、どうしようもないのだが、「それゆえに」僧院になにか事件が起こった時、「元騎士」として院長たちに頼られてしまう(笑)。
いずれにせよ、修道士でありたいのに、純粋に修道士として行動する事を、妨げられているような形になるわけだ。
そんなファルコの行動を補助し、あるいは導くのが1巻では、兄弟オド。
かつて、ケルンの町で、治安維持を指揮する仕事についていたらしい(つまり、彼も元騎士らしい)。
現在は修道院で、施薬係をしていて、彼もまた、ファルコ同様、ひたすら霊的な生活を求めているにもかかわらず、その経歴から、いざというときは院長・副院長に頼られてしまうし、ケルンにはオドを「先輩」と慕う現役の後輩もいるわけだ。
とはいえ、ファルコが危機に陥ればやはり剣の腕前をみせてしまうように、オドも、犯罪を嗅ぎつけると、つい、探偵的な動きをしてしまう(笑)。
両者とも、やや方向性は違うけれども、似たような悩みを抱えているために、その微妙な凸凹ぶりが微笑ましく、面白いのだ。(私は兄弟オドというキャラが大好きだ)。
しかし、2巻になると、オドの活躍は、やや生彩が褪せる。
もちろん、シリーズが長くなってきたために、マンネリを避けたという事もあるのだろう。
青池保子の代表作、『エロイカより愛をこめて』では長年続いているにもかかわらず、メインキャラクターは変わらないけれど、あちらはなんといっても、そのつど舞台となる国が異なる。
その点、ファルコの方は、舞台を大幅に変更する事ができないから、同じキャラ・同じ舞台では、やや苦しいという見方なのだろう、と思う。
そこで、2巻から登場するのが、ケルンの娼婦フィリスだ。
ひょんなことからファルコに一目惚れしてしまったフィリス。
近郊の農家の出身で、生活を助けるためにケルンの娼館に売られたという前歴の彼女は、公営の娼館につとめる、いわば「お上に公認された」娼婦だ。
ところが、娼婦にしてはウブで純粋な感じが、かわいらしい。
時には、
「イエス様の女弟子、マグダラのマリアだって!」
と坊主につっかかるしたたかさを見せてはくれるし、後に聖アンナ尼僧院の見習修道尼となっても、それなりの「やんちゃ」さを見せてくれるが、彼女の「したたか」ぶりも、「やんちゃ」ぶりも、一途さの延長にあるわけで、その純粋さがかわいらしさを醸し出してるのだ。
聖アンナ尼僧院といえば、赤ん坊の頃から尼僧たちに育てられた純粋無垢な修道尼、マルティナがいるところだが、おそらくフィリスより年下であろう世間知らずのマルティナより、どう見てもフィリスの方が「こども」に見えるのが微笑ましい。
今後、このシリーズの新作が描かれるかどうかはまだわからないが、もし描かれるとするならば、新たな脇役が登場するより、むしろオドとフィリスがバランス良くファルコの周辺を彩っていくのではないかという気がする。
ところで、この2名ほどではないけれども重要な脇役に、自称芸術家の写字生、アルヌルフがいる。
アルヌルフ(実はファルコをリリエンタール修道院に迎えた修道僧がアルヌルフ!)、『エロイカより~』でいうと、ミスター・ロレンスのような、ユニークな変人ぶりを見せてくれるが、2巻で、優秀な写字生ならではの活躍を見せてくれるのが楽しい。
書類の偽造を見破り、かつ、自分も書類をみごとに偽造する手際、なかなか痛快なのだ(笑)。
自分の限界を知っていて、その範囲内でうまく生きているというイメージがあり、アルヌルフもなかなか魅力的なキャラクターだ。
青池 保子
修道士ファルコ
修道士ファルコ (2)










1 ■ほ~~~んとに。
面白かったです。
オドも、フィリスもかなりお気に入りですよ♪
そして、やっぱり「おっさんキャラ」。
青池先生の作品は「さすが!」と同時に、楽しんで描かれてるな~とこちらも楽しくなります。
執筆の苦労は良くわかるのだけれど、幸せな作家、作品だと思うのです。