『江戸の生薬屋』
テーマ:人文・社会・ノンフィクション
実は、医者にかかるのが嫌いなのだ。
なぜって、他人に体をいじられるのがなんだか怖いんだよな。
具合が悪くなったら(滅多にそんなことはないけど)、寝る、喰う、どうしてもだめなら、ちょこっと薬を飲む。
「医者にいけば?」
「やーだよ」
さて、江戸時代の人々も、そんな感じであったらしい。
医者ではなく、具合が悪くなると、まず、売薬に頼ったのだそうだ。
もっとも、理由は、私のとは違う(笑)。
単純に言うと、医者の代金が、すごーく高かった!
つまり、医者っていうものは、庶民が気軽に頼めるものではなかったということだ。
では、「売薬」あるいは「薬屋」というのは、いつ頃から登場したのだろう?
これが、意外と遅く、ようやく江戸時代に入ってからなんだって。
それまでは、大抵の人は、おまじないや神頼み、巷間に伝えられたさまざまな民間療法に頼っていたというわけだ。
かといっtもちろん、薬が知られていなかったわけではないよな。
それまで、薬とは。
医者が調剤して与えるもの、それ以外は、
特定の家や寺社などが、「一子相伝の(家伝の)もの」として伝えていたということだ。
これを、一般に開放しようという政策をさだめたのが、徳川家康。
そうです。
薬屋が誕生したのは、徳川家康(そして、後には徳川吉宗)の政策によるものだったのだ!(笑)
売薬というものが誕生した歴史について、このように述べた後、本書では、どんな薬が広く使われていたかを紹介し、そしてもっと面白い事実に目を向ける。
それは、人気の戯作者(たとえば、滝沢馬琴や式亭三馬)や、商人階級から出たさまざまな文人の多くが、生薬屋を副業(または、こっちが本業)にしていたということ!
ええ、この人も?
あの人も?
一人、二人は、薬を商っていたって知ってはいても、こうも次々、
「薬屋だったんですよ~」
と言われると、なんだかびっくりしてしまう。
彼らが、なぜ、生薬屋をいとなんでいたのか。
また、どうやって商売していたのか。
そして、戯作者だけに、どのような宣伝を打っていたのか!(これが日本の、売薬CMの事の始め)。
最期に、店舗営業の薬屋ができる前から、商いをしていた行商の薬売りについて。
これまた、江戸時代にはいろいろと面白い方法で、行商をしていた事が述べられていて、楽しい。
有名な、「藤八~ 五文~ 奇妙ッ」の藤八薬売りとか。
「どんなものにもききやしないが、あかぎれだけにはよくきくそうだ」の徳平膏薬。
行商風俗は、読むだけでも面白いものだ。
そして、この中の一人が、もしかするととんでもない人物だったのかもしれない、というロマンティックな説まで、ひとつ紹介されている。(どんなものかは、読んでのお楽しみ)。
吉岡 信- 江戸の生薬屋










1 ■私が子供の頃
富山の薬売りが毎年来ていました!(古っ)
紙風船をくれるので憶えているのです。
えっと、たしか昭和60年代。。。(←見栄見栄)
>もしかするととんでもない人物だったのかもしれない、というロマンティックな説
スパイではなくて、ロマンティック?
なんだろなんだろ、気になりますね^^;。