2004-11-29 22:37:52

〈デューン〉翻訳家矢野徹の思い出

テーマ:海外SF・ファンタジイ
今月号のSFマガジンは、矢野徹追悼号となっていた。日本のSF界重鎮の一人、矢野徹さんが亡くなられたからだ。

矢野徹、といえば、私にとって真っ先に思い浮かぶのは……。
作品としてはいろいろあるのだが、ご本人と直結して結びつくのが、フランク・ハーバーとの〈デューン〉シリーズなのだ。
高校時代、これにどっぷりとはまっていて、自らがSFファンでもあると自覚していた頃、たまたま、とある海外SF作家の歓迎パーティーで、お話しする機会があった。その時、シリーズの4作目を、私は必死にペーパーバックで読んでいたところで、その夜も、それを持っていたのだ。
「高校生でデューンに挑戦するのは凄いね」
と言われたのを、よく憶えている。
もっとも、問題の4作目は、ちょうど訳をし終えられ、
「年明けくらいにハヤカワから出ますよ」
そう言われて、非常に焦った。何しろその時には、半分弱しか読み進めていなかったし、高校時代はペーパーバックを読む速度は非常に遅かったのだ!

ファンに対しても、終始もの柔らかで、紳士である一方、ブランデー大好きで、明朗に「よっぱー」する人だったと思う。
まさしくその点では、SF大会の「狂瀾酒場」マスター。

今、〈デューン〉を再読しても、翻訳文にはまったくよどみがなく、どのキャラクターも魅力的に描かれている。
英語の場合、日本語ほど、性別・年代による言葉の差がないので、台詞の訳は、翻訳家の手際で良くも悪くもなってしまうものなのだが、矢野訳では、ほんとうに、
「このキャラにこんなしゃべらせかたするの?」
なんて読者が疑問に思うところなどひとつもなく、長いシリーズでも、その作品ごとの専門用語(SFには、よくある)の表記・訳し方に齟齬がなく、ていねいに仕事をされた方だったのだと実感できる。

実を言うと、〈デューン〉を英語で読んだ時には、矢野訳で読んだ時ほどの魅力を感じないのだ。これは、単に私の英語力の問題もあるのかもしれないけれども、それ以上に、訳文の魅力が大きく作用していると思わざるを得ない。

SFマガジン585号(2005年1月号)に掲載されている、翻訳リストをつらつらと眺めつつ、矢野訳でなかったならば、好きにならなかった作品も、きっとたくさんあったのだろうと感じた。

最後になってしまったが、ご冥福を心より、お祈りいたします〈合掌)。

〈デューン〉 (フランク・ハーバート作 矢野徹訳 ハヤカワ文庫SF)


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コメント

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1 ■原著を越える訳

>矢野訳でなかったならば、好きにならなかった作品も、きっとたくさんあったのだろうと感じた。

同感です。矢野さんの名文に浸りたくて「カムイの剣」も「折り紙宇宙船の伝説」も読みますたw

2 ■折紙宇宙船の伝説

goldiusさん、いらっしゃいませ。
これは良かったですねえ。
ふる~いSFMに掲載されたのを持っているのと、文庫本自体は出た当時に借りて読んでしまったため、今、この本、手元にないのです。
折紙宇宙船。……買っておけば良かった。
古書店でもあまり見ないんですよね。
なんともいえない、独特の雰囲気がとても好きな短編集でした。

3 ■折紙宇宙船の詩

は今でも暗唱出来るSFオタが多数いると思います。

4 ■あの詩を暗唱できますか

>goldiusさん
私はさすがに、暗唱とまではいかないかなあ。
でも、なんとも懐かしく、少し甘酸っぱいような思い出になっています。

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